今更ですが、このSSには花映塚のネタバレが含まれています。
更に『ラスボスステージ(Stage 9)』プレイ済みの方を対象にしています。
オリジナル要素が強いので、『こんなの【彼女】じゃないッ!!』と思われる方は、
速やかにお戻りくださいませ。
河原全体に咲き誇る真っ赤な彼岸花が、血に塗れた腕の様に妖しく虚空を求めている。
川面から立ちこめる灰色の狭霧のせいか、周囲一帯は不吉なほど陰鬱だった。
此処は無縁塚。『顕界(この世)』と『地獄界』の境界に位置する場所。
当然の事だが、『地獄界』に連れられた魂は即座に閻魔の元へと連行される。
だから『地獄界』側の岸辺には、この付近一帯を任されている死神、『小野塚 小町』が
船を出してしまえば、魂一つ存在しない無間の空間が広がるのが常である。
だが、今日は違っていた。
小町が休憩用に使っている石のベンチに、ふたり並んで座している者が居るのだ。
『地獄界』特有の『黒衣』に身を包む妖精と、『顕界』の『白衣』に身を包む妖精。
奇妙なのは二人の其の姿。まるで鏡に映した様に瓜二つ。
けれど二人の印象を決定的に別物にしているのは、彼女たちの帯びている其の表情。
白衣は穢れとは無縁の無垢な表情を、黒衣は侮蔑とすら思える冷然を湛えているのだから。
(久しぶりね………元気だった?) そう白衣が話を切り出した。
「………別に」 黒衣はあくまでも無関心にさらりと流す。
この会話もまた奇妙である。実際に言葉を発しているのは黒衣だけ。
白衣からは、一片の言葉も発せられてはいない。
姉妹の妖精という特殊な間柄だからこそ可能な『念話』、
それを用いて辛うじて会話が成り立っているに過ぎなかった。
(『地獄界』に春を伝えるのは大変だって聞いてるから、いつも心配してるのよ♪)
「……そう」
(でも、涼しい顔して難無くこなすなんて、流石『お姉ちゃん』ね♪)
「そんなの………大したことじゃないわよ」
(えー、ワタシは自信ないなぁ、こんな寂しいところに春を伝えるなんて………)
それを聞いた黒衣は、フゥと溜息をつき、表情だけで やれやれ と語る。
「アンタ、そんなこと言うために此処に来たの?」
(…………?)
「何度も言っているでしょう?」
黒衣の真意を測りかねる様に、白衣がコクンと首を傾げた。
「『リリーホワイト』が、軽々しく地獄に来ては駄目だって………」
姉と呼ばれた黒衣の者は、半ば呆れた様に白衣の妹をたしなめる。
その黒衣の者の名は『リリーブラック』、地獄界に春を伝える任を与えられた者である。
◆◇◆◇◆◇◆
二人の会話は終始、リリーホワイトが主導権を握っていた。
リリーブラックは妹の執拗な念話の洪水に辟易する、そんな遣り取りが行われている。
(………で、その時のリリカちゃんの顔ったら、可笑しくてね………ウフフッ)
「相変わらずの三人組ね………やれやれだわ」
余談だが、騒霊三姉妹と二人は旧知の仲である。
(えー、あの三人もお姉ちゃんを心配してるんだよ~ そんな言い方無いよ~」
「ふん、騒霊三姉妹ごときに心配されるなんて、私も見くびられたものね……」
(あれから随分強くなってるよ? あんまり油断してると負けちゃうよ~)
「あらそう? じゃ、あの三人に伝えて頂戴。
もし地獄に来る様な事があったら、またタップリ苛めてあげるって………」
更に余談だが、リリーブラックの実力は彼女達『春精』の中でも群を抜いていた。
妖精と幽霊は近い存在であるが、当時の騒霊三姉妹では掠り傷一つ付けられないほどに。
(う~ん………私は、そんなこと言えないよ~)
「真に受けないでよ。単なる冗談なんだからさ………で、アンタが此処に来た用件は?」
(………相変わらずお姉ちゃんはせっかちね~
実は………特に理由は無いの。
ただ、お姉ちゃんの顔が見たかっただけなの、そんな理由じゃ……駄目かな?)
