Coolier - 新生・東方創想話

秋の一コマ

2014/08/24 13:34:43
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「うん、今年はこの辺りから始めようかしら」
 今は晩夏。遠目で見れば、この名も無き山の木々はまだ青々としているけれど、こうして近づいてみると、やっぱり所々がくすみ始めてきている。この葉を紅に染めること――それが私、秋静葉のお仕事となる。
 まあ、別に誰かにやれと言われた訳ではないし、やったからってお金が貰える訳でもない。だからお仕事というのはちょっと違うかもだけれど……そうね。生きていく上で必要なこと、という点は一緒かしらね。
 そう。私は紅葉『神』
 私を含め、大半の神は人の願いや信仰から生まれている。故に人が神を信じなくなった時――『そんなの要らない』と思った時――神は消える。神は死ぬ。
 だから神が生きていくには……というより、『存在する為』には信仰がなくてはならない。
 紅葉神である私は葉を紅に彩ることで、緑一色だった山の姿を変えさせる。紅と黄色が入り交じるその壮大な風景によって、見る者に少しの寂しさと大きな感動を与える。
 紅葉が織りなすパノラマを『美しい』と感じること。『秋という季節』を好きになって貰うこと。
 それが私への信仰となるのだ。
 ……さて、と。
 私は持参したリュックサックを木の根元に凭せ掛けるようにして置いた。
 それからファスナーを開き、中から絵筆箱と、幼児が使うような小さなバケツと、大きなポリタンクを取り出す。
「んん……重いなぁ」
 背負っている時は言う程そうでもないのだけれど、手で持つとかなりキビシイ。この白いポリタンクは基本的に飲料水のような綺麗な水を入れる物のようで、内容量は一斗とちょっと。(※二十リットル)私には余り馴染みのない容器だったものの、数年前に河童さんに一つ譲って貰って以来、私の大事な商売道具? となっていた。
 私はポリタンクの蓋を開け、「おっとっと」と妖怪山の清水をバケツに注ぐ。取り敢えずは半分くらいの水嵩で一度止め、ポリタンクを横に置き、零れないようシッカリと蓋を閉める。
 実はここからが少し自慢だったりする。私にしか出来ないし、何となく神様らしい所のような気が自分でもするからだ。
 思わず『クスクス』とちょっぴり一人笑い。……けれどもうん。やるときは真面目にやらなきゃねって、私は唇を横一文字に結び、両手で頬をパンパンと叩いた。
 私は手を伸ばす。手を伸ばし、清水を注いだバケツの上にて固定する。そして目を閉じ、自分の体に流れるそう多くはない信仰を神力へと変換させて、それから人差し指の先端に集める。さすれば指の腹から一滴の水が滲み出し、やがてそれは雫となって落ちてゆき――
『ポチャン』
 そんな音と共に水面に波紋が広がった。
 否や、変わり始める水の色。
 無色透明から薄桜へ。薄桜から鴇羽色へ。鴇羽色から――猩々緋へ。
 ……ふう。
 そんな一息を吐いて、
「まあ、こんなもの(及第点)かしらね」
 出来上がった『今年の』紅い水を見ながら私は呟いた。
『こんなもの(及第点)』
 ……と、言うのはまあ、逃避という名の少し甘めの採点だった。この色水は信仰を糧に作っているので『色合いが悪い』とはつまり『信仰が減ってきている』と同義なのだ。
 ここは幻想郷最北端の名も無き山。この次は妖怪の山を染め、それから道端の木々を染め、そして最後は南部の小山群を染めに行くのだから……
(……全く、毎年の事とはいえカツカツよねぇ)
 と、ついつい私は苦笑い。
(今年の紅葉を見て誰も感動してくれなかったら、来年の分の信仰はないなぁ)
 って――これも毎年考えているわね、そういえば。と、私はまた苦笑い。
 ……でもまあ。
 真面目な話、ぼやいていても仕方がないのよね。毎年、紅葉を塗りおえた時分には信仰が底を尽きかけるけれど、それを嫌って紅葉塗りを怠れば収入がなくなる可能性がスッゴク高まるし……。いやそりゃあね? 『紅葉を見せて下さい静葉さま』って人間の声が沢山あがるのなら話は別なんだけど、もしもそういう陳情が出なかったら私きっと消えちゃうから……
