Coolier - 新生・東方創想話

竹林に眠る兎の罪

2005/10/03 03:19:17
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竹林に眠る兎の罪


 昔々、地上の穢れた人間が、月に攻め込んできました

 地上の人々は、銀色に鈍く輝く乗り物でやってきて、月に旗を立て『月は我々の物だ』と宣言しました
 無論、月の民も、地上に住む兎達も黙ってはいませんでした
 しかし、地上の人間が使う兵器の前に、月側の抵抗は無力でした

 私が統括していた月面兎部隊も壊滅状態になり、私は仲間を見捨てて地上へと逃げ延び、
命からがら地上へ落ち延びてきました。
 そこで私は、人間以外が住むと言う幻想郷へと何とか逃げ込み、一軒の屋敷に転がり込みました
 そこには、遙か昔に月を追放された月の姫と、その姫に付き従う薬師(他に地上の妖怪兎の因幡が数匹)が住んでいました
 姫の名は『蓬莱山 輝夜』、薬師の名は『八意 永琳』
 私は、その屋敷に匿ってもらうかわりに、薬師の弟子として過ごすようになりました
 更に、名前をカモフラージュする為に、レイセンと言う本名から、鈴仙・優曇華院(れいせん・うどんげいん)・イナバという名前に変えることになりました
優曇華院は永琳が付けた愛称、イナバは姫が付けた愛称、(と言うか、どうやら姫にとって、兎は皆、イナバのようですが…)

 こうして私は、この閉ざされた幻想郷で、穏やかに暮らし始めました

 仲間を見捨て、自分だけ逃げた罪悪感を、常にこの胸に抱きながら…



 私が月の仲間を見捨てて、この幻想郷に来てからどのくらいの時間が経つだろう

 昼でも薄暗い竹林の奥。群生する竹の影に隠れるように、その屋敷は立っていた

 キシ…キシ…キシ

 純和風の作りの廊下を、赤と黒の衣装に身を包んだ妙齢の女性が、一種独特な木材の音を軋ませ、私の名前を(略して)呼びながら歩いている

「ウドンゲー、ウドンゲー?何処にいるのー?」

 私はその声に答えるように、一つの部屋の襖から顔を出す。

「私ならここですよ、師匠」

 師匠と呼ばれた女性は、探し人をようやく見つけ、少し足早に私の元へと歩いてくる
 薬師であり、私の師匠でもある八意 永琳

「なんだ、ここに居たのね、ウドンゲ。あなた、今日は非番なのに部屋に居ないから何処に行ったのかと思ったわ」

 私が居た部屋は、主に居間として使われている部屋だ。私はここで戸棚の中を探り、薬を探していたのだ

「すみません、なんだか今日は朝から調子が悪くて…薬を探していたんです。多分、風邪か何かだと思うんですが」
「あら、そうだったの?じゃあ、用事を頼むのは無理ね…どうしようかしら、今は手が離せないし」
「いえ、少しふらつく程度ですから構いません。それで、用事ってなんです?」

 実際は、ふらつく上に頭痛もするのだが、師匠が困っているのに断るわけにはいかない
 私は笑顔で用事の内容を尋ねた

「…ん、まあ、貴女が大丈夫だって言うなら大丈夫でしょ。じゃあ、お願いしようかしら。あのね、実は、今作ってる薬の材料が途中で足りなくなっちゃったのよ。本当は自分で取りに行くのが良いんだろうけど、ちょっと手が離せなくてね…ウドンゲ、取りに行ってくれるかしら?」
「構いませんよ。その位なら大した労力でも無いですし、すぐに取って帰ってきます。それで、どんな物なんですか?」

 そう尋ねると、師匠は懐から足りない物品を書いたメモを渡してくれた。聞いたことの無い植物の名前も書いてあったが、横には絵も描いていてくれたので間違うことは無さそうだ

