Coolier - 新生・東方創想話

春夏秋冬気紛れ四短編

2014/08/23 11:22:09
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   【 夏 】

 キュウリが食べたいなと早苗は思った。
 縁側で足元だけの水浴びに興じていた早苗を唐突に襲ったこの衝動は、けれども、炎天下の青過ぎる空の下へと彼女をいざなうには充分過ぎる魅力を持っていた。
 食べたい、と思った次の瞬間には早苗の足は宙にあった。

 ゆく当てもなく空をゆく。
 ふわふわと人里の近くにまで降りた頃、着の身着のままでここまでやってきたことにようやく気付いた。サンダルすら履かず、いまだその足に水滴をまとわせた早苗が財布など持ってきている筈もない。
 自分自身に呆れ、それからほんのちょっぴり切なくなった早苗は、居た堪れなさからぽつりとひとつため息をついた。
 中空にたたずみ、戻ろうか否か考えあぐねる早苗に、けれど里の人たちは誰ひとり気付かない。皆一様にこの暑い夏を忙しなく駆けていた。
 ふと、霊夢のところへ寄ってみようかと思う。
 自他ともに認める貧乏巫女だが、彼女のところにはなぜか食べ物だけは集まった。それこそ夏や秋なんかには腐らせるのが勿体ないからと、結構な量をお裾分けしてもらったこともあるのだ。
 貧乏なのはお金の面だけで、あとはそれなりに幸せであることを早苗は知っていた。
 明確な意思を持ったそれからの早苗の動きは、先程とは打って変わって機敏で美しかった。風を操り、その身にまとい、あっという間に博麗神社の境内へと降り立った。

 ***

「私の崇高な眠りを妨げるのは誰そ」
「こんにちは霊夢さん。だいぶ茹っちゃってますね」
「うむ、あいそれーたむ」
 ぐだらと縁側で横たわる霊夢の姿はすでに見慣れたいつものだらけっぷりであったが、どうやらこの暑さで相当参っているらしかった。言葉の節々がなんだか危なっかしい。
 暑かったらせめて軽めの服に着替えたらいいのに、それさえ面倒くさいのだろうか。思いつつ、早苗はふわりと指を泳がせた。
 軒下に吊るされた風鈴が、ちりん、と涼しげな音を奏でる。
「うひぁあ、よみがえるぅ」
「死んでたんですか?」
「あなたが神か」
「ええ、そうですけど」
 早苗は霊夢の隣に座った。縁側にわざと浅く腰かけて、じゃらじゃらと白石を踏みしめる。丁度足つぼのような感触が思いのほか心地よくて癖になりそうだと思った。
 横で寝そべっていた霊夢がむくりと起き上がり、胡坐をかいた。汗がゆっくりと彼女の首筋を伝っていくのが見えた。
 ――じりりりりりり。
 風鈴の音色に混じって、蝉の声が聞こえてくる。陽炎が揺らいで、熱を孕んだやわい風が肌を撫でさらっていった。いつの間にか空には真っ白な入道雲が生まれていて、もくもくと一気に膨れ上がり、空を彩る。
 夏だなあ、と早苗は思った。
 そうしてキュウリが食べたかったことを思い出した。
 
 ばりぼりと、独特の青臭い匂いをさせながら、小気味いい音が境内に響く。
 井戸から汲み上げた冷たい水を張った桶に足を突き刺して、しゃくしゃくと待望のキュウリを頬張る早苗を、霊夢は呆れ顔で眺めていた。
「よくまあそんな突飛な思いつきでがんばるわ」
「キュウリが食べたかったんです」
「たかが胡瓜よ、そんなんで素足で家を飛び出せる?」
「……そこは触れないで下さい」
 赤い顔して早苗は俯いた。
 自分自身、こう落ち着いてみると色々と思うところはあるわけで。なんていうか、うん、恥ずかしい。
「あんたってたまにかわいいわよね」
「うっさいです」
「照れんなよ」
「いや照れてないし」
「かわいいかわいい」
「ちょ、おまっ、やめろ」
 うりうりと頭を撫でられる。

