Coolier - 新生・東方創想話

One scene in the end of spring

2003/09/28 09:33:05
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 ――はらり、はらりと。桜の花が散って行く。
 
 むせ返るような花の香り。例えるならそれは桜色の海原の如く、桜の木は果ての見えぬ庭を埋め尽くしていた。
 背筋を痺れさせるほどの美しさに一抹の禍々しさを孕んだその雄大とも云える風景は、およそこの世の光景とは思えぬ。ましてや禍々しさを払拭させるのではなく、禍々しさ自体を美と見せ得る桜など、この世に存在しよう筈も無い。
 それも至極当然。そこはそもそもこの世ではない。ならばそこに住まう者もまた人ではないのが道理。
 はらり、はらり。緩やかな風に花びらが舞う。春の訪れではなく、終わりを予感させる光景。
 その花びらの海に埋もれるようにして、一人の少女が横たわっていた。
紅の眼。十三、四と云った幼い顔立ち。青白い肌。舞い落ちる花と同じ、桜色の髪。纏う服は水色だが、桜の花びらを模した刺繍がある。
 桜によく映える少女である。桜の精と云われれば、恐らく十人中九人は頷くであろう。
 だが少女は、そのような可愛げのある存在ではない。
 彼女こそはこの白玉楼の主。興がのれば人も妖も死へと誘う、亡霊の姫。そして、西行寺家専属庭師であり警護役でもある妖夢の、ただ一人の主人である。
 少女の名は、西行寺幽々子と云う。
「――負けちゃったわね」
 ぽつりと幽々子は呟いた。茫とした瞳は上方に向けられている。幾万幾億と舞い落ちる桜を見ているのか。それとも、その向こうに飛び去って行った彼女の残滓を視ているのか。文字通り生まれた時から彼女に仕えている妖夢をしても、それは判別としなかった。
「西行妖も満開にはならなかったし、幻想郷の春度も取り返されちゃった」
「……そうですね」
 他に思いつく言葉もなく、ただ肯定を発して妖夢は幽々子と同じ様に空を見上げた。
 同じものは見えなくとも、同じ事をすれば彼女の気持ちも少しは解るやもしれぬ。そう思ったのである。もっとも、それがただの幻想だと云うことも解ってはいたが。
 ――凄いな。
 ほう、と溜め息を吐く。やはり幽々子の気持ちは知れず、しかし妖夢はその一面の桜吹雪に圧倒させられた。
 広大な庭に敷き詰められた桜は、幻想郷中の春を集めてきたことにより、例年を遥かに上回る満開具合となっていた。だが、その集めた春を取り返された今、庭中の桜はただ一本の例外もなく一斉に散りつつあった。
 正に、絶景である。目玉であり目的であった妖怪桜――西行妖こそ満開には至らなかったものの、これほどの桜を見るのは恐らく生涯で幾度とあるまい。
 視界を埋め尽くす桜色に、妖夢は己も桜と一体化したような幻視を視る。
「何で、」
 はっと夢から覚めた心地で、妖夢は幽々子を見た。幽々子は先程と何ら変わることもなく、ただ呆然と上を見上げている。
「何で負けたのかしら?」
 それは妖夢に問いかけていると云うより、自問に近い呟きのようだった。恐らく答えを欲している訳でもないだろうが――妖夢は少し考えた末に、思い付いたことを延べた。
「――想い、ではないでしょうか」
「――え?」
 まるで今妖夢がそこに居ることに気付いたと云うように、幽々子は初めて妖夢に視線を向けた。気にせず、妖夢は続ける。
「単純な実力で云えば、お嬢様は彼女を遥かに上回っていました。その差は歴然です。それが覆るとは私も思っていませんでした」
「…………」
「ですが、懸念はあったのです。――失礼ですが、お嬢様にとって西行妖を満開にする――その封印を解くと云うことは、所詮余興に過ぎないことだったのでしょう?」
 幽々子は視線だけで頷く。