 ……うん。やっぱり、そんなギャンブルは御免だもの。
 結局はやるコトやるしかないのよねって再度思い知らされた私は、
「さてさて、それじゃあ始めましょうか」
 そう独り言ちて、それから紅い水の入ったバケツに手を伸ばした。
 私はバケツの取っ手を左腕に通し、ぶら下げる形で支えて、そして右手には絵筆を持つ。それからフワリと浮かび、絵筆の先をちょんと紅い水に浸し、そして葉っぱに塗り始める。
 この紅い水は普通の絵の具とは異なる効果があった。葉っぱに一瞬でも筆先を置けば色素が葉緑体にまで染み込み、葉全体の色を変えるのだ。
 しかし、とはいえそれだけで綺麗な紅葉が出来る訳ではない。
 黄色になるならまだしも、気味が悪い程の濃い紅になったりする時もあるし、更には一枚の葉の『右側は紅で左側は黄色』……なんて配色になる事さえも。
 それは例えば、筆に付いた紅い水の量や、筆を置いた際の場所、力具合、時間、はたまた葉っぱ一枚一枚の厚薄によっても変わる。だからそう、物を言うのは経験。紅葉神としての腕の見せ所でもあった。
 ではまず一枚目……と。
 私は葉に筆を置いた。するとそこから『じわーっ』と紅が浸食していって……青葉が紅葉へと変化するのに掛かった時間は三秒弱。……よしよし、悪くない出来だわ。
 それじゃあパッパやってきましょう。と、私は葉に筆を一瞬置いては次の葉へ……ってな感じで作業を進めていった。まあ当たり前のコトだけど、最後まで変化を見届けるような事はもうしない。だって一枚に三秒も使ってたら、全部の葉を紅くした頃には秋なんてとっくに終わっちゃってるからね。
 という訳で十本分を染め上げるのに掛かった時間は約四十分。懐中時計が示す今の時刻は午前十時過ぎ。まずまずのペースじゃない? と思ったその時に、
「あのー……紅葉神の秋静葉さまですか?」
 宙に浮いていた私は、地面の方から聞こえてきたそんな声に振り向いた。
(……誰かしら?)
 声を掛けてきた際の内容から判るように、その子は私のことを良く知らないようだし、私の方はというと『良く』どころか『全くの知らない人』っぽくて。
 ……って。ああいや、羽が生えてるから『人』でもないみたいね。それに髪の色と『洋』服からして人里の者でもない……のかしら。なんか買い物袋は持ってるけれど。
 疑問に思いながらも私は地面に降り立つ。降り立ち、そして訊ねた。
「あの……確かに私は秋静葉ですけど……貴女は?」
 そしたらその子は少しあたふたと慌てて、それから答える。
「あっ済みません済みません! 先に名乗らせてしまいまして……わたしは小悪魔と申します」
「……小悪魔?」
「ええはい。お察しの通り偽名です。しかし、わたしは一応本物の悪魔でして、そしてわたしのような弱い悪魔だと真名を知られる=契約となってしまいますので……。なので申し訳ないのですが偽名で失礼します。小悪魔でもコアでもコアちゃんでも、好きに呼んで下さって結構ですのでっ」
『にぱっ』と笑いつつのこあく……コアちゃん。しかも凄くハキハキとした口調だったもんだからそのテンションに圧倒された私は、思わず「はぁ……」と曖昧な返答をしていた。
 そんな私にコアちゃんは相も変わらず捲し立ててくる。
「霧の湖の畔にある紅魔館を御存じでしょうか? わたしはそこの大図書館で司書を務めておりまして、それと同時にパチュリー様の使い魔なのです。……あ、パチュリー様というのはですね、その大図書館の主である魔女で、紅魔館の主で在らせられるレミリア様の御親友でもあってですね――」
 私はもう少しそのままコアちゃんの自己紹介を黙って聞いていたのだけれど……
 ちょっと流石に長すぎる。
「ああはい。はい知ってます」
 私はコアちゃんの話の終わりを待たず口を開いた。止めなかったら果たして何時まで喋っていただろうか。『紅魔館の最近のブームは椀子蕎麦ですっ』とか、そんなの教えられた初対面の人はどうすればいいのよ。
「紅魔館のことは存じています。昔、何度かパーティーにも招待して頂きましたし」
「あっ、そうだったのですか?」とコアちゃん。
「んー……ですが、わたしたち会ってませんでしたよねぇ。いやまあ、わたしはいつもパーティーの時は裏方ですから会ってなくても不思議ではないのですが」
 裏方さん?