「…分かりました。では行って来ます」

 そう言って師匠に背を向けて歩き出そうとした瞬間、足元がふらついた

「…ウドンゲ、貴女本当に大丈夫?なんなら、他の地上の兎達に頼んでも…」
「大丈夫ですよ。心配しないでください」

 背後で師匠が心配そうに見てくれているのが分かる

「なら、いいけど…体調には気を付けなさい、ウドンゲ。貴女は私達とは違うのだから…」
「…分かってます。では」

 2度目の出立の挨拶をし、踵を返して屋敷の外へと向けて歩いていく

 師匠と姫は病気はもとより、歳をとることも、死ぬことも無い…
『蓬莱の薬』…いわゆる不老不死の薬を使っている
 この薬、月ではその使用も、また、それを製造することも禁忌とされていた
 姫と師匠はこの薬を興味本位で製造し、更にそれを服用した罪で、月の流刑地とされているこの地上に落とされ、処刑された罪人なのだと聞いている
 しかし、処刑されても不死の為、死ぬほどの激痛を味わうだけで、死ななかったという…

 私は考える…生きるための苦しみを味わうのと、死ねない苦しみでは、どちらが苦しいのだろう、と
 私には分からない…師匠や姫ほどの生を重ねたわけではないし、私は歳も取るし病気にもなる。地上の人間とは、時間軸の進み方が違うけれど…
 きっと、不老不死の苦しみは、蓬莱の薬を使った者にしか分からないだろう


「…さて、これで全部かしら…」

 私は、屋敷を離れた後、竹林の中を、メモを片手に歩き回っていた
 なかなか見つけにくい物もあり、少しばかり時間が掛かったが、どうやら今採取した物で全て揃ったようだ
 全てを揃え、背筋を伸ばして安堵の溜息を吐いた時、視界が大きく揺らいだ

「…っと…、さすがに少し疲れたかしら…早く帰って休んだ方が良さそうね…」

 そう思い、屋敷へと続いている道無き道を辿り、帰路につこうとした時だった
 目の前が白く霞んできた
 疲れすぎて視界がぼやけたのかとも思い、目を瞬きさせてみるが、どうやらそうでは無く、霧が出てきたようである。竹林の土壌に眠っていた水分が地表に出てきたのだろう

「まずいわね…早く戻らないと道が分からなくなりそう。急がないと」

 少し足早になりながら、私は屋敷の方向へと歩き始めた
 しかし、霧の濃度はどんどんと増し、一寸先も見えない程になってしまった
普段ならこの程度の霧でも大体の感覚で屋敷まで戻れるのだが、体調が優れないせいか頭があまり働いていないようだ

「…うーん、これは無闇に動かない方がいいかな…仕方ない、ここで霧が晴れるまで、少し休んでいこう」 

 視界が効かない状態で、歩き回る事の危険さを私は知っている 
 ましてや、今は体調も万全では無いのだ。無駄に体力を消耗するのだけは避けたい
 あまり湿っていない地面を探し、私はそこに腰を下ろした

 (やっぱり、他の因幡達に行ってもらえば良かったかなぁ…)

 白く煙る竹林の霧の中で、私はそんなことを考えていた
 けれども、師匠達には世話になっている分、少しでも役に立ちたかった
  とにかく、今は一刻も早く、この霧が晴れるのを祈るばかりだ

「…ぅん?」

 ふと、霧の中に紅い光が見えた気がした
 『赤』のように鮮やかな色ではなく、少し淀んだ『紅』い光だった
 私はふらつく足を叱咤し、ゆっくり立ち上がると光の差した方向へと歩みを進めた

「なんだろう…?どこかで見た事があるような光だったけど」

 歩を進めるうち、徐々に光が強くなってくる
 光源が近づくにつれ、私は全身に寒気を感じ始めていた
 本能が『これ以上近づいたら駄目だ』と警告を発しているのが分かった
それでも私は、脅迫観念に捕らわれたようにそこに近づいていく


