Coolier - 新生・東方創想話

事件未満の出来事――  。

2014/09/10 23:07:37
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「ねえ、メリー」
「何かしら」
「これってどう思う?」
 そういって投げ渡されたのは、表紙のないプラスティックのケースに入った一枚のCDだった。
テーブルの上の紅茶が写したパラソル越しの光を反射し干渉して、黄みがかった虹色に輝いている。
「交響樂、」ねぇ。と少し考えてしまう。黒マジックでいかにも適当に標榜された題はそれだけで何の意味を示しはしないように思われる。
 交響曲であれば、ありふれている、と言えるほどにはこの世に存在するだろう。そのどれか一つなのか、或いは新たな曲なのか。
「そう。交響楽。で、これがそれを.mp3に変換した奴」
 蓮子はこのあいだ一緒に買いにいった、インテリジェントなんとかを取り出して、画面を指ではじいた。地図機能はこのレベルだと面白味がない、とかって言ってたっけ。ないよりましだけど、とも。チープなネーミングは、スマートフォンの一種の後継として少数派の人間に親しまれている。これより後に登場した概念に、個人用デバイスとしてのシェアを即座に奪われて、ネオ・ガラパゴスなどと呼ばれるようになったらしいが、電池の消費を嫌う蓮子にはこちらの方が魅力的だったようだ。
ややあって、操作を終えたのか、こちらをじっと見てるけど、何一つ音らしい音が聞こえてこない。
「えっと? もう始まってるの?」
「……いま、終わったわ」
 音楽、ではないのだろうか、と戸惑っていると口角を幾分上げた蓮子が続けた。
「そうなるわよね。まあ、イアホンを使えばもっとはっきりするでしょ」
 彼女の白い指がバックを探ってイアホンを引き摺り出してくる。少々乱暴に振り回して、絡まったコードを解き、わたしの方にひんやりした手を伸ばして耳にねじ込んでくる。
こういうのは止めて欲しい、と前に言った気もするけれど、どうせ治しはしないし、心の中で溜め息をつくにとどめる。
「じゃあ、もう一度」
っぎぃぃっ、と扉のようなイメージを持つ音が聞こえて、すぐに紙の擦れる音。若干の笑い声、或いは泣き声。無音。無音。無音。
「はい、ここまで」
 日常的な雑音、だろうか。とてもではないが、何らかの楽曲の体をなしているとは言えないように思う。にしても、
「これは、えっと、どの辺りが、」
「楽しいのか、って話ね。勿論話すわよ」
 わたしの耳からもぎ取ったイアホンをテンポよく振り回しながら巻き取りつつ、頼もしいことを言ってくれる。
「まあ、これをどこで拾ったのか、ってのが、まず問題でね。大学の図書館あるじゃない」
 勿論だ。ここからもそう遠くない。
「あそこのゴミ箱に刺さってた訳よ」
「あなた……ゴミ箱なんか漁ってるの?」
「いや、漁ってはないわよ。置いてあったのを持ってきただけ」
「何でそんな所から態々、って所から持ってくる必要はないと思うのだけれど」
「いや、だって見るからに興味深かったのよ。交響"樂"だなんて気取っちゃってて。それで昨日帰って聞いてみたら、これよ。がっかりって言うより、笑っちゃったわ」
 それで笑うのは彼女のセンスと言った所だろうか。わたしには理解できるけど、分からない。
「それで? わたしに何をさせたいの?」
 この答えは、大体分かってはいる。
「これがどこからきたのか見極めて欲しい」
「なるほど。出来るかどうかは分からないし駄目、って言ってもやらせるんでしょ?」
 この答えは知っている。
「まあね。でも、いいでしょ?」
 だから、いつもと同じようにわたしは答えるのだ。
「勿論」
「ひとまず。お茶を飲みましょうか。いい加減冷めてるけど、或いはおいしいかも。そしたら、現場に行きましょうか」
「ええ」




