ふと暦を見ると、金曜日になっていた。
もう一週間たったのか、と霊夢はずいぶん涸れたお茶を入れつつ考える。
特にあまり変わったことは無い。
吸血鬼が夜這いかけに来たり、新聞記者が張ってたり、能天気な亡霊が貴重な茶菓子を
壊滅させたり。
そしてそれを全力で撃退したり、気まぐれで襲撃したり、本気で絶望したり―――まあ、
普通の日々だ。色々と不本意な要素が多々あるが。
そしてその中でただ一つだけ変わったことがある―――魔理沙が、まったく神社を訪れ
なくなったことだ。
全く影も音沙汰も見せず一週間、そんなわけで霊夢は久しぶりに静かな時間を過ごして
いる。騒がしい面子ばかりが集まる神社の中でも特に騒がしい……というより騒ぎの種を
持ち込むことの多い彼女がこないことは、不思議と印象深く記憶に残っている。
「……そんなに気にしてるのかしら」
お茶を一口すすると、かすかに首をかしげる。
まあ誰がどう見ても負けず嫌いな彼女だ、さすがにここのところの連敗は堪えたのかも
知れない。というより、実際堪えているだろう。例えそんなそぶりを見せなくても、付き
合いの長い霊夢にはバレバレである。
……少しは気を遣ってやればよかっただろうか。
霊夢はそう思って、すぐに苦笑。思い直した。
そんなのは自分の性格に合わないし、魔理沙にだって失礼だ。
勝負ごとに慰めは無用。自分の力で、ただ自分の力で勝ってこそ意味があるのだ。
「まあ、そう簡単に負けてはやらないけどね。どんな手を使うか知らないけど」
誰にともなく、ふっと微笑む。普段は見せない、何かを期待するような笑顔。
それは自分の下へ辿り着く挑戦者を、今か今かと待ち望むかのようで―――
ふと、顔を上げた。
視線の先は、障子、縁側、さらに越えて境内へ。
かすかに時を待って、
「……来たわね」
「ああ、来たぜ」
互いに言葉を交わした。
続いて、ぱたん、と障子が開け放たれる。
逆光。
自らの身体で影を作りながら、魔理沙が不敵に笑いを浮かべていた。
その笑顔に霊夢も笑顔で応じて、ふと不思議なものを見つけたかのように目を丸くした。
「ありゃ、ずいぶん傷つくってるけどどうしたのよ」
「ああ、こりゃ転んだだけだぜ。気にするな。跡も残らん」
魔理沙が右手で軽く頬を撫でながら、からからと笑う。そこにはいくつかのばんそうこ
うらしきものが張られていた。
その言葉を霊夢は嘘だ、と瞬時に看破する。
普通、転んだらあんな傷の作り方はしない。あれは擦り傷ではなく、切り傷だ。それも
植物の葉に高速で触れたときにできるような―――
「あら、あんたにしては珍しいわね。そんなので大丈夫?」
しかし、あえてそのことには触れなかった。
いうまでもなく、彼女の気質は良く知っている。聞いたところで言うはずも無い。
「当たり前だぜ。……ルールは前と同じでいいよな?」
そんな霊夢の心中を知ってか知らずか、魔理沙が箒をくるりと片手で回し、脇へと抱え
る。いつでも行ける、といった意味合いの意思表示だろう。
「もちろんよ。リターンマッチなんだからね」
そして霊夢の承諾と共に、
「応よ」
二人は互いに笑みを浮かべたまま、頷いた。
箒にまたがると同時に、軽やかに大地を蹴る。
意識するまでも無く、柔らかに大地を離れる。
その動作だけで、二人は境内のはるか上空へと到達していた。
天気、晴朗なれど風強し。曇りひとつない透徹とした蒼穹には、威力を表す強靭な風と、
まさに頂点へ上ろうとする太陽だけがあった。
申し合わせるでもなく、神社の鳥居を挟んで対峙する。
「…………」
泰然自若、あくまで自然体を取っている霊夢を見ながら、魔理沙は自問する。
―――勝てるのか。
何度も閃光散らし撃ち合う最中、ずっと感じ続けていた重りのような感覚。何度も経験
してきた、慣れているが慣れていない緊張。
『切り札』を完成させてもなお、付きまとうかすかな重量。
不安。
それが、この土壇場で彼女に問い掛けていた。
……だが。
魔理沙は目を閉じて、深呼吸をした。ゆるやかに、静かに。
幾度か繰り返した後。
やがて、力強く笑った。
―――勝てるとも!!
