どうしてこんなことになってしまったのか。
それは私にも解らなかった。
―――
深夜、私は目を覚ました。
夢を見ていた。
幸せだった頃の夢を。
しかし失われた今となっては、既に悪夢と変わりない。
もともと眠りは浅い方だが、此処に来てからは更に酷くなった。
寝ても覚めても悪夢ばかり見ているのだから仕方ないが。
「……」
目が痛い。
どうやら泣いていたらしい。
私は布団から抜け出すと、いつものブレザーに着替える。
服の裏のホルスターには、ハンドガンとコンバットナイフ。
月において、戦う役目を持った者の標準装備である。
私のモノは少し違ったが。
「顔、洗わないと……」
部屋を出ると長い廊下。
私は壁伝いに歩き出す。
既に内部構造は把握しているが、念のためだ。
今の私は視力が殆どない。
いつものことなので苦にはならないが。
やがて、井戸のある中庭に辿り着いた。
「……」
冷水の感覚が私の意識を研ぎ澄ます。
それは痛みを自覚することと同義だった。
口の端に違和感がある。
いつの間にか、唇をかみ締めていたらしい。
私は手の甲で血を拭う。
そのとき、ようやく周囲が明るいことに気がついた。
「満月か……」
誰に聞かせることもなく、私は呟く。
当然だが、月明かりとは私の故郷にないモノだった。
私は空を仰ぎ、意識を両の目に集中する。
焦点の合わない瞳に光りが宿る。
狂気の瞳。
あらゆるモノを狂気に落とす私の視線。
その中にあって、虚空に浮ぶ月は美しかった。
今だって、あの場所では醜い争いが絶えないというのに。
騙し、利用し、殺しあう。
私の故郷は、少なくとも私がいた世界はそんな地獄そのものだった。
「っち」
私は瞳を閉じると、視力を消す。
これ以上見ていたくない。
この上なく美しく、無慈悲な月。
そこから逃げ出し、全てを失った月兎。
それが今の私だった……
* * *
生まれた時から敵は増えていった。
そして味方は減っていった。
―――
朝……か。
雀の鳴き声が聞こえる。
障子越しの光りが、日の存在を示していた。
あれから、私は布団を畳むと部屋の隅で蹲っていた。
此処の朝は早い。
もうすぐあいつが来る。
私の聴覚は、既にこちらに向かう足音を捕らえていた。
「おはようウドンゲ。良い朝ね」
「……」
ムカつく位清々しい声。
現在私の身元保証人と主治医を自認する女だった。
私からすれば拉致監禁の現行犯。
遥か昔大罪を犯し、月から追放された犯罪者の片割れ。
八意永琳。
私は顔を上げてそちらを向く。
同時に全身の力を抜く。
いかなる事態にも対応できるように。
「別に取って喰いはしないわよ」
「……どうだか」
「ふふ、口を利いてくれるだけ進歩したわね」
また癇に障ることを言う。
「しつこいのよ、あんた。お願いだから構わないで」
「朝御飯持ってきたわよ。食べましょ」
「……いらないわ」
月兎は食事をしない。
ただ呼吸が止まらなければ生きられる。
「駄目よ? 朝はきちんと取らないと」
「……」
此処に来て既に半年。
幾度となく繰り返されるやり取り。
私が口を利くのも食事を取るのも、こいつのしつこさにうんざりしたからだ。
八意は私の隣に座ると、お膳を置く。
食べる必要のない料理。
寝不足の身体と相まって、その匂いに思わず吐き気がした。
「うっく……」
「大丈夫?」
彼女が私の背中を擦る。
「……ああ」
「それじゃ、頂きましょう」
黙々と、私たちは箸を使う。
食事中は静かに。
それが彼女のルールらしい。
私も余計な事を話されないほうが楽だ。
もっとも、食事の間だけだが。
「ねぇ、ウドンゲ?」
私はウドンゲじゃない。
そう何度言ったところで聞かなかった。
此方の忍耐には際限があるのに、こいつの執念には上限がないらしい。
「……なに?」
「そろそろ食堂に顔出さない?」
「断る」
「……そう」
もともと期待していたわけではあるまい。
彼女もあっさり引き下がった。
だが、きっと明日も言われる。
それだけは確かだろう。
「八意さん……」
「なにかしら?」
「そろそろあれ……返してくれない?」
「ふ……む……そうね」
私がここにいる唯一の理由。
それがこいつの手の中に在る。
「それを返したら、貴女はどうするの?」
「さあ……」
とりあえず、あんたの眉間に鉛玉をぶち込んでやる。
伝承が本当なら、そのくらいで死ぬほど可愛げのある奴ではなさそうだが。
その後は……考えていない。
私は先の事など考えずにいられた筈なのだから。
私という存在の終わりによって。
「……なんで、私なんか助けたの?」
「そう、助けたつもりだった……けれど、本当につもりでしかなかったわ」
残念だけどね、そう言って彼女は立ち上がる。
「心が死にかけてるもの。貴女は」
「……余計なお世話よ」
「そうね。それが今の貴女の本音」
何もかも見透かしたような声色が気に食わない。
事実、彼女の言う通りなのが余計気に食わない。
「失くした心の欠片は、案外近くにあるものよ? 速く見つけて頂戴ね」
「……どうして……そっとしておいてくれないの?」
「だって、昔の友達にそっくりな顔してるんだもの」
それだけ言うと、彼女はお膳を持って出て行った。
後には疲労感を持て余した私が残された。
* * *
約束が出来た。
守らなきゃと思った。
ただ、それだけだった。
―――
私は屋敷を出ると竹林に入った。
少し行くと竹が途切れる。
そこにはぽっかりと開けた荒野。
広さは永遠亭がすっぽり納まるほどで、かなり大きい。
まるで竹が生えることを忘れたようにそれはあった。
私は大きめの岩に背を預けて腰を下ろす。
「……」
ポケットからタバコを取り出し、火をつける。
煙をゆっくりと吸い、一息に吐き出した。
紫煙が空にとけ、風に流れて消えていく。
このまま私も消えてしまいたい。
そう、思った。
「はぁ……」
私は意識を聴覚に傾ける。
やがて聞こえる、遠い雑音。
月兎同士が使える特殊な念話である。
私が此処で月の兎達の声を聞くのは、欠かしたことのない日課だ。
ただし受信のみ。
それはラジオを聞くのと変わらない。
今日も遠い私の故郷では、憎みあう誰かと誰かの争いを伝えていた。
なんとなく、吐き気がした。
「くだらない」
そう呟く自分自身が一番くだらないことは知っていた。
今の私はどんな話を聞いても他人事としか思えない。
つまらない。
くだらない。
興味がない。
だって仕方ないじゃないか?
