Coolier - 新生・東方創想話

さみどりの庭 5

2014/08/26 00:37:56
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のつづきです

 私を指した八雲紫は、私が何か言うのを待たずに言葉を続けた。
「幻想郷の妖怪は、飛び回り、多くの知己を得、強く、あらがい、成長していく存在を見守りたいと。そしてまた、対等に扱い、隙あらば打ち倒されたいとこいねがっています」
「八雲紫に頼めよ。シャボン玉に願いを入れてな」
 私は肩をすくめた。
「やれやれ、妖怪が人間を求めているという話と、霧雨魔理沙とがどう繋がるのやら。この私を評して何を大げさな」
 たとえるなら彼女らは霧雨魔理沙というよどんで腐った水たまりが、理想の太陽に焼かれて身をすり減らす光景に蜃気楼をみたのだ。私のはったりが、張りぼての都市が、彼女らを詐欺にかけたのだ。そこでは霧雨魔理沙は理想の人間だった。実態はそう、川が山に昇り、海の雨が雲に降るがごとく、さかさまの世界をすかし見て。
 まあ確かにそのさかさまも、山羊をキリストに見立て臀部に接吻をするような逆転した四辻の会合では、相応しい褒詞として霧雨魔理沙に向けられるだろう。酔余の戯れとして宴会の話のネタにでもされるのが相応しい。私が誰と対等以上だって? パチュリー・ノーレッジでも蓬莱山輝夜でも八雲紫でも連れてきやがれ。なかなかいいじゃないか、さぞ私の腰に合った落ち着きがいがある高御座になるだろう。
「人を見る目がないね」
「妖怪の影響はあなたという人間を象ります」
「魔法もロクに修めてやいないのに。どうやら幻想郷の妖怪は長らくまともな人間に接してこなかったと思われる。英雄のイコンを求め、救済を日ごと夜ごと慕い喘いだ歴程の果つるところが、よりもよったりこの私だとは笑えてくるよ」
 妖怪もまた、飢え、欠落を抱えた存在である。知らなかった訳ではないが、いや実に滑稽だ。私は同情した。
「何故あなたか、それは妖怪が独りであった時代が終わり、幻想郷にまとまりができた最初の世代の人間であるからです。想いは量的な概念を持ち得ます。想う妖怪の数があなたという幻想の強さの源です」
「私以上の人間なんて、後からいくらでも現れるだろうに。今私が何の魔法のひぃひぃ言いながら勉強していると思う? きのこを栽培を促成する魔法だよ」
「初めのものに後先ありません。私たちは望むでしょう、眩しい可能性があり、私たちを退治することができる、在りし日の己自身ともいえる、対等以上の存在がいつか現れてくれることを。そう、この通底は妖怪誰もが共有しており、霧雨魔理沙にぐうの音も出ないぐらい出し抜かれ退治されることに集約されるでしょう」
「妖怪は誰もが退治されることを望んでいるというのか」
「ええ、強く、麗しい人間に」
 八雲紫は褒め殺しをした。
「買いかぶりだ。それに、事大に過ぎる。伝説の人間への執着を聞いている気分だ。お前となら今度一緒にプレスター・ジョンを探しに行けそうな気がするよ。もっとも、最初の村で1ダースは見つかるだろうがね」
 私はそろそろこの大層な取り扱いに辟易とした。
「本当に、大層な事実だ」
 日が傾き、数条の鮮烈な灯りが部屋に差し込まれた。机の木目に針状の光が鮮明に残る振幅を穿つ。ひしと胸が締め付けられる。末端の血の気が引き、温暖な晴れ日だというのに靴底が凍み、ジクジクと足裏が疼ぐ。
 いや、飾り気はやめよう。
 実のところは先ほどから私は全霊から、八雲紫が本当のことを言っていると告げていると感じていた。
「ところで紫、できれば同じ紅茶をくれないか、とても美味しかったから。ちょっと気持ちを落ち着かせたいんだ。実に素晴らしい味わいだった。本当に甘くて果物みたいな香りがするね」
 紅茶を飲むと余計に口が渇くかもしれない。
 八雲紫はカフェインの焦燥作用を知らない訳ではないだろうが、何も言わず、暖かい紅茶を完璧に注いでくれた。実にありがたい好意だ。しかし八雲紫の告白の後では、このような何気ない振る舞いであっても裏を勘ぐり、神経を苛むのだった。
 まだ体は暖まらない。血の巡りの悪い部位には、早鐘をつく冷たい痛みの旋律が走っている。
 過度の緊張状態からくる亢進に私は生理的な不快さを覚えた。
「ちょうど飲み頃じゃあないか。ありがとう」
