Coolier - 新生・東方創想話

東方ソックスハンター・真伝

2003/10/23 08:06:07
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【一】

 紅魔館の図書館には、複雑な時空操作の末に織り込まれた、本来存在しないはずの一室がある。
 パチュリー・ノーレッジは紅茶を口につけた。小食の彼女はほんの少量だけ口に含むと、カップを置いて本の頁をめくる。
 幼い容姿の魔女は、時が来るのを待っていた。彼女は柱時計を見上げる。
 約束の時刻のちょうど三分前に、音を立てて扉が慎重に開かれた。
 入ってきたのは、無駄のない肉をした赤毛の女。中国風の装束は、洋風の家具で統一されたその部屋には微妙にそぐわない。
「あの……」
 女は、噂につぐ噂をたどってようやくここまでたどり着いた。それはいい。だが、目の前にいるのは幼い少女が一人。ここで本当にあっているのだろうか。遠慮がちに尋ねようとした彼女の言葉を、少女は遮った。
「なぞなぞよ。一部なのに国全体の名前、これなあに?」
「……はい?」
 いきなり突きつけられた問題に、女は首を傾げる。
「これに答えられないなら、“彼女”に取り次ぐわけにはいかないわ」
 そういうと少女は読みかけの本に再び視線を戻した。客人なぞ最初から来なかったかのように、本の世界に没頭する。
 立場が立場故に目の前の魔女の態度を非難することもできず、彼女は必死に頭を巡らせる。重苦しい場の雰囲気に呑まれて、なかなか頭が回らない。答えはいったい何なのかと自分の頭をこづいたりしてみるが、それで出てくれば苦労はしない。
 柱時計の時間でたっぷり三分、考えに考え抜いた末、彼女はようやくあることに思い当たった。
「あの……その……もしかして、“中国”ですか。中華人民共和国と、中国地方」
 約束の時刻に現れた回答に、パチュリーは微笑む。
「――お話を伺おうかしら。紅魔館の門番、紅美鈴」

