<紅魔館>
館内のとある一室。
そこに集まっていたのは、レミリア、パチュリー、美鈴、小悪魔といった紅魔館の主要な面子。
皆で楽しく夜のお茶会……だったら良かったのだが、そうは問屋が卸さない。
何故なら、それを実行するのに必要不可欠な人物が今、ベッドの中で苦しんでいるからだ。
「咲夜……どうして……」
「……」
心痛な面持ちで顔を伏せるレミリアを、幽々子は複雑な心境で見つめていた。
先程、咲夜が倒れたという事実を知らせる際、少しだけ考えた事がある。
それは、自分が疑われるのではないかという不安。
これまでの因縁を考えれば、一番在り得るパターンと思われた。
が、実際にレミリアが最初に取った行動は、血相を変えて飛び出していくというものだった。
「(……もっとドライな感情だと思っていたけど、そうでも無いのかしらね)」
「……拙いわね」
咲夜の容態を診ていたパチュリーが、渋い顔でぼそりと呟く。
直ぐに反応したのはレミリアだった。
「拙いって、何がどう拙いのよ」
「全部、よ。容態は悪化の一途、でも原因は不明。
……そもそも何の病気なのかも分からないのよ。
これを拙いと言わずに何と言えば良いの」
「……冗談でしょ?」
「だったら良かったのだけど、ね」
「……」
言葉のニュアンスと、僅かな表情の揺らぎから、パチュリーが事実を述べていると確信できる。
近頃、芸人として確固たる地位を築き上げつつある彼女だが、
流石にこういった状況で冗談を飛ばす程、余裕は無いらしい。
「役に立たない知識人……本当、その通りよね」
ついには自虐に走り出した所を、レミリアは視線のみをもって制する。
自身でも分かっていたのか、パチュリーは即座に口を閉ざした。
「あの、一つ良いですか?」
それまでじっと押し黙っていた幽々子が、初めて口を開いた。
「何よ。下らない事言ったらかじるわよ」
「ええと、こういう時にうってつけの人物に心当たりはありませんか?」
「無いから困ってるんじゃ……待った。もしかして、アレのこと?」
「はい、そのアレです」
「アレか……」
「「「???」」」
『アレ』とは何なのか。
当人同士は分かっているのだろうが、周囲にはさっぱり意味不明だった。
「……信用できないわ。診察にかこつけて人体実験とか平気でしそうじゃないの」
「多分、大丈夫です。以前に妖……私の知り合いを診て貰った事がありましたけど、
その時は特に妙な行動は取りませんでした。
ともかく、他に手が無い以上は仕方ないかと」
「……」
むしろ、妙な行動を取っていたのは幽々子自身だったのだが、それは伝えない。
「手があるなら早く行動に移したほうが良いわ。
この様子だと……余り長くは持たない」
パチュリーから告げられる、冷酷な言葉。
それは、迷いを断つには十分すぎる重さを持っていた。
レミリアは瞬時に身を翻し、そして窓を大きく開け放つ。
「あっ、お嬢様! 何処へ行くんですか!」
「決まってるでしょ! 例のアレの所よ!」
問答している暇は無い、とばかりに窓枠に足をかける。
そして、身体を夜空へと躍らせ……る寸前に、何者かに足を引っ掴まれた。
「何よ中国! 邪魔しないで!」
「駄目です! お嬢様は咲夜さんの傍に付いていてあげて下さい!
例のアレとやらは私が呼んできます!」
言うや否や、美鈴はレミリアと入れ替わるように窓へと上ると、天高く飛んだ。
そして、両手を開いたみょんな姿勢のまま、風を切って夜空へと消えて行った。
「……」
今の美鈴の行動を好意的に解釈するならば、彼女なりの心遣いだったのだろう。
だから、その点に関しては別段責めるつもりはない。
が、一つだけ問題がある。
「あの馬鹿……誰を呼んで来れば良いのか分かってるのかしらね」
「「「………」」」
一つだけだが、素晴らしく致命的だった。
「それで、アレって一体誰の事なのよ」
「あ、ああ、パチェには言ってなかったわね。
この間の満月事件の時に会った、不老不死とか天才とか言い張りくさる極めて怪しい薬師よ」
「……それって、八意永琳のこと?」
「あ、なんだ。知ってるんじゃないの」
「……」
パチュリーは顎に手を当てて何やら考え込み始める。
ぽく、ぽく、ぽく、ちーん。
そんな効果音が鳴ったような気がした。
と、同時に大きく目を見開くパチュリー。
普段が細目なだけに、中々にインパクトのある表情である。
もっとも、コンマ5秒程度でいつもの不機嫌面に戻ったのだが。
「えーと。それだったら、一つ良い方法があるわ」
「……良い方法?」
オウム返しになってしまったが、それも仕方ない事である。
永琳の名前と、方法の二文字の間には、何の共通点も見出せないからだ。
「ええ、実はね……」
「「「……」」」
「……この前読んだ本に、八意永琳を瞬時に召還する呪文が載っていたのよ」
「なんでやねん!」
余りにも突飛な言動だった。
当然レミリアは、お約束には忠実に。とばかりに豪快な突っ込みを入れる。
少しばかり勢いが良すぎたのか、突っ込みというよりローリング逆水平チョップになっていたのだが、
パチュリーは素早いダッキングにより回避に成功していた。
続けざまに放った脳天目掛けての袈裟切りチョップも、椅子を盾代わりに使う事によって防がれる。
無駄にハイレベルな攻防である。
「何をするのよレミィ。この火水木金土家具『賢者の椅子』が無かったら、
危うく一足先に三途の川を渡る所だったわよ」
「縁起でも無い事言うんじゃないの!
って、その椅子ってそんなに希少な代物だったの……?
