ヴワル魔法図書館の奥に位置する、パチュリーの魔法研究室。そこに、パチュリーと魔理沙が顔をつき合わせていた。
「パチュリー、ここの配合は、これくらいでいいのか?」
「あ、うん。もうちょっと、この草を混ぜてくれない?」
「分かったぜ」
二人は息の合った様子で、てきぱきと作業を進めている。現在、新しい魔法薬の製作中であった。
「何だか変な色になってきたぜ」
「いつもの事よ」
火にかけられている液状の魔法薬がフラスコの中でこぽこぽと泡を立て、怪しげな色に変わる。
「これで最後か?」
「ええ、それを入れれば完成よ」
「よし、それじゃあ入れるぜ」
「お願いね」
パチュリーがフラスコの前から一旦離れる。そして、代わりに魔理沙がフラスコの前に立ち―――
ぼんっ!
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
魔理沙が最後の配合をした瞬間。魔法薬が爆ぜ、そこから広がった煙が魔理沙の体を包んだ。
「ま、魔理沙!!」
「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――………………」
段々と、魔理沙の声が小さくなっていく。そして、煙が薄れていったその後には。
「ま、魔理沙……!」
そこには、誰も居なかった。地面に落ちているのは、魔理沙の服のみ。
「そ、そんな………」
パチュリーは、がくりと膝をついた。魔理沙が、消えてしまった……
「魔理沙……」
震える手で、服を拾い上げる。すると、その時。
ぽろ。
「うわっ!? いたた……」
「へ……?」
確かに聞こえた、魔理沙の声。しかし、姿は見えない。
「ま、魔理沙? どこに居るの…?」
きょろきょろと辺りを見回すパチュリー。やはり、姿は見えない。
「おおい、ここだここだ………」
地面から、聞き慣れた声。急いで下を向くと……
「………えええええええっっっっ!!?」
思わず指差ししてしまった。そこにいたのは―――
「厄介な事になったぜ……」
手の平サイズに縮んだ、魔理沙の姿だった………
「……で? 結局何が原因なの?」
紅魔館の応接間。そこには、この館の住人達が集まっていた。主人のレミリアは、縮んだ魔理沙を見て、そう言った。
「…たぶん、新しい魔法薬の配合に失敗した所為だと思うけど…」
パチュリーが説明する。
「まあ、何と言うか、そういう事だな」
テーブルの上に座ったまま、魔理沙が頷く。服が着られなくなったので、布きれで体を包んでいる。
「………」
レミリアの隣には、フランドール。気のせいか魔理沙を見る目が、猫が鼠を見つけた時の目の様であった。
「………(うずうず)」
「フラン、止めなさい」
「……うん……(うずうず)」
「しかし、これからどうするつもりですか? パチュリー様」
落ち着かないフランドールを横目に、咲夜が問いかける。
「とりあえず、これから魔理沙を元に戻す方法を探すわ。それまで、魔理沙は私が預かるわ」
「この体じゃ、家にも帰れないしな。よろしく頼むぜ」
「…はあ…」
その時、美鈴が能天気な声を上げながら、応接間に入ってきた。
「パチュリーさ~ん、これなんかどうですか~?」
「? 何? どうしたの? 美鈴」
状況が飲み込めていない咲夜が、美鈴に質問する。
「パチュリーさんにですね、魔理沙さんの家の代わりになる様なものは無いかって、言われたんですよ~」
「…家?」
咲夜は、更に訝しげな顔になる。
「ええ。まさかこのまま魔理沙をそこら辺に置いておく訳にはいかないでしょう? だから何でもいいから魔理沙が腰を据えられる様な物が欲しかったの」
「なるほどね」
「それで、これを持ってきたんです。どうですか?」
そう言って、美鈴が差し出したものは―――
「………………」
「………………」
「………………」
「………………………………瓶?」
大きめの、透明な瓶。ただ、それだけの、瓶。
「蓋もあるから、安全ですよ~?」
にこにこと笑いながら説明する美鈴。
「『マジックミサイル』」
そんな美鈴目がけて魔法を放つ魔理沙。その魔法も魔理沙に合わせて極小サイズだったが、美鈴の顔にちくちくと刺さった。
「痛! 痛いです! 何するんですか~!?」
「私にこんな物の中で生活しろってのか!? 冗談じゃないぜ!」
小さくなった手を振り上げて、魔理沙は猛抗議をする。
「まあ、確かにねえ」
「うわっ!?」
不意にパチュリーが魔理沙をつまみ上げ、瓶の中に入れた。そして、そのまま蓋をする。
「でも、持ち運びには便利よね」
「こ、こら! 何をするんだパチュリー!」
がんがんと瓶を叩く魔理沙だが、瓶はびくともしない。
「これなら見失う事も無いわ」
「私をモノ扱いするなー!」
魔理沙が瓶の中でじたばたと暴れる。しかし、やがて大人しくなった。
「く…苦しい……空気が………」
「あら、ごめんなさい」
急いで蓋を開ける。
「し、死ぬかと思った……」
「今度から、蓋には穴を開けておくわ」
「そういう問題じゃないだろ…」
