注意! この作品はホラーな感じです。恐い感じです。
心臓が弱い、ホラーものが苦手、という方は避けたほうがいいかもしれません。
心臓が強い、ホラーものが大好きだ、或いは読んでやるかと思っていただいた方はこのままずずずいっと
お進みください。
【そして彼女はいなくなったか?】
「ようレミリア。遊びに来たぜ」
「あら、魔理沙。パチェなら図書館、フランなら地下にいるわよ」
「…なんで、そう返してくるんだ?」
「あなたがここに来る理由といったら、図書館の本かフランでしょ。それ以外に何があるの?」
「…ほら、午後の紅茶とか」
「生憎、さっき済ませたばかりよ。ちょっと遅かったわね」
「…くっ、残念だぜ。それはそうと、どうしてフランは地下にいるんだ? あいつ、部屋を
地下から上に移動させたんじゃなかったのか?」
「そうなんだけど、フランが持ってる遊び道具とかはまだ地下にあるのよ。今、その整理を
しに行ってるわ」
「そうなのか。じゃあ、ちょっくら様子を見に行ってくるぜ」
「そうそう、さっき様子を見に行ったら、フランったら整理の途中で寝ちゃったみたいなのよ。
その時は起こしたら悪いと思ってそのままにしてたけど、起こしてきてくれない?
あの子の分のケーキが残ってるから」
「…私の分も用意してくれたらいいぜ」
「はいはい、判ったわよ」
~ ~ ~
なんだろう、凄い浮遊感を感じる。
何だか、夢の中にいるような、そんな感じ。
…夢?
私は、夢でも見ているのかな。
そういえば、私は何をしていたっけ?
「…ああ、部屋の掃除していたんだったわ」
どうやら、部屋を掃除している途中で眠ってしまったみたい。
部屋といっても、それは地下。暗くて冷たい地下室。
最近、私はお姉さまの許可もあって、自分の部屋を地下からお姉さまの部屋の隣にある部屋
に移ったばかりだった。
だけど、私の大切な遊び道具は全部地下に置きっぱなしだった。
だから、その整理をしようと地下室に戻っていたのだ。
整理といっても、あるのは本の類くらいだけど。
そんな事を考えながら私はゆっくりと瞳を開けた。
「……あれ?」
そこは、私が495年もの間いた地下室とは、まるで違うおかしな場所だった。
やっぱり、私は夢でもみているのかな。
そんな事を考えていた、その時だった。
『ここはとても不思議な夢の中のお話。貴女だけの物語。
このユニークな舞台の主人公は君だ。フランドール・スカーレット』
なんにもない。
白いペンキで塗りたくったような、本当になんにもない空間に、私の知らない
誰かの声が辺り一帯に木霊する。
しろいいろ。何だか暖かい感じがする。
だけど、何だかとても不快。まだ、いつもいる暗い地下室の方がずっとマシなような気がしてならない。
ここには私以外誰もいない。
ただ、ピエロのようにやたらとテンションが高そうな男性の声が、この白い空間一杯に
響き渡っていた。
「…だれ?」
その声の主に、私は問いかける。
だけど、その問いに対する答えはいくら待てども帰ってこない。
変わりに、まるで『そんな質問するなよ』と言いたげな、小さい溜息が聞こえた。
『…さぁて、今日は君に素敵なお話を聞かせてあげよう。とても有名で、とても素敵なお話だ。
たっぷりと楽しんでくれよ。それじゃあ、it's ShowTime!』
「ちょっと待ってよ。まだ、私の質問が終わってな――」
そう私が言い終わる前に……この白い空間に、奇妙な出来事が起こった。
私の目の前に、突如光の柱が生まれたかと思うと、私とそっくりな少女が、その光の柱の中から
出てきたのだ。
何事かと思っていると、光の柱が私を取り囲むようにして次々と生まれ、合計9個……いや、
9人の私が、光の中から出てきた。
さっきまでは、この白い空間の中には私しか居なかったのに、今は10人の私がここにいる。
私自身を中心に、まるで円を描くかのように並んで、私を見つめている私そっくりの偽者。
その偽者達の瞳には、光が宿っていなかった。
そう、まるでお人形さんのように……直立したまま微動だにしない。
「…なに? 何のつもりなの、いったい」
そう、私がその偽者達に問いかける。
だけど、その子達は答えようとはしない。ただ、私を取り囲んでじっと暗い闇が映っている双眸で
私を見つめている。
…とても、気持ちが悪い光景だった。
『準備完了、視界良好。今ここにいるのは、合わせて十人のフランドールだ。
そして君に捧げる夢のお話は、童話、マザーグースの中の一つ……おっと、その表情を
見る限りは判ったみたいだね。そう、【そして誰もいなくなった】だ。この9体のフランドール
はただの人形さ。襲い掛かったりしてこないから安心してくれ』
「別にそんな事聞いてなんかいないわ。私が聞きたいのは――」
『おっと、そこから先はストップさ。僕はただの物語を歌う者。まぁ、夢の中に出てくる人物は
知っている人だけとは限らないだろう? 夢から覚めれば消えてしまう、そんなどうでもいい人物さ』
その【物語を歌う者】は、姿が見えない事をいい事に、私の気持ちにお構いなくしゃべり続ける。
四方八方から、その男の声が私の耳に入ってきて、とてもうっとうしかった。
そして、私をじっと見つめて動かない人形達。
何だか、気分がすぐれない。気味が悪い。