【二】

 小悪魔のリトルは、鼻歌を歌いながら紅魔館の厨房に立っていた。
 今日のおやつはクッキーである。つい最近、メイド長からおいしい焼き方を教わったのだ。皆の分もたくさん焼いて、お茶の時間を目一杯楽しむつもりであった。
「さて、そろそろ焼き上がるかな、と」
 かまどから鉄板を取り出そうとしたリトルの視界に、羽の生えた小さな人影が目に入った。フランドール・スカーレットである。
「妹様。何の御用でしょうか?」
「うん。おいしそうな匂いにつられて」
 素直な答えに、リトルは思わず口元をほころばせる。
「ふふ、気持ちはわかりますけど、もう少しで焼き上がりますから待っていてくださいね」
「ええ、そっちもおいしそうだけれど……ね」
 含み笑いを浮かべるフランドール。
 目の前の彼女に気を取られて、リトルは背後に立った者の気配に気づくのが遅れた。
 いきなり何かを鼻に押し当てられる。その布地は靴下。その臭いはある者には地獄、ある者には極楽を見せる諸刃の麻薬。
「……ソックス!」
「私の名だ。地獄に落ちても忘れるな」
 リトルは、もんどり打って倒れた。
 その後ろに立っていたのは、靴下界ではもはや知らぬ者はいない、ソックスマジカルこと霧雨魔理沙。
「フラン、そっちは?」
「フフフ、こっちは問題ないわ。ちゃんと火も止めたし」
 ついでに焼きたてのクッキーを五、六個つまみ食いしながら、ソックスシスターは答えた。
「靴下の匂いを肴に食べるクッキー……最高に美味だわ」
「お楽しみは後にしときな。気になる情報を聞きつけたからな」
「なに? それ」
 相棒の頼りない返答に、魔理沙は危うく転びそうになる。
「仕事の前に説明しただろ」
「フフフ、難しい言葉はみんな右から左に突き抜けていったわ」
「……もういい、さっさと靴下奪ってずらかるぜ」
 そういって、魔理沙がリトルの靴下に手を伸ばしたとき。
「そこまでよ!」
「――誰だ!」
 魔理沙が振り向くと、戸口にナイフを携えた一人のメイドが立っていた。
「あいにく、ハンター相手に名乗る名は持ち合わせていないわ」
「あっ咲夜! ……私、つまみ食いなんてしてないからね!」
「そうか、あんただな。靴下専門の“護り屋”っていうのは」
 魔理沙は、両の手に魔力を集中させながら、地面を蹴った。
 事前にミスRからもたらされた情報。それはターゲットに靴下界最強の“護り屋”がついたということ。
 ならば、こちらも手加減は無用!
「魔符『マジックナパーム』!」
 魔力を一点に凝縮した弾丸が、殺気を伴って護り屋へと突き刺さる。
「はあぁっ!」
 一蹴。
 咲夜の右足が旋回すると、次の瞬間高威力の重い弾幕は一度に弾き飛ばされていた。かまどに激突し爆発する。
 高々と掲げられた見事な脚線美の先端には、古びた靴下が一足。
「帰りなさい、ハンターたち。靴下を諦めるのなら、今日のところは見逃してあげる」
「咲夜。……下着見えてるわよ」
 フランドールの突っ込みに咲夜は即座に右足を下ろした。
「愚かだな、護り屋。ハンターに靴下を諦めろというのは、死ねと宣告することに等しい。元ハンターのあんたならわかるはずだろう?」
「何のことかしら」
「とぼけるな。ならば、これ見よがしに履いたその靴下はいったい何だ。あんたもまた靴下に生き、靴下に死ぬ人種だろう。違うか?」
 咲夜は答えなかった。代わりに、ナイフを引き抜くと魔理沙に斬りかかる。彼女が紙一重で交わしたとき、紅色の影が二人の脇を駆け抜けた。小悪魔を軽々と抱きかかえる。
 まるで姫君を助けに来た王子のような登場。その相手に向けて、魔理沙は叫ぶ。
「裏切ったな中国!」
「私をその名で呼ぶなぁっ!」
 中国こと紅美鈴は、腹の底からあらん限りの声量で叫んだ。
「フフフ、中国が裏切ることくらいとっくに計算済みじゃないマジカル」
「まあ、ターゲットが決まった時点で中国がだまっているはずはないと思ったが」
「だからその名で呼ぶな!」
 再び美鈴は叫んだが、誰一人として聞く耳を持たなかった。
「早く逃げなさい中国。二人の相手は私がするから」
「……ううう、だからその名で呼ばないでください~」
 ハンターらが中国中国と連呼する間に、美鈴はリトルを連れて勝手口から逃げ出した。
 それを見て、先に靴下を奪っておくべきだったかと魔理沙は心中で舌を打つ。
「くっ、私ら全員が中国と呼ばずにはいられない習性を利用して逃亡のための隙を作るとは……謀ったな護り屋!」
「靴下を諦めないというのなら、追ってくるがいいわ。二人まとめて地獄に引きずり込んであげる」
 そういうと、咲夜は後ろ歩きで勝手口の向こうに姿を隠した。何より、これ以上靴下を巡る争いで大事な厨房を傷つけるわけにはいかなかったのだ。
 魔理沙も続いて美鈴と咲夜の後を追いかける。
 フランドールは、残りのクッキーを口いっぱいにほおばった。

