※この作品には、かなり大量のオリジナル成分がコンパロコンパロされております。
そーいうのが嫌いな方、お気をつけ下さいませ。
――目覚めたら、そこは紫色の楽園だった。
なんて芳しい毒の香り。
なんて美しい毒の花弁。
なんて素敵な毒の味覚――。
そこは、鈴蘭の畑。そこは、私だけの楽園。そこは、私だけの世界――。
――に、なるはずだったのに。
「あはははは、スーさん、今日も綺麗ね。そしていい天気だわ。何か今日は特別なことが起こるかもしれないわー」
どうしてか、こんなことになっちゃってるわけだ――。
--------------------------------------------------------------------------------------
めらんこりっく・しんどろーむ
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もともと。それはただの成り行きだった。
私は自由に生きるのだと信じてきたのだし、私にとって居心地のいい場所は他のみんなにとって居心地がよくないもので。
他人と(まあ、人じゃあないんだけれどね)触れ合う、なんてこと、私は考えてさえいなかったのだ。
もう一度言う。これはただの成り行きだ。
――でも。
その成り行きが、運命だというのなら。
運命とやらを、信じてやってもいいかな、とは思うのだ。
さて。その成り行きを語るには、ほんの数年、遡る必要がある。
そもそもだ。私はなんでこの世に生を受けたのか、全くわかっていない。
いやまあ哲学的なソレでなく、ここ幻想郷において最下層の妖精という存在ですら、「属性」というものを持っている。
その「属性」。私は何なのか判っていないのだ。ただただ、そこに在るだけ。
最初に目覚めた鈴蘭畑。そして毒の香りを心地いいと思う心。
私は、背中の羽根、そして小柄な自分の体を鑑みて、
「ああ、私は毒の、もしくは鈴蘭の妖精なのかなぁ」
と思ったものだ。今思えば浅慮この上ない。全く持って見当違いだ。そのときの自分を殴ってやりたい気持ちで一杯である。
……まあ、殴ってもたいして痛くは無いと思うが。悲しきかな非力の身よ。
いやまあそれはいい。今語るべきは出会いを与えた数年前の出来事だ。
当時の私を振り返るのは勇気がいるが、まあそんなの何十年も生きた愚かな人間ほどではあるまい。
ということで、回想スタートである。
・・・・・・・・・・・・・
今日も鈴蘭はいい感じねー。
私は、群生している鈴蘭畑の上をふよふよと飛びながらのんきに思っていた。
鈴蘭は美しい花弁の中に毒を持つ。そのせいかこの辺りに生息しているのは私だけ。小さい身では防ぐこともままならない獣たちも、本能でもって近づかない場所だ。
実に平和な風景である。人間と違って食事も排泄もしなくていいのだから、まさに天国といえるだろう。私はまだ生きているが。
きままに生きる。人間はそれが難しいことのように言うが、全くつまらない。そんなのは、枠組みの中にいるからだろうに。私みたいに、最初っから枠の外にいれば普通に行える行為なのだ。
そんなわけで、目に留まった一輪の…周りよりもちょっとだけ、立派に咲いている鈴蘭に腰掛けた。
そこで、見たのだ。この鈴蘭だけの……そして私だけの楽園に、今までとは違うモノがいたことを。
――今だからいえる。この鈴蘭がちょっと立派だったのは、『彼女』が居たからだ。
その、『彼女』は、眠っているようだった。
胸で腕を組み、周りに咲く鈴蘭は『彼女』を囲むように咲き誇り、まるでそう、実物を見たことは無いが知識にはある、棺おけを想起させたのだ。
私は、しばらく動かなかった。いや、動けなかった。
ソレは。完成された、芸術だった。
流れるような髪は金の糸。
透き通るような肌は白磁の陶器。
揺れる衣は鮮やかな紫。
人間大のソレは――私に、何かを与えたのだ。少なくとも、確実に、何かを。
張り詰めた空気。感じたのは私だけだろうが……それを打ち破ったのは、私の髪を撫でた風だった。
一陣のそれは、『彼女』に何かを与えたのだろうか――今まで――といっても、数瞬の間だけだったろうが――固く閉じた瞳、その目蓋に飾られた睫毛が、ふるふると揺れた。
びくり、と私の身体は震えた。今更ながら、そう、今更ながら気付いたのだ。
『彼女』は大きい。先ほど人間大と証したのがその証だ。
私は、今まで散々言ってきたが小さい。妖精と比べても…かなり小さい部類に入るのだ。まあ妖精は小さいのから大きいのまで、その範囲は様々で、人間の子供くらいのから、それこそ私レベルまで居るのだが。
さて、そんな大きいのが動いたら、私はどうなるか?