実は五行の力が秘められたアーティファクトだったとか?」
「いえ、近所のスーパーで買った展示処分品だけど?」
「そんなものに大層な名前を付けるな!」
「だって、この椅子の角でブン殴れば全治五日は固いじゃないの。
それに賢者が座っていたのだから万事OK牧場よ」
「自分で賢者とか言うな! というかOK牧場って何よ!?
……いけない、話が逸れたわ。そう、呪文よ、呪文。
どこの世界の本にそんなピンポイントな呪文なんて載ってるってのよ」
「本当の事なんだから仕方ないでしょう。知識人嘘つかない」
「それが嘘でしょうが!」
「……はぁ……ふぅ……はぁ……」
状況的に言い争いと記すべきなのだが、どう見ても漫才だった。
不思議な事に、咲夜の呻き声が三割増しで荒くなっていたのだが、
それに誰も気が付かないという悲劇まで起こる始末だ。
「ええと、真偽の程はともかくとして、その呪文とやらを試してみるのは如何でしょうか。
美鈴さんが気付いて戻ってくるまでは、他に有効な手段も無い訳ですし」
あの鐘を鳴らすのは貴方。
終了の銅鑼を鳴らしたのは小悪魔。
こういう場面でこそ、彼女のマイペース振りは貴重である。多分。
が、当の二人から返って来た言葉はというと。
「「美鈴って誰よ?」」
だった。
それから小悪魔が涙ながらに門番長の名前について語ったり、
一向に理解を得ないレミリアを、幽々子がスリッパで引っ叩いたり、
反撃に出たところで巻き添えを食らったパチュリーが成仏しかけたり、
賢者の椅子(税抜き398GIL)が儚くも美しい生涯を終えたりと色々あったのだが、
結局、やるだけやってみようという事で意見は一致した。
「え、えーと、こう?」
「違うわ、それだと順序が逆でしょ」
「アクセントを後に……」
パチュリーの指導のもと、皆は真剣に呪文の習得に励む。
何故、全員が習得する必要があるのかと尋ねれば、
人数が多ければ多い程効果的と書かれていたと答えが返ってくるだろう。
そういう物らしい。
兎にも角にも、時は来た。
「では……行きます」
何故か背景に青空と雲が浮かんだ。
パチュリーは何処からウクレレを取り出すと、器用に旋律を奏で始める。
そしてレミリア達はタイミングを合わせて、一斉に手を振り上げた。
「「「えーりん、えーりん」」」
「照れは禁物! もっと大きく!」
「「「えーりん! えーりん!」」」
「そうそうそうそう、はい!」
「「「えーりん! えーりん!」」」
「えーりん! えーりん!」
「「「えーりん! えーりん!」」」
「「「「えーりん! えーりん!」」」」
単純な言葉とアクションの繰り返し。
「「「「えーりん! えーりん!」」」」
が、それ故に中毒性は高い。
「「「「えーりん! えーりん!」」」」
振り上げる手は次第に大きく。
「「「「えーりん! えーりん!」」」」
呼び声には一段と熱が篭る。
「「「「えーりん! えーりん!」」」」
もうタイミングを取る必要も無い。
「「「「えーりん! えーりん!」」」」
彼女達の心は、今ひとつとなったのだ。
「「「「「たすけてえーりーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!」」」」
「……」
「……」
「……」
「……」
だが。
残ったのは空しさだけだった。
「……来ませんねぇ」
「どういう事よパチェ!!」
「お、おかしいわね、確かにこの本には……」
「って、それいつものインチキ出版社の本じゃないの! そんなものアテになるか!」
「失礼ね! 真実を映し出す鏡とさえ言われる美鈴書房を馬鹿にするだなんて!」
「そんな鏡割りなさい!」
「……はぁ……ふぅ……ゴファ……」
醜い言い争いをBGMに、咲夜は苦しげな吐息……を通り越した何かを漏らす。
相当にヤバげであった。
「さ、咲夜! 傷は浅いわ! しっかり!」
「アパム! 弾持ってこい! アパーーム!!」
「これが若さか!」
緊急事態を前に、一同は動揺の極みに達する。
ただ、その中で幽々子のみが、どこか冷めた様子である。
「(まさか私まで乗せられるなんて……恐ろしい呪文ね。
でも、確かアレは……)」
そんな事を考えていた時だった。
「あのー、そろそろ入って良い?」
全員の視線が入り口扉に集中した。
そこにいたのは、曖昧な笑みを浮かべた赤黒ナース。
八意永琳その人だった。
「「「本当に来たー!!」」」
「って、何でパチェまで驚いてるのよ」
「ま、まぁ、真実とは時に残酷なものという事ね」
「意味分かりませんから」
混乱する面々を他所に、幽々子は永琳へと歩み寄る。
久し振り、とでも言えれば良かったのだろうが、前回の邂逅からまだ数時間しか経過していない。
それを察知してか、先に声を掛けたのは永琳のほうだった。
「随分と賑やかな連中ね。いつもこんな感じなの?」
「どうかしらね。で、どうして貴方がここにいるのかしら?」
「まぁ酷い。呼ばれたから来てあげたんじゃないの」
「嘘ばっかり。あの呪文は輝夜専用でしょ?」
「……あら、知ってたのね」
永琳は軽く笑って見せると、鞄から一通の手紙を取り出す。
何の事はない、先程お届けした筈のブツである。
「解答は、これよ」
「……?」
これ、と言われても分かる筈がない。
手紙の中に、もうすぐ紅魔館内に重病人が出ます。と書いてあるとでも言うのだろうか。
有り得る訳がない。
「ま、細かい事はどうでも良いじゃないの。……病人がいるんでしょ?」
「……ええ」
確かに、細かい事だった。
今、彼女に頼る他無いのは、幽々子とて同じなのだから。
ドクターえーりんによる診察は始まった。
と、言っても、この面々に診察行為等という物が分かる筈もなく、
ただなんとなくそれっぽい事をしているなぁ程度の認識である。
「……」
「どうなのよ、早く直しなさいよ。出来るんでしょ? 出来ないなんて言わないわよね?」
「……」
永琳は答えない。
ただ、心痛な面持ちで、ベッドの上の咲夜を見つめ続けていた。
「ちょっと、何とか言ったら……」
「……全員、この部屋から出て行ってくれない?」
ようやく口を開いたかと思うと、そんな台詞が飛び出した。
「な! あ、バ!」
ただでさえ胃がキリキリするような状況である。
沸点がK2山頂並に低いレミリアが切れたのは当然の事だろう。
憤りが激しすぎて、言葉が天龍へのインタビューの如く短縮されていた。
「馬鹿な事じゃないわ。治療するにあたって、他者の存在が邪魔なのよ」
が、それでも通じてしまった辺り、流石は月の頭脳と言ったところか。
「だ、て、よ! あ、ふ、は!」
「落ち着いてレミィ。ここでスペルカードを取り出すのは愚策よ」
「そうですよ! 喧嘩なら後にしましょう!」
失礼。全員に通じていたようだ。
「病人のいる部屋で暴れないの!
