黒い夜空を背景に桜の花びらが舞う。
彼女達は気付いているだろうか。この花びらの意味に。
「ふふ、負けちゃったなぁ…」
そう呟き、西行寺幽々子は上体を起こす。視界から空が消え、代わりに見えるものは―――
すぐ近くに佇む、紅白の蝶
少し離れた木にもたれかかるように、悪魔の犬
二人の間に倒れ伏す(殺したつもりは無いので気絶しているだけだろう)、黒い魔
「負けちゃったなぁ…」
もう一度呟く。
紅白の蝶、博麗霊夢は何かを窺うようにこちらを見つめている。気付いたのだろうか?
しばらく無言で見詰め合っていると、
「なら、とっとと幻想郷の春を返して欲しいわね。」
多少いらだったような口調で、悪魔の犬、十六夜咲夜は言う。
ふらつきながらも霊夢の隣まで来ると、その腕をつかみ
「イタッ!ちょっと」
幽々子の前に突きつけさせた。
「これで全部な訳無いでしょう」
その霊夢の手のひらには薄桃色に光る桜の花びら。
春度、とか彼女達は呼んでいたか。言いえて妙、というやつだろう。
これは、術で「春という季節」を凝縮、実体化させたものなのだから。
「あなたも持っているんじゃなくて?」
等と答えてみる。質問の答えではないことにちょっと憮然として、咲夜はスカートのポケットから同じものを取り出す。
こちらは少し、色が薄い。「量」が霊夢のそれより少ないのだろう。
「これを併せても全然足りないわよ」
言い切る。本当に分かっているのだろうか? 疑問に思い聞いてみる。
「何故足りないと解るのかしら?」
「私は、ただなんとなくこれを集めてた、どこぞの頭が春の紅白とは違うわ。」
「…なんだって?」
「これがどのような効果があるか、どれだけあればどれくらいの『春』になるのか。ちゃんと調べてある」
なかなか頭は切れるらしい。…霊夢は憮然としている。
「これだけではどこぞの参拝客が居ない神社くらいしか」
「ちょっと…」
「『春』に出来ないわよ」
…なんだかウサ晴らしをしているように聞こえなくもない。
まぁ、そろそろ、シラを切るのも限界か。
「あの子、魔理沙だったかしら? まだ持ってるかもしれないじゃない?」
言ってみる。もちろん、倒したときに全部奪ってあるのでありえないが。
――幽々子との戦いによる疲れで注意力が欠けていたのだろうか?
それとも幽々子はもう力を使い果たしたと思っていたのだろうか?
二人の意識は魔理沙に向けられた。一瞬であったが、それは十分な時間だった。
幽々子は手の内に隠しておいた魂を二つ、解き放つ。
「!」
「!?」
それらは蝶の形をとり、目の前の二人を掠め、その手にある「春度」を取り込み、そのまま、
――西行妖へと飛んでいく。
「このっ…」
ナイフで撃ち落そうと構えた咲夜は、しかしそれを放つことは出来なかった。
視線の先、西行妖。
白玉楼にあり、決して咲くことがなかったその巨大な桜は、いつの間にか、その枝に無数の花をつけていたのだ。
その見事な眺めに、咲夜、霊夢、幽々子さえ目を奪われる。そして蝶は、最後にわずかに残った春を、
その桜へと届けた…。
立ち直ったのは意外にも霊夢が一番早かった。
「私が倒した時点で、すでにあんたの春度はあらかた、あの妖怪桜に送ってあったって訳ね。」
「!」
「やられたわ…」
そう言い、霊夢は苦い顔で西行妖を見上げる。咲夜が驚いた顔で霊夢を見ている。幽々子も顔には出さず驚いていた。
完璧にだませたと思っていたのだが、こちらが言う前に気付くとは。この紅白も頭は切れるのだろうか?
…むしろ、ただなんとなくそう思った、とか言うほうが似合う。
とにかく、西行妖は咲いた。これだけの「春度」なら満開になるだろう。
こちらの勝ちだ。そんなことを言おうとした口が、止まった。
「なにか」―そうとしか表現できない感覚が背後から湧き上がる。
振り向いた先には漆黒の闇がわだかまっていた。
「!」
その形は ―――全身が硬直する
「…あ…」
幽々子自身とまったく同じ形であると ―――迫る「それ」から逃げようにも体は動かず
「…い…や…」
今まで感じたことがないほどの ―――西行妖を開花させた時点で
「…いや…!」
耐え難い恐怖と共に ―――もはやそれからは逃れられないのだと
何故か
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
解った―――――
―――身のうさを 思ひしらでや やみなまし…―――
普通のストーリーなぞりだとどうしても本家がちらつきますからね
「続きが気になる」の一点につきると結論付けたり。よろしければ是非。