Coolier - 新生・東方創想話

うさぎ

2005/10/10 05:28:26
最終更新
サイズ
17.14KB
ページ数
1
閲覧数
589
評価数
6/46
POINT
2190
Rate
9.43





最近、毎日のように夢を見る。今は無い、故郷のみんなの夢を。
夢のなかのみんなは、顔だけが何故か不鮮明で、誰が誰だか分からない。

でも、みんな私をじっと見つめている。
ぼやけた顔は、決して私から外れることはない。
私が眠っている限り、夢は終わることなく―――――――


私は今日も、夜中に目覚めた。










・・・・・・・・・・・
東方シリーズss

月読日記。
・・・・・・・・・・・










『moon light』


永遠亭の中庭は、石垣を敷き詰めた広い人工池に占拠されている。
水は股の高さくらいまであり、昼には底まで鮮明に覗けるのだが、今は夜景を映して底は見えない。
ところどころにある丘は、渡り廊下から朱塗りの橋で繋がっている。

丘には渡らず、私は橋の手すりに背中を預けた。

見上げれば、満月。
二度ともどることはない、私の故郷。
戻ったところで、きっと仲間たちはもういない。

月はずっと、人間に狙われ続けていた。
人間は恐ろしい。多少の攻撃にはビクともせず、一瞬にして全てを灰にしてしまう。
一対一ならともかく、集団戦ではとても勝ち目は無い。

小競り合いのうちに私は逃げ出したが、数ヶ月前、仲間たちから連絡が入った。
―――人間たちが、本格的に攻勢をかけてくる。
だから戻って来いとまでは言わない、月の民らしいメッセージ。
私は戻ろうとしたが、師匠と輝夜様に説得されて思いとどまる。
どうして戻ろうなんて思ったんだろう。戻っても死ぬだけではないか。
今更戻るくらいなら、最初から逃げたりはしない。

私は戻らず―――そして、月の民は滅びた。

後悔はしていない。
生殖で生まれない月の民に家族の概念は無いし、私には友もいなかった。
罪悪感も無い。
勝ち目がないのは明らかだったし、誰だって逃げることはできたのだ。
馬鹿が馬鹿のように死んだ。それだけの話だ。

でも、どうしてだろう。
あれから毎日、みんなの夢を見る。
見る度に、胸がたまらなく苦しくなって、私は眠れずにここへ来る。

「―――あら、鈴仙?」

後から声が届く。
振り向くと、輝夜様がそこにいた。

「どうしたの、こんな遅くに」
「眠れなくて。夜風に当たりに来ました」
「そう……」

お邪魔するわねと、輝夜様はこちらに来て、私の向かいにもたれ掛かる。
前髪を片手でかき上げ、夜空を見上げた。

たぶん、月を見ているのだろう。
永遠の罪人―――禁薬の製造を企み、地上に堕とされたこの人は月に何を思うのだろうか。

「ねえ、鈴仙?」

ふいに顔を降ろして、輝夜様は私に訊いた。

「ここに残ったこと、後悔してる?」

一瞬、耳を疑った。
意図を探ろうとしたが、微かな笑みからは何も覗えない。

どういうつもりだろう。
蓬莱山 輝夜は兎風情を気遣う人物ではない筈だが。

真意を読もうとする私に、輝夜様は苦笑して、

「そんなに構えないで、正直に答えてくれればいいの。どう?」
「……分かりません」

それが今の、私の正直な思い。

後悔も、罪悪感もないつもりだった。
だけど、この胸の苦しさは何なのだろう。
切なくて、狂ってしまいそうになるこの痛みは。

これが後悔だと言われたら、私に反論の言葉は無い。

「そう……」

輝夜様は何も言わず、視線を私から外した。

真意は分からないが、私の返事が愉快なものではないことは確かだろう。
彼女が、月に良い感情を持っている筈がないのだから。

未練は輝夜様に対しても失礼だ。

「輝夜様、ひとつお願いしてもいいですか?」

ふと一案思いついて、私は尋ねた。

「お願い……?」
「服を一着、戴きたいんです。輝夜様お手製の」

多分無理だろうなと思いつつも、可愛らしく言ってみる。

「輝夜様の愛情こもった服を着たら、未練も吹き飛ぶと思うんですよ」

割と本気で言ってるのだが、輝夜様はどう受け取るか。
面白い冗談ねーと哂うのか、ふざけるなクソ兎ーと怒るのか。

恐る恐る反応を覗う私に、輝夜様は、

「いいわ。可愛らしいのをつくってあげる」

面白そうに笑い、OKしたのだった。


―――マジですか?







