Coolier - 新生・東方創想話

スーサイド・エスケープ 【花映塚バレ】

2005/09/26 07:28:20
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 風が吹いても、鈴の音は鳴らなかった。
 ただ、鈴蘭の花たちが、しなやかになびいていた。





 初めは、ひとつの種から始まり、芽を出し、花となり、実を付けて種をバラ撒いた。
 やがて花々はひとつの空間になり、種子と一緒に毒を撒き散らしながら、同じようなことを何度も繰り返していた。
 そんなことが、幾度となく繰り返された。
 誰も彼も、飽きることなく続けていた。





 雨が降っていたから、その日はとても見通しが悪かった。
 歩きか馬車か牛車かは分からないが、鈴蘭畑に人形が打ち捨てられていた。
 捨てた者の姿は見当たらなかった。足跡も轍も雨粒に塗り潰され、匂いもあっという間に掻き消されていた。
 人形は死なず、ただ消え去るのみ。
 鈴蘭は、雨ざらしになっても鈴の音を奏でることなく、何処かの誰かには聞こえるような、幻想の音を鳴らしていた。





 人形だから、綻びることはあっても腐ることはない。
 体躯の周りには幾本もの花が隙間なく生え揃い、時に関節の隙間にも茎を伸ばし、人形の身体を鈴蘭で埋め尽くした。
 金髪に絡み、洋服を剥ぎ取りながら天に向かって伸びていく鈴蘭の花を、硝子の瞳が呆と眺めていた。
 もう何処に人形が捨てられているのか分からなくなってから、鈴蘭畑に人間が来るようになった。髭を生やした男から、生まれて間もない子ども、年老いた女。その次は、髭を倒した猫、後ろ足の一本を無くした山犬、片目が取れた烏。
 生き物たちは、鈴蘭畑に現れてしばらく経つと、生き物ではなくなった。鈴蘭と同じ植物のようなものになった。
 かつて生き物だったものは、肉が腐り、腐臭を放ちながら地面に溶ける。
 その頃にはもう、ここに生き物がいたことなどみんな忘れていた。





 鈴蘭が群生していると知り、人間は遠くに離れて行った。そのせいか、前よりは人が訪れることは少なくなった。
 ある日から、長い金髪を携えた壮年の女性が、鈴蘭畑に現れるようになった。
 毒気に中てられないよう、遠くから分厚いレンズを通して、辺り一面に広がる花畑を眺めていた。
 畑の近くに捨てられていた家に住み、日がな一日、代わり映えもしない鈴蘭の海を見詰めていた。時折、マスクを掛けて鈴蘭畑の中に分け入ったりもした。
 たまに、家族らしい人間が家に押しかけ、一言二言告げてから、食べ物や身の回りのものを置いていく。
 元の家に引き返していく娘と孫の背中を、老婆は申し訳なさそうに、けれども何処となく嬉しそうに眺めていた。
 時が経つにつれ、老いた女性は鈴蘭畑の奥深くにまで踏み入るようになった。
 食い入るように鈴蘭の根元を眺め、たまに枯れ細った指で土を掘り返してみたりもする。
 彼女は、何かを探しているように見えた。
 一日の終わり、諦めて家に帰ろうとする背中は、朝の時よりもいっそう丸く曲がっていた。





 鈴蘭の中を歩き回っているうち、老婆は肺を患った。
 医者から外出を固く禁じられ、嵌め殺しの硝子窓から鈴蘭畑を眺めていた。
 老婆の家族が、空気の良い場所に移りましょうと説得に訪れても、彼女は首を横に振った。孫娘も、一緒に暮らそうと手を握った。それでも、首を縦に振ることはなかった。
 寂しそうに俯く孫娘が可哀想だったから、その代わりに、何処にでもいる女の子と人形の話をしてあげた。






 ――女の子は、自分と同じ色の髪と髪型をした、とても可愛い人形を貰いました。
 姉妹がいなかった女の子は、その子を妹のように思い、いつも一緒に遊んでいました。
 自分と同じリボンを付けて、自分が好きな服を着せて。髪型も少し変えて、鏡に映せば姉妹のようだとみんなに言われるくらい。
 女の子は、その人形のことが大好きでした。
 けれど、ある日のこと、友達の男の子から自分の髪を馬鹿にされてしまいます。
 泣きながら家に帰って、自分の部屋に閉じこもってぐずっていると、棚の上に自分そっくりの人形がありました。それが、無性に腹立たしくて。こんなもの要らない、見たくもない、何処かに捨てて来て……と言って、親に投げ付けてしまいました。
 両親もしばらく迷っていましたが、仕方なく、街の外れにあった毒々しい花畑に、その人形を捨てることにしました。
 ただ、女の子が自分の手で捨てることを条件に。
 その意味をあまり深く考えていなかった女の子は、その畑に着いてすぐに、可愛がっていた人形を放り投げました。
 矢継ぎ早に作業を終えて、馬車は女の子に家に引き返します。
 車の中で、女の子は眠っていました。人形のことも、自分がしたことも忘れて。
 そうして、何年もの月日が流れました。
 女の子は人並みに恋をして、自分の子を身篭りました。
 十月十日の日が過ぎて、自分と似た子どもを産みました。
 その時に、遥か昔に捨てたはずの人形のことを思い出しました。
 あの人形は、女の子にとって妹のような存在でした。あるいは、鏡のような存在でした。
 それを、簡単に捨ててしまった。
 まだ泣くことしか出来ない子どもを抱き締めながら、成長した女の子は泣いていました。
 そして、必ずこの罪を償おう、と。許されるためではなく、あの人形が少しでも安らげるように。
 自分の娘が育ち、成人し、恋人と呼べる人が出来、彼女がまた子をなすまで。
 自分が、自分のために生きられる時間が出来る日まで、人形に与え続けた罪を背負ったままで。
 途中、夫が自分の許を離れてしまったのが残念でならなかったけれど、罪の清算が終わった後で、必ず再会しようと心に誓い。
 人形との再会を果たすために、あの畑に足を運んでいるのです――。






