※ かなり勝手に性格設定してます。
飄々と余裕を崩さないアリス、いつも明るく能天気なメルランが
好きな方は読まないほうがよろしいかもしれません。
まだ妖々夢の「キャラ設定.txt」に目を通していない方は
3姉妹の過去設定だけでも事前にお読みください。
でないと話が通じにくいです。
更にもうひとつ、割と長いです。お覚悟。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
“あの野魔法使い、モノクロのくせに……ッ”
この一針には怒りを込めて。
“ごめんね、無理をさせてしまって”
この一針には慈しみを込めて。
私は大きな木に寄りかかるように腰を下ろして人形の服を繕っていた。
「ほんとうは家でやればいいんだけど」
青い空。白い雲。草原の緑。木の葉を揺らすそよ風。
“これで時計を持った白兎がいれば完璧”
くだらない想像をしては独り笑う。
「たまにはこういうのも、ね」
春を感じさせてくれるのは桜の花だけとは限らない。
だいたい桜は私の趣味じゃない。
――実はついさっき桜の下で毛虫に驚いて大声を出したら
声に反応した毛虫が一斉に吊り下がってきて
軽いトラウマを負ったことはここだけの秘密――
「さ、あなたはこれで終わり。綺麗になったわ」
先日の戦い――
違う違う、先日の『遊び』で無傷な人形は殆ど残っていなかった。
あの後、幻想郷にも春が来た。
なんだか気に入らなかった。
春が来たことが、ではなく、あいつが首尾よく事を終えたのが。
かといってあの時もっと食い下がっていたら……
この子たちのどれかを失うことにすら、なりかねなかった。
あそこで退いてみせたのは正しかったはずだ。
最初はコレクションでしかなかった。
人形はその性質上、人の想いが溜まりやすく、その影響も受けやすい。
例えば一人で部屋にいるとき
「花瓶に見られている」なんて思う人はいないけれど
「人形に見られている」と感じる人ならいる。
そういう積み重ねを経た人形は本当に『見る』ようになることがある。
『人に似せた物』は『人に似た者』に変化する素質が大きい。
それだけ呪的な触媒としては優れている。
それになにより人形なら美的にも好ましい。
いざ集め始めてみるとすぐに気がついた。
元は只の人形でも、宿っているのが仮初めの魂でも、
この子たちはもう『物』ではない。
それを蔑ろに扱うことは私にはできなかった。
それから人形は私にとって単なる蒐集物やスペルの触媒ではなくなった。
友達。
――というのはネクラ少女みたいで抵抗があるから、パートナー。
そう、パートナーということにでもしておこう。
…
…
…
「あ、獲物はっけ~ん……と思ったら魔界の人。ちょっと残念」
修繕に夢中になっていたらなんだかうるさいのが来た。
いい調子で作業に没頭できていたのに。
「まあいいわ、一曲聴いてくださらない?
トランペットのソロで良ければ」
顔をあげると見かけたことのない少女がいた。
白を基調とした服に、妙な飾りのついた帽子をかぶっている。
そしてふわふわ飛び回るトランペット。他に人影はない。
「――というか、あなた誰」
「人に名前を尋ねるときは~ってよく言うけど私から名乗るわね。
私はメルラン・プリズムリバー。もの凄く普通の騒霊さん」
冗談めかしてスカートの裾を摘まみながら
可愛らしくお辞儀をしてみせる少女。
「……」
直感した。これは付き合うと疲れるタイプだと。
早々にお帰り願おう。
「ちんどん屋は間に合ってる。
そうね、この春で頭の桜まで満開になった巫女と
昭和初期の国産テレビみたいな魔女を紹介してあげるから
そっちを当たれば?
