感謝祭には家族でローストターキーを
クランベリーソースをたっぷりかけて
パーティーは御伽話のように楽しく華やかに
料理が尽きたらカードに興じ
カードが尽きたらお喋りに笑い
言葉が尽きたらおやすみなさい
幸せな夢に眠りましょう
夜が尽きるまで
小さな紅く熟した実を一齧り。
甘いのはほんの少し、やっぱりフレッシュで食べるには少々酸味が強すぎるかしら。
両手ほどの籠には、一山のクランベリーの実。
ローストターキーに添えるクランベリーソースは、感謝祭の定番だからと買ってみたが、少し多すぎた。
もうすぐ12月になろうかというこの時期、少し寒く感じるようになった朝の厨房で思案する。
余ったものはどうしようかしら――ジュースにしてもお嬢様は召し上がらないだろうし。
手元は今朝の朝食――昨日の残りのターキーとソースを挟んだサンドイッチ――を作りながら、この酸っぱすぎる実をどうしたものかと考える。
しばらく置いておいても傷むものでもないのだけど、使い道が多いものでもないのが悩みどころ。
パンに混ぜてみてもそれほどは減らないし――とそこで一つ思いつく。
シロップで煮て、タルトを作ろう。
せっかくだから今日は、秋摘みのダージリンと烏龍茶のブレンドも試してみようかしら。
砂糖を取り出しながら、小さく笑みがもれた。
「――さて、どうしたものかしら」
昼食を終えた午後、厨房に戻って立ち尽くす。
砂糖漬けにしておいたクランベリーが、ない。
ご丁寧に一つ残らず取り出されて、ボウルの中には砂糖だけ。
籠もなくなっているところを見ると、それに入れて持ち出したのか。
零れ落ちた砂糖が、床に点々と白い模様をつけている。
行儀悪くも犯人は、籠を片手に食べ歩きながら出ていったらしい。
探す手間は省けたけど――掃除する手間が増えた。
犯人が誰かはわからないが――
「――お仕置きね」
たとえお嬢様だったとしても。
「お嬢様」
「――咲夜? どうしたのかしら、こんなところで」
零れた砂糖を辿って廊下を進んでいくと、同じ方へ向かうお嬢様に出遭った。
砂糖はお嬢様の向こう側に続いている。
「はい。タルトにするクランベリーを探しておりました」
「タルトに? そう、それは楽しみね――それで、貴女は私を疑っているのかしら?」
「いいえ。お嬢様」
同じ方へ向かっていたのだから、お嬢様は犯人ではない。
「――じゃあ、私を信じている?」
「いいえ。お嬢様」
こんな場所で、このタイミングで、同じ方へ向かっていたのだから、お嬢様は無関係ではない。
「では、私は身の証を立てなければならないわね」
「クランベリーを持っていったのは誰でしょう?」
「ああ、それはとても簡単な質問だわ」
「ご存知ですか?」
「――ハートのジャックよ」
ハートのクイーン
The Queen of Hearts
タルトを作った
She made some tarts,
ある夏の日の事だった
All on a summer's day;
ハートのジャック
The Knave of hearts
タルトを盗んだ
She stole the tarts,
一つ残らず持っていった
And took them clean away.
ハートのキング
The King of Hearts
タルトを返せと命令し
Called for the tarts,
ジャックをひどくひっぱたいた
And beat the Knave full sore;
ハートのジャック
The Knave of Hearts
タルトを返して
Brought back the tarts,
もうしませんと誓いをたてた
And vowed she'd steal no more.