検証してみよう。
1.『彼女』が起き上がる
もうそれだけでも大事だ。起き上がる際の風圧は、私を軽々と吹き飛ばしてしまうだろう。そして飛ばされた私は空を飛ぶ鳥に食べられてご愁傷様、なのだ。
2.『彼女』が寝返りをうつ
巨体が私を押しつぶすだろう。もし私を外れたとしても、この可愛い可愛い鈴蘭たちが潰れてしまう。最悪だ。なんてカタストロフ!
3.『彼女』が寝言を言う
相対的に言えば、彼女の小さい声でも私にとっては大音量だ。私に鼓膜があるのかは不明だが、まあ間違いなく頭が凄いことになるだろう。
うん、どんなことになっても私が痛い目に遭うだけな気がするわ。
そんじゃ今の内に逃げるが吉ね。そう思って私は飛び立とうと羽根に力を込める。
そのとき。
ぐわし。という音と共に私はなにか柔らかいものに拘束された。
「はい?」
そんな言葉が口から出たような気がします。ああ、私って喋れたんだ。凄い大発見。今まで喋る必要がなかったからねぇ、あはは、単純なことで気が付くんだね、さすがっ!
全く、不思議だね、こんなことで気付くなんてははは世界は狭いねははは。
「……んなこと思ってる場合じゃねぇえええええええええええ!!」
なんだよぐわし、って!手か!手なのか!って手だよ本当に!
何この娘ピンポイントで私を掴むのかー! 本当は起きてるでしょう!? ねえ、本当は起きてるんだよね!?
ちょ、待って力込めないで痛い痛い私壊れちゃうー!!
「……んみゃ……?」
そのとき。私を引っつかんでくれやがりました人間大の『彼女』の瞳が開いた。
美しい睫毛に見劣りしない、クリアブルーの瞳。透き通り、綺麗に輝くソレを見て、自分の境遇を忘れてしまうほどに……心が真っ白になった。
――それはきっと。ここの鈴蘭の毒にも勝るとも劣らない……極上の毒だ。
心を掴む、魔性の魅力。それを毒と言わないでなんというのだろう?
むくり、と。私を掴んだ『彼女』はゆっくりと起き上がる。
その動きにあわせて、身体についていたのだろう、紫の花弁が、はらはら、はらはらと舞い落ちていく。
それは……まさに。この世に生れ落ちたばかりの、何かを。私の心に想起させた。
ゆっくり、ゆっくりと、半開きだった目蓋が……開いていく。
ただ、外界の光りを取り込み光っているだけだったクリアブルーの瞳が……次第に、“自ら”光りを放ち始める……。
それは、まるで。
花が、開いていくかのように。
鳥が、飛立ていくかのように。
風が、流れていくかのように。
月が、満ちていくかのように。
美しく。美しく――。
それはまさに……私が一生涯見ることなどないだろうと、思っていた、
――『誕生』――
「ふゃ? ここ、どこぉ~?」
は、舌足らずな声で、一気に現実へと回帰した。
私の心も、ようやく私の身体に帰ってきた。
危ない危ない、このままだと魂が抜けるところだったわ。
っというか私の体、いやさ私は只今ライブでピンチ中だ。すっかり忘れていた。
このままこの体勢を取り続けるのはバカとしかいいようがないわ……。
折角喋れることが判ったのだから、意思疎通をはかるしかないわ!
「ここは、鈴蘭畑よ」
「すずらん~?」
「そ、鈴蘭。そして貴女は今、私を掴んでいるの。判る?」
「つかんで……? つかんでってなに?」
「そこから判らないのッ!?」
「ほぇー?」
だめだ、話にならない。なんていうか、本当に生まれたての子供なのだろう。
妖精の類じゃない。妖精は生まれたときから、完成しているのだ。それはつまり成長もしないということ。知識、意識、全てが最初から整ってこの世界に顕現する。
私の知識じゃそこまでしかわからない。生まれてこの方鈴蘭畑しか出たことの無い私には、持ってられる知識が限られているのだ。
妖怪ということは考えられないだろうか……? ここ幻想郷にたくさん生息する妖怪は、それこそ様々なのだ。生まれたときは真っ白な妖怪だっていてもいいだろう。っていうかいてくれ。お願いだから。
まあなんにしろ、判らないなら教えればいい。っというか教えないと私の儚い命が危険に危ない。
「私の姿が判る?」
「んー。あなたが、わたしに声をかけてるのはわかるわ」
「そう。っで、手に持っている、っていう事実は理解できるかしら……」
「あ、ああ。そっか。持ってるわー」
「そうやって、手でモノを持つというのを、掴む、というのよ。というわけで理解したら離しなさい早急にッ!!」
「わああいきなりさけばないでびっくりするわーっ」
ば、っと両手を挙げて驚く『彼女』。
その瞬間、手は開かれて、私はついにその拘束から抜け出すことが出来た。
ああ、自由って素晴らしい。自由って素敵ね。アイラブフリーダム。
空気ってこんなに美味しかったかしら? ああもう、なんか3割り増しで鈴蘭が綺麗に見えるわ。
それくらい切羽詰ってたのね、私。
「むー耳がきーんてするー」
耳を押さえて、俯く『彼女』。
ったく、耳くらい何よ? 私は全身痛かったっての。
……とはいえ、ちょっと乱暴だったかしら?