「じゃあ貴女が料理とか、そういう準備を色々としてくれてたのね? その節はありがとう。とても楽しいパーティーだったわ」
 私はお礼を述べる。美味しい料理の山々やゆったりとした休憩室。加うるにマッサージといった……まさに至れり尽くせりのサービスのことを、ぼんやりとながらも思い出したからだ。
 コアちゃんは少し「えへへ」と照れて、
「ですが料理の殆どは当時のメイド長であった咲夜さんが作ったものでしたし、それに妖精メイドたちも頑張ってくれてましたし……。わたしはそう特には、」
「それでも、貴女だって頑張ってくれたのは事実なんでしょう? だから『ありがとう』って言ったの。謙遜しなくても良いわ」
「そんな謙遜だなんて別に」
『滅相もない』そういう表情と手振りをしたコアちゃん。
 ……ああ、この子はこういう……『遠慮しすぎる子』か。
 そう感じた私は「初対面の私が言うのも可笑しいけれど……」と前置きしてからコアちゃんに伝えた。
「これでも神だから言うわ。謙遜も大事な処世術。でももっと自信を持っていいと思う。二回『ありがとう』って言われたら、その時は『どういたしまして』って、それでいいと思うわ」
 出来る限りの優しい声音で、微笑みながらそう告げたらコアちゃんは俯いた。……成程。こういった笑顔に慣れてないのかしらね? 些か頬が赤くなっている。顔を伏せたのもそれを私に悟られないようにする為なのかも知れない。
 そんなコアちゃんは下を向いた状態のまま、か細い声で口にした。
「え……あ、そうです……か? じゃあ、その、どういたしまして……です」
「…………」
 ……真面目な話。
 この子、悪魔なのかしら? って、そう思わざるを得ないわね。取り敢えず今のところ『基本は明るく』て『礼儀正しく』て、『遠慮がち』で『色々と初心な可愛い女の子』って、そんな悪魔からは懸け離れた感じしかしないわ。
 まあ、だからきっとここで私が「ええ」と返すのみで黙れば……
「…………」
「…………」
「あ、あの、それでですね。今日は静葉さまにお聞きしたいことがあって来たのですが」
 ほらやっぱり初心な部分が顔を出した。沈黙によって増大した気恥ずかしさを振り払う為に、話を本題へと移したのでしょうね。……うふふ、ホント分かりやすくって可愛いわねコアちゃんは。
 ……っと、イジメるのも程々にしましようか。神様がやることじゃあないものね。
 ちょっと私は反省し、それからコアちゃんに聞き返した。
「コアちゃん。私に訊きたい事っていうと紅葉について?」
「あっそうです」とコアちゃんは頷いて、
「この山全域の葉を塗り終えるのは、いつ頃になるでしょうか?」
 そう質問され、私はグルリ四顧してみる。名も無き山といえ別に小さい訳でもない。例年に比べ今年は木々が減ったとか、そんなこともない。
「そうねぇ……あと十日くらいは掛かるでしょうね」
 そんな私の回答を聞いて、コアちゃんは困ったような顔を見せた。
「十日……ですか」
 ……ん。