「今は秋ですが」
「――あら」
「では、命じて頂けますか。キング」
「ええ、取り戻してきなさい。ジョーカー」
「意地悪なご主人様ね」
「あら、クイーン」
「――私はタルトなんて作らないわよ」
「残念」
「あれでヒントになってるのかしら」
「さあ、どうかしら? でも彼女なら何とかするでしょう」
「今回、私は出番なし?」
「具合が良くないのでしょう?」
「――――――」
「きっと後始末はお願いするわ」
「あなたの『きっと』は確率が高すぎるわ――それなら、少し休ませてもらうわね」
「行き止まり――じゃないわね」
いつもと変わらない壁に向かって、砂糖が途切れている。
叩いても押しても硬い手触りが返ってくるだけ、継ぎ目も歪みもない。
それでもこの壁は、『閉じて』いるだけ。
『ひらけ』
壁のあらゆる起伏が消える。
均一な平面が光を全て跳ね返し、鏡のような――いや、鏡だ。
扉大の姿見に変化した壁に、自分と館が映っている。
そろそろこういう超常にも慣れてきたな、などと思いながら一歩を踏み出した。
「え?」
落ちる。
突然に真逆さまに完璧に落ち――
「っと」
自分の座標を固定して、落下を止める。
落下と言うのはおかしかった。
辺りを見渡すと、そこは出鱈目な世界だった。
循環する水路。
上り続ける階段。
捩れた三角。
それからそれから。
これは――
「騙し絵?――それも無限に循環する類の」
出口は一見して見当たらないが、この中で探しても無駄。
――それにしても、出来損ないのこの空間。
平面でしか存在し得ない歪な世界も気に入らないが、それ以上に。
『無限に』『全く同じ』『循環し続ける』世界なんて――
「――あるわけ、ないじゃない」
――音。
出来損ないの絵を破り捨てるような、合せ鏡を割り砕くような、音。
否定された世界が音を立てて壊れていく――
「どうしてジョーカーの札を切ったの?」
「切っただなんて心外ね」
「ジャックには勝てないわよ」
「そうかしら」
「あの子の力はキングと同じものでしょう?」
「そうね」
「キングと違って手加減などしないでしょうし」
「そうね」
「拙いジャックの紡ぐ解れた糸では、織れる運命は破滅だけ」
「そうね」
「じゃあ、どうして?」
「私のジョーカーは、裁縫も得意なのよ」
割れた鏡の向こう側。
右と左、前と後、上と下。
陰と陽、善と悪、正と狂。
全てが逆さまの世界を歩く。
紅の屋敷に散り落ちた、白い砂糖を道標に歩く。
いつも通る廊下を全て逆に曲がって、 その角を曲がれば、お嬢様の部屋――
「――何?」
――出遭ってしまった。
小柄な少女が振り返って訊く。
既視感。
この感覚、恐怖。
かつて感じたのと全く同じで、全く逆の――
見つめられているだけで、周りの空間ごと壊されるような危機感。
対峙するだけで、全ての運命を捕まれた絶望感。
「――あなたは、何?」
片手に持った籠からクランベリーを摘み、少女が訊いてくる。
七色に煌く、一対の曲った羽。
紅い実を噛む、牙。
紅い衣装の、悪魔。
「メイドですよ。お嬢様」
「――メイドさん? だったら丁度いいわ」
「ハートのジャックのお嬢様。キングの命にて参上しました」
「失礼ね。私は男の子じゃないわよ」
「そのクランベリーを返して頂けませんか?」
「――そうね、甘いものを食べて喉が乾いたの。飲み物をくれたら返してあげる」
七色の羽が煌いて、紅い少女が宙に浮く。
左手に籠を、右手にはリバースハートの意匠の杖を持って、少女は楽しげに笑う。
「何がお好みですか?」
「それはもちろん――百年振りの収穫祭なんだから」
――水音。
足元に紅い水音。
ほんの瞬きの間に、脛まで紅い液体に沈む。
収穫時のクランベリーが水面一杯に浮かぶように、辺りが紅く沈んでいく。
「ほらね、クランベリーも大豊作なんだし」
辺りに満ちるのは甘酸っぱいクランベリーの香り――ではなく、生臭い鉄の匂い――
少女の右手のリバースハートがくるりと回り、ぴたりと私を指した。
「――あとは、七面鳥だけでしょ?」
紅い水面から無数の蔓が飛び出した。
「そもそも貴女の言葉遊びでしょう」
「そうね」
「貴女が行けば済む事ではないのかしら」
「そうね、私があの子を知れば全部終わるわ。このつまらない言葉遊びも。あの子の存在も」
「そもそも在り得る存在じゃないわ」
「運命を操る――因果を操れるという因果だなんて矛盾、気付かない振りもできなかったわ」
「貴女がそれを自覚したから、彼女が発生した」
「破壊の運命しか紡げない、歪な私の写し身が、ね」
「貴女達は互いが互いの矛盾だから、同時には在り得ないわ」
「在り続けようとするなら?」
「奇跡が必要ね」
「ほらほら七面鳥さん! 逃げないと投げ縄に捕まっちゃうよ!」
無数の蔓が追ってくる。
足元で跳ね上がる紅い雫、蔓が跳ね散らす紅い雫。
蔓に鈴なる紅い雫はまるでクランベリー。
大豊作の紅い実を掻き分けて、宙の紅い少女に背を向けて走る。
――と、紅の水面下から床の感触が消えた。
僅かに指二本分の窪みに足を取られ、刹那バランスを崩す。
――トラップ!
