その日、霧雨魔理沙は動揺していた。
それはもう、低速移動もカスリも忘れて高速でレーザーを撒き散らしつつ、
「これは詰んだみたいだぜ…恋符、マスタースパークっ!」
何故か符だけは低速で出してしまうほどに動揺していた。
雲の上をノーミスで進めているのは殆ど奇跡と言うしかない。
それというのも。
「あんな人形使い放っておけば良いってのに…霊夢のやつ…」
早い話、相方の紅白巫女にフられた直後だったりするのだ。
「せっかく二人きりで遊びに来ていたってのに…」
念のため、遊びではない。春を取り戻す企画である。
『知らない相手じゃないんだし…見捨てられないでしょ?』
平静を装いながらも必死そうな表情、声。すぐにも下降するつもりの体勢。
殆ど落下速度で、落ちた人形遣いを追いかける後姿…。
一人で先行くぜ、という声さえ届いたかどうか。
「…っと、マスタースパークっ!」
おかげで気が散って、符の無駄撃ちが多すぎる。霊夢と別れてから4回も使ってしまった。
たった今敵から分捕ったのが最後の1枚。こいつが持っていなければ使い切ってしまっていた。
完全に、精神的にも物理的にも余裕がなくなっている。
そんな魔理沙の視界に、巨大な結界が見え始めていた。
「…よかった。何も異常無し」
ルナサ・プリズムリバーは、愛用のヴァイオリンを調律していた。
既に数える気も失せるほど長い時間をともにしてきたヴァイオリン。
今日、ちょっとした事で危険に晒してしまった。もう少し気をつけて扱わなければ。
「姉さん、調子はどう?」
「大丈夫。それよりメルランこそ、ソロで長く吹いて心配だが」
「ああ。この子、頑丈だから」
「…なんだか知らないけど、大丈夫なら良い」
相変わらず妙な言い回しの妹。いつもと変わらない日常。
いつもと変わらない結果。
「…今日も失敗だったな」
「あんなの問題外よ。昔からあの人種に洒落は効かないのかしら」
「最初に挑発したのはメルランだろ…」
「決め手はリリカだと思うけど」
結局の所失敗に違いはない…そうため息をつく。
「ん、そういえばリリカは」
「全然ダメージ無さそうだし、またそこら辺で遊んでるんじゃない?」
「いつも通りか」
「いつものことね。
…と思ったら、そうでもないみたい」
「ん?」
「ほら、あそこ――」
(これはまた…珍しいのに会ったぜ)
魔理沙が思うに、幽霊というのは無駄な存在である。
特に騒霊なんてものは、ただでさえ無駄な幽霊に更に無駄さを追加したような特別無駄な連中だ。
探究心をくすぐる様なものではなく、単に意味も無く世界に存在しているだけ――
過去に得た知識や実際に見た連中から、魔理沙の脳内ではそう結論付けられていた。
それが。
(こうもハッキリした人格。完全に生物と変わらない姿形。明らかな肉声。
相変わらず無駄な能力は健在だから間違いなく騒霊だな…それにしては)
強い意志によって生み出されたか。それとも強い意志を取り込んだか。
しかも怨念も邪念も無しに、霊体がここまで生き生きとした――変な表現だが――人格を保っている。
実に面白い。胸の中のモヤモヤを吹き飛ばすほどに。
魔理沙は目の前の騒霊少女――リリカと名乗ったか――を、一発で気に入っていた。
実に良い戦いができそうだ。好戦的に目を光らせ、唇を舐める。
「リリカのお友達?」
(面白いが…これはまた随分とキツそうだぜ)
どうやら姉がいたらしい。しかも二人。
騒霊に兄弟姉妹というのはさして珍しい事ではないが…この場合はそういう問題ではない。
このクラスの相手が同時に3人。さしもの魔理沙も苦戦は免れない。