「…つまんないわ。そんな物語を聞くより起きて遊んでいたほうがよっぽどマシ。私、帰る」
そう言って、私はその場から立ち去ろうとした――けど、できなかった。
どうしてか判らないけど、足を幾ら前に出そうとしても、ピクリとも動かない。
何とか離そうと力を入れても、翼を羽ばたかせて飛ぼうとしても、何をやっても駄目。
そう、文字通り無駄だった。
『ほら、よくあるじゃない? 夢の中でさ、化け物に襲われた時、逃げようと思っても体が
動かなかったり、応戦しているのにまるで相手に傷を付けられなかった、とか』
「そんなの知らないわ」
『知らないのかぃ? じゃあ、そういう事もあるんだよって事で。前置きが随分と長くなって
しまったけど、そろそろ始めようか!』
その瞬間。
この白い空間の中に、私と全く同じ声が響き渡った。それも一人じゃない。沢山、沢山の私の声。
詩を歌っている。それは、聞き覚えのある詩だった。
『1人、2人、3人、4人、5人のフランドール』
『6人、7人、8人、9人、10人のフランドール』
そうして、物語が始まった。
歌が……奇妙で不気味な詩が、私の耳を刺激する。
『10人のフランドールが食事に行った。1人が血を喉につまらせて9人になった』
その詩が歌われた、その瞬間だった。
「ごほっ! ごほっ!」
「!?」
突然、私の後ろのほうから咳き込む音が聞こえ、その方角へ慌てて向き直った。
「…ぇ?」
向き直った先には……私の姿をした人形のうち一体が、口に右手を当て、苦しそうに咳き込んでいた。
前屈みになり、ごほごほと本当に苦しそうに咳いている。
そして、空いている方の手を助けを求めるように前に突き出すと……。
ドン、という音を立てて前のめりになって倒れてしまった。
「…!?」
何が起こったのか理解できず、呆然とその人形を見つめる。
人形は、ピクリとも動かない。まるで死んでしまったかのように。
死んだ。
お人形が死んだ。
ほんの短い間だったけど、この人形は確かに生きていた。
だけどそれも束の間。とても苦しそうに、お人形は死んでいった。
ただの人形だったらまだ幾分かマシだったと思う。だけど、その人形は……。
私とあまりにもそっくりだった。まるで、私が死んだかの様だ。
詩は、まだまだ続く。
『9人のフランドールが夜更かししていた。1人が闇に飲まれて8人になった』
その瞬間、人形の一体が少しずつ少しずつ黒くなっていった。
そして、最後には墨で塗ったように真っ黒になった……そして、けたたましい音を立てて倒れる。
2人目の私が、いなくなってしまった。
『8人のフランドールが外へ遊びに行った。1人が道に迷って7人になった』
人形のうち一体が、音もなく消滅する。そう、迷子になってしまったのだ。
今残っている私にそっくりな人形は、合計6体。私を含めると、7人の【フランドール】がこの
空間にいる事になる。
そしてその人形達は、詩通りの最後を迎えている。
9人の私そっくりな人形。じゃあ、最後の十人目は……?
…私?
『7人のフランドールが弾幕で遊んでいた。1人が弾に吹っ飛ばされて6人になった』
ドン!!
「わっ!?」
けたたましい音を立て、人形が吹っ飛んだ。
随分と強い力を喰らったんだろう。随分と遠くまで飛ばされてしまった。
ここからではよく見えないけど……多分、あの人形はバラバラになってしまったんじゃないか
と思う。
『6人のフランドールが針巫女と遊んでいた』
「ちょっ、ちょっと!」
『1人が串刺しにされて――」
「待ってよ! こんなの見せて、何がしたいって――」
『5人になった』
視界に、紅色が映った。
人形の私が、血を吹いたのだ。血にまみれる自分なんか直視できない。怖くて見られない。
…あれ? もし自分じゃない誰かだったら、直視していたのかな。
…どうでもいい。とにかくこわい。
『5人のフランドールが地下室で遊んでいた。1人が地下室に留まって4人になった』
響き渡る、私のうたごえ。
別に私は歌ってなんかいない。それどころか、歯を食い縛って耳を両手でしっかりと押さえて……。
それなのに、うたごえは聞こえて来る。頭の中に響いてくる。
『4人のフランドールが湖に行った。1人が凍って3人になった』
全身に感じる、凍て付くようなひどく冷たい空気。
そしてその瞬間、氷が砕けるような音がした。
目を瞑っているからよく判らないけど……恐らく、私のうち一体が凍って、砕けてしまったん
だと思う。
今、ようやく気がついた。
先ほどから聞こえる、私のうたごえ。
最初は沢山の私が歌っているように感じた。多分、それは正しい。
そして、そのうたごえは……。
私そっくりの人形が消えると同時に、小さくなっていった。
…違う、小さくなってるんじゃない。歌っている人数が少なくなっているんだ。
『3人のフランドールが紅い廊下を歩いていた』
今ならはっきりと判る。今、この詩を歌っているのは……。
『1人が化け物に襲われ』
私以外――残っている、2体の人形の私。
『2人になった』
ピチャッ……ピチャッ。
水滴が落ちる音が聞こえる。それが何なのかは、目を瞑っているからはっきりとは判らない。
だけど、詩の流れから何となく理解はできた。
でも、化け物っていったいダレ?