「もしかして紅魔館の皆さんで紅葉狩りでもする予定なの?」
「はい。日曜の夜に予定しています。今から六日後ですね。……図々しいお願いですが、なんとかなりません?」
 コアちゃんは両手を合わせ、首をちょこんと傾ける。……ええと、お願いされても無理な物は無理なんだけどなぁ。
 と、そんな訳で私は意見を出してみた。
「日取りをずらしたりは出来ないの? というか、この山より妖怪の山の方が紅葉も綺麗だからそれまで待ってくれれば……」
 しかし、少し悲しそうに首を横に振ったコアちゃん。
「たぶん無理です。そもそも妖怪の山は入ることすら際どいと思います。あそこは天狗さんたちの縄張りでしょう? ですから、レミリアお嬢様のような強大な妖怪が勝手に山に入って宴会だなんてしたら……まず間違いなく紅魔館と妖怪の山の政治的問題に発展してしまいますので」
 ……政治的問題て。
 ううん、何というか……世知辛い話ね。でもだったら『勝手に』じゃなくてキチンと許可を取れば……とも思ったけれど。
 私は意識に上る。守矢神社までの参道を人間に……という程度ならば天狗も毎年みとめてはいるけれど、紅魔館は『自分たちに匹敵するかも知れない勢力』であるのだから許可なんか出す訳がないと。だから恐らくは、それが解っていたから紅魔館はこの名も無き山で紅葉狩りを行うことにしたのだろう。
 そうやって私が納得したとき丁度よく、「それで日取りについてですが」とコアちゃんが話を続けた。
「日程をずらすことも厳しいと思います。紅葉狩りについてはお嬢様が提案したのですが、それは提案というよりもまるで決定事項をわたしたちに伝えたって、そんな感じの言い方でしたし」
「……ワガママ?」
「いやどうなんでしょうね。何かしらお考えあってのコトだとは思いますけど……」
「…………」
 ……ああいや。
 一瞬あれこれ推測してみたけど、私にその『考え』なんて分かる筈もないわね。一緒に住んでるコアちゃんですら『こう』なんだし。ただ一個分かったのは、『何にしてもあのお嬢さんは日取りを変更する気がない』ってことだわ。
 じゃあどうしましょうかと、私は頭を捻る。日程的に、紅魔館のお嬢さんらしい強引な話だけれど、『紅葉狩りがしたい』という想いは可能な限り叶えてあげたいと思う。それは信仰獲得の為にもそうだし、何より一柱の秋神として無下にはしたくないから。
 だから私は一つ、思い付いたことをコアちゃんに言ってみた。
「それならコアちゃん。時間がある時でいいから、ちょっと紅葉塗り手伝ってくれない?」
 するとコアちゃんは驚いたような声を上げた。
「えっ、わたしがですか?」
「そうよ。葉に色を塗るだけなら簡単だから、やってみない?」
 そうやって更に誘うと、「うー……あー……」って唸りだしたコアちゃん。
 ……はてさて、今どんな心情なのかしら。断る方法を模索してるとかだったら悲しいけれど――と、なんだろうコアちゃんは手帳を取り出した。スケジュール帳かしら?
