今日から私が算数の授業を受け持つ事になった。
大事なところを黒板に書いたり、説明したり……。
一通り説明したところで、黒板に基本的な例題をやってみせる。
まぁ、学校の教え方を真似しているだけであった。
私は朝のうちに慧姉から教本を貰っている。
それを見ながら、どんな風に授業を進めていくかは暇な時間を使って大体決めていた。
そのお陰で国語も歴史の時間も眠る事なく、偶にペンを落とすぐらいだった。
いつかは師匠を越えたいものだ。
今その師匠は教室の後ろの方で、私の講義を真剣に受けている。
分からないところがあると積極的に質問をしてくる。
大事なところはメモを取っている。
視線が突き刺さる。
眼鏡をかけている。
中々新鮮だ。
早い話、子供達より真面目に私の話を聞いているんだけど……。
これ以上ないほどやりにくい!
うぅ、そんな熱い眼差しで私を見ないで。
あなたが思ってるほど立派な人間じゃないんです。
黒板を向いてるときでも睨まれるのは居心地悪いです。
意味もなく謝りますから許してください……ごめんなさい。
「はぁ……それじゃ、教本のここの問題をやるように。
分からなかったら聞いてください」
……思わず溜息が出てしまった。
これで漸く、慧姉の視線から逃れられる。
私は頑張ったよ……。
さて、授業が終わるまで後十五分。
子供達の個別の質問に答えていけば、このまま終了だろう。
…………
「先生」
「ん、はいは……」
声のほうを振り向き足を運びかけて、固まった。
私を始めに呼ぶのもあんたですか。
はいはい、行きますよ。何かお困りですか?
「はぁ、どうしたんですか? そこの眼鏡っ娘さん」
「どういう意味だ、それは?」
「深い意味はないです。それより何か質問があったんじゃないんですか?」
「うむ、出来たので正解しているか見てくれ」
慧姉も問題やってたんかい。
しかも終わるの早いし。
まだ、五分経ってないんだよ。
早く終わる分には構わないけどさ。
「……そして全部合ってるし」
「何で、先生は嫌そうな顔をしている?」
「教え子に劣等感を持ちそうなだけですよ」
「それなら安心だ」
何で安心できるのか、時間があればこのまま問い詰めたい。
「先生ー」
早い子はそろそろ出来上がるのか……?
黙って自分で何とかしろ……とか言えたら今の気持ちも少しは晴れるかもしれないのに。
慧姉の前では口が裂けても言えない。
「この後、私はどうすればいい?」
「優等生な眼鏡っ娘さんは、手を挙げてる子供のところに行って質問に答えてあげてください」
「いいのか?」
「ええ、慧姉がいつも教えてるようにやれば構いません。
全部正解した人から、遅い子の面倒をみさせます」
「成る程、そう言う事なら行ってくる」
席を立ち、手を挙げている子供のところまで行く慧姉。
多分質問だろう。
こんなに早く終わる子なんて、そうそういないはず。
「先生ー」
「…………」
ちっ、無視してぇー。
まだ慧姉も空いてないし、しょうがない、私自ら赴いてやるか。
「はぁ、因数分解してごらん」
やはり問題も見ずに教えてやる。
例の子が焦る焦る。
私は心の中で笑いつつ、今度はちゃんと問題を見てやる。
「…………」
こいつまで全部答えが書いてある。
むぅ、面白くない。
よりにも拠って全問正解しているところがまた小憎らしい。
何でこういうヤツに限って出来がいいのか。
神様がいるとしたら本当に不公平だよ。
「全部合ってるよ。早かったね」
「まぁね」
うわー、それが当然とかいう顔で言われると余計むかつく。
さっきまであんなに焦ってたくせにー。
「どうすればいいの? 暇になっちゃうよ」
凄いだろ、と言わんばかりでのたまってくれる。
