冥界に巨大な桜の樹があった。
その桜の樹は美しく、怪しく、人を魅了する妖気に満ちていた。
しかし、美しく静観なその桜の樹は花を咲かせておらず、寒々とした枝を周囲に伸ばすのみであった。
周囲の桜の木々が満開に咲き誇っている中で、その樹だけが深く静かにそこにあった。
桜の樹の名前は西行妖。多くの人を魅了し、多くの人を永遠の眠りにつかせたことにより
人を死に魅了する妖力を持ってしまった妖怪桜である。
今、その目の前で、桜の樹のちょうど半ば辺りで戦いが繰り広げられている。
妖怪桜を咲かせる為に春を集める者と、集められた春を本来あるべき場所に戻そうとする者の戦いが。
「クッ!」
十六夜咲夜は頭上の敵が放った攻撃、花のように輝く美しさと相反する殺傷能力を持った弾幕をギリギリのところでかわした。
頭上に優雅に佇むのは西行寺家現当主、西行寺 幽々子。
「あら、意外ね。てっきり当たったと思ったのに」
幽々子は優雅に微笑みながら。感情の込められていない風のような声を発する。
「おあいにくさま、こんな隙間だらけの攻撃に当たるほど遅くないのよね」
咲夜は余裕を装っていたが言葉と顔色にぎこちなさが見て取れた。
戦闘は単純な引き算ではない。
腕力、霊力、能力が相手より上回っていれば必ず勝てるというものではない。
そのときのテンション、体調、時の運など様々な要因が複雑に絡み合って勝敗を分かつものである。
しかし、この戦闘ではすでに勝敗は決したと言ってもよかった。
咲夜はのまれていた。西行寺幽々子の霊力に、亡霊の霊気が支配するあの世の空気に、死を操る能力が支配する死の臭いに。
それらが合わさって作り出す空間の中で咲夜は自分自身を見失なっていた。
今までの攻防ではギリギリのところで致命傷は避けつつ攻撃をかわしていたがそれももはや限界に近かった。
「それじゃあ、そろそろ時間も迫っているから終らせましょうか」
「時間?そこの妖怪桜の封印に時間制限なんかあったかしら?」
「いいえ、とっても大切な用事なの」
「?」
「もうすぐね、晩御飯の時間なのよ」
「なっ!!」
普段なら冷静に対処して皮肉の一つでも返せるだが、雰囲気にのまれ自身の軸を揺さぶられている咲夜は激怒して幽々子迫る。
「今は戦闘中よ、目の前のことに集中しなさい!」
ナイフを振りかぶり、幽々子に投げつけようとしたのとソレは同時だった。
「ええ、戦闘中よ。だから、早く終わらせるの」
咲夜の周囲に大量の花を模した弾が出現する。それはすでに咲夜を取り囲んでいた。
「な?」
「桜符 「完全なる墨染の桜 」」
幽々子の言葉と共に巨大な流れとなった弾の本流に咲夜は押し流されていった
「ごめんなさいね、西行妖を咲かせる為には貴方の持っている春がどうしても必要だったの」
「だから、せめて桜の下で安らかにお眠りなさい。悪魔の犬」
幽々子は流されていった咲夜に対してつぶやくと、振り返って背後の西行妖を見上げた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……どちらにしても美味しそうね」
……食べるのかよ!!
