Coolier - 新生・東方創想話

瞬夜抄

2005/09/23 13:53:15
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中空高く光明が一つ。
さざ波の様な雲群はその光を避けるようにゆったりと流れていく。
「お久しぶり、……といっても一月程度では久しくもなんともないかな?」
私は自分自身に向かって独り言ちる。
「そうね、私たちにとって一月など華胥の夢、一握の砂のようなもの。待つに値する時間でもないわね。」
それにもかかわらず、月下の影は私の独り言に返事をした。
「あら、いたんだ。」
ここで漸く私は自意識過剰な影に向かって声をかけた。
「呼び出したのは貴女の方じゃない。」
「そうなんだけどね。」
私はワザとらしく肩をすくめて見せる。影の方も腰に手を当てて嘆息しているようだった。
まあ、これくらいの応酬は毎度のことであり、戦端にはなりはしない。
……否、これくらいのことが戦端になったことも無数にあるし、さらりと流したことも無数にあると云った方が正確だろう。今回はその場のノリ的に後者だったに過ぎない。
これが開戦の合図とならないのなら、前口上が必要ということだろう。私は表情を引き締め目の前の影、怨敵である蓬莱山輝夜を見据えた。

「前回は思わぬところで水を差さなきゃいけなかったけど、今宵貴女が煙となって天に昇る姿を見れば、この無間地獄から解脱できるような気がするわ。そうは思わない? 輝夜!」
「それは焼き鳥を振り撒いた貴女の因果。……もっとも、一緒に消火する破目になった私は良い迷惑。その降りかかる火の粉にも劣る身の程を嫌と言うほど思い知らせてあげるわ。 妹紅!」

互いの言葉を合図に対峙する。
際限なく噴きあがっていく殺気に竹林は時を止めたように沈黙していた。

――――リーンリンリンリーンガチャガチャスイッチョンスイッチョンキリキリキリキリチンチンチンチロリンチンチロリン…………

対峙する二人の間を駆け抜けていくのは初秋の仄かに冷気を帯びた風のみ。
微かにざわめく笹の葉音はまるで私たちを外界から切り取ったように静謐な世界を作り上げていた。

――――リーンリンリンリーンガチャガチャスイッチョンスイッチョンキリキリキリキリチンチンチンチロリンチンチロリン…………

……私は輝夜を睨みつけながら静寂な世界に身を委ねる。
徐々に鋭敏になっていく感覚はきりきりと引き絞った弓のように、暴力へと変換されて私の体内にゆっくりと蓄積されていく。

――――リーンリンリンリーンガチャガチャスイッチョンスイッチョンキリキリキリキリチンチンチンチロリンチンチロリン…………

深山幽谷明鏡止水、竹林は水を打ったかのように静まり返っている。
……虫の声なんて気にならないよ、気にならない。

――――リーンリンリンリーンガチャガチャスイッチョンスイッチョンキリキリキリキリチンチンチンチロリンチンチロリン…………

…………いや、だから、無音の世界なんだって。

――――リーンリンリンリーンガチャガチャスイッチョンスイッチョンキリキリキリキリチンチンチンチロリンチンチロリン…………

「あぁ~もうっ!! お前らちょっとは空気嫁!!」

私よりも先に輝夜の方が我慢の限界だったようだ。この忍耐の無さがいかにもあいつらしい。
「まあ、確かに決闘という雰囲気じゃないな。」
私もそこには同意を表す。
「全くよ! いくら仲秋だからって調子に乗りすぎだわ。」
輝夜はこの大騒音が余程気に食わないのか、興奮状態が未だに続いている。
……最初の叫びのイントネーションがおかしかったのも、きっとそれが原因なのだろう。
しばらく袖をバタつかせて不満を露にしていた輝夜だったが、突然に矢でも刺さったかのように動きを止めた。
もっとも、刺さったのは『矢』ではなく『魔』なのだということを私はよく理解している。
厄介事を思いつく前に焼き払ってしまおうかと思いついた頃には、輝夜は既にこっちの世界に帰還を果たしていた。
「ねえ妹紅、準備運動代わりにクレームをつけに行かない?」
口元に袖を当てて先程とは打って変わった威厳を含んだ声で輝夜は告げる。一方で猫のように細まった瞳孔が明らかな凶兆を示していた。
「嫌だね。どうして私があんたと一緒に行動しなきゃならないのさ。」
「あら、肝試しは二人一組だって決まってるじゃない。私たちの前に現れた彼女達みたいにね。」
ついに耳まで耄碌してしまったのか、輝夜は私の腕を取りずんずんと進んでいく。