誰が暇などくれてやるか。
自分以外の誰かに教える事がどれだけ大変か感じて来い。
ふふふ、それはそうと……月のある夜ばかりだと思うなよ。
「それじゃあ、困ってるお友達の所に行って教えてあげなさい。
その際に、絶対答えを教えてあげちゃ駄目だからな。
相手が理解できるまで、理解できるように工夫しながら教えてあげるように」
「ふーん、分かった」
ふん、とっとと行っちゃえ。
世の中にはいろんな人がいるんだ。
…………
時間も残り少なくなると、半分ぐらいの子が席を立ち、他の友達に教え始めた。
その分賑やかにもなってくる。
ずっと授業中は静かにしているのでこのぐらいは構わないだろう。
中には喋ってるだけの子もいるけど、それも見逃す。
既に手は足りていた。
私や慧姉に教えてもらった子は比較的早く理解できたようだ。
当然、教え方が上手いから。
子供たちは割と個人差があった。
問題を解くのが遅くても教えるのが上手な子もいるし、その逆もいる。
んで、例の生意気な子供は……あはは、苦労してるなぁ。
「さてと、時間だから終わりにしていいよー。
質問があるとかいう酔狂な子は、私と慧音先生がまだここにいるので来てください。
いいですよね、慧音先生?」
「ああ、大丈夫だ」
「それじゃあ、終了ー」
昼休み、というか遊びまでのお弁当の時間。
何か思った以上に子供が残った。
そんなに分かり辛かったのだろうか?
心配になってしまう。
……とか思っていたら、勉強の仕方とか授業とは直接関係ない質問が多かった。
お前らは私たちにお弁当を食べさせない気か。
慧姉は喜んで教えてあげてるし。
う~、勉強の仕方なんて人それぞれでしょ?
自分に合った方法を見つけろとしか言えないよ。
でも参考までに、自分のやり方を教えてあげる。
「私の場合ぎりぎりまで自分を追い込んで一夜漬けだよ。
そこが一番集中力が上がるんだ。
これの欠点は中々定着しない事かな」
「そんな事を子供に教えるな!
だからお前は暗記物が苦手になるんだ」
慧姉に叩かれながら、鋭い突込みが飛んできた。
だって、一夜漬けだと暗記物は間に合わない事が多いんだもん。
その場合山が外れると悲惨な事になるし。
担任の先生はHR長いし。
外国語の先生にはヅラ疑惑が出てくるし。
慧姉は眼鏡外しちゃうし。
いじいじ。お弁当食べてよ。
「ぶつぶつ言いながらお弁当を食べるな。
あっ、しかもそれは私の分じゃないか!」
「あれー? 全然気付きませんでしたよー」
「白々しいぞ、早く返せ!」
「あっ、慧音先生。子供たちが呼んでますよ」
「くっ、私の分には手を付けるなよ」
「ははは、分かってますよー」
こうして、お昼の時間も賑やかに過ぎていく。
何故か分からないけど、その後子供たちと遊んでいるときに散々慧姉に苛められてしまった。
暴力反対です。
――その夜――
「誰も来なくて、ゆっくり入れたから気持ちよかったですよ」
昨日、今日とお風呂にのんびり入れて幸せだ。
「そうか、悪い事をしたな」
「当て付けに言ってるんです」
「今日は無理をしてでも行ってやるべきだった」
「そんな事に身体を張らんで下さい」
何でそこまでして慧姉は一緒に入りたがるのか。
この村の最大の謎かもしれない。
理由はなさそうな気もするけど。
「まぁ、お風呂は次の機会を待つとしてだ……」
「そんな機会、もう二度と来ませんから」
「……待つとしてだ。お前は全体に教えるのも上手かったんだな」
……お願いだから、もうお風呂は諦めてください。
「途中で泣きたくなりましたけどね」
「そうだったのか?」
「教室の最後方から、恐ろしい圧力をかけてくる眼鏡っ娘がいたんです」
「そんなヤツいたか?」
自覚なかったの!?