私の心は月に置いてきた。
ただの抜け殻なんだから。
自笑と共に、私は煙を吐き出す。
美味くもないタバコ。
私は何時からこんなものを吸うようになったのか……
「まーた黄昏てんの?」
際限なく襲い掛かる自己嫌悪から、無理やり現実に引き戻される。
私は声がしたほうを向く。
視力のない私が顔を向けても意味はないが。
「そんなモンばっか吸ってると早死にするよ」
声の主はてゐ。
此処で私に声をかけてくる、珍しい兎。
私が屋内でタバコを吸ったとき、「館内禁煙!」とか言った奴だ。
鬱陶しい。
私は答えず、顔を背けて息を吐く。
それが気に入らなかったのか、てゐは激昂して叫んだ。
「そんなに死にたきゃとっとと野垂れ死ね! バカ!!」
勝手に来て勝手に喋って勝手に怒っていれば世話はない。
だが、彼女が運んできた現実の息吹は正直ありがたかった。
「何か用?」
「は?」
「なに呆けてんの?」
「いや……初めて口利いてくれたから……」
そうだったか?
まぁ、どうでもいいが。
「用があるから来たんでしょ?」
「あ、永琳が呼んでる。診察だって」
もうそんな時間か……
私はタバコを携帯灰皿に入れると立ち上がる。
面倒だが、ばっくれる事も出来ない。
逃げても掴まるし、そもそもあれを取り戻すまでは……
私はもと来た道を歩き出す。
てゐも後からついて来る。
その様は妙に嬉しそうだった。
「何はしゃいでるの?」
「ふふ、いいことあったんだぁ」
「そう」
それは結構。
そのまま私の事も忘れれば良いのに。
そう思ったが、てゐは結局私にくっついて屋敷に戻った。
屋敷についてからも、なぜか嬉しそうなままだった。
* * *
生き残ること。
その代償に、背負うこと。
これが私の全てだった。
―――
「来たわよ」
「いらっしゃい」
部屋に来た私を迎えたのは聞きなれた声。
八意永琳はいつもの微笑を向けてきた。
だが私は部屋の異臭に顔をしかめる。
「……」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと調合してたものだから」
「いいわ。さっさとして」
もともと長居をするつもりはない。
私は上着を脱いで肌を晒す。
この身に刻まれた無数の傷。
それを見た彼女は顔を曇らせる。
「やはり消した方が良いんじゃない? 折角綺麗な肌なのに」
「結構」
「そう……」
私が彼女の前に座る。
彼女は私の胸に手を当て、目を閉じる。
触診。
これで外傷の治り具合から内臓の疾患まで解るらしい。
しばらく無言の時間が過ぎる。
「……経過は順調ね」
「ええ」
そっけなく、私は答える。
私の感情は置くとしても、八意永琳の知識や技術は疑いえない。
彼女は手際よく傷口に薬を塗りこみ、ガーゼ保護して包帯を巻く。
「姫が貴女を紹介しろって聞かないのよ」
「私は別に会いたくないわ。用があるなら自分で来ればいい」
「……そういって、もう半年も意地張ってるのね」
八意はため息を吐いて苦笑した。
別にどうしても会いたくないわけではない。
ただ面倒くさいし、どうでもいい。
わざわざ自分から会いにいく気がしないだけだ。
蓬莱山輝夜。
奴のことは月では殆ど存在を抹消されている。
禁忌に触れ、穢れた地上に堕ちた愚姫。
私に刷り込まれたデータにはその程度の知識しか入っていない。
その共謀者、八意永琳。
こいつが始めてその名を名乗ったとき、私は本気で偽名を疑ったものである。
そして彼女が本物だと確信したとき、私は一つの疑問を抱いた。
これは、ただの好奇心。
「八意さん……」
「なに?」
「一つ聞きたい。答えなくてもいい」
「……」
彼女は何を思ったか、真剣な面持ちで私に向き直る。
……そう構えないで欲しい。
大したことではないし、答えはなんとなく判っている。
「貴女はどうして自分の姫に仕えているの?」
「……そうね。……一言で言えば大切だから」
陳腐だ。
だがその言葉に偽りなどあるまい。
妙な納得、そして落胆。
それでも答えは聞いた。
私は部屋を出ようとする。
だが……
「でも、貴女が聞きたいのはそんな次元の話ではないのね」
その言葉に、私は足を止めていた。
肩越しに振り向くと、彼女は遠い目をしていた。
そして一つ息をつき、語りだした。
「私はね、優れていたの」
「そうでしょうね」
「だけど、空虚だった。どんなことで一番になっても、そこに私はいなかった」
「……」
「私のあり方を決めていたのは、常に私以外の誰かだった……」
一体何時の記憶を辿っているのか。
私には想像もつかない。
「だけど、姫に出会って……姫は私を創った……あの人に会って、私は始めて自分を紡ぎだしたわ」
「……」
「それは月という社会にあって、決して許されることではなかったけれどね」
「……後悔してないの?」
「後悔はしていないわ。まぁ、いろいろ苦労はしたけれど……」
「……」
「楽にもなったわ。全部自分で決められるから」
そう言って彼女は笑った。
私は見えないが、きっと良い笑顔をしているのだろう。
同時に、彼女を心底気に入らなかった理由も察しが着いた。
そして私が此処に来たときから感じた違和感も。
此処は私の居場所じゃない。
「私は自分が何処にもいないと思った。だけど、それは姫の中にいた……」
「……」
「もしかすると、誰しも他人の中から見つけるのかもしれないわね……」
