いくつかの箇所に残虐な表現があります。ご注意ください。
夕暮れ時の魔法の森、夜雀の一団が歌を歌っている。大人達の合唱の後、一人の小さな少女が、直径5メートルはあろうかという切り株の舞台に上がる。皆に拍手され、恥ずかしがりながら歌いだす。この子の初舞台である。
別種族の妖怪が一体現れる。肩の膨らんだ白いブラウス、黒のロングスカートを身につけ、つやのある金色の髪は肩の高さでそろえられている、大人の女性の姿をしたアヤカシ。
殺意をこめて放たれる魔の力。
驚愕、闘争、逃走、絶叫。敵から逃れるため、一斉に異なる方向へ逃げ出していく妖怪たち。
捕食者たる彼女は、親からはぐれ、逃げ遅れた幼子に照準を合わせる・・・・・・。
狩に出かけ、逃げ遅れた夜雀の子供を捕まえた。まだ生まれたばかりで、骨もやわらかそうだ。
この子は子供ながらにこれからの自分の運命を悟っているのだろう。
おびえた目つきでこちらを見つめている。その様子も可愛いなどと思いつつ、この子の服を脱がせ、底の浅い桶に張ったお湯で体を洗う。追いかけ回したのでずいぶん汚れている。悪い事をしてしまったように思う。ああ、そんな目つきで私を見ないでくれ、すぐに恐怖から解放してあげるから。
「ええと、ナイフはどこだったっけ。」
「ぴぎゃー。」
泣き出した。私の手を振り解き、未発達の羽を必死に羽ばたかせながら逃げようとする。その様子が可愛くて、思わず涙が出そうになる。あっ、ドアの段差でつまづいた。すぐに駆け寄って、後ろから優しく抱き起こしてあげる。
「怖がらなくていいの、いじめないから泣くのはおよし。」
今すぐ食べてあげるから。
魔法でお風呂を沸かし、体についた垢や返り血を洗い流す。ネグリジェに着替えた後、ランプと人骨で作ったフルートをもって日課の散歩にでる。静まり返った夜の森を、月が我が物顔で照らしている。
「よいしょっと。」
私はこのあたりで一番高い木の天辺の枝に腰掛け、足をぱたぱたさせながら一日を振り返る。今日も朝起きて、塩漬けの人肉を食べて、適当に旅人でも襲ってその肉を食べたり食べなかったり、フルートの練習したり、あの夜雀さん達の歌をまねして歌ってみたり。そうそう、私が襲撃したとき、あの夜雀さん達は一族でコンサートを開いていたんだっけ。独唱や合唱の様々な歌を雄雌、親鳥雛鳥問わず、かわるがわる歌っていて楽しそうだった。あんまり楽しそうだったから私も混ぜてちょうだいな、と食糧確保をかねて飛び入り参加したの。だから最後の曲目は夜雀の悲鳴となったわけ。単調ではあるが今日も充実した一日だった。
下界を見下ろすと、真夜中だというのに道を行く旅人の姿が見える。腹は減ってなかったが、私の中に黒い衝動が芽生える。旅人は男女の二人組だった、まだ若い。どこかの村で身分違いの恋の果てに、駆け落ちでも決心したのだろう。私はフルートで覚えたての曲を奏でる。二人はこんな所でこんな事をするのは妖怪以外にないと悟り、血の気が引いていくのが気配でわかる。
「ねえ、お二人さん。こんな夜中にどこ行くの?」
二人の前にゆっくり舞い降りる。人間のカップルは二人抱き合って震えている。
「私、フルート吹くのが好きなの、だから、あなたたちが歌ってくださいな。」
もちろん、断末魔の歌をね。
男が女に、村へ助けを呼んできてくれ、といったようなことを言う。私が魔力を手に込め、黒いエネルギーの塊を手のひらに浮き立たせる。
「えいっ。」
それを軽くもう片方の手の指でぴんっと弾く。漆黒の悪意が男の腹部をえぐる。男は地面に倒れ、苦悶の表情でうめいている。飛び出した腸をつかみ、必死に腹の中に戻そうとしている。もう無駄なのに。女は半狂乱になって泣き叫びながら逃げていく。
「いい顔ね、完全に致命傷、なのに死にきれないで、恐怖と苦痛でもがく。これだから狩りはやめられないの。」
傍らにしゃがんで、男の苦しげな顔と、飛び出す内臓をしげしげと見つめる。ネグリジェの下に何もはいてないので見えそうになったが、この男にはそんな余裕はないはずだから気にしない。主の運命は既に決したというのに、臓物は未だ己の機能を果たそうと蠕動を繰り返している。男の口がぱくぱくと動く。
「・・・女・・・けは・・・・・・って・・・れ。」
「なあに、きこえなぁい。」
「彼女・・・だけは、助けて・・・やって・・・くれ。」