 ――ちりぃん。
 誰のためなのか、またひとつ風がないた。



   【 春 】

 皆さんはホチキスを御存じだろうか。
 小気味いい音と感触を残しながら乱雑な紙の束を一纏めにしてくれるあいつのことである。レポートや資料作成には勿論、幼い頃は工作のお供なんかとして同じ時間を過ごした人もいるのではなかろうか。思い返してみれば、きっと誰もが一度はホチキスを使ったことがあるはずだ。そのくらい身近なものである。
 では、皆さんはホチキスで自分の指をとめてしまったことはあるだろうか。
 残念ながら私にはある。

 それは、ぽわぽわと暖かな陽気に包まれた春の日のことであった。
 私は来たる紅魔館メイド採用試験に向けた何百人分もの資料を印刷し、それをホチキスでとめていくというどうしようもなく面倒くさい作業を行っていた。
屋敷の中じゃ誰より時間の余る私に白羽の矢が刺さることは当然といえば当然で、私自身もその決定に不服はなかった。それに地下での引きこもり生活には娯楽が極端に乏しく、暇つぶしになればと軽い気持ちで承諾したのだった。
 午前中から続く作業がようやく終わりに差し掛かった夕暮れ時、それまで絶好調でフル稼働していたホチキスがはたと止まった。特に中身もないだろうが異様に分厚い資料に、突如として針が刺さらなくなったのだ。
 いつの間にやら心のスイッチをオフにしていた私は特に苛立ちもなく、手の中の戦友を眺めていた。疲労困憊。まさにその言葉がぴったりだった。ぱかっと口を大きく広げてぴくりともせず横たわるホチキス。そしてそれをただじっと見詰める私。
 思えば、ホチキスと同じ時間を過ごしてきた私も同じようにおかしくなってしまっていてもそりゃ当前だったのだ。
 ため息でできた二酸化炭素の海に沈んだ脳が酸欠を起こしたのか、まるで靄がかかったようにぼんやりとした心地で、私はゆっくりと人差し指をホチキスへと伸ばした。そうして何も考えずに、指先をホチキスの針が出るところへ押し付けたのだった。
「かちゃこん」と小気味いい音と感触を体の中から感じて、私は驚き、覚醒した。
 ホチキスは壊れてなどいなかったのだ。慌てて引っ込めた指を見ると、そこには銀色の針がしっかりととめられていた。
 その晩、私はベッドの上で膝を抱えながらしくしくと泣きに泣いた。それから「私って実は馬鹿なのかな」と今更ながら自らの知能指数を分析することから反省会は突如始まり、「こんな私がお嫁にいけるわけがないじゃないかうわーん」とどうしてかそんな結論に不時着した。
 しかしながら得たものはなにも指先と心の痛みだけではなかった。
 こと後者に関して言えばそれからの四半世紀における私の非生産的省エネ地下生活へのよりいっそうの精進を誓う礎となったのだが、この経験を通して少なからず学ぶこともあったのだ。
 そう、「繰り返し作業」という行為のもつ狂気を私は身をもって知ったのだ。

 ***

「そろそろ気が狂いそうなんです、先生」
「あら、気ならとっくに狂ってるじゃない」
 辛辣な先生のお言葉にうずらのごとくか弱い私のメンタルはさっそく潰れかけそうになる。このひとと会話のキャッチボールをしようとすると、こんな具合にかなりの頻度で心をえぐるような球がぶち込まれてくるので困る。
「休憩を所望します」
「まだ始まって三時間よ。それともなあに? またあのメイドさんに膝枕してもらうのかしら」
 三本足のウッドチェアに腰かけて笑みを浮かべるこのひと、風見幽香が私の先生である。お姉様が一体どうゆう意図のもとで、このひとを私の家庭教師に選んだのか理解できない。それからなぜこの人がそれを引き受けたのかも。
「さあ、はやく作業を再開しなさい」
「ノート一杯に『私は家畜以下のメス豚野郎です』と書きつづけるこの行為の意図を、私が納得できる理由で説明してくださったら」
「そんなことあなたが考える必要なんてないわ」と、女王様。
「先生の私が言ったことに生徒のあなたはただ黙って従えばいいのよ。でもそうね、しいて理由を挙げるとするならば」
 そこで女王様はよく調教されたメス豚ならばもろでをあげて泣いて喜ぶだろう実に嗜虐的な笑みを決めてみせた。
「私が楽しいから、かしら」
 もうやだこのひと泣きたい。