あいつらだったらあなたと気が合いそうよ」
「あ、それどっちも知ってるわ、私。
今その二人に呼ばれた帰りだし」
心の中でチッと舌打ち。追い払う口実がひとつ消えた。
思いのほか世間は狭い。
「近頃はどこもかしこもお花見で、お仕事たくさん、幸せいっぱいなの。
うふ、うふ、うふふふふふふふふ」
目の前の少女が表現しがたい状態に突入した。
どうやら呼ばれた先でアレに悪影響を受けたらしい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
魔理沙「へっくしッ」
霊夢「春風邪ひくのは何とやら……」
魔理沙「うるさい、それを言うなら夏風邪だぜ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「冗談はさておき。あなたも一曲聴いてみない?」
唐突に真顔――厳密にはまだ目が笑ってるけど――に戻った少女は
先の問いを改めて繰り返した。
あの『うふふ』は冗談だったのだろうか、ほんとに。
こちらはとっさに逃げる準備までしたというのに。
「……聴いたら後はそっとしておいてくれるのかしら?」
「たぶんね。きっと。うん、努力はしてみる」
「はぁ……。もういいわ。
さっさと演って、選曲は任せるから」
それだけ言うと視線を手元の人形に戻して修繕を再開することにした。
気が済んだら勝手に帰ってくれることを祈りつつ。
騒霊の少女――メルランだっけ?――が演奏を始めた。
草原の風がトランペットの音色を乗せて遠く運んでいく。
その風景をそのまま音にしたような爽やかなメロディ。
“意外と悪くないわね”
そう思った途端、修繕中の人形が『賛成で~す』とでも言うように
ひょこんと片手を上げた。
“――え?”
『彼女』がピョンと私の膝から飛び降りる。
つられたように他の人形たちも次々に立ち上がった。
“だって、私は何も――”
八体の人形が輪を作り、くるくると回り始めた。
それに応えてかメルランが曲のテンポを上げる。
曲調はすっかりジャズになってしまった。
流れる調べに身をまかせ
ひょいとお辞儀し手をつなぎ ♪
“そこな異国の娘さん 私と一曲いかがです?” ♪
オランダ人形がチョイと手を取れば
京人形も踊りだす ♪
ここは緑の大広間
青い大空仰ぎ見て ♪
踊ろ踊ろよ軽やかに
踊る踊るよ朗らかに ♪
――これまでこの子たちがこんなに活き活きとしてたことがあったっけ?
半ば呆然と、半ば陶然とした心地で見守るなか
ささやかなダンスパーティーは続いていく。
いつしか私もその曲に心をゆだねていた。
♪
♪
♪
「あんまり無理させないでよね。この子たち怪我してるんだから」
さしずめ、宴の後。
素直に褒めるのが癪だったのもあって憎まれ口を叩いてしまう。
さすがに踊ったくらいで手足が捥げたりはしないだろうけど
途中から少々心配になったのも事実だ。
「ごめんなさいね、興が乗りすぎちゃった。
姉さんたちと一緒だとジャズはあんまり演れないの」
「姉さん?」
「え? あ~、姉妹がいるの。
姉がひとりと、――妹がひとり」
あれ、今なにか――
「さっきまでみんな一緒だったけど、帰りは別々になってね」
彼女は依然、にこやかに話し続けている。
何がそんなに楽しいのか問い詰めたくなるような独特のオーラもそのままだ。
私の気のせいだった?
――そうは思えない。
「ひとつ訊いていい?
あなた、なんで私に演奏を聴かせたかったの?」
「えっと……私たち、人間の幽霊とは少し違うのね。
言ってみれば人工幽霊みたいなものかな」
つまり人が死んで騒霊になったのではなく、
最初から騒霊として生み出されたということか。
普通そのタイプの騒霊は音が鳴ったり家具が動いたりする
『現象』レベルで終わってしまう。
それを形や人格を持った『存在』として定着させるなんて――
「それでほら、普通の幽霊と違って生前の恨みとかがないから
この世界に在り続けようとする力が弱くて」
思考を中断してメルランの話に意識を戻す。
「誰かが引き留めていてくれないと、いずれ消えちゃうのよ。
さあ大変です!