この子を助けたいんでしょう? だったら言うとおりにしなさい」
この文句は中々に効果的だったようで、レミリア達はしぶしぶ部屋から退出した。
騒いでみた所で、結局は指示に従う以外の術が無かったのだ。
「……長いわね」
「そう、ね」
追い出されてから早2時間。
レミリア達は、廊下に設えられたベンチに並んで座り、扉が開く時を待っていた。
何故そのような美観を損なう上に無駄な代物が置いてあるのか、甚だ疑問ではあったが、
あるものはあるのだから仕方ない。
ついでに言うならば、扉の上部にランプは無い。
「何だかこの雰囲気って……」
誰かが口にしかけたところで、がちゃり、と。扉が開かれた。
部屋から出てきたのは、重い表情の永琳一人。
「ど、どうなったの!? 咲夜は!?」
「……」
勢い込んで問い詰めるレミリアだが、答えは無い。
永琳は陰鬱な表情を顔に貼り付けたまま、手に持っていた懐中時計をそっと開く。
「……22時50分」
そして、ゆっくりと首を横に振った。
「そ、そんな……」
言葉の意味する所を理解したのか、レミリアは力なくぺたんと座り込む。
憤りを軽く追い越すだけの喪失感が、彼女を包んでいた。
「……咲夜……」
パチュリーが呻くように名前を呼んだ。
表情こそ普段と変わらなかったが、手は堅く握り締められ、小刻みに震えていた。
「……う……ひっく……」
小悪魔は耐え切れなかったのか、ついに嗚咽を漏らし始めた。
日頃、あまり付き合いが深かった訳でもないが、それでも悲しいものは悲しいのだ。
美鈴がこの場にいないのは幸運だったのか、それとも不幸だったのか。
もしいたならば、間違いなく永琳に殴りかかっていただろう。
「……」
ただ一人。
幽々子だけが、どこか達観した表情で状況を見守っていた。
永遠とも思われる長い沈黙。
それを打ち破ったのは、作り出した張本人だった。
「チャングムの誓いを見逃しちゃったじゃないの」
全員、コケた。
一糸乱れない、見事なコケっぷりだった。
「あんたねぇ!! 冗談を言っていい時と悪い時ってのがあるでしょ!! 少しは空気読みなさいよ!」
最初に再起動を果たしたのはレミリア。
怒りを露にすると、猛然と永琳に食って掛かった。
本人としては胸倉を掴みたい所だったのだろうが、二人の身長差はそれを許さない。
仕方なく腹部を掴んでみたが、どう見ても母親に甘える幼児という構図にしか映らなかった。
「冗談とは何よ。連続ドラマを見逃すのがどれほど痛いことか……」
「あんなの一話くらい飛ばしたって関係ないでしょ!! つーかそんなに大事なら録画でもしなさい!」
「生で見る事に意義があるんじゃない」
「元々再放送じゃないの!」
どう聞いたって意味不明極まりない内容なのだが、何故か二人の間では会話が成立していた。
これが紅魔館クオリティというものであろうか。
「それで、咲夜の容態はどうなの?」
パチュリーから珍しくもマトモな言が放たれた。
時々真面目に戻るのが彼女の特徴である。
小悪魔辺りに聞いたら、真面目をデフォルトにして欲しいと答えるのであろうが。
「そ、そうよ! もし咲夜に何かあったらタダじゃ……」
「ああ、もう、五月蝿いわねぇ。彼女なら無事よ」
何気ない一言。
それでいて、この場にいる人物がもっとも知りたかった一言。
「……良かった……」
それだけを呟くと、レミリアは再び床へと座り込んだ。
先程までの憤りは消え、まさに安堵と呼ぶに相応しい表情を見せて。
「何の病気だったのか、後学の為に教えてはくれないかしら」
どこか弛緩した空気の中、パチュリーが問いかける。
咲夜が助かったのは問題である筈もないが、それに尽力できなかった事に関しては別問題である。
知識人のプライドという物だ。
「構わないけど、その前に一つ確認しておきたい事があるわ。
彼女はここ……幻想郷の生まれじゃ無いのでしょう?」
「ええ、そうよ。でも、それが何か?」
「それじゃヒント。
直接的な原因は、潜伏期間の極めて長い病原体よ」
「……と、いう事は……」
考え込む仕草を見せるパチュリー。
が、それも一瞬の事だった。
「成る程。その病原体とやらは、外界にしか存在しない物なのね。
しかも極めて新しい……例えば、幻想郷が外界から隔離された後に発見されたもの。
だから、いくらここの本で調べようとも分かる筈もない。そういう事?」
「正解よ」
よくできました。とばかりに永琳はにっこりと微笑む。
彼女にとっては、パチュリーも出来の良い生徒役でしかないという事だろうか。
「でも、一つ説明の付かない事があるわ。どうして貴方はそれを知っていたの?」
それが癇に障ったのか、若干気忙しげな様子で問いかける。
「さあね。どうしてかしら」
「……」
が、返って来たのは誤魔化しにもなっていない、曖昧な解答。
にも関わらず、永琳を問い詰める気は起きなかった。
多かれ少なかれ、人は誰しもが秘密を抱えているものである。
中でもこの薬師は、秘密の固まりのような存在だろう。
そして同時に、その秘密は、決して明かされる事は無いと確信できたからだ。
今日始めて出会ったばかりの相手を、どうしてそんな風に思うのか、
パチュリー自身も不思議に思ったりもしたが。
「……ま、良いわ。
咲夜を救っていただき、有難う御座いました」
些か芝居がかった口調での礼を最後に、詰問は締めと相成った。
「さて、と。安心した所で申し訳無いけど、少し良いかしら?」
そう言うと永琳は何やら手招きをする。
「……何よ?」
