魔理沙自身の落ち度は殆んど無かったように思える。彼女は正直に、そしてまっすぐに人を信じただけである。だから、敢えて彼女の落ち度を挙げるとするのならば、その信頼の対象がゴシップ好きのカラス天狗であったことぐらいであろうか。
『純愛?偏愛?霧雨邸に連夜連日謎の贈り物!』
見出しが目に入った瞬間、魔理沙は新聞をくしゃくしゃと丸めて思いっきり放り投げた。丸まった新聞紙は綺麗な弧を描きながら地面に落ち、2,3度弾むとそのまま風に煽られころころと転がっていった。
「あっ」
ピタリとそれが止まった先には見慣れた本の束。遠目にもわかるその表装に……魔理沙は大きく溜息を吐いた。
霧雨邸に謎の贈り物が届き始めたのはちょうど3日ほど前になる。ある朝、いつものように玄関に出た魔理沙は、その扉の直ぐ側に本の束が置かれているのに気付いた。それらは大体10冊単位でまとまっており、周りを几帳面に荷紐で結ばれていた。
贈り物にせよ何にせよ、本といえば心当たりは腐るほどあるのだが、それが特殊な部類……正直な話、「絵本」となってしまうと、彼女のデーターベースにおける候補は限りなくゼロに近くなってくる。一冊、二冊と絵本の表紙と中身に目を通しながら、魔理沙は何だこりゃと首を傾げた。
彼女の性質は基本的に来るもの拒まずで、貰えるものは何でも貰っておくのである。それが良かろうと悪かろうと、後先とか二の次で全て受け入れてしまう。今回の件にしても、いつもの彼女なら何も考えずに蔵書(無論読みはしないが)にするだけなのだが……
『これも……これもだ』
魔理沙は贈り物を検めていくうちに、ある種の違和感に気付き始めてきた。
届いた10冊単位の絵本、その全てに見覚えがあった。何時見たとか何処で見たとかそういう具体的なことまでは覚えてないが、その表紙や話の内容は確かに見覚えがあったのだ。
『何だよ、これ』
勿論、最初のうちはまさかとも思った。しかしながら、次の日も同じように届いた贈り物に、これまた同じような所感を抱いてしまってはもはや言い逃れも出来なかった。
『おいおい……』
魔理沙はしだいに気持ちが悪くなってきた。昨日今日と連日して続く謎の贈り物。宛先も無ければ差出人も無く、肝心の中身はというと、まるで自分の頭の中を覗いて用意したようなラインナップの絵本の束。誰が一体こんな真似を?思考を巡らしてはみるものの、全く心当たりはなかった。
となれば、の話である。
『幻想郷一の情報通……お前の肩書きに偽りが無いことを証明してくれ』
3日目も同じように届いた絵本の束を脇に抱えながら、魔理沙は文字通り藁にも縋る思いで調査を依頼した。
『お任せ下さい。必ずや良いご報告を致しましょう』
気を良くしたのか射命丸 文は二つ返事で承諾した。こういうときばかりはこいつの顔の広さも役に立つもんだと適材適所な人事に満足していたのだが……その結果が今朝の新聞であるのだから、魔理沙の落胆は並大抵のものではなかった。
「あの馬鹿ガラス、今度会ったら本格的にお礼をしてやる……」
兎に角である。烏を焼くにしろ煮るにしろ、まずは胸に痞えたこの”しこり”を片付けなければ埒があかない。魔理沙は文へのリベンジを硬く胸に誓いつつ、愛用の箒に跨ると柄を強く握りこんだ。こうなったら最後の手段、困った時のアレ頼みである。当人の呆れ顔を思い描きながら、魔理沙は大地を強く蹴りこんだ。
「おーす、香霖!」
憚りの無い少女の蛮声によって、香霖堂の閑寂は見事なまでに打ち破られた。霖之助は手にしていた煙管を静かに置くと、わざとらしいぐらい大袈裟に息を吐いた。
「うんうん、そうなんだよ。溜息が出るぐらいの事件なんだ」
「……事件?魔理沙のかい?」
そう言いながら、彼は煙管をそそくさと懐にしまった。無論、目敏い魔理沙がそれを見逃すはずもない。
「あの煙管か?吸いもしないくせに相変らず大事にしてるんだな」
「そうあるべきなんだよ、これは」
「そんな使い方じゃ、そいつが泣いちまうぜ」
「……とどのつまり、魔理沙は何が言いたいんだい?」
「使わないなら私によこせ」
「まったく……魔理沙もしつこいね。これでその科白何度目だい?」