そこで私たちは考えました」
メルランはニコッと笑みを作る。
それまでも始終――シリアスな話にそぐわぬ――楽しげな様子だったけど、
とりわけ今のはドキッとした。
“私が男なら危なかった”と妙な感想を持ってしまうほどに。
「誰かが私たちを必要としてくれれば、その想いを糧に生きていける。
だったら誰かが私たちの演奏を聴いて
『また聴きたい、もっと聴きたい』と思ってくれれば――
音楽が私たちの生きる目的で、生きる力になるの。
ね、これって素敵じゃない?」
私には彼女が眩しかった。
私はそんな顔で笑ったことがあるだろうか。
それが少し悔しくて、だから私は意地悪なことを言ってみる。
「装飾を除いて表現すると音楽をキーに波長の合う魂に取り憑いて
精神力を吸うエセ浮遊霊じゃないの。
だいたいあなた、生きてると言えるかどうかさえ疑わしいわ」
「衰弱したりしないから取り憑いてるのとは違うわよ~」
メルランは苦笑いしながら異を唱えた。
「まあ、あなた流に表現すると人間がベストな『食べ物』なのよね。
感受性が強いし、感情の波が激しい分だけ色んな想いも深いから
良いお客さん。あ、でも人間じゃなくても大丈夫なのよ?」
「それでファンを増やそうと営業活動?」
「ええ、そういうこと。
いつもあなたのすぐ傍に、プリズムリバー三姉妹。
不束者ですが今後ともよろしく~」
おどけてペコリと頭を下げるメルラン。
憎めない性格だ。
……このまま騙されてあげるべきかどうか、迷った。
必要以上に他人に踏み込んだって仕方がない。
“さようなら、ここでお別れしましょう。
あなたの荷物を一緒に背負うのはゴメンだわ”
それがいつもの私の流儀。
それでも私は気になった。
さっき一瞬だけ見えた仮面の下が。
たまには流儀を破ってみるのも……そう決めた。
「表向きの理由は解った。
でも、それだけじゃないんでしょう?」
「――おどろいた。鋭いのね」
「どういたしまして、こう見えてもデジタルハイビジョン級よ」
暫しの沈黙。
「……言いたくないならそれでもいいわ。
だいたいこんなの私のガラじゃないから」
また沈黙。
別れを告げて帰ろうかと思った頃、ようやくメルランは話し始めた。
「むかしむかし、あるところに
とても寂しがり屋の小さな女の子がいました。
なのに可哀想に女の子は独りぼっち。
どんなに呼んでも、どんなに泣いても、誰もきてくれません。
ここで問題です。その子はどうしたでしょう?」
「……」
「その子はね、寂しくないように一緒に過ごしてくれる人を『創った』の。
女の子はその人たちと楽しく毎日を過ごし、ずっと幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし」
まるで幼い娘に昔話を読み聞かせる母親のような優しい表情。
見ていられなかった。
その笑顔が何故だか――やりきれなくて。
「さっきの質問の答えね。どことなくあの子に似てるのよ、あなた。
顔も歳も仕草もぜんぜん違うのに。だから、かな」
口の端に微かな笑みを残したまま、メルランはくるりと背を向けて空を仰いだ。
あいかわらず気が抜けるほど長閑〈のどか〉な空。
「――私はその子とは違う。
人形〈この子〉たちとは寂しいから一緒にいるわけじゃないわ」
「わかってる。ごめんなさい、気を悪くしないで」
風が草をざわめかせて走る。
「誰かと騒いでいると平気なのに、独りになると考えてしまうのよ。
“私たちはなんだったのかな”って。
あの子が無くした家族の代わりに一緒に暮らして一緒に笑って……
でもその笑顔は私の笑顔じゃない。
あの子がくれた他人の笑顔。
あの子が私を呼ぶ。
あの子がくれた他人の名前で。
そして私は借り物の笑顔でニコニコと返事をしていたの」
彼女はむこうを向いたまま。その表情は判らない。
トランペットは先ほどから動きを止めて一ヵ所に滞空している。
「――その子のこと、嫌いだったの?」
「好きだった!」
叩きつけるように即答。
「嫌いなわけないでしょう!?
今でも愛している。
あの子はいつまでも私の大切な妹よ」
「だったら」
“その想いがあればそれでいいんじゃない?”
と言おうとして途中で遮られた。
「だけど――
『その想いだって借り物かもしれない』
ただ最初からそんなふうに創られただけなのかも――
一度そう思ってしまったら、私は、
私は――――」
彼女は肩を震わせて――泣いているのだろうか。
私は言うべき言葉を探していた。
“こういうシチュエーションて苦手なのよね”と
どこか冷たい思考を頭の片隅に残しながら。
私がその探し物を見つける前に、メルランが振り向いてしまった。
彼女は笑っていた。
涙を頬に伝わせながら、それでも微笑みは崩さずに。
「ねえ、私はあの子の『人形』なの?」
その一言で私の冷めた部分が砕け散った。
その問いに、その笑顔に、無性に腹がたった。
あいつに負けたときでもこれほどの怒りは覚えなかった。
「人形が……あなたやこの子たちが只の人形なら
あんなに嬉しそうにトランペットを吹いて
あんなに楽しそうに踊ったりしないわ!