   【 冬 】

「……たとえば、」
「ん?」
「おままごとしたいってフランが言ったとする」
「え」
「そんな幼稚な遊びなど普段であればひと蹴りにしてやるところだが、そこは可愛い妹の頼み、姉としては叶えてあげるべきよね、うん」
「そうなの?」
「うん、そうなのそうなの」
「……」
「……」
「……あのね、お姉さま」
「なあに、フランドール」
「おままごとしよう?」

「てなわけで『第一回紅魔館ドキドキおままごと』始まるよ!」
「ハイテンションですね、お嬢様」
「なにを言うか咲夜! 可愛い妹がどうしてもと泣くから私は仕方なくだなあ! ほら見ろ、このうんざりとした顔を!」
「シュークリーム頬張った幼稚園児みたいな顔してますがなにか」
「妹様も大変ね、あんな姉をもって」
「んー、でも楽しいし」
「あら、そう。まあ、あなたがあれでいいのなら私は構わないけど。なんならもっといい姉だすわよ? ちなみにこれ、新しい小悪魔」
「ぱちゅりーさま、おやつのパンツはまだですかあ?」
「オプションでドジっ子特性をつけてみたわ」
「おおう……」
「……咲夜さん、ドジっ子ってなんでしたっけ」
「あなたみたいなの言うんじゃないの」
「ぶえぇぇ!?」
「だって美鈴食べるでしょ、パンツ」
「た、食べるわけないじゃないですか!」
「……え」 
「ちょ、なにその天動説が覆されたときの学者みたいな顔」
「みんなちょっと集合!」
ぞろぞろ。
「厳格なる脳内審議の結果、今回のおままごとのシチュエーションが決まったわ」
「シチュエーション? おままごとに?」
「そうよフラン! ツェペッシュの末裔、高貴なる吸血鬼である私たちに、ありきたりなおままごとの展開など相応しくない! どうせならば普段経験できないスリリングでエキサイティングなものでなくっちゃ!」
「それはもうおままごとと違うんじゃ……」
「てことで発表します。今回の舞台はずばり、『カニ漁船』よ!」
「えーーーー」一同。
「つべこべ言わない! さあ出港よ! ヨーソロー!」