■ ■ ■
まるで洪水のような弾の流れの中で咲夜は必死にもがくが抜け出せない。
それが分かると咲夜は急に悟った顔になり全身の力を緩めた。このままでは、あと僅かばかりで地上に激突するというのに。
「ふぅ、まったく。おあつらえ向きの最後ね」
状況に反して穏やかな声で咲夜がつぶやく。
過去が思い出される。遠い昔の想いが蘇る。
生きていても幸せを感じることなどなかった。望んで持ったわけでもない力が原因で、人と違うただそれだけで
忌とまれ、恨まれ、避けられ、迫害を受けつ続けた。
生きる意味も目標も無かった。死に場所を求めてただ惰性で生きてきた。
頭上の桜の大樹を見上げ、つぶやく。
「桜は根元に埋まっている死体の血を吸って淡く綺麗な花を咲かせる……意味も何も無い人生、最後にあの綺麗な桜を咲かせる為に死ぬのも悪くないか……」
咲夜は死を覚悟し、生きることを諦めた。
西行妖は人を死に魅了する妖怪桜である。
封印が施され、その封印は完全に取り除かれていないが、幽々子による封印解除の儀式と、何よりも少女が覚悟した死に反応して
僅かに、本当に僅かに解かれつつある封印の隙間から力が洩れた。それは、目の前の少女が忘れていた自身の死を呼び起こす引き金に成り得るものだった
□ □ □
「え?」
封印を解く為に西行妖に近づいていた幽々子の脳裏に映像が浮かぶ。
--西行妖を地上から見上げ、対峙するする少女--
--少女からは並々ならぬ決意が感じられる--
「えっ何?これは一体……」
--西行妖の妖気が充満する中で、少女は一歩も引かず妖怪桜を見上げていた--
「何?」
■ ■ ■
弾の洪水は地上に対して目と鼻の先ほどに近づいていた。
このままでは地上に激突し、無残な死が待っているだけなのだが、咲夜はまったく動こうとしない。
「終わりか……」
諦め、死を認めたような声が漏れる。しかし
『いや……死にたくない』
「何あがいてるのよ、みっともない」
自身の深層心理の声か
『あきらめたくない』
「もう十分じゃない」
生きる意思を感じさせる声が
『このままじゃ駄目』
「何言ってるのよ」
自身の内側から聞こえた。
「もう、私は死ぬんだから……」
しかし、その声も意味は無く咲夜は微動だにせず、静かに目を閉じた。
「おきなさい、咲夜」
「え?」
突如聞き覚えのある声に反応して咲夜が目を開けると辺りは白に埋め尽くされた空間だった。
何も無く、ただただ白い空間が広がるのみである。そこに唯一の紅い点として咲夜のよく知る人物が目の前に立っていた。
「おじょう……さま?」
レミリア・スカーレット。咲夜の主である。
「何を寝ているの?咲夜。早く起きなさい」
レミリアは咲夜が起きて当然といった声色で仰向けに倒れている咲夜に対して命令した。
「しかし、お嬢様、私はもう……」
咲夜は言葉を最後まで発することなく、レミリアに対して顔を背けてしまう。
そんな咲夜を見てレミリアは呆れ顔になり、ため息をつく。
「まったく、まだ分ってないみたいね」
「え?」
主の言葉の意味が分らず咲夜は顔をレミリアに向ける。
「いい、咲夜。私はあなたに春を集めてるやつがいるから取り返してらっしゃいと命令したのよ」
「お嬢様、しかしそれはもう……」
咲夜が発する言葉を最後まで聞かず、レミリアは咲夜の頭を両手で押さえ眼球を覗き込む。
「それなのに、何を勝手に死のうとしているの?」
少女の瞳はその幼さに似合わず狂気を含んだ赤だった
「いいかしら咲夜、私は命令したの。だったら貴方はその命令を完遂しなければならないの」
狂気の瞳が語りかける
「自身の全てをなげうって、全力をもって、あらゆる障害を排除してなしえなければならないの」
威厳に満ちた声で命令する
「忘れているようだからもう一度だけ言ってあげる」
しかし、その響きの中には
「貴方の血の一滴から髪の毛一本にいたるまで私の所有物なの。貴方は私の手足。貴方は私の従者。私の望みを叶えることだけを全てとし生かされている存在」
僅かながら
「だから」
優しさが含まれているように聞こえるのは気のせいだろうか?