 光源に辿り着くと、そこは竹林の中にある小さな広場だった
 紅い光は中空に留まったまま、淀んだ光を発し続けている

「…これは一体、なに…?」

 私が光に触れようと、人指し指を伸ばした時だった

「えっ!な、何これ!?きゃっ!!」

 光が突然膨れあがり、私の視界全体が紅く染まっていく 
 紅い海の中に放り込まれたような浮遊感が体を包む



 次に目を開けた時、そこに鬱蒼と生い茂る筈の竹林は無く
 目に見えるのは地平の彼方に浮かぶ蒼い星と、その周りにある漆黒の闇だけ

 私にはここがどこか、一目で分かった
 私が捨てた場所
あの日、私が生涯の別れを告げた場所
 二度と戻ることの出来ない、遠い故郷
 …あの日の月の姿だった

「こ…こは……」

 一つの光景が思い出される
 地上の人間達が私達の故郷である月に攻め込み
 月の民と地上の民との間で始まった、争いの日々が

「い、嫌…思い出したくない…!」

 あの日の光景が脳裏をよぎり、私は頭を抱え瞼を閉じた
 しかし、瞼を閉じたことによって視界が完全に閉ざされ、否応なしに過去の罪が頭を駆け巡る

 
『レイセン様!地上の人間達は我々の地に旗を掲げ、この地を自分たちの物にしようとしています!』

 どこかで聞いた事がある声が聞こえ、私は目を開ける
 一つの小さな部屋、扉の前に立つ一匹の月の妖怪兎が報告をしている
 そして、その兎の正面の椅子に座り、黄と黒を基調とした服に身を包んでいる私
 現実の私は、その二人の間に立ち、現状を見守っている
 目の前の二人には、私の姿は見えていないらしく、見向きもしない

『分かっています。ここは我々の地、地上の穢れた人間如きに渡すわけにはいきません!地上の近代的な兵器の前では我々が不利でしょう。しかし、我々には数千年に及び蓄積してきた知識と誇りがある!貴方達には危ない橋を渡らせる事になりますが、なんとしてでもこの月を守り抜くのです!!』
『はっ!』
 (…なに、これ……私の記憶が蘇ってるの…?)

 これは、私がまだ月面兎部隊にいた頃の記憶だ…
 あの、忘れられない争いが始まった日の記憶


 かくして、月面は戦場となった…地上の人間は近代兵器を使い、直接こちらの肉体にダメージを与えてくる。対抗する我々は、月の兎が持つ特殊な波動の精神波を操り、地上の人間の精神にダメージを与えていく…当初、数で勝っていた我々だったが、直接的にダメージを与えてくる地上の人間の攻撃に、徐々にその数を減らされていった…
 戦場となった月の第一クレーターでは、おびただしい数の血が流れ、多くの同胞達が倒れていった…


『くっ、ここまで地上の人間の科学力が発達しているとは…』
『レイセン様、このままでは我々は全滅してしまいます!何か良い案は無いでしょうか?』

 一つの部屋の中に月面兎部隊が集まり、会議をしていた。既にこちらの戦力の半分以上は削がれてしまっている
 そんな重い雰囲気の中、ふと過去の私が椅子から立ち上がった
『…私に一つの案がある。人間達には我々兎同士の間で使われる精神波は感知できない筈だが、わざとその精神波の周波数を変え、地上の人間の使う『ムセンキ』とか言う物に感知させ、それを使って嘘の情報を流せばいい。そして地上の人間が嘘に踊らされている間に我々が周囲を取り囲み、一網打尽にする…と、言うのはどうだろうか?』

 私の案に、周りから『おぉー』という声が挙がった

(駄目だ!その作戦では、またあの日を繰り返してしまう!!)