「ああ、ごめんなさいねちょっと切羽詰ってたから……、でも、私みたいなのがいるから、手癖はきちんとしなくちゃダメよ?」
「んぅー。よく判らないけど判ったー」
「それは判ってないというのよ」
……はあ。なんだか疲れるわ。
他人と関わるというのはこんなにも疲労するものなのね。一つ勉強になったわ……。
「んー。判った。判ってないわー」
「ああもうややこしい!」
「判らないよ?」
ダメだ。これ以上こんな問答に付き合っていると心がどっか違うものになってしまいそうだ。
正直、気が進まないけれど、この娘に色々教えてあげないといけない。
きっと疲れるんだろう。でもこのまま良く判らない問答に終始するよりはきっとマシ。
…それに。私もきっと、はしゃいでいたんだろう。
生まれて初めて……他人と、喋ることが出来て。
…
……
………
それから。日が昇ったら『彼女』に物を教えて。
「えっと、毒はすべて……」
「そう。毒はすべてよ。体がうごくのも毒のお陰なのよ」
「私の身体も?」
「そう。あなたの身体も」
日が一番高くなったら、『彼女』とお昼寝して。
「ぽかぽかー」
「気持ちいいでしょ?」
「そうねー」
「ここ、私の取って置きの場所よ」
「さすがねー」
日が沈んだら、『彼女』と一緒に明かりを囲んで。
「わ、光の玉……凄いわ、どうやるの?」
「貴女にもできるわよ。むしろ貴女のほうが強くできるわ」
「んんん……こう?」
「違う違うこれ毒! 私たちには影響ないけど違う!」
星が輝き始めたら、『彼女』と並んで眠った。
「んぅー」
「ちょ、まって抱きしめないで痛い痛い」
「いいじゃーないーいいじゃーないー」
「どこのエロ親父だアンタはッ! って痛い痛い潰れるーきゃー!」
それは。
賑やかしくて、楽しくて。
とてもとても騒がしくて……私は、今まで一人で生きてきたから。
こんな楽しいことは全く知らなかった。だから、この暮らしが――とてもとても楽しくて――。
そんな自覚なんてなかったけれど、一人でいた頃は、知らず知らずの内に落ち込むこともあったということに、逆に気付かされた。
そうだ。『彼女』と暮らしていたら――落ち込む暇なんてありゃしない。
彼女はまるで、鬱のためのクスリ――。
………
……
…
「そろそろね、貴女に名前をあげようと思うのよ」
「なまえ?」
相変わらず、ふやけた顔をする娘だ。
ぼーっとしているくせに考えだけは立派なのね。そんなことでいいのかしら? 全く……。
「だって、『貴女』で呼ぶのは煩わしいじゃない? 主に私が」
「わたしは『わたし』でいいけれどなぁ……」
「貴女はいずれ外に出て、自分の同胞を救い出すんでしょう? だったら立派な名前が必要よ」
「あ、そっか。そうね!」
「それでね、私が立派な名前を考えてあげたわ――」
「貴女は、メディスン。『メディスン・メランコリー』……どうかしら?」
しばらく、『彼女』はぼーっとしていた。
そして、何かに思い当たったような顔をして、目をつむる。それから腕を組んで、むぅーと唸り始めた。
私はというと、努力して表には出さないようにしていたのだけれど、内心はドキドキだった。
名前が気に入ってもらえるかしら?っていうのは当然ある。
それもあるけれど、この名前は、私の『彼女』への印象をそのままにしたものだ。
それは……言ってから気付いたのだけれど、とても恥ずかしいことだった。
ああ。時が戻るなら思いついた瞬間の私を殴りたい。でも殴った後褒めるだろう、多分。
だって……私にはそれしか思いつかなかったから――。
「めでぃすん、うん。うん! いいわ! 私は…『メディスン・メランコリー』!」
「気に…いってくれたかしら?」
「うん! ありがとう!」
そう言って『メディスン』はにっこりと……笑った。華が、咲くように。
その笑顔だけで、全て、全てが、どうでもいいとおもった。
私のちょっとした羞恥心も、さっきまでのドキドキも、これのための布石なら。いくらでも支払ってやろうとも思った。
知らず知らず。私も笑顔になっていく。ああ。これも毒。毒はクスリ。
笑顔の毒なら、どれだけかかっても薬にしかならないだろう。
「いい名前……ありがとう、――お母さん!」
………………ちょっと待て。
今までの気持ちが一気に吹っ飛んだぞ。今の!
