この話は「魂ヲ返ス蝶 ~談ノ弐~」の続きになります。
そちらを読んでからの方が色々良いと思われます。
5、―――――
妖夢に初めて会ったのは何時の事だったろうか? よく―思い出せない―
ただ、妖忌の大きな体に隠れるように、こちらを見上げていたその顔が、とてもかわいらしかったことを
―――覚えている。
妖夢が泣いているのを初めて見たのは何時だったろうか? よく―思い出せない―
妖忌の厳しい指導に泣き出してしまったあの子が、ただ、かわいそうだったから、
私はもう少し優しく指導できないのかと妖忌に言い、妖夢は、何か驚いたような顔をしていたのを
―――覚えている。
そう、泣いているのは見たくなかった。あの子が笑っている姿を見ていたいと思った。
あの子…妖夢?
違う気もする…
あれは…
あれは……
そうだ…私がまだ人間だった頃の事だ
名前は――思い出せない。けれど、思い出した。
あの子は…
とても泣き虫で、でも、とても優しくて、つよい子だった。
時々、私はいわれなき中傷を受けることがあった。
西行妖を管理するために起こされたといわれる、異能の西行寺家。
その中に在ってなお異端とされた、死霊を操るという力のせいだった。
そんな時は決まって、その子は私を護るかのごとく立ち――涙を浮かべながらだが――必死に反論したのだった。
私たちは仲がよかった。結構年は離れていたけど、よく遊んだ。
力のせいで、同じ人間の友達はいなかった。その子を除いて。
その子も人間だったが、また、私とは違う「力」を持っていた。
だから二人と、他いろいろとで遊んだ。
人間の友達がいない代わりに、妖怪の友達は少しいたのだ。
ある年の正月、私は、西行寺の次期当主として、代々伝わる行事に出ることになった。
西行妖の前で舞を収めるのだ。
当日、その子は何故か、自分の事のように喜んでいた。
私が綺麗な衣装に身を包んでいるのを見て、本当にうれしそうに。
―――なにが理由だったのだろう。派閥争いだったのだろうか。
それとも女の私が当主になることを嫌った人たちの仕業か。
とにかく彼らは、式を失敗させようとした。私の舞で西行妖が静まらないと、
何かのきっかけで騒ぎ立てるつもりだったんだろう。
しかし、皮肉にも、彼らが騒ぎに使おうとしたなにかは、実際に西行妖を活性化させるものであり、
そして、幽々子の力の強さは、その性質は別としても、西行寺の当主として遜色の無いものだった…。
風も無いのに枝がざわめく。
舞の前に飲んだお神酒には薬が混ぜられており、
奉納舞を舞いながらも、心が無防備になっていた幽々子には、
活性化した西行妖が、自分の心に侵入することにすら気がつけなかった。
進入した西行妖は、幽々子の箍をはずしていく。
力を厭い、死を厭う事で生まれてからずっと封じていた、幽々子本来の力を解放する。
そして、死の あらしが 吹き荒れた
その巨大な桜は、正月だというのに、その枝に花をつけ始め―――
――あの子の声が、聞こえた気がした。
薬が切れ、幽々子の心が平静を取り戻せば、西行妖といえどその支配を放棄するほか無かった。
気がついたときには動く人間は一人としていなかった。
それにも衝撃を受けていたが…それよりも幽々子はある一点から目を離せなかった。倒れている小柄な人影…
――そこには、ゆゆこのまいのいしょうにまけないようにと、
じぶんなりにせいいっぱいおめかしした、あのこのすがたが
いつの間にかその体を抱いていた。何も考えられない。
その子は涙を流していた。怖かったのだろうか。悲しかったのだろうか。
うっすらと目を開ける。
「よか……た…」
私の泣きそうな顔を見たのか、
「…ぃじょ…ぶ…だか…ら…」
目に涙を浮かべたまま、切れ切れに言い、微笑む。
「こ…どは…まもる…か……ら………」
――その子は悔しかったのだ。幽々子を護りきれなかったことが――
そして
微笑んだまま
そのこは―――
西行妖の枝に、また、花がひとつ、咲いた
再び枝がなる。妖怪桜の枝がなる。
まるでこちらに語りかけるがごとく。まるでこちらをあざ笑うかのごとく。
こちらを、誘うがごとく
おまえはころしてしまった
おおくのものたちをころしてしまった
さいあいの――――までころしてしまった
もうもどれない
さぁ、もっところせ
もっと
もっともっともっと
もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと
もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと
もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと
――――うるさい!!!!!!!!!
