まず、このSSを読むにあたり、妖々夢のキャラ設定テキストの魂魄妖夢の欄を熟読する事が必要です。
後、こちらの http://th-radio.hp.infoseek.co.jp/memo.html#youki
魂魄妖忌についてのZUN氏の回答を読むと、なおの事グーです。
では、どうぞ。
桜。
桜が咲いた。
この幻想郷に、今年も春が訪れた。
この季節になると、魂魄妖夢は庭に咲いた膨大な量の桜の木の手入れをしながら
いつも思うのだ。
自分の剣の師匠でありお爺様である、魂魄妖忌は一体何処へ行ったのか――と。
魂魄 妖忌。
300年もの長い間、西行寺家の庭師、そして護衛を務めている人物である。
その剣の腕は確かなもので、今まで数々の難敵を打ち破ってきた。
既に外見は老えども剣の腕はいささかの衰えも見せず、二本の刀――楼観剣と白楼剣を携え
この西行寺家の当主、西行寺幽々子を守っている。
彼には、一人の孫がいた。
魂魄妖夢という名の、半人半霊の幼い剣士だ。
彼女には素質は確かにあるものの、まだまだ修行不足は否めない状況で、妖忌の元で修行に励んでいた。
修行、と言っても、妖忌自らが剣を教えるわけではない。
妖忌は頑固爺だったのかどうなのか、自分からはあまり教えようとはしなかったのである。
妖夢はそんな師匠の元で、師匠の剣の技を見、そして盗む形で力をつけていった。
そんな日々が何年も続いた、とある春の日の出来事である。
今年も桜が咲いた。それはもう膨大な量の桜が、である。
ここ、白玉楼にある西行寺家には、二百由旬にも及ぶ広大な庭(西行寺家当主の誇張らしいが)があり、
毎年膨大な量の桜の木が、美しくも儚い花を咲かせるのだ。
妖忌はここ数年、桜の木の手入れはもっぱら孫の妖夢に任せ、自分は護衛に回っていた。
そして妖夢は、今年もこの桜の木の手入れに大忙しだったのだ。
「ぅ~ん……。今年もやってきちゃったのかぁ……」
朝、いつも通りの時間に目を覚まし、いつも通り幽々子を起こし、いつも通り食事をとり、
いつも通り庭師の仕事をするため庭に出た妖夢を待ち構えていたのは、庭一面に咲く桜の木だった。
それを見て、妖夢は今年もいつも通りの溜息を吐く。
この広大な庭の手入れをするのは、並大抵の労力では成し得ない大変な仕事だった。
それに加え、今年も咲いた桜の木。もし一人でこの庭の手入れをしろと言われたら、どんな人でも
溜息の一つは出るだろう。
妖夢は気だるそうな表情を取りながらも、両手に二本の刀を持ち、庭の手入れを始めた。
この二本の刀は、かの有名な名刀、楼観剣(ろうかんけん)と白楼剣(はくろうけん)――ではなく、
何の変哲もない、ごく普通の刀である。
楼観剣と白楼剣は、彼女の師匠である妖忌が常に携えていた。
妖夢は、まだ一度もその刀を使わせてもらった事が無い。それどころか触った事すらなかった。
もし少しでも触ったものなら、すぐさま妖忌のゲンコツが飛んでくるだろう。
まだ幼い妖夢にとって、お爺様である妖忌のゲンコツは何よりも恐いものだった。
その為、妖夢は無銘の二本の刀を使って庭の手入れをしていた。
いつか妖忌に認めてもらい、楼観剣と白楼剣を携え、自分の主である幽々子を立派に護衛する……。
そんな夢を、妖夢は抱いていた。
「……ふぅ」
どれくらい時間が経過しただろうか? 妖夢が手入れをする両手を止め、ゆっくりと溜息をついた。
額には玉のような汗を浮かべている。
庭の手入れをし始めてから数時間が経過した。だが、まだ半分も手入れし終えていない状況だ。
「まだこんなにあるのかぁ……。はぁ……」
妖夢が溜息を吐きながら、辺りをゆっくりと見渡した。
その時だった。妖夢の視界の遥か先に、ある人物が映った。
自分の剣の師匠、魂魄妖忌である。
妖忌は、西行寺家にある自慢の妖怪桜、西行妖の下に立ち、微動だにしない様子でその桜を見つめていた。
(お爺様、一体何をやってるんだろう?)