私は最初から最後まで、校長先生に駄目だしされてる実習生の気分だったのに。
どこかの湖の妖精並に余裕がなかったよ。
何度チョークで黒板を引っ掻いて、怪音を出しそうになったか分からない。
「分かりやすかったからな、その知的で眼鏡な優等生の気持ちはよく分かる。
それにお前を見てるとどうもプレッシャーをかけたくなる」
「何でそんな変な気を起こすんですかー!」
「刺激があった方が楽しいだろ?」
「ストレスで胃に穴が開きそうでしたよ」
「……もうちょっとだったか」
ひー、慧姉が怖いよー!
「あのー、私何かお気に召さないことでもしました?」
「私の分のお弁当を食べた」
「それは、終わった後の話ですよね?」
「……食べられそうな気がした」
あなた何時からそんな予知が出来るようになったの?
しかも、お昼後のドッジボールでも私を標的にするし。
いつの間にか味方の外野からも狙われてたよ。
「明日からはやめて下さいよね」
「私にはどうも、お前から圧力をかけてくれと言ってるように見えてな」
「ありもしない第六感を働かせないで下さい」
「私の直感を馬鹿にするのか?」
馬鹿にするも何も、当たってないから。
……はぁ、しょうがない。
最後の手段をとろう。
面倒くさいけど。
「分かりました。これから慧姉と、明日教える範囲を先に勉強しておきましょう」
「やれやれ、仕方ないな」
「それは私のセリフですよー!」
これで睨まれることもなくなるだろう。
「数学の次は歴史でもやってみるか?」
「私を殺す気ですか?」
「何故だ?」
「今更歴史なんかやったら、発狂するに決まってるじゃないですか」
「ふむ、それを見てみたいと思ってしまったわけだが」
「どこまで本気なんですか?」
「いつもどこまでもだ」
これだから、慧姉の冗談は分かりにくいんだよ。
私も慧姉スマイルを勉強してみようか。
あれだけ笑顔の種類を使い分けられるのなら、接客業はお手の物だろう。
……そうそう、笑顔でにっこり居眠り勉強と言えば。
「師匠は誰にペン回しを教えてもらったんですか?」
「ん? これか?」
「そう、それです」
鮮やかな手付きでペン回しを始める。
私も出来ることは出来るのだが、せいぜい小指から二回転が限界である。
慧姉のように最後は親指の間に挟んだり、半永久的に指の間をクルクルと回し続ける事は出来ない。
「子供たちに教えてもらったんだ」
「子供の中にそこまで出来る人はいませんでしたよ」
上手な子でも私と同じぐらいの技量しかなかった。
「後は暇なときに自分で編み出した」
「よっぽど練習したんですね」
「いや、何となくやっていたらいつの間にか出来ていたんだ」
「つまり慧姉の手は独立した別の生き物で、勝手に動いてるんですね」
「そんなに褒めるな、照れてしまう」
褒めてないので、頬を染めないで下さい。
どういう解釈をしたら私の言葉を聞いて褒めてると思ったのだろうか?
気になるけど、何となく怖いので聞かない。
「……聞かないのか?」
「当たり前じゃないですか」
「残念だ」
そう言われると、どんな答えを用意していたのか非常に気になる。
しかし私も大人だ。
そんな誘惑は偶にしか屈しない。
「それでは、勉強を始めるとするか」
「慧姉が余計な事をするから、遅くなってしまいましたね」
「すまない。では時間節約の為歴史から始めるとしよう」
「全く、一体どこのどいつがペン回しに話題を振ったんでしょうねぇ?