「ちょっとまちなさいメディスン。今のは誰を呼んだのかしら?」
「えー? お母さんだよ?」
「お母さんって誰よ?」
ぴ、っと私を指差すメディスン。
……つまり、何か? 私はいつの間にかメディスンの母親になっていたらしい。
はははこりゃびっくりだねー、私も知らない間の大変化だよー。
「って何でだぁああああああああ!!」
「わ、さけばないで耳がー」
「叫ぶわよ、叫ばないでか! なんで私がメディスンのお母さんなのよ!」
「えー、だって、そんな気がしたからー」
「そんな気って! それだけですかよ!
違うでしょ! 母親っていうのは、生んでくれた人のことをいうの! 私たちは人じゃないけど!」
「ならいいじゃない」
「良くないの! 主に私が!」
ああもう一体この娘の頭はどうなってるんだ。
一度切り開いて見て見たいものだ。まあ、物質的なものは想像できるからいいけど。
と。それまでほえほえしていたメディスンの顔が、急に寂しげな、それでいて真剣な顔になる。
なんだ……? 冗談じゃ、ない、のか?
「だって、私も、貴女っていうのはいやになったの」
「……え?」
「貴女も――無いんでしょう? 名前」
「――!」
きゅ、っと。胸が掴まれたような――そんな気がした。
そうだ。私は、メディスンに会うまで一人。たった一人ぼっちだった。
鈴蘭の畑でただ一人。ただ漫然と過ごすだけの――。
そんな私に。名前なんて、あるはずが、ない。
メディスンがそう言うのは、当然だった。
この娘はほえほえしていて、ふわふわしていて、足元不安定だけど。
肝心なところは、きちんと見つめて、理解できる娘なのだから。
「そう、ね。私には名前が……ないわ」
「だから。わたしが、つけてあげたいの」
そうか。だから、『お母さん』だったのか。
それは生憎、名前じゃなくて呼び名だったわけだけれども。
「お母さんがダメなら……そうだ! 貴女は、鈴蘭のところで生まれたのよね!」
「……え? ああ、そうね、この鈴蘭畑で生まれた……というか在った……というか……」
「えーとね、えとね、それじゃあ、鈴蘭からとって……」
きらきら。メディスンの目は輝いていた。
とてもとても。彼女のその目を見て、私は初めて彼女を見たときの気持ちを思い出した……。
あのときはまっさらで。何も知らない子供そのもので。
与えられるしか知らなかった彼女。
それが。私に、名前を与えてくれるという。
私はもう、どんな名前でもいいと思った。
彼女が、メディスンが考えてくれるなら――私は、きっとソレになれるのだから。
まあ、その、照れくさいのでお母さんは却下だけれども――。
「鈴蘭の、スー! 貴女は、『スーさん』!」
貰った名前は、ちょっと、いや結構格好悪かったけれど。
それでも、一生懸命考えてくれた名前だから。
私は笑顔で、応えてあげよう。自慢の『娘』の、愛情そのものなのだから――。
ってあら。結局私、認めちゃってるじゃない……?