「ええ。でもそれは別に西行妖に限った話じゃないわ。私にとっては全ての出来事が余興。人を死に誘うことも、妖を死に誘うことも、西行妖の封印を解くことも、貴女を傍に置いていることもね。――そう思う他に、この永遠とも知れぬ死を楽しむ方法があって?」
 冷たく、そして何処か悲しそうに、幽々子は微笑む。その笑みに胸が締め付けられるような感傷を覚えたが、振り切り更に妖夢は続ける。
「……ですが、彼女は違いました。幻想郷で花見をしたいと云う、私利私欲且つ枝葉末節な願いの為に、彼女は死さえも恐れなかった。心底信じられない程の莫迦だとは思いますが――たったそれだけの願いに、彼女は全身全霊を賭けて挑んできたんです」
 くすり、と幽々子は笑う。その笑みに先程のような虚ろな影はなく、単純に可笑しく思っただけのようだった。
「誉めてるんだか貶してるんだか解らない云い様ね。でも、そんな莫迦に私の打ち立てた理は崩されたのかしら?」
「聡明な賢者では理に依って生きるが故に理自体を破壊する事はできません。いつだって理を崩すのは、無知蒙昧なる莫迦者と相場が決まっています」
 ですから、と妖夢はおどけた様に肩を竦める。
「彼女は希代の大莫迦者だったんでしょう。たった一つのどうでもいいような願いに、何の気負いもなく己の全てを賭けてしまえるほどに。その想い――と云うか信念は、その莫迦さ加減に比例して信じられないほどに強かった。所詮は余興と軽く見た幽々子様の想いと、所詮は余興のために命さえ賭けた彼女の想い。とどのつまりはその差こそが、」
 明暗を分けたのではないでしょうか、と結び、妖夢は幽々子に視線を向ける。眼が合った。
 深い紅色の瞳にじっと見詰められ、妖夢は何故か動揺し赤面した。咄嗟に俯いて眼を反らす。
「――でもね、妖夢」
「は、はいッ?」
 声が裏返っている。その様を見て幽々子はふ、と微笑した。
「人は、想いなんて云うあやふやなもので本当に強くなれるのかしら? 所詮想いは想い。何かを為す上での大前提には成り得るかもしれないけれど、それが成功するか如何かはまた別の話ではなくて? 強く想うことで気勢や意気込みに影響は出るかもしれないけれど――それはそれだけのことでしかない。そんなハッタリ程度のもので、彼女が私を上回るほど強くなれたと――本当に貴女はそう思うの?」
「いいえ」
 即答し、妖夢は首を振る。はらり、と花びらが散った。
「ですから私も、お嬢様が負けるとは思っていなかった、と云いました。……ですが、」
「私は負け、西行妖は満開に至らず、幻想郷の春も取り返された、か。成る程、そう云うこともあるのかもしれないわね――」
 幽々子は苦笑しながら、困ったな、と呟き妖夢から視線を外した。
「それじゃあ私は――何度やっても彼女に勝てないことになってしまう」
「そんなことは――ないと思いますが」
 幽々子は諦観したような眼差しを上に向ける。その姿は、何処か儚い。
「私はね、妖夢。何かに本気になる、と云うことがないの」
「……え?」
「だってそうでしょう? 本気になる必要がないんだもの。私はやろうと思ったことの殆どを苦もなくできる。いいえ、何かをやろうと思う――興味を持つこと自体が先ずない」
 その姿に、妖夢は云い様のない不安を覚える。
「ですが、今回は」
「ええ。確かに今回私は西行妖に興味を持ち、尚且つその封印を解けなかった。今までにこんなことはなかったわ。でも――その西行妖の封印を解くことさえ、別段難しいことじゃないのよ。方法はいくらでもある。私が彼女に勝てないと云うのなら、彼女が死ぬまで待ってから、もう一度やり直せばいいだけのこと。人の寿命が尽きるまでの時間など、私にとってはほんの少しの時間でしかない。……ほら、本気になる必要など何処にもないでしょう?」
 ――それは今にも、
「ですが――」
「だから――彼女のように自分の命さえ賭けてくる人間には、私は勝てないんでしょうね。同じものを賭けようにも、私は既に死んでいる。賭ける命さえない亡霊では、強い意思を持った人間に勝つことはできない――」