「かってに死ぬなんて許さない」
レミリアは咲夜の頭を掴んでいた手をはなして解放した。
「もう一度だけ命令してあげる。咲夜、春を取り帰してらっしゃい。」
俯きながら、しかし、嬉しそうに咲夜は笑う
「わがままですね、お嬢様は。本当に、我侭なんですから……」
□ □ □
西行妖は死の魅力をもつ。
幽々子の知らない場面が、忘れていたものが、無くしたはずの記憶が、頭の中に映像となって現れる。
--西行妖の妖気が周囲から消えていく。満開であったその樹の花が散り始め、辺り一面を桜吹雪で多い尽くす--
「え、えっ?い、いや……」
--人を魅了する美しい桜の最後の輝きのような桜吹雪の中、その根元に人の影がある---
「いや、何これ?いやよ、いや……」
幽々子は童女のように頭を振り拒絶の意思をあらわにする。
リン……
透き通った、透明感のある鈴の音が聞こえたような気がした。
しかし、それは本来ありえるはずの無い音色。
幽々子はその音が聞こえたかのように動きを止め、辺りを見回す。
「何、これ……」
周囲は亡霊の住まう場所にふさわしく、静かに、ただただ静かに、一切の音も無く、動くものも無く、時が止まっていた……
「そんな、私の力が」
幽々子が驚くのも当然であった。幽々子が放ち巨大な流れとなった弾幕は、それが本来の姿であったかのように動きを止めていた。
瞬間、閃光が地上付近から走り、止まった弾の流れを二つに引き裂いた。
「ナイフ?まさか!」
閃光の根元、地上には咲夜が立っていた。
■ ■ ■
「お嬢様、私はの生きる意味はこんなにも身近にあったのですね、忘れてはいけない、大切なこと・・・」
咲夜の目が赤く染まる
「死ぬのが怖いわけじゃない」
主と同ようでまったく別の紅
「何もしないで死ぬのが怖い」
美しく、狂おしく、魅了される赤、紅、赫、紅。
「主の命も守れず、ただ朽ち果てていく。それだけは」
その瞳は、狂気と悲壮と決意を含んだ紅だった。
「死んでも御免よ!!」
咲夜は大地を力強く蹴り、幽々子目指して駆け抜ける。
幽々子は咲夜を迎え撃とうとするが、記憶の本流が、忘れていた記憶の流れが止まらない。
--赤い、赤い血を流し、桜の根元に横たわる----
「いやいやいやいやいやいや」
--妖怪桜の、その桜吹雪の中、その根元で血を流し横たわる少女は、少女の死体は--
「いや、見たくない、見たくない!!それは……」
--ソレハイッタイ、ダレノモノ?---
「いやああああぁぁぁっぁぁぁぁ!!!」
幽々子が絶叫する。それにともない彼女の霊力が暴走し、彼女の持つ死を操る能力を無作為に具現化させる。
反魂蝶。人の魂の最後の輝きを模したかのように美しい、死を招く妖美な蝶である。
幽々子に迫る咲夜に対して反魂蝶が飛来する。
「時符 「パーフェクトスクウェア」」
自身の深層心理を現実に構築し、瞬時に空間と時間を完全に掌握する。
優雅に飛び回っていた蝶の群れが一斉に動きを止める。
「眠りなさい、亡霊の姫君。幻符 「殺人ドール」」
突如空間に現れた無数のナイフが蝶の群れをなぎ払い、意思を持っているかのように幽々子に襲い掛かる。
その圧倒的なまでの数の力は瞬時に幽々子を覆い尽くし、その瞬間に勝敗は決した。
□ □ □
淡い桜の花弁が散る。咲くことを叶わなかった妖怪桜の春が散る。
桜吹雪が舞う大樹の根元に二つの人影が見える。
樹の根元を頭上とし、亡者の姫君は仰向けに死んだように横たわっている。
戦いで傷を負った従者はその足元に立ち尽くし、動かない姫君を見下ろしていた。
浮かぶは哀愁を含んだ無表情。少女はただただ横たわる姫君を見下ろしているのみだった。
「負けちゃったみたいね」
暫くの後、幽々子が目を覚ます。立ち上がり、視線を上げ妖怪桜を見上げれば桜吹雪が舞っていた。
その光景はまるで西行妖が花を咲かせたような光景であった。
「結局、この桜を咲かせることは叶わなかった。そもそも、咲く事自体がありえないのかもしれないわね」
樹に手を添えて集めた春が散っていく様に暫し見ほれる。
「夢を見ていたようだったわ」
「夢?」
幽々子の発言に対して咲夜が疑問の言葉を口にする。
「ええ、夢。怖くて、恐ろしいけれどもどこか懐かしい夢。起きると同時に霧散してしまい、残した色だけを微かに読み取れるような儚い夢よ」
幽々子は咲夜に背を向けて語り続ける。まるで、手を触れている桜の樹に語りかけるように。
