―――ここは、どこ? ―――分からない。
土の匂いがする。木々の香りがする。―――血の匂いがする。
誰の? ―――私の。
そうか。私、死ぬんだ。
寒い。水が、私の体に降り注いでいる。
「ん? 何だ、これは?」
その時。誰かの声。直後、浮遊感。
それを最後に、私の意識は、途切れた。
小さい頃の事は良く憶えていない。憶えているのは、狭い箱の中で、寒さに震えていた事。空から降り注ぐ水が嫌いだったあの頃。
偶に暖かい場所にいられたけど、すぐにまた、元の場所。何回も、何回も。
そうして過ぎていったある日。私は、私を持ち上げたり触ったり食べ物をくれたり苛めたりする生き物と似た姿になれる事に気が付いた。
私は遠くへ行く事にした。ここにいても、意味が無い。そう思ったから。そうして辿り着いたのが、ここ。安心した。
でも、しばらく山に住んでいて、私はとても寂しくなった。ここには、私の知ってる生き物が、いない。あの、ニンゲンという生き物が、いない。
ニンゲンは、私を苛めた。でも、苛めなかったニンゲンもいた。だから、会いたい。
この姿じゃ苛められる。だから、私はニンゲンの姿になって、山を降りた。
痛い。痛いよ。私が、何をしたの? バケモノって、どういう事?
大勢に追われた。私は、夢中で駆けた。よく分からなかったけど、追いつかれたら………嫌な予感がした。
逃げながら、私は山に戻っていた。でも、まだニンゲンは追ってくる。
何かが、私の体に当たった。次の瞬間、私の体は何かに打ちつけられた。それは、地面だった。やがて湧き上がった、強烈な、痛み。
ニンゲンの声がしなくなった。代わりに、降り注ぐ、水の音。
そして、私を呼ぶ声が―――
「………橙! 橙!」
「………………あ」
藍様の声で、目が覚めた。私、一体……?
「橙、どうしたんだ? うなされてたぞ……?」
「え………?」
言われてから、自分が泣いている事に気付いた。
「橙…怖い夢でも見たのか…?」
―――そうだった。私は―――
「………藍様ぁっ!!」
堪らず、藍様に抱きついた。怖いユメ。寒いユメ。嫌、助けて。
「! ………橙………」
藍様は何も言わず、私の頭を撫でてくれた。―――温かい―――
「藍様……お願い……もう少し、このままで……」
「………ああ」
あの時。藍様に拾われた時。私は確かに温かさを感じていたのだ。
「…落ち着いたか? 橙」
「………うん」
藍様が、私の体を抱き寄せてくれたから。
「ねえ、藍様…」
「…何だ?」
「………………何でもない」
「なんだそりゃ」
藍様は呆れた様な顔をしたが、それ以上詮索する事は無かった。
『どうしてあの時、私を助けてくれたんですか?』
そんな事を訊こうと思ったけど、止めた。
だって、どんな理由があっても、私が藍様を好きな事に変わりは無いのだから。
この表現がすごくリアルだと思いました。
藍さまに冷たい体を暖められる橙、という構図も大好きです。