Coolier - 新生・東方創想話

Border of Relief

2005/10/13 12:07:31
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・この話はある作品とのクロスオーバー物です。指摘を頂いたので念のため記載








1/

僕は歩き続けていた。沢山の笑顔と、沢山の涙を抱えて

僕は歩き続けていた。何度も何度も傷ついて、何度も何度も倒れそうになって

それでも、僕は歩き続けていた

今まで何処を歩いてきたのか。今どこを歩いているのか

これから何処まで歩き続けるのか、僕自身分からない

でも、僕はまだ立ち止まっていない。だから僕は歩いている

僕は、歩き続けている



2/

「綺麗だなぁ……」
青々と茂る草むらに大の字に転がって、僕は月を眺めていた。
月は丸くて、大きくて、少し手を伸ばすだけで届きそう。
おっかしいなぁ……誰かに見せてあげたくなったのに、誰だったか思い出せない。
どうしても思い出したくて、必死に思い出そうとする。
ぐうぅ~~~。
……なんて現金な身体なのか、僕のお腹で閑古鳥が鳴く。
つまりこうだ。『お腹が空いて経営破綻気味なんだよ~ん、早く入場者プリィーズ!』
何だかちょっとムカついた。
「……あー、お腹空いたなぁ……」
一度空腹を思い出してしまうと頭から離れず、その所為で急に身体が重くなった気がする。
しかし、動かない事にはお腹の経営も持ち直せない。
「よーし、行こう。寝てたって何も始まらない、僕のお腹も」
飛び起きて、僕は一つ大きく伸びをする。
起きてみたら起きてみたで何だか身体のあちこちが痛いけど、それも気にならない。
そして僕はもう一度歩き出す。いつまでも倒れているのは、もう飽きちゃったみたいだ。
「腹減ったー、腹減ったー! スタジオストマック in ミィー!!」
調子ッ外れな歌を熱唱し、気合を入れる。
そして僕は大きく息を吸い込み、こう叫んだ。
「食べ物さん達、早く僕の胃袋においでー、おいでー、おいでぇーッ!!」
気がつけば、身体のあちこちの痛みなんてすっかり忘れていた。



3/

私、魂魄 妖夢の朝は早い。
日が昇る前に起きて、顔を洗い身支度を整える。
それから「一応」幽々子様を起こしに部屋へ向かう。
「う~、あと五時間~」
うん、分かってた……私、こうなるの分かってた。
根気良く起こすのも時間の無駄なので、まずは朝ご飯の支度だ。
それから庭の剪定。
きっとその間にふっくら炊き上がったご飯の匂いで起きてくれるだろう。

「これで良し」
炊き上がったご飯をお櫃に移し、割烹着を脱ぎ捨てる。
とりあえずこの匂いに釣られて幽々子様は起きてくるだろう。
それまでに時間は掛からないだろうけど、少しでも庭の剪定をしてしまおう。
この白玉楼はただでさえ敷地が広い。
何日も掛かる庭の剪定は少しでも進めてしまうに限る。

身体の痛みなんてもう忘れていた。
……だって、また倒れたんだもん……。
「う~……調子に乗りすぎたよぉ……お腹空いたよぅ……」
もうダメだ、もう立ち上がれそうにない。
耳に入るのは腹の虫の閑古鳥、目に入るのは夜が明けたばかりの白んだ空。
ああ……何だか意識まで朦朧としてきた、もうダメだ。
神様、天国に行けたらお腹一杯ご飯にありつけますか? 閻魔様、地獄に落ちてもご飯だけは食べさせてください?
そんなジョークにもならないような事を考えながら、僕の意識は闇に落ちた。