普段であっても厳しい状況で、残りの符は1枚。
精神状態も少しは良くなったものの、相手の増援で一気に鬱に戻りつつある。
「お友達なんだから、たまにはソロでやりなさいよ」
「うぇ~」
「わかったよ、いつでも手助けする」
「手助けは、無用だぜ」
(無用っていうか、勘弁してくれ)
目の前のリリカ一人ならば互角以上には戦えるだろう。だが、他の二人と一緒に来られたら…。
(霊夢がいればな…)
考えてはいけないことを、考えてしまった。
(あーもう、いない奴の事なんか出てくるなっ)
しかし、一度頭に浮かんだ考えは簡単には消えてくれない。
(霊夢さえいれば…)
(霊夢はアリスを…)
(霊夢…)
「…やめいっ!!!」
このままでは落される。三人どころかリリカ一人にも勝てまい。
「イリュージョンレーザーッ!」
頭を切り替えろ。落ち着け、霧雨魔理沙。
自分に言い聞かせ、忘れていた低速移動を駆使しはじめる。
放たれた弾幕を簡単に貫通し、魔力の光が騒霊を追い回す。
のらくらとかわす騒霊少女を射線だけで追いながら、周囲の弾幕を掻い潜る…。
「このままこいつを追い詰めて残りの二人を誘い出すぜ…
三人揃った所でまとめてマスタースパークを直撃させてお帰り願う…!」
”それじゃダメだよ”
「…え?」
”ほら、前”
「…っと!」
一瞬気の逸れた隙に接近していた敵弾を寸前でかわし、体勢を立て直す。
「一体何だ?」
”そんなに結論を急がないで。貴女らしく行こうよ”
「何の話だよ」
”怖いの?”
「…何が」
”二人増えたからって、何を怖気づいてるの?”
「誰が怖気づいて…っ」
”じゃあ…最初に感じた事は、何?彼女と会った時、何を感じたの?”
「………面白い、だぜ」
”だったら…”
現実に引き戻される。
目の前には恐ろしいほどの弾幕。先ほどまで相手にしていた雑魚達とは格が違う。
操るは前方で楽しげに鍵盤をかき鳴らしている――触れていないが――リリカ。
…楽しげに?
「…そういうことなら付き合うぜ」
魔理沙の顔に笑みが浮かぶ。前方のリリカと、少し似た笑みを。
「私の踊りは激しいぜ?ちゃんと合わせて演奏しろよ!」
その声が聞こえたとも思えないが、聞こえてくる音色が跳ね上がった気がした。
雲の上を、紅白衣装の巫女が飛んでいる。
衣装を風にはためかせながら――少し急いでいるらしい――博麗霊夢は、この日何度目かの呆れた声をあげた。
「これまた見事なマスタースパークだわねぇ」
大量の妖怪の死骸…というか残骸の間をかなりの速度で駆け抜ける。
「魔物も多いし魔力の残り香も凄い量…魔理沙一人で行かせたのは薄情だったかしら」
周囲の惨状を眺めて更に速度を上げる。
「魔理沙ったら、『今日は恋符の気分だぜ!』とか何とかわけのわからない事言ってたけど。
この様子じゃ正解だったみたいね」
わけがわかってないのは霊夢一人である。哀れ魔理沙。
そんな霊夢の耳に。
「…何これ、オーケストラ?」
複数の楽器の奏でる、軽快で騒々しい音色が聴こえはじめていた。
「もう終わりか?演奏がなくちゃ踊り甲斐が無いぜ!」
呼吸は荒く、服のあちこちに裂け目もできているが…魔理沙の眼は楽しげに光る。
「そう?もう息が上がってるように見えるけど」
そう言いながら、途中でリリカと交代してソロを1曲演奏したメルランも少しばかり疲れ気味のよう。
そもそも三姉妹全員、かなり激しい合葬曲を2曲連続で奏で、魔理沙以上に消耗しているはずだった。
しかし。
(まだ何か来る…)
魔理沙には見えていた。
三姉妹が楽器を奏で、様々な光弾――何故か音符のような形状も混じっていた――を撃ち出すたびに。