そんな事を考えながら、妖夢は刀を鞘に収め、妖忌の元へと歩いていった。
「師匠! おはようございます!」
妖夢が、大きくはっきりとした声で妖忌に挨拶をする。
だが、妖忌は妖夢の言葉に答えない。黙ったまま、視線を西行妖に向けているだけだ。
そんな妖忌に特に驚くわけでもなく、妖夢は妖忌の隣に歩を進めた。
そして妖忌につられる形で、視線を西行妖へと向けた。
妖夢にとって、この妖忌の反応はごく当たり前の事だった。
厳格で、物事に厳しい妖忌。妖夢が話しかけても、反応を返す事は殆どない。
妖夢はそんな妖忌の態度を見て、自分はまだまだ認められていないな、と気持ちを改めるのだった。
妖忌の横に立ち、妖忌と同じように西行妖を見つめる。
西行妖の木の枝には、花一つついていない。それどころかつぼみすら見当たらない。
他の桜は満開だと言うのに、この妖怪桜は咲く気配すら見せていなかった。
そんな、枯れていると言っても何の不思議も思わない巨大な桜の木を、じっと見つめる妖夢と妖忌。
ふと、妖夢が視線を妖忌の顔へと向ける。
そこで、妖夢は信じがたいものを見たのだ。
「…師匠?」
いつも眉間にしわを寄せ、厳しい表情をしている妖忌の表情が崩れているのだ。
妖夢にとって、驚くべき事だった。そもそも、妖忌が厳しい顔以外の表情をとっている妖忌は、
今まで数えるくらいしか見た事がないのだから。
さらに驚いたのは、その妖忌が『悲しげな表情』をしているという事だった。
「…師匠、どうなさいました?」
「……」
妖忌は答えない。ただ、じっと西行妖に見入るだけだ。
…暫しの間、不思議な沈黙が辺りを支配した。
暖かい風が、妖夢の髪を、そして頬を撫でていった。
「…妖夢よ」
「はっ、はぃ!?」
突然妖忌が口を開き、驚きの余りうわずった声で返事をする。
しまったという表情を浮かべる妖夢。
いつもならば、その瞬間に一喝でも飛んでくるだろうが、今日の妖忌はいつもとは少し違う様子だった。
視線を西行妖に向けたまま、妖忌がゆっくりと話し出す。
「生きる、とはどういう事だ?」
「…はっ? えっと、どういう事、といいますと……」
突拍子も無い妖忌の問いに、妖夢は困惑の表情を浮かべる。
しかしそんな妖夢に気にも止めない様子で、妖忌は再び口を開いた。
「今までの間、数多くの『死』を見てきた。死人(しびと)が集う白玉楼なのだから当然と言えば当然だが。
…死というものはあまりにも大きい。今まで培ってきたもの全てを失い、無へと帰す。全てが消滅する。
ならば、何故我々は生きるのだ?」
「……」
「今まで必死となり、積み重ねてきた物が全て失われるとなれば、生きる事は全く無駄だ、という事になる。
なのに、誰一人として生きる事を無駄だと思う者はいない。一体何故だ?」
妖忌の問いの意味が判らず、妖夢は困惑する。
「…ぇっと。申し訳ありません師匠……。私には判りかねます」
「…ふふ、そうであろうな。私にも辿り付けなかった答えだ。お前が答えられぬのも無理はなかろう」
「師匠?」
「…もしあの頃に戻れるならば……。幽々子嬢に、一言詫びたかったのだが」
「……?」
妖忌が自嘲気味た笑いを浮かべる。
その、いつもと違う妖忌の様子に妖夢は更に困惑した。
そのため、妖夢は『辿り付けなかった』という言葉に注意する事ができなかったのである。
妖忌が視線を下げ、妖夢の方へと向き直った。
何時の間にか妖忌の表情は、いつも通りの厳格なそれへと変わっていた。
妖夢がそんな師匠の様子を見て、安堵の胸を撫で下ろす。
そして妖忌が、真剣な眼差しで妖夢の目を見て言った。
「妖夢よ。お前が守る主とは誰だ?」
「…西行寺幽々子様です」
妖忌の問いに妖夢がはっきりとした声で答える。
妖忌と同じように、真剣な眼差しで。その瞳には迷いの欠片すら見当たらない。
「剣の道を極めるとは、どういう事だ?」
「己の迷いを断つ事です」
暫しの間、互いの瞳を見詰め合う師匠とその弟子。
…どれぐらいの時が流れただろう。一分? 十分? あるいはそれ以上なのか。
突然妖忌が、背に背負った長刀『楼観剣』と、腰に携えた短刀『白楼剣』を構えた。
楼観剣の切っ先を、妖夢に向ける。
「おじいっ……師匠!?」
「妖夢よ、己の全ての力をもって、私に斬りかかってこい」
「しっ……しかし!」
「相手が私だと、剣を振るえぬと言うのか?」
「はっ……はい……」
「妖夢よ、お前は先程何と言った? その言葉、もう一度言ってみよ!」
「……剣の道を極める事……は、己の迷いを断つ事……」
「そうだ、その通り。妖夢よ、ここで剣を降ろせば、それは即ち敗北を意味する。
そんな腑抜けな弟子など、私は持った記憶など無い!」
「……ッ!」
その言葉を聞いて、妖夢が持っている二本の刀を構える。
妖忌が取る構えと全く同じ構えを妖夢がとり、距離を置く。
だが、完全には真似しきれていないのか、まだ未熟なためか。全く隙が無い妖忌と比べ、妖夢の構えは
妖忌と同じ筈なのに、隙があらゆる所に垣間見えた。
…暫しの沈黙。
そして、妖夢が師匠である妖忌に向かって駆け出していった。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
手に持つ無銘の刀を、渾身の力をもって振りかざす。
素人には到底追いつけない程の早さで斬撃を繰り出す妖夢。
だかそんな妖夢の太刀を、妖忌は軽々と受け止めてみせた。
刀と刀が互いにぶつかり合い、紅い火花を散らす。
「でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいッ!!」
己に喝を入れるかのように、咆哮を上げながら太刀を振るう妖夢。
そして、無言、かつ最低限度の動きで、その太刀を受け止める妖忌。
何十回、何百回、何千回、何万回……。
空気を切り裂く音と、金属が互いにぶつかる音が辺りに木霊する。
やがて、このままではラチがあかないと思ったのか、妖夢が突然妖忌と距離を取った。
そして、先程とは全く違う構えを取る。
「ふぅ~………ッ」
「……ふんッ」
妖夢が、大きく息を吸う……。
妖忌が、妖夢と同じ構えを取る。
そして、二人同時に叫んだ。
「「二百由旬の一閃ッ!!」」
空気さえ止まったように思える、その一瞬。
二人の刀が、再び重なり合った。
キィィィィィィィィィィィンッ!!