 心拍活動を行っているのだ、と私は静かに確認した。どくん、どくん。ずきん、ずきん。
 得られる教訓は……生きるためには全身に血をめぐらせねばならないこと、この鼓動と次の鼓動が地続きであること、従ってこの鼓動で聞いた言葉を留めた限りは夢にできず、それを受けては次の鼓動で身を処する術を求めなければならないこと。意義深いことだ。
「ともかくまずは信じよう。よも八雲紫が、取るに足らぬ私の身を恥じしめんとして、この種の冗談を駆りだしたりはしないだろうからね」
 杯を傾け、舌の上から鼻孔にかけて、何度飲んでも素晴らしい異香をなじませる。
 さて、何から聞くか、思案をこうじる。
「私は妖怪が欲した人形であるに過ぎないということか。まるで霧雨魔理沙には己の意志がないとでもいうような話だ。実際どうなのだ、その通りなのか。偽らずに教えてくれ」
 回顧する。何年経った? 自問する。生まれてから、どれほど時を積み重ねたのか、心の外にある時間を。いつから私は妖怪に認められ、妖怪を喜ばせ、妖怪を退治してきたのだろう。
 私は心を想起する。そう、秘密でも何でもないが、その間、生きている間、私はいつも自分が何になりたいのか分からず、何を思っているのか分からず、信条は己を裏切る約束であると放言してはばからず、自らの内なるレギオンに飼育されるがことく圧せられ、その場その場で何かに突き動かされるように行動し、喋り、そしてそして、ゆるがせにならんことに、人間を辞められず、人間以上の何者にもなれず苦しんでいたのだ。
 とすれば応ずるにこういうことか? 幻想郷の百鬼夜行からなる矛盾しあうどろどろの意志のカーシャ。そこから飛び出す寄生虫どもの奔流が、霧雨魔理沙という人間のやわい混紡織物の薄皮一枚の下にうごめきひしめき、内臓をたらふく食い漁り、殖え、意識の内でパンパンに肥え太り、張り裂けそうな消化不良の苦しみを与えていたということか。
 すべてが妖怪の身勝手な願望のせいだというのか!
 私はこの結論に至って心が千々に乱れた。
「ねえ、本当のことを言って」
 私のこのごちゃごちゃの意志は、誰かの願望が立ち替わり入れ替わり現れているだけなのか。
 いや、と私は首を振る。
 今日は天気がいい。早とちりかもしれないので、最後まで聞いて判断しなければならない。
 まさにこの場のこの惑乱をおして、最後まで八雲紫の話を聞くという判断もまた、彼女の望む私の姿ではなのだろうか。
 いや、と私は首を振る。
 今日はお茶もおいしい。穿ちすぎるのはよくない。
 そうなのだ、と私は思わず自分の卑屈さに嫌悪の念を抱いた。ケチな女だ私は。
 意志薄弱で自分の主人になれないだけの小娘が、ぐだぐだと責任を転嫁することを目論んだ言い訳をするみみっちさと言ったらどうだ。この無様な疑心暗鬼は何の騒ぎだ?
 そう、私は特別ではない。人間はもともとごちゃごちゃの存在であり、矛盾し合う妖怪を飼っていない人間などいない。それが幻想郷の住人の誰かであるか、自分の心の住人の誰かであるかだけだ。私が思うのならすべて私だ。私が私から逃れられるものか。果たして八雲紫もこの論法を心苦しげに追認した。
「意志の主体はあなたです。我々の想いが混じろうとも」
 いやっほう! 霧雨魔理沙万歳! ところが、え、我々の想いが混じろうとも、だって? どこかで似たような話を聞いたことがある。それはアリスの自律人形の話だった。
 アリスが彼女の仕事に誤解を持った相手に対していつも言うことだ。私は言葉を思い出した。曰く、『自由という感情は単離可能であり、いかに束縛され操られている存在であろうとも自由と感じさせることは可能なのだ』と。
 従って自律人形の定義は、自由だの不自由だの、そこに気づくか気づくまいかといった主観に求められることではなく、実に即物的ではあるが、『自らの肉体のみに自らが憑依している』ことなのだ。導線で操られたり、なかんずく他者の意志がラジオの電波でも受信するように入り込んだりしてはならないのだ。
 したがって私はアリスの定義によれば、人形よりマシな存在とはいえないわけだ。八雲紫の言葉は何の慰めにもならなかった。
「分かった」
 何も分かってはいなかったが、わたしはヤケクソに首を縦に振った。
 私はもはや衝撃が強すぎて何も感じなくなっていた。
「私がどうなるのか教えてくれ」