すかさず、水面下の足首を蔓が捕らえた。
「BINGO! 捕まえ――」
『とまれ』
「――た!」
「おいたが過ぎますよ。お嬢様」
空中の少女と同じ目線で呼びかける。
少女が見下ろす眼下には、紅い水面と細切れになって浮かぶ蔓の残骸。
「あれ?」
「こんなに散らかされては、困ります」
「あれ? 服まで違わない?」
「はい。汚れたので着替えました」
「すごーい! 凄い凄い! メイドさんじゃなかったの?」
「ええ。メイドです。それも――」
「それも?」
「――掃除係です。今日はお掃除が大変です」
「お掃除? なら私が手伝ってあげる」
「いえ。お嬢様の手をお借りするわけには参りません」
「遠慮しなくていいわよ」
右手の杖をくるくると回す。
リバースハートが無造作に、辺りを薙ぎ示す。
「掃いて――集めて――」
命令に全てが震えた。
紅い液体の一滴、蔓の残骸の一欠、砂糖の一粒までもが、一つ所に集まっていく。
世界が折り畳まれるかのように、互いのちょうど真中に全てが集束した。
紅い少女は満足げに頷いて、杖を逆手に持ち替える。
リバースハートが正位置に地を指し、石突が天を指し示す。
「――燃やすんでしょ?」
高く高く高く、少女が持つ杖が燃え上がる。
紅く紅く紅く、紅蓮の業火が天を裂いて辺りを照らす。
「そーれっ!」
少女が紅炎の剣を振るう。
空を燃やし、風を焦がし、世界を焼いて焔が向かってくる――!
『とまれ』
時間が、空間が、世界が、少女が止まる。
全てを掌握して感覚が広がる。
炎も止ま――らない!
紅く紅く紅く、『止まった世界』をさらに焼き滅ぼして、渦を巻いて迫る。
回避できない――この世界では。
『ずれろ』
自分の座標を虚にずらす。
先程までの世界を滅ぼして尚も荒れ狂う炎を、すり抜ける。
肌を焼く熱も感触もない焔に背が粟立つが、無視して紅の少女に突進する。
いくら世界を焼く剣とはいえ――柄まで燃えてるわけでもない!
ついに虚空間すら焦がし始めた火に追い立てられながら、少女の脇をすり抜ける。
手から杖をもぎ取って虚に捨て、少女ごと実に復帰する。
『うごけ』
「あれ? また」
「火遊びはいけませんよ、お嬢様」
「私の杖は?」
「メイドが隠してしまいました。あんな危ない事は、もうしたら駄目ですよ」
「はーい。じゃあさ、カードをしようよ」
「カードですか? 私は強いですよ」
「私も強いわよ」
「ゲームはいかが致しますか?」
「ポーカー」
「カードは何処にありますか?」
「ここにあるわ――」
「「「「ほら、フォーカード」」」」
声が四つ、姿も四つ、紅の少女が四人。
それと、私が一人。
「「「「私の勝ちよね」」」」
にんまりと笑う、爪を伸ばした少女が四人。
それと、私が一人。
「「「「じゃ、罰ゲーム!」」」」
爪を振りかざして向かってきた少女が四人。
それと、私が一人。
「「「「チェック!」」」」
爪を振り下ろした少女が四人。
それと、爪で切り裂かれた道化が一人。
「「「「あれ?」」」」
驚きに目を見開く少女が四人。
それと、同じ顔の少女がもう一人。
「私はジョーカー。ワイルドカード」
動きを止めた少女が四人。
それと、砕けた鏡に映った少女が一人。
「ファイブカード。私の郷にはそんな役があるんですよ」
鏡が散って消えた少女が一人。
ナイフを受けて消えた少女が三人。
残った少女は一人だけ。
そして、道化が一人。
部屋一つ程の距離を置いて対峙する。
「あなたは、一体、何なのかしら?」
「はい。私はジョーカー。キングに仕える道化にございます」
「道化さん? なら、一緒に遊んでくれるのかしら?」
「お望みならば喜んで」
「じゃあ、今度は――」
七色の羽が煌く。
鋭角的に曲った羽が、力を宿す。
「――かけっこ、ね」
手を捕まれた。
何が起こったのかすらわからなかった。