耳をつんざくような、金属を叩きつけたような甲高い音がしたかと思うと、次の瞬間、妖夢は
妖忌の太刀の衝撃を受け、少し離れた場所に吹っ飛んでしまった。
「うわっ!!」
地面に強かに体を打ちつけ、痛みに顔を歪める妖夢。
持っている刀は、先程の衝撃で二本とも折れてしまっていた。
「いたたたた……あッ!!」
「遅い」
慌てて立ち上がろうとする妖夢だったが、既に目の前には妖忌が立っていた。
刀の切っ先を、妖夢の喉に当てる。
金属の感触が、喉の皮膚を伝って感じられた。
思わず息を飲む妖夢。
「痛みに顔をしかめる暇があったら、直ぐに立ち上がれ。敵は待っていてはくれんぞ」
「もっ……申し訳ありません……」
妖忌が、刀を鞘に収めながらそう言った。
妖夢も慌てて立ち上がり、刀を鞘に収めようとする……が、その刀は既に使い物にならなくなっていた。
「まだまだ、修行が足りんようだな。妖夢よ」
「…はい」
「だが……」
「…?」
妖忌が、満足そうに頭を縦に振ると、妖夢にこう言った。
「お主の太刀筋は悪くは無い。もっと修行すれば、更に磨きがかかるだろう」
「――!」
その言葉を聞いて、妖夢が驚愕に満ちた表情を取った。
それもそのはず、妖忌が妖夢の剣の腕を誉めるなど、今まで一度足りとも無かったのだから。
突然の事に喜んでいいのかどうなのか判らず、困惑に満ちた表情を浮かべる。
そんな妖夢を見て、妖忌が少しだけ笑った。
その後、妖忌は妖夢の修行に付き合い、徹底的に指導を行った。
妖夢の太刀筋を一つ一つ見ては、厳しい言葉を投げかける妖忌。
だが妖夢にとってみれば、今まで何の指導もしてはくれなかった事に比べると、むしろ妖忌の言葉は
とても有り難いものだった。
真剣に妖忌の言葉に耳を傾け、剣を振るう妖夢。
……そして時間が経ち、いつしか辺りには闇が覆い始めた。
「有難う御座いました! 師匠!」
ひとしきり修行を終え、妖夢は剣の師匠である妖忌に深々と頭を下げると、その場から去っていった。
恐らく、妖夢はまだ修行を続ける気なのであろうな……そう、妖忌は感じ取った。
喜々として妖忌の言葉に耳を傾け、真剣に剣を振るう妖夢……。
そんな、真面目な弟子を持った事に、妖忌はとても満足していた。
「全く、良い弟子を授かったものよ。そう思うであろう? 隙間の主よ」
「全く、本当ですね」
妖忌の後ろには、一体いつからそこにいたのか、八雲紫が立っていた。
いつもと変わらない、何を考えているのかまるで掴めないような表情で、妖忌の背中を見る。
妖忌は振り返ることなく言った。
「妖夢なら、きっと近い将来、立派な剣士になるであろうな。その姿が見られず残念だ」
「…もう、そんな時間(とき)なのですか」
「どうやらそのようだ。よる年波には勝てぬと言ったところか……」
そう言うと、妖忌は自嘲に満ちた笑みを浮かべた。
そんな妖忌を見て、紫が複雑な表情を浮かべる。
「あなたのような逸材を失うのは、本当に惜しいですわね」
「そなたにそう言われるとは。…以外だな」
「あら、これは本心ですわ。深い意味はありませんから。勘違いなさらないでくださいな」
「勘違いなどしておらぬぞ。素直にその言葉を受け止めている」
「ならいいんですが……。それより、あなたは答えを見つけましたか?」
「うむ?」
「あなたが常に考えていらっしゃった、『生きる意味』という問いに対する答えを」
「ふむ……。ふふふ、さて、どうであろうな。これは私の胸の中にしまっておこうか」
