「蓬莱山輝夜殿、お迎えに参りました」
黒と赤の装束に身を包んだ少女が言う。
後ろにはこの世のものとも思えぬ雰囲気を宿したものたちが居並んでいる。
「永琳……。いえ、失礼。罪人に対してこのような扱い、恐縮の極みです」
美しい着物の少女は驚いた表情を見せたがすぐに取り直して一礼した。
輝夜を守っていた地上の兵たちは既に深い眠りに落ちている。その様子を一瞥して輝夜は続けた。
「ですが私は自身の罪が晴れたとは考えておりません。まだ帝都に帰るつもりはありませんわ」
周囲から驚きの声が漏れる。当然だろう。そんな罪人は聞いたことも無い。
「ですが姫様。八意閣下は行政府の命によって貴方を月にお連れするよう命じられております。
姫様にはそれを拒む権利はございません」
「いいのよ。私は姫ならそう言うと思っていました。
そしてこの場にいる罪人、すなわち私も姫も今はまだ帝都に帰るべきではない。
いや、永遠に帰るべきではないとも」
「永琳、どういうことかしら。貴方は司法府から無罪の判決を得たじゃない。
何故今更そんなことを言うの?そもそも貴方はどの面下げて私の前に来たのよ!」
「私自身が使者として来る事を志願しました、姫。そして罪は私にもあるのです。
私が裁かれないのは私が罪が無いからではありません」
一斉に周りからざわめきが起こる。永琳の脇にいる副官の苦々しげな表情を輝夜は見逃さなかった。
「帝都の司法府は公正なはずよ。私はそう思ったから罪も罰も受け入れた。
貴方が無罪になったことも納得しているのに。何故そんなことを言うの?」
「閣下、それ以上は政府の批判になりますぞ。それはあの方への背信と・・・・・・」
「お黙りなさい。姫、私には分かっています。
あの時も今も貴方が本当は納得していないことも、そして私が何をしたか知っていることも。
いまや司法府も行政府も既に清廉と呼べる人はその座を去りました。
いや、貴方が罰せられた時には既に去っていたと言うべきでしょう。
私の罪は三つ。一つは禁制である蓬莱の秘薬を作成したこと」
「後二つは……止めて。お願い。今更そんなの聞きたくないわよ。私は……貴方のことなんて……」
だが永琳の声は別の声で遮られた。
「貴方の罪は私から伝えた方が良さそうですな、八意永琳」
副官は最早険悪な表情を隠そうともしない。手には抜き身の剣。
「その罪とはすなわち国家反逆罪。
監視役として付いてきてみればやはりあのお方の言う通りだったようですな。
蓬莱山輝夜ともども月まで連行させていただきますぞ」
だが永琳に怯んだ様子は無い。背に殺気を浴びながら平然としている。
「そんな軽い罪で私を連行しようというの?
私はこれから姫ともっと大きな罪を償わなければいけないの。
私は姫とこの穢れた地に残り帝都に帰ることは無いでしょう」
「それを許すとでもお思いですか?貴方にもその小娘にもまだ利用価値はある。
従わなければ腕や足程度欠けていても構わないとのお達しだ。
まあそちらの小娘は二、三回くらい殺してやっても問題ないでしょうがな」
鈍い音が響く。永琳の腕だったものが地面に落ちていく。輝夜にはそれが永遠のように感じられた。
「いやぁぁぁぁぁぁっ!!」
輝夜の叫びが響き渡る。だがそれに反して永琳は声も上げずに副官の方に向き直る。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「私の罪は後二つ」
彼女の周囲から光の網がほとばしる。
「一つは姫、ほかならぬ貴方を蓬莱の薬の生きた実験台として利用したこと」
彼女が残った腕を掲げた瞬間光の網は月の使者たちの周囲に展開され、一瞬で彼等を絡め取った。
「馬鹿な……これは天網蜘網捕蝶の法ではないか・・・・・・こんな秘法をいつのまに手に入れたというのだ?」
「そんなもの貴方たちのように地上の民よりも穢れた者たちには知る必要のないことよ。
そしてもう一つの罪。それは貴方たちの甘い言葉で輝夜を裏切り地上に落とし、自分はぬくぬくと生き延びて来たことよ!」
永琳が手を振り落とすとともに永琳に随行してきた月人達の肉体は物言わぬ塊と化した。
「あ・・・・・・ああ・・・・・・永琳・・・・・・」
「姫・・・・・・ずっと言おうと思っていました」
「馬鹿!何をよ!何で貴方がこんなことをしなきゃいけないのよ!