「まあ、今回は夜を止める必要もないけどね。」


◆ ◆ ◆


「全くもうっ、雑魚妖怪共が騒がしいったらありゃあしない!!」
いらついた口調の割には、嬉々とした表情で輝夜は五彩の弾を振るって押し進んでいく。
私ははじめから乗り気ではなかったので、一歩退いたところで静観していた。
雑魚妖怪も今宵の熱に浮かされている為なのか、ケバイ弾幕で大立ち回りをしているあっちの人間しか目に入らないのだろう、そのお陰で私に向かってくる奴は一匹もいない。
「ねえ妹紅、たまには精緻な弾じゃなく無駄弾をばら撒くのも悪くないわね。」
私がまだ一度も撃ってないことを知ってか知らずか、輝夜は振り向かずに問いかけてくる。
「ん、ああ、そうだな。」
そんな言葉に私は適当に同意しておく。反対しなかったのは単に押問答するのが面倒だったからに過ぎない。
輝夜はというと端から返答など期待してなかったのか、特に反応のないまま引き続き蹂躙に夢中のご様子であった。

「………………」
私はあいつから一定の距離を保ちつつ後ろを付いて行く。
甚だ不本意ではあるが、距離をとりすぎて私も標的になるわけにはいかない。
利害は一致しているのだ、ここはおとなしく付いて行ってあいつが多少消耗したところを叩くのが上策と言うものだろう。
自分自身に幾度となく言い聞かせながらも、内心の苛々は募っていく。
何が気に入らないか? そんなことは分かりきっている。
あいつ――輝夜が私に対して無防備に背中を晒しているのが気に入らないのだ!
今、私があいつの背中に向かって一撃を放つだけで輝夜は簡単に絶命するだろう。
それなのにあいつは背中を晒している。
私が撃たないとでも思っているのだろうか?
この藤原妹紅が! 仇敵たる蓬莱山輝夜の背中に対して!
信頼なんてありはしない、利害関係が存在するからといって私はそれを破棄することに躊躇いなどない。
ここで輝夜を殺し、雑魚共を焼き払ってしまえばそれで事足りるだけのこと。
輝夜だってそれくらい理解しているはずだ。それにも関わらずこの体たらく! 舐められたものである。

……私は掌から特に念入りに織り込んだ炎を生み出した。
圧縮された炎が掌の周辺の視界を徐々に侵蝕し捻じ曲げていく。
私の苛々もこれを撃ち放った頃には解消されていることであろう。
多少自嘲気味に口元を歪め、右手を掲げて振りかぶる。
標的は眼下にある仇敵の背中。
微かに窺える輝夜の表情は、雑魚妖怪を蹂躙するのがそんなに楽しいのか満面の笑みであった。
上弦の月をそのまま貼り付けたような、口の端が吊り上ったなんとも底意地の悪い笑み。
「……チッ!!」
私は掌のものを輝夜ではなく、私の脇を抜けてあいつの背後に迫って行った妖怪目掛けて振るう。
「あら、ナイスフォローね。やはりタッグというのは心強いわ。」
「……ふん、下手に死なれてこんな雑魚を刺客で送られても面倒なだけだからな。」
口ではそんなことを言ってはいるが、勿論のこと私の内心は穏やかじゃない。
……あいつの笑みは間違いなく私に向けられたものだった。
おそらく私があの一撃を輝夜目掛けて放っていたら、あいつは火達磨になりながら私に向かってあの性格の悪い笑みを浮かべていただろう。
ルールを破って背後から攻撃を仕掛けた私を「卑怯者!」と心底愉快そうに哄笑して絶命するに違いない。
そして、あいつはその場面を胸の内で再生させてはほくそ笑んでいたのだ!
私にはどうにもそれが我慢ならなかった。
一度の生しか持たない者にはそれでも負け惜しみと捉える事ができるだろう。
しかし、無限の生を持つ我らにとって死など何の意味もない。重要なのは目的ではなくて手段なのである。
あいつを殺したところで、私が口惜しい思いをしては本末転倒なのだ。
……全く、どこまでも性根が腐ったヤツ!!