「そうそう、あの人を殺すの忘れちゃった。じゃあそこで適当に死んでて。」
私は夜の森を低い高度で飛ぶ、すぐに女の姿が見えた。女はこちらを振り返ってひいっと声を出し、さらに走るスピードをあげる。走れ走れ、命がけのマラソンだ。参加料は恋人の命、賞品は自分の命。
私はわざと遅く飛ぶ。だってあっさり勝負が決まっては面白くないじゃない。
やがて妖怪避けの結界に守られた人里の入り口が現れる。さすがの私も結界を越えるわけには行かない。女と結界の距離が徐々に狭まっていく。10メートル、8メートル、5メートル。命拾いしたという安堵感が空気で分かる。ここで私は猛然とダッシュ。人間なら絶えられないGが全身にかかる。空気を切り裂く音とともに、女の前に飛び出し、ふり返って急停止。両手を水平に伸ばして立ちはだかる。
「残念でしたぁ。夜に出歩く人は食べてもいい人類決定でーす。」
女は放心状態で、あ、あああ、とかすれた声を出しながらその場に膝を落とす。絶望の中で一縷の望みを与え、あとわずかという所でその蜘蛛の糸を断ち切る。人間の覇気がガクンとダウンするのが面白い。
「知ってる、あの男、私に『彼女だけは助けてやってくれ』 と言ったのよ。まあ、なんて素敵な博愛精神でしょう。」
両手を合わせ、芝居がかった声で言ってやる。女の顔に恐怖に加えて後悔の念が浮かび上がる。やはり駆け落ちか何かだったのだろう。表情を観察する。驚いた事に、これから殺されるというのに、恐怖よりもあの男をこんな事に巻き込んでしまったという罪悪感の方が強い。気に入らない。あの彼女をかばおうとした男といい、人間の癖に、極限状況で聖人ぶった態度を貫けるのが気に入らない。
「まったく、もっと薄汚い人間らしく、『他のやつはどうでもいいから私だけは助けてくれ』的なオーラをかもし出しなさいよ。私が見たかった光景はね、自分さえ生き残れば良いとばかりに他人と蹴落としあう所よ、最高のカタルシスなのに。」
「ほら、『この村の住人全部殺していいですから、私だけはお助けください妖怪さま。」 と言ってみな。自然のガン細胞たる自称万物の霊長、神の代理人気取りの人間さまぁ。」
抜け殻同然の彼女の目に、憎悪の炎がともる。
「なによ、そんな目で見て、この圧倒的な戦力差が分からないわけでもないでしょう?」
女の口がわずかに歪む。
「この・・・、悪魔・・・め。」
「聞こえない、命乞いならもっと泣き叫んで言う。」
「このっ! 人喰い! 悪魔! 外見だけの性格ドブス!」
「このっ・・・。」
気に入らない、たいした力も無いくせに、地面に這いつくばって命乞いをせず。この高等妖怪に挑戦的な目を向ける。頭の血管が怒りでドクドクと脈打つ。もういい、その皮はがして、内蔵引きずり出して、小奇麗な顔をぐちゃぐちゃにして、喰って糞にしてやる。
そう思って私が牙と爪を伸張させた瞬間
「人間よ、良くぞ吼えた。」 凛とした声が暗闇に響く。
月を背景にして現れたのは、民族服のようないでたちをした、妙齢の女の妖怪、そいつの頭にはネコのような耳が生え、左耳に金色のイヤリングがついている。二本の尻尾の毛がサボテンのように逆立っている。
「誰かと思えば、マヨイガの式神じゃない。人間の肉なら分けてあげるから邪魔しないで。」
「最近このあたりで人間や妖怪を殺しまわってるのはお前だな。」 怒りの目で私を見る。
「強者が弱者を喰うのは当たり前、違って? 邪魔するならあんたも殺すわよ。」
「必ずしも生きるためではなく、殺す事自体に病み付きになっているだろう。快楽殺人の妖怪など幻想郷に必要ない。」
「病み付き? ええそうよ、どんな断末魔の叫びが聞こえるか、今度はギャーかな、それともひぎぃかな、っていろいろな音色を聞くのが楽しいのよ。薄汚い人間ならいくらでもいるからいいじゃない。」
「そういう発想こそ、『薄汚い人間』そのものじゃないか! 私も妖怪だ、人間を喰う事を全て否定するつもりはない。だが、人間を殺すにしても、その命に敬意を払い、苦しまずに死なせ、魂を導いてやるべきだ。成仏できない犠牲者を見たことがあるのか。」
式神が拳を震わせながら叫ぶ。
「・・・最近は妖怪にも偽善者が増えたようね。世の中を汚す、おごり高ぶった人間の数を減らしてるんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだわ。」