そう思った時だった。
「ふふふ……」
私の耳に、よく知った声の笑い声が聞こえてきた。
思わず、瞑っていた目を開く私。だけどそれは見てはいけないものだったに違いない。
「ぅ…ぐ」
「あははははは……」
お姉さま。
レミリアお姉さまが、私の姿をした人形の首筋に噛み付き、血を啜りながら笑っていた。
本当に、本当に美味しそうに……そして、とても楽しそうに。
「あ……ぁ、ぁ゜、ぁ゜!」
嫌だ。
嫌だ嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
私が、私が喰われている。ダレに? 答え。お姉さまに。
思わず自分の首筋に手を当てる。だけど、そこは血で濡れているわけではなかったし、
吸血痕らしきものも見当たらない。
だけど、だけど。
今、私の目の前で……私が、お姉さまに喰われている……!
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! なんで!? なんでなんでなんでっ!? 私がいったいなにを
したっていうのよおねえさまぁっ!!」
全身の力を振り絞って、目の前に広がる光景に向かって叫ぶ。
だけど、お姉さまはまるで私の言葉が聞こえていないかのように、笑いながら血を啜るだけだ。
『2人のフランドールが日陰で休んでいた』
詩は、私の気持ちお構いなしに続いていく。
残りの私は……後2人。
「いやだぁ……ッ!」
『1人が太陽の光を浴びて霧になり1人になった』
「もういいじゃない!! こんな事して、何が面白いって言うのよぉッ!」
最後の人形の全身を、光が包み込んでいった。
そしてその人形は霧になって消滅した。
遂に、全ての人形がこの世からいなくなってしまったのだ。
残るのは……【本物の】私だけ。
身代わりは、もういない。
『1人のフランドールが一人ぼっちで取り残され――』
詩が、辺りに響き渡る。でもそれは、私の声では無かった。
最初いた、男の声。
そこ詩が聞こえたと同時に、私の周りで倒れていた人形達――そしてお姉さまが、跡形もなく
消えてしまった。
今、ここにいるのは私だけ。私はひとりぼっちで取り残されてしまった。
そして……。
『――首を吊って、そしてだれもいなくなった』
シュルリ。
首に、粗い縄が巻きつく音、そして感触。
ビィィンッ。
刹那、私の首に強い力が加わり、体がゆっくりと持ち上がった。
ギリギリッ。
気味の悪い音をたてて、私の首が締め付けられる。
息が……でき、ない……。
「…かっ! はっ……!」
もがけばもがくほど、縄が私の首にくい込み、余計に苦しくなる。
必死になって縄をちぎろうと力を入れても、まるでびくともしなかった。
何で? 私の力だったら、こんな縄、簡単に引きちぎれるはずなのに……!
『楽しんでいただけたかい? 今のが、かの有名な童話、そして誰もいなくなった、だ。
なかなか素敵な話だろう?』
再び聞こえる、あの男の声。
まるであざけっているような、ふざけた調子の声だった。もし顔が見えたならば、顔を歪めて
笑っているかもしれない。
「…は……ッ!」
苦しい……縄が、首にくい込んでくる……。
頭の中がまっしろになって、何もかんがえられなくなってきた。
……何だか、考えるもの馬鹿馬鹿しくなってきた。
『10人の少女が、様々な面白い理由で消えていく……。一体、その一つ一つの中にどんなドラマが
あったんだろう? 想像するだけでワクワクしてこないか?』
「は……はは……」
そう、本当に馬鹿馬鹿しくて……。
「あはは……あははははは!」
笑いが止まらない。
『…何だい、急に笑い出して。気でも狂ったか?』
「あなた、本当に馬鹿なのね。吸血鬼は、首吊ったって死なないのよ」
『……』
「だから、全員が居なくなるわけじゃないわ。詩通りにはならないんだから!」
『そうか、それは予想外だった。だけどそれは、君にとっても予想外な事だと思うけど?』
「…なぜ?」
『だって、それは……』
そう、姿の無い声の主が言った瞬間。
ギリッという音を立てて、縄がよりいっそう強く首を絞めてきた。
…首に、アザが……のこるかも……。
『何故なら、この苦しみが永遠に続くだろうからさ』
「ぐ……! か……は……ッ!」
『死ねないって言うのは、どれだけ苦しいんだろうね。僕にもそれは判らないし想像もつかないけど』
「ッ……!」
『まぁ、いい勉強になるかな?』
ギリッ。
首を締め付ける力が、よりいっそう強くなった。
目の前が、真っ白になる。
ギリッ。
苦しい……。
ギリッ。
たすけて……。
ギリッ。
ま……り……。
「おい、その辺にしておけって」
『ん?』
ききおぼえのあるこえ。
が、私の耳にきこえてきた。
…だれ?
「おい、フラン。大丈夫か?」
だれかがわたしのほほをさわるかんしょくがして……。
視界が戻った。
「よう」
「ま……りさ?」
目の前に、魔理沙がいた。
心配そうに、私の顔を覗き込んでいる。
何故? どうやってここに来たの?