対象であるレミリアは、今だどこか気の抜けた様子であった。
疑問を感じつつも、とことこと歩み寄る辺りが顕著だ。
と、その時。
「ガットゥーゾ!!」
一般的に言うならビンタ。
少々気張るなら張り手。
最も正しいと思われるのはフック掌底。
そう形容するに相応しい一撃が放たれたのだ。
「パパウッ!?」
さしものレミリアも、これを回避することは出来なかった。
ウェイトの軽さも相まって、きりもみ回転しつつ吹き飛び、壁にぶち当たる。
突然の暴挙の前に、一同は声も出ない。
ただ呆然と成り行きを見守るしか出来なかった。
「……っつー……これは、宣戦布告?」
レミリアはゆらりと起き上がると、前方を睨みつける。
が、永琳はそれを意に介した様子も無く、淡々としたものだった。
「そんな大層なものじゃないわ。……そうね。言うなれば、お説教という所かしら」
「ふざけるな。あんたに説教されるような筋合いは……」
「彼女……咲夜が倒れたのは、大半は貴方の責任なのよ」
「……へ?」
虚を突かれたのか、間抜けな声が漏れた。
「やはり気付いてなかったのね。
体内で潜伏していた病原体が急に活動を始めた原因は、極度の疲労よ。
彼女、恐らくこの数日間、一睡もしてないわ」
「……ひろう?」
「そう、疲労。披露じゃないわよ。
人手不足の中、この館を切り盛りするだけでも相当な負担だったでしょうに、
そんな事を意にも解さず、新たな火種ばかり抱え込む……立派なご主人様ね。
彼女が自分の体調よりも、貴方を優先させる事くらい分かっていそうな物だけど」
「……」
「その結果、彼女は全部一人で抱え込んで、そして自滅した。
……今だから言えるけど、あと数時間処置が遅れていたら、恐らく死んでいたわ」
「……っ!」
「いいこと? どれだけ超人的な能力を持ってようが、彼女はあくまでも脆弱な人間なのよ?
それを、主人である貴方が慮ってあげないでどうするのよ」
「……よ、余計なお世話よ! あんたに何が分かるのよ!?
他所の事情に口出ししないで!」
堪らずレミリアは反論する。
もっとも、些か苦し紛れであることは否定できない。
「……そうね。私の言えた義理じゃ無いわね」
が、意外にも効果は覿面だった。
これまでの様子とはうって変わり、永琳は苦々しげな表情を作りつつ、呟く。
「……」
無論レミリアに勝利感などある筈もない。
永琳の言ったことが正しいくらい、彼女自身も分かっていたからだ。
「……薬が効いているから、今は眠っている筈よ。行ってあげなさい」
「……」
レミリアは無言で室内へと入ってゆく。
追従するものはいない。
それくらいの空気は、彼女達にも読めていた。
「……すぅ……」
咲夜は眠っていた。
先程までの苦痛の眠りではなく、純粋に疲れを癒す為の安らかな眠りである。
その様子にレミリアは安堵を覚えると同時に、罪悪感もまた引き起こされた。
そっと、咲夜の手を取る。
「……ごめん、ごめんね、咲夜……」
ぽたり、ぽたりと流れ落ちる雫。
搾り出すように紡ぐのは、謝罪の言葉と、自らが付けた従者の名。
出会ったあの夜。
彼女は、十六夜咲夜として生まれ変わった。
だが、それはただの錯覚でしか無かったのだろうか。
責任の一つも果たさずして、成し得て良いものでは、決して無い。
強制的に眷属にするという運命を放棄した以上、それは当然の義務だろう。
だと言うのに、咲夜はあくまでも咲夜として、自分へと付き従った。
そして、結果がこれである。
「ふふ……本当、立派なご主人様よね……!?」
自虐的な言葉を漏らした瞬間だった。
寝入っていた筈の咲夜が、がばりと起き上がったのだ。
「さ、咲夜?」
「……」
驚きに固まるレミリアを、焦点の合っていない瞳で見つめる。
「お嬢様は何も心配なさる必要はありません。きっと楽しい日になりますわ」
ただ、それだけを言うと、咲夜は再び、ぱたりと倒れた。
そして幾ばくも経たず、寝息が漏れ始める。
「……ばか……」
レミリアは泣き笑いのような表情で呟いた。
こんな状況でも咲夜は自分の事を考えていたという喜び。
対して、その忠誠に値するだけの存在に成り得ているのかという不安もまた浮かぶ。
が、少し考えた所で、気が付いた。
それを判断するのは、自分ではなく咲夜のほうなのだと。
ならば、気にしてはいけない。
外野がどう言おうと、知ったことではない。
自分はあくまでも、レミリア・スカーレットとして、これまでどおりに尊大に振舞おう。
そう、思った。
「……でも、少し気遣うくらいは平気よね?」
「平気というか、そうするべきなんだけどねぇ」
「ま、自分からそう思っただけでも大した進歩じゃないかしら」
「……達観して言える立場でも無い気がするんですが」
ドアの隙間から縦一列に並ぶ3対の瞳。
紅魔館名物の出刃亀は今日も健在である。
空気は読めても、好奇心は抑えられなかったようだ。
「……」
そんな中、そっと遠ざかってゆく一つの影。
幽々子である。
覗きという場にもっとも相応しい筈の彼女が、誘惑を振り切ってまで去ろうとする訳。
それはもちろん、矛先が自分へ向くことを避ける為である。
先程の説教にあった火種とやらが、自分を指している事くらいは分かる。
が、だからといって、大人しく説教を受ける気など更々無い。
説教は受けるものではなく、するものというのが幽々子の持論だからだ。
「(そもそも、私は被害者なんだから……)」
等と自分に言い訳をしつつ、二歩三歩と歩みを進める。
「そこのメイドさん」
「……う」
それでも、彼女の索敵範囲から逃れる事は出来なかったようだ。
