鳥を空を飛ぶ生き物だとするなら
篭の中の空を飛ぶことかなわぬ鳥は、もはや鳥と呼ぶことはできないのではないだろうか……。
屋敷の地下へと続く階段を、私は一歩一歩踏みしめながら歩く。
この階段、そしてその先の部屋はこの屋敷が建てられた時からあったという。少なくともこの私がこの世に現れる前からだ。もっとも、その当時は今の用途とは違う形で使われていたのだろう。何に使われていたのかは知らないし、知る気もないのだけれど。
やがて、鉄の扉に行く手を阻まれる。私は、複雑な呪式を解放し、この扉にかけられた結界を解きはなつ。さらに、古めかしい真鍮の鍵を扉の鍵穴に差し込み、回す。カチリ、という乾いた音と共に、鍵が開いた。ノブを回し、ゆっくりと扉を押し開ける。
「レミリアお姉様!!」
「フラン、いい子にしてた?」
聞きなれた声と共に、少女が一人、私にしがみついてきた。私は彼女を抱き締めてその金色の髪をなでてやる。
フランドール・スカーレット。紅魔の片割れ。この閉ざされた地下室の主にして虜囚。
……そして私の最愛の妹。
「うん、いい子にしてたよ」
「ふふ、フランはいい子ですものね」
「えへへ」
無邪気な笑顔を見せるフラン。その笑顔から、誰がスカーレット一族最強の破壊力を持つなどと想像するだろうか。純粋な破壊力なら、おそらく私などよりもはるかに強力なはずだ。
だがフランは生まれつきちょっとおかしかった。肉体的にも、精神的にも、魔力的にも。
加減とか、そういうものを知らないのだ。その力を闇雲に振るい、ありとあらゆる物を……その中には生物も含む……破壊した。
いや、正確には手加減を知らないというわけではない。手加減という行為を「理解できない」のだ。
……理解できない物を理解させようなどと言うことは、針の穴に象を通すようなもの……いやむしろ象に針の穴を通すようなもの。それゆえ、私はフランをこの地下室に幽閉した。
だが、本当はただ単に、私の独占欲なのだろう。フランがこの世に現れたその日から、私は完全に魅入られたのだ。そして最愛のフランを誰にも渡したくない、それゆえ地下室に閉じ込める。まるで人間が鳥を篭の中で飼うかのように。
……そう言う意味では、私もフランと同じく、どこかおかしいのかもしれない。
「あ、そうそう。お姉様、あの玩具、もう壊れちゃった」
フランはそう言って部屋の片隅に転がってる「玩具」を指した。
元々館のメイドの一人だったそれは、どこからどう嗅ぎ付けたのか、この地下室に続く階段を見つけ出し、この扉の前まで来ていたのだ。
好奇心猫をも殺す。彼女にはメイドからフランの「玩具」に役職を代わってもらうことにした。余計な興味を持たなければ、もう少しメイドを続けられたのだろうに。私以外にフランに近付く者は存在してはならない。
「しょうがないわね。またそのうち新しい玩具もってくるから」
「本当?約束してくれる?」
「ええ、約束するわ」
「わーい、お姉様、大好き!!」
嬉しそうに小躍りするフラン。その笑顔を見るためなら、私は幻想郷すべてを敵に回すことすらいとわないだろう。
その後、私はフランと紅茶を飲みながらたわいもない話をした。フランは色々なことを聞いてきて、私はそれに答える。495年間続いた至福の一時。願わくば、この時間が未来永劫続きますように。
それでも物事はやがて終わりを迎える。そろそろ上に戻らねばならない。後ろ髪を引かれる思いで私はフランに上に戻ることを告げる。
「えーっ」
不満そうに頬を膨らませる。
「そんな顔しないで。また明日も来るから、ね?」
「約束、してくれる?」
上目遣いで私を見るフラン。その表情は495年前にここに閉じ込めた時とまったく同じ。なぜかフランが私の手をすりぬけてどこかに行ってしまう、そんな感覚を覚えて、私はフランをギュッと抱きしめた。
「ふわ、お姉様、どうしたの?」
「ううん、なんでもないの。また明日も来るわ、約束する」
「うん、約束」
満面の笑顔。そんなフランの額にキスをして、私は再び扉をくぐる。
鍵を掛け、封印呪式を再構築する。この封印は並の術者では破れない。パチェですら構成の解析に一月かかった複雑な封印。決して破られることはない。
……それでも、嫌な予感は拭い去ることができなかった。
予感は的中した。運命の糸はすでに取り返しの付かないところまで巻き取られていたのだ。