そこへ魔理沙が、レーザーで反撃するたびに。
そして、お互いに相手の攻撃を回避し、時に打ち消すたびに。
周囲に余剰魔力が蓄積されていることに。
双方の、本来ならすぐに霧散するはずの魔力の名残が、空間に定着しつつあることに。
そしていまや空間を歪め、何かの予兆のように胎動していることに。
「まだ何か仕掛けてくる気だぜ、元気だねぇ」
「ん、ではもう終わりか?」
ルナサの挑発するような言葉。
しかしその顔は、最初会ったときからは想像も付かないほど楽しげな笑顔。
そういえば先ほど合葬曲を始めた辺りからこんな表情だった。
「冗談。まだまだ踊り足りないくらいだぜ?」
「それなら最後に、もう1曲付き合ってくれる?」
(…これが最後か)
さすがに疲れもある。ダメージも蓄積している。これで終わりと考えると、ほっとする反面。
(名残惜しいかもな)
こんなにも戦いが――と言って良いのか既に疑わしいほどに――楽しかったことは、初めてだ。
それもお互いにこれだけの力を使いながら。
(まさにダンスだったな…最後の1曲、存分に楽しむとするぜ)
魔理沙の心はすっきりと晴れ渡っている。
生成途中で放ってきた丹のことも、春を取り戻しに来たことも、霊夢のことも、今は忘れて楽しめた。
「あいつらに感謝しないと、だな」
本来は行く手を阻むはずの敵、なのだろうが…いまや親しみさえ感じる。
「ああ…遠慮無くどうぞ、だぜ!」
ルナサが眼を閉じる。
「あと…少し」
広範囲に溢れていた魔力が、徐々に薄れていく。
「ここまで来れたのは初めてね…」
三人の楽器が淡く光り、姉妹の周囲に全てが凝集されていく…
「ラストスパートだよ!」
そしてルナサが眼を開け、一言囁いた。
”幻騒 「プリズムカルテット」”
(…カルテット?)
一瞬頭に引っ掛かった言葉をかき消すように、音の洪水が吹き荒れた。
霊夢の感覚が、何かの『力』を捉えた。
一瞬遅れて、離れた場所に現れる巨大な光。
「…魔理沙?それにしては…アレは…」
そして風に乗って、いや風を切って、先ほど以上に激しい演奏が聞こえてくる。
あまり楽器には詳しくない霊夢にも、四色の音色がそこに存在する事だけはわかった。
先ほどよりも更に楽しげで、不思議な開放感を伴った曲。
「何だか知らないけど…急がないとっ」
しかし霊夢は同時に、急ぐ必要の無いような、妙な直感を感じていた。
巫女としての感覚以前に、この楽しそうな音を聞けば誰でも思うのではないか。
この演奏は、目の前の暴力的なほどの光の爆発とは明らかに違う世界の存在に思えたのだった。
美しく響き渡るヴァイオリンも。
力強く少々暴れ馬なトランペットも。
リズミカルで楽しげな…霊夢には種類がわからなかったが、何かの鍵盤も。
そして…。
…
……
………
気が付くと、真上に見知った顔があった。
「雲の上でお昼寝会とは、また優雅なもんね」
いつもの霊夢がそこにいた。口からはいつもの冗談めかした口調。
良かった。いつものやり取りが出来る。
…だったら、今日は。
「霊夢…服の襟元直せよ。乱れすぎだぜ」
「…えぇえっ!?」
珍しく慌てて…しかも顔を真っ赤にして服装を直し始める紅白巫女に、ちょっと涙が出そうだったけれど。
大爆笑してやったから多分気付かれてないだろう。あの慌てようだし。
「冗談だよ、冗談…くくくっ、あははははは」
「あんたねぇっ!」
心配して損したわ、とぼやきながら反対を向いてしまう。
…大丈夫、すっきりしてる。こんな冗談が言えるのなら、大丈夫。霧雨魔理沙、完全復活だぜ?
