Coolier - 新生・東方創想話

一人でいるより

2005/10/16 06:55:23
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「ふぅ……」

私はいつものように、陽射しの差し込む縁側で茶を啜る。
どうせこの博麗神社に参拝する客などいないのだし、巫女が不在であろうとさして問題はない。
ただ気になるのは、毎日押し掛けては勝手に私のお茶の相手を務める人間がいない事。
だからだろうか、いつもよりも家の中が広い。

「まぁ、静かでいいけどね」

呟いて、もう一口茶を啜る。
事実、参拝客がいないはずの神社は、いつも騒がしい。
黒白の普通の魔法使いやら、吸血鬼のお姫様やら。
ここに押し掛けては宴会騒ぎを繰り広げては帰っていく。
たまにはこんな風に静かな時間も良いだろう。

「さて……する事もないし、どうしようかな……」

ず、と茶を啜って湯飲みを空にする。
最近は騒がしい毎日だったから、こうなってしまうとする事もない。
元より神社の仕事などあってないような物だし。
かといって、宴会がないのならその準備に追われる事もない。
私は、いつもどうやって過ごしていたんだっけ。

「……寝るか……」

立ち上がって、空になった湯飲みを置く。
押入れにしまうのも面倒で、畳んで隅に追いやっていた布団を引っ張る。
掛け布団と枕だけ引きずって、私は横になる。
畳の匂いは、とても気分を落ち着かせてくれる。
子供の頃から変わってないなぁ。
そんな事を考えている内に、私は眠りについていた。


* * *


「博麗の名に恥じぬ巫女になりなさい」

そう言われたのは、大分昔の事だ。
あの時はまだ、その意味も分からないまま、ただ元気良くうんと答えていただけ。
父さんや母さんが喜んでくれるのが嬉しかったから。
それだけだったと思う。
昔からこの博麗神社に参拝客は少なくて、当然私も家族以外の人間の事なんて知りもしなかった。
博麗は、人間からも恐れられていたからだろう。
思い出してみれば、友達と呼べる存在なんていなかったのかもしれない。
だから、毎日のように修行に明け暮れて、何年もそうして過ごしていた。
昔はそれだけで満足だった。
私が成長するたび、父さんや母さんが喜んでくれたから。
あと、お目付け役だった、喋る空飛ぶ亀の玄爺も。
私が飛べるようになった後、諸国漫遊に出る、なんて出て行ったままもう何年が経つだろう。
父さんも、母さんも、玄爺もいない。
気づけば私は一人だったんだろう。
それを寂しいと思った事はなかったし、辛いとも思わなかった。

「無理はいけないわね、あと強がりも」

誰かの声が聞こえる。
ああ、さっきからこの妙な夢はお前の仕業か。

「また、何を企んでるの? こんな夢を見せて」

姿は見えない。
でも声は聞こえる。
こんな回りくどい事をする人間を、私は一人しか知らない。

――― 八雲 紫

あらゆる物の境界を操って、いつも良く分からない事をする妖怪。
きっとこの夢も、騒がしい来客がないのも、多分こいつの仕業だ。

「企んでるとは酷いわね、私は霊夢のためを思ってやってあげてるのに」

声が笑う。
いつもこんな調子で話す紫が、今は酷く腹立たしい。

「私のため? 意味が分からないわ、こんな夢を見せる事が何のためだって言うのよ」

私は叫ぶ。
いつの間にか、夢は夢でなく、ただの白い景色に摩り替わっていた。
いや、そもそも今まで見ていたのは夢ですらなかったのかも。

「まだ分からない? あなたが目の前の幸せを逃してしまいそうだから、理解させてあげようと思ったのよ」

分かる訳がない。
目の前の幸せを逃すとか、紫の話には要点が全て抜けているように思える。
何より、私が幸せを逃すとは、どういう意味だ。

「要点を抜いて話すな、私が幸せを逃す? そんな事ありえないわ」

私は何事もなく、ただ縁側で茶を啜っていられるだけで幸せだ。
こんな夢を見せる事の方が、余程ぶち壊しにされている。

「本当にそう? 一人で茶を啜って、寂しそうな顔をしていたあなたは、本当に幸せ?」

紫が、悲しそうに言う。
そんな事心配されなくても分かってる。
私は寂しそうな顔なんてしてないし、一人でいる時間は幸せだ。
だと言うのに、紫は何が不満だと言うのか。

「言ったでしょう? 無理と強がりはよくないって」

だから、しつこい。
強がりもしていなければ私は無理もしていない。

「そう……あなたがそれでいいなら、もう何も言わないわ」

紫が言って、景色が歪む。
白い景色が、黒に変わっていく。
そこでぷっつりと、夢は終わりを告げた。


* * *


「何だって、言うのよ……」

目を覚ませば、もう外は暗くなっていた。
不愉快な夢のせいで寝た気がしない。
もういい、夢の事は忘れて夕食にしよう。

黙々と、私は夕食を取る。
今日は珍しく魔理沙も顔を出さない。
いつもは呼んでもいないのに押し掛けて来ては夕飯を食べて行くくせに。
まあ、元より気まぐれで出来たような人間だし、こんな事もあるだろう。

