彼女がトランペッターな訳-First Ensemble-
大きなテーブルの片隅にレイラは腰掛けていた。
年代ものの立派なテーブルの上には豪華なテーブルクロスが掛けられており、部屋の内装も立派なもので
大きな暖炉が一つあり。レンガ造りの壁には天使達が集まり演奏会をしている様を描いた絵が飾られている。
レイラはこの絵を見るのが好きだった。美しい彼女達が奏でる音楽はきっと素敵なものに違いない。と思っていた。
それをお父さんに話したら、朗らかに笑ってくれた。
お母さんに話したら「聞いた人はきっと幸せになれるわ」と答えてくれた。
一番目のルナサ姉さんに話したら、「いつか聞けると良いね」と言ってくれた。
二番目のメルラン姉さんに話したら、「いい子にしてたらきっと天使さん達がやってきてくれるわ」と教えてくれた。
三番目のリリカ姉さんに話したら、「どんな演奏だろうね」と一緒に話した。
ある日、レイラは居間にあるお父さんが大事にしていた花瓶を割ってしまった。
どうしよう…。怒られる。
レイラがそう思ったとき二番目の姉-メルランがやって来た。
「どうしたの?」
レイラは肩をビクッと震わせ、次に涙目になった。メルランはその場の惨状を見て尋ねた。
「お父さんの大事な花瓶を割っちゃったの」
レイラは頷いた。
「お父さんに謝らないといけないわ」
その言葉でレイラの瞳から涙が溢れ出し、声をあげて泣き始めた。
メルランはどうしたものかと悩み、周りを見回すと、ある物が目につき、ついで閃いた。
それを取りに歩きだした。
レイラは不意に立ち去った姉を不安げに視線で追った。ひょっとしてお父さんに言い
付けようとしてるのかも。と思ったのだ。
しかしメルランはすぐに帰ってきた。そしてその手には昔お父さんが使っていたトランペットが
握られていた。
「レイラはこれが好きだったよね」
そう言うとメルランはトランペットに口を当て鳴らそうとした。
でも出てきたのはスーっと間抜けな息が漏れただけだった。メルランは首を傾げると、今度は思い
っきり息を吸ってから吹いた。だが、空しく空気が漏れる音がするだけだった。
こんなはずじゃなかったのにな。とメルランが困っていると。
「ふふ、お姉ちゃんへたくそー」
レイラの泣いていた顔は、いつのまにか笑顔になっていた。その様子を見てメルランは
「今回は調子が悪かったのよ」
と言って笑い返した。結果として彼女の目論見は成功したのだ。
レイラに笑顔が戻ればそれで良かったのだから。
そんな和やかな日々が続いていた。
けど、それは突然終わりを告げた。
事故でお父さんとお母さんが居なくなってから。
しばらくは使用人さん達が世話をしてくれたけど、それも屋敷が買い取られるまでの話だった。
今日の昼下がりお姉ちゃん達はそれぞれ別々の使用人さんの家に引き取られていった。
レイラは無理を言って、もう少しだけこの屋敷に居させて。と無理を言ったのだった。
彼女の引き取り手だったおばさんも、レイラに同情したのか。
「朝になったら迎えに来るから、それまでの間だけよ」
と許してくれたのだった。
自分以外誰も居なくなったこの屋敷でレイラは一人絵を見上げていた。
そして…昨夜のことを思い出していた。
昨日みんなでこの家で過ごした最後の夜
夜中、レイラは食堂に呼ばれると、姉さん達が集まってました。
一番目のルナサ姉さんが言いました。
「本当はレイラの誕生日に演奏しようって事になってたんだけど」
二番目のメルラン姉さんが言いました。
「もう会えないかもしれないし、この家とも最後だから…ね」
三番目のリリカ姉さんが言いました。
「天使さん達よりは下手だけど、頑張って練習したから」
ルナサが目で合図をすると、彼女達はそれぞれの楽器を弾き始めた。