 様子を窺う私を余所に、コアちゃんはその手帳を開いて目を走らせる。そうして、
「……そう、ですね。今週は纏まった空き時間もありますから、その時なら司書の仕事的には問題ありませんけど……でも本当に大丈夫なんですか? わたし、絵心もそんなないですよ?」
 私は微笑んで答えた。
「ええ大丈夫。筆でちょっと葉に触れるだけで済むから絵心もいらないわ」
「触れるだけ?」
 紅葉塗りのやり方を知らないコアちゃんは不思議そうな顔をしていた。
「そう触れるだけ。それだけで葉っぱは紅葉へと変わるの」
 言って、私は落ちていた葉っぱを一枚拾う。それから紅い水に浸した筆先をチョンと、コアちゃんの目の前で『ソレ』に付けた。
「えっ……うわっ……あ、あれ?」
 見る見る内に葉の色が変わっていく事に驚愕してくれるコアちゃん。ちょっと面白い。
 なんだか興が載ってきた私はコアちゃんに訊いた。
「ねえコアちゃん、今も少し紅葉塗りを手伝う時間、あるかしら?」
「え? ええ午前中なら」
「そう。それじゃ続けるけど、葉っぱの色が変わったのはこの紅い水の効果でね?」
 と説明してから、私はコアちゃんの分の色水を作る作業に移る為、予備のバケツを取り出し水を注ぐ。そうしてから集中し、普段通りの手順で色水を精製した。
 これまた「ふえっ……水が、あれっ?」ってコアちゃんはビックリしてくれて、そんな彼女に私は「うふふ」と笑いながら予備のバケツを手渡す。勿論、予備の絵筆も一緒に。
「あ……。じゃ、じゃあやってみますね」
 道具一式を受け取り、そう口にしたコアちゃんは緊張してるよう。木の、枝葉のある高さまでゆっくりと飛び上がり、そして恐る恐るといった感じで紅い水を付けた筆先を葉っぱ中央へ置いた。
「うわ……うわーっ……」
 私も浮かび上がりコアちゃんの背中から結果を見守っていたのだけど……うん。葉っぱは問題なく紅へと染まっていったわね。
 それにしても……自分でやったから尚更なのかしら?
「染まっ、染まりましたよ静葉さま! ほらこれっ!」
 大きく目を見開いてコチラに振り返ったコアちゃんは、まるで子供みたいにはしゃいでる。いやはや。なんか自然と穏やかな表情になるわね、この子を見てたら。
 私は「ええ、上手よ。その調子でお願いね」と返答をした。
 そしたらコアちゃんは「はい!」と百点満点の笑顔で応じてくれて……そんなコアちゃんと共に私は紅葉塗りの作業を再開させた。


 ……そうして。
 そうして幾らか時間が経過し――コアちゃんが口を開いた。
「いやぁ……でも、やっぱり凄い量ですね……。一枚一枚は一瞬で済むとはいえ」
「飽きた?」
 訊いてみた私にコアちゃんはブンブンとかぶりを振る。
「いえいえそういう事ではないんですけど、ただ大変だなぁって。毎年、静葉さまがお一人……お一柱? でやってらっしゃるのですよね?」
 私はちょっと笑ってから頷いた。
 きっと――信仰が潤沢にあるのなら分霊でも使ったんでしょうけど――
「そうね。今みたいに手伝って貰うのも初めてかしらね」
「なんで手伝って貰わないんです? 紅い水作りは静葉さまにしか出来ないでしょうけど、色塗りであれば誰かに頼んでも問題ないような……。これが紅葉神のお仕事だからですか?」
「んー……」と私。
「確かに、自分の仕事だからっていう気持ちもあるにはあるわ。だけど手伝って貰わないのはそういうことより金銭面での問題ね。私が紅葉塗りで得るのはお金じゃなくて信仰。だから私には『給金』という支払い能力がないのよね」
「あー……」とコアちゃん。
 そんなコアちゃんに私は続けて言う。
「それにどの道、一番大変な妖怪の山の紅葉塗りは一人でやるしかないしね」
「……? なんでですか? 一番大変というならそれこそ……」
 そうコアちゃんに質問されて、私は答えるかどうか少し悩んだ。悩んだけれど……うん。ここまで言って隠すのも変だし、と思って、
「そもそもコアちゃんに手伝ってとお願いしたのも、ここが『妖怪の山ではないから』なのよ」
「妖怪の山ではないから?」