咲夜はそんな幽々子の背中を眺め続けていた。その空間は、まるで時間が止まったかのように静寂な雰囲気に包まれていた。
「ねえ、貴方は、花を咲かせたかった?」
「ゆゆこさま~、ゆゆこさま~」
遠くから声が響いてくる。主を心配するあまりに焦り感じさせる響きを持った声が徐々に近づいて来ており
あと僅かでここに声の主が到達するであろうと予測された。
「それじゃ、私はそろそろ帰らせてもらうわ。残業するのも趣味じゃないし、あの娘によろしくね」
咲夜が背を向けて歩き出す。そのまま空に飛び立とうとした時に背後から声が聞こえた。
「ありがとう」
咲夜が動作を止め、意外な表情で振り返る。
「え?」
そこには、笑顔でこちらを見つめる幽々子がいた。
「ありがとう。そう貴方に言ったのよ」
「なんで、私にありがとうなのよ?」
咲夜の問いに対して、幽々子は変わらない笑顔で答える。
「まあいいわ、機会があったら館までいらっしゃい。美味しい紅茶をご馳走してあげるわ」
「ええ、喜んでおじゃまさせてもらうわ」
暫く見詰め合った後、どちらからともなく言葉を発する
「それじゃあ」
「それでは」
「「さようなら」」
空に飛び立ち去っていく少女の背後、その姿が見えなくなるまで、少女は桜の樹の下で佇んでいた。
その桜の樹は美しく、怪しく、人を魅了する妖気に満ちていた。
しかし、美しく静観なその桜の樹は花を咲かせておらず、寒々とした枝を周囲に伸ばすのみであった。
周囲の桜の木々が満開に咲き誇っている中で、その樹だけが深く静かにそこにあった。
桜の樹の名前は西行妖。多くの人を魅了し、多くの人を永遠の眠りにつかせたことにより
人を死に魅了する妖力を持ってしまった妖怪桜である。
今、その目の前で、桜の樹のちょうど半ば辺りで戦いが繰り広げられている。
妖怪桜を咲かせる為に春を集める者と、集められた春を本来あるべき場所に戻そうとする者の戦いが。
「クッ!」
十六夜咲夜は頭上の敵が放った攻撃、花のように輝く美しさと相反する殺傷能力を持った弾幕をギリギリのところでかわした。
頭上に優雅に佇むのは西行寺家現当主、西行寺 幽々子。
「あら、意外ね。てっきり当たったと思ったのに」
幽々子は優雅に微笑みながら。感情の込められていない風のような声を発する。
「おあいにくさま、こんな隙間だらけの攻撃に当たるほど遅くないのよね」
咲夜は余裕を装っていたが言葉と顔色にぎこちなさが見て取れた。
戦闘は単純な引き算ではない。
腕力、霊力、能力が相手より上回っていれば必ず勝てるというものではない。
そのときのテンション、体調、時の運など様々な要因が複雑に絡み合って勝敗を分かつものである。
しかし、この戦闘ではすでに勝敗は決したと言ってもよかった。
咲夜はのまれていた。西行寺幽々子の霊力に、亡霊の霊気が支配するあの世の空気に、死を操る能力が支配する死の臭いに。
それらが合わさって作り出す空間の中で咲夜は自分自身を見失なっていた。
今までの攻防ではギリギリのところで致命傷は避けつつ攻撃をかわしていたがそれももはや限界に近かった。
「それじゃあ、そろそろ時間も迫っているから終らせましょうか」
「時間?そこの妖怪桜の封印に時間制限なんかあったかしら?」
「いいえ、とっても大切な用事なの」
「?」
「もうすぐね、晩御飯の時間なのよ」
「なっ!!」
普段なら冷静に対処して皮肉の一つでも返せるだが、雰囲気にのまれ自身の軸を揺さぶられている咲夜は激怒して幽々子迫る。
「今は戦闘中よ、目の前のことに集中しなさい!」
ナイフを振りかぶり、幽々子に投げつけようとしたのとソレは同時だった。
「ええ、戦闘中よ。だから、早く終わらせるの」
咲夜の周囲に大量の花を模した弾が出現する。それはすでに咲夜を取り囲んでいた。
「な?」
「桜符 「完全なる墨染の桜 」」
幽々子の言葉と共に巨大な流れとなった弾の本流に咲夜は押し流されていった
「ごめんなさいね、西行妖を咲かせる為には貴方の持っている春がどうしても必要だったの」
「だから、せめて桜の下で安らかにお眠りなさい。悪魔の犬」
幽々子は流されていった咲夜に対してつぶやくと、振り返って背後の西行妖を見上げた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……どちらにしても美味しそうね」
……食べるのかよ!!