元が作り物だって借り物だってそんなことはどうでもいい!」
自分で意識するより先に立ち上がって怒鳴っていた。
「でも私は――」
メルランが何か言いかけた。
かまうもんか。
溢れた感情はどうしたって止まらない。
「笑顔も想いもみんな借り物ですって?
だったらどうしてあなたはその子が居なくなってもまだ此処に居るのよ。
だったらどうしてもっと何も考えずにヘラヘラ笑ってないのよ!
あなた、その子と一緒に過ごして楽しかったんでしょう?
その子のこと愛してるんでしょう!?
苦しんで悲しんで、それでも想いを抱えて生きようとして!
あんな――あんな音色を創り出せるんでしょう?
だったら……
だったらもっと幸せそうに笑ってみせなさいよ!
あなたの笑顔は見てるこっちまで――
ただの人形が、全部借り物の人形がそんな表情できるもんですかッ!」
一気に言い切ってからハァハァと息をつく。
無様だった。らしくない。
なにをこんなに躍起になっているんだろう、私。
いつも余裕を失わないよう心掛けていたのに。
情けなくて泣けてくる。
――なんてこと、本当に涙まで出てきた。
悪い冗談もいいところ。
もしあいつらにこんな姿を見られたら笑いものだ。
ハンカチでぐっと顔を拭い、私は見えない糸を手繰るごとく腕を振る。
今まで静観していた人形たちが私に付き従うように浮かび上がった。
「さようなら」
形式だけの挨拶を置き捨ててメルランに背を向ける。
今日はもう真っ直ぐ家に帰ろう。
おかげでこの子たちの修繕が進まなかった。
明日は家で続きをしよう。
こんなことなら今日も家で――
「待って」
「――まだ何か用なの?」
振り返らずに言葉だけを返す。
その言葉には呆れるほど険があって、我ながら驚いた。
感情を全く込めずに答えたつもりだったのに。
今の私はどうかしている。自制が利いていない。
これで彼女がくだらない謝罪でも口にしようものなら
蓬莱人形で吊るしてしまうかもしれない。
「……ありがとう」
その声の響きに私は振り返った。
彼女は笑っていた。
涙を頬に伝わせながら、それでも微笑みは崩さずに。
ああ――そんなとびきりの笑顔は――ずるい。
さっきと同じ泣き笑いの顔。
でも決定的に違うのは、その涙と微笑みの理由。
そんな笑顔を見せられたら、私は。
私はどうして怒っていたのか忘れてしまうじゃない――――
「……クッ……ククッ、フフフッ」
彼女の顔を見たら今しがたまでの自分が急にバカバカしくなって、
私の口から思わず笑い声が漏れる。
必死に噛み殺そうとしても発作は勢いを増して伝染する。
「ふっ、ふふふふふふふふふ」
二人で笑い出す。
“傍から見たらさぞかし不気味でしょうね”と意識しながら、
それも含めてありとあらゆる全てが愉快で。
「ふふっ、アハハハハハハハッ」
あぁ、助けて、息が、息ができな――――
ようやくそれが治まるころには、息も絶え絶えになった二人が
仰向けで草原に寝転がっていた。
「あぁ――フフッ、こんなに笑ったのは久しぶり」
ほけっと青空を見上げながら呼吸を整える。
よし、私はもう大丈夫だ。
「メルラン?
落ち着いたところでひとつあなたに頼みがあるんだけど」
「なぁに?」
「さっき言われたお礼ね、あれ、要らないから――
その代わりにアンコールをお願いできる?」
「……ええ、喜んで!」
草原に春の風が吹く。
トランペットの響きを乗せて、人形の服をひらひら揺らし。
たまにはそんな幻想郷の一日も悪くなかった。
“そうよね?”
声に出さず問いかける相手は、目の前にいる出会ったばかりの親友。
――というのは気恥ずかしくて抵抗があるから、知り合い。
そう、新しい知り合いということにでもしておこう。
END.
その日の晩、某お屋敷で。
「あ゛」
「どうしたメルラン」
「姉さん、またぼーそー?」
「あの人形遣いの子、名前訊くの忘れちゃってた~」
今度こそEND.