「ふぅ……今日もいい天気だな」
昇り始めたばかりの日差しは柔らかく、暖かい風が吹いている。
色づいた桜色の木々が、春という季節の穏やかさを物語っていた。
「さて……幽々子様が起きて来る前にどれだけ進むかな……」
ぐっ、と身体に力を入れて、少し暑く感じ始めた冬服の袖を捲くる。
そろそろ衣替えの季節かな。
そんな事を考えながら、庭に出た時だった。
いつも見慣れているはずの、白玉楼の景観に何か妙な違和感を感じる。
何か、何かが違う。
そう注意深く観察してみれば、その原因はすぐに分かった。
この春先には見る事の出来ない、紅が景色に混ざっているのだ。
……しかも、植え込みのすぐ近く、一箇所だけ。
「何だ……?」
私は刀の柄に手を掛けたまま、用心に用心を重ねてそこに近づく。
遠目では分からなかったが、その紅の正体はボロボロになった布切れのようだった。
「ん……?」
その布切れの続く先、ちょうど白玉楼の入り口に何かが置いてある。
覗き込むようにして見てみれば、私はとんでもない物を見つけてしまった。
「うわーーーーーーーーーーーーッ!?」
静かな白玉楼の朝は、私の叫びでぶち壊しになってしまったようだった。



4/

「ふぁ……ん~……ご飯~……」
私、西行寺 幽々子の朝はいつもゆったりとしている。
早朝一度は妖夢が起こしに来て、彼女が作る朝食の匂いで眼が覚める。
今日もふっくらと炊けたご飯の匂いが私を呼んでいる。
「ん……妖夢はもう庭の剪定かしら……」
重たい瞼を擦って、庭を覗き込んでみるが、妖夢の姿はない。
どこか別の所にいるのだろうか。
「妖夢ぅ~、起きたわよぉ~、ご飯にしましょう~」
眠くてそんな大きな声も出ないが、とりあえず妖夢の名を呼んでみる。
でも、それに返って来たのはいつもの返事ではなく
「うわーーーーーーーーーーーーッ!?」
という、妖夢の霰もない叫び声だった。
「何かしら……」
その叫びで眼が覚めた。
あの妖夢があんな叫び声を上げるなんて、それこそ普通ではない。
スキマの友人が何か悪戯でもしたのだろうか?
「ゆ、っゆゆ、ゆっゆゆゆゆゆ!」
慌てた様子で妖夢が私の所に駆け寄ってくる。
私の名前を呼ぼうとしているのだろうが、呂律が回らずに「ゆ」を繰り返す妖夢は可笑しい。
「妖夢、落ち着いて。「ゆ」は二回だけでいいのよぉ」
私が穏やかに言っているのも耳に入っているのかいないのか、妖夢の様子が落ち着く気配はなかった。
「ひ、ひひひっひ!」
ああもう「ゆ」の次は「ひ」か、もしかして私をからかって遊んでるのかしら。
遂に自分の言葉が通じない事に気がついたのか、妖夢が私の袖を取って引っ張る。
何処かに連れて行きたいのだろう、何か珍しい食べ物でも見つけたのかしら。
妖夢に引かれるままに歩いていくと、そこは白玉楼の入り口。
「何なの妖夢、慌ててこんな所に……」
連れて来て、と続きの言葉が出なかった。
同時に、妖夢が何故こんなに慌てていたのか、察しはついた。
「あら……人が行き倒れてるわね……」
私がそう言ったのをきっかけに、ようやく落ち着いたのか妖夢が私の肩を掴んで揺さぶる。
「幽々子様! そんなに落ち着いていられる場合じゃないです!」
まあ、それもそうかしらね。
このまま死なれちゃっても後味悪いし。
「とりあえず中に運びましょう」
私が行き倒れた男の腕を持ち、妖夢がその足を持つ。
見た目には細身の男の身体は酷く、重たく感じられた。