■ ■ ■
まるで洪水のような弾の流れの中で咲夜は必死にもがくが抜け出せない。
それが分かると咲夜は急に悟った顔になり全身の力を緩めた。このままでは、あと僅かばかりで地上に激突するというのに。
「ふぅ、まったく。おあつらえ向きの最後ね」
状況に反して穏やかな声で咲夜がつぶやく。
過去が思い出される。遠い昔の想いが蘇る。
生きていても幸せを感じることなどなかった。望んで持ったわけでもない力が原因で、人と違うただそれだけで
忌とまれ、恨まれ、避けられ、迫害を受けつ続けた。
生きる意味も目標も無かった。死に場所を求めてただ惰性で生きてきた。
頭上の桜の大樹を見上げ、つぶやく。
「桜は根元に埋まっている死体の血を吸って淡く綺麗な花を咲かせる……意味も何も無い人生、最後にあの綺麗な桜を咲かせる為に死ぬのも悪くないか……」
咲夜は死を覚悟し、生きることを諦めた。
西行妖は人を死に魅了する妖怪桜である。
封印が施され、その封印は完全に取り除かれていないが、幽々子による封印解除の儀式と、何よりも少女が覚悟した死に反応して
僅かに、本当に僅かに解かれつつある封印の隙間から力が洩れた。それは、目の前の少女が忘れていた自身の死を呼び起こす引き金に成り得るものだった
□ □ □
「え?」
封印を解く為に西行妖に近づいていた幽々子の脳裏に映像が浮かぶ。
--西行妖を地上から見上げ、対峙するする少女--
--少女からは並々ならぬ決意が感じられる--
「えっ何?これは一体……」
--西行妖の妖気が充満する中で、少女は一歩も引かず妖怪桜を見上げていた--
「何?」
■ ■ ■
弾の洪水は地上に対して目と鼻の先ほどに近づいていた。
このままでは地上に激突し、無残な死が待っているだけなのだが、咲夜はまったく動こうとしない。
「終わりか……」
諦め、死を認めたような声が漏れる。しかし
『いや……死にたくない』
「何あがいてるのよ、みっともない」
自身の深層心理の声か
『あきらめたくない』
「もう十分じゃない」
生きる意思を感じさせる声が
『このままじゃ駄目』
「何言ってるのよ」
自身の内側から聞こえた。
「もう、私は死ぬんだから……」
しかし、その声も意味は無く咲夜は微動だにせず、静かに目を閉じた。
「おきなさい、咲夜」
「え?」
突如聞き覚えのある声に反応して咲夜が目を開けると辺りは白に埋め尽くされた空間だった。
何も無く、ただただ白い空間が広がるのみである。そこに唯一の紅い点として咲夜のよく知る人物が目の前に立っていた。
「おじょう……さま?」
レミリア・スカーレット。咲夜の主である。
「何を寝ているの?咲夜。早く起きなさい」
レミリアは咲夜が起きて当然といった声色で仰向けに倒れている咲夜に対して命令した。
「しかし、お嬢様、私はもう……」
咲夜は言葉を最後まで発することなく、レミリアに対して顔を背けてしまう。
そんな咲夜を見てレミリアは呆れ顔になり、ため息をつく。
「まったく、まだ分ってないみたいね」
「え?」
主の言葉の意味が分らず咲夜は顔をレミリアに向ける。
「いい、咲夜。私はあなたに春を集めてるやつがいるから取り返してらっしゃいと命令したのよ」
「お嬢様、しかしそれはもう……」
咲夜が発する言葉を最後まで聞かず、レミリアは咲夜の頭を両手で押さえ眼球を覗き込む。
「それなのに、何を勝手に死のうとしているの?」