夏の日差しを遮るために霧を出したところ、博麗神社の巫女と名乗る人間が乗りこんできた。
人間風情とたかをくくっていた私だったが、彼女……博麗霊夢は私を追い詰め、そして投了を宣言させたのだ。生まれてこの方、一度たりとも敗北した事のない私が、よりにもよって人間に、である。
私はこの人間に興味を持った。博麗霊夢の事をもっと知りたい。私ははしばしば博麗神社を訪れた。
その間に、外の世界に興味を持ったフランは地下室を抜け出したのだ。私の這った封印を扉ごと破壊して。
どうにかパチェが魔法で雨を降らせて館の外に出るのを阻止している間に、霊夢の知り合いとかいう人間の魔法使い……霧雨魔理沙とか言ったか……がフランの魔力を使い果たさせることに成功したらしい。
だが、これでフランは私だけのフランではなくなった。フランよほど霧雨魔理沙が気にいったらしい。今ではしょっちゅう後をついて回っている。
一度篭の外に出た鳥は決して篭に戻ってくる事はない。フランが外の世界を知った以上、私がフランをあの地下室に閉じ込めておく事はかなわぬ事になったのだ。
だが、これでよかったのかもしれない。495年間どこか狂っていた歯車が、今元通りに戻ったのだ。ならそれはきっと正しいことなのだろう。鳥は篭の中よりも空を飛んでいる方が似合う。
日傘の下から青空を眺める。一羽の鳥が、羽ばたきながら空の彼方に飛んでいく。
「フラン、あなたはいったいどこに飛んでいくのかしら?」
「ん、何か言ったレミリア?」
霊夢が神社の縁側で怪訝そうな目でこちらを見る。
「別に何も。ただ未来について考えてただけ」
「未来ぃ?レミリア、あんた何か悪い物でも食べた?」
「失礼ね。血のどこが悪い食べ物だって言うのかしら?」
「あまりいい食べ物とは言えないわよ」
「そんなことなくてよ。鉄分豊富だし。霊夢もどう?」
「いらない!」
そんな他愛もないやりとりをしつつ、私は遠い空を眺め続けた。
鳥を空を飛ぶ生き物だとするなら
篭の中の空を飛ぶことかなわぬ鳥は、もはや鳥と呼ぶことはできないのではないだろうか……。
否
篭からとびだせば、また大空を羽ばたくことができるのだから。
篭の中の空を飛ぶことかなわぬ鳥は、もはや鳥と呼ぶことはできないのではないだろうか……。
屋敷の地下へと続く階段を、私は一歩一歩踏みしめながら歩く。
この階段、そしてその先の部屋はこの屋敷が建てられた時からあったという。少なくともこの私がこの世に現れる前からだ。もっとも、その当時は今の用途とは違う形で使われていたのだろう。何に使われていたのかは知らないし、知る気もないのだけれど。
やがて、鉄の扉に行く手を阻まれる。私は、複雑な呪式を解放し、この扉にかけられた結界を解きはなつ。さらに、古めかしい真鍮の鍵を扉の鍵穴に差し込み、回す。カチリ、という乾いた音と共に、鍵が開いた。ノブを回し、ゆっくりと扉を押し開ける。
「レミリアお姉様!!」
「フラン、いい子にしてた?」
聞きなれた声と共に、少女が一人、私にしがみついてきた。私は彼女を抱き締めてその金色の髪をなでてやる。
フランドール・スカーレット。紅魔の片割れ。この閉ざされた地下室の主にして虜囚。
……そして私の最愛の妹。
「うん、いい子にしてたよ」
「ふふ、フランはいい子ですものね」
「えへへ」
無邪気な笑顔を見せるフラン。その笑顔から、誰がスカーレット一族最強の破壊力を持つなどと想像するだろうか。純粋な破壊力なら、おそらく私などよりもはるかに強力なはずだ。
だがフランは生まれつきちょっとおかしかった。肉体的にも、精神的にも、魔力的にも。
加減とか、そういうものを知らないのだ。その力を闇雲に振るい、ありとあらゆる物を……その中には生物も含む……破壊した。
いや、正確には手加減を知らないというわけではない。手加減という行為を「理解できない」のだ。
……理解できない物を理解させようなどと言うことは、針の穴に象を通すようなもの……いやむしろ象に針の穴を通すようなもの。それゆえ、私はフランをこの地下室に幽閉した。
だが、本当はただ単に、私の独占欲なのだろう。フランがこの世に現れたその日から、私は完全に魅入られたのだ。そして最愛のフランを誰にも渡したくない、それゆえ地下室に閉じ込める。まるで人間が鳥を篭の中で飼うかのように。