「ご馳走様」

手を合わせて言って、食器を片付ける。
いつもなら返ってくる「おう、お粗末様だぜ」という図々しい魔理沙の声が聞こえない。
あんな夢を見たからだろうか、酷く気に掛かって、調子が狂う。


月を見上げながら、くいと杯を傾ける。
宴会の時以外では殆ど飲まない酒を口にするのは、眠れないから。
酔えば、少しは寝つきも良くなるだろう。

「……美味しくないわね……」

酒を飲んでいるはずなのに、酒の味がしない。
水を飲んでいるような気分だ。
夕食の時もそうだ。
味付けを間違えたわけでもないのに、味を感じなかった。
また、紫の仕業だろうか。

「私じゃないわよ」

そんな声が聞こえた気がする。
でも、どこにも紫の姿はなくて、気配もない。
……空耳か。
本当に、今日はどうかしている。
紫に会ったら、お灸を据えてやらなければ気が済まない。
そんな事を考えながら、美味くもない酒を傾ける。
今日は、寝付けそうにもなかった。


* * *


今日も珍しく、博麗神社の朝は静かだった。
いつものように手早く掃除を済ませて、私は縁側で茶を啜る。
魔理沙は大方パチュリーの所に入り浸って本でも読んでいるんだろう。
たまにはこういう事もある。

「さてと……」

結局、今日も時間を持て余して、布団を引きずり出した。
どうせまた夢の中で紫がちょっかいを出してくるだろう。
しこたま文句を言わせてもらうとしよう。



私は、いつも一人だった。
たまに村へ降りれば、聞こえてくるのは人々のこそこそと話す声。
……文句があるなら、直接言えばいいのに。
こんな事も慣れっこだから、何も思わないけど。
妙な噂が立つのはごめんこうむりたかった。
ふと、駆け回る子供達が目に入る。
私と、同い年ぐらいだろう。
楽しそうに遊ぶ姿は、悩みも何もなさそうだった。

「本当は、あの中に混ざりたいんでしょう?」

また、唐突に声が聞こえた。
一体、何だと言うのだ。

「一体何なのよ、私をからかって楽しんでるんじゃないの?」

私は声に向かって言う。
やはり、昨日と同じ。
夢はいつの間にか、ただの白い景色に変わっていた。

「失礼ね、そんな事で人をからかうほど私は悪い人じゃないわよ?」

いつも何か企んでいるくせに、と心の中で悪態をつく。
この悪態さえ、この夢の中では紫の手の中だろうが。

「また、昨日のつまらないお説教?」
「お説教……そうね、お説教と呼べなくもないわね」

私が言うと、姿は見えないが首を傾げているだろう紫が呟く。
その声は、真面目さとは懸け離れて、私をからかっているようだった。

「こんな下らない事続けるなら、いい加減ただじゃおかないわよ」
「おお、怖い。 でも、本当に下らないと思う?」

私が本気でないとでも思っているのか、おどけたような声で紫が言う。
どうしてだろう、酷く腹が立つ。
今私の手に札があったのなら、容赦なく姿の見えない紫に投げつけている所だ。

「あなたは気づこうとしないだけよ、自分の正直な気持ちに。いえ、怖がっているのかしら」

いい加減にしてほしい。
私が何を怖がっているって?
何に気づこうとしないって?
昨日の夢といい、この夢といい、勝手に現れて、要点を外した言葉を残して。
不愉快極まりない。

「ふざけないでよ。一体何が言いたいのよ」

私は、見えない紫を睨みつける。
紫は、呆れたように溜息をついた。

「本当に気づいていないの? 自分の心に」

言っている意味が、理解できない。
私が、一体何に気づいていないというのだ。

「だから、何だって言うのよ、私は何も感じてないわ!」

私は、白い景色に向かって叫ぶ。
いい加減に頭にきた。
こんな下らない問答を繰り返すぐらいなら、寝ずに月見酒でもする方が余程マシだ。

「何も感じていない? 私はそんな事は一言も言ってないわ」

言われて、気がついた。
紫は、一言たりともそんな事を口にしていない。
私は、何を感じていないのだろう。

「それがあなたの強がり。本当は寂しくて仕方がないのに、寂しくないと言い張って、自分の心に嘘を吐いている」
「違……」
「違わないわよ、霊夢。あなたは自分の本心を知っている。だから何も感じていないと強がりを口にする」

何故、言い返せないんだろう。
私は、強がっている。
そう言われた事が悔しいのに、何も言い返せない。

「ふぅ……なら、あなたに一つ聞くわ霊夢。本当にあなたは、一人で幸せ?」

紫が、そう呟いた。
そんなの決まってる。
私は……、例え一人でも幸せだ。

「決まってるじゃない……幸せよ」

私の声に、紫が溜息を吐いた。
少しの間を置いて、紫が姿を現す。

「なら、霊夢。あなたはどうして泣いているの?」

紫の指が私を指す。
涙?
そんなもの流しているわけがない。
ほら、頬だって濡れていない。
そう思って私は自分の頬に触れる。
そこは、暖かい物で濡れていた。

「あれ……? 何で……?」

そうだ、また紫が仕組んだんだ。
また境界を弄って……。

「もう、強がりはおよしなさいな。霊夢、一人でいたくないと願う事は恥ずかしい事ではないわ」

紫が、まるで母親のような口振りで言う。
言い返そうとしても、言葉が出てこない。
代わりに、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちてくる。