『誰だ? どうやってここに入ってきた?』
「誰だっていいじゃないか。夢の中では、思いがけない事が起こるもんだぜ」
『…まぁ、確かに』
「というわけで、フランを返して欲しいんだが」
『残念、もう手遅れだと思うよ。何てったって、もう彼女は詩の通りの運命をたどってしまった
んだからね。どうにもできやしないさ』
男が、魔理沙を、そして私をあざ笑うかのような笑い声をあげた。
それを聞いて、魔理沙がやれやれといった表情をとり、首を横に振ってみせる。
「お前、本当に馬鹿なのか?」
『なんだい』
「首を吊る方は、あくまで本当の意味じゃないんだぜ。本当の意味、知ってるか?」
それは……きっと……。
「……ひ……」
言わなきゃいけない。言わなきゃ、私はずっとこのままだ。
何だかよく判らないけど、そんな気がする。
首を締め付ける力がよりいっそう強くなる。
苦しい……首が千切れてしまいそう。
だけど私は、残った力を振り絞って言った。
「1人の男の子が一人ぼっちで取り残され……その子が結婚して、そして誰もいなくなった――」
「その通りだぜ、フランドール。この場合は、1人のフランドールが1人ぼっちで、ってのが
正しいかもしれないけどな」
『…誰が彼女と結婚する? 今、残っているのは彼女1人だけだ』
「そうだな。目の前に私がいるぜ?」
『誰が彼女の首の縄を解く? 解かなければ、彼女は一生このまんま』
「簡単な事だぜ。私が、この縄を解けばいいんだよ」
そう言うと、魔理沙はゆっくりとした動作で私の首にある縄に触れた。
その瞬間……。
「…ぇ?」
今まで私の首にくい込んでいた縄が、跡形もなく消え去ってしまった。
刹那、私は開放感と同時に物凄い脱力感に襲われてしまった。
そんな私を、魔理沙が優しく抱きしめる。
何だか、凄く暖かかった……。
「おっと……。はは。そろそろ帰るとしようぜ。悪夢はさっさと覚めるべきだ」
「…ぅん……」
私は、魔理沙の胸に抱かれたまま……。
ゆっくりと、瞳を閉じた。
世界が、暗転する。
白から、黒へと変わっていく。とても暗い。
だけど、暖かい温もりだけは離れることは無かった。
「……ぃ」
「……」
「…ぉ~ぃ」
「…ん?」
「ぉ~ぃ、そろそろ起きたらどうだ?」
何処からか、魔理沙の声が聞こえて私は目を覚ました。
ゆっくりと、瞳を開けていく。
すると、目の前に魔理沙の顔が映った。
「やっと起きたか。随分とうなされていたみたいだけど、変な夢でも見たか?」
ぺちぺち、と魔理沙が私の頬を叩く。
私はそんな魔理沙に急かされる様にして、体を起こした。
「あれ? いつの間にか寝ちゃってたんだ……」
「あのなぁ、普通、自分の部屋の整理してる最中に寝るか?」
「寝ちゃってたから仕方ないのよ。寝ちゃってたから」
「はいはい。どうでもいいけど、首に手を回すのはよせって」
「…眠い」
「変な夢、見ていたんじゃなかったのか?」
その言葉を聞いて、私ははっとなった。
さっき見ていた夢を思い出したからだ。
慌てて、自分の首に手を当てる……が、別に縄の後がついている様子は無かった。
魔理沙が、そんな私の行動を不思議そうに見つめながら言った。
「どうした? 首に何かついてるのか?」
「…何かついてない? アザとか、そんなの」
「は? アザ……アザトゥースの事か? んなものついてたら大変な事に――」
「魔理沙、どうしてそうなるの?」
「…冗談、だぜ」
もう一度、首に手を回す。どうやら、縄の後はついていないみたいだった。
魔理沙は、判らないといった表情で私を見つめている。
さっきのは、本当にただの夢だったの?
夢の中に出てきた魔理沙と目の前にいる魔理沙は、全くの別人?
何だか、よく判らなくなってしまった。
…だけど、これだけは言える。ううん、言わなければいけないと思う。
「…魔理沙、ありがとう……」
「は? 何がだ?」
「ぅぅん、言ってみただけ。それより、魔理沙はどうしたの?」
そう言うと、魔理沙は暫く首を傾げていたが、やがて私の方に向き直ってこう言った。
「そうだったそうだった。レミリアが、お前の分のケーキが残ってるから食べに来いって言ってたぜ」
「ぇぇっ!? もう紅茶の時間過ぎちゃったの? 何で起こしてくれなかったのよ」
「お前が寝てたから、起こすのは気が引けたらしいぜ。まぁ、もしこのまま寝てたら
私がフランのケーキを持って帰って食べるけどな」
「…コインいっこ。一緒に遊ぶ?」
「今はやめておくぜ……それより、早く上に上がろうぜ」
「…うんっ!」
あれが夢だったのかどうか何て、今からしてみればさしたる問題じゃないような気がする。
少なくとも、私がいて、お姉さまがいて、魔理沙がいて……。
それだけで、今の私には十分な気がする。
うん、十分だ。
そうして、私は魔理沙の手を掴んで、その暗い地下を後にした。
『1人の少女が一人ぼっちで取り残されていた。
別の少女が彼女の手を引いて歩いていき、
そして地下には誰もいなくなった』
詩の終わり。
そして、一つの不思議な物語が幕を降ろした。
【そして彼女はいなくなったか? ~Fin~】
心臓が弱い、ホラーものが苦手、という方は避けたほうがいいかもしれません。
心臓が強い、ホラーものが大好きだ、或いは読んでやるかと思っていただいた方はこのままずずずいっと
お進みください。
【そして彼女はいなくなったか?】
「ようレミリア。遊びに来たぜ」
「あら、魔理沙。パチェなら図書館、フランなら地下にいるわよ」
「…なんで、そう返してくるんだ?」
「あなたがここに来る理由といったら、図書館の本かフランでしょ。それ以外に何があるの?」
「…ほら、午後の紅茶とか」
「生憎、さっき済ませたばかりよ。ちょっと遅かったわね」
「…くっ、残念だぜ。それはそうと、どうしてフランは地下にいるんだ? あいつ、部屋を
地下から上に移動させたんじゃなかったのか?」
「そうなんだけど、フランが持ってる遊び道具とかはまだ地下にあるのよ。今、その整理を
しに行ってるわ」
「そうなのか。じゃあ、ちょっくら様子を見に行ってくるぜ」
「そうそう、さっき様子を見に行ったら、フランったら整理の途中で寝ちゃったみたいなのよ。
その時は起こしたら悪いと思ってそのままにしてたけど、起こしてきてくれない?