・・・・・・・・・・・・・
――目覚めたら、そこは紫色の楽園だった。
なんて芳しい毒の香り。
なんて美しい毒の花弁。
なんて素敵な毒の味覚――。
そこは、鈴蘭の畑。そこは、私たちの楽園。そこは、私たちの世界――。
「今日はどうしようか? ね、『スーさん』?」
「どうしましょうね、『メディスン』」
きっと私が生まれたのは、この娘に会うためなのだろう。
この娘が、『メディスン』であるために。私が生まれたのだと思うのだ。
この鈴蘭の園で。『メディスン・メランコリー』に夢中になる毒に犯されるために。その症状を発症する為に。
それは。
――メランコリック・シンドローム――。
そーいうのが嫌いな方、お気をつけ下さいませ。
――目覚めたら、そこは紫色の楽園だった。
なんて芳しい毒の香り。
なんて美しい毒の花弁。
なんて素敵な毒の味覚――。
そこは、鈴蘭の畑。そこは、私だけの楽園。そこは、私だけの世界――。
――に、なるはずだったのに。
「あはははは、スーさん、今日も綺麗ね。そしていい天気だわ。何か今日は特別なことが起こるかもしれないわー」
どうしてか、こんなことになっちゃってるわけだ――。
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めらんこりっく・しんどろーむ
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もともと。それはただの成り行きだった。
私は自由に生きるのだと信じてきたのだし、私にとって居心地のいい場所は他のみんなにとって居心地がよくないもので。
他人と(まあ、人じゃあないんだけれどね)触れ合う、なんてこと、私は考えてさえいなかったのだ。
もう一度言う。これはただの成り行きだ。
――でも。
その成り行きが、運命だというのなら。
運命とやらを、信じてやってもいいかな、とは思うのだ。
さて。その成り行きを語るには、ほんの数年、遡る必要がある。
そもそもだ。私はなんでこの世に生を受けたのか、全くわかっていない。
いやまあ哲学的なソレでなく、ここ幻想郷において最下層の妖精という存在ですら、「属性」というものを持っている。
その「属性」。私は何なのか判っていないのだ。ただただ、そこに在るだけ。
最初に目覚めた鈴蘭畑。そして毒の香りを心地いいと思う心。
私は、背中の羽根、そして小柄な自分の体を鑑みて、
「ああ、私は毒の、もしくは鈴蘭の妖精なのかなぁ」
と思ったものだ。今思えば浅慮この上ない。全く持って見当違いだ。そのときの自分を殴ってやりたい気持ちで一杯である。
……まあ、殴ってもたいして痛くは無いと思うが。悲しきかな非力の身よ。
いやまあそれはいい。今語るべきは出会いを与えた数年前の出来事だ。
当時の私を振り返るのは勇気がいるが、まあそんなの何十年も生きた愚かな人間ほどではあるまい。
ということで、回想スタートである。
・・・・・・・・・・・・・
今日も鈴蘭はいい感じねー。
私は、群生している鈴蘭畑の上をふよふよと飛びながらのんきに思っていた。
鈴蘭は美しい花弁の中に毒を持つ。そのせいかこの辺りに生息しているのは私だけ。小さい身では防ぐこともままならない獣たちも、本能でもって近づかない場所だ。
実に平和な風景である。人間と違って食事も排泄もしなくていいのだから、まさに天国といえるだろう。私はまだ生きているが。
きままに生きる。人間はそれが難しいことのように言うが、全くつまらない。そんなのは、枠組みの中にいるからだろうに。私みたいに、最初っから枠の外にいれば普通に行える行為なのだ。
そんなわけで、目に留まった一輪の…周りよりもちょっとだけ、立派に咲いている鈴蘭に腰掛けた。
そこで、見たのだ。この鈴蘭だけの……そして私だけの楽園に、今までとは違うモノがいたことを。
――今だからいえる。この鈴蘭がちょっと立派だったのは、『彼女』が居たからだ。
その、『彼女』は、眠っているようだった。
胸で腕を組み、周りに咲く鈴蘭は『彼女』を囲むように咲き誇り、まるでそう、実物を見たことは無いが知識にはある、棺おけを想起させたのだ。
私は、しばらく動かなかった。いや、動けなかった。
ソレは。完成された、芸術だった。
流れるような髪は金の糸。
透き通るような肌は白磁の陶器。
揺れる衣は鮮やかな紫。
人間大のソレは――私に、何かを与えたのだ。少なくとも、確実に、何かを。
張り詰めた空気。感じたのは私だけだろうが……それを打ち破ったのは、私の髪を撫でた風だった。
一陣のそれは、『彼女』に何かを与えたのだろうか――今まで――といっても、数瞬の間だけだったろうが――固く閉じた瞳、その目蓋に飾られた睫毛が、ふるふると揺れた。
びくり、と私の身体は震えた。今更ながら、そう、今更ながら気付いたのだ。
『彼女』は大きい。先ほど人間大と証したのがその証だ。
私は、今まで散々言ってきたが小さい。妖精と比べても…かなり小さい部類に入るのだ。まあ妖精は小さいのから大きいのまで、その範囲は様々で、人間の子供くらいのから、それこそ私レベルまで居るのだが。
さて、そんな大きいのが動いたら、私はどうなるか?
検証してみよう。
1.『彼女』が起き上がる
もうそれだけでも大事だ。起き上がる際の風圧は、私を軽々と吹き飛ばしてしまうだろう。そして飛ばされた私は空を飛ぶ鳥に食べられてご愁傷様、なのだ。
2.『彼女』が寝返りをうつ
巨体が私を押しつぶすだろう。もし私を外れたとしても、この可愛い可愛い鈴蘭たちが潰れてしまう。最悪だ。なんてカタストロフ!