……そう言う意味では、私もフランと同じく、どこかおかしいのかもしれない。
「あ、そうそう。お姉様、あの玩具、もう壊れちゃった」
フランはそう言って部屋の片隅に転がってる「玩具」を指した。
元々館のメイドの一人だったそれは、どこからどう嗅ぎ付けたのか、この地下室に続く階段を見つけ出し、この扉の前まで来ていたのだ。
好奇心猫をも殺す。彼女にはメイドからフランの「玩具」に役職を代わってもらうことにした。余計な興味を持たなければ、もう少しメイドを続けられたのだろうに。私以外にフランに近付く者は存在してはならない。
「しょうがないわね。またそのうち新しい玩具もってくるから」
「本当?約束してくれる?」
「ええ、約束するわ」
「わーい、お姉様、大好き!!」
嬉しそうに小躍りするフラン。その笑顔を見るためなら、私は幻想郷すべてを敵に回すことすらいとわないだろう。
その後、私はフランと紅茶を飲みながらたわいもない話をした。フランは色々なことを聞いてきて、私はそれに答える。495年間続いた至福の一時。願わくば、この時間が未来永劫続きますように。
それでも物事はやがて終わりを迎える。そろそろ上に戻らねばならない。後ろ髪を引かれる思いで私はフランに上に戻ることを告げる。
「えーっ」
不満そうに頬を膨らませる。
「そんな顔しないで。また明日も来るから、ね?」
「約束、してくれる?」
上目遣いで私を見るフラン。その表情は495年前にここに閉じ込めた時とまったく同じ。なぜかフランが私の手をすりぬけてどこかに行ってしまう、そんな感覚を覚えて、私はフランをギュッと抱きしめた。
「ふわ、お姉様、どうしたの?」
「ううん、なんでもないの。また明日も来るわ、約束する」
「うん、約束」
満面の笑顔。そんなフランの額にキスをして、私は再び扉をくぐる。
鍵を掛け、封印呪式を再構築する。この封印は並の術者では破れない。パチェですら構成の解析に一月かかった複雑な封印。決して破られることはない。
……それでも、嫌な予感は拭い去ることができなかった。
予感は的中した。運命の糸はすでに取り返しの付かないところまで巻き取られていたのだ。
夏の日差しを遮るために霧を出したところ、博麗神社の巫女と名乗る人間が乗りこんできた。
人間風情とたかをくくっていた私だったが、彼女……博麗霊夢は私を追い詰め、そして投了を宣言させたのだ。生まれてこの方、一度たりとも敗北した事のない私が、よりにもよって人間に、である。
私はこの人間に興味を持った。博麗霊夢の事をもっと知りたい。私ははしばしば博麗神社を訪れた。
その間に、外の世界に興味を持ったフランは地下室を抜け出したのだ。私の這った封印を扉ごと破壊して。
どうにかパチェが魔法で雨を降らせて館の外に出るのを阻止している間に、霊夢の知り合いとかいう人間の魔法使い……霧雨魔理沙とか言ったか……がフランの魔力を使い果たさせることに成功したらしい。
だが、これでフランは私だけのフランではなくなった。フランよほど霧雨魔理沙が気にいったらしい。今ではしょっちゅう後をついて回っている。
一度篭の外に出た鳥は決して篭に戻ってくる事はない。フランが外の世界を知った以上、私がフランをあの地下室に閉じ込めておく事はかなわぬ事になったのだ。
だが、これでよかったのかもしれない。495年間どこか狂っていた歯車が、今元通りに戻ったのだ。ならそれはきっと正しいことなのだろう。鳥は篭の中よりも空を飛んでいる方が似合う。
日傘の下から青空を眺める。一羽の鳥が、羽ばたきながら空の彼方に飛んでいく。
「フラン、あなたはいったいどこに飛んでいくのかしら?」
「ん、何か言ったレミリア?」
霊夢が神社の縁側で怪訝そうな目でこちらを見る。
「別に何も。ただ未来について考えてただけ」
「未来ぃ?レミリア、あんた何か悪い物でも食べた?」
「失礼ね。血のどこが悪い食べ物だって言うのかしら?」
「あまりいい食べ物とは言えないわよ」
「そんなことなくてよ。鉄分豊富だし。霊夢もどう?」
「いらない!」
そんな他愛もないやりとりをしつつ、私は遠い空を眺め続けた。
鳥を空を飛ぶ生き物だとするなら
篭の中の空を飛ぶことかなわぬ鳥は、もはや鳥と呼ぶことはできないのではないだろうか……。
否
篭からとびだせば、また大空を羽ばたくことができるのだから。