私は声に出さず一喝した。枝鳴りがやむ。
その子の体を地面に横たえ、立ち上がる。振り返り巨大な桜を睨み付けた。
いつの間にか、西行妖は、その枝いっぱいに花をつけ、満開に近づいていた。
西行寺は滅んでしまったけど、私が滅ぼしてしまったけど、これだけはやっておかなければ。
―――この、人の死を喰らう、化け物桜を封じる。
「幽々子様」
声に振り向く。庭師兼門番の妖忌がいた。
「よかった、まだ動けるものがいるのね」
「はい、私を含め人ならざるモノ達のみですが」
「かまわないわ。」
言って見回す。そこはまさに地獄。死屍累々。
改めてそれを目にし、酷い思いに囚われそうになるも自制する。
「彼らを、弔ってあげて。ここから離れた場所に」
「…幽々子様は…」
私の声に何かを感じ取ったのか、妖忌が訊ねてくる。
「西行妖を、封印します」
それは最後の手段。
妖怪桜の力を封じるが、媒体となった人間は、その封印の内に、永遠に「存在」し続けることになる。
しばらく私を見つめていた妖忌。決意は固いと感じたのか、頭を下げて言う。
「見届けさせて頂きます」
そして私は舞う。奉納用ではない、調伏の舞を。見せるためではない、「魅せる」ための舞を。
相手の意識を、気持ちを、その舞に引き込んで行く。見るもの全てを、自分の元に従わせようとする、そんな舞。
西行妖はそれに対抗するかのように花を咲かせていく。あっという間に巨大な桜の木が満開になる。
妖忌は、その桜と幽々子の舞の見事な鬩ぎ合いに心奪われそうになるが、半分霊体なので自制できた。
普通の人間だったら引き込まれていただろう。
舞は長く続いた。
人間の幽々子には体力に限界があった。そして、そのときが来る。
一瞬の意識の空白、疲労がもたらしたそれは、西行妖が再び幽々子の心に進入する機会となった。
あっという間に体が動かなくなる。五感が無くなる。
だが、それが幽々子にとっての好機だった。舞そのものは偽装に過ぎなかったのだ。
一瞬、西行妖の意識を押し返す。
そのセツナに
一挙動で懐刀を抜き、自らの胸に突き刺した。
痛みは無かった。ただ深い深淵に沈んでいくような、そんな感覚が「人間」西行寺幽々子の最後の感覚だった。
蝶が飛んでいく。
西行妖に喰われていた魂たちが、その支配を逃れ、昇っていく。
―――――――――あの中に、あの子は、いるのだろうか
もし、また逢えたなら、そのときは、また一緒に――
そんな考えが、ふと思いうかんだ。
そして、幽々子の意識は沈んでいく。
蝶達が向かう、その対極の場所へ。
西行妖の意識をかかえ、どこまでも、どこまでも、深みへ…
幽々子が死んでから、西行寺の土地には、とある妖怪によって結界が張られた。
――願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様、永久に転生することを忘れ…
そんなことを、その妖怪は思ったのだろうか…
妖忌は、守人としてその地に残った。
だが、それからしばらく後。
西行妖の妖力なのか、――あるいは別の意思なのか――
結界が張られているはずのその地には、死者の霊たちが集まるようになっていた。
そして時を同じくして、幽々子もまた、亡霊の姫として現出した。
まるで誰かを待つように――西行妖の前に佇んでいたのだ。
いつしかその地は、死者が、その一時を過ごす地、冥界―白玉楼と、呼ばれることになる
6、―――――
私が亡霊の姫として現出してから、自ら進んで死を誘うようになったのは
より多くの魂を白玉楼に呼び込みたかったから
魂となれば、その転生の歴史全てを、記憶として呼び覚ますことが出来る
魂の記憶が戻れば、あの子が私を見つけてくれるかもしれないから
そうしたら、また、あの子と、白玉楼で、ずっと一緒に暮らそうと思ったから
――生前の記憶は自分の体と一緒に封印してしまった以上、それは無意識だったが―――
そして、そう、西行妖を咲かせようとした、そのわけは―――
「西行妖って、本当にぜんぜん咲かないですよね。」
本当に不思議そうに ―――そのかおが なんだか おかしくて
「これだけ大きな桜なんだし、満開になったらきっと、とても綺麗だと思うんですが…。」
とても残念そうに ―――そんなかおをみるのが とてもせつなくて
確かに文献を読んで興味が沸いたというのもあった。それが、公の口実。
でも本当は、あの子がそれを見て笑ってくれると、思ったから ―――なつかしいえがおを みたかったから
そう、妖夢が泣いているのは見たくなかった。妖夢が笑っている姿を見ていたいと思った。だから―――