3.『彼女』が寝言を言う
相対的に言えば、彼女の小さい声でも私にとっては大音量だ。私に鼓膜があるのかは不明だが、まあ間違いなく頭が凄いことになるだろう。
うん、どんなことになっても私が痛い目に遭うだけな気がするわ。
そんじゃ今の内に逃げるが吉ね。そう思って私は飛び立とうと羽根に力を込める。
そのとき。
ぐわし。という音と共に私はなにか柔らかいものに拘束された。
「はい?」
そんな言葉が口から出たような気がします。ああ、私って喋れたんだ。凄い大発見。今まで喋る必要がなかったからねぇ、あはは、単純なことで気が付くんだね、さすがっ!
全く、不思議だね、こんなことで気付くなんてははは世界は狭いねははは。
「……んなこと思ってる場合じゃねぇえええええええええええ!!」
なんだよぐわし、って!手か!手なのか!って手だよ本当に!
何この娘ピンポイントで私を掴むのかー! 本当は起きてるでしょう!? ねえ、本当は起きてるんだよね!?
ちょ、待って力込めないで痛い痛い私壊れちゃうー!!
「……んみゃ……?」
そのとき。私を引っつかんでくれやがりました人間大の『彼女』の瞳が開いた。
美しい睫毛に見劣りしない、クリアブルーの瞳。透き通り、綺麗に輝くソレを見て、自分の境遇を忘れてしまうほどに……心が真っ白になった。
――それはきっと。ここの鈴蘭の毒にも勝るとも劣らない……極上の毒だ。
心を掴む、魔性の魅力。それを毒と言わないでなんというのだろう?
むくり、と。私を掴んだ『彼女』はゆっくりと起き上がる。
その動きにあわせて、身体についていたのだろう、紫の花弁が、はらはら、はらはらと舞い落ちていく。
それは……まさに。この世に生れ落ちたばかりの、何かを。私の心に想起させた。
ゆっくり、ゆっくりと、半開きだった目蓋が……開いていく。
ただ、外界の光りを取り込み光っているだけだったクリアブルーの瞳が……次第に、“自ら”光りを放ち始める……。
それは、まるで。
花が、開いていくかのように。
鳥が、飛立ていくかのように。
風が、流れていくかのように。
月が、満ちていくかのように。
美しく。美しく――。
それはまさに……私が一生涯見ることなどないだろうと、思っていた、
――『誕生』――
「ふゃ? ここ、どこぉ~?」
は、舌足らずな声で、一気に現実へと回帰した。
私の心も、ようやく私の身体に帰ってきた。
危ない危ない、このままだと魂が抜けるところだったわ。
っというか私の体、いやさ私は只今ライブでピンチ中だ。すっかり忘れていた。
このままこの体勢を取り続けるのはバカとしかいいようがないわ……。
折角喋れることが判ったのだから、意思疎通をはかるしかないわ!
「ここは、鈴蘭畑よ」
「すずらん~?」
「そ、鈴蘭。そして貴女は今、私を掴んでいるの。判る?」
「つかんで……? つかんでってなに?」
「そこから判らないのッ!?」
「ほぇー?」
だめだ、話にならない。なんていうか、本当に生まれたての子供なのだろう。
妖精の類じゃない。妖精は生まれたときから、完成しているのだ。それはつまり成長もしないということ。知識、意識、全てが最初から整ってこの世界に顕現する。
私の知識じゃそこまでしかわからない。生まれてこの方鈴蘭畑しか出たことの無い私には、持ってられる知識が限られているのだ。
妖怪ということは考えられないだろうか……? ここ幻想郷にたくさん生息する妖怪は、それこそ様々なのだ。生まれたときは真っ白な妖怪だっていてもいいだろう。っていうかいてくれ。お願いだから。
まあなんにしろ、判らないなら教えればいい。っというか教えないと私の儚い命が危険に危ない。
「私の姿が判る?」
「んー。あなたが、わたしに声をかけてるのはわかるわ」
「そう。っで、手に持っている、っていう事実は理解できるかしら……」
「あ、ああ。そっか。持ってるわー」
「そうやって、手でモノを持つというのを、掴む、というのよ。というわけで理解したら離しなさい早急にッ!!」
「わああいきなりさけばないでびっくりするわーっ」
ば、っと両手を挙げて驚く『彼女』。
その瞬間、手は開かれて、私はついにその拘束から抜け出すことが出来た。
ああ、自由って素晴らしい。自由って素敵ね。アイラブフリーダム。
空気ってこんなに美味しかったかしら? ああもう、なんか3割り増しで鈴蘭が綺麗に見えるわ。
それくらい切羽詰ってたのね、私。
「むー耳がきーんてするー」
耳を押さえて、俯く『彼女』。
ったく、耳くらい何よ? 私は全身痛かったっての。
……とはいえ、ちょっと乱暴だったかしら?