【三】

 咲夜の選んだ戦場は、紅魔館の外であった。
 勝手口から飛び出した美鈴は、走りながら浮遊すると湖の上空まで飛び上がる。
 美鈴は、咲夜の言葉を思い返していた。
(私は靴下を狩らない。靴下狩りに荷担もしない。これが守れないなら、依頼は引き受けられないわ)
(戦闘になったら、湖まで逃げなさい。それで一人は確実にまける)
(安心なさい、私が必ず守るから。靴下も、その持ち主も)
 美鈴は、心から護り屋の勝利を祈った。
 背後から弾幕の音が聞こえてきたので、美鈴は振り向く。
 勝手口を並んで抜けながら、魔理沙と咲夜が魔力とナイフを撃ち合う。
「どけ、護り屋!」
「彼女の靴下は私が守る!」
 互いにまったく隙がない。かたや音速で弾の合間を抜け、かたや神速で弾という弾を蹴り落とす。
 二人から出遅れること数十秒、今度は日傘を装備したフランドールが現れる。
「遅いぜソックスシスター!」
「フフフ、私の見つからなかったからお姉様のを拝借してきたわ」
 陽光から身を守りながら、フランドールは日傘を片手に一回転すると針弾を展開した。
 隙のない全面攻撃を、やはり咲夜は一つ一つ確実に蹴り落とす。
 フランドールは魔理沙に目配せをした。
(この壁どうやって破るつもり?)
(我に秘策あり、だぜ)
(じゃあ任せた)
(お前も手伝うんだよ)
 一瞬で相棒との交信を終えると、魔理沙は懐からスペルカードを取り出す。
 ナイフの波状攻撃を大きく旋回しながら避けると、彼女はターゲットに向け全魔力を放つ用意をする。
 ただならぬ雰囲気に、咲夜は攻撃の手を止めると、衝撃に備えて一歩下がった。
「いくぜ、恋符『マスタースパーク』!」
 魔理沙は自分の持つ最大級の必殺技を放った――フランドールに向けて。
 彼女は背中で魔力の奔流を受けると、その勢いを受けて湖上へと飛び出した。吸血鬼は普通なら流れる水の上は飛べないが、本人の意思と関係ない莫大な力で押されるなら別である。
 フランドールは、すっかり油断していた美鈴へと迫った。武器である杖を振りかざすと渾身の力を込めて美鈴の脳天へと振り下ろす。
 杖は直撃し、美鈴は一発で気絶した。湖へとたたき落とされる。
 フランドールは、美鈴の代わりにリトルを抱えると、職人技で靴下を脱がせる。
「フフフ、靴下ゲットよ!」
 そういうとフランドールもまた湖に落ちていった。流れる水の上を飛ぶ能力を彼女は持っていなかった。
 同時に落ちるはずだったリトルを、一歩遅れて飛び出した咲夜が抱きかかえた。
「……なるほど。あくまで目標は靴下にしぼった、というわけね」
「この勝負、私らの勝ちだな」
「それはどうかしら」
 見事な手際ではある。だが彼女らの目的は果たされていないことを咲夜は知っていた。
 咲夜は懐に忍ばせていたものを出してみせる。
「そ、それは!」
 そこにはリトルの履き古された靴下があった。
「あなたのパートナーが奪ったのは、私があらかじめすり替えておいた新品同然の靴下よ。落ちゆく一瞬の間には、それを見破る時間はなかったようね」
 戦いはまだ終わってはいなかった。
 咲夜と魔理沙、互いに一歩退いて身構えると、無数の魔力と短剣が交錯した。

【四】

 人々は靴下を求めるあまり、紅魔館に侵入者があったことに誰も気がつかなかった。
 空間と空間の境を抜け現れたのは、狐と猫の獣コンビ。八雲藍に橙であった。
「橙、目標はわかっているな?」
「任せてよ、藍様。小悪魔がはいてる靴下でしょ」
 藍は頷くと、二人は音を立てないように探索を開始した。
 橙は鼻を鳴らす。犬の妖怪には及ばずとも、橙はよく鼻の利く方であった。早速異変を捉える。
「藍様、こっちだよ!」
 橙に誘われるがままに到達したのは、半壊した厨房であった。
「橙……」
「やった、クッキー発見! ほら、藍様も」
 藍は殴って叱ろうかと考えていたが、クッキーを差し出されると黙ってそれを食べた。
「ふむ、うまいな。……じゃなくてだな、橙」
「わかってるよ藍様。これで邪魔な匂いは消えたわけだから。ほらこっち」
 橙の先導で、二人は勝手口から出る。
 外では、ハンターと護り屋の仁義無き戦いが繰り広げられていた。小悪魔は少し離れた岸部に寝かされている。
「ふむ。ターゲットが外にいたならわざわざ境界を越えてくる必要もなかったな」
 藍がそう呟いている間に、橙が小悪魔をさらってきた。
「橙……我々の目的は靴下だけなんだが」
「だって藍様、こいつ靴下はいてないよ?」
「なに?」
 見れば、確かに小悪魔は裸足だった。念のため衣服の中も調べてみるが、やはり靴下はない。
「ふむ……」
 たっぷり十秒ほど考えた末に、藍は結論を出した。
 小悪魔がさらわれたことに気づいていなかった人間たちに向かって、叫ぶ。
「そこの人間たち! この小悪魔は預かった、返して欲しくば今日の日の入りまでに靴下を用意して紫様の寺まで来い!」
 それだけいうと、二匹は一目散に逃げ出した。