「で、一緒に寝てる三人は何?ひょっとして憑かれちゃった?」
「おう、疲れちゃったぜ。だから一緒にお昼寝中」
「…まぁ、本人達が良いなら良いけど…」
十字を描くように雲に寝そべる四人――しかも全員笑いをこらえている――を呆れて見る霊夢。
…というか、こらえきれなくなったのか声を上げて笑い出したメルランにつられて全員笑い始めた。
「…本気で祓うわよ?」
赤面しながら言っても、迫力は無かった。
「で、結局アレは成功したのか?」
「…無理だった。あなたが最後にポカミスで自分から突っ込んだから」
「しかたねーだろ、テンション上がりすぎて低速移動忘れたんだよ」
「何の話?」
「こっちの話よ」
「でも、音色だけでも”作り出せた”んだよ?大進歩だって」
「って事は、今までは音さえ出せてなかったわけだ」
「あのねぇ。
騒霊が、騒霊を作り出そうってのよ?
音色だけでも奇跡に近いんだから。あんた意外と凄いのね」
「光栄だぜ」
「…で、魔女であるあなたの見解を聞きたいな。術式に改善の余地はあるか?」
「媒体があれば魔力が凝集しやすいとは思うぜ。
ただ、楽器そのものだとあんたらの力に反応しちまうし、元の属性…というか意思が強すぎる。
いくら鍵が楽器の音でも、楽器そのものの力が逆に邪魔になるわけだな。
『思い出』を持ってるあんたらと、魔力と感情の『供給源』たる人間の分は仕方ないとしてもだ…
それ以外の物質的な属性の偏りはNGだぜ。そう考えると」
「現状が最も確実、か」
「多分な」
「気が遠くなるわねぇ」
「だけど、諦める気は無いだろ?」
「当然よ!」
「いずれにせよ、魔理沙。あなたと同等以上の魔力を持ち、尚且つこうした状況を楽しめる人間が必要だ。
どんなに魔力が強くても、あなたのように楽しんでくれないのでは話にならない。
それに魔力と感情だけでもだめだ。寿命の長い妖怪や魔物では生命への執着心が無さ過ぎる。
そもそも人間の感情でなければ、同じ人間の騒霊は生み出せないと思う。
そんな人間に心当たりは無い?」
「魔力はともかく問答無用で撃墜しそうなのが一人この場にいるぜ」
「ああ、そういえばそんな感じの奴がさっき来たな」
「…え?」
雲から起き上がる魔理沙。
「ちょっと待て、私はそこの紅白巫女のことを言ったんだぜ?」
「そこ、紅白とか問答無用とか言うな」
ジト目で睨み付けてくる霊夢はとりあえず置いておき、先を促す。
「勿論そいつじゃない。使用人みたいな服装でナイフを投げる女だよ」
顔を見合わせる。そんな人間、幻想郷には恐らく一人しかいまい。霊夢も魔理沙も見知った相手だ。
「まさか…咲夜?なんでこんな所に」
「で、彼女どうしたの?」
「そこの結界を自力で潜り抜けて先へ行っちゃったわよ。ちなみに力技で」
「…言われてみれば。その結界、一部分だけ歪んでる。まるで空間を捻じ曲げたみたいに」
霊夢ならば全体を解除するであろう巨大結界は、不自然な歪みで不安定になっている。
何らかの力で空間に干渉できなければこんな真似はできない。
「…って事は…。」
「そういう事になるな…」
『先を越された(ぜ)っっ!』
輪唱する二人をあざ笑うように。
空の高みとも思えぬほどの、猛烈な桜吹雪が舞い始めた。
それはもう、低速移動もカスリも忘れて高速でレーザーを撒き散らしつつ、
「これは詰んだみたいだぜ…恋符、マスタースパークっ!」
何故か符だけは低速で出してしまうほどに動揺していた。
雲の上をノーミスで進めているのは殆ど奇跡と言うしかない。