……そうかもしれない。
だけど私にはもういなくて……
私の中でどす黒い何かが蠢いていた。
まるで両目から狂気があふれ出し、全身を侵していく様な不快感。
「ウドンゲ、少し使いを頼まれてくれない?」
私の内心を知ってか知らずか。
八意は何時もの調子で話しかけてきた。
「使い?」
「ええ、薬草集め」
そういって、彼女は念話で私にある場所の情報を送る。
……この近くではないな。
期待以上の答えは聞けた。
その礼に行ってもいいだろう。
どうせ最後なのだから。
「判った」
それだけ言って、私は今度こそ彼女に背を向けた。
「あ! ちょっ、待……」
まだ何か言っていたが、私は当然無視した。
そう。
此処に私の居場所はない。
* * *
誓いを果たしたとき。
それは別離のときだった。
―――
永遠亭を出て、全速で飛んで二時間。
ようやく指定された場所に到着した。
「……なんだこれ」
私は限定的に視覚を開放。
この状態だと色と平面に書かれたものは解らないが、立体は捉えることが出来る。
私が普段視覚を封印しているのは、この状態でも生物ならば狂気に落とせるからだ。
これを全開放すれば無機物、空間まで狂視できる程になる。
「……マジか?」
私は目の前のモノを呆然と見つめた。
体長は十メートル程だろうか?
デッサンは植物のそれに近い。
無数の触手と口にしか見えない花弁を持ったそれを、植物と認識するのは躊躇われたが。
「でも……これ……だよな」
場所は違っていない。
八意がよこした地図は、確かにこの場所を示していた。
それにあいつは『薬草』といっていた。
此処にはアレの他に草など生えてない。
アレを中心に広がる荒地。
おそらく、こいつが養分を吸い尽くしたのだろう。
あたりに散乱する無数の骨。
それはこいつに喰われた犠牲者と思われる。
中には明らかに人の姿をしたものもあった。
私は頭を掻いて肩を竦めた。
そうか。
八意はこれを言っていたのか。
「……殺るか」
私は二挺の拳銃を取り出す。
漆黒の銃・ピースメイカー。
白金の銃・エンゼルクライム。
全長約30cm、重さ1.5kg
既に片手で使うサイズではないが、これが私のスタイルだった。
装弾数は15+1発。
ダブルアクションやハンマーデコッキングなどの機構を備えた実用的な銃だ。
前者は面の破壊力に、後者は線の貫通力に特化している。
もちろん軍の正式装備などではない。
私が私物を改造したものだ。
それでも文句を言われなかったのは、これを使った私に勝る戦力が存在しなかったからに他ならない。
「……」
まるで身体の一部のような一体感。
これを握った瞬間、私の中で五感以外のもう一つの感覚が目を覚ます。
その感覚に従う限り、私は絶対に的を外さない。
しかし……この感覚は……
「久しぶりだな……」
私は歩いてそいつに近づく。
無数の触手が威嚇するように動き出す。
ようやくこいつは私を認識したらしい。
とろくさい奴。
さて、どうしたものだろう?
倒すのは造作もないが……
私はここで視覚を切った。
「……来い」
私は奴のテリトリー内で足を止めた。
自然体で佇む。
ヤツは私を獲物と判断したらしい。
一本の触手が唸りを上げて迫ってきた。
うるさい。
私は上体を引く。
同時に私の顔すれすれに、何かが通過する風。
更にバックステップ。
私が今まで立っていた所から、根と思わしき物体が槍のように突き出していた。
「フェイントならお粗末だ」
それが聞こえたわけでもあるまいが、化け物が怒ったような咆哮を上げる。
今度は無数の触手が同時に迫る。
流石に、これを止まって捌くのは無理だ。
フットワークで触手を避ける。
ただし、距離は詰めない。
なんとなく毒液くらい持っていそうだし、それがなくとも消化液はあるはず。
そんなものを浴びたら一たまりもない。
私はしばらく避けに徹する。
高速で胴体を凪ぐ触手を潜り、地中から迫る槍をかわす。
この時視力のない私は、音で状況を把握している。
触手が起こす風の音、根が地中を穿つ音。
その大きさ、高さで距離や相手のモーションを察知する。
……身体は重くない。
ほぼベストコンディション。
「……よし」
体捌きだけで避けるのもきつくなってきた。
そろそろ行くか。
私はそれまで1.5㌔の重りとなっていたエンゼルクライムを相手に向ける。
シングルショット。
耳を貫く銃声と閃くマズルフラッシュ。
その名に恥じぬいい音だ。
少々物騒な天使の鳴き声は、間3つの触手をぶち抜き本体に突き刺さった。
流石に貫通は出来なかったか。
まあいい。
好都合だ。
化け物がまた、咆哮を上げる。
苦痛か、単なる怒りか、それはわからない。
ヤツは散発的に触手を飛ばしてくるが、そんなものには当たらない。
次に使うのはピースメイカー。
此方もシングルショット。
音は少々無骨だが、肩まで響く反動が心地よい。
次の瞬間、化け物の上半分が吹っ飛んだ。
地響きさえ立てて化け物が沈む。
それきりピクリとも動かなくなった。
「もう終わり?」
平和という名を持つ人殺しの玩具。
それは確かに私が最初に穿った穴を打ち抜いた。
見た目はわからないが、ピースメイカー着弾の音は金属音。
エンゼルクライムの弾とぶつかった音だったから。
「っち。フィフスまで耐えてよ……」