飄々と余裕を崩さないアリス、いつも明るく能天気なメルランが
好きな方は読まないほうがよろしいかもしれません。
まだ妖々夢の「キャラ設定.txt」に目を通していない方は
3姉妹の過去設定だけでも事前にお読みください。
でないと話が通じにくいです。
更にもうひとつ、割と長いです。お覚悟。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
“あの野魔法使い、モノクロのくせに……ッ”
この一針には怒りを込めて。
“ごめんね、無理をさせてしまって”
この一針には慈しみを込めて。
私は大きな木に寄りかかるように腰を下ろして人形の服を繕っていた。
「ほんとうは家でやればいいんだけど」
青い空。白い雲。草原の緑。木の葉を揺らすそよ風。
“これで時計を持った白兎がいれば完璧”
くだらない想像をしては独り笑う。
「たまにはこういうのも、ね」
春を感じさせてくれるのは桜の花だけとは限らない。
だいたい桜は私の趣味じゃない。
――実はついさっき桜の下で毛虫に驚いて大声を出したら
声に反応した毛虫が一斉に吊り下がってきて
軽いトラウマを負ったことはここだけの秘密――
「さ、あなたはこれで終わり。綺麗になったわ」
先日の戦い――
違う違う、先日の『遊び』で無傷な人形は殆ど残っていなかった。
あの後、幻想郷にも春が来た。
なんだか気に入らなかった。
春が来たことが、ではなく、あいつが首尾よく事を終えたのが。
かといってあの時もっと食い下がっていたら……
この子たちのどれかを失うことにすら、なりかねなかった。
あそこで退いてみせたのは正しかったはずだ。
最初はコレクションでしかなかった。
人形はその性質上、人の想いが溜まりやすく、その影響も受けやすい。
例えば一人で部屋にいるとき
「花瓶に見られている」なんて思う人はいないけれど
「人形に見られている」と感じる人ならいる。
そういう積み重ねを経た人形は本当に『見る』ようになることがある。
『人に似せた物』は『人に似た者』に変化する素質が大きい。
それだけ呪的な触媒としては優れている。
それになにより人形なら美的にも好ましい。
いざ集め始めてみるとすぐに気がついた。
元は只の人形でも、宿っているのが仮初めの魂でも、
この子たちはもう『物』ではない。
それを蔑ろに扱うことは私にはできなかった。
それから人形は私にとって単なる蒐集物やスペルの触媒ではなくなった。
友達。
――というのはネクラ少女みたいで抵抗があるから、パートナー。
そう、パートナーということにでもしておこう。
…
…
…
「あ、獲物はっけ~ん……と思ったら魔界の人。ちょっと残念」
修繕に夢中になっていたらなんだかうるさいのが来た。
いい調子で作業に没頭できていたのに。
「まあいいわ、一曲聴いてくださらない?
トランペットのソロで良ければ」
顔をあげると見かけたことのない少女がいた。
白を基調とした服に、妙な飾りのついた帽子をかぶっている。
そしてふわふわ飛び回るトランペット。他に人影はない。
「――というか、あなた誰」
「人に名前を尋ねるときは~ってよく言うけど私から名乗るわね。
私はメルラン・プリズムリバー。もの凄く普通の騒霊さん」
冗談めかしてスカートの裾を摘まみながら
可愛らしくお辞儀をしてみせる少女。
「……」
直感した。これは付き合うと疲れるタイプだと。
早々にお帰り願おう。
「ちんどん屋は間に合ってる。
そうね、この春で頭の桜まで満開になった巫女と
昭和初期の国産テレビみたいな魔女を紹介してあげるから
そっちを当たれば?
あいつらだったらあなたと気が合いそうよ」
「あ、それどっちも知ってるわ、私。
今その二人に呼ばれた帰りだし」
心の中でチッと舌打ち。追い払う口実がひとつ消えた。
思いのほか世間は狭い。
「近頃はどこもかしこもお花見で、お仕事たくさん、幸せいっぱいなの。
うふ、うふ、うふふふふふふふふ」
目の前の少女が表現しがたい状態に突入した。
どうやら呼ばれた先でアレに悪影響を受けたらしい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
魔理沙「へっくしッ」
霊夢「春風邪ひくのは何とやら……」
魔理沙「うるさい、それを言うなら夏風邪だぜ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「冗談はさておき。あなたも一曲聴いてみない?」
唐突に真顔――厳密にはまだ目が笑ってるけど――に戻った少女は
先の問いを改めて繰り返した。
あの『うふふ』は冗談だったのだろうか、ほんとに。
こちらはとっさに逃げる準備までしたというのに。
「……聴いたら後はそっとしておいてくれるのかしら?」
「たぶんね。きっと。うん、努力はしてみる」
「はぁ……。もういいわ。
さっさと演って、選曲は任せるから」
それだけ言うと視線を手元の人形に戻して修繕を再開することにした。
気が済んだら勝手に帰ってくれることを祈りつつ。
騒霊の少女――メルランだっけ?――が演奏を始めた。
草原の風がトランペットの音色を乗せて遠く運んでいく。
その風景をそのまま音にしたような爽やかなメロディ。
“意外と悪くないわね”
そう思った途端、修繕中の人形が『賛成で~す』とでも言うように
ひょこんと片手を上げた。
“――え?”