 記憶の中の私に向かってそう告げるが、聞こえる筈が無く…結局、私の提案した作戦を決行する事になってしまった

 
『みんな、準備は良いか?』
『はいっ!』
『では、作戦…開始!!』

 地上の人間達が滞在している居住区の周りを兎部隊が取り囲む
 人間達には、日の出と共に総攻撃を仕掛けるといった情報を流しておいた
 実際は真夜中に攻撃を仕掛けるのだ
眠っているところを攻撃すれば、いかな兵器を持っていようとも無意味
 勝機は我々にありと、我々は誰もがそう思っていた

 少しずつ、滞在している居住区へと歩を進める

 最初に異変に気付いたのは誰だったか…私の左右の隊員がざわつき始めた
 私がその異変に気付いたとき、時は既に遅かった…
 居住区の周りに、見張りが一人も居なかったのだ
 
『レイセン様!背後から敵が!!』

 部隊の背後を守っていた隊員が声をあげる
 次に聞こえてくるのは、一斉に降りかかってくる近代的な弾幕の音と、同胞達の叫びのみ…
 誰一人として抗うことは出来ず、ただ、母なる月の地に、その肢体を晒していくのみだった
 
 地上の人間の中に、非常に頭の切れる者が居たのだろう…
 我々は、裏をかいたつもりが、その逆の裏をかかれたのだった
 我々の部隊が展開する幅よりも更に広く、人間達は展開していた
…完全なる、私達の敗北だった…

(いやぁぁぁーーー!!!!)
(お願いだから…これ以上は見せないで!私はもう…仲間が倒れていくのは見たくない!!)

 一度見た光景とはいえ、慣れる訳がない…むしろ、2度目だからこそ、私の慟哭も更に強かったのかも知れない

『レイセン様!逃げてください!ここは私達が盾になりますから、レイセン様はもう一度体制を立て直してください!』

 そう言って私を逃がしてくれたのは、私の一番の部下だった…

(逃げちゃ駄目よ!逃げたら一生後悔しながら生きていくことになるのよ!)

 私は、もちろん逃げるつもりは無かったのだが、次の一言で撤退することになった

『ここで皆やられたら、誰が月を守るのですか!?レイセン様は一番強い能力をお持ちになってらっしゃるのですよ!長くは持たないです!早く逃げてください!』

(逃げちゃ…だめ~!!)

 私の声は届かず

 私は…逃げた…
 追いかけてくる地上の人間達…
 隊長である私を守ろうと、自らを盾にして倒れていく仲間達…
 私は、幾多もの犠牲を作りながら必死に逃げた…
 
逃げて
 逃げて
 逃げて
 逃げて
逃げて
 そうして、ようやく追っ手を振りきった時
 …私は…一人になっていた……

 ここは、月のどの辺りだろう…?
 戦場だった場所から遙かに離れ、私は一人…暗い場所に立っていた
 私は一人…仲間を見捨てて……逃げた

結局、月の民の居住区に戻ることも出来ず、私は満月の夜に繋がる、月と地上とを繋ぐロードを使い、地上へと逃げ延びた
 仲間が命を掛けて託してくれた
 援軍も呼ばずに…



日の光も当たらない暗闇で、襲い来る虚無感に心を苛まれながら、私は後悔と自責の念に捕らわれ続ける

(ごめんなさい……ごめんなさい)

 私は暗闇の中で、ひたすら仲間の為に謝った…
 涙が頬を伝い、闇に吸い込まれていく
 この地上での暮らしに浮かれ、自分の罪を忘れていたわけではない
 それでも、謝る以外に…私にはする事が出来なかった


『ねぇ、貴女…そんなに後悔する事が分かっていたのに、どうしてあの場所から逃げ出したの?』

 闇の中から、私以外の私の声が響く
 いや、これはやはり、私自身の声なのだろう
 目を開けると、何も見えないはずの闇の中に、はっきりと見える姿で私が立っていた

『どうして?』

 再び、私が尋ねてくる

「それは………仲間が命を賭して、私を逃がそうとしてくれた…から…」

 私が答える

『なら、何故、援軍も呼ばず、一度も拠点に戻らずに地上へと逃げたの?』

 私が尋ねる

「……それは……仲間を見捨てて、自分だけ生き残った事が…情けなくて…」

 私が答える

『なら、何故、貴女は今、姫や師匠と一緒にゆっくりと時が過ぎるのを、心地良いと思い始めているの?』

 私が尋ねる

「それは………」

 私は…答えない

『何故?』
『何故?』

私が問いかけても、私は答えない

 何故?
 なぜ?
 なぜ!