恐る恐る振り返ると、腕組みをした永琳の視線が突き刺さって来た。
こうなっては仕方が無い。と、幽々子は大人しく言葉を待つ。
が、飛んできた言葉はというと、予想の範疇外のものであった。
「お説教ならしないわよ。貴方にはもっと適任の人物がいるでしょうしね。
それより、少し疲れたの。お茶の一杯でもお願い出来るかしら?」
「??????」
疑問符が脳内を埋め尽くした。
永琳の台詞の意味が、まるで理解出来ない。
前半部分もさることながら、その後に続いた言葉はもっとわからない。
何故、それを自分に言うのか。
お茶の準備など使用人がやるものではないのか。
「……そうね、少し配慮に欠けていたわ。花子、応接室までお願い」
「……あ……は、はい」
パチュリーの言葉により、幽々子はようやく気が付いた。
自分が今、使用人であるという事実を。
「あ、そうそう。今日は希少品じゃなくて良いわよ」
言葉に笑いの成分が混ざっているのは気のせいだろうか。
「……かしこまりました」
ともあれ、命である以上は従う他無い。
希少ではない毒草を思い浮かべつつ、準備に走る幽々子であった。
レミリアを部屋に残したまま、一同は応接室へと河岸を変えた。
今度は本当に、夜のティータイムである。
「……普通のお茶も煎れられたのね」
「……お褒めに預かり光栄ですわ」
「「??」」
等と意味深なやり取りも交えつつも、割合和やかなムードで時間は進んだ。
基本的に、永琳とパチュリーが難解な会話をするところに、幽々子がこれまた難解な突っ込みを入れ、
止めとばかりに小悪魔がタイミングを外しまくったボケをかますという構図である。
そんな構図を崩したのは、何気ない永琳の一言であった。
「そういえば、ここのメイド達ってどういう命令系統なのかしら」
「……? 変な事を知りたがるのね。
確か、レミィの直轄としてメイド長を置いているだけで、後は全部同格扱いだった筈よ」
「……それって全部メイド長任せって意味じゃないの?」
「そうなるわね」
しれっと言ってのけるパチュリー。
永琳は呆れたとばかりに豪快にため息をついた。
「いい加減だこと……そりゃ倒れもするわね。
って、もしかして、あの子がダウンした今は、一切の命令系統が断たれているって事?」
「……」
今度はパチュリーも即答はしなかった。
難しい顔を作って、いくばくか悩んだかと思うと、隣の小悪魔に視線を送る。
「……」
小悪魔もまたパチュリーと同様に悩んだ素振りを見せつつ、後方の幽々子に視線を送る。
「……」
二度ある事は三度あった。
幽々子は精一杯悩んで見せた後、パチュリーへと視線を送る。
三人は同時に頷き、言った。
「「「その通り!!」」」
「……」
何故か自身満々に言ってのけた連中を前に、永琳は思わず眉間を押さえる。
「あの、ね。他所様の内部事情に口出しするつもりは無いけど、もう少し考えというものは無いの?」
「私に言われても困るわ。決めたのはレミィだし、それを承諾したのは咲夜自身だもの」
「だからって……あの子、少なくともあと三日は絶対安静なのよ。それで大丈夫なの?」
「え! そ、それは拙いです!」
何故か慌てて立ち上がったのは小悪魔。
考えが行動まで到達していないのか、ぱたぱたと手足を動かしては、訳の分からない言葉を放ち始める。
「ちょっと、小悪魔。何をそんなに動揺してるのよ」
「動揺もしますよ! だって、もう期限が無いんですよ!」
「……期限って、何の?」
「呆れた……貴方って本当にレミリアの友人なの?」
「どうしてレミィの事が関係……あ」
何かに気が付いたのか、ぽかんと口を開けるパチュリー。
が、ただ一名、幽々子だけは、会話の意味する所がさっぱり理解出来ずにいた。
「あの、どういう事なんですか?」
「貴方も存外鈍いわね。ほら、これよ」
永琳が取り出したのは、またしても登場の手紙。
が、先程と異なり開封されているという点から、見てみろという意なのだろう。
幽々子は、迷うことなく、目を通す。
そして、直ぐに納得するところとなった。
「……ああ、そういう事なのね」
手紙の内容。
それは、俗に言う招待状であった。
題目は、レミリア・スカーレット生誕502年記念式典。
大層な題目だが、要は誕生会だ。
「しかし……そんな歳になってまで誕生会ですか」
思わず、そんな言葉が漏れる。
幽々子の脳裏に浮かぶのは、蝋燭に埋め尽くされたケーキが、熱に耐え切れず爆発。
洋館のお約束に忠実に、炎上する紅魔館の図であった。
「レミィも最初は乗り気じゃなかったのよ。
でも、咲夜が強引に推し進めるものだから、仕方なくやってみたら、意外と気に入ったみたいでね。
今じゃすっかり恒例行事になってるわ」
「……はぁ」
大方、『夜の王たる威厳を保つには、こうした行事は必要不可欠ですわ』
等と言いくるめたのだろう。
ともあれ、一同の危惧する所は理解できた。
咲夜が倒れた今、紅魔館の維持すら危ういのに、誕生会どころでは無いという事だろう。
が、仕方ないので中止。という訳には行かない。
何故なら、既に開催の知らせを、他ならぬ幽々子自身の手によって、多数に知れ渡らせてしまったからだ。
「……確かに、拙いですね」
別段、自分の責任という訳でも無いのだが、一応今は紅魔館の住人である以上、悩んで見せない訳にはいかなかった。
「……仕方ないわね」
と、そこで永琳が、軽く息を吐きながら立ち上がった。
「帰るの?」
「違うわよ。隣の部屋、少し借りるわよ」
「え?」