「この人、生きてるのか死んでるのか分からないわ」
布団に寝かせた男の顔を眺めていた幽々子様が、そんな事を口にした。
死を操り、この冥界である白玉楼を取り仕切る幽々子様に言わせて、それはどういう事なのだろうか。
ここ白玉楼では幽霊でも実体を持ち、触れる事ができる。
触れる事が出来た、だけではそれは判断しかねるが、幽々子様に分からないのでは、私に分かるわけがない。
「どういう、事ですか」
「そうねぇ……幽霊が実体を持っているわけでもないし、かと言って肉体がある人間とも違うみたい」
うーん、と首を捻り、珍しく思案に耽る。
先程まで眠そうな目を擦っていた人間が真剣な表情をしている、というのも妙な話だ。
私もそんな事を考えていた時だった
「う……」
苦しげな呻きを漏らして、男が目を弱々しく開いた。
「大丈夫ですか!?」
私は思わず幽々子様を押しのけて男の顔を覗き込む。
まだ意識が朦朧としているのか、目の焦点はしっかりと合っていない。
「は……」
何か、呻き声ではない言葉を男が発する。
それを聞き逃すまいと耳を近づけた所で、幽々子様はまたズレた事を言い出した。
「は……歯が痛いのかしら」
「幽々子様! 何か大切な事を言おうとしてるのかも知れないんですよ!? それを……」
「腹減った……」
男は、声を振り絞り、今にも死んでしまいそうな様子で言った。
……よくよく耳を立ててみれば、ぐぅぐぅと腹の虫と良く似た音が聞こえている。
「妖夢、朝ご飯にしましょう」
しめた、とばかりに言い出す主人に、私は文句の一つも言いたくなった。
が、現に餓死寸前の人間を前にしては、それを言うのもはばかられる。
私は、おとなしく「はい」と答えて台所に向かった。



5/

「はぁ……」
「う~……」
余程の間、ろくに食事をしていなかったのだろう。
いつも幽々子様が食べる倍以上の量はあった皿の数々が、次々と重ねられていく。
私はただ感嘆に近い溜息を漏らし、幽々子様は目の前から消えていく料理を見てただ物悲しそうな声を上げるばかりだった。
「ぷはぁッ!」
最後の皿を空にし、茶を一気に流し込んだ男は大きく息を吐き出した。
「いやぁ……ご馳走様でした、本当に助かったよ」
男は礼儀正しく頭を下げて、人懐っこい笑みを浮かべた。
そこには先程までの顔色の悪さはなく、本当に飢えで死に掛けていた事が窺える。
「いえ、礼には……でも、貴方は何故この白玉楼に?」
「ハク、ギョク……ロウ? それがここの名前?」
白玉楼の名前に首を傾げた、という事はこの男はこの幻想郷の人間ではない。
恐らく、またあのスキマ妖怪のせいで迷い込んでしまったのだろう。
「とりあえず、自己紹介しておきます。 こちらがこの白玉楼の主、西行寺 幽々子様。 そして私が庭師の魂魄 妖夢です」
「ああ、ご丁寧にどうも。 僕の名前は……って言いたい所なんだけど……」
男がばつが悪そうに頭を掻いて、言葉を濁らせる。
何だろう、名前に何か問題でもあるのだろうか。
「実は……ここに来てから、何も思い出せないんだよね……」
あはは、と困ったような、明るい笑顔で彼は言う。
この能天気さは幽々子様と通じる物がある。
その幽々子様は、と言えば自分の分のご飯がない事を嘆いて、未だ悲しそうな顔をしていた。
「えっと……僕のためにご飯譲ってくれたんだよね、ありがとう……とごめんなさい」
申し訳なさそうな顔をして言う彼は、また頭を下げる。
「いえ、幽々子様は普段から食い意地が張ってますから、気にしない方が」
私の悪態に幽々子様は「何よー」と講義の声を上げているが、私はそれを聞き流す。
「よし……何か手伝える事ないかな、一宿一飯の恩義はちゃんと返さないと」
ずい、と彼は押し寄って、真剣な眼差しで言う。
こういう真面目な人はこの幻想郷にそうはいない。
爪の垢を煎じて飲ませて回りたい気分だ。
「そうねぇ……じゃあ妖夢の代わりに庭の剪定をやってくれるかしら」
幽々子様の発言に、私は思わず声を上げてしまった。
「ちょ……幽々子様! どういう事ですか!」
私は幽々子様にすがりついて講義する。
剣の修行を兼ねた剪定を私から奪われてしまっては、私は何をすればいいと言うのだろうか。
そんな私の思いを見透かしたのか、まったくお構いなしなのか、幽々子様はどこか恐ろしさを感じさせる笑顔でこう言った。
「妖夢は私の朝ご飯を作らないといけないでしょう?」
何も言い返せなかった。