少女の瞳はその幼さに似合わず狂気を含んだ赤だった
「いいかしら咲夜、私は命令したの。だったら貴方はその命令を完遂しなければならないの」
狂気の瞳が語りかける
「自身の全てをなげうって、全力をもって、あらゆる障害を排除してなしえなければならないの」
威厳に満ちた声で命令する
「忘れているようだからもう一度だけ言ってあげる」
しかし、その響きの中には
「貴方の血の一滴から髪の毛一本にいたるまで私の所有物なの。貴方は私の手足。貴方は私の従者。私の望みを叶えることだけを全てとし生かされている存在」
僅かながら
「だから」
優しさが含まれているように聞こえるのは気のせいだろうか?
「かってに死ぬなんて許さない」
レミリアは咲夜の頭を掴んでいた手をはなして解放した。
「もう一度だけ命令してあげる。咲夜、春を取り帰してらっしゃい。」
俯きながら、しかし、嬉しそうに咲夜は笑う
「わがままですね、お嬢様は。本当に、我侭なんですから……」
□ □ □
西行妖は死の魅力をもつ。
幽々子の知らない場面が、忘れていたものが、無くしたはずの記憶が、頭の中に映像となって現れる。
--西行妖の妖気が周囲から消えていく。満開であったその樹の花が散り始め、辺り一面を桜吹雪で多い尽くす--
「え、えっ?い、いや……」
--人を魅了する美しい桜の最後の輝きのような桜吹雪の中、その根元に人の影がある---
「いや、何これ?いやよ、いや……」
幽々子は童女のように頭を振り拒絶の意思をあらわにする。
リン……
透き通った、透明感のある鈴の音が聞こえたような気がした。
しかし、それは本来ありえるはずの無い音色。
幽々子はその音が聞こえたかのように動きを止め、辺りを見回す。
「何、これ……」
周囲は亡霊の住まう場所にふさわしく、静かに、ただただ静かに、一切の音も無く、動くものも無く、時が止まっていた……
「そんな、私の力が」
幽々子が驚くのも当然であった。幽々子が放ち巨大な流れとなった弾幕は、それが本来の姿であったかのように動きを止めていた。
瞬間、閃光が地上付近から走り、止まった弾の流れを二つに引き裂いた。
「ナイフ?まさか!」
閃光の根元、地上には咲夜が立っていた。
■ ■ ■
「お嬢様、私はの生きる意味はこんなにも身近にあったのですね、忘れてはいけない、大切なこと・・・」
咲夜の目が赤く染まる
「死ぬのが怖いわけじゃない」
主と同ようでまったく別の紅
「何もしないで死ぬのが怖い」
美しく、狂おしく、魅了される赤、紅、赫、紅。
「主の命も守れず、ただ朽ち果てていく。それだけは」
その瞳は、狂気と悲壮と決意を含んだ紅だった。
「死んでも御免よ!!」
咲夜は大地を力強く蹴り、幽々子目指して駆け抜ける。
幽々子は咲夜を迎え撃とうとするが、記憶の本流が、忘れていた記憶の流れが止まらない。
--赤い、赤い血を流し、桜の根元に横たわる----
「いやいやいやいやいやいや」
--妖怪桜の、その桜吹雪の中、その根元で血を流し横たわる少女は、少女の死体は--
「いや、見たくない、見たくない!!それは……」
--ソレハイッタイ、ダレノモノ?---
「いやああああぁぁぁっぁぁぁぁ!!!」
幽々子が絶叫する。それにともない彼女の霊力が暴走し、彼女の持つ死を操る能力を無作為に具現化させる。