溜め息をつく魔理沙。ほとんど諦め顔である。
「……でも、これって」
急に、咲夜が魔理沙の入った瓶を持ち上げ、まじまじと見る。
「うわ、な、何だよ」
「お酒を入れたら、美味しい魔理沙酒の出来上がり、かしら」
「そんな訳あるかー!」
その後、予定通り魔理沙は体が元に戻るまでパチュリーの部屋に泊まる事になった。そこでの魔理沙の住処は瓶ではなく、パチュリーが作った特製箱庭スケールの家だ。服も作ってもらった。
しかし………
「どうしてまた瓶なんかに入れられてるんだ?」
パチュリーが廊下を歩いている。その手には、先程の瓶(勿論蓋は改良済み)に入れられている魔理沙の姿。
「どうしてって…言ったじゃない。持ち運びには便利だって」
「…あのなあ、」
何かを言いかける魔理沙。しかし、その言葉をパチュリーが遮る。
「ほら、着いたわよ」
「……え?」
瓶の中から周りの景色を見る。そこは―――
「………風呂?」
瓶が湯気で曇る。するとまた、魔理沙は瓶から引っ張り出された。
「うわ」
「さ、入るわよ」
そのまま服を脱ぎ始めるパチュリー。魔理沙も渋々とそれに従った。
「ふう、いい湯だぜ」
「でしょう?」
湯船に浮かぶ風呂桶。その中にお湯を入れ、魔理沙は入浴していた。
「しかし…これからどうするんだ? パチュリー」
顔を洗いながら、パチュリーに訊ねる。
「…そうね、最初にごめんなさいと言っておくわ」
申し訳無さそうに頭を下げるパチュリー。
「ああ、まあ仕方がないな。あの手の失敗なら、私だってした事あるし」
「へえ、そうなの?」
「そりゃそうだろ。元より新魔法は初めに失敗ありき、だぜ」
「確かにね」
「まあ、このくらいで済んで良かったって所だ」
「…そうね」
その後しばらく黙っていたパチュリーだったが、浴槽から立ち上がり、
「体、洗わなきゃ。魔理沙もどう?」
「ああ、よろしく」
魔理沙も、桶から立ち上がった。
「あー、何と言うか、くすぐったいな」
「…私も。何だか慎重になっちゃう」
パチュリーは魔理沙を一方の手の平に乗せて、もう一方の指で慎重に魔理沙の体を撫でていた。要は、体を洗っているだけなのだが。
「こら、そんな所に指を入れるな」
「あ、ごめんなさい……」
「ここは自分で洗うよ」
そうして、何とか魔理沙の体を洗い終える。
「それじゃあ、流すわよ」
「ああ」
パチュリーが風呂桶を持ち、魔理沙の上に持っていった。そして、桶を傾け―――
「ちょっと待て! そんなに沢山お湯をかけたら……!」
ざばあーっ!
「う、うわあああ~~~っっ!」
「あ、ま、魔理沙!」
流れるお湯の勢いが余り、魔理沙は流されてしまった。
「この…!」
魔理沙は、近くにあるパチュリーの体を掴もうと、必死に手を伸ばす。
が。
つるっ。
「うわっ…」
つるつるつる。滑る。そのまま魔理沙はタイルに落下し―――べちっ。
「っ………………ん?」
魔理沙は、床のタイルではない感触に戸惑った。よく見ると……
「………パチュリー?」
パチュリーが足を閉じて、魔理沙を受け止めていた。
「…ごめんなさい、魔理沙。うっかりしてて……」
手を伸ばし、再び魔理沙を手の平に乗せる。
「あ…ああ、助かったよ。ありがとう、パチュリー」
「魔理沙……」
「……でも、さ」
「?」
「パチュリーの体って、すごいつるつるしてるんだな」
「!!!」
その言葉を聞いたパチュリーが、固まる。やがて、顔を暗くして俯く。
「……パチュリー?」
「………………そりゃあ………どうせ、胸なんて無いわよ………」
「…何だ? どうしたんだ? パチュリー?」
パチュリーの悲痛な呟きは、魔理沙には聞こえなかった………
夜。魔理沙はパチュリーの特製箱庭邸宅で目を覚ました。
「……トイレ……」
特製箱庭邸宅の中を歩き回る。
「…無いじゃないか…」
しかし、その家にはトイレが無かった。
「設計ミスで訴えるぞ……」
ベッドで眠るパチュリーを見ながら、そう一人ごちる。仕方が無いので、この屋敷のトイレを目指す事にした。
「……広すぎる」
鍵のかかった部屋のドアの下を、マスタースパークで強引に穴を開けて廊下に出た魔理沙は、開口一番そう言った。元々広い紅魔館であったが、体の縮んだ今の魔理沙には、更に何倍もの広さに見える。
「とにかく、行くしかないか………」
そして、魔理沙はトイレに、記憶を頼りに箒(パチュリー特製)にまたがり飛んでいった。
「……やっと、着いた……」
それから数十分後、魔理沙はようやくにしてトイレに辿り着く事に成功した。当然扉はマスタースパークで穴を開けた。
「…ふう…」
その後用を足し、トイレから出ようとしたその時。
「………………………あ」
「ん………?」
すっと影が差したので、上を見上げる。すると、そこにはフランドールがいた。
「よお、フランドール」
手を上げて、挨拶する。
「………………………」
しかし、フランドールは答えない。代わりに、七色の羽がぴこぴこと揺れる。
「フランドール…?」
どうも様子がおかしいと思ったその時。
ひゅんっ!