『彼女』がピョンと私の膝から飛び降りる。
つられたように他の人形たちも次々に立ち上がった。
“だって、私は何も――”
八体の人形が輪を作り、くるくると回り始めた。
それに応えてかメルランが曲のテンポを上げる。
曲調はすっかりジャズになってしまった。
流れる調べに身をまかせ
ひょいとお辞儀し手をつなぎ ♪
“そこな異国の娘さん 私と一曲いかがです?” ♪
オランダ人形がチョイと手を取れば
京人形も踊りだす ♪
ここは緑の大広間
青い大空仰ぎ見て ♪
踊ろ踊ろよ軽やかに
踊る踊るよ朗らかに ♪
――これまでこの子たちがこんなに活き活きとしてたことがあったっけ?
半ば呆然と、半ば陶然とした心地で見守るなか
ささやかなダンスパーティーは続いていく。
いつしか私もその曲に心をゆだねていた。
♪
♪
♪
「あんまり無理させないでよね。この子たち怪我してるんだから」
さしずめ、宴の後。
素直に褒めるのが癪だったのもあって憎まれ口を叩いてしまう。
さすがに踊ったくらいで手足が捥げたりはしないだろうけど
途中から少々心配になったのも事実だ。
「ごめんなさいね、興が乗りすぎちゃった。
姉さんたちと一緒だとジャズはあんまり演れないの」
「姉さん?」
「え? あ~、姉妹がいるの。
姉がひとりと、――妹がひとり」
あれ、今なにか――
「さっきまでみんな一緒だったけど、帰りは別々になってね」
彼女は依然、にこやかに話し続けている。
何がそんなに楽しいのか問い詰めたくなるような独特のオーラもそのままだ。
私の気のせいだった?
――そうは思えない。
「ひとつ訊いていい?
あなた、なんで私に演奏を聴かせたかったの?」
「えっと……私たち、人間の幽霊とは少し違うのね。
言ってみれば人工幽霊みたいなものかな」
つまり人が死んで騒霊になったのではなく、
最初から騒霊として生み出されたということか。
普通そのタイプの騒霊は音が鳴ったり家具が動いたりする
『現象』レベルで終わってしまう。
それを形や人格を持った『存在』として定着させるなんて――
「それでほら、普通の幽霊と違って生前の恨みとかがないから
この世界に在り続けようとする力が弱くて」
思考を中断してメルランの話に意識を戻す。
「誰かが引き留めていてくれないと、いずれ消えちゃうのよ。
さあ大変です!