――――――――――――――――――――――――――――――――――






『フリフリうどんげ』


「永琳は何処にいるか知ってる?」
「今は多分……研究室じゃないかしら」
「そう。ありがとう」

爽快に去っていくメイド少女の後姿を、私は目で見送った。
十六夜 咲夜。
人間でありながら十数名の妖怪を束ねる、紅魔館のメイド長。

ここのところ、彼女の姿をよく目にする。
師匠に用があるみたいだが、何をしているのだろう。

「鈴仙さーん、輝夜様が呼んでますよー!」
「あ、うん。今行きます」

近くの兎に呼ばれて、私は輝夜様の部屋へ足を向ける。

用件は分かっていた。
多分、この前言った服の件だ。そろそろ出来上がるのだろう。



「輝夜様。鈴仙、参りました」
「待ってたわ。お入りなさい」

許しを得て、襖を開けて中に入る。
輝夜様は座り込んで、作業の最中だった。

膝の上に柔かそうな布を広げて、なめらかな動作で縫い繕っていく。
布はもう、だいたい服の形を成している。

――以外に思えるかもしれないが、輝夜様は手芸が上手い。
機織りから始めて衣類や小物を作り、今では人里で売ることさえある。
転生したばかりの頃、戯れに学んだのだと語ってくれたことがあった。

自分たちはもう幻想郷の住人なんだから、地に足つけて生きていかないといけない。
本人の弁だが、本音はどうなのだか。

「鈴仙。今日は何か、変わった事はあって?」
「変わったことですか……最近、咲夜さんがよく来るようになったくらいかな」
「相手は永琳?」
「はい。何をしてるか、ご存知だったりします?」

尋ねてみると、輝夜様は針を持つ手を止めて、目を伏せた。

「あのメイドはね、本当に小さな……それでも、確かなヒントなのよ」
「ヒント?」
「そう。永遠に打ち勝つための、微かな手がかり」

―――永遠。
それは輝夜様自身のことでもあり、輝夜様と師匠の敵でもある。

「あのメイドの能力は覚えてる?」
「時を止め、空間を操る……」
「半分正解で半分はずれ。正しくは、四次元の力を行使する能力」
「四次元……ですか」

まさかとは思わない。そんな気はしていた。
時と空間。それはまさしく、四次元に属するものだから。

「私たちは所詮、三次元の生命体よ。四次元から見下ろせば、紙に書いた絵画のようなもの。
 容姿や性格を変えることはもちろん……特定の能力を奪うことなど造作もないでしょう」

だから、永琳はあのメイドを研究しようとしているのでしょうね。
他人事のように、輝夜様は言う。

「興味ないんですか、師匠の研究に」
「私のことだけ考えるなら、ね」

それは解せない。
呪いにも似た永遠の謎を解明して、開放されるのはこの人の望みだった筈だ。

「どうして……」
「確かに、私は永遠から解放されることをずっと望んでいたわ。
 だけど、今はどうでもいいのよ。永琳が居てくれるなら」

本当に望んでいたのは、開放ではなく。
ずっと同じ時を歩んでくれる、誰かなのだと。
優しい顔で、輝夜様は語る。

「でも、永琳やその他のことを考えたら、どうでもと言う訳にはいかないわね」

その他というのは、妹紅さんのことだろうか。

永琳の気持ちは嬉しいし、研究も応援しているわ。
そう言って柔かに微笑み、輝夜様は作業に意識を戻した。



「さ、出来たわよ鈴仙」

最後の一針を通し、玉止めをして糸を切る。
輝夜様は、完成した服を広げて心なしか嬉しげに掲げた。

白と桃色を基調にしたフリフリドレス。
あの夜言っていたように、たいへん可愛らしい一品だ。

「……似合うと思います?」

正直、霊夢あたりのほうがまだ似合うと思う。
しかし、輝夜様はたいへん遺憾であるらしく、

「なにをいってるの鈴仙。似合わない訳が無いわ。
 貴方の可愛らしさを引き立てるのは、このフリフリ以外にないのよ」
「……さいですか」

輝夜様に、こういう一面があるとは思いもしなかった。

多少ひきながらも、私はフリフリを受け取った。
フリフリだろうと、輝夜様がつくってくれたのだ。

「今、着てみせてくれる?」
「え”っ……」

思わず声が裏返る。
それは、もうちょっと心の準備とか覚悟が出来てから……

「命令。今すぐ着なさい」
「ま、まってくださ……」
「早く」
「うぐぅ……」
「早く」


数分後。
抵抗も虚しく、私はフリフリを着て、輝夜様に存分にもて遊ばれたのだった。







――――――――――――――――――――――――――――







『輝夜様と師匠と私』


蓬莱山 輝夜と八意 永琳は、月の民の間では有名人だった。

曰く、史上一の狂人。
曰く、永遠の罪人。

非難の言葉には限りが無く、ふたつの名は禁句に近かった。
なかには、彼女らの行動と真意に興味を持つ者もいたのだが。
かくいう私も、そのひとりだった。
彼女らの行動は、不変と安息を旨とする月の民としては、本当に異常なものだったのだ。

