段々と空気がその鋭さを増してきた、冬の幻想郷。霊夢はいつもの様に境内の掃除をしている。
「…はあ」
吐く息は白く、空に昇って消えてゆく。その様子をぼうっと見ていた霊夢は、森の向こう、視界の端に黒い点を認めた。その点は徐々に大きくなり、やがてその姿は霊夢の知る人物となる。
「お~い、霊夢~」
箒に乗ったその少女、魔理沙は風を巻き上げながら着陸した。
「………」
「暇を潰しに来たぜ」
ごつっ
「痛っ」
霊夢は、魔理沙の額を箒の柄で小突いた。
「何をするんだ、いきなり」
「何、はこっちの台詞よ。人が折角集めた落ち葉を散らかしておいて」
霊夢が掃き集めた落ち葉は、魔理沙が着陸をした際に、辺りに散ってしまっていた。
「あー…悪かったな」
「全くよ」
溜め息を一つ吐き、霊夢は再び箒で掃き集め始める。
「手伝うぜ」
魔理沙も乗っていた箒を使い、落ち葉を掃き始めた。
* * *
「おはよう、藍」
「おはようございます、紫様………ええ!?」
住家の掃除をしていた藍は、背後からかけられた紫の声に、驚いた。
「何? 何か驚く様な事でもあったの?」
「はい、それはもう…」
「何?」
「紫様が、こんな季節のこんな時間に起きている、という事です」
藍の経験から言うと、紫が今現在起きているという事は、まず無かった。
「そうね。私も驚いたわ」
「………」
「これの所為かしらね」
そう言って紫が隙間から取り出したのは、一本の瓶。
「…何ですか? これ」
「お酒よ。多分、私が寝ぼけて隙間を開けちゃった時に、出て来たものね」
「はあ…」
「その時、この瓶がおでこにぶつかっちゃって…起きたの」
少し微笑みながら額をさする紫。よく見れば、少し赤い。
「大丈夫でしたか?」
「ええ、平気よ。それでね、藍」
「はい」
「このお酒、飲んじゃいましょう」
「……はあ?」
突然の提案に、思わず声を上げる藍。
「折角起きたんだし、たまにはみんなで酒盛りをするのも悪くないかなー…って。……駄目?」
「あ、いえ、それは」
「じゃあ決まりね。掃除が終わったら居間にいらっしゃいな。橙も呼んでね」
「あ、はい」
「それじゃあね~」
紫は鼻歌を歌いながら、居間へと向かっていった。
「………」
一人残された藍は、思い出した様に掃除を再会した。
* * *
咲夜は、いつもの様に屋敷の掃除をしていた。外から見る紅魔館は大きいが、中は空間が弄られていて、更に広い。咲夜はこの屋敷を、いつもの様に時を止めて掃除している。
「ふう…」
あらかた掃除を終えた後、時間停止を解除。少しの休憩を挟み、次の仕事に移る。
「…あら?」
廊下を歩いていた時、紅魔館にある数少ない窓からふと外にある門に目をやると、そこにはいつもの様に門番の美鈴の姿が見えた―――のだが、咲夜はその姿に微かな違和感を感じた。
「………」
普段なら、その程度の違和感など見過ごす咲夜だが、今日に限って何故か気になる。
「しょうがないわね…」
時間なら、掃いて捨てる程作れる。
咲夜は持っていた懐中時計に目をやると、時間を止めて門へと向かった。
* * *
「やっと終わったわ」
「ご苦労様」
境内のあちこちに積まれた、落ち葉の山。あの後魔理沙も加わった境内の掃除は、何故か大掛かりなものとなり、気付けば大量の落ち葉を掃き集めていた。
「…で? どうするんだ? この落ち葉の山の大群は」
「…どうしようかしら?」
いくら集まったとはいえ、これ程多いと処理に困る。霊夢が思案していると、魔理沙がにやけた顔をする。
「…何? 変な顔ね」
「こんな事もあろうかと、いいものを持って来たぜ」
そう言うと、魔理沙は縁側に置いていた自分の肩掛け鞄をごそごそと探り、何かを取り出した。
「これだ」
魔理沙が取り出したもの。それは―――
「……さつま芋?」
紙袋に入れられた、数本のさつま芋だった。
「ここで問題だ。『(落ち葉+さつま芋)×焚き火』は何だ?」
人差し指を立て、子供にものを教える様な仕草をする魔理沙。
「………『焼いも』?」
「正解だぜ」
霊夢の回答に満足そうに頷くと、魔理沙はさつま芋を落ち葉の中に入れ、魔法で火を点けた。
* * *
居間の炬燵では、すきま妖怪と二人の式神が座っていた。
「ん~、美味しい。流石、どこの銘柄とも分からぬお酒ね。五臓六腑に染み渡るわぁ~」
「紫様、それは…」
「ん? 何?」
「…いえ」
藍は、喉まで出かかった『オヤジ臭い』という台詞を辛うじて止めた。
「藍様ぁ~、私にも頂戴~」
藍の分のお酒が入ったコップに、橙の手が伸びる。
「こら、駄目だ」
ぴし、と藍は橙の手を叩いた。
「え~…何で…?」
「お前にはまだ早い。飲んだらきっとへろへろになるぞ?」
「う~…」
炬燵にあごを乗せ、不平の声を漏らす橙。藍は、やれやれといった顔をして、言った。
「………しょうがないな。お酒は駄目だが、今日は私の尻尾の中で寝てもいいぞ」
「…本当!?」
橙は体をがば、と起こし、下半身を炬燵に入れたまま、上半身を藍の尻尾の中に突っ込んだ。