「うわあっ!?」
フランドールが、魔理沙目がけて手を振り下ろした。魔理沙は、寸での所でそれを避けた。
「な、何する―――」
そして、魔理沙は見てしまった。紅に輝くフランドールの瞳。その瞳は、あの時見せた『猫が鼠を見つけた時の目』そのものであった。
「う、うわあああああっっっーーー!!!」
本能的に危険を察知した魔理沙は、その場から飛び去った。
「あ~…待って、よーーーっ!」
ぎゅんっ!
しかし、フランドールも物凄い勢いで飛び、差を縮めた。
「うわー! 来るな来るなー!」
「きゃははははは~~~!!」
完全に猫を化したフランドールが、飛びながら手を伸ばしてくる。魔理沙はそれを紙一重で交わしていった。
「勘弁してくれ~!」
「あはははは~~~!!」
それからしばらくして、どのくらい逃げたかは分からないが、かなりの時間を逃げていた。その時、魔理沙は廊下の角を曲がった所に、あるものを見つけた。
(―――これだっ!)
瞬時にある事を閃いた魔理沙は、一気に急ブレーキをかけた。
「あっ!?」
フランドールの反応が一瞬遅れ、そのまま魔理沙を追い越した。
(今だっ!)
その隙をつき、魔理沙はそこに置いてあった大きなアンティークの壺に入り込んだ。
「もう、魔理沙ったら―――あれ?」
振り返ったフランドールだが、当然そこには魔理沙の姿は無かった。
「………どこ?」
きょろきょろと周りを見るが、どこにも居ない。
「ああん…もう! どこ行ったのよー!?」
フランドールはそこにあった壺に見向きもせず、元来た道を戻っていった。
「………………………………………………行ったか?」
しばらくして、魔理沙が壺から顔を出し、辺りを見回す。フランドールの気配は無い。
「………………………ふう」
安堵の息をつき、壺の中へもう一度入る。
「…今夜はここに居た方がいいかな…?」
本当なら今すぐパチュリーの部屋に戻りたい所だったが、いつまたフランドールに追いかけられるから分からない。それに疲れていたし、何よりも無我夢中で逃げた所為で、帰り道が分からなくなっていた。
「………眠い………」
段々と眠気が襲ってくる。そして、遂に魔理沙は壺の中で眠りに落ちていった―――
次の日の朝。
「魔理沙! 元に戻ったのね!」
「………………………ああ………………………」
元々この様な効果だったのか、魔理沙の体はすっかり元の大きさに戻っていた。
「良かった…」
「………………………ああ………………………」
嬉しそうな顔のパチュリー。対して、魔理沙の顔は気のせいか、否、確実に暗い顔をしている。
「どうしたの? 魔理沙…嬉しくないの?」
「………………………なあ、パチュリー」
「ん? なあに?」
今まで相づちしか打たなかった魔理沙が、口を開く。
「………………………無理するな…笑って、いいんだぞ………………………」
「………………………ぷっ」
その言葉を聞いたパチュリーが、吹き出す。
「あはっ、あははっ…あははははは~~~~~!!!」
更に、お腹を抱えて笑い出した。
「………………………」
「ま、魔理沙……ぷっ…何、で……くくっ…そんな、事、に……あはは……!」
「………………………さあな………………………」
魔理沙の体は、壺から頭を出した状態で、中にすっぽりと嵌まっていた。
「あははははは………お、お腹、痛い………!」
遂には、パチュリーは笑い過ぎて廊下を転げまわっていた。
「………………………そろそろ助けてくれないか………?」
その後しばらく、紅魔館がこの話で持ちきりになったのは言うまでもない………
エロイぜ。
当然中は裸