「ん~……気持ちいいなぁ、昼寝なんかしたらもっと気持ち良さそうだ」
暖かい陽射しを浴びて、僕は目一杯に伸びをする。
のんびりと庭の剪定をしてみるのも全然悪くない。
……広すぎて現実逃避しなきゃやってられないけど。
「どうですか? 少しは進みましたか?」
疲れた顔をして、妖夢がやってきた。
あれから一からご飯を炊いて、料理をしたのだから当然か。
「うん、なんとなく要領はつかめてきたよ」
僕が答えると、妖夢はにっこり笑う。
最初は色が白くて心配にすらなったけど、こうしてみれば普通の可愛い女の子だ。
「そういえば、暑くないんですか。そんな長い上着を着たままで」
言われてみればそうだ。
陽射しは決して暑くはないけど、少し汗ばんでいる。
「そうだね……汗だくになるのもアレだし脱ごうか」
上着を脱ごうと手を抜いた時、何かがごとりと音を立てて落ちる。
……そこにあったのは、銀色の銃だった。
「あ……」
それを目にした途端、何かが頭の中をよぎった。
良く、思い出せないけど……。
何か、とんでもなく大切な事が……。
「これ、一体何ですか?」
妖夢は銃を知らないみたいだった。
僕からすれば妖夢が持ってる刀の方が珍しいけど、ここでは多分銃の方が珍しいんだろう。
「それは……人を殺すための道具だよ」
言って、胸が苦しくなった。
何でだろう、気を張っていないと泣き出しそうだ。
妖夢の方は、僕の言葉に何も返してこなかったけど、代わりに怖い顔をしていた。
「……あなたは、これを使って何人殺したんですか」
押し殺したような声で、妖夢が言う。
僕は、これを使って人を殺したんだろうか。
分からない。
忘れてはいけないのに、思い出せない。
「……分からない……思い出さなきゃいけないはずなのに、思い出せないんだ」
胸が苦しい。
本当に、泣いてしまいそうだ。
そんな僕の様子を察したのか、妖夢が何か複雑そうな顔をする。
「……気にしないで、自分でも良く分からないから」
僕は妖夢の頭を撫でる。
しっかりしているけど、まだ妖夢は小さい子供だ、とそう思ってしまう。
本人からしたら怒られるかもしれないけど。


6/

「ふぅ……こんなもんかな」
「そうですね、今日の所はここまでにしましょう」
すっかり綺麗になった植え込みを見渡して、私と彼はようやく一息ついた。
空はすっかり茜色に変わっていて、あと少しで日も暮れそうだ。
「少し休憩して、その後は夕飯の支度……、妖夢も大変だね」
彼に言われて、私は遠慮なくうなずいた。
「ええ、幽々子様は何もしないで日長一日ゴロゴロしてますから」
私の言葉に彼は笑う。
こんな事を幽々子様に聞かれたら怖い事になりそうだ。
「そういえば妖夢、ずっと気になってたんだけど、君の周りに浮いてるそれ、何?」
それ、とは私の半身の事だ。
そういえば説明もしていなかったっけ。
「ああ、これは私の半身。私は半分人間で半分幽霊だから」
「……ん?」
私の言い方に何か変な所でもあっただろうか、彼は何か不思議そうな顔をして首を傾げる。
「妖夢、今なんて?」
「だから、私の半身」
「いや、その後」
「えと……半分人間で半分幽霊?」
それを聞いて、彼は何か考え込む。
そして、次の瞬間には。
「うえぇぇーーーーーーーーーーーッ!!?」
朝の私もビックリな程の声を上げた。
「え? え!? 幽霊って、え!?」
もはや錯乱していると言っても過言ではないほどに取り乱し、彼は何度も私に聞き直す。
そうか、ここでは普通でも外の世界では幽霊なんて見えないんだっけ。
「ああ……驚くのも無理はないか……ここではそんなに珍しくもないんだけど……」
「そ、そうなんだ……」
「ちなみに言うと幽々子様もあんなだけど亡霊」
「……随分と食いしん坊な亡霊さんだね……」
私はそれに頷く。
「早寝早起きで食いしん坊で何もしない亡霊なんて聞いた事もない」
「そうだね……あはははは……」
私も、彼も、それには渇いた笑いしか込み上げて来なかった。
今頃、当の本人は茶の間でごろごろしながら饅頭でも頬張っている事だろう。

