朝。
黒い魔法使いはご立腹だった。
「せっかく遊びに来たってのに」
何の事は無い。
遅い春が来て、とりあえずは普通に戻った幻想郷。
桜を肴に1杯やろうといつもの神社を訪ねてみれば、
管理人が不在だったというわけである。
「…館にでも、行ったのかな…」
勝手知ったるなんとやら。
手馴れた様子で玄関の鍵を開けながら、思案顔でつぶやく。
少し前の事件以来、紅い館の主人のお気に入りになってしまった
ここの巫女さんは、しばしば館に「招待」される。
その方法は御付のメイドによる「拉致」に近いものだが、
文句を言いつつも毎回律儀に付き合ってるあたり、彼女も満更ではないのだろう。
「ん~…。どうするかなぁ…」
もし本当に館に行ったのならば、しばらくは帰って来ないだろう。
せっかく持ってきた秘蔵の一本も無駄になりかねない。
とはいえ、今更家に戻る気も無い。
今日は夜通しで飲む気満々だったのだ。
「…待つと、するかな」
そう決めた彼女は、荷物を置くために奥へと進んでいった。
昼。
黒い魔法使いは退屈だった。
「遅い。
やっぱ拉致られてるのか?
あんな朝早くから、他に用事があるとも思えないしなぁ…」
そんなことを考えながら、縁側で茶をすする。
茶葉や湯のみの場所は熟知している。
戸棚の奥に隠すようにして置いてあった大福も、もちろん徴収済みだ。
少し渋めの茶によくあう甘味に満足しつつ、庭の桜を眺める。
ひらり、と花びらが湯飲みに落ちた。
退屈ではあるが、悪く無い時間のつぶし方だと思った。
しばらくそうしていた彼女だったが、茶が切れ、腹も空いてきたので中に戻る。
ありあわせの物で簡単に昼食を作り、食卓に運ぶ途中、ふと、紅魔郷では存在自体が珍しいカレンダーが目に入った。
しばらく思案していた後、あることを思いつき、彼女は不敵な笑みを浮かべたのだった。
それからしばらくして。
「ただいま~…って鍵開いてるし」
神社に戻ってきた主は、しかしいつものことなのでさほど慌てず社内に入る。
そもそも鍵なんてさほど意味の無いように思えるが、そこはそれ、気分というヤツだ。
「…あれ?どこにもいない…」
一通り探した後、いくつかの証拠を残しつつも、目当ての人物がどこにもいないことに首を傾げつつ
ここ数日目を通すことが日課になっていたカレンダーを見る。
「もしか、したら」
なんとなく思い至った彼女は、どこか楽しそうな笑みを浮かつつ、再び出かけていった。
「…ちょいとそこ行く巫女さん。
こんなとこに何のようだい?」
「これは黒い魔法使いさん。
人を、探してるのよ」
「そうかい。
でも、この先には行かせないよ。
あなたには、ここで少しばかり遊んでいってもらうわ」
「あんたなんかには、負けないわ」
お互い、満面の笑みを浮かべながら語り合う。
「続きもやるの?」
「たまにはいいだろ?
あのときのリベンジもして無いしな」
「あなたとやるのも久しぶりね」
「怪我しないようにな」
そうして二人は力を解放していく。
目の前の、親友兼好敵手へと向けて。
顔にはやはり、笑顔を浮かべたままで。
夕方。
黒い魔法使いは、満足だった。
「あ~…。
また負けた~」
「ふふ~ん。
また勝った~」
「修行もして無い癖に、その強さは卑怯だぜ…」
「失礼ね。
まったくして無いわけじゃないわよ」
「これでまた閻魔帳に書く事が増えたわけだ」
「増やすな。
っていうかそんなもの書くな」
「しかしまぁ、楽しかったぜ」
「そうね。楽しかった」
「…ああそうだ。
例のヤツ、持ってきてるんだ。
二人で飲もうと思ってさ」
「台所に置いてあったやつ?
あれ、美味しいものね」
「つまみ類は持ってきてないんでよろしく」
「はいはい。
ちょうどいろいろと買ってきたから」
「なんだ。今日は買い物に行ってたのか?」
「ええ。あなたが来るだろうって思ってね。
どうせ、明日の朝まで騒ぐつもりだったんでしょう?」
「当然だぜ」
お互い全力で勝負した後、二人で床に倒れこみながらの会話。
自分も、相手も、しばらく動けないほど疲れている。
なのに、向こうの顔は眩しいくらいの笑顔だった。
きっと、自分も似たような顔をしているのだろう。
その日。
幾年か前に、今倒れこんでいる場所で、二人が出会った日。
午前中、とっても退屈だったけれど。
今、とっても疲れているけれど。
きっとあとで、大福を食べたことを怒られるだろうけれど。
まぁ、結局は。
その日、霧雨魔理沙は幸せだったのだ。