伏し目がちに姉を見つめるリリーホワイト。
「そ、そんなの……駄目に決まってるじゃない………此処は地獄なんだから……」
あくまでクールを決めこむリリーブラックだったが、明らかに動揺の色が見える。
蒼白だった頬は真っ赤に染まり、厳しかった視線も何処を見ているのやら判らない。
本人は気付いていないが、無意識のうちに自分の指を頻りに弄んでいる。
(それに…………理由は他にもあるの………ほら、これを持ってきたの~
向こうの食材で作ったお弁当~ 一緒に食べよ?)
「し、仕方ないわね………折角だから……食べてあげるわよ」
リリーホワイトが『顕界』から持ってきたお弁当を突きながら二人の会話は続く。
蕗、ゼンマイ、タラの芽といった、山菜を中心にした素朴なお弁当である。
リリーブラックは無感動に口に運ぶが、数分で空になった弁当箱がその味を物語る。
普段、地獄界の食事しか口にできない彼女には………尚更、格別なはずである。
食事も会話も一段落したところで、初めてリリーブラックが話題を切り出した。
「ところでさ………アンタ、まだ『言葉』は取り戻せないの?」
その途端、目に見えて気まずい空気が流れた。
(うん…………)
「原因は思い浮かばない?、誰かの恨みをかったとか、何か変な物を食べたとか……」
(う~ん……分かんない~)
「きっと何かある筈よ……アンタの声を奪った原因が……何か……」
珍しく落胆したままの表情で、姉の質問に答えるリリーホワイト。
(でも、もういいの……もう諦めてるから……)
それを聞いて、リリーブラックはガバッと立ち上がり言葉を荒げる。
「なんでよ?、アンタ、あんなに歌うのが好きだったじゃない。簡単に諦めちゃ駄目よ」
(でも……)
「きっとアンタの言葉は、私が取り戻してあげるから」
(…………)
「だから約束しなさい……諦めないで、もう一度私と歌うって……いいわね?」
その姉の気迫に、リリーホワイトは只こくりと頷く事しかできなかった。
◆◇◆◇◆◇◆
(それにしても………いっつも不思議に思うの)
「?」
(『一族』のしきたりでは、姉が『リリーホワイト』を、妹が『リリーブラック』を
担うはずでしょ?)
「…………何が言いたいの?」
(本当なら、お姉ちゃんがこの白い衣装を、私がその黒い衣装を着る筈なのにね?)
「私が望んだことよ。アンタには関係ないわ」
(もしも………もしもだよ?
私が『リリーブラック』を代わってって言ったら……)
「嫌よ!!」
妹の言葉を遮って、リリーブラックはハッキリと拒絶を示す。
(……どうして?)
「決まってるじゃない………私は顕界の浮かれたヤツが大嫌いだからよ」
再び、二人の間に気まずい沈黙が流れる。
(なんで、そんなこというのかな?)
「ただ単に嫌いだからよ。
生命のありがたみを忘れ、寿命を浪費するだけの堕落した奴らがね?」
(………)
「それに引き替え、此の地獄は絶望と苦痛が満ち溢れていて楽しいの。
逆にキチンと原罪を……生きる罪を実感できるから………」
妹に口を挟む隙を与えずに、リリーブラックは続けた。
「だから私は、この地獄に春を伝える道を選んだのよ。『リリーブラック』としてね?」
(でも…………)
「くどいわ………何度言われても、覆すつもりは無いから」
リリーホワイトは暫く言葉を探していたが、それも徒労に終わった様だった。
二人の間に沈黙が滑り込み、やがて遠くから乾いた音が聞こえ始めた。
三途の川に掛かった霧の中から、微かにキイキイと擦れる音が聞こえてくる。
それは小町が漕ぐ船の音。顕界から霊を乗せこちらに渡ってくる音。
「ほら…………帰りの時間のようね?」
(…………お姉ちゃん)
「アンタも『顕界』の春を伝える立派な『リリーホワイト』なんだから、
もっと自覚を持ちなさい。あまり此処へは来ないこと。良いわね?」
ブンブンと首を振り、涙目で訴える。
(………また、来るね?)