そこで私たちは考えました」
メルランはニコッと笑みを作る。
それまでも始終――シリアスな話にそぐわぬ――楽しげな様子だったけど、
とりわけ今のはドキッとした。
“私が男なら危なかった”と妙な感想を持ってしまうほどに。
「誰かが私たちを必要としてくれれば、その想いを糧に生きていける。
だったら誰かが私たちの演奏を聴いて
『また聴きたい、もっと聴きたい』と思ってくれれば――
音楽が私たちの生きる目的で、生きる力になるの。
ね、これって素敵じゃない?」
私には彼女が眩しかった。
私はそんな顔で笑ったことがあるだろうか。
それが少し悔しくて、だから私は意地悪なことを言ってみる。
「装飾を除いて表現すると音楽をキーに波長の合う魂に取り憑いて
精神力を吸うエセ浮遊霊じゃないの。
だいたいあなた、生きてると言えるかどうかさえ疑わしいわ」
「衰弱したりしないから取り憑いてるのとは違うわよ~」
メルランは苦笑いしながら異を唱えた。
「まあ、あなた流に表現すると人間がベストな『食べ物』なのよね。
感受性が強いし、感情の波が激しい分だけ色んな想いも深いから
良いお客さん。あ、でも人間じゃなくても大丈夫なのよ?」
「それでファンを増やそうと営業活動?」
「ええ、そういうこと。
いつもあなたのすぐ傍に、プリズムリバー三姉妹。
不束者ですが今後ともよろしく~」
おどけてペコリと頭を下げるメルラン。
憎めない性格だ。
……このまま騙されてあげるべきかどうか、迷った。
必要以上に他人に踏み込んだって仕方がない。
“さようなら、ここでお別れしましょう。
あなたの荷物を一緒に背負うのはゴメンだわ”
それがいつもの私の流儀。
それでも私は気になった。
さっき一瞬だけ見えた仮面の下が。
たまには流儀を破ってみるのも……そう決めた。
「表向きの理由は解った。
でも、それだけじゃないんでしょう?」
「――おどろいた。鋭いのね」
「どういたしまして、こう見えてもデジタルハイビジョン級よ」
暫しの沈黙。
「……言いたくないならそれでもいいわ。
だいたいこんなの私のガラじゃないから」
また沈黙。
別れを告げて帰ろうかと思った頃、ようやくメルランは話し始めた。
「むかしむかし、あるところに
とても寂しがり屋の小さな女の子がいました。
なのに可哀想に女の子は独りぼっち。
どんなに呼んでも、どんなに泣いても、誰もきてくれません。
ここで問題です。その子はどうしたでしょう?」
「……」
「その子はね、寂しくないように一緒に過ごしてくれる人を『創った』の。
女の子はその人たちと楽しく毎日を過ごし、ずっと幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし」
まるで幼い娘に昔話を読み聞かせる母親のような優しい表情。
見ていられなかった。
その笑顔が何故だか――やりきれなくて。
「さっきの質問の答えね。どことなくあの子に似てるのよ、あなた。
顔も歳も仕草もぜんぜん違うのに。だから、かな」
口の端に微かな笑みを残したまま、メルランはくるりと背を向けて空を仰いだ。
あいかわらず気が抜けるほど長閑〈のどか〉な空。
「――私はその子とは違う。
人形〈この子〉たちとは寂しいから一緒にいるわけじゃないわ」
「わかってる。ごめんなさい、気を悪くしないで」
風が草をざわめかせて走る。
「誰かと騒いでいると平気なのに、独りになると考えてしまうのよ。
“私たちはなんだったのかな”って。
あの子が無くした家族の代わりに一緒に暮らして一緒に笑って……
でもその笑顔は私の笑顔じゃない。
あの子がくれた他人の笑顔。
あの子が私を呼ぶ。
あの子がくれた他人の名前で。
そして私は借り物の笑顔でニコニコと返事をしていたの」
彼女はむこうを向いたまま。その表情は判らない。
トランペットは先ほどから動きを止めて一ヵ所に滞空している。
「――その子のこと、嫌いだったの?」
「好きだった!」
叩きつけるように即答。
「嫌いなわけないでしょう!?
今でも愛している。
あの子はいつまでも私の大切な妹よ」
「だったら」
“その想いがあればそれでいいんじゃない?”
と言おうとして途中で遮られた。
「だけど――
『その想いだって借り物かもしれない』
ただ最初からそんなふうに創られただけなのかも――
一度そう思ってしまったら、私は、
私は――――」
彼女は肩を震わせて――泣いているのだろうか。
私は言うべき言葉を探していた。
“こういうシチュエーションて苦手なのよね”と
どこか冷たい思考を頭の片隅に残しながら。
私がその探し物を見つける前に、メルランが振り向いてしまった。
彼女は笑っていた。
涙を頬に伝わせながら、それでも微笑みは崩さずに。
「ねえ、私はあの子の『人形』なの?」
その一言で私の冷めた部分が砕け散った。
その問いに、その笑顔に、無性に腹がたった。
あいつに負けたときでもこれほどの怒りは覚えなかった。
「人形が……あなたやこの子たちが只の人形なら
あんなに嬉しそうにトランペットを吹いて
あんなに楽しそうに踊ったりしないわ!
元が作り物だって借り物だってそんなことはどうでもいい!」
自分で意識するより先に立ち上がって怒鳴っていた。
「でも私は――」
メルランが何か言いかけた。
かまうもんか。
溢れた感情はどうしたって止まらない。
「笑顔も想いもみんな借り物ですって?
