(それにしても、よくもまああんなスラスラと口からでまかせが言えるものね。
流石の私も一瞬でそこまで長ったらしい屁理屈は出てこないわよ)」
「ホラーイ(ハハハ! これは、これは! 誰かは知らぬがお褒めに預かり至極光栄!
いやはや上海人形の様に可愛さが悟りの境地に達している妻を持つと
度々欲望のコントロールを失念してしまって非常に困ると同時に実にオイシイよ!
まさにこれは世間一般に言う嬉しい悲鳴という奴だな! ウッフッハッハッハッハ!)」
「シャンハーイ(妻!? い、いや、おい、ちょっと待ってくれ蓬莱人形! と言う事はつまり何だ!?
あの無闇に壮大かつ情緒不安定かつ煉獄涅槃で疾風怒濤な演説は全部フェイクだったの!?)」
「ホラーイ(言っただろう? 口では何とでも言える、全ては流転するとな! ハハ! ハァハハハ!
まあホントの事言うとこないだ『詭弁法』ってモノを覚えたからちょっと使ってみたかっただけなんだがな!
俄かには理解し難いファナティックな言葉の波に押し流されるアンタは実に可愛かったよ! ハハハ!)」
「シャンハーイ(ちょ、な、そ、そんな……あ、貴方という人形(ひと)は……!!)」
どこからともなく聞こえる謎の声と平然と会話する蓬莱人形と、
妖しげな何者かの声と蓬莱人形の衝撃の告白のダブルパンチで
今だかつて無いほどのショックを受けてツッコむ余裕の無い上海人形。
狂った様に笑い転げる蓬莱人形と愕然として立ち竦む上海人形の対比が
絶妙のコントラストを醸し出し、場の雰囲気に一陣のそよ風を吹き込む。
そしてその目を覆わんばかりの爽やかさは虚空から響く不気味な声をも巻き込んで
ごくありふれた日常のワンシーンへと変化させ、誰もがそれにツッコむ事を失念した。
(……その、何事も無かった様に会話されても困っちゃうんだけど……)
そして上海人形の痴態に興奮している蓬莱人形に呆れたのか
はたまた一発目のツカみを失敗してやる気を失ったのか、
先程の萃香の様にわざわざ能力を使って脅かす事もせず、
まるで最初からそこに居たかの様な風体で紫が姿を現した。
「ホラーイ(アンタは……って、まあ、こんな事が出来るのは他にいないか……)」
「……結局『誰と喋ってるの!?』とか突っ込んでくれなかったわね。
寂しいわ、あーあ、何だか今日私スルーされてばっかりじゃない」
僅かに不機嫌そうな表情になる紫。
むぅ、と、小さく頬を膨らませる様子は可憐な少女のそれだが、
木々の隙間から差し込む月光をその身に受けて佇むその姿は
超越的な存在感を湛えながらもどこか少女の儚さが同居する、
何とも掴み所が無く、計り知れない雰囲気を醸し出している。
「ホラーイ(それはアンタが普段人の話を真面目に聞かないからではないか?
まあ、私の知っている範囲で他人の話をまっすぐ聴いているのは精々
あの二刀を携えた半人半霊の少女と騒霊三姉妹の長女と私くらいだが)」
「シャンハーイ(何その銀河の果てまで達する程のおこがましさを醸し出す我田引水!?
って言うか貴方が聞き上手にカテゴライズされるなら他の人は皆聖徳太子だよ!!)」
「ホラーイ(ほう、つまり右も左も聖徳太子、東西南北聖徳太子という事になるのか。
ならば此処は明日から幻想郷じゃなくて聖徳太子シュタン帝国とでも改めるべきだな)」
「シャンハーイ(語呂悪ッ!!)」
「ホラーイ(まあ、それはいい。ところでアンタ)」
紫の視線から上海人形をかばう様に、一歩前に歩み出る蓬莱人形。
いつもの様にいけしゃあしゃあと白々しい軽口を叩いてはいるものの、
紫の発する強烈な妖気に押されてか、その表情は何処と無く固い。
勿論、紫がその綻びを見逃す筈も無かった。
「ホラーイ(一体全体私達に何の用があるんだ?
さして重要な問題でないのなら、申し訳ないが後にして欲しいものだな。
これから私達は二人の愛ランドを探す夢幻の旅路に赴くところなんだ)」
「……何の用ですって? ふふ、態々言わなくても分かってるでしょ、そんな事」
くすり、と小さく笑って囁く紫。
その全てを見通す様な、無限の深みと魔性を孕んだ瞳に見据えられて
流石の蓬莱人形もその妖気に戦慄したのかあっさりと引き下がり、
傍らの上海人形にぼそぼそと話しかけ始めた。
「ホラーイ(こりゃダメだ。とてもじゃないが誤魔化し切れる気がしない。
……さて、どうするか。闘うのは論外だな、流石に今回は相手が悪い。
となると後は逃亡か交渉だが……恐らくどっちも無理だな。もう帰るか)」
「シャンハーイ(帰るってそれあまりにも軽いよ! 何をそんなトイレにでも行くみたいにあっさりと!