身包み剥いで叩き出しましょう!」
「……清清しいまでに盛大な自爆っぷりだ。不覚にも萌えてしまったぞ」
ええと、勉強は始めるまでに時間が掛かるもの。
やる気があっても机を前にすると中々動けなくなってしまう事も多く。
私と慧姉はこの時、始めるきっかけを延々と探し続けていただけでした。
私は布団の中で、何度目かの寝返りを打った。
慧姉と数学の予習をして、明かりを消してから既に一時間ぐらい経っている。
夜型の生活の多い私は、深夜になっても眠れない事が偶にあった。
『寝なくては』と焦れば焦るほど目は冴えてくるものだ。
このままごろごろしていても、今までの経験から考えると朝まで寝ることは出来ないだろう。
その事を熟知している私は、無理に寝ようとはしない。
かと言って、明日の事を考えれば睡眠は必須なのだが……
「ふぅ……」
取り合えず気分転換でもしよう。
私は慧姉を起こさないように、布団から這いずり出た。
寝室を出て居間に来てから、
「んっ」
軽く伸びをする。
明かりがなくても目は慣れているので、薄ぼんやりと輪郭ぐらいは見ることが出来た。
(外の空気でも吸ってこよ)
靴をつっかけて外に出る。
村を見回してみても、明かりの灯っている家は一件もなかった。
私の部屋なんかは夜遅くまで当たり前のように電気が点いてるんだけど。
やはり田舎だと、こんなものなのだろう。
空が……綺麗だった。
「九十五点の星空……?」
何となく『満点の』と言うありきたりな言葉が嫌で替えてみた。
大した捻りの効いていないところは、まだまだ修行が足りない。
私は家の前に一本だけ立っている木に寄り掛かって、腰を下ろした。
そのまま、しばらく空を眺める事にする。
……ここで星を見ながら眠ってしまうのも風流かもしれない。
幸いにも、外で寝ても寒い季節ではない。
…………
「――――――――」
どこからか、歌が聞こえるような気がする。
「――――――――」
遠くから聞こえるようで、直ぐ近くから聞こえるような気もする。
「――――――――」
風に運ばれる声は透き通っていて、素直に上手だと思った。
「……どうだった?」
それは途中で歌を止めると、私に声をかけてきた。
って、声の出どころは私の真上。
気付こうよ、自分!
「スカートの中、見えるよ」
「見えてるの?」
「……水玉!」
「ハズレー」
「むぅ、本当のところは?」
「それは秘密」
目が慣れているとは言っても、木の枝に誰かが座っている程度にしか見えない。
微かに羽っぽいのが見えるから妖怪かな?
「もしかして、私を食べようとかしてる?」
「食べて欲しいの?」
「積極的にそんな事思ってない」
「消極的には思ってるんでしょ」
「人呼ぶよ」
「この村の人は食べない事にしてるから、安心していいよ」
暗に村外の人だったら食べるというニュアンスが含まれていた。
私はかろうじて村人だと思われているらしい。
実際はかなり微妙な立場だけど。
「じゃあ、こんな所で何してんの?」
「食べない替わりに、のど自慢。それならいいって言われてるから」
「夜中に歌ったら迷惑じゃない?」
「聞こえないように歌ってるからいいのよ」
それじゃあ、のど自慢になっていないような気がする。
本人が気にしてないならいいけど。
それとも偶然だけど、私が聞いてたからいいのかな。
「それでどうだった、私の歌は?」
「嗚呼、思い出したら吐き気が……」
「もっと歌ってあげようか?」
「それは大歓迎」
「ふふ、ありがと」
「是非、最後まで聞いてみたい」
「残念でした。まだ途中までしか出来ていないのよ」
「早く作れ。つーか今作れ」
「雑になるよ」
それは嫌だな。
飛び切りの歌い手で、歌詞もいいと思う。
せっかくだから、ちゃんとできたのを聞いてみたい。
……のど自慢なら始めから全部作ってこようよ。
「完成したらまた聞かせて」
「考えとく」
「考えたら実行するように」
「はいはい。それじゃ、貴方とお話も出来た事だし、私はもう行くわ」
そう言うと、木の上の妖怪はどこかへ飛び立っていってしまった。
羽をはばたかせながら飛ぶ様子は鳥を連想させる。
気分転換も出来たし、私も家に入ろ。
――翌朝・朝食時――
私は寝不足のだるい体で、のっそりとご飯を食べている。
寝不足じゃなくても朝はだるいんだけど。
普段より寝覚めは格段に悪かった。
「お前、今凄い表現しづらい顔と髪してるぞ」
「何となく分かってるので、言わないで下さい」
「出来れば子供たちにも見せたかったな」
妙な事を言う。
今日も私塾で子供と会うはず。
「……? 髪はともかく、顔は見ることになりますよ」
「いや、今日は休んでくれて構わない。
昨日お前に教えてもらったから、私一人でも大丈夫だ」
何でだろう?
