食事の片付けが終わると、霖之助は魔理沙を連れて外に出た。魔理沙は、てっきり贈り物の犯人でもとっちめるのかと思っていたが、どうやらそうではないらしく、霖之助が言うには「倉庫を拝見させて欲しい」との事。「それは犯人に関係あるのか?」と魔理沙が皮肉を込めながら問いただしてところ、以外にも霖之助は首を縦に振った。
「君が気付けばそれが答えさ」
扉を引いた瞬間、あたり一面に埃が舞い上がった。慣れたもので魔理沙は前もって手で口を塞いでいたのだが、そんな事を露も知らない霖之助はまともに埃を吸い込んで激しく咳き込んでしまった。
「何やってんだよ、香霖」
ケラケラと笑う魔理沙を無言で睨みながら、霖之助は一際大きいガラクタの山へと向かって行った。
「ふむ」
顎を撫でつつガラクタの山を一瞥する。その目はまるで品定めをするかのようであった。
「何をするつもりなんだ」
「探し物さ。”ありそうな”場所を読んでいる」
「ありそうって……何が?」
「見れば分るさ」
そう言って霖之助はガラクタの山の中に腕を突き入れた。
「お前、まさかそれで探そうってわけじゃ……」
「僕の勘が正しければこの山の中なのは間違いない。何にせよ場所を特定出来なければ意味が無いからね」
集中に入ったのか、それっきり霖之助は口を開かなかった。ガサゴソとガラクタを漁る音だけが虚しく響き渡る。
「……」
さすがにそんな状態が10分以上続くとなると見ている方は堪らない。魔理沙は痺れを切らしてよっと立ち上がった。
「手伝ってやるよ」
言うなり霖之助の隣に座り、同じようにガラクタの山に腕を突っ込む。その動作で何かを察したのか、霖之助の顔は一瞬にして青ざめた。
「ちょっ……魔理沙」
彼の手が魔理沙の肩に伸びようとしたのと、魔理沙がガラクタから勢いよく手を抜き出したのはほぼ同時。魔理沙が何を抜き出したのかを見る暇も無く、
「あっ」
という間に霖之助はガラクタの雪崩に飲み込まれた。
「こういうことになるのが嫌だったから慎重に事を進めていたのに……」
先ほどとはまた変わった光景の中で、霖之助が恨めしそうに呟く。聞いているのかいないのか、一応の返事は返すものの、魔理沙はガラクタ漁りに夢中になっていた。恐らくさきほどの倒壊時に珍しいものでも見つかったのだろう、一気に関心が沸いたみたいである。まあ、一石二鳥といったところか。ガラクタ漁りを魔理沙に任せると、霖之助はざっと倉庫の中を見渡した。
元々この倉庫は霖之助が建てたもので、魔理沙がここに引っ越してくる時に実家から持ち出したアイテムの数々を保管する目的で作ったのだ。そのせいもあってかここには彼女の名残のような品が多々ある。魔理沙自体は特に意識して持ち込んだわけではないのだろうが、霖之助にとってはそのどれもが懐かしかった。
霖之助は足元に転がっていた積み木を拾い上げると、その上に被った埃を着物の裾で一拭きした。くすんだ木の色が年季を感じさせる。霖之助はしばらくの間、そうやって積み木と睨めっこを続けていた。
「おい、香霖」
ふいに魔理沙の声。霖之助は積み木を適当なところに置くと、怪訝そうに目下の物体を指差す魔理沙の方へ向かった。
それを見るなり霖之助の表情がパッと変わる。どうやら探し物が見つかったようである。その変化に気付いたのか、魔理沙は目の前の”それ”が霖之助の目的物と知るや、当然のようにして顔をしかめた。
「この鉄の……ええっと、何だ。とにかく、この不細工なやつがお前の探し物か?」
そう、これを何と形容すればいいのか、霖之助にも未だにわからない。鉄の板を不器用に張り合わせただけのその外観は、大きさも相まってか無骨以外の何者でもなかった。
「”鉄樽”。君がそう呼んでいたはずだよ」
「へっ?私がか?」
「そうだよ。覚えて無いかい?そもそも、これは……」
「あー、長ったらしい説明はいいぜ。とにかく、これがお前の探し物で違いないんだな?」
「……ああ」