「……こさま!!…ゆ…さま!! めを…まし………さい!!お……いです!!!!!」
声が聞こえる。…泣いている声が聞こえる。私を呼ぶ声が聞こえる。
わたしの だいすきな ようむが ないている
その瞬間、西行妖が、その巨大な幹が震えたように見えた。そして、急速にその花が散り始める。
否―それはただの花ではない。西行妖が吸収した春度そのものだった。
「!…あれは…」
咲夜がそれに気付き、霊夢を援護しつつも、集めて回る。
攻撃は最初から容赦が無かった。
『闇』が舞うのに合わせ、大量の弾、蝶、そして、光の帯が舞う。
避けられるものは回避し、避けきれないものはスペルカードを発動、相殺していく。物量戦だ。
と、魔理沙は懐のカードが底を尽きかけているのに気付いた。
「っ!! そろそろ何とかしないと、このままじゃスペルカードがもたないぜ!!」
「幽々子様!ゆゆこさまぁっ!!!」
『闇』は舞う。無心に。何も見えていないように―――
――――――泣いている。
その舞が
――――――妖夢が泣いている。私を呼んで泣いている。
何かに反応するかのように
――――――傍に行ってあげないと。私は大丈夫と言ってあげないと。
止まる
幽々子は感覚が徐々に戻ってきていた。
もう、最初に感じた恐怖は無い。代わりに強い圧迫感を感じる。
凄まじい力の流れが、あたりを走っているのが分かった。
封印を成している力、幽々子の「本体」の力、そして、西行妖の力が交じり合って
いずこかへと流れ出している…
不意に、不快な思念が幽々子の脳裏に叩きつけられた。
それは西行妖とかつて呼ばれたもの。
封印の末に劣化したそれは、すでにかつてのそれではなかった。
言葉にすらなっていない雑音のような思念から、大まかな考えを読み取る。いや、考えとすらいえない。
たべる、と。ただそれだけだ。魂を取り込むとでも言いたいのだろう。
「妖怪桜っていっても、考えることは俗っぽいのね。」
軽口を叩きつつも、その重圧に屈しないよう、耐える。
舞は止まったが、「力」の放出はやんでいなかった。動き回らない分、少しは避けやすくなったが。
「どうなってんだ?」
魔理沙の問いに、霊夢は感じたままを答えた。
「後、一押しみたいね。なにか、きっかけがあれば…」
「呼びかける以外に何か干渉は出来ないの?」
咲夜が言う。妖夢は一瞬の黙考の後、
「やってみます」
自らの半身―霊体に意識を集中する。
幽々子のようにはうまく出来ないけれど、自らの半身ゆえに。
それは、どんどん縮んでいく。
そして、「力」の放出の合間に
「届いて!!」
それを『闇』に向けて解き放つ―――
幽々子は重圧に耐えつつも必死に考えていた。
どこかに糸口は無いか? 妖夢がいるあの場所へ戻るための糸口は。
ふと、視界に青白いもの。
それは蝶。
いったいどこから迷い込んだのか、ふらふらと飛んできて幽々子の肩に止まった。
それの意味することに
―――!!!
唐突に気付き、幽々子は蝶が飛んで来た方を見上げる。
その先にあるものは…一点の光。
幽々子はその蝶が妖夢の半身だと気付いた。
「あの子ったら、無茶して…」
半身に何かあれば、妖夢はただではすまないだろう。
その行動に
自らを省みない想いに
心が暖かくなる
「答えてあげないとね」
蝶をやわらかく抱き、懐に入れた
のしかかる重圧を振り払い、一気に飛び上がる。
そのまま、光に、そのちいさなすきまに手をねじ込んだ―――
それに気付いたのは、妖夢。
「あれは!!」
闇の中から白い手。
「魔理沙!咲夜!援護して!!一気に引っ張り出すよ!!」
「もう!命令しないで頂戴」
「あんま残ってないが、やれるだけやってみるぜ!」
残ったスペルカードをつぎ込んで、放出される「力」を打ち消していく。
しかし、闇に近づくとそれだけですさまじい重圧がのしかかってきた。さすがの霊夢も動きが鈍る。
「あと…」
『少し!!!』
霊夢と妖夢、二人の声が重なる。
――霊夢の符はもう切れていた。
その目の前には、光。
「!! 霊夢!!無茶だ!いったん下がれ!!!」
そんな魔理沙の声が届いたか。
「行ってこーーーーいぃぃぃ!!!!!」
「!!!」
霊夢は、一か八か、光の軌道の向こう側、白い手に向かって、妖夢を投げ飛ばした―――
追いすがってくる。一度は取り込んだはずのものを、逃さぬようにと。
劣化しているはずなのに、その誘惑は以前と変わらないようで…
それは見せ付ける。幽々子の本体。戻りたくは無いのかと。誘う。
かつての思いは欲しくはないのかと。
あの子のことを探したいのではないのか?