慧姉が優しい事を言ってくれるときは大抵裏がある。
……気がしてしまうのはきっと間違いじゃない。
「そんな事より、慧姉はいつも通りですね」
「無理矢理話を逸らすな」
ばれてしまったか。
仕様がないので諦めて話を聞こう。
「朝すっきり起きる方法とかってあるんですか?」
「そうだ、お前には遣いを頼もうと思ってな」
しくしく。
鮮やかにスルーされてしまった。
「はぁ、何ですか? 私を動かすんですからそれなりの見返りが必要ですよ」
「そうだったな。ならこの家に宿泊する権利をやろう」
「……それはもう持ってます」
「果たしてそうかな?」
慧姉の口元がつりあがった。
何か企んでいる時に良く見せてくれる危険な笑顔。
……もしかして、引き受けないとやばいんじゃ。
「それって、そういう意味なんですか?」
「昨日、身包み剥いで叩き出すという案も出たしな」
「任せて下さい。地の果てまでもすっ飛んで行きますよ!」
「それは頼もしい」
普通にここに馴染んでいたけど、生活費は全部慧姉持ちだった。
簡単に言えば、今の私はヒモ状態。
嗚呼、でもそれはそれで魅力を感じる。
だって楽だし。
「大した用事じゃない。ちょっと冥界に行って、お前の魂を届けてくれればいいだけだ」
「冥界なら『行く』じゃなくて『逝く』ですよ」
「突っ込むのがそこだけだと非常に助かる」
やっぱり慧姉相手にボケるのは命懸けだ。
最近は私の方が突っ込みに偏ってきてるし。
……軽い眩暈を覚えるような事実発覚!
私のアイデンティティが失われようとしていた。
「ええと、それで本当はどこに行けば宜しいんでしょうか? 偉大なる慧音様」
「この集落の近くに川があるのを知っているか?」
「ええ、泳いできましたから」
「それなら丁度良い、その川の底にある竜宮城へ行って来てくれ」
「あれ? 今は陸にあるのをご存じないですか?」
「何! そうだったのか?」
「帰りにはおにぎりをくれるようにもなったんですよ」
まだそんなに時間は経ってないけど、懐かしいな。
そして……
「『おはにちは』って言うと中の住人に喜ばれます」
過去の汚点は今どうなっているのだろうか?
お願いだから広まっていませんように。
「世の中の移り変わりは速いものだな」
「ええ、私ものんびりしていると簡単に取り残されてしまいます」
「そうだな、お互い気をつけよう」
「はい。……ご馳走様でした」
「ご馳走様」
……結局私はどこに行けばいいんだろ?
さっきの話の流れだと、紅魔館になってしまうんだけど。
「川沿いに上っていくと一軒家があるから、そこにこれを届けてきてくれ」
玄関を出たところで慧姉から渡されたのは新聞紙。
……に包まれた野菜。
結構な量がある。
「本当に川沿いでいいんですね? それ以上複雑にされると迷いますよ」
「残念だが、これ以上は難しく出来ないんだ」
「それでも迷ったら探しに来て下さいね」
「分かった。夜になっても帰って来なかったら、妖怪に食われたと思って諦めよう」
この人探しに来る気ないな。
私も迷うとは思えないけど。
「ところでこの野菜ってAさんですか?」
私は野菜を愛車・エンジェルガールの籠に詰め込みながら聞く。
昨晩の眠れなかった時間に考えておいた自転車の名前。
略称、エンジェ。
これなら自分の中でぎりぎり及第点かも?
天使の少女に乗るとか考えると複雑な感じだけど。
「お前はそれが人に見えるのか?」
あん!?