そして躇うことなく空力制御と防御効果を兼ね備えた攻性結界を展開。
その形状はもっとも抵抗を受けない円錐へと成形される。
続いて自らの駆る愛機の中枢、魔力推進機関へと魔力を最大まで充填。
その全てが重力を吹き散らすための推力へと転生される。
「い、く、ぜ―――――――――っ!!」
爆発する力の奔流が咆哮を上げ、魔理沙の声と重なり、
同時に、不安も何もかもが吹き飛んだ。
―――さあ、行こう。
私の答えをぶつけに。
「速、いっ!?」
閃光のような加速。
風すらも突き破る魔理沙の突撃は、霊夢の目にはそうとしか映らなかった。魔力の光が
見えたとき、すでに魔理沙は霊夢とすれ違っている。
破られた衝撃で荒れ狂う風が、マジックミサイルを従えて襲い掛かる。
「いつの間に……!!」
死角から襲ってきた魔力爆弾は、すれ違う瞬間に落としていったのだろうか。
しかし、そこに驚きはあっても焦りは無い。
「まだ、甘いわよっ」
かわせるからだ。
暴風にあえて逆らわず、突き飛ばされるようにして移動する。くるりと身を翻すと、直
進するミサイルが見当違いの方向へと飛び去っていくのと、遠くで雲を引いて旋回する魔
理沙が見えた。
再び正面で相対するかたち。
「――――――ていっ!!」
魔理沙の周囲から光が見えると同時に、霊夢は迎え撃つように霊符と針を同時に投げ放
った。霊符は大きな螺旋を描くように迫り、その中心を針が走り抜けていく。
それをさらに迎撃するのが、レーザーとナパームの群れだ。
何よりも速く走る光が先行していた霊符を焼き払い、高圧の火気を秘めた弾頭は針の一
撃を受けて誘爆。後に続いていた全ての弾を吹き飛ばした。
(相殺された!?)
気づくと同時に直感が危機を伝え、それに従ってはるか上空へと飛翔する。
一瞬後に轟音。
「……っとと!!」
すぐ下を魔理沙が通過した。あわせて衝撃波と轟音、撥ね退けられた空気が霊夢を襲う。
(……こりゃ油断できないわね。ちょっと本気でやろっか!!)
風を受け止めながら、霊夢に笑みが浮かんだ。
同時に陰陽玉を召喚し、玉串を正眼に構える。
「……はぁーっ、てやっ!!」
そして間をおかず横薙ぎに振るった。
空気が、閃光を伴って爆発した。
玉櫛の描いた軌跡から、閃光の粒が大小問わず洪水となって溢れ出した。
その全てが、霊力を弾として撃ち出した弾幕。適当に撃っただけなので狙いなど全く定
まっていないが、その圧倒的な量だけで十二分な脅威となる。
そこで、陰陽玉が弾け飛んだ。
いや、それは正確ではない。陰陽玉から誘導弾であるアミュレットが噴出したのだ。
青色の光を放つ札が、蜘蛛の糸のような軌道を描いて魔理沙へと襲い掛かる。
その圧倒的な攻勢に魔理沙が目を見張った。
「はは、もう本気かよ……嬉しすぎて踊りたくなりそうだぜ!!」
しかし歓喜の声。そこには虚勢も畏怖もなく、ただ純粋な昂ぶりがあった。
続いて箒が加速する。放射される推力の余波で雲が吹き飛ばされた。同時に、意識が真
っ白に染まる。クリアな思考に映るのは、迫り来る弾道。
そして、魔理沙は弾雨へと速度を落とすことなく突っ込んだ。どのみちどう避けようと
逃げ道は潰される。
ならば、正面突破のみ!!