霖之助は口にしかけた言葉を渋々飲み込むと、その”鉄樽”のてっぺん、ちょうど蓋らしきものがのったあたりに手を置いた。冷たい鉄の感触。それでも、霖之助にはそれがまだ”生きている”ということがよくわかった。そのまま、そっとそれを持ち上げる。
「おっ」
霖之助の背中越しに魔理沙が”鉄樽”の中身を覗き込もうとする。
「面白い物なんて中には無いよ」
言い方を間違えたかなと霖之助は思った。正確には、
「何も無いじゃないか」
こちらのほうが正しい。魔理沙は再度確認するように”鉄樽”の中を覗き込んだのだが、やはり物はおろか塵一つ発見できなかった。そのせいもあってか虚無の空間がやけに深淵に感じる。魔理沙は何故だかわからないが身震いをした。
「で、これをどうしようっていうんだ?確かに面白いものが中に無いってことはわかったが」
霖之助はその問いには答えず、静かに懐から煙管を取り出した。銀の装飾眩い彼の”お気に入り”である。彼はその吸い口を指で摘むと、”鉄樽”の大きく開いた口の上に高々と掲げた。
「さあて、お立会い」
まるで祝詞を述べるかのように言を紡ぐ。魔理沙にしてみれば、いきなり何を言い出すんだと言ったところであろうが、霖之助には気にしたよう風はまったく無かった。魔理沙の視線、当然猜疑の視線であるのだが、とにかく霖之助は魔理沙が釘付けなのを確認すると祝詞を重ねた。
「森近 霖之助、一世一代のマジックとくとご覧あれ」
言うが早いか、彼が手に持っていた煙管はゆっくりと魔理沙の目前を通過し、そのまま”鉄樽”の中へと吸い込まれていった。
「えっ?」
魔理沙は思わず立ち上がった。霖之助の行動の意図が全くわからなかった。どういう流れを汲めば、あの煙管をこの”鉄樽”の中に落としたりするのか。魔理沙が”鉄樽”の中を覗き込もうとしたその瞬間、霖之助は再び蓋を閉めた。
「香霖……」
魔理沙はゆっくりと顔を上げる。霖之助は相も変らず不敵な笑みを浮かべているだけであった。
「……おい、香霖」
「まだまだ。まだマジックは始まってもいない」
「へっ?お前、何を……」
「もっとも、始まった瞬間終わってしまうというのがこのマジックのネックなんだけどね」
残念そうに呟きながら霖之助は再び”鉄樽”の蓋を開ける。中は先ほどと同じ空洞。がらんどうとした空間がぽっかりと大口を開いていた。
「って、ちょっと待て」
無論それは正しい状態ではない。空洞、空っぽ、がらんどう。そのような状態はあり得ない。ありえるはずが無い。魔理沙は身を乗り出しながら、”鉄樽”の中に頭をつっこんだ。汚れるよという霖之助の言葉も耳に入らなかった。
魔理沙は探す。直径30cmにも満たない”鉄樽”の中をすみずみまで探す。この暗闇だ、もしかしたら見落としているのかもしれない。しかしながら、そんな予想も”鉄樽”を2、3回検めればすぐに的を射ていないことに気付く。魔理沙は最後にもう一度だけ中身を確認すると、立ち上がって喰いかかるようにして霖之助に問い詰めた。
「煙管はどこに消えたんだ」
ニヤリと霖之助が笑う。
「だから言っただろう、これはマジックだって」
そんなものは問いの答えになっていない。魔理沙が聞きたいのは、”何故”消えたのか、そしてもう一つ、”どこに”消えたのかである。それを知りたいからこそ、こんなにも躍起なっているというのに、当の霖之助は顔色一つ変えていなかった。負けず嫌いの魔理沙にとってこれほど腹が立つことも無い。
「おい、答えろ、香霖。どんな魔法を使ったんだ」
「魔法じゃなくてマジックだよ。魔法とマジックは違う。種も仕掛けも具体も無いのがマジックで……」
「い・い・か・ら!さっさと、私の質問に答えろ!」
はぐらかそうとする霖之助の襟を掴むと、魔理沙は恫喝気味に詰め寄った。もしかしなくてもその様は痴話喧嘩そのもので、見るものが見れば噂の一つでも立ちそうなのであるのだが。
「こらこら。苦しいよ、魔理沙」