 ***


「友人が言ってたんですよ」美鈴が言った。「カニ漁だけはするなって」
「うん」
 船のデッキにあがって、私は美鈴とふたりで手すりに寄り掛かっていた。風は弱く、波は穏やかだった。美鈴の燻した煙草が寒空にたゆたっていくのが見える。昨晩の時化が私には嘘のように思われた。
「パチュリーさん、どうなったんでしょうね」
「……うん」
 昨日、船員がひとり海に落ちた。私と一緒に船に乗ってきた新顔だった。喘息持ちで体が弱く、酒も煙草もやらない静かなひとだった。
 昨晩の漁は酷いものだった。海は荒れに荒れて、大きな漁船が振り子のように絶えず揺れ続けた。船長の怒号と共に私たちはデッキに出て、海に沈めた蟹籠を引き揚げていた。吹き付ける風とオホーツクの冷たい海水を体に浴びて、簡易な防寒具しか用意されていない私たちの体はすぐさま動かなくなった。濡れて滑りやすくなったデッキの上、いうことを利かない体をそれでもなんとか動かして私たちは黙々と作業を続けた。
 一際高い波が漁船を襲って、デッキの上にいた私たちを海が呑み込んだ。私は必死に近くのロープにしがみ付いて歯を食い縛った。海は私の体を引きずり込もうとしているように思えた。飲み込んだ海水にむせて咳込んだ。濡れた前髪をかきあげた時、引き揚げた籠のいくつかが海に落ちていくのが見えた。どうやら大きく漁船が揺られた衝撃で巻き上げたはずのロープが機械から外れてしまったらしかった。海に引きずり込まれていく籠。その籠と籠とをつなぐロープにパチュリーが体を絡め捕られていた。あっという間だった。音もなく、彼女は蟹籠とともに海に落ちた。いや、ひょっとしたら何かを叫んでいたのかもしれない。嵐のように吹き付ける海風があらゆる音を掻き消していた。
 美鈴がすぐに起き上がって、ウィンチを動かした。けれど、引き揚げられてくるのは蟹籠ばかりで、パチュリーの姿はそれきり見えなかった。
「私、帰ったらお店やろうと思ってるんです」
「お店?」
「ええ、はい。実は料理には少し自信がありまして」
 いいね、と私は素直に頷いた。ここの船員たちは誰も彼もが夢を持っている。みんなその夢を追いかけてここに来たのだ。パチュリーも恋人がいるのだと言っていた。美人だが偏食家なのだと言って、いつだったかゆるく笑っていた姿を思い出す。私は静かに咲夜のことを思った。蟹釣り漁船に乗って二週間になる。咲夜の笑顔が恋しかった。
「これからどうなるのかな」
「先輩が言ってました。たぶん続行だろうって」
「……そっか」
「船長がもう二週間は港に戻らないって言っていたそうですよ」
 ホント、なんで来ちゃったかなあ、と誰に対してかぽつりと零して、美鈴は指元まで吸い尽くした煙草を海に捨てた。
「行きましょう、そろそろ。あんまりふらふらしてるとレミリア船長にまたなに言われるかわかりませんよ」
「うん」
 美鈴の後に続いて私は歩き出した。
 オホーツク海は静かだった。海も風も今は眠っている。この海のどこかでパチュリーも静かに眠れているだろうか。
 (おやすみなさい)
 私はそっと目を閉じて、無口な友人に祈りを捧げた。


 ***


「ごめん、なんか、思ってたのと違う……」
「お前が言うな!」



   【 秋 】

 まぶたを開けると世界は白で満ちていました。
 感覚的な話ではありません。そんなむつかしいことではないのです。閻魔さまが言うところの“善”ではなくてですね、とってもシンプルな意味合いです。文字通り、私の視界には白の色が溢れていたのです。
「ありゃ、お姉ちゃん起きたの?」
「これは」
「うん。カサブランカだよ」
 上体を起こすと、はらはらとユリの花が落ちていきました。そうしてようやく開けた世界に、私は妹の姿を見たのです。
 私の部屋は白いユリの花で溢れていました。ベッドの上は勿論、絨毯や書斎机、暖炉の中にまで、至る所にびっしりと花は咲いていました。ユリは首元を手折られて、頭だけの姿で転がっています。
 いったいどこからとってきたのでしょう、売り物ならばまだいいけれど。
 後のことを思ってちいさくため息をついた私を見上げながら、隣で寝転ぶこいしは不満げな声を上げました。
「もー、なんで起きちゃうかなあ」そう言って彼女は頬を膨らませます。「計画が台無しだよ」
「けいかく?」
「そ。お姉ちゃん殺害計画」
 にしし、と笑ったこいしに私はもうひとつため息をつきました。「またですか」浮かんできたのはそんな感情。
「もしかして、ユリの花はそのために?」
「うん。なんかね、部屋いっぱいにお花敷き詰めて寝ると死んじゃうらしいよ?」
「花だけでは死ねないでしょうに」
「いやね、私もちょっとそれは思った」
 でもさ。
「素敵じゃない? こんな綺麗なお花に囲まれて眠ったままに死ねたなら」
 そう言ってとろけるようにわらうのは私の愛しい死にたがり。