「なに、つまり靴下は守ったけど持ち主がさらわれたの?」
「……面目ないわ」
 リトルがさらわれたことに気がついた咲夜は、魔理沙をまくと一時パチュリーの秘密部屋まで戻ってきていた。
 攻撃であちこち破けたメイド服を新しいのに着替えると、棚から銀のナイフを補充して懐に秘める。
「やっぱりいくの?」
「ええ。この靴下を持ち主のもとに返さないと」
 咲夜は、リトルの靴下を丁重に畳むと、小袋の中にしまい込んだ。
「八雲紫、暗号名ソックスバタフライは、ハンター協会の間でも特に嫌われている存在よ。靴下のためならあらゆる手段を問わない、テロリスト同然の相手。それでもあなたは戦うというの?」
「パチュリー、決めるのはあなたでもない。私でもない。この右足にある靴下よ」
 咲夜は予備のスペルカードを数枚、パチュリーから受け取る。
「靴下は、正しい持ち主の足にあってこそ燦然と輝くように臭うわ。これ以上、この靴下と彼女を引き離しておくわけにはいかない」
 最後にそういうと、咲夜は部屋を後にした。
「……今でも、ときどき思い悩むことがあるの。あなたたちに靴下の正しい使い方を教えるべきだったのかって」
 誰もいない部屋で一人、パチュリーは呟いた。

【五】

 夕日が地平線へと沈む頃、咲夜は北東の果て、幻想郷と浄土のもう一つの境でもある一軒の寺へと到達した。
 取るに足らない雑魚妖怪たちが興味深げに咲夜を取り囲んでくる。絡んできたのを一匹、片手で退けると瞬く間に四散した。
 咲夜は叫ぶ。
「小悪魔の靴下は持ってきたわ! 約束通り人質を解放なさい!」
「よく来た、人間」
 上の方から聞こえる声。見上げれば、屋根の上で夕日を浴びて並ぶ、狐と猫の姿があった。
「では靴下を渡してもらおう」
「人質の解放が先よ」
 咲夜は冷徹に言い放つ。
「自分の立場がわかっているか? 人質をとっているのは我々なのだぞ」
「それは、どうかしら」
 咲夜は靴下を取り出すと、それにナイフを突きつけた。
 藍は眉間にしわを寄せる。
「人質を返さないなら、この靴下は細切れに切り裂くわ」
「あら、あなたにできるのかしら? そんなことが」
 今度の声は、建物の内部からした。
 扉が左右に開くと、八雲紫が、巨大な蝶を模した霊気を背負った妖怪が、そこにあった。足下には眠ったままの小悪魔が横たわっている。
「藍の目はごまかせても、私の目はごまかせないわ。あなたもまた狩人の目を持つ者。靴下を傷つけることなんてできるはずがない」
「私はハンターではないわ。護り屋よ」
「私にとっては同じことよ。靴下を愛する者という意味では、ね」
 紫は椅子代わりのすきまから立ち上がると、眠っているリトルの頬に手を伸ばした。
「かわいい娘ね。小悪魔でなければ私の式にしたいくらい」
「彼女から手を離しなさい」
 咲夜はナイフを三本、片手に構える。
 いわれたとおりにリトルから手を離すと、紫は咲夜を見下ろした。
「一つ、勝負といきましょう」
「勝負? 何を」
「一足の靴下に二人のハンターはいらないわ。あなたが死ぬか、私が死ぬか、闘争といきましょう」
 紫の言葉が終わった瞬間、雄叫びを上げて藍と橙が飛び掛かってきた。
 咲夜は二匹を左右になぎ払うと、紫に向けてナイフを連続して放つ。
 紫は、クナイ弾を放つと空中で次々に弾いた。
「闘争に部下を使うわけ? 意外と大したことないのね」
「藍たちに勝ってから大きな口は叩きなさい。絶対の勝者にのみ、靴下という美酒を味わう権利が与えられるのよ」
 そういうと、紫は寺の奥へと下がった。彼女を守るように、藍と橙が立ちふさがる。
「ようするに、まずはあなたたちを先に始末すればよいわけね」
「そううまくいくかな、人間?」
「うまくいくわ。なぜなら、大義は私の方にあるのだから」