「違いますよ。Aさんが作ったモノかどうか聞いてるんです。
……って今のは分かっててボケましたよね」
「いや、お前だったから万が一を考えたんだ。
それで、Aさんというのは誰だ?」
詰め詰め。
よし、ぎりぎり野菜は籠に収まった。
エンジェのポンポンにないないしたとも言える。
うわっ、ビミョッ!
「幻の野菜を作れる職人なんですよ!」
「凄いのか?」
「何とびっくり、夜になると光り輝くんです」
「それは凄いが……意味あるのか?」
「深夜に光る大根を持って奇声を上げつつ村中を疾走すれば、多分人気者になれます」
「ふむ、裸で走り回るお前は確かに怖いな」
裸でなんて言ってないのに。
しかも私限定だし。
……もしかして、夢遊病者で既にやってしまっていた?
「次に私が変な暴走したら止めてくださいよ」
「ああ、村中に注意喚起をするとしよう」
「私を先に何とかしてください」
「晒し者はいやか?」
普通の人はそんな者に進んでなったりしません。
これじゃあ、ホントに私が暴れてるみたいじゃないか。
一応断っておくと、そんな性癖ないですよ。
「きっぱりと嫌です。
――話を戻して、その家にはどんな人が住んでるんですか?」
「燃え盛る筍職人だ」
「その人自身が燃えるんですか?」
「……偶にな」
ずいぶん熱い人だ。
大道芸人?
「名前は藤原妹紅。現在花婿募集中だ」
微妙に時代錯誤な名前。
それに藤原って言ったらアレでしょ?
「組長ですか?」
「どうしてだ?」
「藤原って言ったら大体相場は決まってます」
「……いやな偏見だな。苦情が来る前に全国の藤原さんに謝った方がいいぞ」
ごめんなさい。すみません。
後生ですから許してください。
「それじゃあ行ってきまーす」
「ああ、頼んだぞ」
「浮気なんかしたら怒りますよー」
「帰ってきた時のお前の驚く顔が目に浮かぶな」
慧姉は一体何人連れ込む気だろうか?
二桁に達していたら、怒る気力も失せて尊敬してしまいそうだ。
慧姉が筍職人と言った理由がはっきりした。
川を遡って行ったら竹林に突っ込んでしまったのだ。
それと、家を出る前にエンジェを使うのも止めて欲しかった。
足場が悪くてこれでもかというぐらい乗ってられない。
ふん、人間はやっぱり歩けということらしい。
「慧姉も気が利かないなぁ……」
ぼやいてから周囲の様子を窺ってしまう。
……かなりの重症だ。
なんて事!
既に恐怖心を植え付けられてしまっている。
もはや慧姉を倒すことでしかこの恐怖は拭えない。
はぁ、無理そ……。
どこかに『不意打ち大全』とか、『通り魔が成功する百の方法』とか落ちてないかな。
そのぐらいで勝てる気もしないんだけど、ないよりはマシ?
「ふぅー、やっと着いた」
こんな所に家を構えるのは正直勘弁して欲しい。
何を考えて住んでいるのやら。
「こんにちはー、集金でーす」
私は戸を叩いてから声をかけた。
…………
返事がない。
……
もしかして留守?
「えーっと」
どうしよう?
野菜だけ玄関に置いていくか。
それとも中にあがり込んで帰ってくるのを待つか。
「お邪魔しますかー?」
試しに開くかどうか試してみた。
ガラガラガラ。
…………
ますますどうしよう。
開かなければ置き逃げですんだのに。
選択肢が増えてしまった。
無用心な家だなぁ。
……仕方がない、これだけ門戸が広いのならば中で待っていても平気だろう。
「あんた、そこで何やってんの?」
「ひぅ!」
踏み込もうと片足を上げたところで、突然背後から声をかけられた。
驚いてしばし固まる私。
これって、空き巣を疑われる絶好の機会?