 ***

 非常に残念なことなのですが、私の妹には自殺願望がありました。いや、訂正。心中願望が、ですね。
 いったいどこで植え付けられたのだか、地上に出かけるようになってしばらくした頃から、突如として彼女の『お姉ちゃん殺害計画』は始まりました。
 理由を聞けば、「愛してるからだよ!」の一点張り。なるほど、いっそ殺して自分のモノに、ってあれですね。などと納得できる筈もなく、当然ながらしこたまお説教をしたのですが、こいしの意志はずいぶんと固かったようで、以来、私は妹に命を狙われ続けてまいりました。
 えー、なにそれ重い……。
 かわいい妹に、「愛してる」なんて言われて喜ばない姉などいませんが、ヤンデレとなると話は別です。
 私を亡き者にして、なおかつ自分も後を追う。そんなシチュエーションに、びびびと通じるものを見つけてしまったこいしのアタックは昼夜を問わず行われ、結果、なんとも悲しいことに、この狂った状況に私はすっかり慣れてしまっていたのでした。

 ***
 
 うーうー、と私はベッドの上で唸っておりました。
 今朝のカサブランカ事件から一日を待たずして、今度は夕食にこっそりと毒を盛られたのです。
 人間ならば致死量だと犯人は言っておりましたが、残念ながら私これでも妖怪なのです。毒の類じゃ死にません。ただ馬鹿みたいに苦しむだけで、ぽっくり楽にはいけないのです。
 腹やら胸やら諸々のきりきりとした痛みに悶えながら、私は出来得る限りちいさく丸まっておりました。理由はよくわかりません。わかりませんが、そうしないとなんだか四肢がちぎれてしまいそうな気がしたのです。
「お姉ちゃん言ったでしょ? 花だけじゃ死ねないって」後ろで声が上がります。「でね、ユリの根っこに毒があったの思い出したの」
 ぽつぽつと犯行を語り出す殺人鬼。
「でもね、カサブランカには毒がなかったの。せっかく紅魔館から頑張ってとってきたのに……」
 あ、やっぱり盗んだんですね。
「というわけでトリカブトを入れてみました!」
 へーそーなんだー。
「でも失敗。毒じゃ死ねないの忘れてた」てへ。
 てへ、じゃねえですよ。うっかりで済まされねえレベルだよ。
「……なんで、あなたはそんな元気なんですか」
「まさか! 全身痛くてもう死にそう!」
 当然ですがこいしも毒飲んでます。死にたがりなんで、彼女。
「でも、なんかいいねこうゆうの」
「……なにがいいんですか」
「一緒の苦しみを味わってるって、なんか、ね?」
「……なんですかその『ね?』って」
「えーそれ言わせるのー?」てれてれ。
 急に照れだした妹が理解できない。
 はあ、とため息をついて私は寝返りをうちます。ごろん、と転がるとすぐ目の前に私と同じようにしてまんまるく縮こまった妹の姿がありました。
 数えれば妹の殺人未遂も見事三ケタへと突入しました。よくもまあ、これだけ計画が思いつくものです。そしてなんだかんだで私もよく生き永らえてきたものです。
 最近になって私は思うのです。
 もしかしてこいしは私を本気で殺す気がないのではなかろうか、と。
 無意識というチートな能力の持ち主である彼女が果たして、これほどまでにミスを犯すだろうか、いや、ありえない(反語)。
 ひょっとしたらこれはこいしなりのスキンシップで、あの子はただ純粋に私に愛を伝えたいだけなんじゃないのでしょうか。かなり間違った方向性ですが、確かにインパクトはあります。物理的な意味だけでなく、こいしの私に対する愛の大きさは痛いほどよく伝わってはいるのです。
「うーん、次はどうしようかなあ」
 こいしは言います。
「あ、溺死ってお姉ちゃんどう思う?」
「それを私に聞きますか」
「当然! 他に誰もいないでしょー」
「個人的にはお断りです。苦しいでしょう、たぶん」
「えー苦しいほうが絶対いいよう」
「どうして」
「だってそっちのが伝わるでしょ? 苦しければ苦しいほど私のこと思ってくれるし、そしたら強く脳みそに焼つくかも。お姉ちゃんが最期の最期、私のことだけ想って、頭を一杯にしてしんでくれるって考えるとぞくぞくするの」
「だいぶ歪んでますね」
「私なりの愛の形だよ?」
 そう言ってこいしは可愛らしく笑いました。
「……愛の形、ね」
 ふむ、と私は考えます。
「なるほど、それはいいかもしれません」
「え、もしかして溺死許可でた?」
「断じて違います」
 じっとりと睨みをくれてやります。それから、私は痛みで震えていうことをきかない体をなんとか持ち上げて、こいしに覆いかぶさりました。
 わわわ、ってそんな声。久しぶりの妹の可愛らしい反応に私はくすりと笑います。そうして、彼女のちいさな耳に口を寄せました。
「受け取ってくれますか」
「な、なにを」
「私なりの愛の形を、です」
 元より答えは求めてはいませんでした。きょとんとする妹を余所に私は静かに彼女の頬に手を添えて、それからゆっくりとその額にくちづけました。
 音もなく離れて、真っ赤になった妹を見下ろします。
「どうでしょう。あなたの謳う愛の形よりこっちのがずっと素敵ではありませんか」
「じ、実の妹になんてハレンチな……!」
「あら、お嫌でしたか」
 うぐぐ、とこいしは唸りました。
「これが私なりの愛の形です。心中は真っ平御免ですが、これならいくらでもあなたにくれてあげられます」
「……ホントに?」
「ええ、本当に」そう言って私は今度はこいしの頬に唇を落としました。「提案です。これからはこういう方針で愛を伝え合うのは如何でしょう」
「……うん、たぶんそれって、すっごく素敵」
 そう言ってとろけるようにわらうのは私の愛しい死にたがり。いや、訂正。元・死にたがり、ですかね。