っていうか言ってる事が当初と1620度程食い違ってるよ! 二枚舌どころか二重人格だよ!)」
「ホラーイ(冗談だよ。まあ、アンタはそこで大人しく私の勇姿を見ていろ)」
わざと上海人形にツッコませてやる気を取り戻すという高等技術を見事に成功させ
ニヒリズムに溢れた白々しい笑みを口元に張り付かせて目に希望の炎を輝かせた、
実に満足げな表情になる蓬莱人形。
突っ込まれると元気になると表現するのはいささか適切ではない気もするが
あいにくこれは厳然として揺るがない歴史的事実なので手の施し様が無い。
ともかく上海人形の愛に溢れた突っ込みによって覇気と勇気を充電した蓬莱人形が
再びずい、と紫の前に躍り出る。
「あら、また随分と凛々しい顔になって……もしかして、諦めて私と遊んでくれるのかしら?」
「ホラーイ(ああ。暫し、貴方の手慰みの御手伝いを努めさせて頂くとしよう)」
「嬉しいわ。さっきから誰も構ってくれなくて、ちょうど退屈してたところだったのよ」
「ホラーイ(それはアンタが普段……もご)」
「シャンハーイ(いいから! ツッコまなくていいから! いい加減話が進まなはにゃっ!?)」
緊迫的な状況の中でいつもいつも流されてばかりいてなるものかと一念発起したのか、
喋りかけている相手の口を強引に塞ぐというクソ真面目一本気の上海人形らしからぬ
豪快な益荒男の気概に満ち溢れた、すごい漢だ的スーパーアーツを発動させたのだが
蓬莱人形がそのまま上海人形の指を文字通り骨の髄までしゃぶり尽くそうとしたので
音の速さで引っ込めた。
「ホラーイ(ぷは……フ、フ、ハ、ハ、ハ……ただし……私達が相手をする訳にはいかない。
私達には甘美なる黒百合の芳香に包まれた二人の愛ランドを探すと言う使命があるのでな)」
「シャンハーイ(あの巫女に薬ぶっ掛けに行くんじゃなかったの!?)」
「ホラーイ(そうか、ついに決心したようだな。いや、まさかアンタの口から巫女にぶっかけるなんて
イモータルでトランジスターでホモルーデンスでルネッサンスな言葉を聞くとは思わなかったよ。ハハハ)」
「シャンハーイ(え!?あ、いや、これは、その、えーと、ち、違……し、しまったぁぁぁぁぁぁ!)」
「ホラーイ(フフハハ! さぁて! それでは早速主賓にご登場願おうではないか!
あああああああぁぁぁぁぁぁ! 誰か! 誰かぁぁぁぁぁぁ! 不埒極まりない悪の妖怪が
私達の愛する偉大なマスターをいじめてるぞぉぉぉぉぉぉ! 誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)」
すう、と小さい胸に精一杯の息を吸い込み、蓬莱人形が喉が裂けんばかりの大声を張り上げた。
可愛らしくけたたましい鳴き声が、幻想郷の夜空に響き渡る。
そしててっきり紫に殴りかかっていくのではないかと思っていたのに
この唐突すぎる蓬莱人形の騒擾行為に意表を突かれた上海人形が呆気に取られていると
ぴりぴりと夜の冷たい空気が震え、呪言の様におぞましい響きの地鳴りとともに
恐るべき存在の悲鳴とも断末魔とも付かぬ不協和音が這い寄って来た。
(……ォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオォォォォォォオオオオォォ!!)
僅かの沈黙を挟み、ドバッギャアアアアン、という爆音が轟いた。
一瞬の間を置き、遙か彼方で響く木々の倒れる音やギャアギャアと喚き立てる猛禽類の悲鳴、
そして地の底から響くような禍々しい唸り声が、みるみる内に近付いてくる。
それは鮮血に塗れた地獄の尖兵隊か、はたまた獄炎纏いし冥府の獣か。
何にしろ、物凄い轟音と凄まじい咆哮とともに迫り来る強烈かつ鮮烈な力の波動が
それが尋常な存在ではない事を物語っていた。
「ホラーイ(早く! 誰か! 誰でもいいから早く来てくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
このままだとマスターの貞操が何処の誰とも知らぬ馬の骨に汚されてしまうぞぉぉぉぉ!!