あの子の分のケーキが残ってるから」
「…私の分も用意してくれたらいいぜ」
「はいはい、判ったわよ」
~ ~ ~
なんだろう、凄い浮遊感を感じる。
何だか、夢の中にいるような、そんな感じ。
…夢?
私は、夢でも見ているのかな。
そういえば、私は何をしていたっけ?
「…ああ、部屋の掃除していたんだったわ」
どうやら、部屋を掃除している途中で眠ってしまったみたい。
部屋といっても、それは地下。暗くて冷たい地下室。
最近、私はお姉さまの許可もあって、自分の部屋を地下からお姉さまの部屋の隣にある部屋
に移ったばかりだった。
だけど、私の大切な遊び道具は全部地下に置きっぱなしだった。
だから、その整理をしようと地下室に戻っていたのだ。
整理といっても、あるのは本の類くらいだけど。
そんな事を考えながら私はゆっくりと瞳を開けた。
「……あれ?」
そこは、私が495年もの間いた地下室とは、まるで違うおかしな場所だった。
やっぱり、私は夢でもみているのかな。
そんな事を考えていた、その時だった。
『ここはとても不思議な夢の中のお話。貴女だけの物語。
このユニークな舞台の主人公は君だ。フランドール・スカーレット』
なんにもない。
白いペンキで塗りたくったような、本当になんにもない空間に、私の知らない
誰かの声が辺り一帯に木霊する。
しろいいろ。何だか暖かい感じがする。
だけど、何だかとても不快。まだ、いつもいる暗い地下室の方がずっとマシなような気がしてならない。
ここには私以外誰もいない。
ただ、ピエロのようにやたらとテンションが高そうな男性の声が、この白い空間一杯に
響き渡っていた。
「…だれ?」
その声の主に、私は問いかける。
だけど、その問いに対する答えはいくら待てども帰ってこない。
変わりに、まるで『そんな質問するなよ』と言いたげな、小さい溜息が聞こえた。
『…さぁて、今日は君に素敵なお話を聞かせてあげよう。とても有名で、とても素敵なお話だ。
たっぷりと楽しんでくれよ。それじゃあ、it's ShowTime!』
「ちょっと待ってよ。まだ、私の質問が終わってな――」
そう私が言い終わる前に……この白い空間に、奇妙な出来事が起こった。
私の目の前に、突如光の柱が生まれたかと思うと、私とそっくりな少女が、その光の柱の中から
出てきたのだ。
何事かと思っていると、光の柱が私を取り囲むようにして次々と生まれ、合計9個……いや、
9人の私が、光の中から出てきた。
さっきまでは、この白い空間の中には私しか居なかったのに、今は10人の私がここにいる。
私自身を中心に、まるで円を描くかのように並んで、私を見つめている私そっくりの偽者。
その偽者達の瞳には、光が宿っていなかった。
そう、まるでお人形さんのように……直立したまま微動だにしない。
「…なに? 何のつもりなの、いったい」
そう、私がその偽者達に問いかける。
だけど、その子達は答えようとはしない。ただ、私を取り囲んでじっと暗い闇が映っている双眸で
私を見つめている。
…とても、気持ちが悪い光景だった。
『準備完了、視界良好。今ここにいるのは、合わせて十人のフランドールだ。
そして君に捧げる夢のお話は、童話、マザーグースの中の一つ……おっと、その表情を
見る限りは判ったみたいだね。そう、【そして誰もいなくなった】だ。この9体のフランドール
はただの人形さ。襲い掛かったりしてこないから安心してくれ』
「別にそんな事聞いてなんかいないわ。私が聞きたいのは――」
『おっと、そこから先はストップさ。僕はただの物語を歌う者。まぁ、夢の中に出てくる人物は
知っている人だけとは限らないだろう? 夢から覚めれば消えてしまう、そんなどうでもいい人物さ』
その【物語を歌う者】は、姿が見えない事をいい事に、私の気持ちにお構いなくしゃべり続ける。
四方八方から、その男の声が私の耳に入ってきて、とてもうっとうしかった。
そして、私をじっと見つめて動かない人形達。
何だか、気分がすぐれない。気味が悪い。
「…つまんないわ。そんな物語を聞くより起きて遊んでいたほうがよっぽどマシ。私、帰る」
そう言って、私はその場から立ち去ろうとした――けど、できなかった。
どうしてか判らないけど、足を幾ら前に出そうとしても、ピクリとも動かない。
何とか離そうと力を入れても、翼を羽ばたかせて飛ぼうとしても、何をやっても駄目。
そう、文字通り無駄だった。
『ほら、よくあるじゃない? 夢の中でさ、化け物に襲われた時、逃げようと思っても体が
動かなかったり、応戦しているのにまるで相手に傷を付けられなかった、とか』