「出し惜しみ? 別にいいんですけど……」
「この問いの答えは、各人各々が見つけるものだ。他人に聞いて判るような事ではない。
それより、隙間の主よ」
「…はい?」
「幽々子嬢の事、よろしくお願いいたす。…あの、西行妖の事を知っているのは、もはや貴女だけと
なってしまった」
「…判りました。出来る限りの事はいたしますわ」
「そう言って頂けると有り難い。さて、そろそろ床に入るとするか……」
そう言うと、妖忌はゆっくりとした足取りで屋敷へと向かって歩いていった。
紫が、その姿をじっと見送る。
「…さようなら。魂魄妖忌」
紫が、誰にいう事なくそう呟いた。
風が、紫の前を吹き抜けていく。
そして、風が通り過ぎ去った後。
すでにそこには、紫の姿は無かった。
妖忌の寝所。
妖忌は二本の名刀を枕元に置き、ゆっくりとした動作で布団の中に入った。
小さく、溜息をつく。
暫し、天井を見上げる妖忌。一体何を考えているのか、それは当の本人にしか判らない。
…やがて。
魂魄妖忌は、ゆっくりと瞳を閉じ……そして眠りについた。
朝。
いつもと変わらぬ朝。
妖夢はいつも通りの時間に起き、いつも通り食事をとり、いつも通り庭師の仕事をするため
広大な西行寺家の庭に出た。
「ぅぅ……。やっぱり、広いなぁ」
そう悪態をつきながら、庭の手入れを始める妖夢。
そして暫く経ったときだった。
屋敷の中から出てきた西行寺家の主、西行寺幽々子が、妖夢に話し掛けてきた。
「ねぇ、妖夢。妖忌を知らないかしら?」
「あっ、幽々子様。いえ、お爺さ……師匠なら、寝所にいると思いますが。どうなさいました?」
「ちょっと出かけようと思って、妖忌に護衛を頼みたいのよ。…でも、ちょっと頼み辛くてねぇ」
「ああ……確かに。では、ちょっと私が行ってきますね」
幽々子は妖忌の事を頼りにしていたが、厳格な妖忌の事を少し苦手としていた。
その事をよく知っていた妖夢は、代わりに自分が頼んでくると幽々子に言い、妖忌の寝所へと向かった。
「師匠、失礼いたします」
そう言い、妖忌の寝所へと入る妖夢。
しかしそこには誰もいない。
あるのは、床に敷いてある布団と、枕元に置かれてある二本の刀だけだった。
「あれ……。お爺様、どこにいっちゃったんだろう? 布団を片付けずに出かけるなんて……」
「ねぇ、妖夢。妖忌はいた?」
幽々子が妖夢の後を追うように、妖忌の寝所へと入ってくる。
「いえ、それが……どうやらいないようです」
「困ったわねぇ……もうそろそろ出てかなきゃいけないんだけど。勝手に外出しちゃうと、妖忌が
何を言うか判らないし。よし、妖夢。あなたが私の護衛をしてちょうだい」
「あっ、はい、判りました!」
「じゃあ、私はちょっと準備してくるから……。もう暫くしたら、私の部屋に来て頂戴ね」
「はい!」
そう言うと、幽々子はゆっくりとした歩調で部屋から出て行った。
妖夢が、部屋に一人取り残される。
ふと、妖夢が視線を枕元に置いてある二本の刀……楼観剣と白楼剣に移した。
じっと、二本の刀を見つめる。
「何でだろう……。この刀が、私を呼んでる気がする……。ぅぅん……?」
そう、誰にいう事なく妖夢が呟く。
…暫しの静寂。
そして、妖夢は何かを決心したように二本の刀に手を伸ばした。
楼観剣を背中に背負い、白楼剣を腰に携える。
二本の刀は、まるで以前から妖夢が扱っていたかのようにしっかりと収まった。
お爺様は一体何処へ行ってしまったんだろう?
