薄暗くだだっ広い部屋にかび臭い匂い。立ち並ぶは無数の本棚。
そして本棚にはぎっしりと詰められた分厚い本。ここは私の空間。私の知識。
そして私はこの図書館の主。今日も私は読書を楽しんでいるところ、
「パチュリー様」
知った声が私を呼んだ。
私を呼んだのはメイド長の咲夜。
彼女がここに来るということは、調べものか、レミィが私を呼んでいるか、私にお茶を持ってきたかの三択だ。
「見たことのない植物を拾ったのですが、お茶に混ぜていいのか判断しかねて……図鑑を参照したいのですが」
「あっちの棚を上から三段目」
「助かります」
咲夜は、私が指差した本棚を探し出し、目当ての図鑑を見つけてぺらぺらとページをめくっている。
拾ってきた植物と、図鑑の情報を照らし合わせているようだ。
その様子を見ているのも飽きたので、私は自分の読書を続ける。
しばらくすると、今度は誰かがどたどたと大きな足音を立ててくる。
ここでこんなやかましい足音を立ててくるやつを私は一人しか知らない。
「よう、図書館長、また来たぜ」
「読書の邪魔」
「なんだあ、それが客に対する挨拶か?」
「泥棒に挨拶はいらない」
泥棒こと魔理沙はちょっとだけ不機嫌そうな声になった。
泥棒呼ばわりはひどいぜ、と怒ったようにいうが、そんな台詞は持ち出した本を返してから言ってほしい。
「まあ、いいさ。また本を持ってくから良さげな本を教えてくれ」
「……奥から二列目の左。下から四段目。左から数えて二つ目の本は開いちゃ駄目。悪魔が封印されてるわ」
「そうか、わかった。じゃあ、借りてくぜ」
「持ってかないでー」
「借りるだけだ、わたしが死ぬまで」
ああ、また貴重な本が持っていかれる。
こうなったらいっそ全部の本を悪魔憑きにしてやろうか。
でも、そんなことをしたら私も本が読めなくなってしまう。
「パチュリー様、助かりました。おかげでいいお茶を作ることができそうです」
咲夜が調べ物を終えて、私の元に礼を言いに来た。
礼を言うのならせめて読書を終えてからにしてほしい。
「そう」
「さすがはパチュリー様の図書館です。あらゆる知識を収められていらっしゃる」
「当然でしょ」
そう、ここには幻想郷のあらゆる知識が詰められている。
そして、口にこそ出さないが、ここの主である私に知らないことは何もない、とひそかに自慢している。
ついこの間も、私は鬼の本を書き記したばかりである。
幻想郷に鬼のことが記されたものはほとんどない。
つまり、幻想郷中どこを探しても鬼の本を保管しているところはここだけである。
私の知識はますます磐石なものになった、というわけだ。
「そうだ、忘れるところでした。お嬢様がお茶に付き合えとお呼びになっておいでですよ」
そういうことは忘れないでほしい。
このメイド長は確かに仕事を完璧にこなし、礼節をわきまえるので有能なのだがたまに抜けているところがあるのが困りものである。
「そう、レミィの頼みじゃ断れないわね」
渋々、私は読みかけの本にしおりを挟み、咲夜と図書館を後にした。
「悪いわね、パチェ。一緒にお茶を付き合おうと思ってね」
「あなたのわがままに付き合って何年だと思ってるの。もう慣れたわ」
ベランダの日に当たる場所、時計塔を見れば午後三時か。
お茶の時間にはちょうどよいが、それにしても吸血鬼が日のあたる場所でお茶を飲むというのはなかなか慣れない光景である。
「咲夜、今日のお茶は何かしら」
「希少品の紅茶を里から手に入れてきました。
こちらに先ほど手に入りましたハーブを添えてお召し上がりください。
ハーブは軽く火であぶって香りをより強くいたしております」
「そう、さっきの調べ物はそれだったのね」
「はい、調べ物をすると火であぶると香りがよくなると記されておりましたので、早速試してみました」
咲夜の講釈を聞きながら私は紅茶を口にする。
なるほど、確かに香りはよくなったが、このハーブが紅茶の香りを殺している。
私は正直この手法は失敗だと思う。それはどうやらレミィも同じ感想だったらしく、咲夜を叱り飛ばしている。
「申し訳ありませんでした、お嬢様。以降このハーブは使いませんので、ご容赦くださいませ」
「……もういいわ、それより咲夜」
「はい?」
「私のズンドコベロンチョを知らないかしら」
私の手が止まった。なんだって?今レミィはなんと言ったんだ?
「はあ、私は存じません。おそらく、また妹様が持っていってしまわれたのかと思いますが」
「仕方ないわね、咲夜、代わりのズンドコベロンチョを探してきて頂戴。それで今日の失敗はチャラにしてあげるわ」
「かしこまりました」
咲夜は承諾するなり姿を消した。
お得意の時を止める能力でもう探しに出かけたのだろう。
もっとも私にとってそんなことはどうでもよかった。
私にとって今気がかりなのは、ズンドコベロンチョとか言うものである。
少なくとも私は聞いたことがない。
にもかかわらず、さも当然のごとくレミィたちは会話を成立させている。
そのことが私を愕然とさせていた。
そう、私の知らない言葉がまだあったのだ!
