「そこのおかしなお嬢さん、お名前は?」
「………………サクヤ。イザヨイサクヤ」
紅魔館。紅き悪魔の住まう場所。
朱に染まったこの館で、どの位の時を過ごしただろうか。
刹那の瞬きの間だった気もするし、悠久の流れから切り取られたほんの些細な狭間だったかもしれない。
しかし、それももう終わる。
「……そうね、貴族ごっこなんてどうかしら?」
「主は誰?」
「勿論私」
「畏まりました、お嬢様」
ある日突然、霧を出してみた。日光は吸血鬼にとって苦手なものだったから。
そして久々に会った人間。久々に会った、自分と同等以上の力を持つ者。
あの時は、負けたにも関わらず何だか妙に楽しかったっけ。
「やっぱり人間って使えないわね」
「その人間に、程よくボロボロにされた御様子ですが」
「メイドなら身を呈して主を護りなさい」
「私も、その人間に程よくボロボロにされましたので」
「それもそうね」
やがて季節は巡り、冬が過ぎてまた春が……来なかった。
凍て付く吹雪に凍り付く時。静寂に囚われた館。
止まった時計の針を回すのはメイドの仕事だ。
「お嬢様、しばらく留守に致します」
「とっておきのワインでも蔵出ししましょうか」
「博麗神社の特等席を予約しておきます」
ゆったりと流れ往く時間。
いつしか私は、この一瞬が永遠に続けばいいのに……と思い始めていた。
だけど。永遠なんて無い。
「おはよう、咲夜」
「朝食の用意が出来ています」
「少しボロが目立ってきたかしら」
「修繕完了しました」
「あの文献はどこにあったっけ」
「パチュリー様を呼んで参ります」
「今宵の月は見事ね」
「リトル・プリンセスでございます」
ある紅い装飾の一室。大きなベッド。
横たわる一人の人間と、それを見守る一人の吸血鬼。
永遠なんて無い。ただ、過ぎ行くのみ。
終わる命。そして、別れの刻が来た。
「ついこの間のような気がするのにね」
「人間に与えられた時間は短いですから」
「自分の時間を巻き戻す事は出来ないの?」
「お嬢様は、御自身の運命を書き換えられますか?」
「無理ね」
「そういう事です」
……………………………………………………………………………………………………
「初めて出会った時と全くお変わりありませんね」
「吸血鬼に与えられた時間は長いから」
「お嬢様の時間は……必要ありませんね」
「最後に、一つだけ聞いてもいいかしら」
「何なりと」
「あなたはここに来て……人の身でありながら悪魔に仕えて、楽しかったかしら?」
「お嬢様、私はお嬢様にとって、良き侍女であったでしょうか」
「……えぇ、後も先も無い。最高のメイドだったわ」
「……そういう事です」
穏やかに微笑む。それは、繋いだ手を離す合図だった。
「……また、会えるかしらね?」
「魂は巡り巡ってまた、戻ってくるものです」
「じゃあ、お別れの言葉は必要無いわね」
「えぇ……こういう時の挨拶は、一つです」
「また……逢いましょう」
肉体を脱した魂が、時間というメビウスから解き放たれて、還って往く。
それは見慣れた光景。たった一人の人間が、無に還っただけ。
だがそれは、私にとってかけがえの無い命だった。
気紛れで拾った一人の吸血鬼と、拾われた一人の人間。
在るべき境は、何時の間にか消え失せていた。
ここは紅魔館。紅き悪魔の住まう場所。
朱に染まったこの館で、果て無き時を過ごしてきた。
逃れられぬ運命の糸。輪廻する魂。回帰する命。ただひたすらに待ちつづけた。
だけど、それももう終わる。
「そこの楽しいお嬢さん、お名前は?」
「私は……私の名前は…………」
時はまた、巡る。
「………………サクヤ。イザヨイサクヤ」
紅魔館。紅き悪魔の住まう場所。
朱に染まったこの館で、どの位の時を過ごしただろうか。
刹那の瞬きの間だった気もするし、悠久の流れから切り取られたほんの些細な狭間だったかもしれない。
しかし、それももう終わる。
「……そうね、貴族ごっこなんてどうかしら?」
「主は誰?」
「勿論私」
「畏まりました、お嬢様」
ある日突然、霧を出してみた。日光は吸血鬼にとって苦手なものだったから。
そして久々に会った人間。久々に会った、自分と同等以上の力を持つ者。
あの時は、負けたにも関わらず何だか妙に楽しかったっけ。
「やっぱり人間って使えないわね」
「その人間に、程よくボロボロにされた御様子ですが」
「メイドなら身を呈して主を護りなさい」
「私も、その人間に程よくボロボロにされましたので」
「それもそうね」
やがて季節は巡り、冬が過ぎてまた春が……来なかった。
凍て付く吹雪に凍り付く時。静寂に囚われた館。
止まった時計の針を回すのはメイドの仕事だ。
「お嬢様、しばらく留守に致します」
「とっておきのワインでも蔵出ししましょうか」
「博麗神社の特等席を予約しておきます」
ゆったりと流れ往く時間。
いつしか私は、この一瞬が永遠に続けばいいのに……と思い始めていた。
だけど。永遠なんて無い。
「おはよう、咲夜」
「朝食の用意が出来ています」
「少しボロが目立ってきたかしら」
「修繕完了しました」
「あの文献はどこにあったっけ」
「パチュリー様を呼んで参ります」
「今宵の月は見事ね」
「リトル・プリンセスでございます」
ある紅い装飾の一室。大きなベッド。
横たわる一人の人間と、それを見守る一人の吸血鬼。
永遠なんて無い。ただ、過ぎ行くのみ。
終わる命。そして、別れの刻が来た。
「ついこの間のような気がするのにね」
「人間に与えられた時間は短いですから」
「自分の時間を巻き戻す事は出来ないの?」
「お嬢様は、御自身の運命を書き換えられますか?」
「無理ね」
「そういう事です」
……………………………………………………………………………………………………
「初めて出会った時と全くお変わりありませんね」
「吸血鬼に与えられた時間は長いから」
「お嬢様の時間は……必要ありませんね」
「最後に、一つだけ聞いてもいいかしら」
「何なりと」
「あなたはここに来て……人の身でありながら悪魔に仕えて、楽しかったかしら?」
「お嬢様、私はお嬢様にとって、良き侍女であったでしょうか」
「……えぇ、後も先も無い。最高のメイドだったわ」
「……そういう事です」
穏やかに微笑む。それは、繋いだ手を離す合図だった。
「……また、会えるかしらね?」
「魂は巡り巡ってまた、戻ってくるものです」
「じゃあ、お別れの言葉は必要無いわね」
「えぇ……こういう時の挨拶は、一つです」
「また……逢いましょう」
肉体を脱した魂が、時間というメビウスから解き放たれて、還って往く。
それは見慣れた光景。たった一人の人間が、無に還っただけ。
だがそれは、私にとってかけがえの無い命だった。
気紛れで拾った一人の吸血鬼と、拾われた一人の人間。
在るべき境は、何時の間にか消え失せていた。
ここは紅魔館。紅き悪魔の住まう場所。
朱に染まったこの館で、果て無き時を過ごしてきた。
逃れられぬ運命の糸。輪廻する魂。回帰する命。ただひたすらに待ちつづけた。
だけど、それももう終わる。
「そこの楽しいお嬢さん、お名前は?」
「私は……私の名前は…………」
時はまた、巡る。
いや、特に咲夜さんの運命を操る必要はないはずね。
この二人にはすでに『運命を操る能力』でも操れない『きずな』があるから。