かつての知識と今の寿命があれば、探し出すことは容易だろう?
また、楽しく暮らしたいのだろう?
対する幽々子は、嘲笑。
『闇』―封印の内に取り込まれた状態の幽々子は、既に本体と繋がっていた。
よって、今の状態がやつの言う状態―かつての知識と今の寿命―に近い。
最も、ここを出れば、その繋がりはまた切れてしまうだろうが。
ともかく、やつの誘惑はまったく的外れなのだった。
――やはりやつは劣化しているのだろう。
やつのもとに下れば、封印を解くことになれば、幽々子の止まった時は再び流れ、ただ消えるのみ。
やつの下で、かつての知識と現在の寿命―無限の存在を併せ持つことなど、出来はしない。
それに「今」の幽々子ならわかった。
(私はもう出会っていたのね。―――あの子に)
…まぁ、半分人間ではなかったが、自分も幽霊になってしまっているので、いいだろう。
その、光にねじ込んだ手に、暖かな感触。
「さようなら、西行妖。永遠に、深淵であがいているといいわ。」
触手のごとく追いすがるその思念を、
体中に残っていた力を凝縮し、自由になる方の手を一振り、
跳ね返した。
そして、幽々子は思いを込めて
その暖かな手を握り返す
そして、妖夢は
ありったけの力を込めて、想いを込めて、
その闇から出た手を
握り締め―――
辺り一面に 春が 舞い散った
7、―――――
黒い夜空を背景に桜の花びらが舞う。
あの子は気付いているだろうか。この花を咲かせたかった本当の理由に。
「幽々子様!?幽々子様!」
また、泣いている。
まったくこの子は、しっかりしてるように見えて、意外に泣き虫なんだから。
手を伸ばし、その頬に触れる。涙はもうとめどなく流れ落ちるようで、ぬぐっても意味は無いけれど。
「…!!幽々子様!」
「私は、もう大丈夫。心配かけたわね」
「う…うわぁぁあぁあああ!!」
堰を切ったように泣き出した妖夢を、上体を起こし抱きとめてあげる。
ふと気付き、蝶を懐から取り出した。
それはするすると見慣れた白へと戻り、妖夢の傍らに浮かんだ。
「世話になったようね。」
妖夢を抱いてあげながら、3人に声をかける。
魔理沙が尋ねてきた。
「結局あれはなんだったんだ?」
「…さぁ?」
わからない。西行妖を咲かせたらああなった、というのは想像できるが。
「…あのな。ほんっっっっとに、なんにもわかんない、って言うのかよ。」
「ええ。」
本当に、想像する以上にはわからないんだから、それ以外答えようが無い。
「そんなに気になるんなら、今度うちの蔵書でも紐解いてみたら?」
「え、いいのか?」
目を輝かす。魔理沙に貸した本はなかなか帰ってこないと幽々子たちが知るのは、もう少し後のこと。
「どうでもいいわよ。春もちゃんと集まったし。」
そういう咲夜の手のひらには暖かく輝く桜の花びらが多数。
「ちゃんと集めてたのね。」
「当たり前よ。それが目的だったんだから。やっと帰れるわ」
「貴女のところのお嬢様にもよろしくね」
「どういうよろしくかしら、それは」
半眼でにらまれたような気もするが、気にしないことにする。
そして、霊夢。さっきより一段とぼろぼろだ。だが、その表情は柔らかい。
「なに?」
「なんだか、あなた達、ほんとの姉妹みたいだなって。」
「そう…?」
いわれて悪い気はしない。
なら、妖夢とは姉妹みたいに付き合うのが、私にとっても嬉しい事なんだろう。
うん、そうきめた。
「さて、帰りますか」
霊夢の一言で3人は身を反す。
と、妖夢が立ち上がる。
「あ、あの…!!」
振り返る3人に、うつむき加減の妖夢。
少しの逡巡の後、意を決したように顔を上げ、
まだ目は赤いけれど、えがおで
「ありがとうございました!」
元気に挨拶。
咲夜は背を向けつつも軽く手を振り、
魔理沙はウインクして親指を立て、
霊夢は、妖夢と同じような、良い笑顔で
「どういたしまして!」
そちらを読んでからの方が色々良いと思われます。
5、―――――
妖夢に初めて会ったのは何時の事だったろうか? よく―思い出せない―
ただ、妖忌の大きな体に隠れるように、こちらを見上げていたその顔が、とてもかわいらしかったことを
―――覚えている。
妖夢が泣いているのを初めて見たのは何時だったろうか? よく―思い出せない―
妖忌の厳しい指導に泣き出してしまったあの子が、ただ、かわいそうだったから、
私はもう少し優しく指導できないのかと妖忌に言い、妖夢は、何か驚いたような顔をしていたのを
―――覚えている。
そう、泣いているのは見たくなかった。あの子が笑っている姿を見ていたいと思った。
あの子…妖夢?