一番目のルナサ姉さんはバイオリンを
2番目のメルラン姉さんはトランペットを
3番目のリリカ姉さんはアコーディオンを
(メルラン姉さん…トランペット吹ける様になったんだ)
あの時は音すら出せなかったトランペット。今彼女はそれを使い立派に演奏していた。
姉さん達の合奏は、お世辞にもうまいものではなかったけれど、レイラにとっては今までに聞いた
どんな音楽よりも素晴らしいものだった。
誰も居なくなった食堂で、レイラは一人演奏会の絵を見上げている。
白亜の服を着た天使達がそれぞれ思い思いの楽器を手に持ち演奏している。
(あの時の姉さん達…本当に天使みたいだったな…)
瞼を閉じると、今もあの時の光景が目に浮かぶ。
影で努力を惜しまず面倒見も良かったルナサ姉さん。
いつも笑顔を絶やさないメルラン姉さん。
器用に色んなことをこなして見ては皆を笑わせていたリリカ姉さん。
(また…会いたいな。姉さん達に……)
いつの間にかレイラの頬は涙で濡れていた。自分でも気付かない間に。
(一緒に居たいよ。今まで見たいに…ずっと)
レイラは絵の中にいる天使達に言った。
「私…姉さん達とずっと一緒に居たいよ。今まで見たいにずっと…」
夜の静寂に彼女の消え入るような声が溶け込んでいく。
「また、またここで…みんなの演奏を聞きたいよ…ずっとずっと聞いていたよ!!」
レイラの頬からポタポタと涙が零れ落ちる。
答えてくれる相手は居ない。ただ夜の静寂だけがレイラを無慈悲に包んでいた。
「これって…ぜいたくですか? 考えちゃいけないことですか?」
「そんなことは……無いのよ」
「え?」
閉め忘れていたのか、ふわっとカーテンが風になびいた。暖かい風がレイラの髪を優しく撫でる。
が、すぐにレイラはそれが風ではなく人の手であると気付いた。
振り返るとそこにはメルラン姉さんが立っていた。いつものように優しそうな笑みを浮かべ、レイラの髪を撫でていた。
「え?」
「ねぇ」
戸惑うレイラの髪を撫で続けながらメルラン姉さんは言いました。
「私達に何かして欲しいことはあるかしら?」
いつの間にかメルランの横にルナサとリリカも立っていた。
「えっと…その」
「どうしたの? ちゃんと言ってごらんなさい。聞いてあげるから」
やさしい笑顔でメルラン姉さんが言いました。
「あの…ね。私、姉さん達とずっと一緒に居たいの。ずっと姉さん達の演奏を聞いていたいの」
「そう…じゃあ、どんな楽器で演奏してほしいの?」
「えっとね…メルラン姉さんには……」
レイラは果たして気付いただろうか。絵の中から天使立ちが3人分だけ抜け出ていた事に。しかし今の彼女にとってそれは
些細な事だった。
彼女の願いは叶ったのだから。
「わかったわ。それじゃはじめようか」
「ふふ、うまくできるといいわね」
「よーっし、それじゃ、1・2・3♪」
彼女達は宙に浮くとそれぞれ各々の楽器を演奏し始めた。お互い息が合っているようで、好き勝手演奏しているような、
無茶苦茶な旋律。だけどそれは不思議と一つの合奏になっていた。
このまま夜が明けなければいいのに、レイラはそんな事を思った。朝が来たら魔法が解けてしまう。そんな気がしたからだ。
朝になると、この屋敷を買い取った人がやって来る。
そうなったら彼女はここを出て行かなければならない。
だけど…。まだ朝には遠い。この部屋は彼女達の舞台。
「すごいすごい、お姉ちゃん達すごいよ」
「中々面白いものね…こういうのも」
「そうかしら?すごく普通じゃない?」
「じゃ、次はもっと違うのを引いてみる?」
夜の演奏会は、まだはじまったばかりなのだから。
彼女がトランペッターな訳-First Ensemble-
-END-
大きなテーブルの片隅にレイラは腰掛けていた。