これから、ダブル、トリプル、フォースとピンホールしていくつもりだった。
それで、丁度15発。
自分の回復をはかりたかったのだが。
「……使えない」
文句を言っても仕方ないか。
とりあえず回収しよう。
これだけでかいと、何処を使うかわからない。
……全部持ってくか。
私はコンバットナイフでバラしていく。
根、茎、葉、花弁を別けて詰められるだけ詰める。
やがて、もって来た皮袋は一杯になる。
「重い……」
自分の身長ほどもある袋を担いで歩き出す。
そのとき、背後から地鳴がした。
私は構わず歩き続ける。
起き上がった化け物は、残った触手を此方に伸ばす。
「……」
響く銃声はエンゼルクライム。
それを最後に、音が止まる。
やがて化け物は今度こそ崩壊していった。
ブレザー越しのバックショット。
それはこの化け物の核を貫いた。
「食虫植物の妖怪変化か……」
本当に此処は不思議な生き物がいる。
そういえば、因幡てゐも兎の妖怪だったか。
私はホルスターに銃を納めた。
そして気づく。
「あ……一張羅が」
ブレザーに……穴……っつ!
私はカートリッジの残弾を余さず化け物にぶち込んだ。
* * *
哀しそうな、彼女の顔。
それで私は壊れた。
いや、違う。
私の中で、私以外の全てが壊れたんだ。
―――
深夜、私はいつもの喫煙所にいた。
非常に疲れていた。
結局私が取ってきたものはハズレだった。
あそこは元々野生の鈴蘭の群生地らしい。
八意はそれに用があった。
出掛け際の注意も、毒のことだったようだ。
「まぁ、そのうち生えてくるか」
あいつは居なくなった。
数十年もすれば、また鈴蘭だって生えるかもしれない。
なんせ、植物はしぶとい。
「結局、服に穴空けただけか……」
そう思うと苦笑がもれる。
私はタバコに火をつけた。
全身の力と共に煙を吐き出す。
待ち人が来るまで、まだ時間がありそうだ。
私はいつものように岩に背を預ける。
だが、座らない。
こうして考えるのは、私がここに呼び出した相手。
八意永琳。
一体彼女と私は何処が違ったのだろう。
大きなものを切り捨てて貴重なものを得た彼女。
貴重なものと一緒に大きなものを失った私。
こんなはずではなかった。
私はこんなことを望んではいなかった。
ならば何処で間違ったんだろう?
「こんなことを考えるようになってからかな」
それはつまり、生まれてきたことから間違いだったということ。
私の最初の記憶は培養液の中にいた。
レイセン。
かつて最強といわれた月兎。
そのクローン。
月人達によって生み出されたとき、私の中で奴らは親でなく敵だった。
生まれてくるべきじゃなかった。
生まれてきたくなかった。
『何処で間違ったんだろう』
一番最初の、綺麗な疑問。
私の周りには同種の実験体が居た。
その数は三桁に届くほどだったらしい。
よくもそんなに造ったものだが、理由はすぐに割れた。
奴らは私たちを一所に隔離すると、お互い殺しあうことを強制した。
私達にその鎖を千切る力はまだなかった。
私達は憎い人間の命令で、何の憎しみもない姉妹と殺しあった。
「いつか、きっと……」
死んでいった私の分身たち。
皆そう言っていた。
私も、私を殺す姉妹にはそう言うつもりだった。
私達の中で、誰かが生き残ったら……
それは私たち、血どころか細胞の一つ一つを分けあった姉妹の合言葉。
辛かった。
一日の半分は、脳に知識を焼き付ける。
まず、ここで1/4が狂死した。
そして戦闘訓練。
また1/4が死んだ。
そこからたった一人の生存をかけたバトルロワイヤル。
残ったのは私と、もう一人。
それが姉なのか、妹なのかは判らない。
だが此処までで既に月人の満足するデータを出していたらしい。
私と彼女は、二人して生き残った。
『いつか、きっと……』
しばらくして、私と彼女は前線に配属された。
地上人との戦場。
そこには人も、兎もいた。
そこにいたのは戦友だった。
私達は知らなかったが人と兎は敵同士ではなかった。
研究所の連中は相当偏った知識を私たちに植え付けたらしい。
私達は地上人が敵だとしか聞いていなかった。
人と兎。
この二つが同時に笑っていた。
……虫唾が走った。
結局、その戦線は壊滅した。
同時に、地上人の軍も消えた。
生き残ったのは二人の月兎。
当たり前だ。
私たちがやったのだから。
『いつか、きっと……』
それから、私達は戦場を転々とした。
私達が一緒にいるためには、それが有益であることを証明しなければならない。
だから月側を殺すのは止めた。
だが私達を生み出した月の科学者。
こいつらは皆殺しにした。
私達の仕業と露見しないように、慎重に。
楽しかった。
このときが一番幸せだった。
最後の復讐を終えるまで、私は確かに幸せだった。
『いつか、きっと……』
おかしくなったのは、最後の復讐を終えてからだった。
元々復讐だけを願い、それだけを悲願に結びついた姉妹。
敵がいなくなれば壊れてしまうのは、ある意味自然だったかもしれない。
彼女は戦いたいと言った。
月を守るため、地上人と戦うと。
私は殺したかった。
月人でも、地上人でもいい。
人間そのものが私の敵だった。
いつ人間に殺されても構わない。
もう復讐は終えたのだから。
そう思った。
彼女は軍に残った。
私は軍を辞めた。
そして、殺戮の日々。
時々彼女が軍で功績を挙げた話を聞いた。
