Coolier - 新生・東方創想話

時間よ止まれ(前編)

2003/10/03 20:51:42
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 私の名前は十六夜咲夜。紅魔館のメイド長だ。
 メイドの朝は早い。それがメイド長ともなると、尚更だ。
主人よりも先に起床するのは当たり前。それからメイド達に様々な指示を出す。朝の準備があらかた終わったら、主人を起こしに行く。それが、私の朝の日課。

「おはようございます、お嬢様。お目覚めの時間です」
 ドアをノックし、起床を促す。しばらくすると中からがさごそと音がし、ドアが開いて私の主人が姿を現した。
「おはようございます、お嬢様」
 私は、自分よりも明らかに背の低い少女に一礼をする。
「おはよう、咲夜」
 私の主人である、レミリア・スカーレット様。見た目こそ幼いものの、その力はそこいらにいる凡百の妖怪が敵うものではない。
「朝御飯の用意が出来ましたので、食堂にお越し下さい」
「分かったわ」

 朝食も終わり、ゆるやかな時間が訪れる。勿論メイド達は忙しいのだが、私はメイド長という事もあってか、他のメイド達に比べて仕事の数は少ない様だ。だからと言って暇という訳ではないので、私は溜まっていた仕事を進める。

「……今日も忙しいの? 咲夜……」
「…申し訳ありません、お嬢様」
 お嬢様が残念そうな顔をする。私としても残念なのだが、どうしても手が離せなかった。最近、お嬢様の相手をする時間が減っていた。
 そんなある日。


「侵入者ですって?」
「はい、ただ今美鈴様が応戦していますが……手に負えません」
 部下のメイドから、侵入者の報を受けた。
「…分かったわ。私も迎え撃ちに行くから、あなたはレミリア様を見ていて頂戴」
「かしこまりました」
 そのまま、紅魔館の外へ向かう。

 外に出ると、美鈴と何かの妖怪が戦っていた。妖怪の方を見ると、まるで出鱈目に攻撃を繰り返している。どうやら、正気を欠いた妖怪が紛れ込んだ様だ。
「このおっ……!」
 美鈴が応戦しているが、中々攻撃が当たらない。妖怪の激しい攻撃によって、相殺されているのだ。
「美鈴っ! 今そっちに行くわっ!」
「咲夜さんっ! ありがとうございますっ!」
 ナイフを構え、妖怪に近付く。その時、妖怪の放った攻撃のたった一つが、私めがけて飛んできた。
「こんなもの―――」
 そう。こんな攻撃、私に対して意味を成さない。
「幻世……『ザ・ワールド』!!」

 そう。時間を止めて、ナイフを投げて。それでお終い。

 世界が、色を失う。世界が、音を失う。

 そして、時は止ま――――――――――――

 ――――――――――――らない。

「え………!?」
 私がその『異変』に気付いた時には、敵の攻撃が眼前に迫ったいた。
「きゃああああっっ!!」
 全力で体を捻ったが、間に合わない。衝撃が、私の体を駆け抜ける。
「咲夜さんっ!?」
 私の悲鳴を聞いて、美鈴が振り返る。しかし、戦っている彼女に私を気遣う余裕は無かった。
 その時、また私に向かって攻撃が発射された。直撃する―――!!
「『サイレントセレナ』っ!!」
 刹那、大量の弾幕が私を覆い、敵の攻撃を相殺した。
「咲夜! 大丈夫!?」
「パ……パチュリー……?」
 そこにいたのは、パチュリーだった。
「とにかく、早く休んで……! 後は私達が何とかするから……!」
「え……ええ……」
「妹様! お願いします!」
 パチュリーが、空に叫ぶ。
「きゃははは!! オッケー!! 『レーヴァテイン』っっ!!」
 業火の剣が、妖怪を薙ぎ払う。その光景を最後に、私の意識は途切れた。


「……夜……! …咲………! ……咲夜……!」
 ―――声が、聞こえる。この、声は―――
「………お嬢様………?」
 そして、私は目を覚ました。目の前には、お嬢様の顔。
「良かった……! 気が付いたのね……!?」
 …何を、していたんだろう。…ああ、そうか。確か、妖怪の攻撃を喰らって………
「―――妖怪はっ!?」
 がばっ! と飛び起きる。しかし、体中に痛みが走った。
「ッ―――!?」
「無理しないで下さい、咲夜さん」
 声のする方に向くと、そこには美鈴がいた。
「……美鈴……妖怪は……?」
「……フランドール様が倒しました」
「そう……」
 ホッとした。
「それで咲夜さんはその妖怪の攻撃を受けて怪我をしたんです…覚えてますか?」
「……ええ」
 そう言った、その時。私は重要な事を思い出した。その真偽を確かめるべく、私は美鈴にある事を頼んだ。
「……美鈴、そこのリンゴ…私に向かって放り投げてくれない?」
「え…? 何でですか…?」
「いいから、早く…」
「…分かりました」
 釈然としない顔で、美鈴がリンゴを掴む。そして、それを私に向かって放り投げた。
「―――――――――」