刹那にも満たない一瞬。
残像すら残らない速度で、少女は私を捕まえた。
「よーい、ドン」
加速加速加速加速加速。
少女に手を引かれて疾走する。
引かれた肩が外れ、骨が軋み、筋肉が千切れる。
加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速。
風を割り、音を破り、大気を裂いて少女は走る。
加重に内臓が悲鳴を上げ、風圧に素肌が裂かれる。
「もっともっともっと!」
加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速。
時空を歪め、法則を破り、全てを貫いて少女が走る。
五感の認識の限界を超え、事象の観測の限界を超える。
虹色の円環の門を潜り、存在の許されない禁断の領域へと至る。
負荷に体が壊れ、意識が沸騰する――
『とまれとまれとまれとまれとまれ』
加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速。
無限小になった時間の中で、無限大の加速が積算されていく。
何一つ止まらない。
「――ブレイク!」
脳神経の焼き切れる一瞬前。
繋いだ手の先で伝わるはずのない少女の声を聞いた。
「――猫の足音――山の根――魚の息――女の髭――鳥の唾――熊の腱――」
「魔狼を縛る鎖、かしら?」
「――仏の御鉢――蓬莱の玉枝――燕の子安貝――龍神の珠――火鼠の衣――」
「月の姫への婚礼の貢物、ね」
「そう、何よりも強い魔狼を縛るという奇跡、月の姫を現世に留めるという奇跡の材料。これらは全て――」
「ありえないもの」
「今では随分少なくなってしまったけれど、例えば光を追い越す翼、過去を刻む時計・・・」
「集めて、奇跡を起こそうと言うの?」
「既に式は編み上げてあるわ。後は在る事を証明するだけ」
「貴女のジョーカーがそれをする?」
「――いいえ。今はまだ時が満ちていないわ。材料もあの子の手に揃っていない」
「なら、、どうして今、ジョーカーの札を使ったの?」
「あら。最初に言わなかったかしら」
「?」
「私のジョーカーは、裁縫も得意なのよ」
繋いだ手が離れない。
かけっこの途中で動かなくなった道化が、手を離してくれない。
遊んでくれるって言ったのに。
振り回す。
道化が右へ左へ転がって、少し面白い――けど、離れない。
振り回す。
道化を二度三度と壁に打ち付けたら、やっと手が外れた。
「痛い、赤くなっちゃった」
くっきりと手の跡のついた左手を、摩る。
道化は壊れちゃった。
つまらない。
クランベリーもお気に入りの杖も無くしちゃった。
おやつも遊び道具もない。
つまらない。
とりあえず、怖い魔女が来る前に杖から探そうかな――
―――――――お嬢様。
呼びかけられた。
声に振り返る。
何か眩暈がするような、紅い衣装で道化が立ち上がっていた。
顔も、服も、肌も、紅い。
なんだかわからないけど――無性にその紅に惹かれる。
そういえば、のどか渇いていたんだっけ。
「――駄目・・・・・・ですよ・・・お嬢様」
「何が?」
右肩は壊れてるのかな?
ぶら下がってて、変。
でも、瞳が綺麗――真紅の――
「・・・そんな、遊び方は――駄目です」
「あれ? かけっこで負けたからって、言い訳?」
なんだか道化はふらふらしてる。
どうせ揺れるなら、首振り人形みたいに揺れたら面白いのに。
でも、視線だけは私を外さない。
「咲夜が・・・・・・教えて――あげます・・・楽しい、本当の遊びを――」
「まだ遊んでくれるんだ? じゃあ今度はボール遊びね――それっ!」
ボール遊びは私のお得意。
青く光るボールを投げる。
床で、壁で、天井で跳ねて、狙い通りに的に当たる。
「っ!」
声を詰まらせて、道化が弾け飛ぶ。
あれ? もう手品はおしまいなのかな?