 数年後、鈴蘭のすぐ側の家に住んでいた女性が、長きに亘る人生に終わりを告げた。
 彼女の身体は、鈴蘭畑の入口に埋められた。
 彼女が願い続けた人形との再会は、最期まで果たされることはなかった。
 それから何年もの時間が流れ、しばらくは彼女の冥福を祈っていた家族も、やがて鈴蘭畑に訪れることもなくなった。
 誰も住まなくなった家は徐々に廃れていき、窓硝子は割れ、壁は痛み、土台は腐り、倒壊しないのが不思議な有り様になっていた。
 その数十年後にはもう、ここに鈴蘭畑があり、自殺の名所だったことや、ある女性が住んでいたこと、彼女が人形を探し求めていたことなど、みんなとっくに忘れてしまっていた。





 風が吹くと、女の子の声が鳴った。
 もう一度、鈴蘭を揺らす涼しげな風が吹き、緩慢な仕草で、小さな女の子が起き上がった。
 女の子は、何故自分がここにいるのか分からない様子だった。身体をぺたぺたと触ったり、発声練習をしたり、関節を無理やり動かしたりしていた。
 その確認作業にも飽きた頃、またひとつ、強い風が吹いた。
 舞い上がった毒の花びらを手に取り、その匂いを確かめてみる。
 この花は、酷く自分に似ている。身体の中に巡っている力の源が、この周辺に広がっている鈴蘭にあることを、女の子はすぐに感じ取った。ありがとう、と頭を下げてみる。
 ここには、鈴蘭の他に一軒の寂れた家があった。都合が良かったので、女の子はそこに住もうと思った。雨ざらしになるのはもう嫌だった。
 まだ記憶に混乱はあるけれど、そのうちに慣れるだろう。
 そうすれば、これから自分が何をすればいいのか、きっと分かるに違いない。
 備え付けの椅子に腰掛け、割れた硝子の向こう側に広がっている鈴蘭畑を眺めてみた。
 いやに生暖かい風が、ベッドの横に置いてあった、変色していて酷く読み辛い雑記帖を、勝手にぺらぺらと捲っていた。






 ――昔、人形にそっくりだった老婆は、まだあの人形を見付けられないでいます。
 そのうち、彼女は思うようになりました。
 あの人形は、もうとっくに人間になってしまったんだ。
 そして、私に復讐しようと待ち構えているんだ。
 もしそうなのだとしたら、それでも構わない。
 私は、会いたい。
 会って、もう一度あの子の名前を呼んであげたい。
 その日が来るまで、私はずっとここで待っていよう。
 たとえ死が二人を別っても、決して離れることが無いよう、この身体を鈴蘭の海に預けて。

 ――×××××・××××××









藤村流です。
等身大の人形なんてものがあったら、それは多分人間だと思います。
確かめようとして、血を啜られても責任は取れませんが。
ああ、でもあの子ならいいかなぁ……。


ご読了ありがとうございました。
次があるのだとしたら、その時まで。
藤村流
http://www.geocities.jp/rongarta/index.html
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コメント



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9.80吟砂削除
物に対する想いは、一方的なものなのだろうか・・・
愛着、情愛、願望、純粋で強すぎる想いは裏を返せば強い呪詛である、
この老婆が捨ててしまった人形に抱いた、罪悪と愛情は果たして
メディスンの自我に足りえた想いであり呪であったろうか・・・
そうならば、メディスンが毒を扱いながらも、
無邪気に笑い優しさを持った人格であった事は、
その呪を背負わされた人形と背負わせた老婆へのせめてもの
救いと手向けになるのだろう・・・
何とも、不思議に考えさせられる作品でした。ご馳走様です♪
16.70名前が無い程度の能力削除
ああ、こうやって無情にもすれ違っていくのだなあ。

結局、事の成り行きはスーさんのみぞ知るということでしょうか。
26.80no削除
藤村流氏の作品らしい作品でした。