朝。
今は朝。
暖かな陽光がこの幻想郷を包み込む。
今から眠りにつくものなどもいるが、大半は今から動き出す。
妖精という種族も例外なくその一人であった。
「……んー、いい朝だー」
妖精にも様々な種類があるが、氷の属性を持つものはなかなかいない。
そんなレアなポジションについてるにもかかわらず、氷精チルノは今日も今日とて⑨ぶりを発揮するのであった。
「さて、とりあえず朝ごはんを食べようかな」
意気揚々と歩き出す。
さすがはチルノといったところだろうか。朝だろうとお構いなしのこの元気。
どこぞのスキマさんやらニートさんにも見習って欲しい姿勢でもある。
聞く話ではスキマさんは何か『布団に入ったまま動く』、というスキルを身につけ狐さんを困らせているらしい。
狐さんも、「もうすぐコタツの季節かぁ…出したくねぇ…」と、嘆いている。
まぁそんなことはチルノには全く無縁だから特に意味はないのだけれど。
「あ、チルノちゃん。おはようー」
「おはよー。あ、いい匂いだね? 今日は朝ごはん何かな?」
台所に移動するチルノ。
そこには大妖精が朝ごはんを用意して待っていた。
そう、実はチルノと大妖精は同じ家に住んでいるのだ。
理由はまぁ色々あるのだろうけど、とにかくそういうことだ。
深くツッコまないで欲しい。
「はい、どうぞ。召し上がれ」
「うわー、今日はおいしそうなカキ氷だねー」
ぽん、と笑顔でカキ氷を置く大妖精。
チルノも笑顔でそれを受け取る。
「シロップは何にする?」
「んー、じゃあ今日は趣向をだして宇治金時でお願い」
「りょーかいー」
うにゅー、と宇治をかける。そして金時もたっぷりかける。
こう書くと何かよく分からないので、分かりやすく書こう。
うにゅー、と抹茶味のシロップをかける。そして、そこに餡子をたっぷりのせる。
よし、とてもおいしそうだ。
「じゃあいただきまーす」
「はーい」
「……」
「……」
「……」
「…ん? どうしたの?」
「もうそろそろいいかな?」
「ん? よく分からないけどいいよ?」
チルノはそこですぅっと息を吸う。
そして、限界まで吸ったと同時に、むせてゴホゴホしだす。
また、息を吸う。今度は自らの生命を守るため。
そこで、何度目かの呼吸を繰り返したあと、当初の目的へと遂行する。
つまり、大妖精に向かって叫ぶためだ。
「なんで朝ごはんがカキ氷なんですか!! しかもあたかもこれがいつもの朝食みたいな感じで!!
いや、このボケに乗ったあたいも悪いけど、なんでちゃんと宇治金時とかあるんですか!?
最初のいい匂いのとこでちゃんと朝ごはん別に用意してるのになんでカキ氷だすんですか!?
人はなぜ戦争というあやまちを繰り返すのかー!!」
「あの…ゴメン……」
チルノも我を忘れ敬語になってしまう。
さすがのチルノの剣幕に押された大妖精も瞳に涙を浮かべ謝っていた。
こうすると、何故かチルノが悪役に見えてしまうから不思議なものだ。
「実は私、チルノちゃんはこんな私が作った朝ごはんなんかより氷のほうが好きと思ったの……。
それでカキ氷をだしてみたんだけど…また失敗だったみたいだね…。うう…私はダメ大妖精です…」
「い、いや、ちょっと待ってよ…まぁ確かにカキ氷は好きだけどさ、あたいは大妖精が作ったご飯のほうが好きなの。
分かるかな?」
「ほんとに…?」
「うん。だって大妖精料理上手だしさ。できるならすーっと食べていきたいよ?」
「うう…ありがとう。じゃあ持ってくるね」
チルノが完全に悪役になってしまったところで、大妖精は機嫌を直して料理を取りに行った。
そもそも、ちゃんとした朝食を用意している点から確信犯だということに気づかないチルノは、やっぱりチルノだろうか。
まぁ、そんな朝のひと時も大妖精にとっては大切な一ページなのだろう。
だって、影が薄いのだから。
「で、チルノちゃんは今日どうするの?」
「(うわー、完全にさっきの空気無いや。立ち直り早いなー)」
「チールーノーちゃーん? 聞いてる?」
「ん? あぁ、今日はどうする、だっけ? そうだね、ちょっとカラスにリアクトしてくるかな」
「うん。多分チルノちゃんが言いたいのはリベンジだよね?」