「しょうがないだろう、欲しいものは欲しいんだから。それに私の目の前で女々しい使い方をするお前も悪い」
女々しい……か。確かにそうかもしれないと霖之助は思った。何しろ、煙管という嗜好品を手にしながら、やることと言えば、意味も無く眺め回すだけなのだから、そんな風に揶揄されるのもしょうがないのかもしれない。
それでも、彼の判断はある意味正しいと言えよう。そもそも、この煙管は使用目的で作られたようではない。所謂観賞用というやつであろうか、細かい装飾の施された純銀製の雁首とそれに準じる吸い口、巧みに削り込まれた竹製の羅宇は、ある均衡の上にその芸術性を成り立たせていた。うっかり火でも灯そうものなら、最悪装飾が崩れるのではないかとさえ思われた。霖之助は初めてこれを手にしたとき、入手の偶然より先に、未使用という偶然に感謝したものであった。
「それで魔理沙、今日は何の用だい?」
「ああ、そうそう。それがな……」
上手い具合に話が逸れてくれたと内心ホッとしながら、霖之助は魔理沙の話に耳を傾けた。
「成る程」
一通り話を聞き終わると霖之助は腕を組み直し、ううむと唸った。一見すると悩んでいるように見えなくも無いが、それが本気なのかどうかは付き合いの長い魔理沙にもわかりはしなかった。
森近 霖之助は失礼の無い程度に人の話を聞かない。そんな風に魔理沙は思う。何かを話してみても、いつもどこか上の空のような感じで、話し終わった後に無難な助言こそはくれるかもしれないが、それ以上のものは全く期待できないのである。故に相談を持ちかける相手としては聊か問題があるように思えるのだが……何故だか魔理沙は厄介ごとがある度に香霖堂を訪れてしまうのである。
「興味深いな。確か、全部読んだ覚えがある絵本と言ったかな?」
「ああ。気味が悪いったらありゃしないぜ」
「何か思うところはあるのかい?」
「んにゃ。全く無い」
「誰かに貸していて、それを返されただけとか」
「私が?絵本を?いつ貸すっていうんだよ。お子ちゃまの時とでも言うのか?」
「それは……確かに考えられないな」
魔理沙が絵本を読むような時分、彼女の周りには貸し借りをする間柄の人物、要するに友達と呼べるような人間はろくにいなかった。それは勿論、彼女を取り巻く環境のせいもあったのだろうが、結局のところは彼女の気難しい性格に因るところが多かったのであろう……と霖之助は思っていた。
「となれば熱狂的なファンか何かだな」
「はっ?」
「魔理沙のことなら何でも知ってる……とかそういう類の暗喩じゃないのかな?」
「お前なあ……」
はあと魔理沙は頭を抱えた。
「そういう話にならないように釘を刺してただろう?気味が悪いって、わざわざ強調して言ってやったじゃないか」
「失敬。でもね、魔理沙。人の想いと言うものは、時にして……」
「……」
魔理沙は無言で霖之助に背を向けた。
「……って、聞いてるかい、魔理沙?」
「ご忠言サンキュ。後は自分で何とかするよ」
それだけ言って彼女は香霖堂を後にした。
やれやれと一人呟きながら、霖之助は懐から先程の煙管を取り出した。
「少し茶化し過ぎたかな」
そうやって口にはするものの、反省する気など最初から彼には無かった。物事は、少しぐらい捻くれていた方が面白みがある。急いて結論を求めたって答えなんてすぐ出るものでもないし、何より楽しむための時間がそれだけ短くなってしまうのだ。
「まあ、確かにそうだがね……」
誰に対するかわからない独り言を吐くと、霖之助は視線を煙管に戻した。煙管は相も変わらず穏やかな輝きを放っている。霖之助はそれを目線の少し上に掲げると、下から横から、いろいろと角度をずらしながら覗き込んだ。果たしてこの煙管の美しさはどこからきているのか。単なる装飾美とは違うし、だからといって機能美というわけでもない。使われることを意図されていない以上、機能的な美は追求されてないはず。ならば自分はこの煙管のどこに惹かれているのだろうか。
そうして煙管から視点を少しずらした時、霖之助は店の隅にかけてあった七曜表に目が止まった。
「……えっ?」
今日の日付が視界に入った瞬間、彼は思わず手に持った煙管を落としそうになってしまった。