それというのも。
「あんな人形使い放っておけば良いってのに…霊夢のやつ…」
早い話、相方の紅白巫女にフられた直後だったりするのだ。
「せっかく二人きりで遊びに来ていたってのに…」
念のため、遊びではない。春を取り戻す企画である。
『知らない相手じゃないんだし…見捨てられないでしょ?』
平静を装いながらも必死そうな表情、声。すぐにも下降するつもりの体勢。
殆ど落下速度で、落ちた人形遣いを追いかける後姿…。
一人で先行くぜ、という声さえ届いたかどうか。
「…っと、マスタースパークっ!」
おかげで気が散って、符の無駄撃ちが多すぎる。霊夢と別れてから4回も使ってしまった。
たった今敵から分捕ったのが最後の1枚。こいつが持っていなければ使い切ってしまっていた。
完全に、精神的にも物理的にも余裕がなくなっている。
そんな魔理沙の視界に、巨大な結界が見え始めていた。
「…よかった。何も異常無し」
ルナサ・プリズムリバーは、愛用のヴァイオリンを調律していた。
既に数える気も失せるほど長い時間をともにしてきたヴァイオリン。
今日、ちょっとした事で危険に晒してしまった。もう少し気をつけて扱わなければ。
「姉さん、調子はどう?」
「大丈夫。それよりメルランこそ、ソロで長く吹いて心配だが」
「ああ。この子、頑丈だから」
「…なんだか知らないけど、大丈夫なら良い」
相変わらず妙な言い回しの妹。いつもと変わらない日常。
いつもと変わらない結果。
「…今日も失敗だったな」
「あんなの問題外よ。昔からあの人種に洒落は効かないのかしら」
「最初に挑発したのはメルランだろ…」
「決め手はリリカだと思うけど」
結局の所失敗に違いはない…そうため息をつく。
「ん、そういえばリリカは」
「全然ダメージ無さそうだし、またそこら辺で遊んでるんじゃない?」
「いつも通りか」
「いつものことね。
…と思ったら、そうでもないみたい」
「ん?」
「ほら、あそこ――」
(これはまた…珍しいのに会ったぜ)
魔理沙が思うに、幽霊というのは無駄な存在である。
特に騒霊なんてものは、ただでさえ無駄な幽霊に更に無駄さを追加したような特別無駄な連中だ。
探究心をくすぐる様なものではなく、単に意味も無く世界に存在しているだけ――
過去に得た知識や実際に見た連中から、魔理沙の脳内ではそう結論付けられていた。
それが。
(こうもハッキリした人格。完全に生物と変わらない姿形。明らかな肉声。
相変わらず無駄な能力は健在だから間違いなく騒霊だな…それにしては)
強い意志によって生み出されたか。それとも強い意志を取り込んだか。
しかも怨念も邪念も無しに、霊体がここまで生き生きとした――変な表現だが――人格を保っている。
実に面白い。胸の中のモヤモヤを吹き飛ばすほどに。
魔理沙は目の前の騒霊少女――リリカと名乗ったか――を、一発で気に入っていた。
実に良い戦いができそうだ。好戦的に目を光らせ、唇を舐める。
「リリカのお友達?」
(面白いが…これはまた随分とキツそうだぜ)
どうやら姉がいたらしい。しかも二人。
騒霊に兄弟姉妹というのはさして珍しい事ではないが…この場合はそういう問題ではない。
このクラスの相手が同時に3人。さしもの魔理沙も苦戦は免れない。
普段であっても厳しい状況で、残りの符は1枚。
精神状態も少しは良くなったものの、相手の増援で一気に鬱に戻りつつある。
「お友達なんだから、たまにはソロでやりなさいよ」