◆ ◆ ◆


「あいつら急におとなしくなったけど、小休止かしら?」
いけしゃあしゃあと輝夜はそんな疑問を口にする。
でも確かに私が焼き払った一匹を最後に妖怪共の攻勢はピタリと止まってしまっていた。
人語も解さないような妖怪なら火を恐れるということは十分にありえるのだが、今は待宵、そんな生半可通用しないだろう。
「まあ、順当に行けば…」
「中ボスのご登場ってところかしらね。」
折角の私の台詞を横から掻っ攫っていく輝夜。
「あれ 夜雀が鳴いている~ チンチンチンチンチンチロチン~♪」
「人の台詞を取るな!」
「捻りのない台詞を考えるからよ。」
「なら私に話しかけるんじゃない!」
「後から もこてる追いついて~♪」
「「もこてるで一括りにするな!!」」
反射的に放ったその一言で、私は漸くもう一匹この場にいることに気付いた。
「私がクレームをつけたい相手とは違うのだけど、あなたが中ボスかしら?」
さっきのユニゾンはお互いになかったことにして、すまし顔で輝夜が目の前の妖怪に話しかける。
「秋の夜長を鳴き通す~ ああ恐ろしい鳥の声~♪」
それを華麗に無視して歌い続ける夜雀。
その態度によって輝夜のすまし顔に皹が入る。……実に良い気味だ。
「……コホン、こいつも五月蝿い事に変わりないから、さっさと落として次に行きましょう。」
蓬莱の玉の枝を構えて、涼しげに輝夜は言う。
これで取り繕ったつもりなのだろうが、内心煮えくり返っているに違いない。
この程度の妖怪相手に神宝は必要ないし、枝の切っ先がわなわなと震えているのが遠目からでもはっきりわかった。
「まあまあ、ここは私が引き受けるから、あんたは休んでなさいよ。」
私は輝夜の肩に手を置いて、できる限り爽やかな笑みを浮べて労う。
今の私の心境からして、あいつに笑いかけることは特に苦でもなかった。
「……貴女に妖怪退治なんて高尚な真似ができるのかしら?」
「あら、貴族の嗜みですわ。もっとも、どこぞの野良姫様にはどうだか知りませんけれど。」
「ふん……。」
今度は不機嫌そうなところを隠すことなく、私の一歩後ろに引き下がる。
「あれー、人間なんて一人でも二人でも変わらないよ? どっちも私の歌で鳥目になるんだから。」
「物事には順序ってものがあるのよ。さあ、掛かってきなさい。」
小娘程度の戯言に軽口で応じ、あまつさえ先手まで譲ってしまうのだから、私は余程上機嫌なのだろう。
流石に背後で不貞腐れている輝夜の顔を拝むことはできないが、想像するだけで胸がすくというものだ。
そんなことを考えて表情を緩めていると、不意に視界が闇に閉ざされる。
目が見えないというわけではない、夜に灯りを消した時の黒霧の掛かったようなあの感覚に酷似していた。

「久しぶりの人間だものリクエストに答えて……、まずはあなたから遊んであげる!」
その声を同時に視界にぼんやりと何かが迫ってくる。
私は反射的に避け、身体を掠めていく瞬間に漸くそれが弾であることを視認できた。
「へ~、これを避けるなんて人間にしては遊びがいがあるわ。」
目の前に飛来した弾を反射神経だけで回避していく。
視界はぼやけたまま回復の兆しはなく、夜雀の声だけでは位置もいまいち把握できない。
「参ったな、ジリ貧に関しては私の方に永年の長があるけど夜は有限だし……。」
相手の位置が分からないのなら、全体を焼き払ってしまえば容易い。
しかし、格下相手にいっぱいいっぱいな勝ち方を輝夜に見せるわけにいかないのだ。
優雅でいかにも大物っぽい勝ち方をすることが、夜雀撃退以前に当面にある課題であった。
片手間で弾を避けながら、炎の形を自分の頭の中であれこれとイメージしていく。
すると頭の中に或る一つのイメージが浮かび上がってきた。
「うーん、若干胡散臭くなるけど……まあいいか。時間もないし。」
私は鷹くらいの大きさの火の鳥を召喚する。
今夜のタッグでは私は妖怪役のはずだから使い魔の使役くらい許されるだろう。
「使い魔『プチ鳳翼天翔』」
一応使用ショットを宣言してから、火の鳥を常闇の空に放つ。……あとは黙って回避に集中していればいい。
今度は華麗に回避することを意識しながら、私はのんびりと相手の反応を窺う。
その反応も大して時間を必要とはしなかった。
「ちょ、ちょっと、熱っ、この鳥熱いよぉ~! ねぇ、離れてくれない? 同属のよしみでさぁ~。だから本当に熱いって、ああっ! なんか香ばしい匂いが……うわーん!!」
最後の鳴き声というより泣き声を合図に視界が徐々に晴れていく。
元の視界を取り戻した頃には火の鳥も戻ってきた。
夜雀は完全に戦線離脱したのだろう。
「ざっとこんなもんですわ。」
火の鳥を二の腕に乗せて、私は輝夜に向かって優雅に一礼をする。
「ずいぶんと怠惰な攻撃でしたわね。」
私の幕引きに対して輝夜はそんな賛辞を送る。
「高貴な者というのは直接自分の手を汚さないものですわ。」
だが、そんな精一杯の皮肉でさえも一蹴した私に輝夜は明らかに面白くなさそうな表情を浮べた。
……ざまぁない。
私は心の中で大きくガッツポーズをとる。ついでに何処かで高みの見物でもしているのであろうスキマ妖怪に礼を述べておいた。