投げる、当たる。
投げる、当たる。
投げる、当たる。
幾つも幾つも跳ね返るボールを掴んでは投げ続ける。
外れないよ――だって、いつもこうやって遊んでるんだもの。
投げる、跳ねる、当たる。
投げる、跳ねる、当たる。
投げる――
弾き飛ばされてた道化の瞳が、私を見た。
「――駄目ですよ」
道化の左掌が、自身の体ほどもあるボールを受け止めた。
「ボール遊びは」
殺到するボールの中心で、道化が言う。
燃え上がって紫電を撒き散らす大きなボールを、片手だけで握り締めて――
「――投げ合うものです」
一番道化に近いボールに向かって、投げ返す。
ボールが当たって弾ける。
弾けたボールがさらに次のボールを弾く。
次のボールが次の次のボールを、次の次のボールが次の次の次のボールを――
弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く――弾いて――全部が私に向かってくる――!
「ぅわっ!」
思わず、道化と同じように――私は両手で――受け止めた。
さらに私に向かって、ボールが向かってくる。
ふざけないで――私は――
「ボール投げが、得意なんだからっ!」
投げ返す。
ボール同士が弾けて、弾けて弾けて弾けて弾けて弾けて弾けて弾けて弾けて道化に向かう。
「そうです。それから――」
道化の左掌がまた、無造作にボールを掴み取る――事も無げに。
爛々と光る紅い瞳が、綺麗。
また、さっきと同じように投げ返してくる――
「――相手が受け止められるように、投げるんです」
ボール同士が弾けて、弾けて弾けて弾けて弾けて弾けて弾けて弾けて弾けて私に向かってくる。
私が受け止めて、投げ返す。
ボール同士が弾けて、弾けて弾けて弾けて弾けて弾けて弾けて弾けて弾けて道化に向かう。
道化が受け止めて、投げ返してくる。
投げ返す。投げ返す。投げ返す。投げ返す。投げ返す――
楽しい。
一人で壁に跳ね返してるのより、ずっとずっとずっと。
なんだかわからないけれど――楽しい楽しい楽しい――!
――不意に、道化の膝が折れた。
私の投げたボールを受け損なって、弾き飛ばされる。
さらに、残りのボールが全て道化に殺到した。
「――あっ!」
何か、初めて聞いた自分の声音だった。
「・・・っ・・・――足を、滑らせて、しまいました」
起き上がる道化は、さっきよりさらに紅。
ボールを受けてた左手も、紅くて、黒い。
「――咲夜の負け、ですね。お上手でしたよ」
紅い笑顔で言われて、わけがわからないけど泣いてしまいそう。
勝ったのに、なんだか楽しくない。
チャンバラとカードで負けて、かけっことボールで勝った。
引き分けだから、楽しくないのかな。
「じゃあ、最後に――」
何をしよう?
――そうだ、一度もした事がない遊びをしてみよう。
「――かくれんぼ」
「じゃあ、本当にただの子守?」
「ええ。私はまだあの子を知るわけにはいかないから」
「貴女の代わりに?」
「ええ。妹の名をUnknownとしか呼べない、情けない姉の代わりに」
「ジャックのいる綻びた世界を、繕って欲しい?」
「ええ。あの子の退屈を、癒してあげて欲しい」
「キングが癒されたように、かしら?」
「――――――ええ。そうね」
膝を抱えて隠れてる。
誰もいない――独り。
つまらない。
左手に残った手の跡に、右手を重ねて膝を抱える。
手の跡は、私の右手よりずっと大きい。
このまま、見つからなければ私の勝ち。
だから、待ち続けた。
手の跡が消えても、まだ独り。
いつまで隠れてたら勝ちなのかな。
膝に顔を埋めて、ただひたすらに待つ。
待つって、何を?