 構内のカフェを出て歩くこと数分。図書館の最下層。途中立ち入り禁止の看板もあった気もするが、鍵さえかかっていなければ、彼女にはないのと同じことらしい。
その階段の裏にあるゴミ箱にはいくらかのゴミが、と言うより、あふれるほどのゴミがあるからいくらかのゴミが蓋の上に乗っているのか。
「これは、えーっと、酷いわね」
 ゴミ箱って言うより、ゴミ山を漁ったんだろうかこの娘は。蠅がたかっていないだけ、饐えた臭いのしないだけ、まし、と言った風情だ。あはは、なんて笑っているけど、わたしが本気で引きかけてるのに気づいているのだろうか。
「そもそもどうしてこんな所にきたのかしら」
「えっと、何でだろう」
 あなたが知らなきゃ誰も知らないでしょうが。少しイライラする。
「まあ、いいわ」
 言いつつ、目を使って視る。ゴミ箱の周りには現実世界の色彩による境界の他に色々な境界が視える。物理的には温度や分子の存在による区分。もっと形而上界に近づけば物の価値、元の使用者による区分。その他。目の焦点を合わせるように無関係な境界を排除しつつ、異常な要素を探していく。
「ん……えっと」
 半ば無意識に音が口から漏れる。
「お、なんかあった?」
「いえ。全く。ちょっとCD見せてもらえるかしら?」
「ほい」
 今度は人差し指と中指で挟んで、勢い良く差し出されたそれにも、おかしい、と言えるほどの要素はなさそうだった。
「ないわね。今回は蓮子もはずれを引いたみたいね」
 嬉しい、と言うのはちょっと違うけれど、してやったり、と言う感覚に近しい快感がうっすらと広がる。
「そっか。でも、これ自体がちょっと良く分からないのは事実よね」
「そうねぇ。まあ、誰かのおふざけ辺りが関の山じゃないかしら」
「一度、部室に戻りましょうか」
 そういって蓮子はわたしに背を向けて歩き出した。わたしがついてきているかどうかなんて全く気にしていないようだ。ついていかなかったらどうだろう? と少し考えて、すぐにそれが何の効用ももたらさないことに気づかされる。いつもこんなことを考えている自分を心の中で嘲笑して、軽い駆け足で蓮子の横に並ぶ。
整った横顔。頭の中にある知識を引き出し、混ぜて、新しいものに変えている。
こういうときの蓮子は妙な空気があって話しかけられない。けれども、話しているときよりも、物を避けて通る以上には目の前の世界を見ていない彼女の目を横から見ているときの方が一緒にいる感覚が強い。
 部室までやってきて、足を止めて、鍵を回し開ける。
「さて、別の方法で検討してみましょうか」
 と言いつつPCのスイッチを押し込んでいるのを横目に、少し離れたお気に入りの椅子に座る。
ゆったりと深く座れる良い椅子で、これを買ってくれた、顔も知らないこの部屋の元の主には、この一事だけとは言え、感謝している。
座ったまま適当にケトルを操作してお湯を沸かす。瓶にはいったインスタントの珈琲豆を目分量でマグに流し入れる。
珈琲は薬みたいだと思ってしまって、どうにもこだわりを持てない。飲んで体調がおかしくなったことはないし、水よりは良いか、と言った感覚だ。
あまり意識したことはないけれど、蓮子は蓮子で元々興味のないことには大雑把なのも手伝ってか、似たような飲み方をしていた気がする。
 どうでも良いことを考えながら珈琲を入れていたら、PCの方もそれなりに準備ができたようで声を掛けてきた。ミルクと砂糖を入れてそのままそちらに歩み寄る。
 画面には何らかの波形を表示しているもの、グラデーションがかった画像を表示しているものなんかがあって、ちんぷんかんぷんだ。
「まあ、こんなソフトを使っても私は専門家ではないから、はっきりとはしないんだけどね」
 とは言っているものの、何度も再生を繰り返しつつ、慣れた手つきでマウスを動かして、
「このへんとか、なんか鳥の鳴き声が聞こえるのよね、で、ここが紙の音、で、」
 呟きながら、要所々々を拡大などしつつ個別に画像として出力していく。
意味があるのかについては――今までの傾向からして、きっと殆ど無いのだろうけれど。
「この鳥ってわかる?」
「メジロかなにかじゃないかしら」
「こっちのエンジン音は?」
「わかるわけ無いでしょ」
「よねぇ。他のサンプルとかと比較してみるか」
そういってネットワークを通じていくらかの音声サンプルをダウンロードしてくる。それらも同じソフトに読み込ませて画像化していく。
「あ、これ似てる」
 該当しそうなものを見つけたらしく声を上げる。本当に嬉しそうだ。珈琲は既にコップから半分ほどなくなって、その代わりに茶色い染みをマグの肌に見せている。首を巡らして目に入った暗い窓が、わたしの微笑を反射しているのに気づいて何となく顔を背けて電灯を見つめる。
「あっれ。おかしいわね」
その声の方を見遣ると、画面から蓮子が首を椅子の背に預けてひっくり返しの格好でこちらを見ていた。
「何かあったの?」
「機種が古すぎる。このCDがつい最近作られた物だったら、だけど」
「じゃあ、古いものなんじゃない?」
「んー、」
 そのまま椅子を回転させ、伸びをしながら身体と頭をこちらに向けてくる。
「それ以上は何も分からない、か」
 まあ、当然だろう。十数秒しかないだろう音声から一体何が分かると言うのだろうか。
「まあ、そんなものでしょう?」
 それには答えず、蓮子は椅子から立ち上がって窓を押し開けた。
 瞬間。
 気圧に変化が生じ、閉まりかけだった入り口の扉がゆっくりと開いていった。一気に風が抜けるようになった部屋に空気がなだれ込んで、机の上の紙を飛ばしていく。
「ふふふ、」
 笑う蓮子と唐突なそれに恐怖するわたし。
「気になるわ。これ。すっごく。でも多分絶対に分からない」
 蓮子はCDを取り出してケースに入れ、そのまま部屋の隅にうずたかくなっている”分からないもの置き場”にフライングディスクの様に放り投げる。
「分かるまで放置っと。帰りましょうか」
「はいはい」
 一言答えてPCを終了させている蓮子を背にマグを洗う。それから部屋の鍵を握って既に外で待っている蓮子の元に歩いていった。




 夜道を二人で歩いていく。正門を出て、道を渡り、曲がる。手の距離なんかを気にして歩調を早めてしまう。分かれ道にきて一日が終わりを告げる。
「じゃあ、また明日ね」
「ええ」
 この日常が、綺麗な楽器の音色に埋もれそうなこの雑音が、いつまでも続くのなら、わたしはこの日常が大好きだ。
 はじめまして。下道溥です。

 この小品は友人が提示してくれた”交響曲”と言うお題を元に書いた代物です。
 秘封倶楽部については、現時点での私の中の彼女らの人物像なので色々とずれているかもしれません。
SSなど読みつつ徐々に修正していこうかと思っています。

 また、何か至らぬ点がございましたらご指摘くだされば幸いです。

 "、」"書きは受け入れられない可能性が高いなぁ、と思いつつ。
               スーパームーンだった月を仰いで。
下道 溥
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コメント



0.220簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
こういうのをSF(少し不思議)と呼ぶのでしょうか
CDのブックレットでは書かれない、普段の秘封倶楽部といった感じが良かったです
2.90奇声を発する程度の能力削除
こういう秘封のお話好きです
5.70名前が無い程度の能力削除
日常の不思議を扱った作品好きですなぁ
転があっても良かったかもしれません