いよいよ夜も更けに更けた頃、霧雨邸の玄関の近くにある茂みが僅かにだけ揺れた。そうしてひょっこりと現われたのは特徴的な三角帽子。魔理沙は茂みの中から最小限の部位だけ出すと、余計な音を立てぬよう聊か神経質にあたりを見回した。
「異常は無し、か」
異常無し……正確に言うのならば24度目の異常無しを確認すると、魔理沙はまた茂みの中に潜り込んだ。そうして傍らのコップを取ると、音を立てないよう両手で持ちながら静かに啜った。じんわりと紅茶の温かさが身に染み入ってくる。
実力行使は彼女のもっとも得意とする対処法。人づてを頼ってダメというのならば、頼りになるのは自分だけである。魔理沙は香霖堂から帰ると、すぐに下準備を始め、夜の帳が下りた頃に茂みの中に身を潜めた。
「ふああ」
噛み殺しもせずに大欠伸をする。張り込み始めてゆうに5時間強、いつの間にか日付も変わり、床に入るはずの時間はとっくに過ぎさっていた。ああ、眠いのを我慢してまでやることか。一度疑問を持ち始めると実に脆いもので、あれこれと次々に余計なことを考えてしまう。不味い、と思って魔理沙は首をブンブンと振ると、最後の紅茶を一気に飲み干した。やれるとこまではやってみよう。ぼんやりとした頭でそう誓うのであった。
一時間が経ち、二時間が経ち、しだいに空が白み始めても犯人が現われる様子は無く、魔理沙は何度目になるかもわからない欠伸をすると、ごしごしと目を擦った。
「一体、いつ届けにきてるんだよ……」
思ったままを口にする。ここで魔理沙は最悪のオチを考えてしまった。もしかしたら、贈り物はもう届かないのではないか。いや、そもそも何故今日も届くと思ってしまったのであろうか。いくら連日連夜の贈り物だと言っても、それがいつまで続くかなんて、当然のことながら自分の与り知るところではない。3日も続けばしばらくは続くものだと思い込んでいただけで、自分の行動に根拠などは全く無いのである。どうしたものか……と、ここまで考えてみて、疲労感がどっと押し寄せてきた。
バシバシと頬を叩き気合を入れなおした瞬間だった。後方の茂みからガサリと音がした。
(来たか?)
身を屈めその気配に意識を集中する。足音は一つ。それもしだいに近づいており、方向からしてその行き先が自分の家であることは明白であった。
(年貢の納め時だぜ)
呟いて一度深呼吸をすると、魔理沙は遮るようにして人影の前に飛び出した。
「「あっ」」
目が合った瞬間、二人は同時に声を漏らした。
「え~と、こんなところで何をやっているんだい、魔理沙?」
「お前こそ。……んっ、何だ、犯人は香霖だったのか」
おいおいと苦笑いを浮かべながら、森近 霖之助は手に持っていた風呂敷を地面に下ろした。
「犯人って、あの話のかい?僕はただね……」
「しらばっくれても意味がないぜ。そうか香霖なら納得だ。そりゃあ、私の読んだ絵本ぐらい……」
どさりと、魔理沙の言を遮るようにして、篭った音があたりに響いた。
「……」
魔理沙はゆっくりと後を振り返る。そこには……いつものように、見慣れた形に取りまとめられた絵本の束が我が物顔で鎮座していた。
「読んだ絵本が……何だって、魔理沙?」
皮肉っぽくそう言う霖之助と、届いたばかりの贈り物を見比べるながら魔理沙は小さく息を吐いた。
「ハズレだ……」
結局のところ、7時間以上にも及ぶ張り込みは徒爾に終わってしまい、残ったものは徹夜の気持ち悪さと目の前の腐れ縁者だけであった。
「それでお前はここに何をしに来たんだよ」
ムカムカする胸を摩りながら苛立たしげに問い正した。
「いや、用事と言った類のものではないが」
「そんなわけないだろう。こんな変な時間に私の家を訪れるなんて、今まで一度もなかっただろう?」
「無いからといってあり得ないというわけではないよ」
「屁理屈はいいから、早く用件を言えよ。出来ることなら私は今すぐベットに飛び込みたいんだ」
「じゃあ、そうすると良い。僕には君を引き止める理由なんてないから」
「……お前、何とかして話を逸らそうとしてないか?」
「まさか」
「やっぱりお前が犯人か?」
「それもまさかだ。僕のアリバイは君自身が良く知っていると思うけど?」