◆ ◆ ◆


「なあ輝夜、確かに大勢相手に弾を繰るのも悪くないな。」
哄笑と共に火の鳥を振り回しながら、私は後ろに控えている輝夜に話しかける。
「ふんっ……。」
声を聞くだけでわざわざ表情を窺う必要はない、それくらいわかりやすい反応がすぐさま返ってきた。
輝夜は夜雀が登場してからテンションが急下降気味なのである。
まあ、私はそれに一切取り合わず、至極楽しそうな感じで雑魚妖怪たちを殲滅していく。
後ろでは殺気が沸々と湧き上がってくるのを肌に直接感じるが、敢えて気付かない振りを通していた。
あいつが私を背後から撃ち殺そうとするのならそれでも良いと思う。
その際にはあいつの方を思いっきり見下した目で見て、「はんっ!」と笑って事切れてやろうと考えていた。
それはそれはなんて愉快なことだろう!
あいつの屈辱で歪む顔を拝めるのならいっそのこと殺して欲しいくらいだ。
想像するだけで自然と笑いがこみ上げてくる。抑えようにも抑えきれないので、私は輝夜に見えないように真正面を向いた。
その刹那
「……チッ!!」
という舌打ち音と共に私の背後で被弾音がする。
どうやら私ではなく背後に回った妖怪をあいつが撃退してくれたらしい。
「流石は相棒、頼もしいな。」
「……ふん、さっきの借りを今ここで清算しただけよ。」
どこまでも不愉快そうな表情で輝夜は応えた。
その様子に私はあいつから顔を背けて笑みを浮べる。
焼き回しでしかないこの状況だからこそ、痛快というか意趣返しの気分だった。

「さて、再び雑魚の攻勢が止んだぞ?」
答えは既に予想が付いているのだが、私は仕上げとばかりに輝夜に疑問を投げかける。
これは少しあからさま過ぎたかもしれないが、テンションが下に振り切れたままの輝夜はどうでも良いとばかりに口を開いた。
「言うまでもないことだと思うけど……」
「今夜の敵役のご登場って訳だ。」
素早く輝夜の言葉を攫うが、その反応を楽しむ前にこちらに向かって光点が一つ向かってくる。
「もうっ! 折角の宴を邪魔するのはあなたたち?」
目の前に現れたのは若干季節はずれな蛍の妖怪であった。
まあ、確かに虫の鳴き声が五月蝿かった原因はこいつにあるだろう。私は漸くクレームをつけに行くという意味を理解していた。
「全く人間風情が秋の夜鳴きを邪魔するなんて! いい? 虫たちにとって秋の夜鳴きは生命を引き継ぐ神聖な儀式なのよ!?」
かなりご立腹なのか、この虫は私たちとの力の差も分からずにものすごい剣幕で捲くし立てていく。
「それを中断させるなんて人間の分際でよくやるわ。身の程を知りなさい!」
……この剣幕に圧されたまま、なんとなくクレームをつけるタイミングを逃がしてしまった気がする。
輝夜も同様なのか、さっきから一向に口を開くどころか身動き一つする兆しも見受けられない。
「仕方ない、宴を冷やかされた代金はあなた方の身体で支払ってもらうわ! 一夜でこの竹林の肥やしと変えてあげる!」
う~ん、段々とウザったくなってきた。
警告無しで焼き払ってはいけないのだろうか?
そんなことを悶々と考えていると、今度は反応しないことが気に入らないのか苛立たしげに空中で地団駄を踏みならしていた。
「ちょっと! そこのあなたたち聞いているの!?」
漸く発言権が回ってきたらしい。
『警告一発蛍発火』というプランを頭で組み立てながら口を開こうとすると、いつの間にか前に進み出ていた輝夜によって遮られた。
肩は小刻みに震え、俯き加減の顔は長い黒髪によって隠され覗うことはできない。
「そこのあなた、何か言って御覧なさいよ。」
蛍の妖怪はそれを自分に対する怯えだと判断したのか、上機嫌なって輝夜に問いかける。
それによって漸くあいつは顔を上げた。……永遠と須臾の罪人 蓬莱山輝夜として。