年代ものの立派なテーブルの上には豪華なテーブルクロスが掛けられており、部屋の内装も立派なもので
大きな暖炉が一つあり。レンガ造りの壁には天使達が集まり演奏会をしている様を描いた絵が飾られている。
レイラはこの絵を見るのが好きだった。美しい彼女達が奏でる音楽はきっと素敵なものに違いない。と思っていた。
それをお父さんに話したら、朗らかに笑ってくれた。
お母さんに話したら「聞いた人はきっと幸せになれるわ」と答えてくれた。
一番目のルナサ姉さんに話したら、「いつか聞けると良いね」と言ってくれた。
二番目のメルラン姉さんに話したら、「いい子にしてたらきっと天使さん達がやってきてくれるわ」と教えてくれた。
三番目のリリカ姉さんに話したら、「どんな演奏だろうね」と一緒に話した。
ある日、レイラは居間にあるお父さんが大事にしていた花瓶を割ってしまった。
どうしよう…。怒られる。
レイラがそう思ったとき二番目の姉-メルランがやって来た。
「どうしたの?」
レイラは肩をビクッと震わせ、次に涙目になった。メルランはその場の惨状を見て尋ねた。
「お父さんの大事な花瓶を割っちゃったの」
レイラは頷いた。
「お父さんに謝らないといけないわ」
その言葉でレイラの瞳から涙が溢れ出し、声をあげて泣き始めた。
メルランはどうしたものかと悩み、周りを見回すと、ある物が目につき、ついで閃いた。
それを取りに歩きだした。
レイラは不意に立ち去った姉を不安げに視線で追った。ひょっとしてお父さんに言い
付けようとしてるのかも。と思ったのだ。
しかしメルランはすぐに帰ってきた。そしてその手には昔お父さんが使っていたトランペットが
握られていた。
「レイラはこれが好きだったよね」
そう言うとメルランはトランペットに口を当て鳴らそうとした。
でも出てきたのはスーっと間抜けな息が漏れただけだった。メルランは首を傾げると、今度は思い
っきり息を吸ってから吹いた。だが、空しく空気が漏れる音がするだけだった。
こんなはずじゃなかったのにな。とメルランが困っていると。
「ふふ、お姉ちゃんへたくそー」
レイラの泣いていた顔は、いつのまにか笑顔になっていた。その様子を見てメルランは
「今回は調子が悪かったのよ」
と言って笑い返した。結果として彼女の目論見は成功したのだ。
レイラに笑顔が戻ればそれで良かったのだから。
そんな和やかな日々が続いていた。
けど、それは突然終わりを告げた。
事故でお父さんとお母さんが居なくなってから。
しばらくは使用人さん達が世話をしてくれたけど、それも屋敷が買い取られるまでの話だった。
今日の昼下がりお姉ちゃん達はそれぞれ別々の使用人さんの家に引き取られていった。
レイラは無理を言って、もう少しだけこの屋敷に居させて。と無理を言ったのだった。
彼女の引き取り手だったおばさんも、レイラに同情したのか。
「朝になったら迎えに来るから、それまでの間だけよ」
と許してくれたのだった。
自分以外誰も居なくなったこの屋敷でレイラは一人絵を見上げていた。
そして…昨夜のことを思い出していた。
昨日みんなでこの家で過ごした最後の夜
夜中、レイラは食堂に呼ばれると、姉さん達が集まってました。
一番目のルナサ姉さんが言いました。
「本当はレイラの誕生日に演奏しようって事になってたんだけど」
二番目のメルラン姉さんが言いました。
「もう会えないかもしれないし、この家とも最後だから…ね」
三番目のリリカ姉さんが言いました。
「天使さん達よりは下手だけど、頑張って練習したから」
ルナサが目で合図をすると、彼女達はそれぞれの楽器を弾き始めた。
一番目のルナサ姉さんはバイオリンを
2番目のメルラン姉さんはトランペットを
3番目のリリカ姉さんはアコーディオンを
(メルラン姉さん…トランペット吹ける様になったんだ)