違う気もする…
あれは…
あれは……
そうだ…私がまだ人間だった頃の事だ
名前は――思い出せない。けれど、思い出した。
あの子は…
とても泣き虫で、でも、とても優しくて、つよい子だった。
時々、私はいわれなき中傷を受けることがあった。
西行妖を管理するために起こされたといわれる、異能の西行寺家。
その中に在ってなお異端とされた、死霊を操るという力のせいだった。
そんな時は決まって、その子は私を護るかのごとく立ち――涙を浮かべながらだが――必死に反論したのだった。
私たちは仲がよかった。結構年は離れていたけど、よく遊んだ。
力のせいで、同じ人間の友達はいなかった。その子を除いて。
その子も人間だったが、また、私とは違う「力」を持っていた。
だから二人と、他いろいろとで遊んだ。
人間の友達がいない代わりに、妖怪の友達は少しいたのだ。
ある年の正月、私は、西行寺の次期当主として、代々伝わる行事に出ることになった。
西行妖の前で舞を収めるのだ。
当日、その子は何故か、自分の事のように喜んでいた。
私が綺麗な衣装に身を包んでいるのを見て、本当にうれしそうに。
―――なにが理由だったのだろう。派閥争いだったのだろうか。
それとも女の私が当主になることを嫌った人たちの仕業か。
とにかく彼らは、式を失敗させようとした。私の舞で西行妖が静まらないと、
何かのきっかけで騒ぎ立てるつもりだったんだろう。
しかし、皮肉にも、彼らが騒ぎに使おうとしたなにかは、実際に西行妖を活性化させるものであり、
そして、幽々子の力の強さは、その性質は別としても、西行寺の当主として遜色の無いものだった…。
風も無いのに枝がざわめく。
舞の前に飲んだお神酒には薬が混ぜられており、
奉納舞を舞いながらも、心が無防備になっていた幽々子には、
活性化した西行妖が、自分の心に侵入することにすら気がつけなかった。
進入した西行妖は、幽々子の箍をはずしていく。
力を厭い、死を厭う事で生まれてからずっと封じていた、幽々子本来の力を解放する。
そして、死の あらしが 吹き荒れた
その巨大な桜は、正月だというのに、その枝に花をつけ始め―――
――あの子の声が、聞こえた気がした。
薬が切れ、幽々子の心が平静を取り戻せば、西行妖といえどその支配を放棄するほか無かった。
気がついたときには動く人間は一人としていなかった。
それにも衝撃を受けていたが…それよりも幽々子はある一点から目を離せなかった。倒れている小柄な人影…
――そこには、ゆゆこのまいのいしょうにまけないようにと、
じぶんなりにせいいっぱいおめかしした、あのこのすがたが
いつの間にかその体を抱いていた。何も考えられない。
その子は涙を流していた。怖かったのだろうか。悲しかったのだろうか。
うっすらと目を開ける。
「よか……た…」
私の泣きそうな顔を見たのか、
「…ぃじょ…ぶ…だか…ら…」
目に涙を浮かべたまま、切れ切れに言い、微笑む。
「こ…どは…まもる…か……ら………」
――その子は悔しかったのだ。幽々子を護りきれなかったことが――
そして
微笑んだまま
そのこは―――
西行妖の枝に、また、花がひとつ、咲いた
再び枝がなる。妖怪桜の枝がなる。
まるでこちらに語りかけるがごとく。まるでこちらをあざ笑うかのごとく。
こちらを、誘うがごとく
おまえはころしてしまった
おおくのものたちをころしてしまった
さいあいの――――までころしてしまった
もうもどれない
さぁ、もっところせ
もっと
もっともっともっと
もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと
もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと
もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと
――――うるさい!!!!!!!!!