「そう。葉に触れれば色が付く。とはいえ、色合いの微妙なコントロールとか、葉っぱ一枚一枚の色を気にして山全体の調和を整えるだとか、そういうのはやっぱり熟練者じゃないと難しいの。だから妖怪の山は流石にコアちゃんには任せられない。あそこは天狗の管轄ゆえに参道付近までなら一応安全だから、多くの人が紅葉狩りに来るからね。それに対してこの山は人里からは遠いわ野良妖怪は出没するわで観賞に来る者が少ないから――」
 と、そんな言葉の途中、
「それって……」とコアちゃんが言った。
 それはそれまでの『乍ら』ではなく紅葉塗りを一旦中断し、体ごと私の方へと向き直しての発言だった。
「それってつまり……紅魔館が無理な日程を言ったからわたしが手伝う事になって……だから結局はその、わたしのせいでこの山の紅葉は質を落としている事になる……んですよね」
 コアちゃんの表情が沈む。彼女の性格上ちょっと危惧していたけれど、やっぱりそういう風に受け取っちゃったかと思った。ていうか、それを言うなら紅葉狩りを強行させる紅魔館の所為じゃないの、とも思ったけど、『貴女の家が悪い』って言われるのは『貴女が悪い』って言われるのより堪える人もいるので、そうはツッコまない。
 ……いやさ、というよりも、だ。
「いいえ、誰かの所為って言うなら、それは手伝いを頼んだ私の所為よ。それにねコアちゃん。そもそも、仮に私だけで紅葉塗りをしたとしても、この山の質が高くなる事はなかったの」
 私はコアちゃんの自責の念を否定する。コアちゃんは苦悩しているようだけれど、まず前提からして彼女は勘違いしているのだ。
「……え?」
 意味が分かってなさそうなコアちゃんに私は説明した。
「神様だって疲れというモノはあるのよ。紅葉神として全部本気でって出来ないのは情けないけれど、最も重要なのは『紅葉に染める』ことじゃなくて『紅葉を見て貰う』こと。だからお客さんの多い妖怪の山で全力を出すために他の場所では手を抜いて、信仰量と体力を温存しなきゃならないわけ。……そして今年は手伝ってくれる人がいるから、手を抜くよりもずっと余力を残せそうね」
「それじゃあ、わたしが手伝ってることで……」
「ええ。コアちゃんのお陰で、妖怪の山の紅葉は例年以上に綺麗なモノになると思うわ」
 微笑み掛けた私。そんな私を見てコアちゃんは、先程までの暗い顔から一転、真剣な面持ちとなって木へと反転した。
 そして「がんばります」と一言だけ言って、コアちゃんはせっせと筆を動かし始めた。


 それから私は度々コアちゃんの様子を窺ったけれど、彼女はいつでも真面目に紅葉塗りをしてくれていた。
 まだまだペースは速くないけれど、段々と慣れてきたのか、おかしな配色となってしまう紅葉も減ってきたように感じる。そんな頃合いの時刻は、丁度正午。
「コアちゃん、お昼御飯にしましょう?」
 私は樹上のコアちゃんに声を掛けた。
 コアちゃんは「あれ、もうお昼ですか」とコチラに振り返る。振り返り地上へと降りて来てスカートを二度掃うと、次いで少し困ったように頬をポリポリと掻いた。
「いやぁそのぉ……わたし、お弁当もってきてないんですよ」
 うん。そりゃそうでしょうね。紅葉塗りを手伝うことになったのは成り行きだし。
「大丈夫。私のお弁当はサンドイッチだから、分けて食べましょう?」
 言うとコアちゃんは、ちょっと慌てた様子で両手を左右に振った。
「いえそんな、それじゃあ静葉さまの分が、」
「それも心配ないわ。今日が今年の仕事始め? みたいなものだからね、少し多めに作ってきたの」
「でも……」とコアちゃん。
「でもわたし、午後からは司書の仕事が入っているので今日はもうお手伝い出来ないんです。それなのにお食事だけ頂いて帰るのは気が引けるというか……」
「なに言ってるの? 午前中は手伝ってくれたのだから食事だけって事にはならないでしょう?」
「それはそうなんですが」
「それでも気が引ける? ならこれは午前の仕事ぶりの対価と考えて頂戴。というより、そんなの関係なしに私がコアちゃんとお弁当を食べたいのよね。一人でってのも味気ないから」