「ねえ、レミィ、ズンドコベロンチョって……」
「ああ、そうだわ、パチェでもいいわ。貴方、ズンドコベロンチョを持ってないかしら」
……どうやらレミィは私がズンドコベロンチョを知っていること前提で私に問いかけている。
どうしよう、ここで知らないと答えるのは簡単だが、そんなことは私のプライドが許さない。ここはやはり話にあわせて……
「ご、ごめんなさい、私は持ってないわ」
「そう、貴方は閉じこもってばかりだものね。手に入れる機会がなくて当然ね」
「そ、そうね、今度探してみるわ」
適当に話を切り上げ、私はまた図書館にこもった。
魔理沙はもういないようだ。これは好都合だ。
わたしは図書館にあるすべての図鑑、辞書を引っ張り出して読み漁った。
もしかしすると、私が見逃した箇所に乗っているかもしれないという淡い期待を抱いて、片っ端から調べていった、が……
「ない……」
もう一度すべての図鑑、辞書を確認するが、やはりズンドコベロンチョなるものは載っていない。
待て、もうひとつ心当たりがある。
そう、魔理沙が持ち出した本の中。あの中に必ず載っているはず。そうと決まれば……
普段、私は外に出ることはない。
だから、私が外に出かけるというだけで、この紅魔館ではちょっとしたイベントなのだ。
「ちょっと出かけるわ」
「あれ、珍しいですね。どうかなさったんですか」
「大した用ではないわ。たまには外の空気に触れたいだけ」
勿論嘘だ。私は本と髪が傷むので日光は好きではない。
あくまで目的はズンドコベロンチョを調べることなのだから。
「左様ですか。ではお気をつけていってらっしゃいませ」
「図書館にねずみが入らないようにちゃんと見張っているのよ」
「心得ております」
「なんだ、お前が訪ねてくるなんて珍しい」
「私の本を返しなさい」
「はあ?いきなり訪ねてきて用件はそれか?」
「いいから返しなさい」
予想通りというか、私に返せといわれて魔理沙は渋るが、私が有無を言わさず返せと連呼するので彼女も根負けしたようである。
「ああ、わかったわかった、今もって来るから待ってろ」
そう言って魔理沙が自室に消え、しばらくごそごそと何かを探している中、私は案内された部屋で待っていることにする。
ここは実験室のようだが散らかっていて、とても人を歓待するような場所ではない。
そもそも同業者を簡単に実験室に上げる彼女の神経が正直理解できなかった。
別に私は彼女の研究にまったく興味がないのだが、もし私が悪い女で、彼女の研究を盗みに来たとしたら、どうするつもりなのか。
そんな心配をよそにして、実験室を見渡すと、彼女の字で、一枚のレポートが目に入った。
何気なく見ると、そのタイトルは、
『ズンドコベロンチョについての考察』
とあった。驚いて私はそのレポートをひったくってじっと見つめているところに、
「おい、なにしてやがる!?」
魔理沙の怒声が聞こえた。
しまった、私は彼女の研究を盗むつもりなどなかったが、タイトルが気になって思わずレポートを読もうとしていた。
間の悪いタイミングに魔理沙が入ってきてしまい、これは言い訳しようもない状況になってしまった。
彼女はレポートを私の手から奪い取る。
「帰れ!おとなしく本を返してやろうかと思ったけど、止めた!お前がその気なら、こっちだって考えってもんがあるぜ!」
私は言い訳をしようとしたが、がんと聞いてもらえず、私は問答無用で魔理沙の家から追い出されてしまった。
これは困った。
私の貸した本の中には絶対にズンドコベロンチョについて書かれているはずだ。
しかし、私の浅はかな行動のせいで本は戻ってこなかった。
どうしよう、どうやって調べようか、と思案しながら飛んでいると、森の入り口に一軒の古道具屋がある。
確かレミィも利用している香霖堂といったか。
ちょっと立ち寄ってみようと思い、降りてみる。すると、
『大人気!ズンドコベロンチョ入荷しました』
と、達筆で書かれた看板が立っている!
なんという幸運か、と思い、店に入る。いらっしゃい、と愛想よい挨拶が聞こえた。
「ズンドコベロンチョを頂戴」
「ああ、看板を見たのか、残念だがもう売ってないんだ。ちょうど入れ違いで最後のひとつが売れてしまってね」
そんな……なんてついてないんだ私は!
しょぼんと肩を落として私は店を後にする。
なんなんだ、ズンドコベロンチョってなんなんだ!私には、もうそれしか頭に考えられなくなっていた。
とぼとぼと帰る私の耳にはズンドコベロンチョが離れてくれない。
「藍さま、今日は何のご飯ですか?」
「うむ、今日は粋のいいズンドコベロンチョが入ったのでズンベロ料理にしよう」
「やったあ!」
なんだそれは。ズンドコベロンチョというのは食べ物なのか?