私は声に出さず一喝した。枝鳴りがやむ。
その子の体を地面に横たえ、立ち上がる。振り返り巨大な桜を睨み付けた。
いつの間にか、西行妖は、その枝いっぱいに花をつけ、満開に近づいていた。
西行寺は滅んでしまったけど、私が滅ぼしてしまったけど、これだけはやっておかなければ。
―――この、人の死を喰らう、化け物桜を封じる。
「幽々子様」
声に振り向く。庭師兼門番の妖忌がいた。
「よかった、まだ動けるものがいるのね」
「はい、私を含め人ならざるモノ達のみですが」
「かまわないわ。」
言って見回す。そこはまさに地獄。死屍累々。
改めてそれを目にし、酷い思いに囚われそうになるも自制する。
「彼らを、弔ってあげて。ここから離れた場所に」
「…幽々子様は…」
私の声に何かを感じ取ったのか、妖忌が訊ねてくる。
「西行妖を、封印します」
それは最後の手段。
妖怪桜の力を封じるが、媒体となった人間は、その封印の内に、永遠に「存在」し続けることになる。
しばらく私を見つめていた妖忌。決意は固いと感じたのか、頭を下げて言う。
「見届けさせて頂きます」
そして私は舞う。奉納用ではない、調伏の舞を。見せるためではない、「魅せる」ための舞を。
相手の意識を、気持ちを、その舞に引き込んで行く。見るもの全てを、自分の元に従わせようとする、そんな舞。
西行妖はそれに対抗するかのように花を咲かせていく。あっという間に巨大な桜の木が満開になる。
妖忌は、その桜と幽々子の舞の見事な鬩ぎ合いに心奪われそうになるが、半分霊体なので自制できた。
普通の人間だったら引き込まれていただろう。
舞は長く続いた。
人間の幽々子には体力に限界があった。そして、そのときが来る。
一瞬の意識の空白、疲労がもたらしたそれは、西行妖が再び幽々子の心に進入する機会となった。
あっという間に体が動かなくなる。五感が無くなる。
だが、それが幽々子にとっての好機だった。舞そのものは偽装に過ぎなかったのだ。
一瞬、西行妖の意識を押し返す。
そのセツナに
一挙動で懐刀を抜き、自らの胸に突き刺した。
痛みは無かった。ただ深い深淵に沈んでいくような、そんな感覚が「人間」西行寺幽々子の最後の感覚だった。
蝶が飛んでいく。
西行妖に喰われていた魂たちが、その支配を逃れ、昇っていく。
―――――――――あの中に、あの子は、いるのだろうか
もし、また逢えたなら、そのときは、また一緒に――
そんな考えが、ふと思いうかんだ。
そして、幽々子の意識は沈んでいく。
蝶達が向かう、その対極の場所へ。
西行妖の意識をかかえ、どこまでも、どこまでも、深みへ…
幽々子が死んでから、西行寺の土地には、とある妖怪によって結界が張られた。
――願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様、永久に転生することを忘れ…
そんなことを、その妖怪は思ったのだろうか…
妖忌は、守人としてその地に残った。
だが、それからしばらく後。
西行妖の妖力なのか、――あるいは別の意思なのか――
結界が張られているはずのその地には、死者の霊たちが集まるようになっていた。
そして時を同じくして、幽々子もまた、亡霊の姫として現出した。
まるで誰かを待つように――西行妖の前に佇んでいたのだ。
いつしかその地は、死者が、その一時を過ごす地、冥界―白玉楼と、呼ばれることになる
6、―――――
私が亡霊の姫として現出してから、自ら進んで死を誘うようになったのは
より多くの魂を白玉楼に呼び込みたかったから
魂となれば、その転生の歴史全てを、記憶として呼び覚ますことが出来る
魂の記憶が戻れば、あの子が私を見つけてくれるかもしれないから
そうしたら、また、あの子と、白玉楼で、ずっと一緒に暮らそうと思ったから
――生前の記憶は自分の体と一緒に封印してしまった以上、それは無意識だったが―――
そして、そう、西行妖を咲かせようとした、そのわけは―――
「西行妖って、本当にぜんぜん咲かないですよね。」
本当に不思議そうに ―――そのかおが なんだか おかしくて
「これだけ大きな桜なんだし、満開になったらきっと、とても綺麗だと思うんですが…。」
とても残念そうに ―――そんなかおをみるのが とてもせつなくて
確かに文献を読んで興味が沸いたというのもあった。それが、公の口実。
でも本当は、あの子がそれを見て笑ってくれると、思ったから ―――なつかしいえがおを みたかったから
そう、妖夢が泣いているのは見たくなかった。妖夢が笑っている姿を見ていたいと思った。だから―――
