夢を視たことはなかった。
日中、特注の棺の中で瞼を閉じる時。
私に訪れるのは、一時の『死』のような物で。
穏やかに沈む感覚と、微かな喪失感だけが、胸を満たした。
そして、世界に暗幕が引かれれば。
天空に浮かぶ月をバックライトに、『蘇る』のだ。
だから。
夢など視ようはずもなかった。
「どうしたの?」
でも、ね。
膝を抱えて蹲る彼女に出会った瞬間。
睡魔に引きずり込まれるような、抗い難い感覚に襲われて。
痩せ細った小さな身体を抱き上げた時には、いつの間にか、夢の世界に引きずり込まれてしまったのだと気が付いた。
「咲夜」
勝手に考えて。
独断で決定した名前で呼びかける。
「はい」
素直に頷いてくれる彼女。
現実味なんて、感じることは出来なくて。
やっぱり、夢なのだ、と。
「眠れないの?」
でも、たとえ。
此処が、私にとっては夢の中だったとしても。
目の前には、脳裏に焼き付いた忌わしい記憶に追われながら、夢の中に逃げ込むことも出来ずに、目の下に黒いくまを作った、彼女が居たから。
抱き寄せて、その首に腕を回して、頭を撫でた。
「おやすみ」
囁けば、彼女の瞼が落ちていく。
私の夢の中で、彼女はどんな夢を視るのだろうか、なんて。
そんなことを考えた。
彼女の目の下からくまが消え去った頃。
笑顔で彼女はこう言った。
「幸せな夢程、早く覚めてしまいますね」
それはとても軽やかな声で。
目覚めと共に消え去る夢の世界を、惜しむ気持などは感じ取れなかった。
私は、彼女の瞼を手で覆って、囁いた。
「おやすみ」
繰り返し、繰り返し。
ただ、夢中である為に。
吸血鬼のくせに、真っ昼間から出歩いて。
木の葉が自然の日傘になってくれている木陰に、彼女と並んで腰かけた。
ふと、頭の高さが近くなったなと思う。
腰の骨が曲がって。
随分と、彼女の背は縮んだ。
「もう、すっかり夏ね」
溢した言葉に、答える声はなかったが。
頷く気配を、感じたから。
「……」
骨ばって皺が刻まれた彼女の手を少し強めに握って、言葉を続ける。
「かき氷パーティでも開きましょうか。ああ、でも、去年も似たようなことをしたから、今年はもっと別のこともしてみたいわね」
そして、来年はこうして、再来年はああして。
私は語る。語り続ける。
そんな私の、どうしようもない『夢物語』を、遮るように。
繋いだ手が、弱々しい力で、握りしめられて。
しゃがれた彼女の声が、鼓膜を揺らした。
「お嬢様」
とても、小さな声だった。
「――……おやすみなさい」
傾いだ身体。
彼女の頭が、僅かな衝撃と共に、私の肩に乗る。
色が抜け落ちて、銀から白に変色した髪の毛が、数本舞った。
「咲夜?」
呼びかける。
しばらく待つ。
――……返事は、なかった。
「……」
時折吹く風が、葉擦れの音を響かせながら、時間を連れ去る毎に。
触れた彼女の身体から、熱が引いていった。
時間の経過に合わせて、向きを変えた陽射しのせいで、影の位置も移動して。
彼女と繋いだままの私の手も、日光に照らされる。
じりじりと焦がされていく痛みと共に、立ち昇った煙が、青い空に吸い込まれて消えていくのを見詰めながら。
そっと、呟いた。
「おはよう」
彼女と過ごした、束の間の時間は。
とても素敵な夢だった。
日中、特注の棺の中で瞼を閉じる時。
私に訪れるのは、一時の『死』のような物で。
穏やかに沈む感覚と、微かな喪失感だけが、胸を満たした。
そして、世界に暗幕が引かれれば。
天空に浮かぶ月をバックライトに、『蘇る』のだ。
だから。
夢など視ようはずもなかった。
「どうしたの?」
でも、ね。
膝を抱えて蹲る彼女に出会った瞬間。
睡魔に引きずり込まれるような、抗い難い感覚に襲われて。
痩せ細った小さな身体を抱き上げた時には、いつの間にか、夢の世界に引きずり込まれてしまったのだと気が付いた。
「咲夜」
勝手に考えて。
独断で決定した名前で呼びかける。
「はい」
素直に頷いてくれる彼女。
現実味なんて、感じることは出来なくて。
やっぱり、夢なのだ、と。
「眠れないの?」
でも、たとえ。
此処が、私にとっては夢の中だったとしても。
目の前には、脳裏に焼き付いた忌わしい記憶に追われながら、夢の中に逃げ込むことも出来ずに、目の下に黒いくまを作った、彼女が居たから。
抱き寄せて、その首に腕を回して、頭を撫でた。
「おやすみ」
囁けば、彼女の瞼が落ちていく。
私の夢の中で、彼女はどんな夢を視るのだろうか、なんて。
そんなことを考えた。
彼女の目の下からくまが消え去った頃。
笑顔で彼女はこう言った。
「幸せな夢程、早く覚めてしまいますね」
それはとても軽やかな声で。
目覚めと共に消え去る夢の世界を、惜しむ気持などは感じ取れなかった。
私は、彼女の瞼を手で覆って、囁いた。
「おやすみ」
繰り返し、繰り返し。
ただ、夢中である為に。
吸血鬼のくせに、真っ昼間から出歩いて。
木の葉が自然の日傘になってくれている木陰に、彼女と並んで腰かけた。
ふと、頭の高さが近くなったなと思う。
腰の骨が曲がって。
随分と、彼女の背は縮んだ。
「もう、すっかり夏ね」
溢した言葉に、答える声はなかったが。
頷く気配を、感じたから。
「……」
骨ばって皺が刻まれた彼女の手を少し強めに握って、言葉を続ける。
「かき氷パーティでも開きましょうか。ああ、でも、去年も似たようなことをしたから、今年はもっと別のこともしてみたいわね」
そして、来年はこうして、再来年はああして。
私は語る。語り続ける。
そんな私の、どうしようもない『夢物語』を、遮るように。
繋いだ手が、弱々しい力で、握りしめられて。
しゃがれた彼女の声が、鼓膜を揺らした。
「お嬢様」
とても、小さな声だった。
「――……おやすみなさい」
傾いだ身体。
彼女の頭が、僅かな衝撃と共に、私の肩に乗る。
色が抜け落ちて、銀から白に変色した髪の毛が、数本舞った。
「咲夜?」
呼びかける。
しばらく待つ。
――……返事は、なかった。
「……」
時折吹く風が、葉擦れの音を響かせながら、時間を連れ去る毎に。
触れた彼女の身体から、熱が引いていった。
時間の経過に合わせて、向きを変えた陽射しのせいで、影の位置も移動して。
彼女と繋いだままの私の手も、日光に照らされる。
じりじりと焦がされていく痛みと共に、立ち昇った煙が、青い空に吸い込まれて消えていくのを見詰めながら。
そっと、呟いた。
「おはよう」
彼女と過ごした、束の間の時間は。
とても素敵な夢だった。
「おはよう」が胸にきました。
おはよう、吸血鬼
久しぶりに挿絵付きって見た
挿絵も自作なのでしょうか。ほっこりします。
あなたの描く東方キャラクターが大好きです。