リリーブラックはワザと視線を逸らせ、極めて冷徹に言い放った。
「駄目よ……、ここはアンタには相応しくないから……」
◆◇◆◇◆◇◆
小町の船に揺られ、少しずつ小さくなっていく妹の姿。
ずっとその姿を岸辺から見守るリリーブラックの肩を、誰かがポンと叩く。
誰かと思い振り返ると、其処には地獄の閻魔である四季映姫が立っていた。
「あ……映姫さま。こんな所までどうされました?」
四季映姫は愛用の笏を後ろ手に持ち、涼しげな微笑を湛えていた。
「ちょっと様子を見に来ただけですよ。貴女達、姉妹の様子をね?」
生真面目そうではあるものの、外見上はリリーブラックと同年代、
若しくは彼女より年下に見えてもおかしくない風貌。
だが、その実は地獄の最高権力者が一人、ヤマザナドゥである。
「わざわざ、私達の様子を見にいらしたのですか?」
「そうよ?、良いじゃない、別にヒマなんだし」
「え、ええ……それは別に構いませんけど……」
「それで、どうでした? 久々の姉妹水入らずの面会は?」
「そうですね、何も変わりない様でホっとしました。………これも映姫さまのお陰です」
通常なら有り得ない事だが、映姫は何故かリリーホワイトの渡航を許していた。
「それは、良かったですね。
けれど折角の再会だったのですから、もっと嬉しそうな顔をしたらどうです?」
「………」
「まさか、あの子が嫌いなの?」
「………!!
そんな訳無いじゃないですか。私だって………できれば、ずっと一緒に居たいです」
いつの間にかリリーブラックの表情に、様々な感情が宿っているのが見て取れた。
「でも…これは『一族』のしきたりなんです。任が解かれるまでは仕方のないことです」
それは彼女達の『一族』に、古くより受け継がれる掟。
『リリーホワイト』と『リリーブラック』を一族の中から選出し、
約千年の間、春を伝える『春精』として勤めに出す。
それは、誰よりも彼女たち自身が一番よく知っていることだった。
「そうね………それまでの辛抱よね………でも、一つだけ忠告するわ」
映姫は急に罪人を裁く表情になると、リリーにキッパリと言い放った。
「もう、嘘を付くのはお止めなさい」
突然の糾弾に、目を白黒させて驚くリリーブラック。
「嘘………ですか?」
「そうです」
「嘘なんて………ついてません」
「私に嘘が効かないことくらい、判っていますよね?」
「ですが………」
「………『地獄が楽しい』だとか、『顕界の人間が嫌い』だなんて、
心にも無いことを言うのはお止めなさい。決して貴女の為にはなりませんよ?」
「………だって………」
リリーブラックの肩がワナワナと震えている。
両拳をギュッと握りしめ、瞳はジワジワと涙で潤んでいる。
押さえていた感情の糸が遂に切れたのか、咄嗟に映姫にの胸に飛び込んでいった。
「だって、だって仕方ないじゃないですかっ、そうでも言わなければ、
あの子は……自分が『リリーブラック』をやるなんて言いかねないものっ」
「………」
「此処は………地獄は、あの子には過酷すぎる環境です。あの子は優しさ過ぎるんです。
こんなところにずっと居たらあの子はきっと壊れてしまう。それだけは耐えられません。
だから私は………」
リリーの言い分は当然である。地獄に堕とされた罪人の相手は生半可な者では勤まらない。
剥き出しの感情に翻弄され、精神崩壊を起す者も少なくないからだ。
「………それに、私はあの子の代わりに此処を担当する義務があるんです。
私が、あの子の力を奪ってしまったからっ!!」
彼女は一族の中でも希代の才能を備えていた。
だが、それは姉妹で二等分される筈の能力が、何故か姉に集中してしまったからだ。
並の妖精と変わらぬ程度の妹では、地獄の亡者の相手が勤まるとは到底思えなかった。
「うぅっ、うっ、うっ………」
胸の中で泣き続けるリリーブラックの背中を、優しく撫でながら映姫は諭した。
「貴女の気持ちは判りました。だから、落ち着きなさい」
映姫は彼女の肩を離すと、人差し指でそっと涙を拭ってあげた。
「ほら、可愛い顔が台無しでしょう?」
「……私は、可愛くなんてありません……」
泣きはらして涙目なのに、ムスッとした表情でリリーは抗議する。
「殊勝なのね………貴女のそういうところ、私は嫌いではありません。
けれど、なるべく嘘を付くのはお止めなさい。たとえ、あの子の為だとしても。