厳罰を受けること覚悟で、禁薬に手を出して処罰された輝夜。
一度許されてなお、同僚を皆殺しにして輝夜を追った永琳。

彼女らが何を思い、行動に出たのか。
機会があれば、それを知りたいと思った。

―――意外と早く、千年くらいで機会はやって来る。

己自身でなく、道具を進化させて月へ迫ってきた人間。
道具の力は強力で、人間自身の内面が成長してないことと相まって手に負えない難敵と化した。

そそくさと逃げ出した私は、彼女たちの隠れ家――永遠亭に辿り着いたのだった。


知りたかったことは、ふたりともあっさり答えてくれた。

輝夜様は、早いうちから自分の能力――永遠の恐ろしさに気付いていた。
万物には終わりがある。
人も、月の民も、花や樹も、この大地でさえいつかは滅ぶだろう。
しかし、自分にだけは終わりが無い。
滅びゆくものたちを、永遠に見届けながら生きていく運命。

誰にも、心許すわけにはいかなかった。
大切なものを失う痛みを知れば、きっと私は耐えられない。
だけど、心閉じていては……
そのうち、心すら失って、ただ観察するだけの現象に成り果てるのではないか?

ならば、永遠を討ち果たそう。
そして、唯の月の民へ戻ろう。

しかし、ひとりではどうにもならない。
協力者を求め、輝夜様は……師匠の元を訪れる。


当時の師匠は、輝夜様のことは知らなかった。
やって来た輝夜様の話も、冗談だと思っていたらしい。
協力の要請は断ったそうだ。

だが、輝夜様の熱意に押されて、追い返すために未完成な蓬莱の薬を渡した。
貴方の話が本当なら、これに永遠を付加すれば薬は完成する。
協力してくれる人に、飲ませてみれば……と。

投げやりに渡したそれが、輝夜様を死刑に追い込むことになった。
元老院に出頭させられた師匠は、輝夜様の話が真実だったことを知り仰天する。

師匠は無罪とされたが、ずっと後悔したそうだ。
何故、信じてあげられなかったのか。
何故、軽はずみにあんな物を渡したのか。

助けを求める手を、私は受けるどころか刃で切り捨てたのだ。
なんと残酷な行為を……私はやってしまったのだろう。

輝夜様が地上に転生したことを知り、師匠は輝夜様の恩赦を懸命に働きかけた。
悪いのは薬を渡した私だ。輝夜様は、ただ“永遠”から逃れたかっただけなのだ。
全ての滅びを延々と見守らなければならない彼女の苦しみが、少しでも想像できるなら。
どうか、彼女を赦してください――――

師匠の想いは実り、輝夜様は罪を赦される。
けれど、輝夜様は月に戻ることを望まなかった。

力ない笑みを浮かべ、彼女は言う。
ここで独り、傷つくことなくひっそり生きていくのだと。
ずっと、ずっと。

全てを諦めた輝夜様の姿は、師匠の胸を深く抉った。
この人を、ここまで傷つけたのは私だ。
そして、この人の隣には誰もいない。
ならば―――――


私が、この人と共に歩もう。
遥か遠い、永遠の終わりを目指して。



―――師匠は自分の持っていた全てを捨てて、輝夜様と手を繋いだ。
そのひたむきな想いが眩しくて、私は八意 永琳を師匠と慕う。
仲間を捨てて逃げだした私には、羨ましいことこの上なかった。
そこまで想える人がいることは。

私が薄情なだけ……ではない。
月の民は、大地より肉体を授かり誕生するため、家族の概念がない。友情や愛情もあまり感じない。
永い歴史と寿命は、種から感情の起伏を奪い去ってしまった。
月の民は、感情の薄い一族なのだ。
輝夜様や師匠は……私でさえ、割と珍しい感情的な部類に入る。

だけど、輝夜様や師匠を見るたび思ってしまう。
心から大切に想えるような相手がいたか?
ずっと忘れられないような思い出があるか?
……たったひとつも無い。今でさえも。



イフの話になるけど。
輝夜様が死んだら、私は泣くだろうか?
師匠なら?てゐなら?