あくまで平静を気取る霖之助に魔理沙はいよいよ持って我慢が出来なくなった。今の件に限ってではない。謎の贈り物、突然の訪問、霊夢とのやり取り、この全てにおいて彼は何か知ってる風にも関わらず、一言として魔理沙に教えようとはしなかった。確かに霖之助にはもともとそういう気があるようなのだが今回は聊か度を過ぎているように思えた。
「なあ、香霖。私達の間に隠し事は無しだろ?」
知らず知らずのうちに漏れた一言。それには、いつもの彼女のような勢いは感じられなかった。だからであろうか、霖之助は先ほどまでのような茶化した態度を改めまっすぐにその視線を魔理沙に向けた。
「すまない」
聞きなれた筈の言葉なのに……魔理沙はその声に不意にどきりとした。
「僕は君が気付くのが一番だと思っているんだ」
「それは……何に対してだ?」
「全てだよ。今回の件全てについてだ」
「そう思う根拠は?」
「無い。勘だ」
魔理沙はがくりと頭を垂れた。ああ、そうか、こいつはこういうやつだった。念頭においておくべきだったと痛感しながら、魔理沙は霖之助の襟を掴む手を緩めた。
「それでも、僕の勘が間違った事があるかい?」
魔理沙は返事をしなかった。痛感しているから。
「もう少しだけ付き合ってやるよ」
その一言で十分だったのであろう。霖之助は襟を正すと満足げに微笑んだ。
『もし願いが一つだけ叶うとしたら何を願いたい?』
彼の問いはいつもこのような感じであった。そのものずばりと物事を言わずにわざわざ回りくどく言ってくる。でも、それはやっぱり教示みたいなもので、答えた後には確かに物の怪が落ちたような気分になるのだ。
『わたしは』
そんなことに魔理沙が気付いたのは実家を出た後、彼の声を身近で聞かなくなった後である。
『わたしは……どうかな……よくわかんない』
それを聞くと彼はいつものようにニコリと微笑んだ。魔理沙はその笑顔が好きだったのだが……同時に苦手でもあった。
『……そうだね。僕の願いとしては、お嬢の泣き虫が治ってくれれば嬉しいな』
ほらと魔理沙は頭を抱えながら、少女がまた泣き顔を浮かべているのに気が付いた。ああ、なさけない奴。でも、今回ばかりはあいつも悪い。
『お嬢』
優しく落ち着いた声。彼はいつも身を屈めながら話を聞いてくれるので、その息遣いはとても近かった。
『お嬢の泣き虫が治るには……僕は何をしたらいいんだい?』
少女ははっと顔を上げた。魔理沙にはそれが何故かわからなかった。正確に言うのなら、思い出せなかった。もっと正確に言うのなら、思い出したくなかった。
この類のエピソードを思い出す度、魔理沙はどこかに逃げ出したいような焦燥にかられる。
『…………?』
耳を塞ぐまでもなく少女の声は魔理沙の記憶から意図的に綺麗さっぱりと抜け落ちていた。便利な記憶だなと皮肉交じりに笑うと魔理沙は静かに目を閉じた。
「魔理沙、魔理沙」
ゆさゆさと自分に加えられる振動を感じ魔理沙はゆっくりと顔を上げた。寝ぼけ眼に始めに映ったのは見慣れた眼鏡面。魔理沙はあたりを見回すと彼に問いただした。
「今、何時だ?」
窓の外を見る限りすでに夜であるのは明らかだった。倉庫から帰ってそのままリビングのテーブルに突っ伏したところまでは覚えている。問題はその先で……自分はいつの間に寝ていたのか。慣れないところで寝てしまったためか、体には倦怠感がまとわりついていた。
「もう明け方近くだよ。あまりにも気持ち良さそうに眠っていたんで僕もなかなか起こせなかった」
そう言って霖之助は手に持ったカップを魔理沙に差し出した。
「んっ、悪いな。そうかもうそんな時間か……」
「今日も待ち構えるつもりかい?」
「……」
魔理沙は何も答えなかった。そうして彼が期待するような答えを考えてみた。
「香霖」
「何だい?」
一口カップを啜るとテーブルの上に置いた。
「今から私が五つ質問をする。答えは口にする必要は無い。頭を縦か横に振ってくれればそれでいい。いいか?」
霖之助は何も言わず首を縦に振った。