「……それかな?」
「いや、もしかしたら私の考えすぎかな?」
「うーん、分かんないけどじゃあ行ってくるよ」
「はーい。行ってらっしゃーい」
そうしてチルノは飛び立っていった。
リアクトかリベンジかは定かではないが、とりあえずチルノはカラス、というか射命丸に恨みがあった。
そう、問題はあの記事。
『氷の妖精、大ガマに喰われる』
この記事のせいで、あちらこちらから指をさされて笑われる始末。
最初の頃はガマに攻撃を仕掛けていたが、勝てないことが分かるや文に標的を変えた。
チルノ曰く、あの記事よりインパクトのあるあたいのかっこいい記事を書かせれば丸く収まる、とのことだ。
ちなみに、ガマより文の方が数倍強い。そこら辺はチルノだ。
この発案により、幾度となくチルノの攻撃は続いた。
だが、いつも後ちょっとというところで逃げられてしまう。
ちなみにこれはチルノ視点での話なので、文視点にするとこうなる。
「くらえ!! 凍符「パーフェクトフリーズ」!!」
「(めんどくさいな~、とりあえず避けるかな…)」
「へぇ! この止まる弾幕を目にして逃げないなんて只者じゃないね!!」
「(う~ん、もうそろそろ帰ってもいいですよね)」
「次はどうかな!! 雹符「ヘイルストーム」!!」
「(でわ~)」
「うわー!! 雹で前が見えない!! ってカラスいないじゃん!? くっ、逃げられたか…」
と、まぁチルノだ。
このチルノっぷりには誰もが脱帽した。
そんなこんなな攻防が数日続いている。
そして、今日も繰り返されようとしているのだ。
「たのも~!!」
「もー、朝からなんですかまったく。こっちは新聞作りで忙しいの、に…」
玄関オープンと同時に文は言葉を失った。
ここは、いつもの自分の家の庭の筈だった。
だが、今はどうだろう? 氷の彫刻が所狭しと並んでいる。ちなみに全部チルノの形だ。
「はぁ、今度は一体なんですか……」
周りを見れば四方八方にチルノの彫刻。そして家の影に隠れるチルノ本体。
氷が反射して、太陽の光がなんだかとても綺麗だった。
だが、氷の彫刻はまるで涙を流すみたいに溶けていく。
まるで、今から起こる悲劇を見たといわんばかりに。
「とりゃー!! 死角からのつららアタック!!」
ペチーン、と爽快な音を立ててチルノは吹き飛んでいた。
文のその右手にはハリセンが握られていた。多分あれで殴ったのだろう。
「はぁ…死角からの攻撃で叫ぶ人がどこにいますか…。
それにこの彫刻…無意味に完成度は高いですけど、さすがにこの中のどれかが貴方なんて思いませんよ?」
「くっ…さすがは鳥。目がいいことは認めてやる!!」
チルノは赤くなった鼻を押さえながら涙目で訴える。
鼻にハリセンが直撃したらしい。鼻血が出てないのがせめてもの救いか。
「はぁ…これで実力の差は分かったでしょう? これに懲りたらもう止めてくださね?」
「百聞は一見に如かず!!」
「はぁ…もうなんか言葉の使い方も間違えてますし…」
「くそ、こうなったらもっとすごい頭脳プレイで倒してやるから!!」
「……はぁ」
チルノはそう捨て台詞をはいて飛び去っていく。
朝からこんなに溜息をついたの初めてかもしれない。
文はそんなことを考えながら家に帰っていくのであった。
「くそー、痛いなぁ」
チルノは赤くなった鼻を押さえながら空を飛ぶ。
そして今日の敗因を考える。
そう、こうして己の失敗を見直すことが勝利への近道なのだ、らしい。
「やっぱり、正面からじゃ勝つのは難しいしなぁ…それであの身代わりを設置したのに。
簡単に見破られるなんて…。さすがは鳥ね」
まぁ敗因を根本的に分かっていなかったら、見直すことに意味などないだろう。
「頭脳プレイってことは相手の意表をつくってことよね。つまり、相手を騙す、か」
ここでチルノはあることに気づく。
騙す、ということはあいつの専売特許ではなかっただろうか。
つまり、あいつに話を聞くのは今後のためになりそうだということ。
「よし、じゃあ目指すは竹林だー!!」
まぁ友人も人に聞くのは悪いことじゃないと言っていた。人じゃないけど。
かくしてチルノは竹林に向け飛び去って行くのだった。
──数分後