その問いの答えを教えてくれる人は、どこにもいない。
「いけない、早くいかないと幽々子様に怒られてしまう。さっさと用意して行かないと!」
そう言うと、妖夢は妖忌の部屋を後にした。
こうして、彼の名刀、楼観剣と白楼剣は妖夢の元へと渡ったのだ。
あれから更に歳月が流れ、この白玉楼にも様々な出来事が起こった。
特に妖夢の中で一番印象に残っている事は、先日起こった幻想郷中の春をかき集めた事だろう。
結局、本来の目的である西行妖を満開にするという目的は達成できなかったものの、その経験は
妖夢を更に成長させる事となった。
妖夢が、手に持つ二本の刀……楼観剣と白楼剣を見つめる。
結局あの後も、妖忌はこの西行寺家に帰ってくることは無かった。
妖夢は思う。きっとこれは、修行の一部なんだろう、と。
自分が早く一人前になり、この二本の刀を自由自在に操れるようになるための、修行の一部なのだと。
きっと一人前になれば、妖忌は自分を認めて帰ってきてくれるに違いない……。
そう、願いたい。
「…さて、早く庭の手入れを済ませて、修行をしないと!」
そう言いながら、今日も妖夢は庭師の仕事に、そして剣の修行に精を出す。
桜の花びらが、まるで妖夢を彩るかのように華麗に舞っては散っていく。
今は亡き魂魄妖忌の意志を受け継ぎ、新たな白玉楼の剣士が、ここに誕生したのだった。
後、こちらの http://th-radio.hp.infoseek.co.jp/memo.html#youki
魂魄妖忌についてのZUN氏の回答を読むと、なおの事グーです。
では、どうぞ。
桜。
桜が咲いた。
この幻想郷に、今年も春が訪れた。
この季節になると、魂魄妖夢は庭に咲いた膨大な量の桜の木の手入れをしながら
いつも思うのだ。
自分の剣の師匠でありお爺様である、魂魄妖忌は一体何処へ行ったのか――と。
魂魄 妖忌。
300年もの長い間、西行寺家の庭師、そして護衛を務めている人物である。
その剣の腕は確かなもので、今まで数々の難敵を打ち破ってきた。
既に外見は老えども剣の腕はいささかの衰えも見せず、二本の刀――楼観剣と白楼剣を携え
この西行寺家の当主、西行寺幽々子を守っている。
彼には、一人の孫がいた。
魂魄妖夢という名の、半人半霊の幼い剣士だ。
彼女には素質は確かにあるものの、まだまだ修行不足は否めない状況で、妖忌の元で修行に励んでいた。
修行、と言っても、妖忌自らが剣を教えるわけではない。
妖忌は頑固爺だったのかどうなのか、自分からはあまり教えようとはしなかったのである。
妖夢はそんな師匠の元で、師匠の剣の技を見、そして盗む形で力をつけていった。
そんな日々が何年も続いた、とある春の日の出来事である。
今年も桜が咲いた。それはもう膨大な量の桜が、である。
ここ、白玉楼にある西行寺家には、二百由旬にも及ぶ広大な庭(西行寺家当主の誇張らしいが)があり、
毎年膨大な量の桜の木が、美しくも儚い花を咲かせるのだ。
妖忌はここ数年、桜の木の手入れはもっぱら孫の妖夢に任せ、自分は護衛に回っていた。
そして妖夢は、今年もこの桜の木の手入れに大忙しだったのだ。
「ぅ~ん……。今年もやってきちゃったのかぁ……」
朝、いつも通りの時間に目を覚まし、いつも通り幽々子を起こし、いつも通り食事をとり、
いつも通り庭師の仕事をするため庭に出た妖夢を待ち構えていたのは、庭一面に咲く桜の木だった。
それを見て、妖夢は今年もいつも通りの溜息を吐く。
この広大な庭の手入れをするのは、並大抵の労力では成し得ない大変な仕事だった。
それに加え、今年も咲いた桜の木。もし一人でこの庭の手入れをしろと言われたら、どんな人でも
溜息の一つは出るだろう。
妖夢は気だるそうな表情を取りながらも、両手に二本の刀を持ち、庭の手入れを始めた。
この二本の刀は、かの有名な名刀、楼観剣(ろうかんけん)と白楼剣(はくろうけん)――ではなく、
何の変哲もない、ごく普通の刀である。
楼観剣と白楼剣は、彼女の師匠である妖忌が常に携えていた。
妖夢は、まだ一度もその刀を使わせてもらった事が無い。それどころか触った事すらなかった。
もし少しでも触ったものなら、すぐさま妖忌のゲンコツが飛んでくるだろう。
まだ幼い妖夢にとって、お爺様である妖忌のゲンコツは何よりも恐いものだった。
その為、妖夢は無銘の二本の刀を使って庭の手入れをしていた。
いつか妖忌に認めてもらい、楼観剣と白楼剣を携え、自分の主である幽々子を立派に護衛する……。
そんな夢を、妖夢は抱いていた。
「……ふぅ」
どれくらい時間が経過しただろうか? 妖夢が手入れをする両手を止め、ゆっくりと溜息をついた。
額には玉のような汗を浮かべている。
庭の手入れをし始めてから数時間が経過した。だが、まだ半分も手入れし終えていない状況だ。
「まだこんなにあるのかぁ……。はぁ……」
妖夢が溜息を吐きながら、辺りをゆっくりと見渡した。
その時だった。妖夢の視界の遥か先に、ある人物が映った。
自分の剣の師匠、魂魄妖忌である。
妖忌は、西行寺家にある自慢の妖怪桜、西行妖の下に立ち、微動だにしない様子でその桜を見つめていた。
(お爺様、一体何をやってるんだろう?)