「ねぇ、霊夢。きっと明日は忙しくなるわよ」

紫の言葉と同時に、また景色が歪む。
白が黒に、私の意識がゆっくりと、掠れていく。


「何だって、言うのよ……」

私は、頬に触れる不快な感覚に目を覚ました。
自分の頬に触れる。
そこにはまだ、温かい涙が伝っていた。


* * *


「おう、ようやく起きて来たな霊夢」

いつものように、境内の掃除をしようと起きて来た私が見た光景。
それはいつもとは明らかに違っていた。
掃除はとうに終わらされているし、それどころかとっくに宴会の準備が整えられている。

「……どうしたのこれ」

いるのは魔理沙だけではない。
咲夜やレミリア、その他大勢、いつもの宴会のメンバーが揃っていた。

「いや、な。いつも宴会の準備お前にやらせてるし、たまには私らがやってもいいかな、と」

魔理沙が照れくさそうに言って、その後ろにいたレミリアが付け足すように言った。

「そうよ、昨日一昨日と立て続けに来ては打ち合わせしてたんだから」

レミリアが日傘をクルクル回しながら言う。
魔理沙が「言うなよ!」と抗議の声を上げていたが、それを聞く気もないらしい。
と、横から出てきたアリスが、魔理沙を捕まえる。

「ちょっと、お皿の数もコップの数も足りないわよ」

アリスがそう言うと、魔理沙は「何ッ!?」と声を上げて慌て始める。
他のメンバーは皆、それを呆れたように眺めていた。
でも、私だけは思わず吹き出してしまった。

「何だよ!笑うなよ霊夢!」

上がる抗議の声。
まったく、結局こうなるのか。

「はぁ……結局私が準備しなきゃいけないんじゃない」

だらしないなぁ、と私が言えば。
魔理沙が「何だよ!」とまた抗議の声。
まったく、昨日までの静かな時間が嘘のよう。
でも、コレも悪くない。

「ほら、準備するから手伝いなさいよ」
「お、おう」

私の後をすごすごと魔理沙がついてくる。
さて、今日も準備と後片付けが大変そうだ。

「霊夢、準備がんばってね♪」

楽しそうに私達のやり取りを見ていた紫が、酒を片手に言った。
結局、全部こいつの思う壺、か。

「……ありがとね、紫」

すれ違う寸前、私は呟く。
でも紫は意地の悪い笑顔を浮かべてこう答えた。

「さぁ、何の事かしら?」

やっぱり、何を考えているのか分からない。
でも、いいか。
気に喰わないけど、これはこれで幸せだ。
一人でいるよりも、ずっと。
さぁ、宴会の準備を終わらせよう。
そうしたら……。

――― また騒がしい宴会の始まりだ。





どうも、二回目の投稿です。
今度はクロスオーバーでも何でもなく、何となくイメージのままで書いてみた作品を投稿させていただきました。

何となく私の中にある霊夢のイメージが「強がっている」とあったので、それを題材に。
私の稚拙な表現力で何処まで書けたか分からないんですが、もう少し掘り下げられた気もします。

やっぱり展開が少々唐突だった気がして反省反省。
後は文章の書き方を変えてみたんですが、これも上手くいってるかどうか……(汗

ただあんまり長考して書いた作品は中々文章に出来ないので、たまには思いつきで書いてみるのもいいかなぁ、と思ってみたりしてます。
織雪 咲夜
[email protected]
http://rampageghost.sakura.ne.jp
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コメント



0.1530簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
暖かさの感じられるお話でした。
完全なる調停者の霊夢よりはこういった人間らしさをもった霊夢のほうが好みですので、読みやすかったです。
展開はそう唐突でもないと思います。さらっと読めるサイズに整えられていたかと。

紫と霊夢の関係はこういう母娘のような感じが一番しっくりきます(=゚ω゚)ノ
11.90まっぴー削除
自分では完全と思っていても、たまに狂ってしまう。
そういうのは以外に他人のほうが見つけやすいんですよ。

おどけつつも霊夢を見守る紫様に母性愛を感じます。
12.無評価まっぴー削除
あ、ミスってたorz
以外→意外
19.70おやつ削除
霊夢は超越者という側面を持った、人間であって欲しい。
これを読んでそう思いました。
23.80名前が無い程度の能力削除
呼んでて泣けて来ました。。。
こういう物には弱いです。。
34.100hangon-反魂-削除
私が初投稿に当たって他のSSを読んでみようと思った時、
創想話で一番最初に読ませて頂いたのがこの作品でした。
その時は採点に参加させて貰うことはありませんでしたが、
何故か今までずっと、心の片隅に残っていました。
一番最初に読んだからということ以上に、この作品のメッセージは強烈でした。
遅くなりましたが、採点をさせて頂きます。素晴らしい作品でした。