きっと、泣かない。


ねえ、輝夜様?
最近、月のみんなの夢を見ます。
こんな私なのに、どうして胸が苦しくなるのかな?






――――――――――――――――――――――――――――――






『がまんくらべ』



幻想郷の遥か西に、広い山脈地帯がある。
風の山脈と呼ばれるそこの頂上付近では、一定時間ごとに突風が吹きつける。
大地に溜まった穢れを、天に運んで浄化するのだといわれているが、真偽は定かではない。

山頂のなだらかな丘に、私はひとり立っていた。
今着ているのは、輝夜様の作ってくれたドレス。
手にしているのは、今まで愛用していた修学生時代のブレザー。

考えた末に、出した答えだった。
苦しさの原因は分からないが、月に未練は残しちゃいけない。
だから、ばっさり断ち切ろう。
きっと、夢だって見なくなる。苦しみも無くなる。

このブレザーを、風に流して。

天に穢れを運ぶ風は、これを月まで運んでくれるだろうか。
届けてくれたら、ちょっと嬉しい。
フリフリを普段着にするのも勇気がいったが、慣れれば平気だ。


木々が騒めきだす。
風がだんだん強くなり、髪を激しくたなびかせる。
そろそろ、突風が来る。

さあ。
このブレザーとも、お別れだ。

風音にあわせて、私はそっと手を離そうとした―――――

その時だった。

「やめなさい、鈴仙」

ブレザーを掴む、細い指。
いつの間にか、輝夜様がそばにいた。



「どうして、止めたんですか」

風はもう、収まってしまった。しばらく吹くことはないだろう。
非難をこめて、輝夜様を睨む私。
私を見つめる輝夜様の目は、何故か憐憫を帯びて見えた。

「……意味がないからよ」
「無駄ですか?」
「ええ、無駄ね」

私の前に立ち、輝夜様は淡々と言う。

「だって貴方、苦しみの理由さえ分かってないんだもの」
「分からないから、全て流そうと……」
「それが無駄なの。むしろ害ね。余計に苦しくなるだけよ」

出来の悪い生徒に言い聞かせるような口調が、癪に障る。
苛立ちを止められない。

「あなたに、何が分かるっていうの……!」
「分かりすぎる程分かるのよ。愚かな鈴仙、よくお聞きなさい」

詠うように、輝夜様は私に告げた。

「貴方は、孤独でひとりぼっちなの。苦しいのは、薄々それに気付いているからなのよ」


「孤独……?っは、はは……」

何を言ってるのだろう、この人は。
私が孤独?何を馬鹿なことを。

「嘘だと思うなら、反論してごらんなさい」
「反論も何も……この世界には、いっぱい人や妖怪がいるじゃないですか」
「そんな屁理屈を聞きたいんじゃないのよ」

輝夜様は肩をすくめて、やれやれといわんばかりに首を振った。

「言い直すわね。貴方には、心寄せ合える相手がひとりもいない……そう言ってるの、私は。
 違うというなら、その相手の名前を挙げてみなさい」

そんなの、いくらでも挙げられる。
私は、身近な存在から述べた。

「てゐや、永遠亭の兎たちがいます」
「それこそ一番感情移入できない相手だわ」

さも可笑しそうに輝夜様は哂う。

「あの娘たちの寿命はせいぜい二百年、万は生きる貴方にとっては虫も同じよ。
 あの娘たちを掛け替えのない友達だと、嘘偽りなく言える?」

……言えなかった。
てゐが死んでも、きっと私は泣かないだろうから。
だけど、黙ったままでいるのが怖くて、私は次々に名前を挙げた。

「アリスやパチュリー、魔法使いたちなら」
「親交の浅い相手をよく挙げれるものだこと。まあいいわ。
 あの小ざかしい連中も、所詮千年持たないわ。可愛いペットが関の山ね」