「――黙れよ小童。貴様のような化生の小虫妖怪がこの私の意見するのか?」
どうやらテンションが下がりすぎて反転したらしい。
輝夜の口から放たれる殺気に竹林全体が沈黙する。
後ろにいる私でさえ血が騒ぐのだ。正面から当てられたあの妖怪にはひとたまりもないだろう。
……案の定、さっきまで饒舌だった妖怪は完全に縮こまっていた。
「あなたの事情になんて興味ないけど、あなたは私と妹紅の楽しいひと時を邪魔したの。だから、それなりに償ってもわらなくちゃ。」
あの妖怪が青ざめたことに気を良くしたのか、殺気を引っ込めて今度は諭すような声音で優しく語り掛ける。
主張も論法も内容も双方同じなのだが、こういうのは古来よりびびらせた方が勝ちなのだ。
「そういうわけで、今日のところは静粛にお引取り願わないかしら?」
にっこりと気品すら感じさせる笑顔で、輝夜は完全に戦意を消失した小妖に慈悲を見せる。
素直にそれに応じて首肯しようとする妖怪を、輝夜は先程の笑顔のままやんわりと遮った。
「……なんて言うわけがないでしょ! あなたは私が完膚なきまでに叩きのめしてあげる。符も減速も一切必要なくトップスピードで瞬殺してあげるわ!」
「ひぇぇ」
輝夜の殺気と虫の悲鳴で満たされた竹林を、私は呆れ顔で引き下がった。
減速が必要ないってことは、私の助けは無用と言うことなのだろう。私は結構遠くの竹に寄り掛かって休息をとる。
……無論、輝夜と蛍の決闘など勝敗がわかりきっていて観戦する気にもなれなかった。

ボスのお出ましの所為か、輝夜の殺気の所為か、ここ周辺にはもう妖怪の気配は感じられない。
竹林が静寂を取り戻すにつれて、私の上機嫌も火が消えたかのように収まっていった。
おおよそ輝夜の機嫌が戻ったことが気に入らないだろう。
それ以外の理由も浮かぶには浮かんだが、捻じ伏せて考えなかったことにした。
輝夜も私と夜雀の決闘の最中はこんな気分だったのだろうか?
そんな疑問が脳裏を掠めるがなんとなく不愉快だったので止めた。
今の頭の中は地雷原と一緒なので、考えること自体を止めた方が良いのかも知れない……。
仕方なく、意識を視覚の方に切り替えて決闘の方を観戦する。
やはり実力差は圧倒的。涙目でいやいや弾を発射している妖怪と、振袖を振り乱しながら獣じみたスピードでそれを追いかける輝夜。
優雅さの欠片もなく加虐的な笑みを浮べているあいつを見て、……私は無意識に歯噛みした。
――この感情は■■?
危うく形になってしまいそうな感情を私は慌てて霧散させる。
ついでに目も瞑って視覚を遮断した。
思考する事も物を見る事も自ら禁じたら、あとは笹の葉のざわめきに耳を傾けるしかやることがない。
しかし、これが一番心落ち着けるというのが皮肉なことだった。
目蓋を通して幽かに感じる蒼い光が笹の葉音と相まって実に涼しげな景色を想起させる。
ざわついていた心が少しずつ平静を取り戻していくのが、自分でもよくわかった。
だがそれも…
「妹紅~。終わったわよ。」
という雑音の介入によってあっけなく幕を閉じる。
目蓋を開けると興奮覚めやらぬといった輝夜だけがその場で暢気に手を振っていた。
私はそれに応じて、鋭気を高めながらゆっくりと輝夜のところまで向かう。
お互いが対峙するころには、不思議と両方の顔から自然と笑みが浮かんでいた。