いつの間にか、それだけが私の楽しみだった。
「……ここだ」
ここで間違えたんだ。
彼女は復讐の先を見ていた。
私はそこまでだった。
だからその先を一緒には歩めなかった。
そして私は数ある選択肢の中で、もっとも愚かな選択をした。
なんで気がつかなかったんだろう。
月において私を止められるのは彼女しかいないということに。
私が歩んだ道は、いつか彼女と対峙してしまうということに。
しばらくして、彼女から念話が届いた。
私を捕縛することが決まったこと。
その部隊に自分が加わったこと。
出来れば投降して欲しいこと。
彼女は泣きながら告げていた。
私が承諾すると、彼女は何度もありがとうと言った。
彼女だけが知らなかった。
これは捕縛ではなく抹消。
彼女以外の討伐部隊には、即時銃殺が命じられていた。
そして……
あの時の事は良く覚えていない。
断片的な記憶。
悲鳴、銃声、崩れ落ちる彼女、無傷の私、視界を染める朱、最後の言葉。
『いつか……きっと……』
私の心はあの時死んだ。
彼女と共に……
何本目になるかわからない吸殻を、携帯灰皿に入れる。
足音が聞こえた。
ようやく来たか。
「お待たせしたかしら?」
「ええ、余計なことを考えてしまうくらいには……ね」
赤と黒の衣装に、弦のない弓。
「持ってきたんでしょうね?」
「ええ。これね?」
彼女は胸元からペンダントを取り出す。
飾り気のない、シンプルな造り。
それは月の軍で支給される、IDナンバーが掘り込まれた識別章。
私の姉妹の最後の形見……
「私が勝ったら、それは返して」
「いいわよ。負けてもちゃんと返してあげる」
「……」
「なに? 鳩が豆鉄砲食らったみたいね?」
「……代償は?」
「ふふ、察しの言いことね」
そういって微笑む、月の頭脳。
今まで何度言っても返さなかったのだ。
どちらに転んでも返すなど、代償無しには考えられない。
「簡単なことよ。貴女は私の弟子になる」
「弟子……?」
「そう、寝食を共にするから内弟子になるかしら?」
「何を馬鹿な……」
「私の事は師匠と呼んでもらうわ。至らぬ身だけれど、それはお互いに努力しましょう」
そこで、私は気づく。
先ほどを最後に、彼女が全く笑っていないことに。
真剣に私と対峙している。
どうやら本気らしい。
「あんたのことは嫌いなの」
「知っているわ」
「敬うことは……出来ないかもしれない」
「いいわ。それは私の、今後の課題」
私は視覚を繋ぐ。
鮮明になる景色。
私の視線の先には八意永琳。
月明かりを浴びて佇む彼女を、素直に美しいと思った。
「此処に私の居場所はない」
私は心に先立たれた死体だ。
死体に似つかわしい居場所は墓の下だ。
だから……
「この世界に私の居場所はない」
それは苦い認識だった。
「見て、優曇華……今夜は月がこんなに綺麗」
「ああ……綺麗だ」
これが最後になるかもしれない。
その相手が彼女だったこと……
私は信じてもいない神に感謝した。
「こんなに綺麗な月夜だから……」
「……」
彼女は弓を構える。
それは持ち主の精神力を糧とし、事実上無限の矢を放つ月の宝具。
私も二挺の銃を抜く。
「哀しい夜になりそうね」
「楽しい夜になりそうだ」
綺麗で無慈悲な月明かり。
その下で、ちっぽけな私達の我の張り合いが始まる……
* * *
シ ア ワ セ ニ ナ ッ テ ネ
最後の言葉。
私は肯けなかった。
もう無理だと思ったから。
―――
光の矢が私に迫る。
三つ殆ど同時。
マズルフラッシュ。
銃声は四回。
私はエンゼルクライムで矢を打ち落とし、ピースメイカーで彼女を狙う。
首を捻じって彼女は避ける。
銀色の髪が数本、夜空に散った。
「遅すぎて避ける気もしないわ」
「……それは失礼したわね」
先ほどから彼女の顔が青白いのは月明かりのせいばかりではない。
たいしたものだ。
先ほどから矢は正確に私を狙っている。
私の視線を浴びているにもかかわらず。
その距離感も方向感覚も正確に機能しているらしい。
私は両手を閃かす。
無数の銃声。
一度に狙いを定め、一度に撃ちつくす。
当たらない。
私の六感がそう言っている。
彼女は全身傷だらけ。
それでもまだ立っていた。
八意は銃口とトリガーから弾道を見切っている。
直線的な攻撃しか出来ないのは、銃器の不可避の欠点だ。
無傷の私と、ボロボロの彼女。
だが彼女は悠然と微笑んだ。
「それでおしまい?」
「……」
膠着状態。
だが見た目はともかく、彼女には不死の身体がある。
こちらの残弾に限りがあることを考えれば、間違いなく私が不利だった。
現状を打破するためには、こちらの攻撃力を上げねばならないのだが……
「そんなことはないわよね? 貴女は最強の月兎・レイセンなのだから」
「っち」
私はエンゼルクライムで八意永琳の周囲を狙う。
跳弾。
速度と貫通力は落ちるものの、これで多角攻撃が出来る。
しかし私の弾は、彼女が張った障壁に阻まれる。
「……幾ら角度をつけても、所詮前面からの銃撃。そこを壁で覆ってしまえば、ね?」
「……」
今の彼女は私の視線を浴び、その力は激減している。
しかし私が本来の戦い方をするには、彼女から視線を外さねばならない。
この枷をといたとき、私は彼女の攻撃を凌げるか……
唐突に可笑しくなった。
なんの心配をしているのか?