「うぇ~」
「わかったよ、いつでも手助けする」
「手助けは、無用だぜ」
(無用っていうか、勘弁してくれ)
目の前のリリカ一人ならば互角以上には戦えるだろう。だが、他の二人と一緒に来られたら…。
(霊夢がいればな…)
考えてはいけないことを、考えてしまった。
(あーもう、いない奴の事なんか出てくるなっ)
しかし、一度頭に浮かんだ考えは簡単には消えてくれない。
(霊夢さえいれば…)
(霊夢はアリスを…)
(霊夢…)
「…やめいっ!!!」
このままでは落される。三人どころかリリカ一人にも勝てまい。
「イリュージョンレーザーッ!」
頭を切り替えろ。落ち着け、霧雨魔理沙。
自分に言い聞かせ、忘れていた低速移動を駆使しはじめる。
放たれた弾幕を簡単に貫通し、魔力の光が騒霊を追い回す。
のらくらとかわす騒霊少女を射線だけで追いながら、周囲の弾幕を掻い潜る…。
「このままこいつを追い詰めて残りの二人を誘い出すぜ…
三人揃った所でまとめてマスタースパークを直撃させてお帰り願う…!」
”それじゃダメだよ”
「…え?」
”ほら、前”
「…っと!」
一瞬気の逸れた隙に接近していた敵弾を寸前でかわし、体勢を立て直す。
「一体何だ?」
”そんなに結論を急がないで。貴女らしく行こうよ”
「何の話だよ」
”怖いの?”
「…何が」
”二人増えたからって、何を怖気づいてるの?”
「誰が怖気づいて…っ」
”じゃあ…最初に感じた事は、何?彼女と会った時、何を感じたの?”
「………面白い、だぜ」
”だったら…”
現実に引き戻される。
目の前には恐ろしいほどの弾幕。先ほどまで相手にしていた雑魚達とは格が違う。
操るは前方で楽しげに鍵盤をかき鳴らしている――触れていないが――リリカ。
…楽しげに?
「…そういうことなら付き合うぜ」
魔理沙の顔に笑みが浮かぶ。前方のリリカと、少し似た笑みを。
「私の踊りは激しいぜ?ちゃんと合わせて演奏しろよ!」
その声が聞こえたとも思えないが、聞こえてくる音色が跳ね上がった気がした。
雲の上を、紅白衣装の巫女が飛んでいる。
衣装を風にはためかせながら――少し急いでいるらしい――博麗霊夢は、この日何度目かの呆れた声をあげた。
「これまた見事なマスタースパークだわねぇ」
大量の妖怪の死骸…というか残骸の間をかなりの速度で駆け抜ける。
「魔物も多いし魔力の残り香も凄い量…魔理沙一人で行かせたのは薄情だったかしら」
周囲の惨状を眺めて更に速度を上げる。
「魔理沙ったら、『今日は恋符の気分だぜ!』とか何とかわけのわからない事言ってたけど。
この様子じゃ正解だったみたいね」
わけがわかってないのは霊夢一人である。哀れ魔理沙。
そんな霊夢の耳に。
「…何これ、オーケストラ?」
複数の楽器の奏でる、軽快で騒々しい音色が聴こえはじめていた。
「もう終わりか?演奏がなくちゃ踊り甲斐が無いぜ!」
呼吸は荒く、服のあちこちに裂け目もできているが…魔理沙の眼は楽しげに光る。
「そう?もう息が上がってるように見えるけど」
そう言いながら、途中でリリカと交代してソロを1曲演奏したメルランも少しばかり疲れ気味のよう。
そもそも三姉妹全員、かなり激しい合葬曲を2曲連続で奏で、魔理沙以上に消耗しているはずだった。
しかし。
(まだ何か来る…)
魔理沙には見えていた。
三姉妹が楽器を奏で、様々な光弾――何故か音符のような形状も混じっていた――を撃ち出すたびに。
そこへ魔理沙が、レーザーで反撃するたびに。