「準備体操も終わったし、グラウンドの整備も終わったわ。」
そういって輝夜は酷薄な笑みを私に対して浮かべる。
「月はまだ高いし、夜明けにはまだ十分な時間があるわね。」
それに対して私も凄惨な笑みでもって応えた。
殺気の勢いは先程とは比較にならず、竹林すらも身を逸らすようにざわざわと揺らめく。
一触即発の状況下にもかかわらず、私は何処かこの空気の中に安堵を覚えていた。

……この空気だから言葉にできる。先程まで私が感じていたものは『嫉妬』
輝夜を殺して良いのは私だけで、同時に私を殺して良いのは輝夜だけなのである。
それは幾星霜も前に取り決められた契約で、ただ完結を意味するためだけの誓約。
輝夜の送ってくる刺客が、全て輝夜を倒した者のように……。
その刺客全てが同時に私をも必ず打ち倒してきたように……。
別に手を抜いているとかというわけではないが、勝てなかったことを嘆くつもりもない。
私たちのどちらにも勝てない者と、どちらにも勝てる者は同義なのである。
だからあれは私たち二人だけの結んだ関係から他者を排除する為の儀式に過ぎなかったのだ。
「それじゃあ、そろそろ続きを……」
輝夜もこの殺気に酔ったような表情で私の言葉を引き継いだ。
そう、私たちが真に楽しみ、真に心打ち震えるのはこのときしかありえない。
相手は他の誰でもない、私たちだけなのだ!
胸中に言葉を重ね己を鼓舞しながら、笑い出したくなる衝動を必死に腹の中に抑える。
代わりに私はあらん限りの声で叫んだ。
「「はじめましょうか!!」」


さてさて瞬夜の遊戯はこれにて仕舞い
再び始まるは二人だけの永夜の世界
何人たりとも侵し得ぬ
         未来永劫の殺し合い……
輝「あらーまた燃えちゃったわね。」
妹「……だから、バゼストのときに火鼠禁止って言っただろ?」
輝「それよりもどうやって消火しようかしら? あっ、そうだわ。」
妹「おい! 私を持ち上げてどうするつもりだ!?」
輝「リザレクションのときに発生する風で火が消えないかなぁって。」
妹「無理だから下ろせ! ちょっ、振りかぶるな! ぎゃあぁぁぁ……」

どうも、ここまで読んでいただきありがとうございます。
これは十五夜の晩に散歩していたら「もこってるよ!」と頭の中に飛来したネタです。
輝夜と妹紅のタッグというネタはかなり既出しているのではないかと思うのですが、私なりの解釈で書いてみました。
ちなみに私は「輝夜と妹紅は結構仲良いんじゃねぇ?」という考えでこれを書いております。
でも、殺し合う二人は好きですよ? という私の浮気心満載の作品となってしまいました。
とりあえず、もこてるタッグ見て少しでも心躍ってくれたら幸いです。
葉爪
[email protected]
http://www2.accsnet.ne.jp/~kohaze/
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コメント



0.1510簡易評価
1.80名前もない削除
中々に東方らしいシチュエーション。
もこてるでステージ制とは恐れ入る。
3.80まっぴー削除
ああ、少年漫画。
『お前を倒すのはこの私だ』な感じがたまりませんな。
もうライバルっぽい親友と化しているもこてるに惚れ。
9.80名前が無い程度の能力削除
てるよが人間役でもこが妖怪役かよ!

・てるよが活発=人間度上昇=もこ不機嫌
・もこがハッスル=妖怪度上昇=てるよ不愉快

な構図がよかった
21.80名前が無い程度の能力削除
確かにこの不死者コンビはかっこよかった
その一方でほぼ完璧に被害者な夜雀と蛍、いと憐れ
かたや焼き鳥にされかけ、かたや降伏すら許されぬデスマッチに強制突入だもんなぁ

>あれ 夜雀が鳴いている~ チンチンチンチンチンチロチン~♪
「虫の声」改め「夜雀の声」って所でしょうか?
29.無評価葉爪削除
レスありがとうございます。大変励みになります。
脱字とリグルの「ひぇぇ」を追加(こう書くとなんかのコーナーみたい)
やっぱり「ひぇぇ」がないと落ち着かないですね。
31.90サラ削除
蛍に対して殺意全開のてるよがよかったです。