同時に、思考が爆発した。
身体の外側にまで、意識が、感覚が広がっていく。
―――前方より誘導弾接近。魔力を爆発させて強制スライド。
結界が軋む。回避成功。続いて霊弾の大群が迫る。
身体を箒に密着させ、投影面積を最小化。
帽子を、箒の先を、髪の一房を弾幕がかすめる。
しかし命中はなし。突破成功。
そこへさらに高速弾。正面。回避不可―――咄嗟に背面飛行。
顔に迫っていた弾丸は失中。回避成功。
接近に伴い弾密度増加。体を起こして旋回軌道に切り替え。
箒を力いっぱい引き、横滑りさせるようにして旋回。
そのまま身体を横倒しにして周回する。追尾しきれない符が明後日の方向へ飛び去る。
それでも霊弾が豪雨のように降り注ぐ。しかし有効距離外。
狙いを定めない弾はばらけて空隙を生み、それが魔理沙の攻撃の機を生む。
すかさず、弾幕の隙間を抜けながら反撃として使い魔を展開。丸く磨かれた水晶が光る。
術式設定:イリュージョンレーザー。魔力が流れ込み、光が疾った。
飛翔する紫電は一気呵成に弾幕を焼き払い、霊夢を狙う。
失中。軌道を読まれていた。わずかに身を翻しただけで回避された。
即座に式を変更。マジックナパーム。魔力を圧縮、六発発射。
霊弾に一発が被弾、爆発。続けて残りが誘爆。視界が光と炎、そして煙幕で覆われる。
さらに術式変更:スターダスト。七色に光るこんぺいとうのような魔力弾が霊夢のいた
位置を覆い潰すように放たれた。しかし霊夢はすでに回避していた。
目くらましと気づいた瞬間には上昇していて、今やこちらの上を取ろうとしている。
いったん仕切り直しと判断。爆発で弾幕に切れ目が出来ている部分を縫って、共に上昇。
やがて上昇が、止まる。
三度、正面を向いての対峙。
「……はあっ、さすがにあの中で当てるのはきつい、か」
止めていた呼吸を、ようやく再開した。頭がくらくらして、かすかに体が汗ばんでいる。
ほとんど極限状態だったからか、かすかに手が震えている。
「けど、まだまだこれからだぜ」
深呼吸。そして、ぴたりと箒を握りなおす。
そうだ、こっちはまだ手の内を全部見せていない。切り札を切っていない。
これからが、勝負だ。
ずっとお払い棒を振り回していたせいか、腕がだるい。霊夢は軽く腕を回して、それを
追い払う。そこに先ほどまでの笑みはなく、油断なく魔理沙を見つめている。
「……あれだけの量を避けきるなんて。適当に撃ってちゃ勝てないってことかしら」
かすかに上がっている息を整えると、苦笑する。
霊夢は普段、札と針しか使わない。霊力を使うと疲れるからだ、というのが理由で、基
本的に同等か格上(八雲紫がいうには「あんたに勝てる奴なんかいやしないわよ。雲を掴
むのと同じ」とのことだが、霊夢自身負けたこともあるのでそうは思わない)相手にしか
撃たない。
それを、珍しくちょっと本気を出して撃ち込んでみたものの、まさか全てしのがれると
は思っていなかった。
一週間かそこらで腕前は上がるのだろうかと考えるが、いくらなんでもそれはないと軽
く頭を振って否定した。
前回負けた教訓からか、手数を少し減らして回避重視にしているからだろうか。
……そういえば、全体的に見てこっちが押しているように思える。
が、それは間違いだろう。
直感が告げている。この機を使って手数で押したら負ける、と。
(なら、瞬間火力でカタをつけるに限るわね!!)