 念じる。

 時間よ、止まれ。

 ――――――――――――ぽふっ………

 …しかし、リンゴは無常にも綺麗な放物線を描いて、そのまま私の腿の辺りに落ちた。
 嫌な予感が、現実となった。
「………やっぱり……でも……どうして………」
 私は、愕然とした。まさか、そんな事が―――
「………どうしたの? 咲夜」
 私の様子を心配したお嬢様が、話しかけてくる。
「……お嬢様……私の……能力が………」
「え……?」

「私の能力が………使えなくなりました………」

「え………!?」
 私の言葉を聞いたお嬢様の顔が、驚きに満ちる。それは美鈴も同じだった様だ。
「ど、どういう事…!? 咲夜…!?」
「…分かりません…。ただ、使えなくなった事だけは、確かです…」
「……そんな…どうして……」
 お嬢様が、うろたえている。私は、そんなお嬢様を見て慌てた。
「お、お嬢様。そんなに心配なさらないで下さい。一時的なものかもしれませんし……」
「……そうなの?」
「…ええ。もしかすると、妖怪の攻撃を受けたショックでそうなったのかもしれませんし…」
 嘘だった。本当は、その直前から使えなくなっていたのだ。しかし、お嬢様を心配させたくないが為に、私は嘘をついた。
「それなら、いいんだけど……」
「きっと、治りますよ」
 私は、精一杯微笑んだ。
「そう…それじゃあ、早く体を治してね」
 ホッとした表情を見せるお嬢様。
「それじゃあお嬢様…今は咲夜さんを休ませてあげましょう? 咲夜さんも疲れてるみたいですし…」
「え…あ、そ、そうね…」
 その時、私は一瞬お嬢様がとても寂しげな顔をした……様に見えた。しかし、美鈴がお嬢様の手を取り、部屋を出て行ってしまった。
「ああ……そうでした、咲夜さん」
 部屋から出る寸前、美鈴は私にこう言った。
「咲夜さんの怪我はパチュリーさんが魔法で殆んど治しました…明日には仕事に復帰できる様です」
 パタン。
 音を立てて、扉が閉まった。


 そして案の定、私の能力はしばらくしても使う事が出来なかった。
 能力が無い事が、こんなにも大変な事なのだと、初めて知った。


 そんなある日、私は廊下でフランドール様とすれ違った。私は会釈をして通り過ぎようとした。
「ねえ、咲夜」
 しかし、呼び止められた。
「何か御用ですか?」
 努めて平静に返事をする。最近の私は、能力を使えないという事で、少し焦っていた。
「咲夜は、まだ能力を使えないんだよね?」
「………はい」
 …どうして、そんな事を聞くだろう。
「ふう~ん」
「……あの、それが何か……?」
 何だ、という様なフランドール様の態度に少し苛立ちを覚えながら、それを抑えて聞き返す。
「う~んとね、咲夜が能力を使えないって事は、今の咲夜はただの『人間』なんだよねえ? それじゃあ、『人間』がこんな物騒な館に住んでて、大丈夫なのかなあ?」
 
 その言葉を聞いた瞬間、私の体を雷が貫いた―――様な錯覚を覚えた。

 そうだ。能力が使えない今、私はこの幻想郷という世界において、自分の身を守る事の出来ない脆弱な存在。そのような私が、こんな所で何を―――?

 そうだ。今の私では、お嬢様を守る事も出来ない。メイド達をまとめる、威厳も無い。今の私は、何の役にも立たない、人間―――

 私の中でモヤモヤと立ち込めていたものが、急速に形を作る。それは、私の心を押し潰していった。


 私は、どうしてここにいるの? 私はどうすればいいの? 私は、ワタシハ―――


 ―――だっ!!