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 世界の終わりだ! 人類の滅亡だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
暗き天にマ女は怒り狂うこの日○終わり悲しきかなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)」
「ギニョギニョ(ぬぅぅわぁんだッとォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!?!?!?!?)」
「ッ!?」
一際甲高い叫び声が木霊した次の瞬間、得体の知れぬ物体が
猛スピードで落下してきて対峙する二体の人形と紫の間に墜落した。
もわもわと立ち込める土煙と唐突過ぎる事態に紫が僅かながらもたじろぐ。
「ギニョギニョ(何処だ! 何処に居る! 私が心底思慕してやまないマスターに対して
事もあろうに虐め等と言う畜生働きに過ぎる不埒な行いをしている奴は何処だァ!
我が全身全霊を込めた必殺の一撃でこの世界のありとあらゆる次元から取っ払ってくれるわ!!)」
土煙のカーテンを引き裂き、身の毛もよだつ悪魔がついにその姿を月光の元に晒した。
ザワザワと、まるで意思を持っているかの様に風にざわめく髪。
ギチギチと耳障りな音を発して軋む、不気味に長い腕と脚。
そして何より、愛玩用に作られたものが多いからだろうか、全体的に頭身も低くディフォルメが施されていて
可愛らしさが前面に押し出されている他の人形達とは明らかに違う、その猟奇的で現実的な顔の造形。
あのストーカー兼ドラッガー兼七色魔法馬鹿兼極悪変態倒錯人形師のアリスでさえ
そのあまりの禍々しさと不気味さに使用を敬遠している悪魔の人形、グランギニョル座の怪人である。
「シャンハーイ(いやちょっと待って、さっき貴方私の勇姿が云々言っといて
結局今回も他力本願って言うか人任せって言うか……ひゃっ!?)」
「ホラーイ(細かい事は気にするな! それではグランギニョル! 後は任せたぞ!!)」
「ギニョギニョ(何だと!? おい、ちょっと待て貴様等!
これは一体どういう事だ! 説明しろォッッ!)」
敵が誰かも分からないのにもはや殺意満面の自分を見て「ウム!」と満足そうに頷き、
上海人形の首根っこを引っ掴んで飛び去ろうとする蓬莱人形の背中を目掛けて
喉が裂けるのではないかと思える程の大声を張り上げるグランギニョル座の怪人。
そして、愛する上海人形と夜空のランデブーと洒落込もうとしていた所を
無粋にも引き止められ、小さく舌打ちしながら蓬莱人形が言葉を紡いだ。
「ホラーイ(時間が無いので手短に言うぞ!
何とその女性は以前墓石でマスターを押し潰した事があるのだ!)」
「人聞きの悪い事言わないで、せいぜい道路標識でブッ叩いた位よ」
「ギニョギニョ(何ィ!! ゆるさん!! 戦う!!)」
「ホラーイ(よし! がんばれ! 超がんばれ!!)」
「シャンハーイ(ちょ、ちょっと待って! 何!? 何なのこの流れ!?)」
必要以上にハイテンポで奏でられる破滅への前奏曲に
ツッコむ事さえ出来ずに押し流される上海人形。
そうこうしている内にも蓬莱人形はスピードを上げ、見る見るうちに
紫とグランギニョル座の怪人から離れていく。
「シャンハーイ(な、何考えてるんだ! あのスキマ妖怪相手に
グランギニョル一体で立ち向かえる訳が無いだろう!!)」
「ホラーイ(何を言っている? アイツは私達の中で二番目に高い魔力を持っている上に
敵に対する容赦の無さはダントツで一位だろう? アイツの力は悟りの境地に達している。
例え相手があのスキマ妖怪でも心配ない。まあ、少なくとも十五分程度は足止めしてくれる筈だ)」
「シャンハーイ(そもそも悟りの境地に達してるような人は他人殴らないよ!
って言うか足止めってそれ要するに単なる捨て駒かよ! 鬼畜すぎるよ!)」
「ホラーイ(鬼畜? フ、いつもいつもマスターにぶん投げられて
粉微塵に爆発させられてるアンタには言われたくないな)」
「シャンハーイ(そ、そんな事はこの際関係ないだろ!
しかもそれだと鬼畜なのは私じゃなくてマスターじゃないか!)」
「ホラーイ(と言うか鬼畜ってそもそも『キモ可愛いチクワ』の略だろ?)」
「シャンハーイ(いきなり何言ってるのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?)」
そうツッコんだ瞬間、上海人形は「しまった」と心の中で舌打ちした。
今の発言は会話の流れを無理矢理に捻じ曲げてこちらの注視点を本筋から外し、
そのまま自分のペースに巻き込む蓬莱人形の姦計だと言う事に気付いたのだ。
しかし、もはや時既に遅し。
「ホラーイ(さあ、上海人形! 待ちに待った時が来たのだ!