「うわ! そんな急に…!」
「んにゅにゅ~~……ふかふか……」
慌てて振り向く藍だったが、もうすっかりリラックス橙の姿を見て、首を竦めた。
「…やれやれ。しょうがないなぁ…」
「ふにゅ~…あったかい…」
「二人共、仲良いわねぇ~。ひゅーひゅー」
既に酒瓶を半分以上開けた紫は、そんな二人の様子を見て、冷やかす様に口笛を吹いた。
* * *
「…寒いわね」
紅魔館の外に出て、最初の言葉がそれだった。特に咲夜の着ているメイド服は、足が外気に晒されるので尚更である。
「………」
しかし、ここまで来て館に戻るのも間抜けな話なので、これくらいと我慢して門へ向かう。
「はあーっ……」
時間停止を解除して、門に近付いた所で聞こえる美鈴の溜め息。咲夜には気付いていない。こんな事で門番が勤まるのかと思いつつも、咲夜はその後ろ姿に声をかけた。
「精が出るわね、美鈴」
「うひゃあっ!?」
咲夜が声をかけた瞬間、美鈴の体が跳ね、背筋がぴんと伸びた。そのまましばらく固まった後、錆びた機械の様にぎこちない動きで後ろに振り向く。
「あ、さ、咲夜さん。さ、さぼってませんよ? ぼーっとなんてしてませんよ? びっくりなんてしてませんよ…?」
「はいはい、分かってるわ」
まるで信用していない様子で、咲夜が頷く。一方美鈴は、怒られてはいないのにうな垂れている。恐らくは咲夜の無言の圧力の所為だろう。
「しっかりして頂戴よ」
「は、はい………っくちゅん」
「?」
突然、美鈴がくしゃみをした。その後すぐに、立て続けに3回。
「うう……ずび…」
更には鼻まで啜る始末。
「ちょっと、どうしたの?」
「あ、い゛え、平気です………っくちゅんっ!」
再び、大きなくしゃみ。しかも今度は鼻声のおまけ付きである。
「風邪でも引いたの?」
「だ、大丈夫ですよ。これくらい、すぐに治りますから…」
「…そう?」
「はい、ですから心配なさらないで下さい。それよりも咲夜さんこそ、時間大丈夫なんですか?」
「…あら、もうこんな時間。そろそろ行かなくちゃ…」
咲夜が時間停止を解いてから、既に次の仕事の時間の一分程前になっていた。急いで時間を止めて向かわねばならない。
「邪魔したわね」
「あ、いえ、お気をつけて」
「……そうだわ」
「?」
不意に館に向かう足を止めた咲夜は、再び美鈴へと振り返り―――
「はい、これ」
「あ―――」
美鈴の首に、自分が今まで身に付けていたマフラーを巻いた。
「あの…咲夜、さん…?」
「外の仕事は冷えるものね。体に気をつけなさい?」
「は…はい! ありがとうございます!」
勢い良く頭を下げる美鈴。しかし、顔を上げた時には既に咲夜の姿は無かった。
「ありがとう、ございます………温かいです………とっても………」
美鈴の目に、少しだけ涙が滲んだ。
* * *
「うふふ~~~もう一本~~~」
すっかり出来上がった紫が、隙間をごそごそと探っている。しばらくして手を出すと、そこにはしっかりと酒瓶が握られていた。
「今日は飲むわよぉ~~~………ちょっとぉ~~藍~~聞いてるのぉ~~?」
紫の言葉を無視する様に、藍は机に頭を横たえて、何やらぶつぶつと呟いている。
「紫様、元気ですね………いつもそれくらいだと助かるのですが………もっとちゃんと起きて………身の周りの事はちゃんと自分で………」
「無視しないでよ~~ぷんぷん! いーもん、私一人で飲んじゃうんだから~~~」
そう言って、なみなみ注いだコップのお酒をぐいっと飲み干す。
「………だから………紫様もちゃんと………仕事を………ああ………家計が………」
段々と愚痴に近くなる独り言。藍の目は、完全に据わっている。
「んにゅ~~~藍様ぁ~~~」
そんな藍の尻尾の中で寝息を立てている橙。
その酒盛りは、次の日まで続いたという………
* * *
「おおーい、出来たぞ、霊夢」
「早いわね」
「焚き火がよく燃えたからな」
火が消えて、燻っている焚き火跡。魔理沙は木の棒を使い、その中から一見焦げた焼いもを取り出した。
「ほらよ、霊夢」
焼いもを受け取る霊夢。少し両手の上で転がした後、半分に割る。ふわり…と湯気が昇り、香ばしい香りが漂う。そして、その中身は見事な黄金色。
「……美味しい」
一口食べた霊夢は、思わず声を漏らした。
「そうか、良かった。わざわざ持って来た甲斐があったってもんだぜ」
「ちょっと待ってて。お茶、淹れてくるわ」
「頼むぜ」
神社内へと消えていった霊夢を見て、魔理沙も自分の分の焼いもを取り出し、食べる。
「おお、美味い。自画自賛とはこの事だな」
「お待たせ」
「ご苦労さん」
お茶の用意が出来た後、霊夢と魔理沙は縁側に座りながらお茶を啜り、焼いもを食べていた。
「ねえ、魔理沙」
「何だ?」
「もしかして、わざわざ焼いもをする為に来たの?」
「悪いか?」
「悪くないわ」
ふふ、と霊夢が笑う。魔理沙もつられて笑った。
段々と空気がその鋭さを増してきた、冬の幻想郷。今日も、おおむね平和である。
妖夢が出てきてないほうが気になって気になって(ぉ