返事を待つことなく、永琳は隣室へと姿を消した。
「待たせたわね」
「「「……」」」
数分後。
一同は絶句した。
いや、それは正確では無いかもしれない。
少なくとも、幽々子はいくらか予想はしていたろう。
が、それでも、言葉を詰まらせるくらい、事実というものは重かった。
「何よ、黙っちゃって、そんなに変?」
「……外見の事なら答えは否。精神面を指してるならその通りよ」
戻ってきた永琳が着ていたものは……メイド服。
幽々子の着ている汎用のものとは違い、足元まで延びるロングスカートが特徴的である。
が、問題はそこではない。
「あの、それで、貴方がメイド服を着ているのは何故?」
質問ではなく、確認。
だが、心の内では、何かの間違いであってくれと願いつつ。
無論、幽々子の願いは届かない。
「決まってるでしょう。あの子が現場に復帰できるようになるまで、私がメイド長を務めます」
「やっぱりーーー!?」
この館には、闖入者をメイド化させる魔法でもかかっているのだろうか。
にわかには信じがたいが、これまでも藍や橙といった面々が、当たり前のようにメイドになっていったのを思うと、
あながち突飛な発想ともいえなかった。
「い、一体何を企んでるのよ! 縁も縁も無い貴方が、ここで働く理由なんて無いでしょ!」
堪らず幽々子は、猛然と抗議に走った。
が、言っている事が自分にも当てはまっているので、些か説得力に欠けている気がしないでもなかった。
「企むだなんて心外ね。私は純粋な親切心から言っているだけよ」
「嘘おっしゃい! 大体、自分から親切なんて言う奴が信用できるもんですか!」
「別に、信用してもらう必要なんて無いわ。決めるのは貴方じゃないでしょ?」
「うう……そ、それはそうだけど……」
悲しいかな、口でも立場でも胸のサイズでも勝ち目は無かった。
今の幽々子は、紅魔館の一般メイド、花子でしか無いのだから。
「随分と賑やかね……何の騒ぎよ」
タイミング良く姿を見せる小さい影。
少し目が赤くなっているように見えたが、それは最初からだった。
姿をいち早く認識した幽々子は、猛然とダッシュしては縋りつく。
「レミリア様! 聞いてくださいまし!」
「は、はぁ?」
レミリアは困惑の様子を隠せないようだった。
これまで因縁と呼ぶに相応しい関係だった相手から、突如として泣きつかれたのだから無理も無い。
が、幽々子としてはそんな事を気にしている場合でもなかった。
「あの胡散臭い薬師が、みょんな事を企んでいるんです!」
「みょんって……一体何だって言うのよ」
「実は……」
幽々子は、事の詳細を支離滅裂かつ要点だけは掴みつつ語った。
要は、それだけ必死だったのだ。
「……という訳です。冗談にも程があります」
「……」
「有り得ませんわよね? 認められる筈がありませんよね?」
「……」
念を押すように、幾度も言葉を紡ぐ幽々子。
が、当のレミリアはというと、今ひとつ反応が芳しく無い。
ただ、どこか呆けたような表情で永琳を見つめていた。
「あの、聞いてます?」
「……」
「レミリア様? レミリア? れみりゃん?」
「……よう」
「へ?」
「……採用!」
レミリアは突如として目を見開くと、ビシッと指をさして宣言した。
「ありがとうございます。短い期間ではありますが、精一杯努めさせて頂きますわ」
永琳は柔らかい笑みを浮かべて、スカートの裾を摘み会釈する。
その一連の流れは、実に自然かつ美しかった。
「ちょ、ちょっと待って! 何でそうなるの!? これは罠!? 何とか言いなさいよこの501歳吸血鬼!」
状況を認識した幽々子の驚いたことといったら無い。
動揺の余り、敬語を使う事すら忘れている始末だ。
「五月蝿いわね、年齢不詳亡霊。
平メイド風情が口出しするんじゃないわよ。私が採用と言ったら採用なの」
「そ、そんな……」
これがパワーハラスメントというものか。
つくづく今の自分の立場が恨めしい。
ともかく、この最悪とも言える境遇を甘受しなければならないという、素晴らしき結末である。
「うう……」
死にたい。等と思ってはみたが、既に死んでいるのでどうにもならなかった。
なら、生きたい。とでも言うべきか。
が、それは意味不明な上にどこぞの病弱ヒロインっぽいので却下された。
彼女は亡霊ではあるが、まかり間違っても病弱では無いのだ。
「では宜しくね、花子さん」
「……あい」
笑顔が憎らしくて堪らないという事もあり、視線をわざとらしく逸らしつつ返答する。
と、そこで、またしても呆けた様子のレミリアが視界に入った。
「……ロング……新境地……いえ、原点回帰?」
そんな呟きが聞こえたのは、きっと気のせいだろう。
と、その時。
「咲夜さんは無事ですかぁあああああ!! 薬師がいなかったので薬師の弟子を連れてきましたぁあああ!!」
「弟子で済みません!! でも精一杯頑張ります!! 頑張っても駄目だったら諦めましょう!!」
豪快に部屋へと雪崩れ込んできたのは、美鈴と鈴仙。
漢字で並べると鈴が二つで姉妹っぽく見えないこともない。
まぁ、そんな事はどうでも良い。
美鈴が何のヒントも無しに解答へと到達したというのは驚きに値するだろう。
が、現状となってはそれもまるで無意味。
確かなのは、二人が素晴らしくタイミングを外しているという事実である。
「あ、あれ、何か、場違いっぽい雰囲気?」
「そ、そうですね。……って、師匠がいるー!?」
「「「「「……」」」」」
一同の冷たい視線が、二人へと突き刺さった。
「そうですか……良かったぁ……」