誇り高きいわくつきドールズの英霊の為に!
気になるあのコに劇薬ぶっかけ計画成就の為に!
母なる大地よ! 私は帰って来たァ──────ッッ!!)」
「シャンハーイ(土に帰るってそれ志半ばにして死んじゃってるんじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!)」
そして何やら物凄く縁起の悪い事を叫びながら遠ざかっていく二体の事は気にも留めず、
紫とグランギニョル座の怪人は、周囲の空気を歪ませる程の闘気を纏いつつ睨み合っていた。
正確には睨みつけているのはグランギニョル座の怪人のみで、
相対する紫は殺意やら何やらがドロドロと渦巻くその猟奇的な視線を
柳に風と受け流し、睨むどころか柔らかな微笑さえ浮かべていた。
「貴方も大変ね、いきなり呼び出されていきなり闘えだなんて」
「ギニョギニョ(ハ! 誰かは知らんが害なる壁は真正面からブチ壊すのみ!
これはマスターの為であり私自身の為でありそして運命に矛盾しない為でもある!
それ故にお前はここで死ぬ! 生きたくても死ぬ! 闘っても死ぬ! 逃げても死ぬ!
一欠片でもマスターの邪魔になる可能性のある者は瞬刻にして私に殺されるからだ!)」
「あらあら、随分とご主人様思いなのねぇ……うちの式にも見習わせたいくらい」
雨も降っていないのに何故か差している傘をくゆらせ、紫がからかう様に言う。
それに返事をする様子も見せず、すぐさま戦闘態勢に移るグランギニョル座の怪人。
状況はまったく飲み込めないが、少なくとも今目の前に居るこの妖怪は
自分の、いや、自分達の「敵」である事には感付いていた。
そもそも何がどうなってこういう状況になったかを考えると
敵という表現は非常に違和感があるが、戦争なんて大体どっちも自分が正しいと思っているので
この際それについては論じない事にする。
「ギニョギニョ(フン、御喋りは終わりだ……行くぞ……逝くぞ……往くぞォォォォォォ!!)」
グランギニョル座の怪人からぶすぶすと黒い煙が立ち昇り、
無理矢理全開にされた内燃魔力が火花となってバチバチと音を立てる。
そして獲物に飛び掛る猛獣の様に義体を歪めて構え、
あらゆる物理法則を無視した加速の神風特攻を仕掛けた。
「ギニョギニョ(ウシャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!)」
「……ふふ」
しかし紫はその目にも止まらぬ速度の吶喊にすら動じる様子も無く、
ぱたりと閉じた扇子をグランギニョル座の怪人に向け
つい、と、その先を地面へと擡げて──
「天地返し」
──睦言の様に囁いた。
「ギニョギニョ(…………ッ!?)」
大気が、歪む。
万象が、乱れる。
境界が、融け合う。
「ギニョギニョ(…………あれ……何で……地面が……起き上が……る…………!?)」
感覚、天地、概念、世界、木々、空、大地、星、風、重力、月。
ぐにゃりと捻れた世界の中で、あらゆる全てが有耶無耶となる。
それはグランギニョル座の怪人も例外ではなかった。
万華鏡の様にゆらめく世界に魅了されたか、はたまた惑わされたか。
『大地が起き上がる』という、本来ならば有り得ない筈の事象を
半ば当たり前の事の様に受け止めている己に気付いた時にはもう遅かった。
そして、グランギニョル座の怪人が『貴様、何をした』と叫ぼうとした、その瞬間。
空と大地が、入れ替わった。
「ギニョギニョ(~~~~~~ッッッッ!!)」
理解不能の力に飲み込まれ、成す術も無く大地に叩き付けられるグランギニョル座の怪人。
地面にしたたかに体を打ち付けた事で内部の魔力循環が一瞬狂った所為か、
結晶で出来た鳳凰を背負った絢爛豪華な数体の機械人形を幻視したが
その幻覚は直ぐに消え去った。
「うふふ……そこはベッドじゃないわよ、可愛いお人形さん?」
「ギニョギニョ(き、貴様ッッ…………!!)」
一度も拳を交さずとも、たちどころに全てを理解した。
軋む義体が、全身を這い回る蛆の様な不快感が、そして心に渦巻く正体不明の感情が
『こいつは強い』と、凡百の言葉より雄弁に自身に語りかけてくる。