「そんなの知らないわ」
『知らないのかぃ? じゃあ、そういう事もあるんだよって事で。前置きが随分と長くなって
しまったけど、そろそろ始めようか!』
その瞬間。
この白い空間の中に、私と全く同じ声が響き渡った。それも一人じゃない。沢山、沢山の私の声。
詩を歌っている。それは、聞き覚えのある詩だった。
『1人、2人、3人、4人、5人のフランドール』
『6人、7人、8人、9人、10人のフランドール』
そうして、物語が始まった。
歌が……奇妙で不気味な詩が、私の耳を刺激する。
『10人のフランドールが食事に行った。1人が血を喉につまらせて9人になった』
その詩が歌われた、その瞬間だった。
「ごほっ! ごほっ!」
「!?」
突然、私の後ろのほうから咳き込む音が聞こえ、その方角へ慌てて向き直った。
「…ぇ?」
向き直った先には……私の姿をした人形のうち一体が、口に右手を当て、苦しそうに咳き込んでいた。
前屈みになり、ごほごほと本当に苦しそうに咳いている。
そして、空いている方の手を助けを求めるように前に突き出すと……。
ドン、という音を立てて前のめりになって倒れてしまった。
「…!?」
何が起こったのか理解できず、呆然とその人形を見つめる。
人形は、ピクリとも動かない。まるで死んでしまったかのように。
死んだ。
お人形が死んだ。
ほんの短い間だったけど、この人形は確かに生きていた。
だけどそれも束の間。とても苦しそうに、お人形は死んでいった。
ただの人形だったらまだ幾分かマシだったと思う。だけど、その人形は……。
私とあまりにもそっくりだった。まるで、私が死んだかの様だ。
詩は、まだまだ続く。
『9人のフランドールが夜更かししていた。1人が闇に飲まれて8人になった』
その瞬間、人形の一体が少しずつ少しずつ黒くなっていった。
そして、最後には墨で塗ったように真っ黒になった……そして、けたたましい音を立てて倒れる。
2人目の私が、いなくなってしまった。
『8人のフランドールが外へ遊びに行った。1人が道に迷って7人になった』
人形のうち一体が、音もなく消滅する。そう、迷子になってしまったのだ。
今残っている私にそっくりな人形は、合計6体。私を含めると、7人の【フランドール】がこの
空間にいる事になる。
そしてその人形達は、詩通りの最後を迎えている。
9人の私そっくりな人形。じゃあ、最後の十人目は……?
…私?
『7人のフランドールが弾幕で遊んでいた。1人が弾に吹っ飛ばされて6人になった』
ドン!!
「わっ!?」
けたたましい音を立て、人形が吹っ飛んだ。
随分と強い力を喰らったんだろう。随分と遠くまで飛ばされてしまった。
ここからではよく見えないけど……多分、あの人形はバラバラになってしまったんじゃないか
と思う。
『6人のフランドールが針巫女と遊んでいた』
「ちょっ、ちょっと!」
『1人が串刺しにされて――」
「待ってよ! こんなの見せて、何がしたいって――」
『5人になった』
視界に、紅色が映った。
人形の私が、血を吹いたのだ。血にまみれる自分なんか直視できない。怖くて見られない。
…あれ? もし自分じゃない誰かだったら、直視していたのかな。
…どうでもいい。とにかくこわい。
『5人のフランドールが地下室で遊んでいた。1人が地下室に留まって4人になった』
響き渡る、私のうたごえ。
別に私は歌ってなんかいない。それどころか、歯を食い縛って耳を両手でしっかりと押さえて……。
それなのに、うたごえは聞こえて来る。頭の中に響いてくる。
『4人のフランドールが湖に行った。1人が凍って3人になった』
全身に感じる、凍て付くようなひどく冷たい空気。
そしてその瞬間、氷が砕けるような音がした。
目を瞑っているからよく判らないけど……恐らく、私のうち一体が凍って、砕けてしまったん
だと思う。
今、ようやく気がついた。
先ほどから聞こえる、私のうたごえ。
最初は沢山の私が歌っているように感じた。多分、それは正しい。
そして、そのうたごえは……。
私そっくりの人形が消えると同時に、小さくなっていった。
…違う、小さくなってるんじゃない。歌っている人数が少なくなっているんだ。
『3人のフランドールが紅い廊下を歩いていた』
今ならはっきりと判る。今、この詩を歌っているのは……。
『1人が化け物に襲われ』
私以外――残っている、2体の人形の私。
『2人になった』
ピチャッ……ピチャッ。
水滴が落ちる音が聞こえる。それが何なのかは、目を瞑っているからはっきりとは判らない。
だけど、詩の流れから何となく理解はできた。
でも、化け物っていったいダレ?