放置からスパンキングといった一連のプレイを経て、ようやく状況を聞かされた美鈴が、安堵の息をつく。
一応、彼女なりに責任は感じていたという事だろう。
「ま、結果的に上手く行ったから、罰は与えないでおくわ」
「もう十分受けた気はしますけど……では私は仕事に戻ります。
永琳さん、本当にありがとうございました」
それだけを言い残し、美鈴は姿を消した。
既に日付が変わろうという時間なのに、誰も彼女の言葉に疑問を持たない辺り、まことに不憫である。
「それにしても、ウドンゲ。貴方一人で来て一体どうするつもりだったのよ」
「え、ええと、その、何もしないよりはマシかなぁ……と」
「姿勢的には間違いとは言わないけど、それで後悔するのは貴方なのよ?」
「……はい」
ただでさえへにょっている耳が、より一層垂れ下がる。
事が事だけに、鈴仙の落ち込み具合は深い……筈なのだが、そうとも言えなかった。
それ以上に彼女にとって気になる問題があったからだ。
「あの、師匠。どうしてメイド服姿なんですか……?」
「……そういえば説明してなかったわね。
実は、諸般の事情で、三日程、ここのメイド長をやることになったのよ」
「え、ええ!? 訳が分かりませんよ! 途中を省きすぎです!」
「既に出た結論の過程を語るなんて無意味でしょ」
「師匠には無意味でも、私には意味ありまくりだから聞いてるんじゃないですかぁ……」
「ちょっと、永琳」
そこに、レミリアからの横槍が入った。
「はい、何でしょうお嬢様」
対する永琳は、ごくごく自然に受け答える。
今さっき決めたばかりだというのに、余りにも早い変わり身である。
「(ああ……本気なんですね師匠……)」
鈴仙は諦めのため息を漏らす。
また、それと同時に、言い様の無い不安感が身を襲うのを感じていた。
俗にいう、嫌な予感という奴である。
そして、鈴仙の嫌な予感というのは、外れた試しがない。
「……よ」
「……ですね」
密談を交わす二人の視線が、自分へと向いているのが、その証拠だった。
数分後。
「……やっぱり……私に選択肢は無いんですね……」
紅魔館に、五人目の新入りメイドが誕生していた。
「何を今更な事を言っているのかしらこの子ったら」
「本当にねぇ」
死んだ魚の目をしている鈴仙を、満足気に見やるお嬢様と暫定メイド長。
今回のコンセプトは、個性を生かす。
という訳で、永琳とは対極の、かなり際どいミニスカートである。
何のコンセプトやねん。と問われても返答に困るのだが、あえて無理して答えよう。
正義だ。
「(……これは絶対、私のせいじゃ無いわよね……)」
何時の間にか蚊帳の外となっていた幽々子が、心の中でぼやく。
ここまで来ると、もはやどうにでもなれ、といった感じである。
例え香霖堂の主人がメイドになっていたとしても、もう驚きはしないだろう。
蹴りはするだろうけど。
「……そろそろ、休ませて頂いてよろしいですか」
「ええ、ご苦労様」
言ったのは冥界の姫。
答えたのは永遠亭の影の主。
そしてここは紅魔館。
カオスもここまで来れば立派なものだ。
「(……ねぇ、レミリア。貴方、本当に何を考えているの?)」
心の中の呟きには、当然答えるものなど無い。
<白玉楼>
「……うう……」
その頃、紫は眠れぬ時間を過ごしていた。
別に、普段と寝る時間帯がずれているからとかそんな理由ではない。
その気になれば何時であろうとも眠りにつけるのが彼女の自慢であるくらいだ。
原因はただ一つ。
同じ布団で床に就く妖夢の存在にあった。
とは言え、緊張して眠れない等という可愛らしい理由でもない。
現に、その妖夢は既に眠りの世界へと旅立っている。
……いや、むしろ、それが原因だったりする。
「でたわねぇ、じゃあくなるいしよ」
「……」
「いまこそせいぎのちからをしめすときぃ」
「……」
「あいあるかぎりたたかいましょおぉー……すぴー」
「……」
「すー……ああっ、しょうたいをしられてしまっては!」
「(……何だって、こんなにやかましいのよ……)」
そう、物理的な騒音による妨害が原因だった。
これまで違う部屋で寝ていた時は気が付かなかったのだが、とにかく妖夢は寝言が酷い。
本当に寝ているのか疑問に感じる程である。
寝入った所に、口では言えないアレな行為でも働いてみようかしら。等と思っていた自分が情けなかった。
「くー……りりかるまじかるぅー」
「……」
おまけに寝言の方向性が、極めてある分野に偏っている。
夢というのは、大概起きる直前に見るものなのだが、この様子からしてオールナイト上映中と思われた。
「(それとも深層心理の表れかしら……って、どんな心理だっての……よ?)」
バラバラになったパズルのピースが、シャッフルされる。
そして、一瞬にしてすべてがピタリとはまり、一つの完成された情景が映し出される。
「これよ!!」
「……けろちゃん……」
思わず大声を出しつつ立ち上がった。
が、それでも妖夢は起きない。
こんな鈍さで、警護役が勤まるのか些か疑問ではあるが、紫にとっては好都合だった。
「(間に合う……? いえ、間に合わせてみせようじゃないの!)」
<紅魔館>
「……どうして、こうなるのかしら」
僅かに三日程ではあるが、いくらか親しんできたはずの私室。
が、気が付けば、そこは混沌の終着点だった。
「どうした幽々子、眠れないのか?」
直下から小さく届く声。
幽々子は、ベッドから身を乗り出し、下段を覗き込んだ。
肘を立てて横たわり、難しそうな本を捲っている藍の姿が見える。