「我々妖怪のような、何かになってしまった存在が欲していること、それは例外なく、長年付き合ってきて嫌気がさした己が固陋を革め征くこと、飽いた存在を止揚することなのです。でも、妖怪にはそれができない。妖怪は自己の存在意義を嫌でも知っている。私はこのために生まれてきた、という答えが与えられている……逃れなれない、私たちでは自分を否定することができない。それは存在に逆らうことだから。それができるのは人間だけ」
 八雲紫は顔を近づけて婀娜とした視線をこちらに投げる。私の髪に彼女の手櫛が通った。
 彼女は彼女なりに私をなぐさめようとしているのだと、ようやく私は察した。
「このように妖怪からベタベタと好き好かれるぐらいならいいのですが。ことはそう簡単ではありません」
「私はどうなる」
「人間はね、自分がどういった存在なのか、今の貴方のように思い悩むことができるでしょう?」
「私はどうなる」
 とうとう八雲紫は座って講義することをやめ、オリーブ生い茂る神話の園を行くがごとく逍遙し、人と妖怪の関係についての賛歌を呻吟するところとなった。
「……我らは人間の末子。妖怪に身を窶す前の、勝ち誇り、無窮の鋭い電光であった己の意志が、つまらぬ一つの概念と化した旧き私を糺し、母なる水海へと還す。そう、それこそが妖怪。水の中にあり、水にあらじ。……ロマンティックな願望でしょう。妖怪にとって自殺を意味しようとも。うふふ」
  このふざけた役立たずを、確かに私は退治してやってもよい気になった。
「そうだろうな。やあ桂冠詩人、お得意の「無窮の鋭い電光」が私の「魂の傾斜」に張り合っているところ悪いが、ここいらで閑話休題といこうじゃないか。おっと、おあつらえ向きだが、まあ見ろこいつを」
 私は何気なく目前に指を寄せて詳らかに観察する。
 そこには一匹の羽虫が張り付いていた、ふっ、と八雲紫の顔面に吹くと簡単に飛ばされて行く。
 哀れな羽虫が八雲紫の厚かましく掴みがいのある顔面の皮膚に足場を求めようとした瞬間、方向を変え、物陰へ逃れていく。寄る辺もなく、自分の身に何が起こったのか知る術もない。
「あれー、幸いあれ、ってなもんだ。私だ。私じゃないか。目が覚めるとそこは自分の住処ではなく、寒風吹きすさぶ何処とも知れぬ異郷な訳だ。何の力もなく、吹かれるままに飛ばされる人間の小娘が私なのだ。さて、哀れな蟻を幕間の小咄に献げることで、ちょっとは私の心境を想像できたろう。手短に説明願えるだろうね」
「家に巣をはりますよ」
「罠をあとで仕掛けるよ。そんなことはどうでもいい」
 では、と八雲紫は居住まいを正した。
「あなたは影響力を行使できます。あなたの振る舞いで、妖怪を意のままに従わせることができましょう。もちろん私、八雲紫に対しても同じこと。あなたはもじもじ意を決して『ちょっと大根の相場を調べてくれよ紫』などと命令はしません。そう、言近くして意遠し、書は言を尽くさず、言は意を尽くさず。……言葉という野暮なものなど! 気色、仕草で、私たちの心に好きな絵を描くことでしょう。妖怪の秘密を握っている人間が今のあなたです」
「ピンと来ないな。妖怪へ影響を及ぼすことへの興味は薄かったし」
「心持ちしだいです。ところどころでは望む利益を引き出してきたはずですよ、種々の能力を持った妖怪にね。それに、ほら、今私に先を急がせたように」
「それは覚えがあるが」
「ともかく、もう片面ではあくまでも霧雨魔理沙は妖怪の望む存在だということです。妖怪が望むのは人間のみであり、己という妖怪を否定するために別の妖怪を望んだりしません。従ってあなたが人間以外の何かになることは許され得ません。あなたに許されるのは、妖怪を楽しませる言葉、妖怪を倒すための衝動的な攻撃の方法、その場限りの即興です」
「支配しつつ支配下にあるというのは矛盾ではないのか」
「いいえ、両立します。互いに望み、望まれる。何も矛盾していません。ただ一つ、霧雨魔理沙が自身に望むことが犠牲にされているということを除けば」
 私は小首をかしげて次なる問いを呈示する。
「それが私を巫女にすることとどう繋がる」
「巫女になれば、巫女としての歴史的役割が勝つでしょうから。幻想にはより強い幻想を宛がうのがいいです。妖怪は巫女に役割を求めますが、心は求めません。巫女とあなたでは年期が違うのです。あなたの心はあなたのものです」
「お前たちが望んだ私じゃないか」
 私は身勝手な段取りについ反論した。