そう思った時だった。
「ふふふ……」
私の耳に、よく知った声の笑い声が聞こえてきた。
思わず、瞑っていた目を開く私。だけどそれは見てはいけないものだったに違いない。
「ぅ…ぐ」
「あははははは……」
お姉さま。
レミリアお姉さまが、私の姿をした人形の首筋に噛み付き、血を啜りながら笑っていた。
本当に、本当に美味しそうに……そして、とても楽しそうに。
「あ……ぁ、ぁ゜、ぁ゜!」
嫌だ。
嫌だ嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
私が、私が喰われている。ダレに? 答え。お姉さまに。
思わず自分の首筋に手を当てる。だけど、そこは血で濡れているわけではなかったし、
吸血痕らしきものも見当たらない。
だけど、だけど。
今、私の目の前で……私が、お姉さまに喰われている……!
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! なんで!? なんでなんでなんでっ!? 私がいったいなにを
したっていうのよおねえさまぁっ!!」
全身の力を振り絞って、目の前に広がる光景に向かって叫ぶ。
だけど、お姉さまはまるで私の言葉が聞こえていないかのように、笑いながら血を啜るだけだ。
『2人のフランドールが日陰で休んでいた』
詩は、私の気持ちお構いなしに続いていく。
残りの私は……後2人。
「いやだぁ……ッ!」
『1人が太陽の光を浴びて霧になり1人になった』
「もういいじゃない!! こんな事して、何が面白いって言うのよぉッ!」
最後の人形の全身を、光が包み込んでいった。
そしてその人形は霧になって消滅した。
遂に、全ての人形がこの世からいなくなってしまったのだ。
残るのは……【本物の】私だけ。
身代わりは、もういない。
『1人のフランドールが一人ぼっちで取り残され――』
詩が、辺りに響き渡る。でもそれは、私の声では無かった。
最初いた、男の声。
そこ詩が聞こえたと同時に、私の周りで倒れていた人形達――そしてお姉さまが、跡形もなく
消えてしまった。
今、ここにいるのは私だけ。私はひとりぼっちで取り残されてしまった。
そして……。
『――首を吊って、そしてだれもいなくなった』
シュルリ。
首に、粗い縄が巻きつく音、そして感触。
ビィィンッ。
刹那、私の首に強い力が加わり、体がゆっくりと持ち上がった。
ギリギリッ。
気味の悪い音をたてて、私の首が締め付けられる。
息が……でき、ない……。
「…かっ! はっ……!」
もがけばもがくほど、縄が私の首にくい込み、余計に苦しくなる。
必死になって縄をちぎろうと力を入れても、まるでびくともしなかった。
何で? 私の力だったら、こんな縄、簡単に引きちぎれるはずなのに……!
『楽しんでいただけたかい? 今のが、かの有名な童話、そして誰もいなくなった、だ。
なかなか素敵な話だろう?』
再び聞こえる、あの男の声。
まるであざけっているような、ふざけた調子の声だった。もし顔が見えたならば、顔を歪めて
笑っているかもしれない。
「…は……ッ!」
苦しい……縄が、首にくい込んでくる……。
頭の中がまっしろになって、何もかんがえられなくなってきた。
……何だか、考えるもの馬鹿馬鹿しくなってきた。
『10人の少女が、様々な面白い理由で消えていく……。一体、その一つ一つの中にどんなドラマが
あったんだろう? 想像するだけでワクワクしてこないか?』
「は……はは……」
そう、本当に馬鹿馬鹿しくて……。
「あはは……あははははは!」
笑いが止まらない。
『…何だい、急に笑い出して。気でも狂ったか?』
「あなた、本当に馬鹿なのね。吸血鬼は、首吊ったって死なないのよ」
『……』
「だから、全員が居なくなるわけじゃないわ。詩通りにはならないんだから!」
『そうか、それは予想外だった。だけどそれは、君にとっても予想外な事だと思うけど?』
「…なぜ?」
『だって、それは……』
そう、姿の無い声の主が言った瞬間。
ギリッという音を立てて、縄がよりいっそう強く首を絞めてきた。
…首に、アザが……のこるかも……。
『何故なら、この苦しみが永遠に続くだろうからさ』
「ぐ……! か……は……ッ!」
『死ねないって言うのは、どれだけ苦しいんだろうね。僕にもそれは判らないし想像もつかないけど』
「ッ……!」
『まぁ、いい勉強になるかな?』
ギリッ。
首を締め付ける力が、よりいっそう強くなった。
目の前が、真っ白になる。
ギリッ。
苦しい……。
ギリッ。
たすけて……。
ギリッ。
ま……り……。
「おい、その辺にしておけって」
『ん?』
ききおぼえのあるこえ。
が、私の耳にきこえてきた。
…だれ?
「おい、フラン。大丈夫か?」
だれかがわたしのほほをさわるかんしょくがして……。
視界が戻った。
「よう」
「ま……りさ?」
目の前に、魔理沙がいた。
心配そうに、私の顔を覗き込んでいる。
何故? どうやってここに来たの?