 気が付くと、駆け出していた。
「―――咲夜?」
 遠くで、フランドール様の声が聞こえた。しかし、関係無い。私は、走った。この広い紅魔館を、闇雲に、否、ある場所を目指して。その場所は―――

 ガチャッ!
 大きな音を立てて、扉が開く。そこは、お嬢様の部屋。
「!? 咲夜…!? …どうしたの?」
 肩で息をしている私を不思議に思ったのか、お嬢様が私に近寄る。
「………お嬢様」
 私は、お嬢様と目を合わせなかった。合わせたら、言えなくなりそうで。
「……本当に、どうしたの? 咲夜……」
 そんな様子の私を、心配そうに見るお嬢様。今すぐにでも顔を上げて、お嬢様の顔を見たかった。しかし、お嬢様の顔を見たら言えなくなりそうで。その欲求をぐっとこらえて、私はお嬢様に告げた。

「―――お嬢様。私、十六夜咲夜は紅魔館での仕事を、辞めさせて頂きます―――」

 …言ってしまった。私が最近感じていたモヤモヤ。突き詰めた結果が、これだった。
「……何、言ってるの?」
 お嬢様が、理解出来ないといった風に私に詰め寄る。しかし、私はお嬢様の顔を見る事が出来ない。
「………今の私は、能力も使えない、ただの弱い人間です。そんな私がここにいても、出来る事は何もありません………」
 うつむいたまま、私は答える。
「…馬鹿な事言わないで。どうしてあなたが何も出来ないって、言えるのよ…?」
「…侵入者を追い返す事も出来ません。…掃除を上手くする事も出来ません。…ただの人間では、メイド達をまとめる事も出来ません。私には、何も出来ません…!」
「何言ってるのよ、私は、あなたが―――」
「何よりも……お嬢様! あなたをお守りする事が出来ません! お嬢様の足手まといです! ですから、私はお嬢様のお傍にいる事は出来ません!! いえ、私はお嬢様のお傍にいない方がいいんです!! 私はもう、この世界には必要無いんです!! 不要なんです―――!!」

 ――――――――――――パァンッッッ!!!

「――――――!!」
 頬に感じる、鋭い痛み。お嬢様の平手が、私の頬を叩いていた。時間が止まった気がした。
「今―――何て言ったの? 咲夜?」
「お嬢―――様」
 お嬢様の肩が、わなわなと震えている。
「『必要無い』、ですって……? あなたは、そんな事を考えていたの……?」
「あ……お嬢、様……」
「そう、そうなの………! ………だったら、早くここから出て行きなさい」
 氷の様な、お嬢様の言葉。
「え……?」
「……聞こえなかったの? 『早くここから出て行きなさい』って、言ってるのよ……!!」
「………!!」
 出て行け。お嬢様は、確かに、そう言った。
「何やってるのよ……! あなたはこの世界に必要無いんでしょう……!? だったら早く荷物をまとめて、元いた世界にでもどこにでも行きなさいよ………!!!」
「お嬢……」
「さあ!!! 早く!!!!」
 私の言葉を最後まで聞く事無く、お嬢様は叫んだ。
「………………今まで、お世話になりました………………!!」
 私は最後に深く一礼し、お嬢様の部屋を出て行った………


 痛かった。ただひたすら痛かった。叩かれたのは、頬ではなく、私の心。


 荷物をまとめた。久し振りにメイド服以外の服を着た。それは、私が初めて幻想郷に辿り着いた時の服。荷物は、大きめのボストンバッグに全部入った。

 屋敷を出た。門の前に美鈴がいたが、「さよなら」とだけ言って別れた。美鈴は状況が呑み込めず、ただ立ちつくしていた。

 森の中を歩く。ひたすら歩く。どこに行こうかなんて、考えてない。ただ、こうして歩いていれば、自然と行ける様な気がした。



 そして。
 気が付くと、私は人間が支配する世界に。



 人間界に、帰ってきていた―――
東方カップリングアンケートの為の、レミ×咲(もしくは逆)支援SS。の前編です。投票期間が短い事に今更気付いて(←馬鹿)、急遽作った次第です。続きは、日曜までに完成させる予定です。

何か咲夜さんが随分とネガティブ思考な気がします。どうしたものか…

投稿しておいて何ですが、ここに支援SSを置いてもいいのでしょうか…? もしまずかったら言って下さい。何かしらの対応をします。
謎のザコ
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コメント



0.1980簡易評価
1.40すけなり削除
ここに投票する事自体は問題ないと思いますが…。 後半楽しみにしております(__)
2.40もち削除
続きがとっても気になります
3.30-削除
まだ前編なので無難な点数つけつつ、続きに激しく期待。
4.30AR削除
さて、どうなる?後編に期待ですね。