「へくちっ」
お饅頭を食べようとしていたら、くしゃみが出た。
口に入れる前で良かった。
「むぅ……きっと妖夢ねぇ……私が何もしない、とか大食いだ、とか悪口言ってるんだわ……」
まったく失礼な。
私だってのんびりしたりお饅頭食べたりで忙しいのに。
そんな事を考えていると、戸が開く音が聞こえる。
二人が剪定を終えて戻ってきたのだろう。
たまには妖夢を出迎えてあげるのもいいだろう。
私は食べ掛けのお饅頭を皿に置いて、玄関に向かった。

「はぁ……くたびれた……」
玄関に入ってすぐ、僕は床に行儀悪く倒れこむ。
やっぱり、僕はこういう事には慣れていないんだろう、酷く疲れた。
「お疲れ様」
ぴと、と。誰かの手が頭に額に当てられる。
見上げてみれば、そこには優しく微笑んで出迎えてくれた幽々子がいた。
その手は、温かくて誰かの事を思い出す気がする。
思い出せそうで、やっぱり思い出せない。
「あれ……? 幽々子……何で、あんた幽霊なのに温かいんだ?」
「あら、幽霊が冷たいなんて誰が決めたの?」
「……っていうか、何で触れるのさ」
「まずはそこでしょう? 貴方も不思議な人ね」
そうか、言われてみれば幽霊なのに触れる方が不思議な話だ。
でも、触れている幽々子の手は確かに温かくて、柔らかい感触がする。
「まぁ、いいや、ここはすごく落ち着くから」
「そう、ゆっくりなさい、貴方のやるべき事が思い出せるまで」
「やるべき……事?」
「そうよ、生きている人間には一人一人、必ずやるべき事がある。 それを為せるか、為せないかは別の話だけど」
そうか、そうなんだ。
僕は、きっとやるべき事があったんだ。
早く、思い出さなきゃ。
きっと、僕はやるべき事を成していない。
「さ、晩御飯にしましょう、私もお腹が空いたわ」
僕は、それを聞いて思わず笑ってしまった。
ああ、やっぱり幽々子は変わっている。
亡霊なのに、こんなに優しくて、食いしん坊だ。