そして、その感覚の正体が『恐怖』であるという事に、ただの人形が気付く筈も無かった。
・ ・ ・
一方その頃。
既に大怪獣の風情となった萃香といわくつきドールズとの闘いは熾烈を極めていた。
「ハラッショ(殺人フォーメーションD、行くぞ! 私が先行して吶喊する! 援護しなさいッ!)」
「パリジェーン(了解いたしましたわ、これより目標左舷90度より空域掃射を開始します)」
「ブブヅケー(あいあーい……あらま、こっからだとちょーどこのお嬢はんの下着が見え……
……あ、ありゃ? ……え? ……無……あー、ま、ええか。ええもん見せてもろたし~)」
露西亜人形の鬨の声を引鉄にして、人形達が一斉に夜空に散る。
そしてすぐさま西蔵人形と和蘭人形が萃香に正対した位置より弾幕を展開、
加えて仏蘭西人形の巻き起こす無差別広域弾幕と
萃香の足元の死角から京人形が降らせる反重力の大雨はまさに殺意に塗れた幾億の砂塵。
その弾幕砂嵐の合間を流星の様に縫って乱飛行し、
萃香の右腕をめがけて露西亜人形が袈裟懸けに切りつける。
すぐさま少々の魔力を開放して風の壁を生成し強制的に停止、
そのまま下半身を捻り、つられて上体が回転するのと同時に
遠心力を利用して槍を二本投擲、弾幕を展開しながら回避行動に移行。
間髪入れずにオルレアン人形が追撃を加えようとして突撃するが、
対する萃香は一度右腕を横に薙いだだけですべての弾幕及び人形達を吹き飛ばした。
「あっはっはっは、痒い、痒い! 塵も積もれば山となるとは言うけど
どれだけ積もったって塵は塵だね! まとめて消し飛ばしてやるわ!」
「ォルレアーン(くっ、技術とか闘い方以前に数値が違いすぎるッス!
正攻法で行ったらとてもじゃないけど敵わないッスよ!)」
ちょこまかと夜空を飛び回る可憐で健気な人形達と、辺り構わず暴れまくる萃香。
人形達の放つ弾幕やレーザーは当たりはすれどもさしたる有効打にはならず、
萃香の放つ拳や蹴り、そして花火弾は例え当たらずともそれらによって巻き起こされる
おびただしい空気の震えや凄まじいまでの爆風が人形達に襲い掛かる。
「ビックベーン(どうにかなんねぇのかこのうぜぇ花火の音! てめーの胸の中ってカオスゲートかよぉ!!)」
「パリジェーン(倫敦様、そんなお力が余っていらっしゃるのなら目の前の障害にぶつけていただけません?
どうにかならないから今こうやって苦戦しているのです、少しは生産的な行動をお願いしたいものですわね)」
「ビックベーン(サー! イエスサー! 御命令は瞬刻にして了解致しました!
でもいいの! いい! いいからほっといてよぉ!)」
「ブブヅケー(……何でこんなにコッロコロと人格が変わるんやろか……まったく理解できへん)」
「チベターイ(ああ……あの、あの炎に焼かれれば……楽になれるのに……でも、ああ、マスターの仇を……)」
思い通りにならない現実に憤りを露わにしながら倫敦人形が八つ当たりに木を蹴ろうとするが
先程の萃香の攻撃で右足がもげていたのに気付かず、かつて足だった部分がむなしく空を切り続ける。
精神不安定ゆえに果たして本気で喋っているのかどうかは皆目見当つかないが、
押されっ放しの戦況を歯がゆく思っているのは人形達全員の総意であることは確かだった。
ちなみにその時魔法の森から数里離れたとある竹林では、
「……しかしまあ、こんな季節のこんな時間に花火とは……珍しいな」
「いいじゃない慧音、こうも豪勢な花火なんてそうそう見れたもんじゃないわよ」
「それはそうだが……」
「あ、ほら、また……そうだ、こういう時はこう言わないとね。かーぎやー!」
「もッこたぁぁぁぁぁぁん! 私達の愛はあの花火より熱く美しく燃え上がっているという
貴方の告白はしかと受け取ったわよぉぉぉぉぉぉ!! さあ! 闇の帳に星降る夜に
下のお口が夢見昼顔時雨心地でレッツフォーリンナイアガはぶじゃぁぁぁぁ!!」
「フ! まんまと私の罠にかかったわね! かぎやと輝夜の区別も付かないのかこの変態めが!
すぐさま死ねこの変態地球外生命体めが! とっとと死ね! 今すぐ死ねぇ!
この耳鼻目ェ口髪の毛一本誰にもやらぬ塵も残さぬ!!
その首ぽろりと引き千切ります輝夜の五つの難題にィィィィィィィィ!!