「……迷った」
チルノは見事に迷っていた。
いや、迷うのに見事も何もないのだけれど、それはもう完膚なきまでに迷っていた。
「う、この花はさっき見た気がする…」
ここまで来てついにチルノはついに逆ギレしそうになる。
そもそもなんでこの竹林はこんなに迷いやすいの、とかそもそもなんでこんなとこに家を建てるの、とか。
まぁ理由を特に知らないチルノだから言えることか。
「あー、もう!! 全部凍らせてやるー!!」
そうして、ついにチルノがキレた。
──数分後
「はぁ、はぁ…」
そこには、辺り一体が凍った竹林が存在していた。
「普通…こういう…事になる前に…誰か出てくるもんでしょ…」
チルノは辺り構わず凍らせて疲れた頃に、誰に向けるわけでもなくツッコミを入れる。
だが、現実はそう甘くはないのだ。
怒ったチルノを止める大妖精もいなければ、竹林が凍っていくのに怒る兎も出現しない。
「あー、もう今日はここで野宿だー」
「そんなとこで寝たら風邪引くよ? なんか周り凍ってるし」
「氷精は風邪引きませんー」
「え? あんた前引いてなかった?」
「う…よく知ってるわね…。でもまぁ竹林から出れないし野宿しかないよ」
「まったく。空飛べばいいじゃん?」
「………はっ!! その手があったか!! これで永遠亭も行けるよ!! ありがとう!!
あんた名前はなんて言うの? 今度お礼するよ!!」
「ん? 私はてゐって言うしがない兎だよ」
「ありがとうーてゐー!! またねー!!」
チルノはその場で急上昇して周りをキョロキョロと見回す。
そして、ゆっくりと旋回したあとに先ほどとまったく同じ場所に着地した。
ちなみにてゐはその一連の動きをゆっくりと見ていた。
「って、あたいはあんたに用事があるのよ!! ていうか別に初対面でもないでしょ!!」
「なんていうか馬鹿を通り越してちょっと心配になったよ今のは」
「後半はギャグよ!! ギャグ!! 分かった?」
「……野宿あたりまでは本気だった、と?」
「え……、いや、まぁ…ねぇ?」
「どんまい!」
「うん。ありがと……って、そういえばいつからいるのよ!?」
「よし、じゃあ目指すは竹林だー、の辺りから」
「竹林来る前からいたのかよ!! 言ってよ!!」
「いやー、でもキレたあたりはおもしろかったよ?」
「そりゃどうも…」
てゐの熱烈な歓迎を受け、チルノもへこたれる。
迷った人を見るたび、こういった風に遊んでいるようなことが若干伺えた秋のひと時であった。
「で、私に用があるんだって?」
「あー!! そうそう!! 罠とかについて聞きたかったのよ!!」
「罠、ねぇ…。それなら永遠亭に来てもらったほうが話が早いかな。お茶とかも出るし」
そう言って歩き出すてゐ。それに並ぶようにして歩き出すチルノ。
てゐは迷いの無い足取りでてくてく歩いていく。
そして、約一分ぐらい経ったころだろうか。
生い茂る竹の奥に永遠亭は姿を現した。
「近っ!! なんであたいはこれを見つけれなかったんだー!!」
「なんか同じとこぐるぐる回ってたよ?」
「早く言ってよ!!」
「いや、おもしろかったし」
「くそー!!」
チルノはてゐをポカポカと叩き出す。
「ははは、止めてよー」
「いや、止めない!!」
止めずにポカポカ叩く。
まぁ見た感じは仲が良さそうに見えるので、多分本気で殴っているわけではないだろう。
そしてポカポカは続く。
「馬鹿やろー!!」
「人参返せー!!」
「ははは、止めてよー」
殴る側に若干一名参加者が増えたが、特に違和感無くポカポカは続いていた。
そして、このポカポカがドゴォに変わるのは時間の問題だった。
「……」
「人参ジュース返せー!!」
「ははは、止めてよー」
「……」
「そしてこれが今日の朝の恨みだー!!」
「ぐはっ!!」
最後の一撃だけ、鈴仙の瞳がうっすらと光ったのをチルノは見逃さなかった。
派手に吹き飛んでいくてゐ。
ちなみに朝に何があったのかは、チルノには関係の無い話であった。
「はぁはぁ…」
「あ、えーと、落ち着いて、ね?」
「えぇ…私は大丈夫よ」
鈴仙の瞳から、うっすらと涙が流れる。
朝によほど酷い目にあったのだろう。