「スカーレット姉妹や、慧音さんだったら……」
「少しはマシだけど、それでもいいとこ3千年くらいね。
 深い関係になれば、失った後の永い時間が辛いばかりだわ」

「幽々子さんや、紫さんなら……」
「あのあたりは論外。ねえ、鈴仙」

そろそろ諦めなさい。
諭すように、輝夜様は言った。

「今述べた連中のなかで、ひとりでも好きだといえる相手がいるの?」

いない、と認めるわけにはいかない。
そんなことを認めてしまったら、私はあまりにもみじめじゃないか。

「輝夜様と、師匠が―――――」

言いかけて、止めた。
輝夜様と師匠さえも、私は多分そこまで好いてはいない。
そして、ふたりだって―――

「よく分かったわね」

逆の理由で、私に感情移入できない。
ふたりは、永遠なのだから。

「そっか……」

ようやく、私は理解した。

私と同じペースで、同じ所へいくひとは一人もいない。
幻想郷の住人は、私について来ることができなくて。
輝夜様や師匠は、私を置いて遥か彼方へ行ってしまう。

気がつけば、私は独り立ち尽くしている。
前にも後ろにも進めず、途方に暮れているのだ。

「私、ほんとにひとりぼっちだ……」

私と一緒に歩んでくれる人たちは―――月の民は、滅んでしまったのだから。

思い出なんて無かった。
親しい友達なんて、ひとりもいなかった。
めったに笑わない、怒らない。みんながそうだった。

だけど、友達になれたかもしれない。
たくさん、思い出をつくることだってできたかもしれない。

だって、おなじ種族……仲間だったのだから。

幻想郷の中では、私はたった独りの異種族。
生まれては死んでいく彼らを、ずっと見守る傍観者。

「……泣かないのね?」
「泣けないんです」

何故だろう。
とっても悲しくて、寂しいのに、それでも涙は出ない。

「……鈴仙」

ふわり、と。
輝夜様が、私の背に腕を回した。

「そんな貴方が、たまらなく愛しいの」

熱の篭った声で、輝夜様が囁く。
私は胸のなかで、身を硬くしたままでいた。

「私に縋りなさい。そうすれば、ずっと愛してあげるから」
「いやです、そんなのは……」

輝夜様のは、対等な愛じゃない。
途方に暮れる哀れな兎を、私が可愛がってあげましょう。
ペットに向けるような愛情。そんな風にしか、輝夜様は私を愛せない。

それでも、輝夜様は私が死ぬまで傍にいてくれる。
縋りつけば、私は癒されるだろう。

だけど、そんな寂しい関係は御免だ。
私に残った、最後のプライドだった。

「鈴仙……」

輝夜様の手が、私の髪をゆっくりと梳いた。
頭を撫でるように、何度も、何度も。
温かなぬくもりが、私のプライドを溶かしていく。

我慢くらべだ。
ぎゅっと目を閉じて、私は固まろうとする。
絶対に、負けるもんか。
絶対に。




どれくらいの時が過ぎたかは分からない。


輝夜様の手が、最後の一欠をとろりと溶かす。
溶けてしまった私は、身体の力を抜いて、輝夜様に身を預けていた。







――――――――――――――――――――――――――――――







『おやすみ、鈴仙』


――膝枕してあげるわ。
堕ちてしまった私に、輝夜様は唐突にそう言った。

「痛くないですか?」
「大丈夫。下は草原で、やわらかいもの」

さ、おいでなさい。
座り込んで、ぽんぽんと膝を叩く。

「そ、それじゃ……」

躊躇いがちに、私は膝に頭を乗せて、横になった。

いつもと違う、真横の視界。
映るのは、見下ろす幻想郷の景色。

そよ風が、私たちをくすぐっていく。

「ふふ……」

微笑む輝夜様の手が、私の髪に伸びた。
梳いたり、弄ったり。
でも、なんだか心地いい。

「鈴仙の髪を弄るのは楽しいわね。癖になりそう」
「あんまり……なってほしくは……」

あれ?
なんだか、すごく眠い。

「眠いなら、眠っちゃっていいわよ」

私の気持ちを見透かしたように、輝夜様が言う。

「足が痛くなったら起こすけどね」
「じゃ……お言葉に……」

お言葉に甘えることにします。
お休みなさい……




意識を手放す寸前、月のみんなの顔が浮かび上がった。
今度は、くっきりと見える。みんな、笑っていた。

―――さよなら。

私も微笑んで、別れを告げる。



きっともう、みんなの夢は見ない。



簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1740簡易評価
6.90無為削除
別に意味で「あれ、てるよ様は何処に?」なお話。
なんだろう、最近てるよのカリスマうp作戦でも展開されてるんだろうか。
7.70おやつ削除
いいっす。
月兎はこのくらい悩んでくれると良い。
花のエンドを見てそう思ってました。
24.80no削除
ここのところ輝夜さまが元気で私はうれしい。
26.80名前が無い程度の能力削除
堕ちる、というフレーズに興奮する。そらもう興奮する。
28.無評価とりあえず削除
輝夜は鈴仙の事をイナバと呼ぶはずでは?
30.60名前が無い程度の能力削除
「他の誰とも時を歩む速さが違う」これはもう変える事のできない真実
ある意味、時の流れは最も残酷で一番無慈悲な存在ということか
33.70Mya削除
おー、面白かったっす。