何で月で政府に入って貴方一人で幸せに暮らさないのよ!
それに・・・・・・その腕・・・・・・」
今にも泣き出しそうな輝夜。対照的に微笑む永琳。
「姫、あのときのことは本当にごめんなさい。謝って許してもらえることとは思っていません。
でも私はこれを言うためだけにここに来ました。それにこの腕は心配ありません」
「永琳、貴方もしかして・・・・・・」
「ええ。私も蓬莱の薬を飲みました。もう私も死ぬことができない体なのです」
「馬鹿!貴方何を考えているの?それじゃ私一人が罰せられた意味がないじゃない!」
「姫一人が罰せられること自体に意味がないのです。私もまたそれ以上に重い罪を犯してきたのですから。
姫、一緒に罪を償いましょう。ずっと一緒にいます」
「永琳・・・・・・うっ・・・・・・うう・・・・・・ごめんね・・・・・・永琳・・・・・・それに・・・・・・ありがとう・・・・・・本当にありがとう・・・・・・」
輝夜は泣いていた。永琳は彼女をしばし抱きしめると輝夜に言った。
「さあ、でかける準備をしましょう。その前にここを片付けないと」
「どこに行くの?それに片付けって・・・・・・」
「月の使者たちの死体はともかく牛車は破壊するかどこかに隠しておかないと。
それと月との量子ゲートウェイ生成機を破壊するわ。
これで数年は追手は来られないはず。」
二人は死体をそこらの火に放り込み、月人達が地上にやってくるためのルートを破壊した。
牛車はいずれ使うこともあるかと思い慎重に地中に埋めた。
最もこの牛車が再び掘り出されたのはそれから随分たってからのことである。
この時の二人はこの牛車がある月の兎との縁の元になるとは露ほども知らなかったがそれはまた別の物語である。
「これで私達は自由なのね。それに、やっと一緒にいられるわ。ねえ永琳」
残った死体を蹴飛ばしながら輝夜が言う。
「何でしょう?」
「もう離れ離れにはならないわよね。ずっと一緒だよね?」
「ええ。約束します。そう。二人は死ぬまで一緒。」
「うふふ、おかしなこと言うのね。じゃあ約束しましょう。私達はずっと一緒よ。
死ぬまでずっと。死んでもずっと」
そう・・・・・・二人の絆は永遠に・・・・・・。
黒と赤の装束に身を包んだ少女が言う。
後ろにはこの世のものとも思えぬ雰囲気を宿したものたちが居並んでいる。
「永琳……。いえ、失礼。罪人に対してこのような扱い、恐縮の極みです」
美しい着物の少女は驚いた表情を見せたがすぐに取り直して一礼した。
輝夜を守っていた地上の兵たちは既に深い眠りに落ちている。その様子を一瞥して輝夜は続けた。
「ですが私は自身の罪が晴れたとは考えておりません。まだ帝都に帰るつもりはありませんわ」
周囲から驚きの声が漏れる。当然だろう。そんな罪人は聞いたことも無い。
「ですが姫様。八意閣下は行政府の命によって貴方を月にお連れするよう命じられております。
姫様にはそれを拒む権利はございません」
「いいのよ。私は姫ならそう言うと思っていました。
そしてこの場にいる罪人、すなわち私も姫も今はまだ帝都に帰るべきではない。
いや、永遠に帰るべきではないとも」
「永琳、どういうことかしら。貴方は司法府から無罪の判決を得たじゃない。
何故今更そんなことを言うの?そもそも貴方はどの面下げて私の前に来たのよ!」
「私自身が使者として来る事を志願しました、姫。そして罪は私にもあるのです。
私が裁かれないのは私が罪が無いからではありません」
一斉に周りからざわめきが起こる。永琳の脇にいる副官の苦々しげな表情を輝夜は見逃さなかった。
「帝都の司法府は公正なはずよ。私はそう思ったから罪も罰も受け入れた。
貴方が無罪になったことも納得しているのに。何故そんなことを言うの?」
「閣下、それ以上は政府の批判になりますぞ。それはあの方への背信と・・・・・・」
「お黙りなさい。姫、私には分かっています。
あの時も今も貴方が本当は納得していないことも、そして私が何をしたか知っていることも。
いまや司法府も行政府も既に清廉と呼べる人はその座を去りました。
いや、貴方が罰せられた時には既に去っていたと言うべきでしょう。
私の罪は三つ。一つは禁制である蓬莱の秘薬を作成したこと」
「後二つは……止めて。お願い。今更そんなの聞きたくないわよ。私は……貴方のことなんて……」
だが永琳の声は別の声で遮られた。
「貴方の罪は私から伝えた方が良さそうですな、八意永琳」
副官は最早険悪な表情を隠そうともしない。手には抜き身の剣。
「その罪とはすなわち国家反逆罪。
監視役として付いてきてみればやはりあのお方の言う通りだったようですな。
蓬莱山輝夜ともども月まで連行させていただきますぞ」
だが永琳に怯んだ様子は無い。背に殺気を浴びながら平然としている。
「そんな軽い罪で私を連行しようというの?