そんな事を考えながら、妖夢は刀を鞘に収め、妖忌の元へと歩いていった。
「師匠! おはようございます!」
妖夢が、大きくはっきりとした声で妖忌に挨拶をする。
だが、妖忌は妖夢の言葉に答えない。黙ったまま、視線を西行妖に向けているだけだ。
そんな妖忌に特に驚くわけでもなく、妖夢は妖忌の隣に歩を進めた。
そして妖忌につられる形で、視線を西行妖へと向けた。
妖夢にとって、この妖忌の反応はごく当たり前の事だった。
厳格で、物事に厳しい妖忌。妖夢が話しかけても、反応を返す事は殆どない。
妖夢はそんな妖忌の態度を見て、自分はまだまだ認められていないな、と気持ちを改めるのだった。
妖忌の横に立ち、妖忌と同じように西行妖を見つめる。
西行妖の木の枝には、花一つついていない。それどころかつぼみすら見当たらない。
他の桜は満開だと言うのに、この妖怪桜は咲く気配すら見せていなかった。
そんな、枯れていると言っても何の不思議も思わない巨大な桜の木を、じっと見つめる妖夢と妖忌。
ふと、妖夢が視線を妖忌の顔へと向ける。
そこで、妖夢は信じがたいものを見たのだ。
「…師匠?」
いつも眉間にしわを寄せ、厳しい表情をしている妖忌の表情が崩れているのだ。
妖夢にとって、驚くべき事だった。そもそも、妖忌が厳しい顔以外の表情をとっている妖忌は、
今まで数えるくらいしか見た事がないのだから。
さらに驚いたのは、その妖忌が『悲しげな表情』をしているという事だった。
「…師匠、どうなさいました?」
「……」
妖忌は答えない。ただ、じっと西行妖に見入るだけだ。
…暫しの間、不思議な沈黙が辺りを支配した。
暖かい風が、妖夢の髪を、そして頬を撫でていった。
「…妖夢よ」
「はっ、はぃ!?」
突然妖忌が口を開き、驚きの余りうわずった声で返事をする。
しまったという表情を浮かべる妖夢。
いつもならば、その瞬間に一喝でも飛んでくるだろうが、今日の妖忌はいつもとは少し違う様子だった。
視線を西行妖に向けたまま、妖忌がゆっくりと話し出す。
「生きる、とはどういう事だ?」
「…はっ? えっと、どういう事、といいますと……」
突拍子も無い妖忌の問いに、妖夢は困惑の表情を浮かべる。
しかしそんな妖夢に気にも止めない様子で、妖忌は再び口を開いた。
「今までの間、数多くの『死』を見てきた。死人(しびと)が集う白玉楼なのだから当然と言えば当然だが。
…死というものはあまりにも大きい。今まで培ってきたもの全てを失い、無へと帰す。全てが消滅する。
ならば、何故我々は生きるのだ?」
「……」
「今まで必死となり、積み重ねてきた物が全て失われるとなれば、生きる事は全く無駄だ、という事になる。
なのに、誰一人として生きる事を無駄だと思う者はいない。一体何故だ?」
妖忌の問いの意味が判らず、妖夢は困惑する。
「…ぇっと。申し訳ありません師匠……。私には判りかねます」
「…ふふ、そうであろうな。私にも辿り付けなかった答えだ。お前が答えられぬのも無理はなかろう」
「師匠?」
「…もしあの頃に戻れるならば……。幽々子嬢に、一言詫びたかったのだが」
「……?」
妖忌が自嘲気味た笑いを浮かべる。
その、いつもと違う妖忌の様子に妖夢は更に困惑した。
そのため、妖夢は『辿り付けなかった』という言葉に注意する事ができなかったのである。
妖忌が視線を下げ、妖夢の方へと向き直った。
何時の間にか妖忌の表情は、いつも通りの厳格なそれへと変わっていた。
妖夢がそんな師匠の様子を見て、安堵の胸を撫で下ろす。
そして妖忌が、真剣な眼差しで妖夢の目を見て言った。
「妖夢よ。お前が守る主とは誰だ?」
「…西行寺幽々子様です」
妖忌の問いに妖夢がはっきりとした声で答える。
妖忌と同じように、真剣な眼差しで。その瞳には迷いの欠片すら見当たらない。
「剣の道を極めるとは、どういう事だ?」
「己の迷いを断つ事です」
暫しの間、互いの瞳を見詰め合う師匠とその弟子。
…どれぐらいの時が流れただろう。一分? 十分? あるいはそれ以上なのか。
突然妖忌が、背に背負った長刀『楼観剣』と、腰に携えた短刀『白楼剣』を構えた。
楼観剣の切っ先を、妖夢に向ける。
「おじいっ……師匠!?」
「妖夢よ、己の全ての力をもって、私に斬りかかってこい」
「しっ……しかし!」
「相手が私だと、剣を振るえぬと言うのか?」
「はっ……はい……」
「妖夢よ、お前は先程何と言った? その言葉、もう一度言ってみよ!」
「……剣の道を極める事……は、己の迷いを断つ事……」
「そうだ、その通り。妖夢よ、ここで剣を降ろせば、それは即ち敗北を意味する。
そんな腑抜けな弟子など、私は持った記憶など無い!」
「……ッ!」
その言葉を聞いて、妖夢が持っている二本の刀を構える。
妖忌が取る構えと全く同じ構えを妖夢がとり、距離を置く。
だが、完全には真似しきれていないのか、まだ未熟なためか。全く隙が無い妖忌と比べ、妖夢の構えは
妖忌と同じ筈なのに、隙があらゆる所に垣間見えた。
…暫しの沈黙。
そして、妖夢が師匠である妖忌に向かって駆け出していった。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
手に持つ無銘の刀を、渾身の力をもって振りかざす。
素人には到底追いつけない程の早さで斬撃を繰り出す妖夢。
だかそんな妖夢の太刀を、妖忌は軽々と受け止めてみせた。
刀と刀が互いにぶつかり合い、紅い火花を散らす。
「でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいッ!!」
己に喝を入れるかのように、咆哮を上げながら太刀を振るう妖夢。
そして、無言、かつ最低限度の動きで、その太刀を受け止める妖忌。
何十回、何百回、何千回、何万回……。
空気を切り裂く音と、金属が互いにぶつかる音が辺りに木霊する。
やがて、このままではラチがあかないと思ったのか、妖夢が突然妖忌と距離を取った。
そして、先程とは全く違う構えを取る。
「ふぅ~………ッ」
「……ふんッ」
妖夢が、大きく息を吸う……。
妖忌が、妖夢と同じ構えを取る。
そして、二人同時に叫んだ。
「「二百由旬の一閃ッ!!」」
空気さえ止まったように思える、その一瞬。
二人の刀が、再び重なり合った。
キィィィィィィィィィィィンッ!!