「アリスじゃあるまいし、鼻の僅かな造詣がうまくいかなかった人形の首をすげかえるようにいくものか。思い通りになどなると思うか」
「落ち着いてください。此度のことに気づいたのは偶然でした。あなたの押し込められた意志が音をあげ、亀裂から逃れ得た情動が、そう、今ここではないどこかへという情動が結界に穴を開けなければ私は気づかなかったでしょう。お願いですから、巫女になるとおっしゃってください。私もいずれは、私の人間をあなたに見るようになるでしょう。そうなれば誰もあなたを止める者はいなくなります。妖怪は今までバラバラのところを見ていました。しかし近年妖怪の興味が共有されすぎました。あなたが持つ能力は、危険な強度に達しつつあります」
 八雲紫のような存在に大層に扱われることについて、自尊心をくすぐられなかったといえば嘘になる。しかし、私は上っ滑りする言葉の応酬が私自身のことという実感がわかなかった。
 どうであれ私とは無数のその都度現れる私の遷移に過ぎない。私は偶然に私として現れるそれっきりの存在なのだ。私は結局のところ、どうするべきか統一した考えが持てなかった。ゆらと揺らいでいた。仮に妖怪どもの幻想から解放され、地に足ついた一人前の人間になれば、今の状況にまた違う確固たる考えを抱くのだろうか。
「質量、曲率、熱量、それそのものは良いでしょう。ですが、それが負い担う重さがある線を越えれば、もはや一転、別の危険な性質を持ちます。この概念も行き着く先は同じ。全てを飲み込み、一人歩きするようになります。この妖怪の山や魔法の森を、甘いにおいを慎ましやかに振りまきながら自在に飛び回る幻想郷が服する新たな人間の像には、人間であること以外にわずかな制約をも課せられてはいません。霧雨魔理沙を羽化させることは罷り成りません」
「やってみればいい。気に入るかもしれないぜ」
「若き魔女よ、それは違います。幻想郷の話をしましょう。想像してみてください、簡単な話です。あなたの英雄としての強度が高まるにつれて、あなたなら何をしても良い、妖怪はそう思うようになるでしょう。そうなれば、どうぞご随意に、といったところです。幻想郷が一個の気紛れに服し、心中することになります。普通はそこまでの強度は得られませんが、此度は話が別です」
 優渥なるご沙汰だ。この慰めにどういった感謝をしたらよいのだろう。
 この私にさえ価値を与えられる可能性、視点、そういうのがないとこいつらの脳髄の軸索が折れ壊れてしてしまうのだ。
「紫」
「はい」
「ひとつ、聞かせてくれ。どうしてこんな仕方しかできない。何故、強引に私を巫女にしない」
「大抵のことを己の欲するがまま準備し、成すことができる大妖怪は、神秘的な物事は努めて自らにより象らなければならないという信念を持っています。わがままを通す力を持った妖怪にとって、力を振るわないことは存在に必須であり、ある種の特権なのです」
「そういう話をしているのではない」
「ええ、いずれ分かるときがきましょう、それについてはいいのです。ともかく、私は最後の判断については計算や駆け引きではなく、あなたの意志にまかせたいのです。それはあなたの判断に今の幻想を越える威力を持たせる、まじないの一種でもありますからね」
「いいか、よく聞け。お前は全てを美化しすぎている。人間の気分など、尊重する価値のないものだ。お前の口吻ひとつで私たちは自分の意思と勘違いして喜んで何でもするというのに」
 妖怪の人間の態度に対する悔しさ。あるいは、八雲紫の好意を裏切り、目先の口論に勝利を収めようとする浅ましい自分に対してか。
 急に私は全てが色あせ、関心を持てないようになった。議論をやめ、静寂を得えて全てを天命にまかす欲望に駆られた。
「少し考える」
 座り直し、体勢を戻す。
 避けていたはずの斜光が再び差し込んで目が翳む。白すぎる光はまだ赤みが混じっておらず、夕暮れには遠い。目じりから少しの堕涙。
 睫毛が輝映を散らし、無色でただ眩しい結晶の紗幕を形作る。
 私は目を閉じ、ねがう。目覚めなければ、何も見なければ、戻ることができたならば。太陽から、服を通してやわらかな暖かさが伝わってくる。
「お答えはいかがです。私はあなたを失いたくありません」
 どれぐらい経ったのだろう。いくら念じても、朝のように結界を越えることはできなかった。鳥の鳴き声が耳に残った気がしてうっすらと瞼を開く。鳥、自由であること。しかし、鳥のもどかしさも想像できる。