私はこれから姫ともっと大きな罪を償わなければいけないの。
私は姫とこの穢れた地に残り帝都に帰ることは無いでしょう」
「それを許すとでもお思いですか?貴方にもその小娘にもまだ利用価値はある。
従わなければ腕や足程度欠けていても構わないとのお達しだ。
まあそちらの小娘は二、三回くらい殺してやっても問題ないでしょうがな」
鈍い音が響く。永琳の腕だったものが地面に落ちていく。輝夜にはそれが永遠のように感じられた。
「いやぁぁぁぁぁぁっ!!」
輝夜の叫びが響き渡る。だがそれに反して永琳は声も上げずに副官の方に向き直る。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「私の罪は後二つ」
彼女の周囲から光の網がほとばしる。
「一つは姫、ほかならぬ貴方を蓬莱の薬の生きた実験台として利用したこと」
彼女が残った腕を掲げた瞬間光の網は月の使者たちの周囲に展開され、一瞬で彼等を絡め取った。
「馬鹿な……これは天網蜘網捕蝶の法ではないか・・・・・・こんな秘法をいつのまに手に入れたというのだ?」
「そんなもの貴方たちのように地上の民よりも穢れた者たちには知る必要のないことよ。
そしてもう一つの罪。それは貴方たちの甘い言葉で輝夜を裏切り地上に落とし、自分はぬくぬくと生き延びて来たことよ!」
永琳が手を振り落とすとともに永琳に随行してきた月人達の肉体は物言わぬ塊と化した。
「あ・・・・・・ああ・・・・・・永琳・・・・・・」
「姫・・・・・・ずっと言おうと思っていました」
「馬鹿!何をよ!何で貴方がこんなことをしなきゃいけないのよ!
何で月で政府に入って貴方一人で幸せに暮らさないのよ!
それに・・・・・・その腕・・・・・・」
今にも泣き出しそうな輝夜。対照的に微笑む永琳。
「姫、あのときのことは本当にごめんなさい。謝って許してもらえることとは思っていません。
でも私はこれを言うためだけにここに来ました。それにこの腕は心配ありません」
「永琳、貴方もしかして・・・・・・」
「ええ。私も蓬莱の薬を飲みました。もう私も死ぬことができない体なのです」
「馬鹿!貴方何を考えているの?それじゃ私一人が罰せられた意味がないじゃない!」
「姫一人が罰せられること自体に意味がないのです。私もまたそれ以上に重い罪を犯してきたのですから。
姫、一緒に罪を償いましょう。ずっと一緒にいます」
「永琳・・・・・・うっ・・・・・・うう・・・・・・ごめんね・・・・・・永琳・・・・・・それに・・・・・・ありがとう・・・・・・本当にありがとう・・・・・・」
輝夜は泣いていた。永琳は彼女をしばし抱きしめると輝夜に言った。
「さあ、でかける準備をしましょう。その前にここを片付けないと」
「どこに行くの?それに片付けって・・・・・・」
「月の使者たちの死体はともかく牛車は破壊するかどこかに隠しておかないと。
それと月との量子ゲートウェイ生成機を破壊するわ。
これで数年は追手は来られないはず。」
二人は死体をそこらの火に放り込み、月人達が地上にやってくるためのルートを破壊した。
牛車はいずれ使うこともあるかと思い慎重に地中に埋めた。
最もこの牛車が再び掘り出されたのはそれから随分たってからのことである。
この時の二人はこの牛車がある月の兎との縁の元になるとは露ほども知らなかったがそれはまた別の物語である。
「これで私達は自由なのね。それに、やっと一緒にいられるわ。ねえ永琳」
残った死体を蹴飛ばしながら輝夜が言う。
「何でしょう?」
「もう離れ離れにはならないわよね。ずっと一緒だよね?」
「ええ。約束します。そう。二人は死ぬまで一緒。」
「うふふ、おかしなこと言うのね。じゃあ約束しましょう。私達はずっと一緒よ。
死ぬまでずっと。死んでもずっと」
そう・・・・・・二人の絆は永遠に・・・・・・。