自信たっぷりにそう言う霖之助を見ながら、魔理沙は力無く肩を落とした。霖之助は何かを隠している。それは間違いが無い。しかしながら、今の彼はそれを必死に、いや巧みに隠そうとしている。いつもの魔理沙であるのなら彼が自白するまで問い詰めてみるのだが、徹夜明けの彼女の身にとっては、それは酷く億劫なタスクであるように思えた。
魔理沙は体の芯から発したような深い息を吐くと、フラフラと自宅に戻っていった。その際、霖之助に何か言われたような気がしたが、眠気でぼやけた頭ではよく理解できなかった。とりあえず肯定の意味の言葉だけを返しておく。
自室に戻ると、魔理沙は着替えもせずにベッドに飛び込んだ。カチャカチャとキッチンの方から音がしていたのだが、それを気に止めるより早く彼女の意識は途切れてしまった。
『うー』
少女は声を押し殺しながら泣いていた。しゃくり上げる度にその小さな背中が微かに動き、それはどことなく小動物的な弱さを醸しだしていた。魔理沙はそんな少女を俯瞰しながら、ああこれは夢なんだとすぐに悟った。
(だってなあ)
周りを見渡しながら魔理沙はその懐かしい風景に想いを寄せる。構えだけはしっかりとしたレンガ造りの家や、よく手入れされた幅広の庭園、そしてそこから見える丘の上に、ぽつんと一本だけあるお化け杉。成る程、実物さえ見れば以外と思い出すものだなと魔理沙は感心しながら、今だ泣き続ける小さな少女に視線を戻した。
(ああ、もう。何て情けない奴)
声は当然ながら届かない。魔理沙は歯噛みをしながら拳を強く握り締めた。少女が泣く理由は……恐ろしいほどよくわかる。父親に叱られたのか、それとも近場の悪戯者に苛められたのか、もしくは部屋で飼っていたインコを家政婦がうっかりと逃がしてしまったのか。今考えてみればどれも下らない理由に思えるのだが、それでも魔理沙は、少女にとっては泣くほどのことなのだろうということをよくわかっていた。
(でも……)
わかるからこそ彼女にとってはつらい。出来ることなら今すぐにでもその首根っこを引っ張って喝を入れてやりたい。
(不毛なんだよ、それじゃあ)
そんなことを子供に言ったところで理解してもらえるはずもない。それでも、彼女はその一言が言いたくて言いたくて堪らなかった。せめて……そう、せめて、
(あいつに言われる前に……)
『おや、どうしたんだい、お嬢?』
まさに予定通りの調和。この先の展開は考えたくもなかった。
『~~!』
陽炎のようにぼやけた魔理沙の視界、そこにかろうじて映ったのは、臆面もなく泣き顔を晒しながら走る少女と、それを包み込むようにして両手を広げた大きい大きい影。
『りんのすけ!』
耳を塞いだ魔理沙には、それ以上の声は聞こえなかった。ああ、もう、変な夢だ。遠ざかる情景に未練はないが、一つだけ彼女は気になった事があった。それは……
(私はどうして泣き止んだんだっけ?)
「んっ……」
嗅ぎ慣れた、それでも少し場違いな匂いを感じて、魔理沙は目を覚ました。寝ぼけ眼のまま窓の外を眺めると、嫌らしいぐらいに太陽がさんさんと輝いており、さっさと起きろと急かされてるような気分であった。魔理沙はベッドから下りると、髪をくしゃくしゃと掻きながら先ほどから部屋に漂う不思議な匂いを辿った。
「おや」
開きっぱなしのドアについたところで、ちょうどこちらに向かってきたであろう霖之助と鉢合わせた。寝起きのせいでワンテンポほど思考がずれてしまったが、すぐに彼女はそのイレギュラーに気付いた。何で霖之助が自分の家にいるのだ。訝しげに思いながら霖之助を見ていると、その視線に気付いたのか彼は小さく微笑んだ。
「やあ、おはよう」
「ああ、おはよう……じゃなくてだ。おい、何でお前が私の家にいるんだよ。それにこの匂い……」
「はて、家主様の許可はもらったはずだけどね?キッチンを使わせてもらうよって訊ねたじゃないか」
「キッチン?……ああ」
そういえばそんなことを聞かれたかもと思いながら、魔理沙は改めて霖之助の恰好を見た。前ポケットのついた大きなエプロンに真っ白い三角巾、いつの時代の家政婦だという話であるが……妙に似合っていたので、それがまた可笑しくて思わず吹き出してしまった。