だったらどうしてあなたはその子が居なくなってもまだ此処に居るのよ。
だったらどうしてもっと何も考えずにヘラヘラ笑ってないのよ!
あなた、その子と一緒に過ごして楽しかったんでしょう?
その子のこと愛してるんでしょう!?
苦しんで悲しんで、それでも想いを抱えて生きようとして!
あんな――あんな音色を創り出せるんでしょう?
だったら……
だったらもっと幸せそうに笑ってみせなさいよ!
あなたの笑顔は見てるこっちまで――
ただの人形が、全部借り物の人形がそんな表情できるもんですかッ!」
一気に言い切ってからハァハァと息をつく。
無様だった。らしくない。
なにをこんなに躍起になっているんだろう、私。
いつも余裕を失わないよう心掛けていたのに。
情けなくて泣けてくる。
――なんてこと、本当に涙まで出てきた。
悪い冗談もいいところ。
もしあいつらにこんな姿を見られたら笑いものだ。
ハンカチでぐっと顔を拭い、私は見えない糸を手繰るごとく腕を振る。
今まで静観していた人形たちが私に付き従うように浮かび上がった。
「さようなら」
形式だけの挨拶を置き捨ててメルランに背を向ける。
今日はもう真っ直ぐ家に帰ろう。
おかげでこの子たちの修繕が進まなかった。
明日は家で続きをしよう。
こんなことなら今日も家で――
「待って」
「――まだ何か用なの?」
振り返らずに言葉だけを返す。
その言葉には呆れるほど険があって、我ながら驚いた。
感情を全く込めずに答えたつもりだったのに。
今の私はどうかしている。自制が利いていない。
これで彼女がくだらない謝罪でも口にしようものなら
蓬莱人形で吊るしてしまうかもしれない。
「……ありがとう」
その声の響きに私は振り返った。
彼女は笑っていた。
涙を頬に伝わせながら、それでも微笑みは崩さずに。
ああ――そんなとびきりの笑顔は――ずるい。
さっきと同じ泣き笑いの顔。
でも決定的に違うのは、その涙と微笑みの理由。
そんな笑顔を見せられたら、私は。
私はどうして怒っていたのか忘れてしまうじゃない――――
「……クッ……ククッ、フフフッ」
彼女の顔を見たら今しがたまでの自分が急にバカバカしくなって、
私の口から思わず笑い声が漏れる。
必死に噛み殺そうとしても発作は勢いを増して伝染する。
「ふっ、ふふふふふふふふふ」
二人で笑い出す。
“傍から見たらさぞかし不気味でしょうね”と意識しながら、
それも含めてありとあらゆる全てが愉快で。
「ふふっ、アハハハハハハハッ」
あぁ、助けて、息が、息ができな――――
ようやくそれが治まるころには、息も絶え絶えになった二人が
仰向けで草原に寝転がっていた。
「あぁ――フフッ、こんなに笑ったのは久しぶり」
ほけっと青空を見上げながら呼吸を整える。
よし、私はもう大丈夫だ。
「メルラン?
落ち着いたところでひとつあなたに頼みがあるんだけど」
「なぁに?」
「さっき言われたお礼ね、あれ、要らないから――
その代わりにアンコールをお願いできる?」
「……ええ、喜んで!」
草原に春の風が吹く。
トランペットの響きを乗せて、人形の服をひらひら揺らし。
たまにはそんな幻想郷の一日も悪くなかった。
“そうよね?”
声に出さず問いかける相手は、目の前にいる出会ったばかりの親友。
――というのは気恥ずかしくて抵抗があるから、知り合い。
そう、新しい知り合いということにでもしておこう。
END.
その日の晩、某お屋敷で。
「あ゛」
「どうしたメルラン」
「姉さん、またぼーそー?」
「あの人形遣いの子、名前訊くの忘れちゃってた~」
今度こそEND.
込められた気持ちに敬意を表し。
…脳内マンガが構成されました。
こんな話を読めておいらは幸せです。
同じような感覚の方がいるとわ、私も驚き半分喜び半分です
しかしメルランでこれをもってくるか・・・もうグッジョブとしか
メルアリの起源はここに在り、ですかね?
好きな組み合わせなのでとても楽しめました。