耳をつんざくような、金属を叩きつけたような甲高い音がしたかと思うと、次の瞬間、妖夢は
妖忌の太刀の衝撃を受け、少し離れた場所に吹っ飛んでしまった。
「うわっ!!」
地面に強かに体を打ちつけ、痛みに顔を歪める妖夢。
持っている刀は、先程の衝撃で二本とも折れてしまっていた。
「いたたたた……あッ!!」
「遅い」
慌てて立ち上がろうとする妖夢だったが、既に目の前には妖忌が立っていた。
刀の切っ先を、妖夢の喉に当てる。
金属の感触が、喉の皮膚を伝って感じられた。
思わず息を飲む妖夢。
「痛みに顔をしかめる暇があったら、直ぐに立ち上がれ。敵は待っていてはくれんぞ」
「もっ……申し訳ありません……」
妖忌が、刀を鞘に収めながらそう言った。
妖夢も慌てて立ち上がり、刀を鞘に収めようとする……が、その刀は既に使い物にならなくなっていた。
「まだまだ、修行が足りんようだな。妖夢よ」
「…はい」
「だが……」
「…?」
妖忌が、満足そうに頭を縦に振ると、妖夢にこう言った。
「お主の太刀筋は悪くは無い。もっと修行すれば、更に磨きがかかるだろう」
「――!」
その言葉を聞いて、妖夢が驚愕に満ちた表情を取った。
それもそのはず、妖忌が妖夢の剣の腕を誉めるなど、今まで一度足りとも無かったのだから。
突然の事に喜んでいいのかどうなのか判らず、困惑に満ちた表情を浮かべる。
そんな妖夢を見て、妖忌が少しだけ笑った。
その後、妖忌は妖夢の修行に付き合い、徹底的に指導を行った。
妖夢の太刀筋を一つ一つ見ては、厳しい言葉を投げかける妖忌。
だが妖夢にとってみれば、今まで何の指導もしてはくれなかった事に比べると、むしろ妖忌の言葉は
とても有り難いものだった。
真剣に妖忌の言葉に耳を傾け、剣を振るう妖夢。
……そして時間が経ち、いつしか辺りには闇が覆い始めた。
「有難う御座いました! 師匠!」
ひとしきり修行を終え、妖夢は剣の師匠である妖忌に深々と頭を下げると、その場から去っていった。
恐らく、妖夢はまだ修行を続ける気なのであろうな……そう、妖忌は感じ取った。
喜々として妖忌の言葉に耳を傾け、真剣に剣を振るう妖夢……。
そんな、真面目な弟子を持った事に、妖忌はとても満足していた。
「全く、良い弟子を授かったものよ。そう思うであろう? 隙間の主よ」
「全く、本当ですね」
妖忌の後ろには、一体いつからそこにいたのか、八雲紫が立っていた。
いつもと変わらない、何を考えているのかまるで掴めないような表情で、妖忌の背中を見る。
妖忌は振り返ることなく言った。
「妖夢なら、きっと近い将来、立派な剣士になるであろうな。その姿が見られず残念だ」
「…もう、そんな時間(とき)なのですか」
「どうやらそのようだ。よる年波には勝てぬと言ったところか……」
そう言うと、妖忌は自嘲に満ちた笑みを浮かべた。
そんな妖忌を見て、紫が複雑な表情を浮かべる。
「あなたのような逸材を失うのは、本当に惜しいですわね」
「そなたにそう言われるとは。…以外だな」
「あら、これは本心ですわ。深い意味はありませんから。勘違いなさらないでくださいな」
「勘違いなどしておらぬぞ。素直にその言葉を受け止めている」
「ならいいんですが……。それより、あなたは答えを見つけましたか?」
「うむ?」
「あなたが常に考えていらっしゃった、『生きる意味』という問いに対する答えを」
「ふむ……。ふふふ、さて、どうであろうな。これは私の胸の中にしまっておこうか」
「出し惜しみ? 別にいいんですけど……」
「この問いの答えは、各人各々が見つけるものだ。他人に聞いて判るような事ではない。
それより、隙間の主よ」
「…はい?」
「幽々子嬢の事、よろしくお願いいたす。…あの、西行妖の事を知っているのは、もはや貴女だけと
なってしまった」
「…判りました。出来る限りの事はいたしますわ」
「そう言って頂けると有り難い。さて、そろそろ床に入るとするか……」
そう言うと、妖忌はゆっくりとした足取りで屋敷へと向かって歩いていった。
紫が、その姿をじっと見送る。
「…さようなら。魂魄妖忌」
紫が、誰にいう事なくそう呟いた。
風が、紫の前を吹き抜けていく。