でも、もしかしたらその恨みが晴らせたことの達成感による涙かもしれない。
真意は謎だった。
「いたたたた…。ちょっと鈴仙!! いきなり何すんの!!」
「あんたこそ朝からいきなり何するのよ!! 逃げたと思ったら帰って来ないし!!」
「いや、あれには深い訳があって……」
「言い訳は聞きません!! 夜ご飯抜きだからね!!」
「そ、そんな!?」
怒った様子で歩いていく鈴仙。
それに比べ、てゐはこの世の終わりのような顔をしてうなだれていた。
「……あんた、何したのよ?」
「うぅ…若気の至りなんだよぉ……」
「………」
「まぁいいや。じゃあ私の部屋行こっか」
「立ち直り早っ!!」
「ふっ、私に攻撃をしたことを後悔させてやる!!」
拳を握り締めたてゐを横目にチルノは中に入っていく。
チルノにさえ呆れられるというのはよっぽどのことだろう。
部屋に着くと、てゐは手を叩く。
すると、数秒後、お茶を持った小兎が現れた。
なんだかんだ言って、それなりの地位を得ているのにあの無様さ。
何故だか異様にチルノは悲しくなった。
「で、罠だっけ?」
「あ、そうそう。罠。どんなのがいいのかなー、って思ってね」
「うーむ。罠っていっても色んな種類があるしねぇ。でも罠っていったら醍醐味はコンボだよ」
「コンボ?」
「そう! 相手の行動パターンを全て読みに読んで、行く先々に仕掛ける罠!!
逃げ惑う相手がかかる罠!! 逆上した相手がかかる罠!!
これら全てが罠士の醍醐味にして至福の一時なのだ!! 分かる!?」
「あー、なるほどね。つまりがんばるってことね」
「……百聞は一見に如かず、だね。よっしゃ。ちょっとついてきて」
そうして、てゐは廊下を歩いていく。
ある地点まで行くと、周りをキョロキョロと見て、人参をそこに置く。
人参の位置を確認すると、壁に体を張り付けチルノにもそれをするよう促す。
二人がその状態になったら、いきなり壁がぐるんと回った。
「何この装置!? しかも穴があって廊下の様子がよく分かるよう工夫してあるー!?」
「永遠亭のいたるところにこんな装置があるのさ!!」
「……うん。どんまい」
「えっ!? なんでそんな悲しい目をするの!? ここは驚くとこじゃん!?」
「いや、あたいはもう十分に驚いたよ…。色んな意味で…」
チルノがここに来たのがもしかしたら間違いなんて思い始めた頃に、向こう側から鈴仙が歩いてくる。
鼻歌なんか歌って、とても機嫌が良さそうだ。
多分、さっきのことが嬉しかったのだろう。
「よしっ!! 来た!!」
「……どうなるの?」
「それは見てのお楽しみ~」
てゐは満面の笑みを浮かべる。
ちなみに、鈴仙も満面の笑みを浮かべている。
もっとも、二人の浮かべる笑みの真意はまったく別なのだろうけど。
そして、鈴仙が人参発見に至った。
「あ!! 人参だ!!」
キョロキョロと辺りを窺う鈴仙。
そして、誰もいないことを確認するや否や、人参に飛びついた。
「なんか今日はついてるな~」
ガシッ、と人参を掴むと若干の違和感を覚える。
何か、こう、引っ張られているような。
目を凝らすと人参から糸が出ている。その糸を目で追っていくと、自分の真上の天井に繋がっていてそこにはタライが…。
「くっ!! トラップか!!」
身を捻って正面に飛ぶ鈴仙。
自分がいた場所に豪快な音をたててタライが落ちてくる。
「(駄目じゃん!! 失敗じゃん!!)」
「(いや、さっき言ったでしょ? トラップはコンボ、ってね。あれが避けられるのは計算のうちだよ)」
「(ま、まさか…!!)」
てゐは不適に笑う。
ちなみに距離にして鈴仙から数メートルの位置にいるので、会話はアイコンタクトで繰り広げられる。
「ふぅ…まったくてゐの奴ね、こんなこと…ってえー!?」
鈴仙が落ち着いて息をつくのも束の間、タライが落ちた場所から床が抜けていく。
どうやら、その場所に強い衝撃が加わると床が抜ける仕組みになっているらしい。
「くっ!! まだまだ!!」
身を翻して横に飛ぶ鈴仙。
何とか穴の恐怖からは逃げられたみたいだった。
「(また失敗じゃん!! ってあれ? どこに行ったの?)」
チルノは横を見るが、先ほどまでそこにいたてゐの姿が無い。