「……こさま!!…ゆ…さま!! めを…まし………さい!!お……いです!!!!!」
声が聞こえる。…泣いている声が聞こえる。私を呼ぶ声が聞こえる。
わたしの だいすきな ようむが ないている
その瞬間、西行妖が、その巨大な幹が震えたように見えた。そして、急速にその花が散り始める。
否―それはただの花ではない。西行妖が吸収した春度そのものだった。
「!…あれは…」
咲夜がそれに気付き、霊夢を援護しつつも、集めて回る。
攻撃は最初から容赦が無かった。
『闇』が舞うのに合わせ、大量の弾、蝶、そして、光の帯が舞う。
避けられるものは回避し、避けきれないものはスペルカードを発動、相殺していく。物量戦だ。
と、魔理沙は懐のカードが底を尽きかけているのに気付いた。
「っ!! そろそろ何とかしないと、このままじゃスペルカードがもたないぜ!!」
「幽々子様!ゆゆこさまぁっ!!!」
『闇』は舞う。無心に。何も見えていないように―――
――――――泣いている。
その舞が
――――――妖夢が泣いている。私を呼んで泣いている。
何かに反応するかのように
――――――傍に行ってあげないと。私は大丈夫と言ってあげないと。
止まる
幽々子は感覚が徐々に戻ってきていた。
もう、最初に感じた恐怖は無い。代わりに強い圧迫感を感じる。
凄まじい力の流れが、あたりを走っているのが分かった。
封印を成している力、幽々子の「本体」の力、そして、西行妖の力が交じり合って
いずこかへと流れ出している…
不意に、不快な思念が幽々子の脳裏に叩きつけられた。
それは西行妖とかつて呼ばれたもの。
封印の末に劣化したそれは、すでにかつてのそれではなかった。
言葉にすらなっていない雑音のような思念から、大まかな考えを読み取る。いや、考えとすらいえない。
たべる、と。ただそれだけだ。魂を取り込むとでも言いたいのだろう。
「妖怪桜っていっても、考えることは俗っぽいのね。」
軽口を叩きつつも、その重圧に屈しないよう、耐える。
舞は止まったが、「力」の放出はやんでいなかった。動き回らない分、少しは避けやすくなったが。
「どうなってんだ?」
魔理沙の問いに、霊夢は感じたままを答えた。
「後、一押しみたいね。なにか、きっかけがあれば…」
「呼びかける以外に何か干渉は出来ないの?」
咲夜が言う。妖夢は一瞬の黙考の後、
「やってみます」
自らの半身―霊体に意識を集中する。
幽々子のようにはうまく出来ないけれど、自らの半身ゆえに。
それは、どんどん縮んでいく。
そして、「力」の放出の合間に
「届いて!!」
それを『闇』に向けて解き放つ―――
幽々子は重圧に耐えつつも必死に考えていた。
どこかに糸口は無いか? 妖夢がいるあの場所へ戻るための糸口は。
ふと、視界に青白いもの。
それは蝶。
いったいどこから迷い込んだのか、ふらふらと飛んできて幽々子の肩に止まった。
それの意味することに
―――!!!
唐突に気付き、幽々子は蝶が飛んで来た方を見上げる。
その先にあるものは…一点の光。
幽々子はその蝶が妖夢の半身だと気付いた。
「あの子ったら、無茶して…」
半身に何かあれば、妖夢はただではすまないだろう。
その行動に
自らを省みない想いに
心が暖かくなる
「答えてあげないとね」
蝶をやわらかく抱き、懐に入れた
のしかかる重圧を振り払い、一気に飛び上がる。
そのまま、光に、そのちいさなすきまに手をねじ込んだ―――
それに気付いたのは、妖夢。
「あれは!!」
闇の中から白い手。
「魔理沙!咲夜!援護して!!一気に引っ張り出すよ!!」
「もう!命令しないで頂戴」
「あんま残ってないが、やれるだけやってみるぜ!」
残ったスペルカードをつぎ込んで、放出される「力」を打ち消していく。
しかし、闇に近づくとそれだけですさまじい重圧がのしかかってきた。さすがの霊夢も動きが鈍る。
「あと…」
『少し!!!』
霊夢と妖夢、二人の声が重なる。
――霊夢の符はもう切れていた。
その目の前には、光。
「!! 霊夢!!無茶だ!いったん下がれ!!!」
そんな魔理沙の声が届いたか。
「行ってこーーーーいぃぃぃ!!!!!」
「!!!」
霊夢は、一か八か、光の軌道の向こう側、白い手に向かって、妖夢を投げ飛ばした―――
追いすがってくる。一度は取り込んだはずのものを、逃さぬようにと。
劣化しているはずなのに、その誘惑は以前と変わらないようで…
それは見せ付ける。幽々子の本体。戻りたくは無いのかと。誘う。
かつての思いは欲しくはないのかと。
あの子のことを探したいのではないのか?