「そういうのを『偽善』と言うんだよ。」
「もう分かったわ、あんたも殺せばそれで済む事。」
フルートを取り出す。ほぼ同時に相手もスペルカードを取り出し身構えた。
隙を見はからって女が逃げようとしている、すかさず魔弾を振るう。
「逃がさないよ。」
「おい、止め・・・。」
式神が叫ぶ間もなく、魔弾が女の心臓を貫く。妖怪封じの結界まであと数十センチと言うところで倒れ、痛みを感じぬ骸と化す。
「なんでぇ、即死か、つまんない。」
「くっ、お前は何で。」
「知ってるでしょ、私はこういう奴なのよ。」
「もう、戦うしかないのか。」
「そうよ。あなたの音色を聞かせてくださいな。正義の黒猫さん。」
「分かった。おまえ自身の音色を試すがよい。哀れな宵闇よ。」
「暗符『錯綜ディマーケーション。』」 すかさず空中に上がり、私はスペルカード攻撃を宣言した。
私はフルートを演奏する、曲に合わせて無数の魔力弾が私を中心として規則正しく回る。
曲調を変えるたびに時計回り、反時計回り、縦横斜め、様々な回転面をもつ弾幕の輪が生成される。
あたかも惑星上空を公転する無数の衛星のように。
その弾幕の輪が、一気に半径を広げ、地面をえぐり、木々をなぎ倒しながら式神に迫る。魔力弾が
いけ好かない式神の体にかすり、あるいは直撃する。しかし。
追い詰められているにも関わらず、その目には鋭い光が宿り続けている。私は漠然とした不安を隠すように軽口を叩く。
「ほらほらー、スペルカード出さないと危ないんじゃない、それとも出す暇も無いのかしら。」
「・・・博麗霊夢・・・。」 式神がつぶやく。
「何よ?」
「・・・霧雨魔理沙・・・十六夜咲夜・・・。」
「だれよ、昔そんな人間がいたような?」
「私とやりあった人間たちの名だ、お前のスペルカードなんかより、彼女らの通常弾幕の方が、もっともっと、痛かったぞ!」
「童符『護法天童乱舞。』」
式神の弾幕が、私の弾幕を打ち消し、自分に迫る。そろそろスペル有効時間が危ない。
必死で魔力の塊を追加しては打ち出し、反撃の糸口をつかもうとするが、攻撃を相殺するのでやっとだ。徐々に私が押されていく。焦りを感じる。この私が、逃げる算段を考え始めている!
「ちょっと・・・何よ、避けきれないじゃない。」
ついにスペルカードが有効時間を過ぎ、あらかじめカードに込めておいた魔力が尽きた。かろうじて保たれていた均衡が崩れる。急遽作り出した弾幕だけが残る。式神の弾幕が、文字通り堰を切って押し寄せる。
「いやあ、怖い。怖いよぉ。」 私は気取って吹いていたフルートを取り落とし、子供のように叫ぶ。
かわしきれない、弾幕で相殺する事も出来ないエネルギーの弾丸が、私の体を殴りつける。痛い、痛い、痛い。
「助けて、痛いよ、死にたくないよ。」
「お前が殺してきた者達の気持ちが分かったか。」
「分かった、分かったから、お願い、助けて。」
「承知した。」
弾幕がふっと消える。私は逃げようとした、ネグリジェはぼろぼろになり、もう飛ぶことも出来ず、よたよたと走ることしか出来ない。黒猫の式神が私の前に立ちはだかる。怪我と恐怖心でもう動けない。
「強者が弱者を喰うのは当たり前、だったな。」
私の片足が何かに吸い込まれる、足首が落ちた時点でその穴は塞がり、その場から一歩も動けなくなる。
「次元の隙間にお前を固定した。私はお前と違って、誰かを苦しめて殺すようなまねはしない。その場でよく頭を冷やすんだな。1000年ほど。」
式神はくるりと背を向けて去っていく。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、こんな姿で1000年も・・・。」
「別のことを心配するべきじゃないのか。」 式神は言った。
ざわざわと音がして、かなたから妖怪の一団がやってくる。
「いたぞ、この女だ。」 「代償を払う覚悟はあるだろうな。」
手にスペルカードや刀剣を持った数十体の夜雀の群れ。先頭にいた男の夜雀が剣を抜いて言い放つ。
「お前・・・、よくも・・・ミスティを、私の一人娘だったんだぞ。」 切っ先が震えている、男が怒りと悲しみに打ち震えている。
それらが足を取られて動けない私に一斉に襲いかかった。
森のどこかで、式神が空から現れた主と対面している。先ほどの対決とはうって変わって、童女のようなあどけない表情の式神。