 紫の目の前で、式と人間の戦いが開始される。
 彼女は、まずは高みの見物としゃれ込むつもりであった。靴下を巡って繰り広げられる戦いほど、美しくて見応えのある演舞はない。
 咲夜が十本のナイフを一度に放つ。半数は橙がはたき、残り半数の間を藍がくぐり抜ける。
 藍の放った光線が縦横無尽に走り抜ける。咲夜は右足で受け止め、同時の回転攻撃を仕掛けてきた橙にカウンターのナイフを放つ。橙は体勢を崩しながらかろうじて交わし、そこに飛んできた第二陣のナイフも地面を転がりながら避ける。
 戦況はほぼ互角。ただし一対二の戦いのため、必然的に咲夜の行動量は多くなり、消耗もより激しい。これでは自分の出る幕はないかもしれない。
 少々寂しく思いながら、紫はあらかじめいれておいた茶をすすった。少し冷めてしまい、おいしくなくなってしまった。
 そのとき。紅色の旋風が、翔た。それは式と人間の間を走り抜け、一気に寺の内部にまでなだれ込んでくる。
 衝撃音。念のため貼っておいた結界に、真っ向から彼女は飛び込んだ。全身傷だらけになりながら、なおも彼女は内部に一歩、足を踏み入れる。
 紅美鈴は、決死の形相で紫を睨みつける。それは寺の鬼神もひるませるような、怒りの顕現。
「……どうやら、私もただ見ているだけにはいかなくなったようね」
「あなただな? リトルをかどわかしたっていうのは」
「そのとおりよ。ならばどうするつもり?」
「倒す!」
 美鈴は戦闘態勢を取ると、鉄拳を敵めがけて叩き込む。
 否、拳は届かない。もう一つ貼られていた結界に遮られた。
「単細胞ね。ハンターとしても二流だわ。それで私を倒せるつもり?」
「問答無用!」
 美鈴は振りかぶると、もう一度鉄拳を叩き込む。
 結界が、裂けた。予想外の事態に紫は驚愕する。
 その隙を美鈴は逃さなかった。右の回し蹴りで結界を完全に破壊すると、勢いに乗ってもう一回転し攻撃を紫に浴びせる。
 紙一重で、紫は交わした。だが、鋭い一撃は鋭利な刃物となり、紫の肌と服に一筋の傷をつける。
 その一撃が、紫を変えた。
「魍魎『二重黒死蝶』!」
 至近距離で紫は弾幕を放った。自分の身が傷つくことも省みず。
 死蝶と短剣の嵐を受けて、美鈴は一気に寺の境内まで吹き飛ばされた。
 傷だらけの美鈴が起きあがると、すきまに乗って紫が建物から出てくる。
 表情は穏やかなまま、しかし目は笑っていない。
「あなたは私を怒らせたわ。二度と靴下を味わえないよう、すべての五感を断って差し上げましょう」
 紫はゆっくりと左手を振りかざした。
 瞬間、美鈴を取り囲むように弾幕という弾幕が展開される。その並びは微塵の隙もなく、脱出路は存在しなかった。
「さようなら、名も知らぬハンター」
 紫は左手を振り下ろす。
 弾幕は一点に向けて収縮を開始した。中心である美鈴めがけて。
 美鈴は瞳を閉じる。覚悟を決めた。心残りはあった。リトルをこの手で助けてやれなかったことだ。
 頼みましたよ、護り屋さん――最後にそう呟くと、美鈴は時を待った。
 ……。
 ……。
 来ない。
 いくら待てども弾幕は来なかった。美鈴はゆっくりと瞳を開く。
「お待たせ、だぜ」
「フフフ、一人だけさっさと楽になろうなんて虫が良すぎる話だわ」
 レーザーと炎の剣で弾幕の結界を焼き切った者がいた。魔理沙に、フランドール。
「あなたたち、どうして……」
「おっと勘違いするな。裏切り者を許しにきたわけじゃない。もっと卑怯な奴を許せなかっただけだ」
「ピンチには敵同士が協力するのがお約束なのよ。昨日読んだ絵本にもそう書いてあったわ」
 美鈴は立ち上がると、二人と並んで紫と向かい合う。
「リトルは返してもらうわよ、ソックスバタフライ!」