「今日、またズンベロがでたらしいぞ」
「ひええ、おっかねえ。くわばらくわばら」
くわばらくわばらは雷除けだ。
ズンドコベロンチョは何の化け物か知らないがそんな呪文で魔よけになるものか。
無知な人間はこれだから困る。
「コンパロコンパロ、ズンベロよ集まれ~」
毒か、毒なのか!? ズンドコベロンチョは毒なのか!?
もうわけがわからなくなってきた私は、人づてに聞いた半獣の元を訪ねてみた。
彼女ならズンドコベロンチョについて教えてくれるに違いない。
「あまり私のところに妖怪が出入りされるのは迷惑なのだが」
「心配しないで、すぐに出て行くわ」
「……まあ、いい。それで、何を教えてほしいんだ?」
「ええ、ズンドコベロンチョについて教えてもらおうと思ってね」
ぴくりと。
半獣の肩が揺れた。
「すまん、よく聞こえなかったが、もう一度言ってくれないか」
「え、だからズンドコ……」
「それ以上言うな!」
半獣はがたがたと震えだしている。なんだ、いったいどうしたというのだ?
「すまんが、わたしは何も聞かなかったことにする。今日はもう帰ってくれ」
「ちょ、ちょっと待って!私はズンドコベロンチョについて聞きたいだけなのに……」
「その名前をみだりに口にするな!聞くだけでも恐ろしい!」
半獣の剣幕に押される形で、私は彼女の庵を追い出されてしまった。
彼女をそこまでおびえさせるズンドコベロンチョとはいったいどういうものなのか。
結局何一つわからないまま、私の心に残ったのは、ただズンドコベロンチョはなんだろう、というもやもやした疑問だけだった……
足取り重く私は館に戻った。
「お帰りなさいませ、あら、どうされました。顔色が優れないようですが……」
「……そうね、ちょっと疲れたのかもしれないわ」
確かに疲れた。今日一日、ズンドコベロンチョとかいうもの振り回されっぱなしである。
「お加減が悪いのでしたら、自室でお休みになられたらどうでしょう」
「……そうさせてもらうわ」
「そうだ、よろしければ、ズンドコベロンチョをお飲みになるとよろしいですよ」
ズンドコベロンチョ……
ま、またしてもズンドコベロンチョ……
頭がくらくらしてくる。
な、何か意識が遠くなる。いや、実際に私の意識は遠のいていったらしい。
気がついたら私はベッドの中。レミィと咲夜がついていてくれたらしい。
「気がついたかしら?」
「ええ……」
「まったく驚きましたよ、突然お倒れになられたものですから」
「迷惑をかけるわね、咲夜」
「いいえ、この位」
「それにしても、ズンドコベロンチョってすごいのね」
「ええ、さすがズンドコベロンチョ」
「パチェも感謝しなさい、貴方がこうして元気なのはズンドコベロンチョのおかげなのよ」
「そのとおりですわね」
まただ、またズンドコベロンチョ、ああ、ズンドコベロンチョが私から離れない……
ズンドコベロンチョ、ズンドコベロンチョ、ズンベロ、ズンベロ……
駄目だ、もう耐えられない……
「レミィ……」
「何かしら?」
「ズンドコベロンチョって、何?」
とうとう、私は。
言ってしまった。
「ええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
レミィと咲夜の驚きの声が、如実に「そんなことも知らないの?」と言っていた。
「お願い、教えてよぉ。
ねえ、誰でもいいから、誰でもいいから私に教えてよーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
私の絶叫が、紅魔館中に響き渡った。
きましたねぇ・・・しかし、ここまで良くキャラを当てはめられた事も凄い、
ほぼまんまだコレw
この話読むまですっかり忘れていたのに読んだ途端に「あぁ、アレかぁ・・・」と
一発で思い出しましたよ・・・クククッ
完璧な知識人の膨大な情報の中の僅かな瑕瑾、それは小さいながらも致命的であり・・・
「赤い洗面器」や「鮫島事件」、少し違うが「牛の首」を髣髴とさせるものがありますよね
ズンドコベロンチョって何――――っ!!
お答えします。元ネタは「世にも奇妙な物語」というオムニバスドラマです。
最近は春、秋の2時間スペシャルドラマで放送されていますが、10年以上前には、連ドラで放送されていました。
で、その連ドラ時代の作品中に同名のタイトルがありまして、それを今回の元ネタとして採用しました。
そっかーそのドラマはタイトルだけは知っていたけど、見た事なかったんで
パチェと一緒に頭ん中で「?」がコサックリンボーファイヤーダンスしてま
したよ。不条理さが面白かったです。
システム上、点数入れてよいか判らないんで気持ちだけでも……
つ「70点」
GJ!