「はは、お前いい嫁さんになるぜ」
「へえ、魔理沙がもらってくれるとでも言うのかい?」
「そうだな。後60年ぐらいして、まだ独り身だったら考えてもいいぜ」
「……」
何故か霖之助は意味深げな苦笑いを浮かべた。当然魔理沙もその態度は気になったが、最優先事項はもっと別のところにあった。
「で、この匂いは何だ、香霖?」
「そうそう、忘れていたよ。昼ご飯……もっとも魔理沙にとっては朝ご飯かもしれないけど、とにかく食事の準備ができたんで呼びに来たんだ」
「食事って……香霖が用意したのか?」
「この恰好をみればわかるだろう?」
ホラといってエプロンの裾を持ち上げる霖之助。無論問題はそんなところではない。
「……って、おいおい。どういう気変わりだ?」
霖之助が料理をすること自体は珍しく無い。彼も結構凝り性なほうで、実際のところ、魔理沙もよく香霖堂を訪れてはその腕前に恩恵を受けている。しかしながら、基本的に彼の凝り性は彼自身の中で終始するものであって、このように他人に家に訪れて料理を作るなんてことは魔理沙が知っている範囲ではまずあり得ない。それが一体どういう風の吹き回しだろうか、ご丁寧にエプロンまで着込んで「食事の準備ができてるよ」ときたもんだ。
「まあ、いろいろ疑う気持ちはわからないでもない。でもね、僕の後ろで食事が湯気を立てているのもまた事実なんだよ。となれば、難しいことは言いっこ無しじゃないかな?」
「……それもそうだな」
いろいろと思案はしてみるものの、寝起きのお腹に霖之助の料理は魅力的過ぎた。魔理沙は軽く伸びをして体を解すと、霖之助の横を通り抜けてひとまず部屋から出た。
「どこに?」
「ひとっ風呂浴びてくるよ。香霖はさっさと準備でもしててくれ」
そう言って魔理沙は足早にバスに向かった。
シャワーから帰ってきた魔理沙が見たものは、見事なまでに彼女の想像の斜め上をいっていた。
テーブルの中央にはシーザーサラダが盛られ、その横には薄くスライスされたフランスパン。魔理沙と霖之助、それぞれの目の前には底の深い皿と浅い皿が一つずつ、深い方の皿はスープ……匂いからしてかぼちゃか何かのスープであろう、微かに波立つその面からはうっすらと湯気が立っていた。浅い皿の上にはこれまた見事なまでの焼き色のローストチキン……何の鳥かは敢えて触れないほうがいいのかもしれない。
「今日は何のパーティだ?」
呆気に取られながら魔理沙が尋ねる。
「そのうち分ることさ。さあ、それより早く食べてしまおう。いつ他の客が来るかわからないからね」
「客?客ってお前以外に……」
「こんにちはー」
聞き慣れた声が玄関から響くと、霖之助は微笑みながらホラねと肩をすくめた。魔理沙はますます訳が分らなくなってきた。
「わあ、いい匂いがするかと思ったら」
博麗 霊夢のその言葉と彼女の手が動いたのはほぼ同時だった。何の予告もなく訪れた彼女は、食卓に並べられた食事を見るや否や脊髄反射とも思えるような速度で手を伸ばした。
「……って、あら」
狙った獲物は逃さない、博麗式ホーミングを解除したのは、生憎ながら家主の冷めた視線ではなく、
「やあ」
霊夢すらも予想だにしてなかった珍客の存在だった。
「霖之助さん?こんな時間に珍しいわね」
「そんなことはないさ。お呼びの声さえあれば僕は何時でも推参するよ」
「呼んだの、魔理沙?」
魔理沙はふるふると首を横に振った。
「だってよ?」
「弘法も筆を誤るというものでね……」
「つまり、霖之助さんが自分から押しかけて来たわけね。ということは、この料理も霖之助さんが?」
今度は首を縦に振る魔理沙。
「へー、ふーん、へー」
横目でじいっと霖之助を凝視する霊夢。当の霖之助はと言うと、どこ吹く風で食事の準備を再開していた。敢えて霊夢の視線を無視しているように見えなくも無いが……魔理沙は別のところで違和感を覚えた。
「おい、霊夢」
「んっ……何よ」
「お前、何でもっと驚かないんだよ。あの霖之助が人の家に来て料理だぜ、こんな珍しい事が他にあるか?」
「んん?そりゃあ最初は驚いたわよ。まさか霖之助さんがいるとは思わなかったし」