 桜の靄の中に消えていってしまいそうで―――
「――私が!」
 気がつけば、妖夢は叫んでいた。
 驚いたように目を丸くして視線を向けてくる幽々子を、妖夢は強く凝視する。今度は眼を反らさない。静かに、だが胸に秘めた激情はそのままで、妖夢は言い直す。
「……私が、勝ちます。もう二度と、お嬢様の手を煩わせはしません。相手が彼女だろうと別の者だろうと、私が打ち倒してみせます。幽々子様の願いも望みも、全て私が叶えましょう。それが私の役目であり、存在意義です。――だから」
 だから、そんなに悲しそうに笑わないでください――と妖夢は云い、頭を垂れた。
 自分の不甲斐無さに涙が出る。仕える主の抱える悲しみにも気付けず、一体何を得意満面に喋り散らしていたのか。これでは、希代の大莫迦者は自分の方ではないのか――
 頬に、柔らかな手の平が触れた。
「……幽々子、さ」
「有り難う」
 まるで子供をあやす母親のように、幽々子は柔らかく微笑んだ。その笑顔に、妖夢は暫し言葉を失う。それはとても優しげで、暖かで、どうしようもなく惹き付けられる微笑みだった。
 妖夢の頬から手を離し、幽々子は上体を起こす。はらはらと身体の上から花びらが舞い落ちるのを可笑しそうに眺めながら、うーん、と背伸びを一つ。
「でもね、妖夢」
 貴女は一つ忘れてるわよ――と幽々子は不意に真面目な表情をする。その真剣な顔に驚き、な、何でしょうか、と妖夢は柄になく畏まった。幽々子は指を一本立て、
「貴女の本分は庭師。私の警護も勿論だけれど、ちゃんと庭の掃除もしてくれるのよね?」
 と云った。妖夢はぽかんと目を見開く。
「――へ?」
「今年の桜は例年以上の満開具合。散りつつあるとは云え、これだけの桜が全て散るにはまだ時間があるでしょう。幽霊たちは今宵からでも宴を始めたいそうよ。忙しくなるわね、妖夢」
「な――」
 言葉にならない言葉を紡ごうと、ぱくぱくと妖夢は口を開閉させる。その様子を横目で見ながら、幽々子は殊更真面目ぶった調子で続けた。
「そうね。それじゃあとりあえずお客様をお迎えできるように、庭に散った桜の花びらをある程度掃除して貰えるかしら? 勿論、お客様がお見えになるまでにね。ちょっと時間が足りないかもしれないけれど――妖夢は私の望みを叶えてくれるのだから、大丈夫なのよね?」
 そこで幽々子はにやりと笑った。
 ぐう、と呻き、妖夢は花びらの中に仰向けで倒れ込む。風圧でひらりと花びらが舞った。
 視界には幾万幾億と緩やかに落ちてくる春の雪。その光景は確かに壮大である。散ればこそ桜は美しいと云う意見には妖夢も賛成だ。が、
 ――その全てを、私が掃除する訳か。
 涙が出そうだった。
 
 満開の桜の下、乾いた笑い声を上げる銀髪の少女を、桜色の髪をした少女が楽しそうに見守っている。
 それは、春の終わりの一場面。
初投稿失礼致します。
初めまして、寝。と云う者です。

拙い文章ですが、読んでくださった方、有り難う御座います。
「読み難いんだよ阿呆」「面白くねェよ、ペッ」と云う方は本当に申し訳御座いません。全て私の不徳の致すところで御座います。

ええ。 本当に。

畜生いつか上手くなって帰ってきてやるからなッ!(捨て台詞)
寝。
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コメント



0.1490簡易評価
1.50たま削除
凄い面白かったです。
こういうの書いてみたかったのもありますが、その必要は無くなったようで。(笑
2.50すけなり削除
若干改行が少なくて読み難い所がありましたが、作品自体は楽しんで読む事が出来ました。
3.50ミタニ削除
憑き物落としの古本屋を髣髴とさせる文体が。善い。
35.100na7氏削除
妖夢憐れ也。楽しく読ませて頂きました。