あの時は音すら出せなかったトランペット。今彼女はそれを使い立派に演奏していた。
姉さん達の合奏は、お世辞にもうまいものではなかったけれど、レイラにとっては今までに聞いた
どんな音楽よりも素晴らしいものだった。
誰も居なくなった食堂で、レイラは一人演奏会の絵を見上げている。
白亜の服を着た天使達がそれぞれ思い思いの楽器を手に持ち演奏している。
(あの時の姉さん達…本当に天使みたいだったな…)
瞼を閉じると、今もあの時の光景が目に浮かぶ。
影で努力を惜しまず面倒見も良かったルナサ姉さん。
いつも笑顔を絶やさないメルラン姉さん。
器用に色んなことをこなして見ては皆を笑わせていたリリカ姉さん。
(また…会いたいな。姉さん達に……)
いつの間にかレイラの頬は涙で濡れていた。自分でも気付かない間に。
(一緒に居たいよ。今まで見たいに…ずっと)
レイラは絵の中にいる天使達に言った。
「私…姉さん達とずっと一緒に居たいよ。今まで見たいにずっと…」
夜の静寂に彼女の消え入るような声が溶け込んでいく。
「また、またここで…みんなの演奏を聞きたいよ…ずっとずっと聞いていたよ!!」
レイラの頬からポタポタと涙が零れ落ちる。
答えてくれる相手は居ない。ただ夜の静寂だけがレイラを無慈悲に包んでいた。
「これって…ぜいたくですか? 考えちゃいけないことですか?」
「そんなことは……無いのよ」
「え?」
閉め忘れていたのか、ふわっとカーテンが風になびいた。暖かい風がレイラの髪を優しく撫でる。
が、すぐにレイラはそれが風ではなく人の手であると気付いた。
振り返るとそこにはメルラン姉さんが立っていた。いつものように優しそうな笑みを浮かべ、レイラの髪を撫でていた。
「え?」
「ねぇ」
戸惑うレイラの髪を撫で続けながらメルラン姉さんは言いました。
「私達に何かして欲しいことはあるかしら?」
いつの間にかメルランの横にルナサとリリカも立っていた。
「えっと…その」
「どうしたの? ちゃんと言ってごらんなさい。聞いてあげるから」
やさしい笑顔でメルラン姉さんが言いました。
「あの…ね。私、姉さん達とずっと一緒に居たいの。ずっと姉さん達の演奏を聞いていたいの」
「そう…じゃあ、どんな楽器で演奏してほしいの?」
「えっとね…メルラン姉さんには……」
レイラは果たして気付いただろうか。絵の中から天使立ちが3人分だけ抜け出ていた事に。しかし今の彼女にとってそれは
些細な事だった。
彼女の願いは叶ったのだから。
「わかったわ。それじゃはじめようか」
「ふふ、うまくできるといいわね」
「よーっし、それじゃ、1・2・3♪」
彼女達は宙に浮くとそれぞれ各々の楽器を演奏し始めた。お互い息が合っているようで、好き勝手演奏しているような、
無茶苦茶な旋律。だけどそれは不思議と一つの合奏になっていた。
このまま夜が明けなければいいのに、レイラはそんな事を思った。朝が来たら魔法が解けてしまう。そんな気がしたからだ。
朝になると、この屋敷を買い取った人がやって来る。
そうなったら彼女はここを出て行かなければならない。
だけど…。まだ朝には遠い。この部屋は彼女達の舞台。
「すごいすごい、お姉ちゃん達すごいよ」
「中々面白いものね…こういうのも」
「そうかしら?すごく普通じゃない?」
「じゃ、次はもっと違うのを引いてみる?」
夜の演奏会は、まだはじまったばかりなのだから。
彼女がトランペッターな訳-First Ensemble-
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>レイラは果たして気付いただろうか。絵の中から天使立ちが3人分だけ~
気になったので出しときますね つ[誤字いっこ]