なんだか、泣いてしまいそう。
早く見つからないかな――あれ? それじゃ負けちゃうじゃない。
待ち続けて、やっぱり独り。
つまらない。
かくれんぼは、全然面白くない。
ただ、待ち続ける。
早く早く早く――――
「――見つけましたよ。お嬢様」
背中に、柔らかくて暖かい感触。
壊れかけの紅い腕が後ろから廻ってきて、止まる。
「お召し物が、汚れてしまいますね」
「――――あ」
背中から離れてしまう――それが何か嫌で、思わず彼女の紅い腕を抱え込んだ。
「――っ・・・・・・お嬢様、咲夜は汚れていますので」
「いい」
「――申し訳ありません、お嬢様。お待たせ致しました」
背中が暖かい。
なんだか、泣いてしまいそう。
「見つかっちゃった――負けちゃった。」
「そうですね。咲夜の勝ちです――でも、お嬢様は隠れるのがとてもお上手ですね」
「つまんなかった。かくれんぼなんて嫌い」
「いいえ、お嬢様。本当のかくれんぼは、隠れて、見つけるだけじゃないんですよ」
「そうなの?」
「ええ。隠れて、時間になったらわざと見つかるように、出て行くんです」
「――どうして?」
「じゃないと、隠れてる方も探す方も寂しいでしょう」
「あ――」
「それから、鬼と一緒に手を繋いで帰るんです」
手を握られる――握り返す。
「ハートのジャックのお嬢様――」
「フランドールよ――――フランドール・スカーレット」
名乗ったのは、初めて。
「フランドールお嬢様。咲夜と帰りましょう」
「――帰れないわ。クランベリーをなくしちゃったもの。キングにお仕置きされちゃう」
「でしたら」
『こい、もどれ』
言葉通りにクランベリーが、籠に入って現れた。
「はい、この通り。咲夜はお嬢様達の味方です」
「すごーい」
「これは返して頂きますね。後でタルトを作って差し上げますから」
「ほんと?」
「ええ。珍しいブレンドの紅茶と、一緒にお持ちします」
「――もう、遊んでくれないの?」
「いいえ。いつでもお相手しますよ」
咲夜が、少し強く、でも優しく抱きしめてくれる。
気持ちいい。
耳元でゆっくりと語る言葉に、なんだか眠たくなってきた。
遊びに飽きたら?
咲夜が遊びをお教えしましょう
玩具が壊れたら?
咲夜が玩具を直しましょう
遊びに疲れたら?
咲夜がお茶を淹れましょう
眠れない夜は?
咲夜がお話しをお聞かせしましょう
眠たくなったら?
咲夜が歌を歌いましょう
泣いてしまったら?
咲夜がすぐに参りましょう
――貴女の孤独を癒しましょう、ハートのジャックのお嬢様――
「――また」
溜息を一つ。
割れた鏡の前で溜息をつくのは、これでもう何度になったかしら。
とっておきの悪魔封じ――合せ鏡の牢獄――をこうも簡単に破られると、魔女の面目とかいろいろ堪らないものがある。
もちろん、空間操作に関する限り、ネイティブの彼女に敵うわけもないのだけど。
「パチュリー様」
中から――いや、向こう側から、ジョーカーが現れた。
手にはティーポットと食器を持って、まるで普通の部屋から出てきたよう。
全く悪びれもしないその顔に、溜息がもう一つ出た。
「――今度からは通りたい時は声をかけて。開けるから」
「ありがとうございます」
主人の禁忌に立ち入っているというのに、微塵の躊躇いも動揺もない。
いったい、どこまでこの道化はわかっているのかしら?
好奇心とちょっとした対抗心で、意地悪な質問を投げかけてみる。
「でも、ご主人様の隠そうとしてるものを、従者の貴女が暴いていいのかしら?」
「キングは、取り戻してきなさい、と仰いました」
不敵とさえ言えそうな顔で、道化は笑う。
「――――パチュリー様。ハートのジャックの絵柄をご存知ですね?」
言って、道化は一枚のカードを手に出した。
「寂しがりやのハートのジャックは、いつだってハートを見つめているんですよ」
前半は退屈な感じでしたが、中盤以降話に飲まれていったというかなんというか(汗
つーかダメだ、もう他人のリプだけじゃ満足できないッ!妹様と弾幕りたいッ!でも本編クリアできねーッ!(笑
洗練されすぎです。書かれるたびにグレードUPされるのは気のせい?
満点をつけない主義とはいえ、「49点」と言うのはさすがにヤボな気がします。
楽しいひとときを過ごさせていただきましたw
あ、模倣じゃつまらんので、コレとはまた味の違うなにかを…無理そう(汗
素晴らしいです。
良い物を読ませてもらいました。
無邪気なフランは悪くない…
さすが、咲夜さんコメント欄にも気を利かせてくれたのですね。