【六】

「メイド秘技『殺人ドール』!」
 この弾幕がとどめとなった。既に身動きの取れないほどの傷を負っていた橙をかばって倒れる藍。
「くっ……見事」
「藍さま、藍さまぁっ!」
 一対二は不利ではあったが、勝機がないわけではなかった。二匹は互いをそれとなくかばっていたため、動きに若干無駄が出ていたのだ。それに気づけば、あとはその弱点を徹底的に突き詰めればよかっただけの話であった。
「さあ、あなたの式は倒れたわよ。次は張本人のご登場を願いましょうか」
 美鈴たちに並ぶ咲夜。一対二で始まった戦いは、今や四対一と逆転していた。
「……どうやらここまでのようね」
 紫は、腰かけていたすきまを開いた。大きく口を開けた異空間に身を躍らせる。
「今日のところは、あなたがたの勝ちにしておいてあげるわ。けれど、次はないと思って」
 すきまごと消える紫。かと思えば、次の瞬間藍たちのすぐ側に現れ、二匹を回収すると今度こそ姿を消した。
「どうやら、勝ったみたいだな」
「そうね」
 互いに声を掛け合う魔理沙と咲夜。
 次の瞬間、咲夜はミサイルを弾き返した。
「なら、こちらの勝負再開といくぜ!」
「望むところ!」
 二人は数秒睨み合ったのち、同時に夜の闇へと飛び込んだ。そして魔力とナイフの応酬が始まる。
「フフフ、それじゃあ私は中国と……あれ?」
 中国と呼んだのに返事がない。
 フランドールが振り向くと、美鈴はいつの間にか気絶していた。生身で結界に身を焼かれたのだ、無理もない話である。
「なんだ、せっかく夜になったっていうのに……さっさと……お休み……しちゃって……」
 フランドールもまた倒れる。マスタースパークの直撃は彼女に多大なダメージを与えていたのだ。昼間はその一撃で勝負を決めるつもりだったので、今のようにその後も戦闘が続くとは完全に計算外の出来事だった。
 眠る美鈴を見たら気が抜けてしまい、フランドールもまた夢の世界へと落ちていった。

「魔符『スターダストレヴァリエ』!」
「幻符『インディスクリミネイト』!」
 二つのスペルが夜の闇に火花を散らす。ナイフが星を落とし、星がナイフを弾く。
 火花の間を抜けて、魔力で作られたミサイルが飛んでいく。
 ミサイルは咲夜の右足によって次々に落とされ、当たらなかったものは地面に当たり爆音を轟かす。
 藍たちとの戦いで消耗しているというのに、咲夜の動きにはまったく隙がなかった。むしろ昼間のときよりもその行動は鋭く、激しい。
「護り屋、あんたはなぜそこまでして戦う!」
 魔理沙にはわからなかった。彼女には命を賭けて戦う理由がある。
 靴下。それは夢。世俗に汚れた現世にただ一つ残された、究極の美にして至高の蜜。そこに靴下がある限り、それに魅入られた者は万難を排して戦い続けるのが宿命。
 なのに、目の前の相手は。この十六夜咲夜という人間は、最高の獲物を前にしてそれを狩らない。護るという。
「決めるのは私ではない。この右足の靴下よ」
「その靴下が、いったい何だって言うんだ!」
 魔理沙の見る限り、それは靴下であった。ただの靴下ではない。それは弾幕を弾き返す、闘気をまとった靴下であった。
 しかし、それ以外にも、それ以外にも何かがある。そこまではわかる。だがそれが何なのか、魔理沙にはわからなかった。
「この靴下は……お嬢様から贈られた物。私のために、お嬢様がくださった靴下。私がこうして履くために、私の右足にあるために」
 咲夜はマシンガンのごとく、線状にナイフを投げた。魔理沙は持ち前の機動力でそれを大きく回避する。
「私が戦うのは、他の誰のためでもない。靴下のため。正しい持ち主のもとに靴下があるために、私はナイフを取って盾となる!」
 奇術『幻惑ミスディレクション』。
 先読みで配置されたナイフに、魔理沙の体が引き裂かれる。
「……ようやくわかったぜ、あんたと私の違いが。私は自分のために戦うのに対し、あんたは靴下のために戦うという。……勝てる道理が、あるはずもないか……」
 二、三歩よろめいたのち、魔理沙はゆっくりと倒れた。

