博麗大結界で閉じられた幻想郷の中で、更に桜花結界で閉じられた白玉楼は、死者の領域である。
だが、その主と従者の生活ぶりは生者と殆ど変わる事はなく、漂う陰気さえなければ冥界であるとは信じられぬものであった。
さて、その白玉楼の居間で、楼主の西行寺幽々子と庭師にして護衛の魂魄妖夢は茶をすすっていた。
楼主が使うにしてはあまりに質素……というよりは貧乏臭いちゃぶ台を囲みながら、彼女達はとりとめもない話に興じているのだった。
「ねぇ妖夢」
「何でしょうか、幽々子様」
「私って、やっぱりカリスマがないのかしら?」
茶を飲み下そうとした妖夢は思わず絶句し、半瞬の後に思いっきり咳き込む事となった。
幽々子に背中をさすられながら、半分機能している気管からお茶を追放すると、妖夢は猛然と、しかししどろもどろで反撃を開始した。
「な、な、ななな、何をみょんな事をおっしゃるんですか! 幽々子様は白玉楼の楼主として、それは立派な」
「隠さなくてもいいのよ、妖夢。 あなたの先代の妖忌みたいな事は、私には無理ですもの……」
頭を垂れ、しゅんと落ち込む幽々子。
普段マイペースだけあって、はっきり言って始末が悪い。
まぁ、根が正直な妖夢としては、こうなると幽々子の話に付き合わなければならないわけで。
自分の度し難さに、妖夢は内心ため息をついた。
「ほ、ほら! 別に師匠の真似をしなくても、幽々子様には幽々子様なりのやり方がありますよ」
両手をぶんぶんと振りながら、応える。
だが、その言葉が暗に幽々子の言葉を肯定してしまった事に、妖夢は気づかない。
幽々子も何も言わないまま――妖夢の言葉の意味を理解しているかどうかは定かではないが――話は更にスピードアップ。
主の上目遣いの視線が、従者に突き刺さる。
そして、それは致命傷を与えるには十分なものであった……。
「それじゃぁ……どうやったらカリスマが身につくか、妖夢も一緒に考えてくれるかしら?」
「勿論です! そうですね、まずは……」
結局、幽々子には逆らえない妖夢なのだった。
「おーい、幽々子いるか~?」
今日も今日とて、古書典籍目当てで白玉楼を訪れていた霧雨魔理沙は、主の不在に首を捻っていた。
幽々子が白玉楼を空ける事自体は珍しくないが、それにしては庭師の妖夢までもがいないのが解せない。
彼女は、庭の剪定や掃除などで白玉楼に留まっている事が多いからだ。
……任された仕事が多すぎて、白玉楼を出られないとも言う。
「しかも、楼内の明かりを全部消してるし……何やってるんだ、あいつら?」
言葉と同時に、床の小さな段差にけつまずく。
魔理沙の言う通り、白玉楼の内部はルーミアでも呼んできたんじゃないかというくらいの暗闇に包まれていた。
そこには一切の光の侵入も拒絶されており、古人が言うように鼻をつままれても分からないに違いない。
一度出直そうかと、魔理沙が考え始めたその時。
彼女の周囲を覆う闇が碧の光に切り裂かれた。
その光は収束してレーザー状になり、床のある一点を基点にして四方八方に伸びていく。
魔理沙が気がつくと床は煙に覆われており、レーザーの色を照り返して碧色に輝いていた。
「何だ!?」
その煙を裂いて、床から「何か」がせりあがってくる。
煙の衣をいまだ脱ぎ捨てぬまま、それはゆっくりと身を起こそうとしていた。
と、レーザーがその「何か」の背後を照らすような配置に変わった。
光の筋はゆっくりと揺れ動きながら、生まれ出でようとするそれを照らし出す。
その様は、まるで神の栄光を表す後光のようにも見える。
その全貌は未だ窺い知れないが、巨大なものである事は間違いないだろう。
スペルカードを取り出し、身構える魔理沙。
だが、その時。
暗闇とレーザーで二分割された楼内に、魔理沙にとって聞き覚えのある声が響き渡った。
「歌は世につれ世は歌につれ……あ、ごめんなさい原稿間違いました」
カードを構えたまま、思わず斜め45度に傾く魔理沙。
あの何処となく恥ずかしそうな声は……間違いない、庭師の妖夢だ。
と言う事は……。
「亡霊集う白玉楼に、咲くは桜の花一輪。艱難辛苦を乗り越えて、舞ってみせます最後まで!