 と、そこまで説得してやっとコアちゃんは「そう、ですか?」と折れてくれた。
「それじゃあ」というコアちゃんの隣で私は地面にシートを広げ、竹編みの弁当籠を取り出し、蓋を開ける。
「わぁ……美味しそうですね!」
 身を乗り出して籠の中を覗いてきたコアちゃん。思ったよりもお腹が減ってたのかしら? 私は弁当籠を少し前へと差し出して、
「どれにする? 玉子にツナにハム。さっぱりとしたトマトもあるわね。好きなのをどうぞ?」
「あ、ありがとうございます」とコアちゃんが手に取ったのはツナサンド。
 その具材であるツナを眺めながらコアちゃんが言った。
「それにしても珍しいですね。ツナって外界のお魚ですから簡単には手に入らないでしょうに」
「まあ、そこはあの八雲紫様々ね。食べ物だけじゃなく、外の世界の色々なモノを時おり妖怪の山に持ってきてくれるのよ。何やら河童さんと提携してるらしくその関係で、なんでしょうけど」
「はあ成程……」そう呟き、その後「では頂きます」とコアちゃんはパクリ。それからゆっくりと咀嚼し飲み込んで。
「うん。すっごく美味しいです!」
 コアちゃんの幸せ顔と言葉に私はホッとした。
「じゃ、私も頂きましょうかね」そう言って私は玉子のを一口。
 ……ん、上出来ね。コアちゃんにもオススメしようかしら? とか考えながら私は頬張る。
 そんなこんなで食事は進んだ。私はコアちゃんと様々な話をする。オススメした玉子も美味しそうに食べてくれたし、家族のこととか、司書仕事のこととかも話した。紅葉狩りの時、自分が塗った葉を紅魔館の皆さんに見せて自慢できるわねと言ったら、照れながらも笑ったコアちゃん。そして、気付いた時にはスッカラカンになっていた弁当籠の中。
 だから私は食後のお茶として用意していたレモンティー入りの水筒と取り出し、コアちゃんに振る舞った。そうしてその風味を楽しむこと数分の後のこと、コアちゃんが少しソワソワとしだして……
「静葉さま。あの、名残惜しいのですが、そろそろ紅魔館に帰らないと午後の仕事に間に合わなくなってしまいますので……」
 私は「あらそうなの」と背筋を正す。いつの間にか崩していた足を、きっちりとした正座に戻しそれからお辞儀をした。
「それじゃあ、ありがとうコアちゃん。お疲れ様でした。……いやでも悪かったわね。午前は休憩時間だったのでしょう? それをこうして潰してしまって」
「いえいえ。紅葉塗りは紅葉塗りで凄く楽しかったですし、その上お弁当も美味しかったですし、とても良い気分転換になりました。元々は日用品の買い物ついでに静葉さまに紅葉の具合を訊いて来いという話だったのですが、ホント引き受けて良かったです」
 あ、そういえば買い物袋、持ってたものね。
「それで明日はですね、少し忙しいので時間が取れそうにないのですけど、明後日なら朝から一日中空いています。その時にお手伝いをしに来てもいいですか?」
 当然、私は頷く。
「ええ勿論。歓迎するわ。よろしくねコアちゃん」
「はい。よろしくお願いします」
 と笑顔で応えてくれたコアちゃんは、それから直ぐに「あっ」と両手を叩いた。
「どうしたの」そう私が訊ねると、「ええと、そうでしたそうでした」
「お訊きしようと思ってたんですけど、今度のお手伝いの時に妖精メイドたちも連れてきていいですかね?」
「妖精メイド?」
「ええはい。人手は多い方がいいでしょうし」
 という――コアちゃんの言はまっこと正論なんだけど、私はちょっと迷った。紅葉塗り自体は簡単だから妖精でも問題ないはず。ただ途中で飽きて邪魔しだしたりとかしないかしら、と。
 しかしコアちゃんは私のその不安を察したらしく、「あはは」と少し笑ってから答えた。
「大丈夫ですよ。意外とみんな手先は器用ですし、それに妖精ってのは自然が大好きなんです。だからこの紅葉塗りも楽しみつつ、しかも一所懸命にやってくれると思いますよ」
 ……えっと……
 妖精ってそういうものなの?