「あっ、藍さま、私の活躍見てくれました?」
「もちろん。よくやった、橙。」
主は九本の尾を持つ狐の妖怪であった。
「それから、あの男の人は・・・。」 痛々しい顔をする橙と呼ばれた式神。
「ああ、もう助からなかったから、楽にしてあげた。今度、ふたりとも埋葬してあげよう。」
「そうですね。」
「だがこれで、お前に幻想郷を守る能力があるってことが証明されたわけだ。紫様もさぞ草葉の陰でゴベアァッ。」
「失礼ね、死んでないわよ。」
式神の主の頭部を金ダライが直撃した。同時に、次元の隙間から式神の主の主である妖怪がひょこっと顔を出す。
「紫様、これは言葉のあやでして。」
「言葉の幻想ブン屋がなんなのよ?」
「ううっ、話題を変えるようですが、あの狂気に取り付かれたアヤカシの者、あれで死ぬことは無いでしょう。また力を封印してやるべきでしょうか。」
「残念ね、力封じのリボン一本では、あの子の暴走を止められなかった。私の責任ね。」
紫は目を伏せ、うつむき加減で話す。
「いや、そんなことは・・・。」
紫は続ける。
「で、提案なんだけど、いっそ、力を封ずる護符じゃなくて、力を解放する護符をつけちゃったらどう、まあ、もう付けてきちゃったんだけどね。」
「はあ、それじゃ『提案なんだけど』と言う言葉を使う意味がな・・・って、な、何ですと!」
「だからぁ、あの子に力を封印するんじゃなくて、解放するリボンをつけちゃったって事よ。うふふ。」
紫はスイッチを切り替えたように悪戯っぽく微笑み、じゃね、と軽く手を振って次元の隙間の中に消える。
「ちょっ、ちょっと、紫さまぁ~。」
きょとんとした目で二人のやり取りを見つめる橙。月がまだ二人を照らしていた。
あれから数十年後、夜雀の大群に三日三晩殴られ、切り刻まれ、手足を切り落とされ、首だけの状態で私は打ち捨てられた。今やっと体が再生しつつある、復讐心は当の昔に消えうせ、空っぽになったような気分だった。
私は立ち上がる、十代前半のような背丈しかない、魔力の弾丸を生成してみる、あのときの八割程度の力しかない。いや、あれだけやられて八割も回復しているなんて奇跡だと思う。徐々に思考能力が戻っていく、ふと過去の光景がフラッシュバックした。
恐怖に震える夜雀の子。
苦しみもがく男の顔。
愛する人を失った怒りの表情で私をにらむ女。
泣きながら私に襲い掛かる夜雀の親たち。
胸が痛い、涙が止まらない。痛いからじゃない。自分が殺してきた者達の、命の重みが、いまさらながらに私を押しつぶす。この感情はなんだろうか。
「ごめんなさい・・・。ごめんなさい・・・。私は何て・・・。うわあああああああー。」
誰もいない森で、私は泣き続けた。
「あら大変、どうしたの、お嬢さん。」 私にかかる優しげな声。
「こんな所で裸でいるなんて、一体・・・、いや、何も言わなくていいわ。何があったかわからないけれどもう大丈夫。私の家へ来なさい。」
その女性は強引に私を抱きかかえて村へと入っていく。
その後、彼女は村の人々に説明し、私をこの人の家に置いてもいいという許しを得た。彼女は夫と二人暮しで、ずっと子どもが出来ないのを苦にしていたそうだ。二人とも私を実の娘のように愛してくれる。村の人達は私を捨て子と思ったらしく、みんな優しくしてくれる。それが私の胸をさらに締め付ける。そして私はまだ、助けてくれたその夫婦の顔をじっと見る勇気が出せないでいる。
なぜなら二人は、私が最後に殺した、あのカップルそっくりの顔をしているのだ。
「私のつけたリボンは、力を封じるのではなく解放する護符、あの子の奥底にしまわれたままの心、良心を呼び覚ますもの。ある意味、消滅より過酷な罰かもしれない。でもこんな償い方もあっていいと私は思う。あなたは罪悪感を抱え、それでも生き続けなければならない。」
どこかで見守っていた隙間妖怪は、そうつぶやくと手にしたパラソルを閉じ、人骨で出来たフルートをスコップで掘った穴に埋め、式神が夕食を作って待っている我が家へと戻っていった。
「そう、この私のように。」
盛り上がりと締めが、ちょいと惜しかったのかな?
藍様に憧れてる感がひしひしと伝わってきました(見るとこそこか?)
以下、私信
お伝えしたいことがあるので、よかったらメールください。
という感じがするのが良かったす