今更何をためらうのか?
月で全てを失くした時から生きることへの執着などない。
撃ちつくしたカートリッジを交換する。
「八意永琳」
「……」
「いくよ」
八意が翔る
私から見て左回りに。
私の視界から外れた瞬間、それは来た。
先ほどとは比べ物にならない速さと数。
それは雨とさえ呼べる矢の嵐。
さあ、始めようか……
私は両の銃を一発ずつ放つ。
無機物狂視『拡散』
「なに!?」
私の弾丸はたった二発で八意が放った矢を全て打ち落とした。
これが私の能力。
撃った弾丸を視認し、狂気に落とし、操作する。
あらゆるモノを狂気に落とす瞳と、狂気に落としたものを操る私の力。
これが私の戦い方だった。
「上手く避けろよ」
「!?」
私は適当に乱射する。
無機物狂視『軌道変化』
「っく」
四方を弾丸に囲まれても八意は足を止めない。
賢明だ。
「……演算、終了」
彼女は呟くと、正確に自分に当たる弾だけを打ち落として見せた。
……ここだ!
私は一足飛びで八意の懐に飛び込んだ。
「しまっ」
既に遅い。
私は白金の銃をその胸に押し当て、撃ち抜いた。
「っが!」
喀血が私に降りかかる。
それは慣れた感覚のはずなのに、今は妙に痛かった……
「何してるの?」
「あ!?」
私の一瞬の忘我を見逃す彼女ではなかった。
彼女は右手を閃かす。
そこにはいつの間にか、小ぶりの短刀が握られていた。
私はとっさに軸をずらし、身体の中央で受けるはずの刃を右胸で受けた。
「グッ」
全身に広がる灼熱感。
喉を血の塊が登ってくる。
私は奥歯が砕けるほどに食いしばり、漆黒の銃で彼女を撃つ。
おそらく何か呪的な防御があるのだろう。
化け物を消し飛ばした私の弾丸は、彼女の身体を紙のように吹き飛ばしただけだった。
……仕切りなおし。
「……ほんと、危ないわねぇ」
八意は何事も無かった様に立ち上がる。
ボロボロの服。
解けた三つ編み。
口の端から血が滴る。
それでも、彼女は微笑んでいた。
「二回も殺されちゃったわ」
肉体の死亡から命活までのタイムラグは殆どない。
……強い。
私の胸には短刀が刺さっている。
さっさと抜きたい……
しかしそれは栓を抜くのと同じ。
同時に止血を行わなければ、良くて戦闘不能。
悪くすれば失血死する。
このままでは状況は悪くなるばかり。
……悩んでいる時間は無いな。
「これが今の月の科学力なのね……なかなか使えるところまで来たものだわ」
彼女の独り言など無視。
既に感覚が無くなってきた右手の悲鳴も無視。
二挺拳銃の一斉射撃。
無機物狂視『誘導』
「む?」
二十発近い弾丸が、不規則な軌道で彼女に迫る。
着弾を見届けることなく踵を返す。
空間狂視『歪曲』
私は自らが生み出した歪に飛び込んだ。
次の瞬間、私は竹林の中にいた。
どこかは知らないが、あまり遠くへは来ていない筈。
稼げた時間は二分ほどか……
私はその場に座り込む。
ナイフで服の一部を切り取り傷口を露出させる。
そしてタバコを咥え、火をつけた。
紫煙が月に昇っていく。
……悠長に見てる場合じゃないか。
私はカートリッジを叩き壊し弾丸を取り出す。
更にナイフで弾を切り裂き、中の火薬を抜き取った。
「……」
気は進まないがやるしかない。
火薬を短刀の周辺に塗りこむ。
そして一息に刃を抜き取り、火薬にタバコの火を押し付けた。
爆竹を鳴らしたような音があたりに響いた。
「ッグ……っ痛……」
硝煙の匂いが鼻をつく。
傷口は焼け爛れている。
右手はしばらく動きそうもない。
火薬の量が多すぎたか?
それでも血だけは止められたのだが……
私は昼間、八意に巻いてもらった包帯を解く。
そして右手とナイフの柄を括りつけた。
「思い切ったことするのね?」
「選択の余地が無かった」
背後から聞こえる声に、私は立ち上がって振り向いた。
足元がふらつく。
銃が重い。
こんな身体でダメージの抜けた月の頭脳に勝てる筈が無い。
筈はないが……負けたく、ない。
「……良い眼だわ。まるであいつみたい」
「……あいつ?」
「ええ、あいつ。弱いくせして、妙に私に突っかかってきた……」
そう言って彼女は眼を伏せた。
しかし、それも一瞬。
彼女は真っ直ぐに私を見返してきた。
「だけど、どうするの? 貴女にはもう武器がない。眼差しで私を殺せる訳ではないわよ」
「……」
彼女は既に私の銃を武器とみなしていなかった。
……私にはもうダブルアクションの大型銃のトリガーを引く握力は無い。
しかし……
「負けない」
私はナイフを構える。
もう一度、懐に入れれば……
「それでも、来る……か」
彼女は寂しそうに微笑んだ。
瞬間、私は覚束ない足に鞭を打って走った。
彼女に向かって。
彼女はゆっくりと矢を番える。
おそらく、彼女も私と同じ感覚で撃っている。
ならば決して的を外すことはない。
……撃てさえすれば。
無機物狂視……
「爆ぜろ!」
「!?」
私の声と共に、彼女の弓が小爆発を起こす。
流石に神代の宝具。
私の狂視を持ってしても干渉し切れなかった。
拳銃が暴発したようなものだ。
アレでは彼女を殺せない。
しかし懐に飛び込むだけならそれで充分。
むしろ命活して五体満足になられるよりも都合が良い。
「ハッ」
呼気と共に踏み込み、右手のナイフで顔を切りつける。
高い位置のナイフ。
彼女は潜って避ける。
……掛かった!