7/

私達は、夕飯を済ませて軽い談笑に耽っていた。
いつもの倍、それ以上に多い夕食は、準備も後片付けも大変だったが、仕方ない。
「そうなんだ……この幻想郷ってやっぱり変わってるんだな」
彼は笑いながら言って、お茶を啜る。
彼にとってはこの幻想郷にあるもの全てが新鮮で、興味の対象なんだろう。
「そうねぇ、変わった人ばかりだわ、私の友達といい」
幽々子様が変わった人の筆頭な気がするんだけど……。
まあ、それは言わないでおこう、後が怖いし。
「でもね、そんな変わった人達ばかりでも、この幻想郷では皆家族みたいなものよ、特に妖夢はね」
幽々子様が、私の方を見ながら微笑んで、優しい声で言う。
少し気恥ずかしくて、照れ臭い。
でも、そう言ってもらえるのは素直に嬉しいと思う。
「それにね、まだ会って一日も立ってないけど、貴方の事も家族だと思ってるわ」
幽々子様が、彼の方に向き直って言う。
彼も気恥ずかしいのか、照れたように頭を掻いて、その言葉を鸚鵡返しに呟く。
「家族、か……家族……」
途端に真剣な表情になって、彼は何事か考えている。
きっと、思い出せない、記憶の底にある家族の事を必死に思い出そうとしているのだろう。
「家、族……」
ビクリと、彼の方が跳ねる。
同時に、何かを思い出したのか、彼の顔色が豹変した。
けど、その顔色はとても良いようには見えない。
むしろ、その表情は酷く強張って、怒りのような感情さえ感じられた。
「僕、は……」
突然、彼が頭を抱えてうずくまる。
その肩はガタガタと震え、先程までの明るい彼からは想像も出来ないほど怯えているようにさえ見える。
「だ、大丈夫ですか!?」
何事かと、私と幽々子様が駆け寄る。
彼は、泣いていた。
「僕は……! 何で忘れてたんだ……!」
自分の身体を抱きしめるように抱え、震えながら嗚咽する。
それはまるで子供のようで、私は声を掛ける事さえ出来ない。
「何で、何で……あの人、達の事を……! 何で……!」
ダン、と床を拳で叩いて、彼が声を上げる。
私には、声を掛ける事すら出来ない。
彼はただひたすら声を上げて、床に拳を打ち付けて、大粒の涙を流し続ける。
私も、幽々子様もどうする事も出来ず、顔を見合わせる。
すると、幽々子様が退いていて、と目で言って、彼の傍に寄った。
「俺は……! 忘れちゃいけない事なのに! 何で……! 何で!」
彼が、苦しそうに、辛そうに声を上げる。
幽々子様は、彼の震える身体を抱きしめて、その背中を撫でる。
「……辛いわね、大切な事を忘れてしまうのは。でも、貴方はそれを思い出せたでしょう? 大丈夫、これから忘れないようにすればいいの、簡 単な事ではないけど、そうやって涙を流せる貴方なら、出来るはずよ」
子供に言い聞かせるように、優しく幽々子様が言う。
まるで母親のように、泣きじゃくる子供を慰めるように、優しく、その肩を抱きしめる。
彼はそのまま、抑えられない感情に流されるまま、泣き続けていた。