「一つ目、今日……正確に言うのなら昨日なんだが、昨日がどんな日かお前は知っていた?」
縦に振る。
「二つ目、それは私にとって特別な日か?」
縦に振る。
「三つ目、それはお前にとって特別な日か?」
少し迷って……縦に振る。
「四つ目、霊夢もその日を知っていた?」
縦に振る。
「最後だ。あの謎の贈り物、犯人はお前か?」
横に振る。
魔理沙は眉間を押さえながら天井を仰いだ。かちりと自分の中で何かが噛みあったような気がした。視線を元に戻すとそこには霖之助の物言わぬ笑顔。
「答えは出たかい?」
「ああ」
自分が気付けばそれが答え。成る程と彼の言葉を思い出したりもした。
「誕生日だろう。私の」
単純明快、それでいて理路整然とした帰結だった。
「ご名答」
嬉しそうな、それでもどこか疲れているような風に霖之助は零した。
「これですっきりしたかい?」
そんなはずは無いだろう思いながらも聞くのだから、彼もほとほと底意地が悪い。当然のように、魔理沙は強い口調でその問いを突っぱねた。
「まだだ。まだ終わっていない」
霖之助の突然の訪問に、あの豪勢な料理、そして霊夢からの贈り物。これらがどのような意図によってなのかは今しがた理解した。しかしながら、今回の事件の発端にして最大の懸念材料がまだ残っている。
「香霖」
「わかっているさ。さあ、見に行ってみよう。もしかしたら、もう届いているかもしれない」
魔理沙は強く頷いた。
魔理沙たちが玄関についたのと贈り物が空から”落ちて”きたのはほぼ同時だった。ドサリと、もう聞きなれた音を聞きながら、魔理沙はあたりを見回した。誰もいない。いるはずがなかった。
霖之助は絵本の束の上に無造作に置かれていた二つ折りの紙を手に取ると魔理沙に振り返った。
「ここに今回の”答え”が書いてある。当然、君にはこれを読む権利がある」
何が言いたいのか……魔理沙にはすぐわかった。
「でも、僕としては君自身に気付いて欲しい。思い出して欲しい。それが最善だと思っている」
彼がそう言うからにはそうなのだろうと魔理沙も納得した。彼は間違ったことは言わない。正しいことも言わない。何も言わない。教えてくれない。
「答えは……」
「私の中にだろ?わかっている、わかっているよ、香霖」
魔理沙は身を屈めると、絵本の束を解き一番上の絵本を手に取った。薄汚れた表装、すすけた文字。きっと何度も読み返したのであろう、ページの端々には手垢のようなものまでこびり付いていた。
魔理沙は絵本のページを一つ一つ捲りながら、涌き上がってくる想いに身を委ねた。
「……そうだな。そうだったな」
表装を外すと、その裏にはたどたどしく書かれた綴り書き。
「”あいつ”はここに名前を書くのが癖だったな」
漏らすように呟きながら、霖之助を真っ直ぐに見据える。彼は小さく頷くと手に持った紙を魔理沙に差し出した。
「ああ、そうだ。”彼女”の癖だ。本を汚すなって僕も何度か咎めたんだけどね」
屈託無く笑う霖之助につられるようにして微笑むと、魔理沙は受け取った紙に視線を下ろした。
『
10ねんごもきっとだいすきなわたしでありますように。わたしからあなたへ。
きりさめまりさ』
魔理沙はどのような顔をすればいいのかわからなかった。笑えばいいのか泣けばいいのか。何度も何度も文面を読み返しては所在の無い感情だけが沸き出し続ける。だから彼女は手紙を抱きしめた。それだけは自分に正直な行動であったのだと彼女は思う。
「有難うな……確かに、受け取ったぜ」
贈り物の主の正体は自分。つまるところそれはタイムカプセルに似た贈り物であったのだ。
「さて、何年前だったかな。それほど昔とは思わないんだけど、確か魔理沙の誕生日か何かの日に僕が作ってあげたんだと思う」
「……ああ、合点がいったぜ。となれば昼間に倉庫で見つけた”鉄樽”、とどのつまりあれが……」
「ご名答、さすがは魔理沙だ」
褒められてはいるのだろうが、魔理沙は素直に喜べそうもなかった。