 いつの間にか、私の姿は闇に溶け、姿は見えなくなっていた
 だが、私の声だけは周囲の闇に木霊し、私の長い耳に痛いほどに響く
 頭を抱え、耳を塞ぐ。声が届かないように

 なぜ!!

(もう…)

 なぜ!!?

(もう…やめてーーーー!!)

 気が狂いそうな程の慟哭の中、私は絶叫したが、空間に充満している自分自身の声によって、自分の耳に届くことは無かった…




「……大丈夫、ウドンゲ?」

 すぐ側から聞こえる聞き慣れた声に意識を起こされ、目を開ける
 声の主は、師匠だった…
 私は自室の布団の中にいた
 
「……私…なんで……?」
「…帰りが遅いから探しに出たの。貴女、屋敷の近くの竹に寄りかかって倒れてたのよ」

 倒れてた……?じゃあ、さっきまでのは夢…?
 しばらく、ぼーっとしていると心配そうに師匠が顔を覗き込んでくる
 
「ねぇ、本当に大丈夫なの、ウドンゲ…貴女ずっと魘されてたのよ?」

 布団から上半身を起こす
 師匠のその言葉で、先程までの夢の記憶が蘇る

「ちょっ…ウドンゲどうしたの!」
「えっ…」

 どうした?とは…どういう意味だろう?
 そう思った時、布団の上で握っていた手の甲に涙が落ちた
 私は……泣いていた
 涙が頬を伝う感覚がむずがゆい…
 ここに来てから一度も流した事も無かった涙は、堰を切ったように溢れだし、止めようとしても止まらなかった

「ウドンゲ…?」
「……師匠…!」

 私は、すぐ横で私を気遣ってくれている師匠に抱きつき、声を上げて泣いた 

この涙は…我が身に刻まれた消えぬ罪の証
この嗚咽は…拭い去ることは出来ない過去への懺悔

いくら謝罪しても…いくら後悔しても…
過去に犯した過ちは、深山の頂に眠る根雪のように
決して消し去ることは出来ない…


 師匠は、ただ過去を後悔しながら泣き続ける私の背中を静かに撫でていてくれた…


 …半刻後、ようやく落ち着きを取り戻した私は、自分が見た過去の記憶の幻を師匠に話した
 師匠は、私の話を聞きながらも、どこか遠くを見るような表情をしていた
 話を終えた後、師匠が私の紅い瞳を真っ直ぐに見つめながら語り始める

「…竹は、昔から満月の晩に成長すると言われているの。月の光には魔力が宿る…だから、ここの竹林が月の光を浴びて育ったのなら、少なからず魔力の影響を受ける…そして、その魔力は竹林に突然発生する霧となって地表を覆う。だから、普通の人間は竹林の霧に幻を見たり、道に迷ったりする…」

 師匠は淡々と話し続ける
 私は、師匠の一言一言を聞き逃さないよう、真剣な表情で聞いている

「普通の人間ですら、それほど月の魔力の影響を受ける。ましてや、貴女の瞳は月の兎独特の、感受性の強い紅い瞳……ウドンゲ、貴女が見たのは紛れもない貴女自身の過去の記憶よ」「……はい」