即決。長引かせる前に向こうの能力を超えた密度の弾幕で勝負をつける。
「行け!!」
叫び、二度、空に白い残像を描く。お払い棒が振られ、交差する二条。
間髪いれず、スペルカードをその手に。
「夢想封印―――散っ!!」
言霊が呪符の名に命じる。とたんその一枚にありったけの霊力が流れ込み、
散った。
炸裂する赤と白、二色の符と霊弾。傍らに侍る陰陽玉もまたその身を震わせ分裂し、少
し小さくなって飛び散り、弾幕となる。
(これだけ撃ち込めばいくらなんでも―――!!)
滝のように降り注ぐ怒涛の弾幕。密度、広がり、速度、どれをとっても凶悪。
たとえ避けきれたとしても、致命的な隙をつける―――!!
しかし、魔理沙は動かない。
ただ弾幕を受け入れるように、見据えている。
「………え?」
ちょっと待て、あれだけの量をいっぺんに喰らったらいくらなんでも死―――
「あ、」
そこで思い至った。
……まだ魔理沙は、自身のもっとも得意とするものを使っていない!!
「やっばい……!!」
慌てて急上昇する。
同時に、光が走った。
(……待ちかねたぜ……!!)
目の前に迫る霊気の洪水。
かわしきれないのは百も承知。そして霊夢が短期決戦を狙ってきたのも予想済み。
だから、かわさない。代わりに―――
それを見据え、魔理沙は一枚のスペルを抜き出す。
剣の如く伸ばされた指に挟まれたのは、彼女必殺の術を込めた極めし光。
全力で撃てばあらゆるものをを全て光と熱へ転化し、灼き尽くす奥義!!
八卦炉を通じ、魔力を注ぐ。増幅された魔力が全身を駆け巡る。熱い血のような感覚が、
全身を駆け巡る。それを、再び八卦炉を媒介に、概念として射出口を形成。
次いで、スペルカードが解ける。展開される魔法陣と、円環となる魔術文字。
断じて制御用などではない。それはただ指向性を与えるだけ。土台に過ぎない。
その術の核は、あくまで彼女自身の魔力。
その光が放つ鮮やかな色彩は、彼女自身が名づけた恋色。
恋。制御できないもの。人の抱く鮮烈な輝き。
「―――恋符」
真名を解き放つ。
魔力流入を制御する安全弁を全て解放。同時に対閃光防御結界を展開。
八卦炉を構える。
駆け巡る灼熱の魔力が、出口を求めるように集い、
「マスタースパーク――――――――!!」
その言霊に、解き放たれた。
結界が軋み、いくつかの円環が弾け、視界が極光に包まれる。
暴虐とすら呼べる輝きは、しかし鮮やかな七色を以って、世界へと顕われた。
避けきれない。悟ったときには、霊夢は結界を展開していた。
本来は内側にあるものを押しつぶす二重の結界。攻撃と同時に鉄壁の防御を約束する霊
夢の得意技。
「………ッ!?」
しかしながらそれは光の暴嵐轟風の前に、小船のように押し流される。
幸いにもすでに急上昇していた霊夢は、その勢いに逆らわないことですばやく抜け出す
ことができたが、一枚目、外側の結界が爆ぜてしまっていた。
―――正面から受けてたらまずかった……!!
あの時に判断を間違えていたら、今ごろ丸こげだったに違いない。
「ああもう、迂闊にもほどが……魔理沙は!?」
慌てて周囲の状況を確認する。光の残滓が残る中、すでに魔理沙はいない。
いや、いた。
ちょうど霊夢の真正面。マスタースパークを放った直後に急上昇して追随したのだろう
か、すでに霊夢へと機首を向けている。
―――読まれていた!?
気づいたときにはすでに、魔理沙は加速していた。
数秒にも満たない時間で、大きく隔たれた距離を吹き飛ばし、ゼロへと近づいていく。
その背後に見える光の輪はフレアだろうか、それが輝きを増していく。
(間に合う!?)