『誰だ? どうやってここに入ってきた?』
「誰だっていいじゃないか。夢の中では、思いがけない事が起こるもんだぜ」
『…まぁ、確かに』
「というわけで、フランを返して欲しいんだが」
『残念、もう手遅れだと思うよ。何てったって、もう彼女は詩の通りの運命をたどってしまった
んだからね。どうにもできやしないさ』
男が、魔理沙を、そして私をあざ笑うかのような笑い声をあげた。
それを聞いて、魔理沙がやれやれといった表情をとり、首を横に振ってみせる。
「お前、本当に馬鹿なのか?」
『なんだい』
「首を吊る方は、あくまで本当の意味じゃないんだぜ。本当の意味、知ってるか?」
それは……きっと……。
「……ひ……」
言わなきゃいけない。言わなきゃ、私はずっとこのままだ。
何だかよく判らないけど、そんな気がする。
首を締め付ける力がよりいっそう強くなる。
苦しい……首が千切れてしまいそう。
だけど私は、残った力を振り絞って言った。
「1人の男の子が一人ぼっちで取り残され……その子が結婚して、そして誰もいなくなった――」
「その通りだぜ、フランドール。この場合は、1人のフランドールが1人ぼっちで、ってのが
正しいかもしれないけどな」
『…誰が彼女と結婚する? 今、残っているのは彼女1人だけだ』
「そうだな。目の前に私がいるぜ?」
『誰が彼女の首の縄を解く? 解かなければ、彼女は一生このまんま』
「簡単な事だぜ。私が、この縄を解けばいいんだよ」
そう言うと、魔理沙はゆっくりとした動作で私の首にある縄に触れた。
その瞬間……。
「…ぇ?」
今まで私の首にくい込んでいた縄が、跡形もなく消え去ってしまった。
刹那、私は開放感と同時に物凄い脱力感に襲われてしまった。
そんな私を、魔理沙が優しく抱きしめる。
何だか、凄く暖かかった……。
「おっと……。はは。そろそろ帰るとしようぜ。悪夢はさっさと覚めるべきだ」
「…ぅん……」
私は、魔理沙の胸に抱かれたまま……。
ゆっくりと、瞳を閉じた。
世界が、暗転する。
白から、黒へと変わっていく。とても暗い。
だけど、暖かい温もりだけは離れることは無かった。
「……ぃ」
「……」
「…ぉ~ぃ」
「…ん?」
「ぉ~ぃ、そろそろ起きたらどうだ?」
何処からか、魔理沙の声が聞こえて私は目を覚ました。
ゆっくりと、瞳を開けていく。
すると、目の前に魔理沙の顔が映った。
「やっと起きたか。随分とうなされていたみたいだけど、変な夢でも見たか?」
ぺちぺち、と魔理沙が私の頬を叩く。
私はそんな魔理沙に急かされる様にして、体を起こした。
「あれ? いつの間にか寝ちゃってたんだ……」
「あのなぁ、普通、自分の部屋の整理してる最中に寝るか?」
「寝ちゃってたから仕方ないのよ。寝ちゃってたから」
「はいはい。どうでもいいけど、首に手を回すのはよせって」
「…眠い」
「変な夢、見ていたんじゃなかったのか?」
その言葉を聞いて、私ははっとなった。
さっき見ていた夢を思い出したからだ。
慌てて、自分の首に手を当てる……が、別に縄の後がついている様子は無かった。
魔理沙が、そんな私の行動を不思議そうに見つめながら言った。
「どうした? 首に何かついてるのか?」
「…何かついてない? アザとか、そんなの」
「は? アザ……アザトゥースの事か? んなものついてたら大変な事に――」
「魔理沙、どうしてそうなるの?」
「…冗談、だぜ」
もう一度、首に手を回す。どうやら、縄の後はついていないみたいだった。
魔理沙は、判らないといった表情で私を見つめている。
さっきのは、本当にただの夢だったの?
夢の中に出てきた魔理沙と目の前にいる魔理沙は、全くの別人?
何だか、よく判らなくなってしまった。
…だけど、これだけは言える。ううん、言わなければいけないと思う。
「…魔理沙、ありがとう……」
「は? 何がだ?」
「ぅぅん、言ってみただけ。それより、魔理沙はどうしたの?」
そう言うと、魔理沙は暫く首を傾げていたが、やがて私の方に向き直ってこう言った。
「そうだったそうだった。レミリアが、お前の分のケーキが残ってるから食べに来いって言ってたぜ」
「ぇぇっ!? もう紅茶の時間過ぎちゃったの? 何で起こしてくれなかったのよ」
「お前が寝てたから、起こすのは気が引けたらしいぜ。まぁ、もしこのまま寝てたら
私がフランのケーキを持って帰って食べるけどな」
「…コインいっこ。一緒に遊ぶ?」
「今はやめておくぜ……それより、早く上に上がろうぜ」
「…うんっ!」
あれが夢だったのかどうか何て、今からしてみればさしたる問題じゃないような気がする。
少なくとも、私がいて、お姉さまがいて、魔理沙がいて……。
それだけで、今の私には十分な気がする。
うん、十分だ。
そうして、私は魔理沙の手を掴んで、その暗い地下を後にした。
『1人の少女が一人ぼっちで取り残されていた。
別の少女が彼女の手を引いて歩いていき、
そして地下には誰もいなくなった』
詩の終わり。
そして、一つの不思議な物語が幕を降ろした。
【そして彼女はいなくなったか? ~Fin~】
話の怖さもさることながら、オチが素晴らしいと思いました。
冗談なのか? 本当に冗談なのか!?
フランのイメージが若干ズレるとは思いましたが。
つか魔理沙かっこえぇ…(*´д`)