そして、風が通り過ぎ去った後。
すでにそこには、紫の姿は無かった。
妖忌の寝所。
妖忌は二本の名刀を枕元に置き、ゆっくりとした動作で布団の中に入った。
小さく、溜息をつく。
暫し、天井を見上げる妖忌。一体何を考えているのか、それは当の本人にしか判らない。
…やがて。
魂魄妖忌は、ゆっくりと瞳を閉じ……そして眠りについた。
朝。
いつもと変わらぬ朝。
妖夢はいつも通りの時間に起き、いつも通り食事をとり、いつも通り庭師の仕事をするため
広大な西行寺家の庭に出た。
「ぅぅ……。やっぱり、広いなぁ」
そう悪態をつきながら、庭の手入れを始める妖夢。
そして暫く経ったときだった。
屋敷の中から出てきた西行寺家の主、西行寺幽々子が、妖夢に話し掛けてきた。
「ねぇ、妖夢。妖忌を知らないかしら?」
「あっ、幽々子様。いえ、お爺さ……師匠なら、寝所にいると思いますが。どうなさいました?」
「ちょっと出かけようと思って、妖忌に護衛を頼みたいのよ。…でも、ちょっと頼み辛くてねぇ」
「ああ……確かに。では、ちょっと私が行ってきますね」
幽々子は妖忌の事を頼りにしていたが、厳格な妖忌の事を少し苦手としていた。
その事をよく知っていた妖夢は、代わりに自分が頼んでくると幽々子に言い、妖忌の寝所へと向かった。
「師匠、失礼いたします」
そう言い、妖忌の寝所へと入る妖夢。
しかしそこには誰もいない。
あるのは、床に敷いてある布団と、枕元に置かれてある二本の刀だけだった。
「あれ……。お爺様、どこにいっちゃったんだろう? 布団を片付けずに出かけるなんて……」
「ねぇ、妖夢。妖忌はいた?」
幽々子が妖夢の後を追うように、妖忌の寝所へと入ってくる。
「いえ、それが……どうやらいないようです」
「困ったわねぇ……もうそろそろ出てかなきゃいけないんだけど。勝手に外出しちゃうと、妖忌が
何を言うか判らないし。よし、妖夢。あなたが私の護衛をしてちょうだい」
「あっ、はい、判りました!」
「じゃあ、私はちょっと準備してくるから……。もう暫くしたら、私の部屋に来て頂戴ね」
「はい!」
そう言うと、幽々子はゆっくりとした歩調で部屋から出て行った。
妖夢が、部屋に一人取り残される。
ふと、妖夢が視線を枕元に置いてある二本の刀……楼観剣と白楼剣に移した。
じっと、二本の刀を見つめる。
「何でだろう……。この刀が、私を呼んでる気がする……。ぅぅん……?」
そう、誰にいう事なく妖夢が呟く。
…暫しの静寂。
そして、妖夢は何かを決心したように二本の刀に手を伸ばした。
楼観剣を背中に背負い、白楼剣を腰に携える。
二本の刀は、まるで以前から妖夢が扱っていたかのようにしっかりと収まった。
お爺様は一体何処へ行ってしまったんだろう?
その問いの答えを教えてくれる人は、どこにもいない。
「いけない、早くいかないと幽々子様に怒られてしまう。さっさと用意して行かないと!」
そう言うと、妖夢は妖忌の部屋を後にした。
こうして、彼の名刀、楼観剣と白楼剣は妖夢の元へと渡ったのだ。
あれから更に歳月が流れ、この白玉楼にも様々な出来事が起こった。
特に妖夢の中で一番印象に残っている事は、先日起こった幻想郷中の春をかき集めた事だろう。
結局、本来の目的である西行妖を満開にするという目的は達成できなかったものの、その経験は
妖夢を更に成長させる事となった。
妖夢が、手に持つ二本の刀……楼観剣と白楼剣を見つめる。
結局あの後も、妖忌はこの西行寺家に帰ってくることは無かった。
妖夢は思う。きっとこれは、修行の一部なんだろう、と。
自分が早く一人前になり、この二本の刀を自由自在に操れるようになるための、修行の一部なのだと。
きっと一人前になれば、妖忌は自分を認めて帰ってきてくれるに違いない……。
そう、願いたい。
「…さて、早く庭の手入れを済ませて、修行をしないと!」
そう言いながら、今日も妖夢は庭師の仕事に、そして剣の修行に精を出す。
桜の花びらが、まるで妖夢を彩るかのように華麗に舞っては散っていく。
今は亡き魂魄妖忌の意志を受け継ぎ、新たな白玉楼の剣士が、ここに誕生したのだった。
紫との会話と、二百由旬の一閃を撃ち合うくだりがたまりません。