【七】

 咲夜は、合計四人を担いで紅魔館へと戻ってきた。消耗してなくともこの人数を一度に運ぶのはきつい。
「……ぜー、はー、ぜー、はー……た、ただいまー」
「おかえりー」
 出迎えたのはパチュリーだった。
「依頼の方は、無事に果たせたみたいね」
 リトルの履いた古びた靴下を見て、パチュリーが納得する。
「終わった後の方がしんどかったわ。……ちょっと手伝って欲しいんだけど」
「私、力仕事はちょっと」
「一人だけでいいから。妹様を寝室まで運んでおいてちょうだい」
 仕方なくパチュリーは引き受けた。四人の中で一番軽いフランドールを背負うと、地下室に向かった。
 入れ替わるようにして、館の主であるレミリアが現れる。
「お帰りなさい、咲夜。帰りが遅いから心配していたわ」
「すみません、お嬢様。すぐに夕飯の支度に取りかかりますから」
「別に謝る必要はないわ。咲夜はとても大切な仕事をしてきてくれたんだもの」
 レミリアは音もなく忍び寄ると、リトルの足から靴下を抜き取った。自分の顔に近づけるとがくがくと顔を震わせる。
「……お嬢様?」
「うん、ハンターたちの奪い合いを経て、ずいぶん成熟したわ。ご苦労様、咲夜」
 リトルの靴下を手に、レミリアは自室に引き上げようとした。
 次の瞬間、レミリアは靴下の感触がなくなったことに気がつく。
 振り向けば、咲夜がもとのようにリトルの足に靴下を履かせていた。
 美鈴と魔理沙の体は適当にほっぽり出されている。
「何のつもり、咲夜?」
「……お嬢様は、そういうつもりでこの靴下を私たちにくださったんですか」
「ええ、靴下を成長させるために。私は悟ったのよ、咲夜。ハンターたちとの戦いを経てこそ至高の靴下というものは完成するのよ」
 恍惚とした表情でレミリアは語る。咲夜は唇を噛みしめた。
「では、今日の襲撃は」
「私が情報を流した。といったら?」
 咲夜はナイフを投げた。レミリアの頬をかすめて壁に突き刺さる。髪が一房、地面に落ちた。
「なら、私はあなた様に敵対します」
 レミリアは、自分の頬から流れた血を指ですくって舐める。
「ふうん、そうなんだ。覚悟はできてるわね、咲夜?」
「……はい」
「もう少し熟してから刈り取ろうと思っていたけど……あなたの靴下、このレミリア・スカーレットがいただくわ!」
 主人と従者の、靴下のための戦いが開始される。

「そこまでよ!」
 突然、よく通る声が轟いた。
「だれ!?」
「この声は……」
 まずい、という表情を浮かべるとレミリアは逃亡を図る。
 だがしかし、彼女の行く手を遮る者が現れた。
 博麗霊夢。紅白の巫女にして幻想郷の風紀委員。
「あはは、あのね、霊夢」
 通用する相手でないことは分かり切っていても、レミリアは思わず笑って誤魔化そうとする。
「ここ最近は比較的おとなしいかなーと様子見していたけど……やっぱり裏で悪巧みしてたのね」
「ええと、だから……そうだ、今晩はご馳走にするのよ、せっかくだから食べていかない?」
「謝罪も言い訳も一切無用、今日という今日こそは性根をたたき直してくれるわ!」
 風紀委員とハンターの追いかけっこが始まった。
 お払い棒を振りかざす霊夢。
 レミリアは玄関から飛び出した。霊夢もそれに続く。
 しばらくして、花火と聞き間違えそうな爆音が、外から絶え間なく響いてきた。
 咲夜は、疲れがどっと出た。
 ああそうだ、早く夕飯の支度をしなくては。いや待てその前にまずは小悪魔とゴ○ブリと中国を部屋に運ばなくてはならないなと振り返り。
「……リトル?」
 リトルの姿が見えなくなっていることに気がついた。