かつての知識と今の寿命があれば、探し出すことは容易だろう?
また、楽しく暮らしたいのだろう?
対する幽々子は、嘲笑。
『闇』―封印の内に取り込まれた状態の幽々子は、既に本体と繋がっていた。
よって、今の状態がやつの言う状態―かつての知識と今の寿命―に近い。
最も、ここを出れば、その繋がりはまた切れてしまうだろうが。
ともかく、やつの誘惑はまったく的外れなのだった。
――やはりやつは劣化しているのだろう。
やつのもとに下れば、封印を解くことになれば、幽々子の止まった時は再び流れ、ただ消えるのみ。
やつの下で、かつての知識と現在の寿命―無限の存在を併せ持つことなど、出来はしない。
それに「今」の幽々子ならわかった。
(私はもう出会っていたのね。―――あの子に)
…まぁ、半分人間ではなかったが、自分も幽霊になってしまっているので、いいだろう。
その、光にねじ込んだ手に、暖かな感触。
「さようなら、西行妖。永遠に、深淵であがいているといいわ。」
触手のごとく追いすがるその思念を、
体中に残っていた力を凝縮し、自由になる方の手を一振り、
跳ね返した。
そして、幽々子は思いを込めて
その暖かな手を握り返す
そして、妖夢は
ありったけの力を込めて、想いを込めて、
その闇から出た手を
握り締め―――
辺り一面に 春が 舞い散った
7、―――――
黒い夜空を背景に桜の花びらが舞う。
あの子は気付いているだろうか。この花を咲かせたかった本当の理由に。
「幽々子様!?幽々子様!」
また、泣いている。
まったくこの子は、しっかりしてるように見えて、意外に泣き虫なんだから。
手を伸ばし、その頬に触れる。涙はもうとめどなく流れ落ちるようで、ぬぐっても意味は無いけれど。
「…!!幽々子様!」
「私は、もう大丈夫。心配かけたわね」
「う…うわぁぁあぁあああ!!」
堰を切ったように泣き出した妖夢を、上体を起こし抱きとめてあげる。
ふと気付き、蝶を懐から取り出した。
それはするすると見慣れた白へと戻り、妖夢の傍らに浮かんだ。
「世話になったようね。」
妖夢を抱いてあげながら、3人に声をかける。
魔理沙が尋ねてきた。
「結局あれはなんだったんだ?」
「…さぁ?」
わからない。西行妖を咲かせたらああなった、というのは想像できるが。
「…あのな。ほんっっっっとに、なんにもわかんない、って言うのかよ。」
「ええ。」
本当に、想像する以上にはわからないんだから、それ以外答えようが無い。
「そんなに気になるんなら、今度うちの蔵書でも紐解いてみたら?」
「え、いいのか?」
目を輝かす。魔理沙に貸した本はなかなか帰ってこないと幽々子たちが知るのは、もう少し後のこと。
「どうでもいいわよ。春もちゃんと集まったし。」
そういう咲夜の手のひらには暖かく輝く桜の花びらが多数。
「ちゃんと集めてたのね。」
「当たり前よ。それが目的だったんだから。やっと帰れるわ」
「貴女のところのお嬢様にもよろしくね」
「どういうよろしくかしら、それは」
半眼でにらまれたような気もするが、気にしないことにする。
そして、霊夢。さっきより一段とぼろぼろだ。だが、その表情は柔らかい。
「なに?」
「なんだか、あなた達、ほんとの姉妹みたいだなって。」
「そう…?」
いわれて悪い気はしない。
なら、妖夢とは姉妹みたいに付き合うのが、私にとっても嬉しい事なんだろう。
うん、そうきめた。
「さて、帰りますか」
霊夢の一言で3人は身を反す。
と、妖夢が立ち上がる。
「あ、あの…!!」
振り返る3人に、うつむき加減の妖夢。
少しの逡巡の後、意を決したように顔を上げ、
まだ目は赤いけれど、えがおで
「ありがとうございました!」
元気に挨拶。
咲夜は背を向けつつも軽く手を振り、
魔理沙はウインクして親指を立て、
霊夢は、妖夢と同じような、良い笑顔で
「どういたしまして!」
ポエムもいいけど、このタイプで面白いと文句なしに満点つけられますよ!
読んでる間じゅう鳥肌立ちまくり。
ありがとうございます!!