反魂蝶。人の魂の最後の輝きを模したかのように美しい、死を招く妖美な蝶である。
幽々子に迫る咲夜に対して反魂蝶が飛来する。
「時符 「パーフェクトスクウェア」」
自身の深層心理を現実に構築し、瞬時に空間と時間を完全に掌握する。
優雅に飛び回っていた蝶の群れが一斉に動きを止める。
「眠りなさい、亡霊の姫君。幻符 「殺人ドール」」
突如空間に現れた無数のナイフが蝶の群れをなぎ払い、意思を持っているかのように幽々子に襲い掛かる。
その圧倒的なまでの数の力は瞬時に幽々子を覆い尽くし、その瞬間に勝敗は決した。
□ □ □
淡い桜の花弁が散る。咲くことを叶わなかった妖怪桜の春が散る。
桜吹雪が舞う大樹の根元に二つの人影が見える。
樹の根元を頭上とし、亡者の姫君は仰向けに死んだように横たわっている。
戦いで傷を負った従者はその足元に立ち尽くし、動かない姫君を見下ろしていた。
浮かぶは哀愁を含んだ無表情。少女はただただ横たわる姫君を見下ろしているのみだった。
「負けちゃったみたいね」
暫くの後、幽々子が目を覚ます。立ち上がり、視線を上げ妖怪桜を見上げれば桜吹雪が舞っていた。
その光景はまるで西行妖が花を咲かせたような光景であった。
「結局、この桜を咲かせることは叶わなかった。そもそも、咲く事自体がありえないのかもしれないわね」
樹に手を添えて集めた春が散っていく様に暫し見ほれる。
「夢を見ていたようだったわ」
「夢?」
幽々子の発言に対して咲夜が疑問の言葉を口にする。
「ええ、夢。怖くて、恐ろしいけれどもどこか懐かしい夢。起きると同時に霧散してしまい、残した色だけを微かに読み取れるような儚い夢よ」
幽々子は咲夜に背を向けて語り続ける。まるで、手を触れている桜の樹に語りかけるように。
咲夜はそんな幽々子の背中を眺め続けていた。その空間は、まるで時間が止まったかのように静寂な雰囲気に包まれていた。
「ねえ、貴方は、花を咲かせたかった?」
「ゆゆこさま~、ゆゆこさま~」
遠くから声が響いてくる。主を心配するあまりに焦り感じさせる響きを持った声が徐々に近づいて来ており
あと僅かでここに声の主が到達するであろうと予測された。
「それじゃ、私はそろそろ帰らせてもらうわ。残業するのも趣味じゃないし、あの娘によろしくね」
咲夜が背を向けて歩き出す。そのまま空に飛び立とうとした時に背後から声が聞こえた。
「ありがとう」
咲夜が動作を止め、意外な表情で振り返る。
「え?」
そこには、笑顔でこちらを見つめる幽々子がいた。
「ありがとう。そう貴方に言ったのよ」
「なんで、私にありがとうなのよ?」
咲夜の問いに対して、幽々子は変わらない笑顔で答える。
「まあいいわ、機会があったら館までいらっしゃい。美味しい紅茶をご馳走してあげるわ」
「ええ、喜んでおじゃまさせてもらうわ」
暫く見詰め合った後、どちらからともなく言葉を発する
「それじゃあ」
「それでは」
「「さようなら」」
空に飛び立ち去っていく少女の背後、その姿が見えなくなるまで、少女は桜の樹の下で佇んでいた。
あなたならもっと、もっとやれるはず。
もっと。もっと、煌いて。もっと、熱くなって。
私(達)の体を、心を焼き焦がしてください。
(アニメ)スクライド感をもうちょっと出せれば気持ちよく読めるかと。
あなたはまだダイヤの原石です。もっと磨かれて、さらにいい作品を書き込んでください。