周りを見ると、鈴仙の後ろに忍び寄るてゐの影があった。
「ふぅ…てゐの奴…絶対に許さないんだから…って、きゃー!!」
体勢を崩している鈴仙に向けての死角からのキック。
これをガードする術もなく、蹴られる先には穴があるわけで。
「はっはっはっはっ!! 思い知ったか!! 私の実力を!!」
「こらー!! てゐ!! 出しなさい!!」
「うん。やだよー」
ポイッと穴にタライを投げる。
中からタライが硬いものに当たる音が響く。
「いたーーい!!」
「今のはさっき殴られた分! そしてこれが、クリリンの分だー!!」
「クリリンは知らない人だー!!」
理不尽な理由と共に投げられるタライ(2個目)。
ガツ―ンと中から再度いい音が響く。
「ちょ、ちょっとやりすぎじゃない!?」
「いや、私の恨みはこんなもんじゃないのさ!!」
「きゅー……」
中から鈴仙のか細い声が聞こえた。
何気なくチルノは中を見ると、とてつもない目をした鈴仙がいた。
その目を直視したチルノはフラフラ~と、ちょっぴりよく分からない動きをしだす。
「これに懲りたらもう私に楯突かないことだ……って、うわー!!」
「はっ!? あたいは今何を!?」
「よし!! ありがとうチルノちゃん!!」
よく分からない動きをしてたチルノが突然、てゐを穴の中に蹴飛ばしていた。
でも、もしかしたら先ほどの竹林での恨みがこもっていたかもしれないキックだったと見ていた永琳は語る。
「あら? てゐじゃない。こんな穴の中で会うなんて奇遇だね」
「あれ? 鈴仙じゃん。ははは、ホントこんな穴の中で会うなんて奇遇だね~。
そうだね。この数奇な出会いを肴に語り合うなんていいんじゃないかな?」
「うん。却下」
次の瞬間、穴の中から痛々しい音が響く。
時折、てゐの悲鳴やら悲鳴じゃないのやらも聞こえたがチルノはとりあえず気にしないことした。
「よし、参考になったよ!! ありがとうてゐ!!」
まるで自分は何もしていない、全ては運命のせいだ、と言わんばかりに駆けていくチルノ。
心なしかお礼の声も音量が小さかった。
「ふぅ…。あ!? そういえば出れないじゃん!?」
「………」
「おーい!! チルノちゃーん!!」
「………」
「いないのかよー……てゐ!! 起きて!!」
「……無理ッス。体中の骨々が痛いッス…」
「誰かー!!」
鈴仙の大声も虚しく、そこには誰も姿は現さない。
救出されるのはこの後、約二時間後だった。
ちなみに、二人分の夜ご飯はもう片付けられていてまたケンカになったということは、チルノには関係の無い話だ。
いや、若干あるかもしれないけど。
─── 翌日
「うん。いい天気だ。これは太陽もあたいを味方してるねぇ!!」
目覚めて早々、窓の外を見ながら勝利宣言をする。
昨日の雪辱を果たすべく、チルノは意気揚々と歩く。
「よし、とりあえず朝ごはんでも食べようかな」
台所に向けて歩き出す。
やはり、この朝の強さはスキマさんなどには見習って欲しいものだ。
風の噂ではスキマさんは『布団の中で食事をする』という新たなスキルを会得したらしい。
布団に食事ごともぐって空の器が出てくる様は、見ていてとても怖いものです、と猫さんは語っていた。
まぁ別にチルノには関係の無い話なのだけど。
「おはよー。うーん、今日もいい匂いだねぇ」
「あ、チルノちゃんおはようー」
「うん。とりあえずそのカキ氷はおやつにしようか?」
「え!? 見えちゃった!?」
「……ついでに後ろにある多種多様なシロップもね」
「あちゃー。じゃあ普通に朝ごはん食べようか」
「(最初から出してよ…)」
「ん? 何か言った?」
「いや、じゃあ食べようか!」
そうして普通の食事を始める二人。
さすがのチルノもこの大妖精のカキ氷に違和感を感じているが、大妖精も仕方が無いのだ。
だって、影が薄いのだから。
「チルノちゃん今日はどうするの?」
「今日こそはあのカラスにリベンジしてくるよ!!」
「あれ? リアクトじゃなかった?」
「……どっちだっけ?」
「……さぁ?」
「うーん、まぁどっちでもいいか。じゃあ行ってくるよ!」
「はーい。行ってらっしゃーい」
飛び立つチルノ。見送る大妖精。