霊夢はすでに動いていた。最速の符を、最速で引き出す。
しかし、魔理沙はすでに半分まで距離を詰めていた。
「夢想、」
言霊を紡ぐ。符が輝く。彗星に追いつくように、速く。
「封印、」
速い、限りなく疾い。相手は彗星、最短に拮抗する最速。
間に合うか。最短で間に合うか。
そして、光が目を灼き、視界を奪う刹那、悟った。
―――こちらが、少しだけ速い。
「瞬!!」
唱えきった瞬間、とった、と確信した。
炸裂する霊力。神速で放たれたそれは魔理沙へと殺到し―――
魔理沙が結界を解いた。
急激に減速。光は消失し、残ったのはマスタースパークの残滓だけ。
殺到するスペルは止まらない。神速そのままに突撃していく。
手加減どころの話ではない。ごっこといえど、注意をおろそかにすれば、死ぬ。
「ばッ……!!」
悲鳴のような声は意味を成さずに消える。
吹き上がる感情のような何かに、思わず目を閉じた。視界が暗くなる。
同時に、マスタースパークに押しのけられた大気が襲い掛かった。
吹き上がる轟風が、何もかもをかき乱す―――
そして静寂だけが残った。
霊夢は、恐る恐る目を開けた。
「……あれ」
うっすらと見える空。そこには、何も無かった。
雲も霊気も何もかも吹き散らされて、まっさらな青色だけがそこにあった。
おかしい。何かしら残っていてもいいはず、なのに。
ごう、と再び風が吹いた。
「うわっ、と?」
呆然としていたせいか、煽られてよろけた。
そして、
「よう、とったぜ」
ふわりと、頭に柔らかい感触を覚えた。
「え……?」
思わず見上げる。
太陽を背にして、影を落とす姿があった。
箒に腰掛けたその姿には三角帽子はない。しかし、誰かはすぐに見当がついた。
―――魔理沙。
「ちょ、なんで?」
慌てて頭に手をやると、ふかふかした感触。どうやら帽子をかぶせられたらしい。
ひょっとしたらこれが弾のつもりなのだろうか。
いや、それよりもまずは。
「あんたいったい何やったのよ。どう考えてもアレは直撃、いやむしろ下手したら死んじ
ゃってたんじゃ……」
「あー、何言ってんだ。単に私は避けただけだぜ? 普通に」
「普通にって……」
得意げに笑う魔理沙を見つめて、霊夢は困ったように眉根を寄せる。あれを普通といわ
れても、いまいちぴんと来ない。
「答え、知りたいか」
「まあ、そりゃね…………いったいどんな小細工したのよ」
「失礼な。ただ風に乗って避けただけだぜ。結界張り替えてな」
―――霊夢が放ったスペルが直撃する寸前、魔理沙は自らの推力を全て切っていた。
続いて結界を素早く再構成し、鳥の羽のように広げた。
それでマスタースパークの余波で生まれた風の力を存分に受け、出鱈目な急上昇を可能
にした、とのことだ。
「って、随分簡単に言ってるけど、それってかなり難しいんじゃないの?」
「何言ってる。ある意味じゃお前と同じだぜ」
はっはっは、と誇らしげに笑う魔理沙。その言葉に、霊夢は呆れていた。
「……私の真似するなんて命知らずにもほどがあるわね」
「別にお前を真似たわけじゃないぜ?」
「いやそう言う意味じゃなくて………そもそも真似なんてできるようなものじゃ………」
そこまで言って、ふと思い至った。
―――真似できないものが真似された。
つまりそれは、
(魔理沙が、私に追いついた?)