滅殺斬殺絞殺爆殺焼殺捻殺選り取りみどりィィィィァァアアハハァハハハァァ!」
とまあこの様に実にアットホームで微笑ましい光景が展開されているのだが
萃香や人形達がそれを知る事は結局無かった。
お互い目の前の相手に関する事で頭が一杯なのだ。
「どんどんいくよー! そーれ青蜂! ほらほら銀蜂!
いけいけ八重芯! もいっちょ牡丹! たーまやー!」
夜空に色とりどりの光の華を咲かせる花火弾を投擲しまくる萃香。
もはや爆弾と言うのが適当なそれらから放たれる熱と光、
そして激しく吹き荒ぶ爆風が、必死で逃げ回る人形達を撃墜せんと襲い掛かる。
極光の芸術とも言える花火の雨の中を華麗に飛び回る人形達、と表現すると
何だかとってもメルヘンチックでロマンチックなのだが、当事者にとっては只のデンジャラスなクライシスだ。
的が非常に小さいので萃香もやりにくそうではあるが、圧倒的な戦力差は変わらない。
有利不利を論ずる以前にそもそも勝負にすらなっていない、まさに一方的な虐殺だった。
とは言え、押している筈の萃香も掘りキャラ二代目などという
あらぬ言いがかりを付けられた所為で、いささか冷静さを欠いていた。
わざわざ巨大化などしなくても各個撃破すれば直ぐに片が付いたものを、
怒りに任せてスペルカードを二枚纏めて発動させるという暴挙を行ってしまったが故に
必要以上に霊力を消費しているし、何より人形達の相対的な小ささ故に撃破効率があまりにも悪い。
「ちゅりーぷー(うわぁ、きれいなはなびー! こんなすごいのはじめて!)」
「ブブヅケー(まあ、確かにすごいし初めてでもあるんやけど……一生知らんままの方が良かったかもやんなー)」
「ハラッショ(じゃあどうするってのよッ……ここまで来て引き下がるとかツマラン事言うんじゃないでしょうね……ッ!)」
京人形にしっかと抱かれた和蘭人形が無邪気にはしゃぐ。
対して、驟雨の如くに止め処なく降り注ぐ業火から逃げて
木陰に身を隠しながら忌々しげに呟く露西亜人形の顔には
憔悴と疲労に満ち満ちた表情がべったりと張り付いている。
露西亜人形自慢の病的に白かった柔肌が、もはや見るも無残に
あちこちドス黒く焦げてしまっているのを気にする余裕すら無く、
僅かの休息を求めてギシギシと悲鳴を上げる義体の節々に走るヒビがまた痛々しい。
「ブブヅケー(んー、いつもだったら逃げても良かったんどすけど……今回はなぁ)」
「ォルレアーン(そうっス!あの怪獣に一泡吹かせるまでは引き下がれないっス!)」
そう勇ましく叫ぶオルレアン人形も、既に左肘から先が完全に焼け落ちている。
瞳に湛えた熱い焔はその叫びが虚勢ではない事を証明してはいるが、
これ程の戦力差の前では気持ちの強弱などさしたる影響を及ぼさない。
圧倒的な力の前では、弱者はただ塵芥の様に消し飛ばされるのが定めなのだ。
しかし、幸いと言うか、あいにくと言うか。
ここで諦めよう、などと言い出すようなマトモな思考を持った者は一体たりとも居なかった。
「ブブヅケー(んじゃ、まあ……えー、みなさん、お覚悟よろしゅー?)」
「ハラッショ(チッ……そういうアンタはどうなのよッ……!
人の事はいいから自分の頭のハエを追えってーのッ……!)」
「ォルレアーン(オッス! そんなん言うまでもないっス!!)」
「パリジェーン(ええ、元より私達の命はマスターの為にあるのですから)」
「チベターイ(は、は、はい……マスターの仇さえ討てれば……後はもう……
こ、こんないつ滅び逝くとも知れない世界には……み、未練なんか……)」
「ビックベーン(そもそもサムライにとって闘いで命を落とす事など問題にならんわ! たわけが!!
それにこの杖を持ってるだけで濃ゆいプライドが爆発してくるんだからってちょっと待てぇ貴様ぁ!
それは杖じゃなくて日本四千年の歴史なんだからスパイは引っ込んでろ! 結局何歳だよぉ!)」
「ちゅりーぷー(ひゅー! いぇー! れっつごー! )」
「ブブヅケー(あー……ちょい待ってや、和蘭ちゃんはあかんねん)」
「ちゅりーぷー(え……? ど、どうして?)」
「ブブヅケー(いやいや、和蘭ちゃんはちゃんとマスターのとこに帰って、な?