今日こそは、と意気込んで飛ぶ様はなんとなく今日は勝てるような気さえしてしまう。
だが、チルノは今日は一直線に射命丸宅に乗り込まず、ちょっと寄り道をしていた。
「おーい!! 朝だよー!!」
どんどんと扉を叩く。
朝っぱらからこんな風に叩かれたらこれだけで大ダメージだろう。
毎朝この攻撃をすればもしかしたら射命丸も謝るかもしれない。
「んー? 朝から何―?」
「あ、リグル!! よし行くよ!!」
「え!? ちょ、ちょっと待ってよ」
リグルの腕を掴み、強引に連れてくチルノ。
当のリグルはわたふたと慌てていた。
「ちょ、ちょっと!! どこ行くの!?」
「あのカラスのとこ!! どうしてもリグルの力が必要なのよ!!」
「え、えぇ!? 一体何するの!?」
「リアクト!!」
「はい!?」
突然の訪問、突然の拉致。
いきなりすぎて、何も理解できぬまま連れて行かれるリグル。
結局説明もままならぬまま連れて行かれたのであった。
──────
「んー…。もう朝ですかー。今日もいい天気ですねぇ」
朝の柔らかな陽光に包まれ、目を覚ました。
文は、布団から出てぐっと背を伸ばす。
だが、昨晩は遅くまで起きていたのだろうか、起きて数分は眠そうにぼやーっと座っていた。
「ふぅ、ちょっと外の空気でも吸いに行きますか……」
立ち上がり玄関を目指して歩いていく。
だが、数秒後、この行動を後悔することになるとは今の文は思いもしなかっただろう。
ただ純粋に外の空気を吸いに出ただけなのに、あんな悲劇を目のあたりにするのだから。
ガラッ。
「ふぅ、やっぱり外の空気は新鮮でいい、です、ね…」
「ん~!! ん~!!」
自分の家の庭の様子を見て言葉を失う。
別段、木が破壊されているとか畑が荒らされているとかそういう訳ではない。
目の前に、いつも見ぬものがあるだけだ。
それを一言で表すなら、『罠』だ。
大き目のタライ、そしてそれを支える棒、最後にその棒からのびる糸。
あのタライの下にある物に近づいた瞬間に、糸を引っ張り棒が倒れて一緒にタライも倒れて中に入ってしまうという寸法か。
あのタライの下にある、いや、タライの下にいる、縛られているリグルに近づいたら倒れる、という仕掛け。
鳥の餌は虫だろう、という安易な発想なのかもしれないが、別の意味で早く近づきたくなる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ん~!! ん~!!」
「今縄を解きますから!!」
ガタッ!
タライが倒れる。
だが、それを瞬時に吹き飛ばす文。次の瞬間、タライはもう見えなかった。
そこに残るものは、虚しく倒れた木の棒と、だらしなくたれた糸だけだった。
「大丈夫ですか?」
「ふぅ、ありがとう。いやー、一時はどうなるかと思ったよ」
「良かった。無事みたいですね。あとは…」
向こうの茂みの方を睨む。
そこにはコソコソと四つん這いで逃げていく氷精の姿があった。
「そこの貴方!! どこに行くんですか?」
「はい? あたいは通りすがりのただの猫ですが何か?」
「………」
「………」
「じゃあちょっと来てくださいね」
「ちょ、ちょまーーー!! リグル!! 助けて!!」
「………あんなことされて助けると思う?」
「そ、そんな……!! あの日の友情は何処へーー!?」
家の中に連れて行かれるチルノ。笑顔で見送るリグル。
そうして、この騒動は家の中から軽快に鳴るスパコーンという音と共に幕を閉じるのであった。
──―――――
「ってな事があったんだけど、どこが悪いかな?」
「うーん、どうでしょうねぇ?」
「完璧なプランのはずだったんだけどねぇ…」
「まぁまたリベンジすればいいんじゃないかな?」
「…うん! そうだね。じゃあカキ氷おかわり!!」
「はいはい。やっぱりカキ氷は好きなんだね」
しゃくしゃくとカキ氷を食べながらチルノは次の作戦を練る。
次こそはうまくいくと信じて。
負けるなチルノ! がんばれチルノ!
きっと次は勝てるから! たぶん、きっと──。
チルノも大妖精も兎さんコンビも素敵です。
突っ込むチルノって珍しいかも……
花をやって、チルノと文は良いコンビだと思うおやつです。