そして、お互いに相手の攻撃を回避し、時に打ち消すたびに。
周囲に余剰魔力が蓄積されていることに。
双方の、本来ならすぐに霧散するはずの魔力の名残が、空間に定着しつつあることに。
そしていまや空間を歪め、何かの予兆のように胎動していることに。
「まだ何か仕掛けてくる気だぜ、元気だねぇ」
「ん、ではもう終わりか?」
ルナサの挑発するような言葉。
しかしその顔は、最初会ったときからは想像も付かないほど楽しげな笑顔。
そういえば先ほど合葬曲を始めた辺りからこんな表情だった。
「冗談。まだまだ踊り足りないくらいだぜ?」
「それなら最後に、もう1曲付き合ってくれる?」
(…これが最後か)
さすがに疲れもある。ダメージも蓄積している。これで終わりと考えると、ほっとする反面。
(名残惜しいかもな)
こんなにも戦いが――と言って良いのか既に疑わしいほどに――楽しかったことは、初めてだ。
それもお互いにこれだけの力を使いながら。
(まさにダンスだったな…最後の1曲、存分に楽しむとするぜ)
魔理沙の心はすっきりと晴れ渡っている。
生成途中で放ってきた丹のことも、春を取り戻しに来たことも、霊夢のことも、今は忘れて楽しめた。
「あいつらに感謝しないと、だな」
本来は行く手を阻むはずの敵、なのだろうが…いまや親しみさえ感じる。
「ああ…遠慮無くどうぞ、だぜ!」
ルナサが眼を閉じる。
「あと…少し」
広範囲に溢れていた魔力が、徐々に薄れていく。
「ここまで来れたのは初めてね…」
三人の楽器が淡く光り、姉妹の周囲に全てが凝集されていく…
「ラストスパートだよ!」
そしてルナサが眼を開け、一言囁いた。
”幻騒 「プリズムカルテット」”
(…カルテット?)
一瞬頭に引っ掛かった言葉をかき消すように、音の洪水が吹き荒れた。
霊夢の感覚が、何かの『力』を捉えた。
一瞬遅れて、離れた場所に現れる巨大な光。
「…魔理沙?それにしては…アレは…」
そして風に乗って、いや風を切って、先ほど以上に激しい演奏が聞こえてくる。
あまり楽器には詳しくない霊夢にも、四色の音色がそこに存在する事だけはわかった。
先ほどよりも更に楽しげで、不思議な開放感を伴った曲。
「何だか知らないけど…急がないとっ」
しかし霊夢は同時に、急ぐ必要の無いような、妙な直感を感じていた。
巫女としての感覚以前に、この楽しそうな音を聞けば誰でも思うのではないか。
この演奏は、目の前の暴力的なほどの光の爆発とは明らかに違う世界の存在に思えたのだった。
美しく響き渡るヴァイオリンも。
力強く少々暴れ馬なトランペットも。
リズミカルで楽しげな…霊夢には種類がわからなかったが、何かの鍵盤も。
そして…。
…
……
………
気が付くと、真上に見知った顔があった。
「雲の上でお昼寝会とは、また優雅なもんね」
いつもの霊夢がそこにいた。口からはいつもの冗談めかした口調。
良かった。いつものやり取りが出来る。
…だったら、今日は。
「霊夢…服の襟元直せよ。乱れすぎだぜ」
「…えぇえっ!?」
珍しく慌てて…しかも顔を真っ赤にして服装を直し始める紅白巫女に、ちょっと涙が出そうだったけれど。
大爆笑してやったから多分気付かれてないだろう。あの慌てようだし。
「冗談だよ、冗談…くくくっ、あははははは」
「あんたねぇっ!」
心配して損したわ、とぼやきながら反対を向いてしまう。
…大丈夫、すっきりしてる。こんな冗談が言えるのなら、大丈夫。霧雨魔理沙、完全復活だぜ?