ことに、他ならないのではないだろうか。
信じられない、と考える一方で、不思議な感慨が胸に浮かぶ。
(……そっか、追いついたんだ)
―――いつも、ずっと後ろをついてきていたこいつが。
気がつくと、笑みが浮かんでいた。
魔理沙がわけがわからないといったような表情をするが、あえて無視。
そして、はーあ、と大きくため息をついた。
「……あはは、そりゃ負けるわね。完敗。完敗よ」
―――そうだ、博麗霊夢は初めて、実力で負けたのだ。
不思議なことに、悔しいとはあまり思わなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「お帰り。見てたわよ」
「ありゃアリスか。いつからだ?」
社務所に帰り着いてみると、いつのまにかアリスが上がりこんでいた。あまつさえ勝手
にお茶などを入れている。しかも貴重な玉露。
霊夢は文句を言おうとしたが、あっさり魔理沙の質問に遮られてしまう。不満そうに顔
をしかめるがこれもまた無視された。
アリスは湯飲みを持ったまま肩をすくめると、
「そこの紅白が必死にお祓い棒ふりまわしてたころから」
「ちょ、必死になんかなってないわよ」
その回答に霊夢の顔が赤くなる。その様子にアリスがくすくすと笑った。獲物で遊ぶ猫
に表情があるとしたらこんな感じかもしれない。
「あれだけ慌てる霊夢なんて珍しいもの、そうそう見られるものじゃないからね。ああ、
来て良かった」
「あ、あんたねぇ……!」
思わずお祓い棒を振り上げ―――る前に首根っこを魔理沙に掴まれて止められた。
猫といっしょにするな、との抗議の声を上げるが魔理沙は涼しい顔で流した。
「そりゃ何よりだ。ああ、ついでに飯も作ってもらう予定だが一緒にどうだ?」
「あら、ちょうどいいわね。お昼は食べてなかったし頂くわ」
「……ちょっと、何を人の手間を勝手に増やしてるのよ。てか人の話を聞け」
「どうせ食材なんか無いんだろ。こんなこともあろうかと持ってきてやったぜ」
いいながら、魔理沙はどこから持ち出したのかバスケットを片手に持っていた。中身は
山菜や魚の干物などなど。
……あまりの準備のよさに思わず頭を抱えた。というか勝つの前提だったのかこいつ。
「ああもう……取らぬ狸の皮算用って知ってる、魔理沙?」
「巫女が取れたんだ、問題ないだろ。ほれ、さっさと頼むぜ。久しぶりに大立ち回りした
からお腹空いてしょうがないんだ」
「……はいはい。まあ、私もさすがに減ってるしね。茶腹だとやっぱり厳しいわ」
「……いや、ちゃんと食えよ。大きくならんぜ? 色々と」
「黙れ」
きっ、とひとにらみすると、霊夢は逃げるように台所へ入ってしまった。
「……む、へそ曲げたか?」
「そんな性格でもないでしょ? ま、それよりもお疲れさま。私の予想だと勝率四割くら
いだと思ってたけど、よく勝てたわね」
「ふふん、私を甘く見すぎだぜ」
得意げな魔理沙を、半眼でアリスは見つめた。
「そうね。というかあそこまで私に迷惑かけておいて負けました、なんて言われたら冥界
まで蹴り飛ばしてるところだったわ」
「はっはっはー…………容赦ないな、おまえ」
勝ててよかった。心からそう思った。
「しかし、大変なのはこれからか」
「ん? どうしてよ」
アリスの声に、魔理沙は肩をすくめる。
「だってお前、次はあいつが本気で勝ちに来るに決まってるだろ?
本番はこれからだ。次から連勝記録伸ばすんだからな」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……まったく、好き勝手言い放題ね、もう」
苛立ち紛れに包丁を振るいながら、霊夢はぶつぶつ呟いている。
だんだんと小気味よく刻まれる野菜の音が今の心境を代弁している。
「……でも、まあ」
ふと、手を少し休める。
気がつくと、口元には笑み。
「次は勝ってやるし、たまにはいいか」
呟いて。
胸の奥にある熱いような何かを感じながら、霊夢は再び包丁を動かし始めた。
再戦は、意外と近いかもしれない。
爽快でした。御馳走様です。
これからも頑張ってください