家族、その単語は、彼にとっては何よりも大切な物だったのだろう

だから彼は、それを忘れていた自分に憤りを感じ、どうする事も出来ずに涙を流す

何気なく、軽々しくそんな事を言ってしまった私は、最低な人間だろうか

いえ、私はもう人間ではないのだけれど

……生きていた頃の事を、私は覚えていない

でも、きっと私も、彼と同じだ

生きていた頃の事を思い出したら、きっと今の自分を許せない

彼の気持ちは、何となく分かる気がする

だからこそ、私は彼を助けてあげなければいけない

もう一度、立ち上がれるように

彼がもう一度、歩き出せるように




僕は、何で何もかも忘れていたんだろう

守りたかった人達の事、守れなかった人達の事、僕が、殺めてしまった人達の事

僕は、忘れてしまっていた事が許せない

でも、僕は今何も出来ない

ただ、こうして泣く事しか出来ない

だけど、僕はいつまでもこうして泣いているわけにはいかない

もう一度、立ち上がらなきゃいけない

もう一度、歩き出さなきゃいけない

あの人達のように、幽々子が受け止めてくれたのだから

この優しさを貰ったから、僕はまだ歩き出せる

僕はまだ、歩く事が出来る



/8

「はい、これで良し」
僕の髪を切り終えた妖夢が言った。
何時間も泣きはらした僕は、ここを出る事を決めた。
僕は、すべき事を思い出したから。
この優しい場所を出て行くのは寂しいけど、それでも僕はまた歩き出さなきゃいけない。
だから、僕は妖夢に頼んで伸び放題になっていた髪を切ってもらった。
「ありがとう、妖夢。すっきりしたよ」
短くなった髪を手櫛で掻き上げて、逆立たせる。
うん、やっぱり僕はこうでなきゃ。
と、妖夢がクスと笑う。何だろう、変な所でもあっただろうか。
「そんな髪型がいいの? 変なの、逆さまのホウキみたい」
「ホウキ!? あ、でも言われてみれば確かに」
鏡で自分の顔を見直して、言われてみればホウキみたいだと思った。
確かに変かなぁ。
「でも、よく似合ってる」
楽しそうに笑いながら妖夢が言う。
うん、それを言われただけで嬉しい。
「ありがとう」
僕のお礼に、妖夢はふるふると首を横に振る。
「私は、幽々子様のように何かをしてあげられないから、せめてこれぐらいはしないと」
妖夢は、少し寂しそうに微笑む。
それに、僕はまた泣きそうになってしまう。
僕って涙脆いんだろうか。
「ありがとう、妖夢」
僕は、もう一度そう言って、妖夢の頭を撫でる。
「妖夢は、きっと強くなれるよ、僕が言っても説得力ないけど」
その言葉に、妖夢は笑って、うんと頷いた。

「もう、行くんですね」
まだ夜が明けたばかりの白んだ空の下、私と幽々子様は彼を見送りに出てきた。
風はもう暖かくて、旅立ちにはふさわしい気がする。
「うん、もっとこの幻想郷の人達に会ってみたいけど、まだやらなきゃいけない事、いっぱいあるから」
やらなきゃいけない事、きっと彼はまた戦うのだろう。
一人でも多くの人を守るために。
彼は、きっとそうして今まで生きてきたのだ。
そして、これからも。
「たった一日だけど、楽しかったよ」
彼が微笑む。でも、その笑顔はどこか寂しそうだった。
「気をつけて」
長い挨拶や言葉は、きっと旅立ちの決意を濁らせるだけだ。
だから、私は短くそれだけ言う事にした。
「最後に、一つだけ聞いてもいいかしら」
幽々子様が、少し言いづらそうに、それでも意を決したように言う。
その顔は、いつもの表情ではなく、どこか強張っていた。
「貴方は、幸せ?」
その質問の意図は、私には分からない。
彼もその質問に少し悩んで、でも真剣な表情で答える。
「……守れなかった人達も大勢いる、僕がこの手で殺めてしまった人もいる、でも、勝手な言い訳かもしれないけど、沢山の笑顔も見てきた。だから、多分……、いや、僕は幸せだよ」
そう言った彼の顔に、迷いはなかった。
今までに見た彼の、どんな表情よりも、強い決意に満ちていた。
「……そう、きっと、簡単ではないけど、頑張ってね」
幽々子様の言葉に、彼は力強く頷く。
「じゃあ、ありがとう。行くよ」
そう言って、彼は振り返って歩き始める。
その後姿は、朝焼けに照らされて輝いてさえ見える。
「あ、そうだ、忘れてた」
途中、彼は立ち止まってこちらに振り返る。
そして、彼は高らかに叫ぶ。
「LOVE(愛)……AND(と)……PIECE(平和を)!!」
高らかに手を突き上げて、先程の寂しげな笑顔ではなく。太陽のように明るい、本当の笑顔を浮かべて。
そして、彼はもう一度歩き出す。
今度は振り返る事なく彼は、朝霧と、穏やかな朝日の中に消えていった。
「……不思議な、人でしたね」
「……ええ……」
幽々子様は、どこか寂しそうに答える。
そして、戻る途中、私にこう言った。
「妖夢……私、少し寝るから……朝ご飯いらない」
その声は、悲しそうだった。