「で、一緒に寝てる三人は何?ひょっとして憑かれちゃった?」
「おう、疲れちゃったぜ。だから一緒にお昼寝中」
「…まぁ、本人達が良いなら良いけど…」
十字を描くように雲に寝そべる四人――しかも全員笑いをこらえている――を呆れて見る霊夢。
…というか、こらえきれなくなったのか声を上げて笑い出したメルランにつられて全員笑い始めた。
「…本気で祓うわよ?」
赤面しながら言っても、迫力は無かった。
「で、結局アレは成功したのか?」
「…無理だった。あなたが最後にポカミスで自分から突っ込んだから」
「しかたねーだろ、テンション上がりすぎて低速移動忘れたんだよ」
「何の話?」
「こっちの話よ」
「でも、音色だけでも”作り出せた”んだよ?大進歩だって」
「って事は、今までは音さえ出せてなかったわけだ」
「あのねぇ。
騒霊が、騒霊を作り出そうってのよ?
音色だけでも奇跡に近いんだから。あんた意外と凄いのね」
「光栄だぜ」
「…で、魔女であるあなたの見解を聞きたいな。術式に改善の余地はあるか?」
「媒体があれば魔力が凝集しやすいとは思うぜ。
ただ、楽器そのものだとあんたらの力に反応しちまうし、元の属性…というか意思が強すぎる。
いくら鍵が楽器の音でも、楽器そのものの力が逆に邪魔になるわけだな。
『思い出』を持ってるあんたらと、魔力と感情の『供給源』たる人間の分は仕方ないとしてもだ…
それ以外の物質的な属性の偏りはNGだぜ。そう考えると」
「現状が最も確実、か」
「多分な」
「気が遠くなるわねぇ」
「だけど、諦める気は無いだろ?」
「当然よ!」
「いずれにせよ、魔理沙。あなたと同等以上の魔力を持ち、尚且つこうした状況を楽しめる人間が必要だ。
どんなに魔力が強くても、あなたのように楽しんでくれないのでは話にならない。
それに魔力と感情だけでもだめだ。寿命の長い妖怪や魔物では生命への執着心が無さ過ぎる。
そもそも人間の感情でなければ、同じ人間の騒霊は生み出せないと思う。
そんな人間に心当たりは無い?」
「魔力はともかく問答無用で撃墜しそうなのが一人この場にいるぜ」
「ああ、そういえばそんな感じの奴がさっき来たな」
「…え?」
雲から起き上がる魔理沙。
「ちょっと待て、私はそこの紅白巫女のことを言ったんだぜ?」
「そこ、紅白とか問答無用とか言うな」
ジト目で睨み付けてくる霊夢はとりあえず置いておき、先を促す。
「勿論そいつじゃない。使用人みたいな服装でナイフを投げる女だよ」
顔を見合わせる。そんな人間、幻想郷には恐らく一人しかいまい。霊夢も魔理沙も見知った相手だ。
「まさか…咲夜?なんでこんな所に」
「で、彼女どうしたの?」
「そこの結界を自力で潜り抜けて先へ行っちゃったわよ。ちなみに力技で」
「…言われてみれば。その結界、一部分だけ歪んでる。まるで空間を捻じ曲げたみたいに」
霊夢ならば全体を解除するであろう巨大結界は、不自然な歪みで不安定になっている。
何らかの力で空間に干渉できなければこんな真似はできない。
「…って事は…。」
「そういう事になるな…」
『先を越された(ぜ)っっ!』
輪唱する二人をあざ笑うように。
空の高みとも思えぬほどの、猛烈な桜吹雪が舞い始めた。
クリア目指して頑張ってください。
ただ、作ってしまうという解決策が私的に引っかかるので40で。
何気に四女を作ろうとしている三姉妹も良い感じです。
五面…は難しいかもしれませんが、六面まで到達したとき、こういった話をまた作ってくれると嬉しいです
もちろん他の作品でもウェルカム!ですが
いい話でした
最後に、後書きに時間差で追記をしておきました。それではごきげんよう。