「だろ?」
「でも、実際眼にしてみれば、ああ納得と言った感じかしら。霖之助さんらしいと言えば霖之助さんらしいかもしれないし」
「はあ?お前、どこをどう見ればそんな結論になるんだよ」
「??だって、今日は……」
「霊夢」
霖之助の低く落ち着いた声が、やんわりと霊夢の二の句を阻んだ。さっきまでは我関せずといったようにテーブルを整えていたのに、何を思ったか突然魔理沙と霊夢の話に乱入してきた。
「ええっと、霖之助さん、もしかして……」
「酌んでもらえると有難い」
霊夢は頬に手を添え、しばらくの間思案しているような様子を見せていたが、やがて少しだけ顔を上げると霖之助に対して小さく頷いた。
「すまないね、霊夢」
ふっと微笑む霖之助。以心伝心とでも言うのか。自分の与り知らないところで勝手に話が進められているみたいで、魔理沙はひどく居心地が悪かった。
「おい、お前等いったい何の話を……」
「さあて」
わざとらしいぐらいの大声で、先程の霖之助と同じように魔理沙の二の句を阻むと、霊夢はくるりと魔理沙に振り返った。にこりと満面の笑み。
「私、そろそろお暇させてもらうわ」
「お暇って、お前今来たばかりじゃないか」
「いいから、いいから。それより、はい、魔理沙」
そう言って彼女が差し出したのは小さな小包だった。
「……何だこれ」
「開けてからのお楽しみってのは定番よね」
「ん~?」
まるで爆発物でも検めるかのように小包を扱う魔理沙の頭を軽く小突くと、霊夢は霖之助の方に向き直り小さく口を動かした。
「……うん、ありがとう、霊夢」
魔理沙には聞こえなかったが、霖之助にはその意味するところが伝わっていたようである。またも以心伝心。魔理沙は少しだけ腹が立ってきた。
「じゃあ、用事も済んだことだし……」
「んっ、霊夢」
「なあに、まだ何か用あるの、霖之助さん?」
「良かったらの話なんだが……一緒に食事をしていかないかい?」
「へっ?」
思いもよらないことでも言われたのであろうか、霊夢はいつも以上に間の抜けた顔をした。そうして、上から下まで霖之助を目で検め直すと、ふいにプッと吹き出した。
「そこまで分かり易い社交辞令もないわよ、霖之助さん。その食事だってどうせ二人分しか用意してないんでしょう?」
「まあ……」
「私が来るのわかっていてもそれだけしか作らないんだから、霖之助さんって結構確信犯よね。まあ、らしいっていったららしいのかもしれないけど」
「面目無い」
バツが悪そうに頬を掻く霖之助に、それを見ながらクスクスと笑う霊夢。魔理沙はいよいよもってわけが分らなくなってきた。
霊夢から貰った小包の中身は竹の花の染付湯呑だった。洒落たもんだと霖之助は唸ったのだが、よくよく見てみるとその縁のすぐ下には薄っすらと茶渋がこびり付いていた。
「何だ、中古じゃないか」
まあそれも霊夢らしいなと二人で笑った。
食事を進めながら、魔理沙はここまでに抱き続けてきた疑問の数々を霖之助に問いただしてみた。謎の贈り物に始まり、霖之助のいきなりの訪問や、この大盤振る舞いの理由について。果ては霊夢という第二のイレギュラーと、彼女と霖之助の意味深げなやり取りについて。食事の手は休めることなく、それでも暇を見つけては何度も問いただしてみたのだが、霖之助はその全てを無難に回答するだけであって、魔理沙が望むような明確な情報は全く手に入らなかった。
「もしかして、あの謎の贈り物の犯人は霊夢とか?」
やたらと多いローストチキンの小骨を取り除きながら、魔理沙は冗談半分で訊いてみた。
「いいや。それは違うよ」
他の問いは曖昧に答えるくせに、こういう問いになるときっぱりと断言する。
「……」
結局、魔理沙の胸の”しこり”は痞えたままで、折角のご馳走の味も大してわからなかった。
to be continued……
略して『MAI』からスカウトに来ましたよ?
魔理沙と香霖の過去は、色々妄想出来て楽しいなぁ
続きをお待ちしております♪
話の展開も非常に続きが気になりますね。
お待ちしてますよー
続きが気になりますね。・・・・ところで、小骨が多いローストチキン(ん?
取りあえず、点数は保留という事で・・・