それが、今の貴女に積める最大の善行なのだから」
リリーブラックは映姫に両肩を抱かれ向かい合っていたが、
冷静さを取り戻したのか、未だに涙で潤んでいる瞳を映姫から背けて言った。
「………判りました。嘘を付くのはあの子の前だけにします………でも」
今度は映姫の目を真っ直ぐに見る。
「でも、あの子の為なら、私はずっと嘘を吐き続けます。
その罰として、いずれ舌を抜かれるとしても………」
其処には曇り一つ無い瞳が並んでいた。それが彼女の覚悟の深さだとでも言う様に。
暫くそのまま二人とも動かなかったが、流石に気恥ずかしくなったのか、
リリーブラックは映姫から離れると、再び川面へと向き直った。
映姫も倣って同じ方向を見つめる。
そこには只一つの影も無く、一片の波音すら無い、本当に何もない空間………
けれど………それが却って二人には心地よく感じられた。
「ところで映姫さま。ずっと不思議に思っていたことがあるんです」
「なにかしら?」
「舌を抜かれた者は、一体どうなるんですか?」
その質問に、今度は映姫が目を逸らしてしまった。
何か言いにくいことを聞いてしまったと、リリーブラックは直ぐに気付いた。
「それは貴女には教えられません………」
「………そうですね。私はいずれ、その罰を受ける運命にあるんですから、
知らない方が良いこともありますよね………」
映姫は何も言えなかった。ヤマザナドゥは立場上、嘘を言うことができない。
だから、ひたすら黙って耐えるしかなかった。
『彼女の罪は既にあがなわれている』という事実を。
舌を抜くというのはあくまで比喩であり、実際は『言葉を奪う』ということを。
そして、自分のために嘘を吐き続ける姉の代わりに、
罪だけでも背負わせてくださいと、自分の『言葉』を差し出した健気な妖精のことを。
「………あれ?」 そう、リリーブラックが呟いた。
何に気を取られたのか判らない映姫は、どうしましたと尋ねる。
「いえ………歌が……歌が聞こえませんか?」
そう言ってリリーブラックは、川辺へと歩み寄っていく。
映姫の耳には何一つ聞こえなかったが、リリーはその場でジッと耳を傾けていた。
やがて胸に手を当ててスッと息を吸い込むと、顕界に向けて静かに歌を紡ぎ始めた。
静寂が支配するこの無縁塚に、リリーの歌声がただ粛々と響き渡る。
それは妹が好きだった歌。遙かな昔、姉妹でよく歌った『春を呼ぶ歌』
リリーブラックは歌う。数えきれぬ春を越え、やがて訪れるその未来に、
再び姉妹で歌い合う、その日を夢見て………
姉妹妖精とか、舌を抜かれるとか…お見事です。
黒さんは
ツンデレだ
な
どうやっても、犯した罪が消える事がないのならば、四季様はどうしてこんな言葉をかけたのか。
せめてそこに、このお話の一抹の希望の光があることを、願いたいです。
思うところは色々あるのですが言葉にならないのでこんな溶けたコメントだけで
でも一番苦しいのは全て知ってる四季かもしれない。
>(なんで、そんなこというのかな?)
そこで「嘘だっ!」と激昂する白百合を想像してしまう自分にorz
イ○キ兄さんみたくカコイイデスヨ…
このツンデレは素晴らしい。
だって既に罰は下されてしまっているのだから……
そのことに気づいたとき、春妖精の姉妹はどうなってしまうのか。
切なくていいお話をありがとうございます。
罪が有る故に、それを償うため罰は存在する。すなわち、罪は罰に先行する。
しかし、罰が既に執行され贖われているとしたら…その罪の存在に意義はあるのか?
それでも、例え罪が不確定で空虚な物だとしても、
もし罪を背負い償う心こそが罰であるならば――二人は
罪が有るにしても罰を受けているのだし、きっと救われるのでしょう。
皆様に頂いたお言葉、胸に染み入りました。
特に今回頂いたコメントは深奥な内容が多く、
逆に私自身、この話について色々と考えさせられました。
本来ならば、その辺りを個別にレスさせて頂くべきなのかもしれませんが、
私の下手なコメントを書き連ねるのも不粋と思いますので、
失礼ながら当コメントにて総括とさせてください。
最後にもう一度、読んで頂いた全ての方に心よりお礼申し上げます。
いつか二人、仲睦まじく歌える日が来ることを願います
願わくば、百合姉妹に幸あらんことを。