「気付いてはいると思うけど、あれはただのタイムカプセルじゃない。指定した年月日に本人に物を届けるという機能を兼ね備えている」
「それが私の場合は今日だったと?」
「らしいね。ただ贈り物の数が多かったのか、何日かに分けて贈られたみたいだけど……それは仕様ということで」
「随分と人間味のあるタイムカプセルだな」
というよりも、むしろ霖之助らしい仕様だと魔理沙は思った。彼は、確かに頭はよく回るのだが、肝心なところでどうも手を抜く節がある。これにしてもそうだ。その気になればもっと精確な物でも作れたのであろうが……
「ちなみにこれは半永久機関。期日の直前までに入れたアイテムならばどんなものでも届けてくれる。といっても、君は一回こっきりで使ってなかったみたいだけど」
「そりゃそうだろ。そもそも恒常的に使用するものでもないだろうさ」
「ふむ、確かに一理はある」
霖之助は組んでいた腕を崩すと、その右手を徐に前につきだした。
「それでも、使える以上は使っておかないと勿体無い。例えば……」
トサリと、申し合わせるようにして霖之助の手の平に何かが落ちてきた。
「例えばこんな風にね」
霖之助は魔理沙の手を取ると、今しがた落ちてきたものをその手に握らせた。魔理沙には触れるだけでそれが何かすぐにわかった。
「これって……」
それは自分がよく見慣れた、そして自分が何度も欲しがっていた、霖之助のお気に入りの……銀の煙管であった。
「お前……」
かあっと胸が熱くなる。魔理沙は思わず霖之助の顔を見た。
「誕生日おめでとう、魔理沙」
そこには彼女の一番好きな、一番大好きな笑顔。
「あっ……」
声を漏らすと、魔理沙は隠すようにして顔を伏せた。上手く言葉が出てこない。言いたいことはたくさんあるはずなのに肝心の声が出てこないのだ。
ふと自分の頭に何か柔らかいものを感じた。
「……何やってるんだ」
じとりと自分の頭に手を置いた霖之助を睨みつける。
「いや、何と無く」
霖之助は手をのせたまま何もしようとしない。叩くでもなく撫でるでもなく。本当に”何と無く”やったのであろうか。そう思うと魔理沙は妙に可笑しくなってきた。
「笑うなよ」
「いや、悪い悪い。あまりにも似合わないことをやってるもんで」
「それは……自覚しているよ」
ばつが悪そうに霖之助はその手を引っ込めた。
「……にしても、霊夢といいお前といい、人の誕生日に揃いも揃って使い古しばかり贈ってくるんだな」
「”君自身”も人のことは言えないんじゃないかな?」
「それは言わない約束だと思うが」
「まあ、皆正直なだけさ。自分が使ってみて使い易かった物を贈っただけだよ」
「何だそりゃ、自分勝手な」
「好意と受け取っていた方がいい。何にせよね」
「まあ……そうだな。悪い気はしないしな」
煙管の重みを確かに感じながら、魔理沙は黙考した。自分は……10年前の自分はどういう気持ちでこの絵本を贈ってきたのだろうか。”お気に入り”だったはずのこれらの宝物を、こうも簡単に手放す事が出来るのだろうか。
「香霖」
「何だい?」
「お前は何でこの煙管をくれたんだ?お気に入りじゃなかったのか?」
霖之助は至極意外そうな顔をした。
「君ならどうせ2、3週間もすれば飽きてほっぽり出すだろう?その頃になったら回収させて貰いに行くよ」
なるほどと魔理沙は得心した。贈り手も少しは考えて物を贈っているようである。その対象が受け手ではないというあたりが特殊なのであろうが。
霊夢の場合、目的はわかりやすい。大方、あれを自分用の湯呑として使うに違いない。魔理沙の家を訪れるたびに、あれを持ってこいと口うるさく言うのだろう。
となれば、自分自身の場合は……さらに容易い。どうせ贈り手も自分ならプラスマイナスゼロ。損得の無い取引なら痛くも痒くも無いと思って贈ったのであろう。魔理沙は少し拍子が抜けた気がした。
「何だかなあという気分だぜ」
「おや、余計なことを言ってしまったかな?」
