Coolier - 新生・東方創想話

こんなに月も紅いから

2003/10/09 07:35:55
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空には紅い月。
生命を育む陽の光とは対極に属する冷たい光。

凍えるような輝きに煌々と照らされたその世界で
一人の吸血鬼と一人の少女が対峙していた。

二人の歳の頃にそれほど差はない―――少なくとも傍目には。
しかし実際に重ねてきた齢の隔たりは四百か、五百か。


「……選りにも選って私に最も有利なときにお越しいただくとはね。
 私と月の繋がりを知らないわけでもないでしょうに」

「生憎、満月の夜に調子がいいのは貴方だけじゃないのよ」

「しかし―――いや、思慮深い貴女のこと、何か思惑があるのですか。
 ならば始めるとしましょう。言葉など幾ら重ねても意味がない」

「それにしてはお喋りが過ぎるようね」

その言葉が吸血鬼に届くのと、少女が無数の針を放つのと、どちらが早かったか。
不意打ちを予期していなかったのか、身じろぎすらできなかった吸血鬼に
針の群れが突き刺さる。

「これはこれは。思ったよりお強い」

吸血鬼は針鼠のような姿で淡々と評する。
突き立っているのは本物の針ではないが凝縮された魔力は時に物質のように振舞う。
このような状況でさえなければ、いっそ滑稽とも言える光景だった。

吸血鬼は避けられなかったのではない。避けなかったのだ。

「今宵は―――愉しい夜になるでしょう」

そして吸血鬼は心の底から嬉しそうに笑った。

「戯言を!」

印を描くような少女の手の動き、それが静止すると同時に光の壁が吸血鬼を囲う。
この檻に抜け道は存在しない。
少女は光に囚われた吸血鬼を睨みつけながら更なる術を練りはじめた。

最初は揺らめくように現れた赤い光が輝きを増しながら少女に集束していく。
あたかも月光を掻き集めているかのように。

次の瞬間、少女の身体の倍はあろうかという光の塊が次々と撃ち出された。
その全てが狙いを過たずに少女の敵に迫る。

「消えなさい!」

熱を伴わない閃光が走る。
光が薄らいで消えたとき、光の檻ごと吸血鬼の姿は消え去っていた。


少女が荒い息を吐きながら笑みを浮かべようとしたそのとき―――

「二つの術を同時に扱うなんて無茶が過ぎます」

少女の背後から涼しげな声。
凍りつく少女の顔。

振り返るとそこには誰もいない。
―――否、少女は不自然に濃い霧が漂っていることに気付いた。
今夜は霧など出ていなかった。こんなに冴えた月夜なのだから。

「貴女にはまだ無理かもしれませんが、私はこういうこともできるのですよ」

姿のない中空から声だけが虚ろに響く。

霧がますます濃さを増していき、唐突に―――文字通り霧散して―――消えた。
代わりに無数の蝙蝠が少女の周りをけたたましく飛び回っていた。
嘲笑うかのように蝙蝠たちは渦を形作り、溶け合わさって黒い壁のように
なったかと思えばそこには最初と変わらぬ姿の吸血鬼がいた。

「今のが貴女のとっておきですか?
 なるほど、並の妖怪や悪魔なら塵に還ったことでしょう」

まさに吸血鬼の言うとおり、それは切り札のつもりだった。
どちらも容易い術ではない。

吸血鬼はそれを悠々といなしてのけたのだ。

少女は必死で戦っていた、なのに吸血鬼は戯れていただけ。


“こんな、こんな化物には―――勝てない。
 私はこの吸血鬼に囚われたまま生を終えるの?”

少女の瞳に絶望の影が射したのを知ってか知らずか、
吸血鬼はふと思い出したように少女に問うた。

「そういえばもう一人、仲睦まじかった彼女はどうしました?
 あの血の味……彼女も今頃はなかなかの力を得ていると思いますが。
 もしかすると貴女よりも強力な―――」

「!!」

“そうだ。私はいったい何のために此処へ来たのか?
 自分のため? それもある。でも私は何よりも―――”