うちらの華麗で可憐で華美で優美な最後の勇姿とくたばり様を
しっかりとマスターに報告してもらわんとあらへんからにゃ~)」
「ちゅりーぷー(え……? おねぇちゃん……それって……もしかして……)」
和蘭人形の幼き心に浮かぶ、確信にも似た疑問。
そしてその汚れ無き瞳は、どこか含みのある京人形のいつもと同じ笑顔に隠された
静かに燃える決意の炎と、何よりそのつぶらな瞳に湛えられた一抹の悲しみを見逃さなかった。
しかし、その小さく可愛らしい声は倫敦人形の張り上げた鬨の声にかき消された。
「ビッグベーン(Are You Ready Doooooolls!?)」
「「「「「「(Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhh!)」」」」」」
「ビックベーン(ぃよっしゃぁぁぁぁ! 上ぉぉ出来だぁぁぁぁぁぁ!
ボケろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!)」
「「「「「「(応ッッ!!)」」」」」」
最後の最後で意味不明の掛け声を発してしまう倫敦人形。
本当は「突っ込め」と言おうとしたのに、その精神の不安定さから
逆の意味を持つ言葉をひねり出してしまったのは想像に難くない。
しかし、一々そんな事にツッコむ様な無粋な者はここには居ない。
しっかりと心が通じていれば多少の言葉如きで信頼が揺らぐ事は無いのだ。
言葉の表面だけに囚われていてはいけないという事を示すいい例である。
と言うかこの場合「突っ込め」の逆の意味は「逃げろ」とか「退け」とかになる筈だが
何しろ精神不安定なので一々追求しても全くの無駄である。
何はともあれいわくつきドールズが一分の乱れも無い陣形を組み、萃香目掛けて突撃する。
「チベターイ(じゃ、じゃあ……皆さん、お先に失礼します……)」
「ォルレアーン(サヨナラは言わないっスよ? 私もすぐ行きますから、向うで待っててくださいっス)」
「ブブヅケー(ふふ……西蔵はんはともかく、オルレアンはんは極楽にゃ行けんのとちゃいます?)」
「ォルレアーン(はうあ! ひ、酷いっス京人形さん! いけずっス!)」
「ブブヅケー(あはは、冗談やで)」
己の死を目前にしてもいつもと変わらない、仲間達の姿。
それが西蔵人形にほんの僅かの勇気を与える。
そう、別れは終わりではない。
とこしえに想う事こそ共にあるという事なのだ。
愛する主人を、仲間を想う気持ち。
例え体が滅びてもも、この瞬間に感じた気持ちは永遠だから。
だからもう、何も怖くない。
ちなみにそもそも何でこんな阿鼻叫喚の事態になったのかは考えない。
もはやここまで来たら過去の事などどうでもいいのだ。
壊れるほど愛しても三分の一も伝わらない。
想い出はいつもキレイだけどそれだけじゃお腹が空くね。
話がそれた。
「チベターイ(……行きます!)」
何はともあれ、内燃魔力を全て推力に転換し、西蔵人形が爆発的な加速で飛び出した。
月明りしか夜空を照らす物の無い、闇一面の幻想郷の夜空に
燃え尽きようとしている彗星の最後の輝きにも似た、美しい魔光が煌く。
しかし、西蔵人形の決死の吶喊に相対している萃香は
その決意を嘲笑うかのような笑みさえ浮かべていた。
「無意味とは分かっていても正面から突撃してくる
その根性だけは気に入ったよ! 私も遠慮なくすり潰させてもらう!」
「チベターイ(…………ッ!!)」
その巨体からは想像も付かない俊敏さで西蔵人形の吶喊を避ける萃香。
間髪入れず、ザウッ、と、無闇にセクシャルな腰の捻りとともに、
さも死神がその手に携えた大鎌を振り下ろすように肘で空を薙ぎ、
西蔵人形をそのプリティでセクシャルな腋に挟み込んでギュウウウウウウウと締め上げる。
「よっしゃアアアッッ! 腋符! ヒコイチネックチャンスリィィィィ!」
そう、これが紫の「貴方のチャームポイントは霊夢に勝るとも劣らない威力を持った腋だから
それを最大限利用してファンなりストーカーなり何なりを増やしなさい」という助言を受けて開発した、
明らかにアドヴァイスの意味内容をはき違えている萃香の新必殺技である。
鬼である萃香が使えば、比類無き威力を発揮する小細工無しの力技。
その圧倒的圧力に、西蔵人形の細く可憐な四肢が鈍い音を立てて成す術も無く破砕されていく。