「どしたの? 固まって」
「私の後ろに立つと命はないよ!」
訳の分からない事を言って虚勢を張ってみる。
当たり前だけど、私にそんな技能はない。
「まぁ、命の一つや二つならどうってことないけど」
「そんなことを言ってていいのかな……」
言いつつ振り向く。
そこにあるのは一人の少女。
背中に籠を背負って、手をポケットに入れて立っている。
籠の中は長い髪に隠れていて見えなかった。
……髪の毛汚れるよ。
「そこの……えっと、踏みたくなるような長い白髪のお嬢さん?」
「ああこれ? 凄いでしょ」
「凄く不便そう」
「そう、思わせておいて実は……」
「実は……?」
「不便だよ」
思わせぶりな人だった。
まぁ、地面にまで付いてしまうような髪の使いみちなんてそうそうない。
……一つだけあった。
「ちょっと、その髪借りていい?」
「切ったりしないでよ」
「そのままで大丈夫」
言って私は少女の後ろにまわる。
「では、失礼して……」
「?」
くるくるくるー。
……まぁまぁかな?
でも思ったよりは楽しいかも。
「何してるの?」
「感触を確かめてる」
「どんな感じ?」
「75点」
「80点はいきたっかたわね」
自分に髪を巻いたことにより、籠の中身が確認できるようになった。
一杯一杯に入った筍。
つまりこの人の所為だったらしい。
「あなたのお陰で、慧姉の作る食卓に筍が並ばない日はなかったよ」
「慧姉って、慧音のこと?」
「そう言えばそんな名前だった気もする」
「感謝してもいいのよ」
「筍は嫌いじゃないからどっちでもいいんだけど」
お互いマイペースに話を進める。
ちょっと噛み合わないこともあるけど、気にすることじゃない。
「そろそろ離れてくれない? 家に入りたいんだけど」
「やっぱり、あなたが藤原さんちの妹紅さんなんだ」
「そうだよ」
「はい、そこの籠に入ってる野菜を慧姉から頼まれてる」
私は髪に絡まってるので、直接渡せない。
……藤原さんも動けない。
「ああ、わざわざありがとう。せっかくだからあがってく?」
「それじゃあ、お言葉に甘えようかな」
「……動けないね」
「うーん、そうだね……もうちょっと」
どうものんびりした空間を二人で作り上げてしまった。
全然動じないから、ついついリズムを合わせてしまう。
達観している人だった。
ずずー。
家に上げてもらい、お茶を入れてもらった。
「なんでこんな所に住んでるの?」
飲みながら聞いてみる。
家に入ってものんびりした空気は変わらない。
「何でだろうね」
「また隠居生活とか?」
「他にもあんの?」
「例えば慧姉の家」
「慧姉の家は、私のところほどじゃないと思うよ」
「『慧姉普及委員会』てのはどう?」
「積極的に広めていこうか」
『慧姉普及委員会』がノリだけで発足した。
直ぐに潰れそうな勢いだけど。
それでも気にする人はきっといない。
……座布団に座りながらお茶を啜る。
なんだか落ち着くなぁ。
「……モコス、でいい?」
「何の事?」
「呼び方。妹紅、すっきりの略」
「……それは却下」
「じゃあ、妹紅で」
「いいけど、無難ね」
「ならばモッコスで」
「却下」
流石にちょっときついあだ名だったか。
後で他のを考えておこう。
「あんた、落ち着いてるわね」
「私もそんな気がする」
「何で?」
「いろいろあるんだよ」
「変な人ね」
久しぶりに変人呼ばわりされてしまった。
この場で落ち着いてしまっているのは、妹紅につられているだけなんだけど。
「妹紅も何でそんなに落ち着いてるの?」
「焦る理由がないから」
「……そうだね」
それにしても落ち着きすぎな気もする。
「あんた面白いね。お昼食べてく?」
「あ、それは助かる。何も考えてなかったから」
「じゃあ、ちょっと待ってて」
「はーい」
妹紅は席を立って台所に消えていった。
マッタリしながら待つ私。
お互いゆっくり話しているけど、口数が少ないわけじゃない。
これはこれで以外と気が合ってる?