 師匠の言葉が、再び私を罪の意識に苛んでいく

「貴女が見た物は、貴女自身の記憶と罪の意識から生み出された物……私は、仲間を見捨て、故郷を捨てた貴女の罪が、軽いとは言わないわ…」
「……は…い……」

 私は思わず師匠から視線を外し、下を向くような形になる

「だけどね…」

 ふっ、と私の体が師匠の腕に包まれる
 柔らかく、暖かなベールに包まれたような
 どことなく安心できるような感覚…

「私は、貴女がどれだけ悩んで、どれだけ後悔しているかも分かっているつもり…満月が近づくと、彼方に浮かぶ月を悲しそうに見上げている姿を、私も姫も幾度と無く見てる……貴女が寝ている時にも、時々寝言で譫言のように、仲間の身を案じる言葉も何度も聞いている……だから、ウドンゲ………貴女一人で全てを背負い込もうとしなくても良いのよ。ここには、同じように罪を背負った私や姫がいる…他のイナバ達だっている…貴女は決して一人じゃないの」

 そう言って、師匠は、私の体を抱きしめている腕に少しだけ力を入れる
 私も少しだけ力を入れて師匠の体にしがみつくようにしてみた…

「そうですよ、鈴仙様」

 師匠の背後の襖がスーッと静かに開き、地上の妖怪兎のリーダーである、てゐが姿を見せる…その背後には他のイナバ達と、姫の姿もあった

「……てゐ、見てたのね…?」

 きっと、私を心配してこっそり見ていたのだろう。私は、涙を見られるのが気恥ずかしくて顔を背ける

「イナバ」

 姫の静かな声が部屋に響く…

「私と永琳は、とても重い罪を背負って、この地に落とされたわ…ここは…地上は月の流刑地。ここで過ごすことその事自体が、罪な事…だから、ここにいる皆が皆、罪人…私達は、運命共同体という名の『家族』なのよ。だから、イナバも…もう少し楽に生きてみて…ね?」

 姫の言葉は、私の胸を締め付ける…
 こんな罪を負った私でも、まだ…家族という枠に入れてもらえるというのだろうか…?
 また……大切な何かを作っても良いのだろうか…?

「ウドンゲ?」
「イナバ?」
「鈴仙様?」
 
 もし…もしも、そんなことが許されるのなら……

「……みんな…」

 私は…今度こそ、逃げないと誓う…
 今度こそ、この手で、大切な人達を守ると誓う…
 …きっと、過去に犯した罪の意識は消えないけれども…
 その罪を贖いながら、私は今を一生懸命に生きていくと誓う…!
 
 
 だから…
 だから…今だけは………

「……ありがとう…」

 みんなの好意に…甘えても、良いよね…?

Fin
永夜抄のSS、一つめです。この後、輝夜・妹紅、と続けば良いなー、とか思ってます。ウドンゲはかなり好きなキャラなんですが、過去の話が本当なのかどうか分りません。だから、これは、私の完全な想像の世界です…あしからず。
みょん
[email protected]
http://cocona.at.infoseek.co.jp
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コメント



0.970簡易評価
8.70開陸削除
なかなかのお話でした。あなたの書くシリアス以外も読んでみたいですね。
13.60かれん削除
もう一ひねり欲しかったかな…
14.70空夢削除
輝夜とてゐも、もっと出せば良かったのでは?
15.60名無し削除
ウドンゲの罪は解消されないのでしょうか?それとも、この話は続くのかな?
18.80削除
3つ目のSSですね。話の内容は分かるのですが…前後編とかにした方がよくないですか?ちょっと長い…
19.50燈火削除
もうちょっとですね。今後に期待しましょう・・・
22.50名前が無い程度の能力削除
罪には罰と裁きが必要となる。だが、裁かれ罰を与えられても全ては終らない。
常に償いの心を持ち続け最後まで罪を背負い生きていくことを
強制される・・・それが真の罰。
それでも、そんな生でも安らぎは皆無ではない。
一つの館に集いし罪人たちに幸あれ。
24.70虚空削除
存在は存在としてそこに在るだけで罪を負うもの・・罪の無いモノなどどこにも無いのだ
26.70削除
竹は満月に成長する・・・か
27.50名無し毛玉削除
いいお話なんですが、ウドンゲ好きな方なら誰もが考える内容なんですよね。
そのありきたりのテーマを使って、なお訴えるものが欲しかったです。