「ああ、ごめんなさいねちょっと切羽詰ってたから……、でも、私みたいなのがいるから、手癖はきちんとしなくちゃダメよ?」
「んぅー。よく判らないけど判ったー」
「それは判ってないというのよ」
……はあ。なんだか疲れるわ。
他人と関わるというのはこんなにも疲労するものなのね。一つ勉強になったわ……。
「んー。判った。判ってないわー」
「ああもうややこしい!」
「判らないよ?」
ダメだ。これ以上こんな問答に付き合っていると心がどっか違うものになってしまいそうだ。
正直、気が進まないけれど、この娘に色々教えてあげないといけない。
きっと疲れるんだろう。でもこのまま良く判らない問答に終始するよりはきっとマシ。
…それに。私もきっと、はしゃいでいたんだろう。
生まれて初めて……他人と、喋ることが出来て。
…
……
………
それから。日が昇ったら『彼女』に物を教えて。
「えっと、毒はすべて……」
「そう。毒はすべてよ。体がうごくのも毒のお陰なのよ」
「私の身体も?」
「そう。あなたの身体も」
日が一番高くなったら、『彼女』とお昼寝して。
「ぽかぽかー」
「気持ちいいでしょ?」
「そうねー」
「ここ、私の取って置きの場所よ」
「さすがねー」
日が沈んだら、『彼女』と一緒に明かりを囲んで。
「わ、光の玉……凄いわ、どうやるの?」
「貴女にもできるわよ。むしろ貴女のほうが強くできるわ」
「んんん……こう?」
「違う違うこれ毒! 私たちには影響ないけど違う!」
星が輝き始めたら、『彼女』と並んで眠った。
「んぅー」
「ちょ、まって抱きしめないで痛い痛い」
「いいじゃーないーいいじゃーないー」
「どこのエロ親父だアンタはッ! って痛い痛い潰れるーきゃー!」
それは。
賑やかしくて、楽しくて。
とてもとても騒がしくて……私は、今まで一人で生きてきたから。
こんな楽しいことは全く知らなかった。だから、この暮らしが――とてもとても楽しくて――。
そんな自覚なんてなかったけれど、一人でいた頃は、知らず知らずの内に落ち込むこともあったということに、逆に気付かされた。
そうだ。『彼女』と暮らしていたら――落ち込む暇なんてありゃしない。
彼女はまるで、鬱のためのクスリ――。
………
……
…
「そろそろね、貴女に名前をあげようと思うのよ」
「なまえ?」
相変わらず、ふやけた顔をする娘だ。
ぼーっとしているくせに考えだけは立派なのね。そんなことでいいのかしら? 全く……。
「だって、『貴女』で呼ぶのは煩わしいじゃない? 主に私が」
「わたしは『わたし』でいいけれどなぁ……」
「貴女はいずれ外に出て、自分の同胞を救い出すんでしょう? だったら立派な名前が必要よ」
「あ、そっか。そうね!」
「それでね、私が立派な名前を考えてあげたわ――」
「貴女は、メディスン。『メディスン・メランコリー』……どうかしら?」
しばらく、『彼女』はぼーっとしていた。
そして、何かに思い当たったような顔をして、目をつむる。それから腕を組んで、むぅーと唸り始めた。
私はというと、努力して表には出さないようにしていたのだけれど、内心はドキドキだった。
名前が気に入ってもらえるかしら?っていうのは当然ある。
それもあるけれど、この名前は、私の『彼女』への印象をそのままにしたものだ。
それは……言ってから気付いたのだけれど、とても恥ずかしいことだった。
ああ。時が戻るなら思いついた瞬間の私を殴りたい。でも殴った後褒めるだろう、多分。
だって……私にはそれしか思いつかなかったから――。
「めでぃすん、うん。うん! いいわ! 私は…『メディスン・メランコリー』!」
「気に…いってくれたかしら?」
「うん! ありがとう!」
そう言って『メディスン』はにっこりと……笑った。華が、咲くように。
その笑顔だけで、全て、全てが、どうでもいいとおもった。
私のちょっとした羞恥心も、さっきまでのドキドキも、これのための布石なら。いくらでも支払ってやろうとも思った。
知らず知らず。私も笑顔になっていく。ああ。これも毒。毒はクスリ。
笑顔の毒なら、どれだけかかっても薬にしかならないだろう。
「いい名前……ありがとう、――お母さん!」
………………ちょっと待て。
今までの気持ちが一気に吹っ飛んだぞ。今の!