「まあそれなら……」と、了承した私。
 するとコアちゃんは満足そうな笑みを浮かべ、「ではそろそろ、今日は失礼しますね」と言って立ち上がった。
 私も立ち上がる。
「ええ。じゃあ気を付けて帰ってね」
「はい。ではまた明後日に!」
 そう挨拶したコアちゃんは宙へと舞い、南の空に向かって飛んでいった。まだ大きく視認できる内に一度コチラへ振り向いて手を振って、そしてそれを最後に段々と見えなくなっていった。
 私も手を振り返していた故に上げていた右腕……を下ろし、独り口にする。
「明後日は朝から……か」
 なにか、決心みたいな気持ちが湧いてきた。『こんなにも手伝ってくれるのだから、これは絶対に日曜の夜までには、この山の木々を全て染め上げないとね』と、そんな気持ちが。だから早速、紅葉塗りを再開させようと私はお弁当類を片付ける。片付け、まずは水位の低くなったバケツ内の紅い水を補充する。
 水を足し、例の如く信仰で紅に染めて……って、
「あら……?」
 私は思わず顔を綻ばせてしまった。
「……ちょっと貴方、さっきよりも綺麗な色になったんじゃないの?」
 私は指でバケツのお腹を『ピン』と弾く。その振動で揺れる水面の紅は――午前中よりも澄んでいる。気のせいかも知れないけれど、そんな風に見えた。

 あの時……果たしてお嬢様は何を考えて急に紅葉狩りをやる、だなんて仰ったのでしょうか。わたしが静葉さまとお会いした翌年から、『新人メイド特別研修』という名目の『紅葉塗り体験遠足』が正式に誕生しましたが……それが視えていたからでしょうか?
 ……きっと、それもあったとは思います。しかしそれだけだったとはとても思えません。考えても私には分からないですし、お嬢様も語りません。ですからわたしも、訊ねません。
 ……とはいえ、それでいいのだと思います。
 だって昔のように明るく、楽しい紅魔館へと戻ってくれたのですから。


 ヘッターです。紅葉の塗り方とか静葉さんの性格とか、完全な二次です。ですが静葉さんは優雅な女性。小悪魔は純真で頑張り屋さん。そんな二人もいいなぁと私は思います。二人とも大好きです。

 ちなみにこのお話には続編があります。『作品集199・船の一コマ』に続きます。ややもすれば蛇足になるかも知れませんが、そちらも併せて読んで頂ければ幸いです。

 読んで頂いた皆々様、ありがとうございました。

 追記。
 >>3
 ですねぇ。それにしても一枚一枚丁寧に塗っていて且つ秋という時間だけで紅葉塗りを終わらせているのなら、原作の静葉さまはやっぱり分霊を使ってるんでしょうかね? 山に入ると沢山の静葉さまが一所懸命に紅葉塗りを……なんだそのパラダイス。

 ※某掲示板を覗いた所、ありがたく、そして嬉しいことに『縦書きだと開くのに時間が掛かる』というご意見を頂いておりました。
 ですので、表示形式を『指定しない』に変更しました。(読みにくかった場合、縦書きにして頂けると助かります。恐らく、エラーが出たとしても『処理を続行』を選択して頂ければ、いずれ表示されると思います)ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。

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コメント



0.150簡易評価
3.70名前が無い程度の能力削除
原作は持ってますが、手作業で塗るっていう設定は知りませんでした(イージーシューターですけど)
気になって調べてみたら、落葉の時は蹴っ飛ばして散らしてるみたいですね
キャラがぶれすぎな気がしますねwww
5.80名前が無い程度の能力削除
大自然に小悪魔というのも斬新ですな
なんというか神様もビジネスって感じですね
小悪魔が染めた紅葉はどんなのか気になります
色とか匂いとか