それではお出ましいただきましょう、西行寺幽々子様です!」
妖夢のナレーション(?)が終わる。
と同時に、床から現れた「何か」はついに煙を破り、その全貌をあらわにしていた。
それは、まさに電飾だった。
……と言うしかないくらい、電飾(実際は電飾代わりの鬼火なのだが)で飾り付けられていた。
紫を基調にした、巨大な扇形のそれに施された細工模様。
その模様に沿って、鬼火たちが色とりどりの光を発す。ついでに縁にも多数の鬼火。
まぁ、ありていに言えば、それは幽々子の巨大扇だったのだが。
それが鬼火で飾り付けられて、キラキラとカーニバルの山車みたいに輝いているのはどう言うことなのか。
更に、それを背負う幽々子の方はと言えば、いつもの桜をあしらったワンピースではなく、着ているのは銀ラメのド派手なドレス。
これにも鬼火の装飾が施されており、もう派手を通り越してケバケバしい。
その傍らの妖夢は……恥ずかしそうにしていた。
「……」
魔理沙は、呆然とするばかり。
まぁ、探していた相手がこんな正気を疑うような格好で登場すれば、誰でも呆然とするだろうが。
「ふふふ、溜めと電飾でカリスマを演出する作戦は成功したみたいね」
「何か違うような気がするんだけどなぁ……」
やたら盛り上がる幽々子と、首を捻る妖夢。
対照的な態度の原因は常識の水準なのか、それとも頭の春度なのか。
……まぁ、どっちにしろロクなものではなさそうである。
ぱちぱちぱち。
突如楼内に響いた拍手の音に、幽々子と妖夢の主従はようやく忘我の境地から回復し、向き直った。
その主は、満面の笑みを浮かべた魔理沙であった。
「あら、魔理沙じゃない。そう言えばまだいたのね」
「いくら何でも、これの対象を忘れるのはどうかと思います、幽々子様……」
ケバい巨大扇を叩きながら、妖夢。
そのやり取りはしっかり聞こえていたが、魔理沙はとりあえず聞こえなかった振りをした。
「いや~、本当にびっくりしたぜ。まさかあの幽々子お嬢様がここまでのカリスマを出してくるとは思わなかったんでな」
「そ、そう? 本当にそう思う?」
「勿論だぜ。正直、これがあの幽々子かと見違えたしな」
「うふふふふ~」
魔理沙のおだては効果てきめんであった。
幽々子の笑みは満面、おまけに目尻は下がりっぱなし。
正直、見ていられない。
と言うか、そんなに自分のカリスマ欠如が気になってたのか。
(今のこの顔、百科事典の「舞い上がる」の項目に載せてもいいくらいだな)
(舞い上がって浮かれてる状態の総天然色見本ですよ、幽々子様……)
立場は違えど、同じような事を魔理沙と妖夢が考えたのも、頷ける話ではある。
「けどなぁ……」
と、ここで急にテンションを落とす魔理沙。
針が振り切れる寸前まで舞い上がっていた幽々子も、流石に引きずられてそのボルテージを落とすに至った。
4つのいぶかしげな瞳が、魔理沙に向けられる。
「いやな、私は素直だから幽々子のカリスマにも感心したけどさ。
あの万年常春の霊夢とかにはカリスマがまだ足りないんじゃないかって思うんだよ」
このふてぶてしい黒い魔女から発せられたとは信じられないくらいの、深刻な響き。
天上にまで舞い上がった幽々子のテンションは急降下し、妖夢ですらもその声には不安を誘われるのだった。
堕ちてきたテンションに押されるかのように、幽々子の頭がかくりと下がる。
よく見ると、細かく震えていたりもする。
「こ、ここまでやったのに、まだ足りないなんて……」
「ゆ、幽々子様っ、お気を確かにっ!