「ちょっとまちなさいメディスン。今のは誰を呼んだのかしら?」
「えー? お母さんだよ?」
「お母さんって誰よ?」
ぴ、っと私を指差すメディスン。
……つまり、何か? 私はいつの間にかメディスンの母親になっていたらしい。
はははこりゃびっくりだねー、私も知らない間の大変化だよー。
「って何でだぁああああああああ!!」
「わ、さけばないで耳がー」
「叫ぶわよ、叫ばないでか! なんで私がメディスンのお母さんなのよ!」
「えー、だって、そんな気がしたからー」
「そんな気って! それだけですかよ!
違うでしょ! 母親っていうのは、生んでくれた人のことをいうの! 私たちは人じゃないけど!」
「ならいいじゃない」
「良くないの! 主に私が!」
ああもう一体この娘の頭はどうなってるんだ。
一度切り開いて見て見たいものだ。まあ、物質的なものは想像できるからいいけど。
と。それまでほえほえしていたメディスンの顔が、急に寂しげな、それでいて真剣な顔になる。
なんだ……? 冗談じゃ、ない、のか?
「だって、私も、貴女っていうのはいやになったの」
「……え?」
「貴女も――無いんでしょう? 名前」
「――!」
きゅ、っと。胸が掴まれたような――そんな気がした。
そうだ。私は、メディスンに会うまで一人。たった一人ぼっちだった。
鈴蘭の畑でただ一人。ただ漫然と過ごすだけの――。
そんな私に。名前なんて、あるはずが、ない。
メディスンがそう言うのは、当然だった。
この娘はほえほえしていて、ふわふわしていて、足元不安定だけど。
肝心なところは、きちんと見つめて、理解できる娘なのだから。
「そう、ね。私には名前が……ないわ」
「だから。わたしが、つけてあげたいの」
そうか。だから、『お母さん』だったのか。
それは生憎、名前じゃなくて呼び名だったわけだけれども。
「お母さんがダメなら……そうだ! 貴女は、鈴蘭のところで生まれたのよね!」
「……え? ああ、そうね、この鈴蘭畑で生まれた……というか在った……というか……」
「えーとね、えとね、それじゃあ、鈴蘭からとって……」
きらきら。メディスンの目は輝いていた。
とてもとても。彼女のその目を見て、私は初めて彼女を見たときの気持ちを思い出した……。
あのときはまっさらで。何も知らない子供そのもので。
与えられるしか知らなかった彼女。
それが。私に、名前を与えてくれるという。
私はもう、どんな名前でもいいと思った。
彼女が、メディスンが考えてくれるなら――私は、きっとソレになれるのだから。
まあ、その、照れくさいのでお母さんは却下だけれども――。
「鈴蘭の、スー! 貴女は、『スーさん』!」
貰った名前は、ちょっと、いや結構格好悪かったけれど。
それでも、一生懸命考えてくれた名前だから。
私は笑顔で、応えてあげよう。自慢の『娘』の、愛情そのものなのだから――。
ってあら。結局私、認めちゃってるじゃない……?
・・・・・・・・・・・・・
――目覚めたら、そこは紫色の楽園だった。
なんて芳しい毒の香り。
なんて美しい毒の花弁。
なんて素敵な毒の味覚――。
そこは、鈴蘭の畑。そこは、私たちの楽園。そこは、私たちの世界――。
「今日はどうしようか? ね、『スーさん』?」
「どうしましょうね、『メディスン』」
きっと私が生まれたのは、この娘に会うためなのだろう。
この娘が、『メディスン』であるために。私が生まれたのだと思うのだ。
この鈴蘭の園で。『メディスン・メランコリー』に夢中になる毒に犯されるために。その症状を発症する為に。
それは。
――メランコリック・シンドローム――。
スーさんの株が上がってきましたよムクムクと。
セットでお得ですね。ああドリンクは鈴蘭汁で。
ごちそうさまd(パタリ
和んだ上に萌えたのでとりあえず鈴蘭の花を生けて
コンバラトキシンのたっぷり溶け込んだワインでも飲むことにしまs(心不全
固まってなかったのですが、見事にインプリンティングされちゃいましたよ!
スーさんがまた良い味だしてるし。
ご馳走様でしたっ!
・・・・・・・あれ、意識が。
コンパロー
コンパロがボケなら対極のツッコミであるほうがいい。
普通に台詞が笑えるスーさんでし……(死
「とりあえずコンパロ」
あなたの文章のおかげで、メディ分が補給できました
ありがとうございます
そしてメディかわいいよ!