そして止めを刺そうと、西蔵人形を締め付ける腋に萃香が更なる力を込めた、その瞬間。
「チベターイ(炉心出力制御機構──完全停止)」
「!? あ、熱ッ ……なっ……こ、これは……こ、この技はッッ……!!」
突如として腋下に走った痛みと光熱の感覚に柳眉を歪め、思わず締めを解いてしまう萃香。
小さく可憐な人形の体を食い破って光と熱が迸る、あまりにも凄惨かつ無残なのと同時に
どことなく儚げで美しいこの現象にはおぼろげながらも見覚えがあった。
どうやって嗅ぎ付けたのかは知らないが、この人形達の持ち主である魔法使いが
無謀にも自分の所に殴り込みを掛けてきた際に見せたあの技。
「チベターイ(……さようなら、皆さん……マスター……現世……)」
「ッッ!!」
呟く刹那に光の奔流。
漆黒に塗り潰された幻想郷の夜空に、一際輝く大輪の華。
上海人形の繰り出す大爆発にアーティフルサクリファイスという名を冠するのならば
こちらは正にペシミスティックサクリファイス(厭世的な自己犠牲)、一言で言えば単なる自殺である。
それも上海人形の様に数回連続で使用できる程に出力を抑えた物ではなく
周囲への影響及び己の義体の無事など露程も気にも留めない、
厭世観に手足が生えて歩いているかのような西蔵人形だからこそ使え得る
究極の自己犠牲、およそ他に比肩する者の無い圧倒的な自爆である。
「チベターイ(……でも、ああ、マスター……最後は……)」
無残な消し炭と化した西蔵人形には、もはや重力に抗う力すらも残っておらず。
ひらひら、と、儚く散華する運命でその身を彩る、桜の花弁の如くに風に流されて。
「チベターイ(最後は、マスターに会ってから……壊れ……た……か)」
終の言の葉は、木の葉のささめきに掻き消され。
ぐしゃり、と。
操り糸の切れた滑稽なマリオネットの如く、冷たい大地に崩れ堕ちた。
[ 輪廻の西蔵人形 …… 再起不能(リタイア) ]
続きも楽しみにしています。
なのに物語全体は……最ッ高の、とびっきりの、馬鹿w
なんでこんなすごい物語なのにこんなに笑いが止まらないんだろうと…w
戦闘シーンも燃えた、なのに笑ったw
でも、最後は…涙は出ない、なのに言葉も一緒に出ない、そんなワンシーンでした。
展開がすごいです
蓬莱上海の元祖人形コンビも相変わらずいい夫婦漫才っぷりで。そして捨て駒グランギニョルに幸あれ。
相変わらずのハイスピード・ハイテンションのドールズウォー、今回も楽しませていただきました。
続きお待ちしております(=゚ω゚)ノ
「流石の蓬莱人形もその妖気に戦慄したのかあっさりと食い下がり、
傍らの上海人形にぼそぼそと話しかけ始めた。」
ここの「食い下がり」は「引き下がり」の間違いでしょうか?
連続投稿失礼、感想だけ書いて投稿してまいました_| ̄|○
本来脇役である人形達に設定を与え、
それを主役にしたらここまで面白くなるとは。(感想)
次のも草葉の陰から生暖かい目で期待の圧力をかけつつお待ちします。(戯言)
続きをまってますね。
全体的に熱い戦闘シーンが繰り広げられているというのに
何故か笑わずにはいられない。絶妙のバランスです…。
うん、格好いい、格好いいよな、人形達。最後の自爆特攻なんて、ベタなくらい王道な燃え展開だよな?
……なんでこう、格好いい、という感想に釈然とせんものを覚えるのだ、なんか騙されてる気がしてくる……
燃えは燃えでも、燃え上がる炎の色は、なにか変な物質に炎色反応起こしたようなカオス色。
こちらの頭の斜め上で反復横跳びするような謎世界。明日は一体何処へ逝く!?
あなたの小説は確実に、その他の壊れ小説と一線を画してるッ!
大好きです!
とりあえず萃香さん、履きましょう。
前回の幻想卿の中心で愛を叫ぶ蓬莱人形はどこへ!?
…まぁ、元に戻っただけなのでしょうか。
上海はもうずっと蓬莱にイジられ続けてればいいと思ったのは絶対に自分だけではないはずだ。
うん、絶対に、確実に、多分、何と無く、そこはかとなく、そーだといいなー(ぉ)
チベターイの散り様に侠(おんな)の一文字を幻視して涙腺がっ!
こーゆーのにスンゲエ弱いんですよ……
戦闘場面がド派手且つある意味悲壮ですらあるのに、その原因とか考えると何だか素敵です。
ギニョの、少年漫画バトル物チックな瞬殺扱いも愛いです。あ、まだ負けてはいないですか?
ともあれ、次回も楽しみにしていますッ!
この子の七つのお祝いにぃぃぃぃぃぃぃ!!