【八】

 いったい今日は何だったのだろうか。
 自室で着替えながら、リトルは自らに問いかけていた。
 厨房でクッキーを焼いていたはずだったのに、気がつけば玄関近くの廊下で眠っていて、いつの間にか夜になっていた。
 何か嫌な臭いを嗅いだ覚えがあるが、思い出そうとすると頭痛がして記憶が何も浮かんでこない。
 まあいいか、とリトルは思った。細かいことを気にしていては、この館でやっていくのは難しい。
「これも、もうぼろになったかな」
 リトルは靴下も履き替えると、古くなった方を手にして部屋を出た。
 紅魔館のゴミ捨て場である焼却炉へと向かう。
 赤々と燃える炎めがけて、リトルは古びた靴下を投げた。火はあっという間に燃え移り、布地は化学反応を起こして灰へと変化していく。
「あー!」
 素っ頓狂な声が上がった。リトルが振り向くと、咲夜に美鈴、魔理沙にフランドールまでがぽかんと口を開けている。
「……どうしたんですか?」
 リトルの疑問に答える者はいなかった。咲夜はがっくりと膝をつく。魔理沙とフランドールは大慌てで焼却炉に駆け寄る。
「火よ、早く火を消すのよ!」
「焼却炉の消し方なんて知らないぜ」
「だったら、焼却炉ごと破壊すれば」
「靴下まで吹き飛ぶわ!」
 問答以前に手遅れだった。靴下は完全に灰燼へと帰していた。
「いったい、どうしたんですか?」
 もう一度、リトルは尋ねた。
「な、なんでもないわよ。あはははは……」
 咲夜は笑った。自分の苦労はいったい何だったのかと天に問いかけるが、返事はもちろん返ってこない。
「そうですか。そうだ、今日昼間にクッキー焼いたんですけど……ちょっと記憶が飛んでるんですが」
「それだったら、妹様がほとんど食べちゃったわ」
 現実逃避気味の咲夜に代わって、美鈴が答えた。
「あ、そうなんですか……せっかく皆さんに食べていただこうと焼いたんですけど」
 食べた相手が相手だけに、リトルは責めるわけにもいかなかった。心の中でだけ残念がろうとするが、つい顔にも出てしまう。
「ああ、そんなにしょげないで。ほら、もう一回焼けばいいのよ。そのときは私も手伝うから」
「ほんとですか! じゃあ、早速……の前に、今は晩ご飯の準備ですね」
「そうね。早く行きましょう。ほら、咲夜さんもぼうっとしてないで」
 美鈴に手を引かれて、咲夜とリトルは焼却炉を後にした。

 少し遅めの晩ご飯の時間が始まる。
 皆が食堂の席に着く。だが、時間になっても上座の一席は空いたままだった。
「……どれ、さっさといただこうぜ。今日は疲れた」
 魔理沙は箸を取ると、挨拶前にご飯茶碗を手に取る。
「待ってください。まだ、レミリア様が」
「ああ、あいつならいいのよ。今日はいらないって」
 霊夢はそういうと、さっさとご飯を口にかき込み始めてしまった。
「そうなんですか? せっかくいっぱい作ったのに」
 テーブルに並んだ料理を見ながら、リトルが残念そうな表情を浮かべる。彼女にとって、今日の料理は自信作であった。何より美鈴、咲夜と一緒に作ったのだ。
「大丈夫よ。今日は、ほとんどの人がやけ食いに走ると思うから」
 そういう咲夜もいつもの倍のペースで食事を開始した。

 その日、紅魔館の屋根から東側に向けて逆さ吊りにされた吸血鬼を、通りすがりの闇妖怪が見かけたとか見かけなかったとか。
一番最初に創想話の方に書かせていただいた“東方ソックスハンター”はほぼ原作のままだったので、今回はオリジナルストーリーで攻めてみました。
とはいえ、主役(咲夜さん)の設定その他は『闇のイージス』(ソックスハンターのパロディ元である『ジーザス』と同じ作者・世界観の漫画)のパロディになっておりますが。
小悪魔の名前は、前作の“Captive of the Infinite Library”に引き続いてリトルに統一してしまいました。もう彼女の名前はこれで決定かも、自分の作品群の中では。
イースタンセラフ
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コメント



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1.30すけなり削除
ソックスハンター復活きたー!!うわぁ、懐かしい…。相変わらず逝っちゃってるキャラの性格が…(震 そして最後の一行で変に笑ってしまった_| ̄|○ 灰になるなよ?