何故か甚平姿なのだが、それが妙に似合っていた。
「幽霊が普通に睡眠を取るという時点で不思議ですけどね」
今度は、反対側に置かれたベッドの上段からの声。
しおれた耳が心情を表している……と思ったが、常にしおれているので参考にならなかった。
鈴仙は、これが私の生きる道。とばかりに人参柄のパジャマを身に着けていた。
実に清清しかった。
「食欲を思えばまだマトモなんじゃないかしら」
そしてまたもう一つの声。
最後に残った、鈴仙のいるベッドの下段からのもの。
暫定メイド長、永琳である。
スケスケのネグリジェでも着るのではないかと思ったのだが、
それは想像力欠如であると幽々子は思い知らされた。
『寝るときは何も身に着けないのが普通なのよ。健康にも良いしね』
だそうだ。
不老不死の分際で健康も何も無いだろう、と言い返したかったが、止めておいた。
小難しい理屈を並べられるのも面倒だったからだ。
さて、この四人が同室になったのには理由がある。
一つは、偶然にもこの部屋に欠員が続けて出来た事。
仮に、原因が幽々子のラリアットであったり、藍の強行突破であったりしても、偶然は偶然。
そしてもう一つ、これが最も大きい理由なのだが、
全員一緒にしておくほうが面倒が無いだろう、とレミリアが判断したからである。
逆に加速度的に間違いが増える可能性もある……というかそちらのほうが大きいのだが、
今のレミリアにはそこまで思いを馳せる余力は無かった。
なお、橙はこの部屋にはおらず、図書館の居住区で寝泊りしていた。
無論、藍は強硬に反対したのだが、小悪魔の説得により折れる形となったものである。
「……何でもないわ」
「ん、そうか。じゃ私は寝るぞ。
誰かさんが広げきってくれた畑の世話で疲れてるんでな」
「……あっそ」
それを最後に、会話は途切れた。
といっても、元々何があった訳でもないので、各々が自分の時間に戻ったというだけである。
「……はぁ……」
幽々子は深くため息を付くと、ごろりと寝転がる。
「(どうして、こうなるのかしら……)」
先程口にした言葉を、反芻する。
紅魔館で働き始めてから僅かに三日。
だと言うのに、既に白玉楼のことが懐かしく感じられる。
それ程までに色々な事があったからだろうか。
勿論、それはある。
けれども、一番大きな理由は、別にあった。
『お説教ならしないわよ。貴方にはもっと適任の人物がいるでしょうしね』
その台詞を発した人物は、既に小さな寝息を立てている。全裸で。
彼女の言うところの適任とは、誰の事を指し示していたのか。
何となくだが、今なら分かる。
「(……紫……)」
妖夢を押し倒していたのは、ただの何時ものおふざけだったのだろう。
あの時は思わず激昂してしまったが、今は余り気にしてはいない。
だが、それよりも気になったのは、居た堪れずに飛び立つ間際に紫が見せた冷たい視線だった。
あれを見たのは、いつ以来の事だったろうか。
そして、何故紫はそんな目で自分を見つめたのか。
だが、いくら考えようとしても、思考は頭の中でぐるぐると回るだけで一向に形作られない。
ぐるぐるなんて紙冠の模様だけで十分だというのに。
「……」
寝転んだまま、枕元にあった携帯を手に取る。
が、直ぐにそれを放り投げると、すっぽりと布団を被って目を閉じた。
寝息が聞こえ始めるまで、そう長い時間は必要としなかった。
同時刻。
自室にて、思いに耽るレミリアの姿があった。
彼女にとって、この時間帯は、昼間のようなもの。
故に、起きているのは当たり前の事である。
「……」
夜空に浮かぶ月を眺めつつ、ワイングラスを転がす姿は、まこと様になっていた。
なお、中身は100%のグレープジュースである。
糖分は大切なのだ。
「……やっぱり、アレしか無いわね」
彼女の脳裏には、様々な情景が浮かび、そして消えていた。
そして、最後に残ったのは、一人の少女の姿。
「……フラン……」
えーりん!えーりん!
これで充分!!
……いえ、充分じゃないです。
激しく続きが気になります。
さていよいよ紅魔館が誇る無敵のリーサル少女が実戦配備されようとしてる訳だが。
八意先生。 その先が気になってびんびんになっちまって夜も眠れねえっす・・・・・・orz。
とりあえず(全部コメントするのもめんどくさいので)総括。
お前ら(作者含め)馬鹿だろ。(ほめ言葉)
ここまできたら黙って見守りますよ!紅魔館崩落まで(ぇ
という事で点数は保留という事で・・・
妖夢の寝言には笑いました。
後、全裸は永琳より・・・某きつ(スッパテンコー
GJでした
容易に想像できるだけに恐ろしいです
そうだった……正義、そうミニスカートこそ正義だ!
人類はそれを忘れてはいけない!有難う!
こうして こうまかんは くずれさった
いやまあともあれ次回を楽しみにしております。
↑プライベート・ライアンは卑怯にも程がありますよ(汁
顔から色んな液を垂れ流しながら笑いました。
皆が腕を振っている姿が目に浮かびました。
・・・・・・GJ!!
GJ!爆笑です!
小ネタのスパイシーさもさる事ながら、本筋がすんげぇ面白いっすよ!!
最近始まったのは見れませんので知りません。
おもしろいです
しかしどんどんと人が集まってるなぁ。(笑
想像すると、とってもアレで、そしてとっても和みます。
そして噴く。凄いです…。
幻想卿で全裸で寝るのが似合うのは、師匠とゆあきんぐらいでしょうか
笑いの止まらない私を。
親切さんの一杯な幻想郷だー!ヤフー!