上体を屈めたその体勢から、一足では退けない。
修羅道の駆け引きでは私に分がある。
私は靴に仕込んだナイフで彼女の足を切りつける。
狙いは一点。
足の親指!
「ック!」
彼女の顔が険しくなる。
苦痛と、それ以上に自分が置かれた状況によって。
二足歩行する生物にとって、足の親指は全ての動作の起点。
そこを潰されればどうなるか。
彼女は距離を取ろうとしてよろめいた。
……さあ、仕上げだ。
左手に一本のダガーを取り出す。
キドニーダガー。
多くの姉妹達の血と、数少ない私の大切な者の血を吸ってきたダガー。
彼女の顔に驚愕が浮ぶ。
なんとなく優越感。
こいつのこんな顔を見たものが何人いるのか?
私はおもむろに距離を詰め、ダガーをその胸に突き立てた。
「あ……」
彼女の吐息が、私に触れた。
「終わりに、しようか」
無機物狂視『昇華』
「っひ」
それは対象の存在意義を高める、私の奥の手。
八意永琳の不死を砕くために、私が取れる唯一の手段。
このダガーは純粋な死を招くためのモノであり、そのためだけに造られた道具。
その存在意義をぶつけて蓬莱の薬の不死性を否定する。
私はダガーを捻って引き抜いた。
彼女の口が動いたが、言葉にはならない。
彼女は私を抱きしめながら寄りかかった。
「……っじ……」
薬による不死が無くなれば、後に残るのは人としての生命力。
それも胸を貫かれていれば助かるまい。
「さようなら」
私は瞳を閉じて、視覚を切った。
ようやく、終わった……
「……っつ……」
!?
刹那、私の全身に鳥肌が立った。
瞬時に視覚を繋ぐ。
そこにあったのは、私達を取り囲む無数の光。
それは私達の故郷の光に似ていた。
この上なく美しく、しかし暖かくも優しくもない無慈悲な光。
私はその光景に、我を忘れて見入っていた。
もう避けられない。
でも……綺麗……。
「……」
私の身体が、彼女のそれに押し倒された。
間近で見上げる彼女の顔は、やはりいつもの笑みが浮んでいた。
「……好きよ。レイセン……」
真っ白になった私の頭に、彼女の話したことの意味など入ってこない。
しかし次の言葉は奇妙なほどにはっきりと私の中に入ってきた。
「天文密葬法」
私達は光の中に呑まれていった。
* * *
私は月から逃げた。
全てを失くした。
もう自分を繋ぎとめるものが無い。
それでも自分から死ぬことは出来ない。
私は最後の姉妹になったのだから。
―――
「……姫がどうして彼女と殺しあうのか、ようやくわかった気がするわ」
八意永琳の声が聞こえる。
姿は見えない。
強烈な光の本流に飲まれた私は視力を失っていた。
「自分の大切な相手を殺し、そして殺される……病み付きになる快感だわ」
くだらない。
そんなものは大切な者を大切に出来ない奴のいい訳だ。
しかしそれを攻めることなど私には出来ない。
度し難く不器用なのは私も同じだったから。
「あら、気がついた?」
「……ああ」
私は身体を起こそうとして、断念した。
痛みを通り越して感覚が麻痺している。
今の私に自由になる器官など声帯しかない。
「本当に滅ぶかと思ったわよ」
本気で滅ぼすつもりだった。
しかし、届かなかった……
「落ち込むことは無いわ。あいつだって、私を殺せなかった……」
「……あいつ……!?」
そこで、私はようやく思い出した。
私達のオリジナルは遥か昔、地上に使者として赴きその一団と共に消息を絶ったのだと。
「……まさか」
「ええ……そういうことよ」
そう言った彼女はおそらく泣いていたのだろう。
声しか聞こえない。
顔が見えても、笑っているだろう。
しかし、なんとなく解った。
「さて、私は屋敷に戻るけど、貴女はどうする?」
「……もう少し……ここにいる」
「……帰ってこれる?」
「誰の心配をしてる訳?」
「ふふ……ならいいわ。後これ、忘れないうちに返しておくわね」
八意は私にペンダントをかける。
私が一人ではなかった証……
「それじゃ、お先に」
彼女は踵を返して屋敷へ向かう。
後には仰向けに倒れた私だけが残された。
……ようやく一人になれた。
いや、彼女が気を利かせてくれたのかもしれない。
「……ごめんね、みんな。負けちゃった」
私のとって、生き残ることと勝つことは同義だった。
逆に言えば負けたときは死ぬ。
一人のうちは良かった。
しかし、初めて命を奪ったとき。
私の最初の殺し合いのとき。
私は躯の重さと奪ってしまった物の重さを知った。
『これほどの代償を払って、私は生き延びた』
その事実の前に、私は負ける事など許されなかった……
勝つたびに敵が増え、奪った命の重さで自分は深く沈んでいく。
それでも私は勝つしかなかった。
私はそれしか知らなかった……
「……眩しい」
いつの間にか夜が明けていたらしい。
視力もようやく戻ってきた。
私は身体を起こす。
「あ……」
そこにあったのは、奇跡的に無傷だった私のタバコ。
私は無意識に手を伸ばす。
箱に触れる。
だが、それだけ。
ひしゃげて潰れた私の手は、タバコすら握れなかった。
「っく……っふ……」