お昼のメニューはやはりと言うか、筍料理が中心だった。
ここなら名物とかそんなレベルだろうから仕方ない。
他には私が持ってきたのを使って、野菜炒めとかそんな感じのがちょこちょこと。
「「いただきます」」
何故か声が揃った。
それがどうと言うこともないけど。
「……美味しい?」
「ん~、お袋の味?」
「そんなに良いもんじゃないよ」
「ご飯が進む程度には美味しいと思う」
「安心した」
んぐんぐ。
「あんた、慧音とどういう知り合い?」
「ヒモ」
「三食昼寝付き?」
「昼寝はない。仕事手伝ってるから」
「偉いね」
「てれてれ」
もぐもぐ。
「妹紅は何してるの?」
「隠居生活」
「そうだった」
むぐむぐ。
「「ごちそうさま」」
やはり声が揃った。
お昼が終わって、私はまた妹紅にいれてもらったお茶を飲んでいる。
私の向かいでは妹紅も飲んでいた。
「妹紅は、慧姉とはどういう知り合い?」
「恩人かな」
「あの人面倒見いいからね」
「そうだね」
慧姉は誰に対しても優しいからなぁ。
私にはきつい気がするけど。
差別されてる?
「慧音と暮らしてて、楽しそうだね」
「小競り合いが何とも楽しい。妹紅は一緒に暮らさないの?」
「事情があるし、一人の方が気楽」
「家事とか、面倒じゃない?」
「手伝ってくれてもいいよ」
……初めて先に頼まれた。
今まで私専用のセリフだと思ってたのに。
ちょっとショック。
「……私は高いよ」
これはもうお約束の返し。
でも私が言うのは始めてで新鮮。
「お試し期間はいつまで?」
むっ、そう来たか。
『ない』と言うのも悔しいし、『ある』って言うと手伝わされるし。
「……昨日まで」
「それは残念」
残念と言いつつ、そんな素振りはない。
期待されてなかった?
「いらないの?」
「あなたじゃ役に立たなそうだし」
「もしかして、ばればれ?」
「家事してるところが想像できなかったから」
「……あ! 本当だ」
自分がこんなに炊事洗濯の似合わない人だと思わなかった。
妹紅のお陰で新たな自分を発見した。
嬉しくはないけど。
……生活無能力者と言う単語が頭をよぎる。
「……」
「暇だね」
「暑いしね」
「天気も良いし、近くの川で水浴びでもする?」
「……モコタン、でいい?」
「何が?」
「呼び方。妹紅、大胆の略」
「いい線いってるけど、却下」
これならパスすると思ったのに。
選考基準は厳しかった。
そして、緩やかに時間だけが過ぎていく。
「することないね」
「うん」
「お昼寝でもする?」
「賛成」
「はい、これ」
「ありがと」
妹紅は薄地の掛け物を渡してくれた。
それにくるまって、横になる。
…………
「「おやすみ」」
どうしても、声が揃う……
「「なさい」」
……フェイントまで一緒だった。
風味のある書き味をなさる。噛めば噛むほどという風情。
そして色々な点で妹紅とシンクロしてる「私」は、どちらも同タイプの変な人ということか
九十五点の星空(夕焼けは辛口評価なら65点か?)で歌うミスティアも
いい味出しているし、ホントみんな魅力的な人(妖怪)たちだ・・・
次回、楽しみに待たせていただきます
非常に読んでて気持ちが良いです。
眼鏡先生も、のへのへ妹紅もツボなんだけど、今回は何といってもみすちー!
いや、みすちーは歌がヘタってイメージがあったんで、綺麗な歌声、その名に
恥じぬローレライなみすちーが非常にツボでした。
スランプとの事ですが、のんびり、まったり、肩の力を抜いて下さいな。
こちらものんびりと、お待ちしておりやすぜ。
こんな幻想郷もいいですね。
弾幕でなく日常で語る東方キャラたちがいい味出してます。
これからも楽しみにしてます。
野菜なのに作るの?