 映ったったものを無気力に追っていく。塗装のひすらいだ机と、カーテンにまだらに照映える陽光、窓から見える木々。そして美しく妖しい八雲紫。彼女の髪は万物の渣滓が煌き、まるで金色の雪が降っているようだった。
 私にはこの光景は関係がない、放っておこう。ずっとこうしていれたら、もう何もいらない。眠くてたまらない。頭に真綿が入っている気分だ。優しく世界を狭めて、知らない間に何もできなくなっていくあれが詰まってる。
 私はしばらく、離人的な感覚を楽しみ、先ほどまでのことを等閑に付したままにした。だが結局、何ら天啓は降りてこなかった。
 代わりにふつふつと沸き上がってくる私の奥底の、何か分からぬ情熱がいつまでも惰眠を許さなかった。 
 一体全体何が悲しくて八雲紫は、先ほどから霧雨魔理沙という足下の汚い泥を、天から贈られたマナか何かと勘違いして褒めそやし、恭しく手の平ですくい上げているのだろう。
 勝手にしろ、と言ったところだ。私の魅力がそうさせるというのなら、おお、せめて彼女たちを神の御心のままに幸くいませ。
 考えを巡らす。
 私は返答を決めた。
「つい先ほど、幻想郷が一個の少女の気紛れに服することになると言ったな」
 私をじっと八雲紫をみつめた。
「じゃあそうしてやるさ」
 私は何を言ったのだ? 信じられない。私と幻想郷が天秤にかかるものか。これが、そうか。私は自分で自分を御せなくなっているのだ。
 八雲紫は焦れたように言葉をかけた。
「答えは出ました。あなた自身の判断が重要であったのですが。そして、別の私の失策です。霧雨魔理沙、もはや時はありません。八雲紫が察し得たことで、貴女の秘密は秘密でも何でもなくなったようです。巫女を侮りすぎましたね。凶兆ですよ」
 静寂を打ち破るように、ガンガン、とドアを破壊するようなノックが響く。
「ひゃああっ」
 私は尻に敷いていた爆竹が破裂して弾かれたように腰を浮かせ、首の骨が折れるぐらい早くドアを振り返った。
「いやいやいや、驚いた。暫時の猶予を乞いたいね」
 確実にこれは幻想郷に仇なす事件であり、その主体はまさしく私で。だが異変は現れなければ異変ではなく、従って私は罪科を課されるいわれはなく、そもそも人間であり。
「巫女が何故出てくる。未だ異変ではないだろう。私は、霧雨魔理沙は妖怪でもないだろう」
 強くなる殴打と、私を呼ぶ聞き覚えのある親友の声を聞いて、指先が震え、胸をかきむしりたい焦燥にかられた。何故巫女様を怖がることがある。これが退治される側が感じる奴の気配だというのか。
「私は公明正大だ。間違っているか?」
 だが八雲紫はもって瞑すべしとばかりに瞳を閉じ、今から起こる受難を耐え忍ぶ体勢に入っていた。
「ふざけるんじゃない! 分かったよ、巫女になってやる」
 私は恐怖のあまりあっさり食言し、先ほどの反骨はどこへ行ったのやら、格好の悪さを露呈してしまった。ドアが倒され、埃が舞い上がる。
 こんなときにでも私は修繕の心配してしまうのだった。蝶番を見つけなければならないし、ドアをつけ直す重労働もついて回るのに。
 招かれざる客人が謝るでもなく、横柄に私に語りかけた。
「従容とすることね。見苦しいのはごめんよ」
「うそだろ。まさかお前、私を退治するつもりか。私は間違ったのか。くそ、こうなったら腹をくくるぞ私は」
つづきます
お盆休みにここまで行きたかったのですが
tama
[email protected]
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コメント



0.320簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
私は続き物の途中に応援として点数を入れるのが嫌いです
しかしこの作品にはそんな私の「嫌い」を曲げさせるだけの力があります
4.100名前が無い程度の能力削除
いいですね
いままで創想話にない毛色でいいです
続けて下さい
6.90名前が無い程度の能力削除
あ~本編敢闘賞やね。それも純粋な人間は魔理沙一人という。
妖怪の幻想の受け皿たらん人間がもっと何人も居れば良いのか?
何れにしても魔理沙は自機降板不可避。自機枠に巫女は間に合ってますから。