不甲斐なさに涙さえ出てこない。
「ああ……つまんないなぁ」
私は独り、笑っていた。
それは空っぽの笑いだった。
【了】
いいですね。銃撃&ナイフ。重厚さが漂ってきます。
彼女のやってきた行いは、きっと罪深いのでしょうけれど、許される日がくると信じたいものです。
こんな彼女が長い年月のうちにああなるかと思うと。
…………うん。あれはあれで幸せなのでしょうね。
罪は赦しがあってこその罪とも言います。
彼女の罪もいつかは必ず赦されることでしょう。多分。
今までのうどんげ観をひっくり返されましたよ。なんともカッコいい。
この物語は大好きです。
氏の戦闘に関する知識とセンスはいったいどこから来るんだと小一時間教えていただきたいですよ……
恐ろしいほどのオリジナル設定ですが全て違和感感じませんでした。
というか、よくぞここまで妄想を……
罪とは消えることなく、ただ受け入れて向き合い、何かの答えを出していくものだなぁ、と刑事訴訟法やってて思ったり思わなかったり。
ただひとついえるのは、結果的に鈴仙は負けて勝ったのかも。
兎はさびしいと、死んでしまうから……|ウサギ小屋|ω・`)
ハードボイルドだけど、脳内BGMはやっぱり『Fancy Full Moon』。
んー、やっぱり2丁拳銃は男のロマンですな。
マグナムとか454カスールとか50AEとか無駄に威力の高い弾丸を期待してしまいます。
んなもん片手で撃てるかって話ですけど。
勝つ事で己の生命を繋ぎ、他人の生命を背負う。
身軽になる唯一の方法は敗れる事。だが背負った生命がそれを赦さない。
永琳に敗れ初めて本来の自分、今のウドンゲを取り戻す事が出来たんだなぁ、と。
あぁ、本当にまいった。今のマヌケでヘナチョコで弱気なウドンゲの笑顔を
見る度に、「良かったね」って言いたくなっちゃいますよ。
良い物語をありがとうございました!
僕と一緒に、どこまでも堕ちて下さい。
半分冗談はともかく、幸せになる鈴仙もみたいです。
永い夜編、心からお待ちしております
うどんげの背負ったものの重さもそれは確かに心に響いて。
……ああこの2人はやはり重いなあ、いいなあ、書きたいなあ。
かっこいい鈴仙です。
今後どうなっていくか気になるところですね~。
何はともあれ、いい話でした。
かつてあさかという人がこの作品を見て言った言葉です。
本当は百点入れたいところですが、ちょっと能力の幅が広すぎるand強力すぎるかな、と
80点入れさせていただきます。
素薔薇しい!
前作といい今作といい、主要構成成分の八割が捏造なのに何ですかこの素敵世界。
続編があるなら是非拝見したい。きっと、今回は役割の薄かったてゐや未登場の姫様との絡みがあって、現在の鈴仙の骨子が出来ていくのでしょう。ああ畜生凄え見たい。
しかし、絵板にて旋風を巻き起こしたツンデレ鈴仙、今作でのハードボイルド鈴仙と、なにやら鈴仙に向かって時代の風が吹いてますか?
そしてそこには語られないドラマがっ!!!!
熱い・・・
熱い東方をありがとうございましたっ!!!
あんたは最高だ!100点ヾ(゜∀゜)ゝ
とかなんとか。
毎回バトルの熱さにクラクラきます。
凄い、というのがまず浮かんできた感想。いやもうかっこいいですなぁおい
見事なハードボイルドでした。
私の中で、妖夢を別として他に弾幕ルールが重石になっているなと思っていたのが、美鈴、藍様、優曇華の三名。実におやつ様はこの三名を素晴らしく表現して下さいました!
事に優曇華は私的設定がいっぱい! 彼女はマリーンかパラの強襲部隊に所属していた下級将校というのが、私の脳内設定ですが、この作品だと雰囲気的にはイリーガルかつ独立兵力の遊撃兵という扱いですかね? ハンドガンの二丁拳銃が本作品ですが、きっとショーティとかUZIとかM870とかTNTとか、長モノ爆薬を持たせてもきっと天下一品なのでしょう。片手で楽々とフルオートダブルオーバックエクスプロージョン。そして、あの耳に尖兵はうってつけ。
それにしても、律儀な師匠はひょっとして、オリジナルと呼ばれていた時分の力以外を一切、使わなかったのではないでしょうか。そんな気がします。
……ツンが出ましたので、デレも期待して良いのでしょうか!?
何を言えばいいのかわかりません……。
とにかく凄かったです。
今までに読んだことのない文章をありがとうございます。
でも全ての人が銃器についての知識がある、という前提での文章のように
思えてしまったのが少々残念です。
それと著者本人のコメントでもわかるのですが、話が落ちてません。
永琳側の心情も文章にしてみるとよかったかもしれませんね。
実にいいぞ、不良鈴仙。
この鈴仙なら永遠亭の荒事担当と言われても納得いくなぁ。
僕は大好きですよ?
それにしても、こういう文章を書ける様になりたいなぁ……
是非、続きを!!
今回のウドンゲとも絡めて、永琳のキャラ掘り起こしもして頂きたい。
という事で続編を希望します。
どんな過去があろうと明るく振舞えるのが幻想郷のキャラなのかも。