9/

真っ白な霧の中、僕は歩く。
不思議と、気分は落ち着いていて、すごく晴れやかだった。
「ようやっと歩き始めよったな、このウスラトンカチ」
ふと、声が聞こえた。
目を凝らしてみれば、そこには忘れるはずもない顔があった。
「やぁ、どうしたのさ、何でこんな所にいるんだい?」
「ケッ、それはこっちの台詞や、オマエまでこっち側に来よって……さっさと帰らんかい」
彼は酷く不機嫌そうに、煙草を咥えながら言った。
何だよ、折角の再会なのに。
「酷いな……折角会えたのに」
「ワイは会いとうなかったわ、お前にこっちに来られたんじゃワイの生活台無しや」
「……相変わらずだね」
「お前もな、ちぃとも変わっとらん」
僕は、笑う。
変わらない友人に会える事は、心の底から嬉しい事だ。
「おら、まだやる事あるんやろ?」
「……うん」
「さっさと行け、お人好し」
「……うん。じゃあね、人でなし」
僕は止めていた足を動かし始める。
最後に、後ろから彼が言った。
「……皆によろしく言っといてくれ。ワイは、もう戻れへんから」
その言葉に、僕は振り返らず手だけを振って答えた。
たった少しの僅かな再会は、僕にまた少し勇気をくれた気がする。
さあ、歩こう。
まだ、僕の道は続いている。
僕はまだ、歩いていける。


私は部屋に戻るなり、その場にへたり込んでしまった。
彼は、きっとこれからもあの笑顔で誰かのために戦い続けるのだろう。
でも、彼はきっと最後まで救われない。
辛く、険しい道を歩き続けるのだろう。
「私は……私は……」
涙が、止まらない。
死を操る能力があっても、私は彼を救ってあげられない。
彼は、一体何人の人間を救ってきたのだろう。
なのに、きっと彼は救われない。
なら、救いとは何なのだろう。
何を以って、救いと言うのだろう。
「どうして……こんなに悲しいの……? 私は、何で泣いてるの……?」
何故だろう、涙は止まるどころか溢れ出て来る。
あの、最後に彼が見せた眩しい程の笑顔が、私には辛く見えて。
頭から離れなかった。


10/

私は、一人の男に出会った

私が尊敬する人物は多くいるが、人の生き方そのものに感銘を受けたのは、コレが初めてだ

そして、コレがきっと最後だろう

私は彼の生き方を尊敬し、胸に留めておくことにしよう

だから、彼の名前を、忘れる事なく留めていよう

――― ヴァッシュ・ザ・スタンピード

誰よりも優しく、誰よりも強く、誰よりも弱さを持った、彼の名前を
初めまして、初投稿の織雪 咲夜と申します。
初投稿でクロスオーバー物かよ、とか、東方とトライガンとか考えるバカ私しかいねぇよとか自分で突っ込みを入れまくりつつ書き上げた作品です。
タイトルは「救いの境界」って意味にしたくて、無理やり組み合わせました。
直訳すると意味通じなさそう……。

個人的には結構気に入ってる話なのですが、段落ごとに長さが全然違ったり唐突な展開になったりで反省点多し。

これだけ見るとトライガンがメインなのか東方がメインなのか分からなくなりそうで怖いですが……(汗

悪い所の指摘や感想やら、よろしくお願いします
織雪 咲夜
[email protected]
http://rampageghost.sakura.ne.jp
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コメント



0.630簡易評価
7.70名前が無い程度の能力削除
まさかこれとのクロスを見ることになろうとは…。
キャラを踏まえてからもう一度読み直してみると、また違った感想を持ちました。
まあ、どっちかっていうとトライガン方面に話が流れがちな気もしましたけど、
それでも楽しめました。次回も期待してますよ。
10.60床間たろひ削除
今、彼は激戦真っ只中ですもんね。最初は戸惑いましたが、最後の方で彼の
正体が判って、しかも牧師とももう一度言葉を交わして……ホロリ……
ご自分でも仰られているように、東方よりあちらよりのクロスかもしれません
が、素直に楽しめました。
17.70名前が無い程度の能力削除
トライガン全然知りませんがお話として纏まっていて大変楽しませて貰いました
19.60星川詠冶削除
ああ、確かに妖夢が影響を受けてほしい人物かも。