……魔理沙っ、幽々子様のカリスマを今以上に上げるにはどうしたらいいのっ!?」
もはや妖夢の頭からは先程の疑念は吹き飛んでいた。
結局、妖夢最大の弱点は幽々子に他ならず、幽々子がこうなってしまうと、一切の思考が停止してしまうのだ。
たとえ広大無比な庭掃除をさせられていても、戸棚のおやつを幽々子に食べられても、幽々子のためなら二百由旬の彼方からでも駆けつける。
それは、骨の髄まで――いや、霊体の方に骨はないと思うが――従者魂のしみ込んだ妖夢の業であった。
そして、魔理沙はその状態を見やると、心の中で指を鳴らして快哉を叫んだ。
これで、この亡霊主従に最高のプレゼントをしてやれるってもんだ。
しかし、そんな事はおくびにも出さず、腕を組んで考え込む魔理沙。
「そうだな……。お、お前たちは演出でカリスマを強化したんだから、その演出を更に強化すればカリスマはきっと上がるぜ」
「本当っ!?」
「あぁ、間違いないぜ。何だったら私も手伝ってやるよ」
妙に自信たっぷりの魔理沙に、心動かされる幽々子と妖夢。
何せ、紅魔館や白玉楼の古書典籍に通じている魔理沙であるから、亡霊主従には思いもよらないような、演出の奥義を知っているのかもしれない。
そして、ここまででアイデアのほぼ全てを使い切っていた幽々子たちにとっては、この魔理沙の申し出はまさに渡りに船であった。
「是非!お願いするわ!」
「えぇ!是非!」
妙に気合と期待の入りまくる主従。
幽々子などは、胸の前で両手をぎゅっと握り締めていたりする。
だからだろうか。
魔理沙が一瞬皮肉な笑みを浮かべた事に、両者とも気づかなかった。
と言うわけで。
魔理沙の演出による、幽々子カリスマ強化作戦が開始された。
「よーし、それじゃ早速やろうか。
とりあえず、登場までの演出が弱いから、そっちをド派手に強化しようと思うんだが」
「えぇ、それでいいわよ」
「お願いするわ」
そう言うと、再び巨大扇を背負う幽々子。
だが、幽々子本人を固定するベルトが、どうしても締めきれない。
「あらららら……妖夢、ちょっと手伝ってくれるかしら?」
「はい、只今!」
どうも、バックル部分にベルト本体が変な具合に巻き込まれてしまっており、それが引っかかっているようであった。
元に戻すためには、一度巻き込まれた部分を引き出す必要がある。
それの作業を行いながら、妖夢はふと、ちらりと魔理沙の方に視線を向けた。
そして、見てしまった。
魔理沙が一枚の呪符……スペルカードを取り出すのを。
「ち、ちょっと! 何してるのよ!」
妖夢の静止もあらばこそ。
一切の躊躇もなく、魔理沙はスペルカードを振りかざした。
今や隠す必要もなくなった皮肉な笑みを浮かべて。
「ド派手にするって言っただろ?」
「だからって、そんな物騒な演出は望んでないっ!!」
「いや、そっちは別にまんざらでもないみたいだが」
魔理沙の指の先には……。
「スペルカードで花火ってのも乙かもしれないわね~」
「幽々子さまぁぁぁぁぁっ!?」
「それじゃ派手な花火を上げてやるぜっ! 魔符『ミルキーウェイ』っ!!」
スペルカードを中心に虚空に魔法陣が描かれ、そこから怒涛の如き星屑の群れが飛び出した!
その勢いと密度はまさに凶悪無比であったが、そこは白玉楼の楼主とその護衛。
スペルカード級の攻撃とは言えども、十分に防御も回避も可能であった……普段なら。
だが。
巨大扇を背負っていた幽々子や、それを手伝っていた妖夢に防御や回避などをする暇も余裕もあるわけはなく。
「ばいばいき~んって、一度言ってみたかったのよねぇぇぇぇぇぇっ~♪」
「マイペース過ぎます幽々子様ぁぁぁぁぁぁ~っ!!」
幽々子と妖夢は天へ昇る星たちの奔流に運ばれ、二百由旬の彼方にまですっ飛んでいったのだった……。
で、その元凶はと言うと。
「あー、すっきりした。……って、すっきりしたら腹まで減ってきたな。
んじゃ、霊夢のところにでも押しかけるとするか~♪」
とすっきりした笑みを浮かべ、霊夢の夕食を想像しつつ白玉楼を後にするのだった。
……だが、その笑みも博麗神社の社務所に突き刺さった扇を目にするまでの、儚いものなのだが。
「博麗神社よ、私は帰ってきましたよ~」
「幽々子様ぁ~、そのカリスマは真似されない方が良いのでは~」
「魔理沙ぁ、覚悟してなさいよ~!」
<了>