す、と顔を上げた少女の瞳からは先ほどまでの弱さが消えていた。
吸血鬼の瞳を真っ直ぐに見返す。

「貴方があの娘のことを口に出さなければ、私は貴方に屈していた。
 そのことだけはお礼を言わないといけないわね」

「かといって策は尽きたのでしょう。
 短い時間とはいえ今夜は愉しかった。私からもお礼を言わせてください。
 そして―――幕ですね」

今まで敢えて守勢に回っていた吸血鬼が左の手を掲げ、禍つ力を滾らせる。
その魔力は術を発動させる過程にして既に少女を上回っていた。

元より力の差は歴然としている。
正面から力をぶつけ合えば負けることは少女も承知していた。
勝てるとすれば隙を与えず押し切ることが最低条件。
早々に切り札を使った理由もそれだ。

その試みが既に敗れたとなれば少女に手だては無い筈だった。
それこそ急所でも突かない限り―――





「神の御名において」


予想だにしなかった少女の言葉に吸血鬼がたじろいだ。
その表情から余裕の仮面が初めて剥がれ落ちる。

そんな吸血鬼の様子を意に介さずに少女は続けた。

「全ての穢れし魂に我は告げる」

信じられないといった面持ちで吸血鬼が叫ぶ。

「貴女が、今の貴女がそんな術など使えるわけが」

“どうかしら? やってみなければわからない”

心の中で答えを返しながら言葉を紡いでいく。

「汝を繋ぐ呪われし軛を打ち砕こう。
 その倦んだ魂が永遠の休息に就くことを赦す。
 土は土に、灰は灰に、塵は塵に!」

祈るように組み合わされた少女の手。

「そんな事ができる筈がない!」

理が通っていない。吸血鬼の理解を超えている。
今の少女がこんな祈りを唱えたところで絶対に術は成功しない。
なぜなら彼女は―――


“かつて私が仕えた無慈悲な神よ、あの娘の運命を少しでも
 哀れんでくださるなら、今一度だけ私に力を!”



「 神術『吸血鬼幻葬』 」



幾筋かの清廉な光が禍々しい月光を切り裂いて走る。
吸血鬼は咄嗟に蝙蝠と化して直撃を避けた。
しかし光の束が通り過ぎた跡からは湧き出すように光球が溢れ、
散り散りに逃げようとする蝙蝠たちを射抜いた。

残った蝙蝠の数は見る見るうちに減っていく。
霧になろうとした者も光に薙がれて消え去った。


そして最後の一匹が光に呑まれて消える刹那、
少女―――レミリア・スカーレットは彼の笑い声を聞いた。

“ククク……クッ、ハハハハハッ
 ほんとうに、愉しい夜で―――”

言い終えることなく声は途絶えて、遍く幻想だったかのように静寂だけが残る。
あんなに紅かった月も今や仄白い光をただ投げかけるばかり。

こうしてレミリアは主を―――吸血鬼としての親を殺した。


「貴方に預けていた私の運命、確かに返して戴いたわ。
 もちろんあの娘の分もね」


その言葉に喜びの響きはない。レミリアは苦い失望を噛み締めていた。
主を消滅させたのに彼女は未だ人外の者として此処に存在している。
恐らくは妹も今までと何ら変わることなく在り続けるのだろう。

結局は主を殺しても解決には繋がらなかったのだ。

取り戻した彼女たちの『運命』はいつまで続くのだろう?
その永さに思いを巡らし、レミリアは主が最後に残した笑い声の意味を
少し理解できた気がした。


しかし今は―――さぁ、帰らなければ。
妹が待っている。


END.
ふと思いついた一発ネタをどうにかこうにか形に・・・なってるのか?(^^;

たぶん紅魔郷から300~400年くらい前のお話。
レミリアたちが元は人間だったら血を吸ったマスターがいただろう、という独自設定。
脳内設定ではマスターは見ため17歳くらいの男なので止むを得ず敬語のヒトに。
流石にオネエ言葉は使わせられない。

ちなみに土壇場でレミリアが神術を使えたのは人間時代の名残+奇跡です。
ご都合主義バンザイ。
ミタニ
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コメント



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1.30すけなり削除
ぐはっ、最初は戦っているのが靈夢だと思ってました〓■●_  最後まで読んで「ぁぁー」って感想が(笑
2.10773+1削除
同上。
3.無評価ミタニ削除
霊夢だと思わせるのが核なので少しでも騙されてくださればこれ幸い。前半の術の正体は獄符、天罰+紅符(のつもり)。
4.30巻機山 花削除
巧い!見事にミスディレクションされました。
25.60na7氏削除
途中まで霊夢だと思った。