「ああ、まったくだぜ」
落とした視線が手持ちの手紙と重なる。そこで魔理沙は一つの疑問を思い出した。
「なあ、香霖。10年前の私は何で今日……10年後の私の誕生日にタイムカプセルを設定したのかな?」
ピタリと霖之助の動きが止まったように思えた。
「覚えて……ないのかい?」
「ああ、綺麗さっぱり。タイムカプセルに何かを入れて贈ったという記憶はあるんだが、その経緯がどうも思い出せない」
そう言いながら霖之助にぐいと顔を近づける。
「なあ、香霖。お前、覚えているか?」
これは不味いと香霖は思った。まさに想定外のハプニング。このような展開になるとはさすがの彼も読みきれてなかったのか
「おい、聞いてるのか香霖」
こうしてる間にも魔理沙の詰問は続く。霖之助はさらに悩んだ。言うべきか言わざるべきか。いやいや、そもそも自分に教える義理があるのか否か。悩む悩む悩む。いつの間に彼は腕を組み、本気でううむと唸っていた。
「どうしたんだよ、霖之助。まさか……」
その言葉を聞き終える前に霖之助は魔理沙に背を向けていた。
「あっ、おい香霖!」
早足で家の中に入ろうとする霖之助を追うようにして魔理沙が駆け寄ってくる。さあ、どうする。霖之助は歩を早めながら、場逃れの言い訳をいろいろと思案した。
「おい、待てったら、こうり……」
「……朝食にしようか」
結局、それが苦心の末の一言であった。
「はあ?いきなり変なやつだな」
「変じゃないさ。お腹が減るのは実に自然な……」
「わかった、わかった。要するにお前は話を逸らしたいんだな?」
「……いい天気だね」
「ああ、いい天気だ。まだ暗くてよくわからないけどな」
意味も無く二人で見上げた空は実に閑散としていた。まるで”鉄樽”の中身みたいだと魔理沙は思った。
「そういえば、香霖」
「まだ何かあるのかい?」
うんざりとしながら霖之助が返す。
「忘れてるみたいだけどな、もう日が回っているから今日は私の誕生日じゃないぜ」
「そういえばそうだね」
「わざとだな?」
「まさか。偶然に決まっているさ」
「そうかい。それじゃあ、もう一つ」
ピンと指を立て、ニヤリと口元を緩める魔理沙。霖之助は少し嫌な予感がした。
「お前さっき、2、3週間もすれば飽きるだろうって言ったよな?」
「んっ……あぁ、煙管の話か。それが……」
「残念だったな」
不敵で不遜で、それでも底抜けに明るいその笑顔。不覚にも……そこで霖之助は思ってしまった。
「一生大事にしてやるよ、ざまあ見ろ」
何時までも見れたらいいなあ、と。
『りんのすけの……およめさんにしてくれる?』
正直な話、霖之助自身もここまで尾を引くとは思っていなかった。少なくとも、嬉嬉としながら”嫁入り道具”をタイムカプセルに詰める少女の背を見つめている間は。
『10ねん!やくそくだからね、りんのすけ!』
end
ロリ沙の口調、OKです、無問題です、ジャスティスです!
さて、俺もタイムカプセルを掘り起こしに行くか……アレ? 埋めた場所どころか
埋めた記憶も無いですよ? アレ? アレ? アレレ~?
これはいいものだ。
素晴らしい。実に素晴らしいよ!
プレゼントを渡す時の霖之助も非常に恰好良いです。GJ!!!
俺もこの前机の整理してたら8年前の自分の絵が出てきました。
良いですよね、未来の自分へ何かを残すのって。
・・・残す物をよく吟味すれば、ですがね!!orz
絶対に切り離されることの無いものであり、未来はその延長上にある
というか、霖之助があまりにもカッコよすぎる・・・実にマーヴェラス
ロリ沙の口調も含め、かなりハイレベルでグッジョブです
っていうか、夢の中で「意図的に」きれいさっぱり抜け落ちてる魔理沙ヒドスw
せっかく香霖は思い出したっていうのに(´・ω・`)
いや、むしろ本当は思い出した魔理沙が、頭に手を置かれた=子ども扱いされたことへの軽い報復に忘れたふりしてただけだったんだと思う。思いたい。思わせて。
あ"~顔暑い。