おわり。
 お気に召したものがひとつでもあれば幸いです。
〈捕捉〉古明地姉妹のお話は去年の秋に書きました。夏に咲くはずの百合の花がどうしてか庭で蕾を開いたものですから、そこから思いついてつらつら書いたのです。ぎりぎり秋のお話だということでお許しくださいませ。
茨木春
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コメント



0.870簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
短いながらも楽しい時間達でした!
面白かったです!
この中じゃ秋が好きかな。実際にも秋好きだけどね!
2.100名前が無い程度の能力削除
どれもこれもそれぞれが色を持っていて、まるで別の人が書いたみたいで不思議でした。個人的には冬ですかね、あれはずるい。前回の作品もそうですが、あなたの書く文字はなんと魅力的か。面白かったです、ありがとうございました。
3.100奇声を発する程度の能力削除
とても素晴らしかったです
4.100名前が無い程度の能力削除
幽香は何やらしてんだw
5.100名前が無い程度の能力削除
うりうりされる早苗さんがかわいすぎて死にたい
6.100大根屋削除
4つとも面白くて惚れ込みましたw こういう魅力ある文章ってどうやったら書けるようになるんですかねぇ……
12.100万年削除
ヒャッハー!面白いSSだー!
13.90名前が無い程度の能力削除
どれも良かったです
短編はこれくらいだと気楽に読めていいですね
17.100名前が無い程度の能力削除
全部面白いけど、個人的には冬の話がツボ。
ベーリング海の一獲千金を思い出しました。
こんな世知辛いおままごと嫌だw
22.100名前が無い程度の能力削除
ホチキス痛いですよねぇ…トラウマになります
あと、カニ漁船が舞台のおままごととかいったい何がどうなってるんですか…
どのお話も面白かったです!
24.100名前が無い程度の能力削除
これは良い。
さらりと読めて、心地よい。
27.100名前が無い程度の能力削除
すばらしいね!
ゆるゆるした雰囲気とギャグがうまく調和していました
28.100名前が無い程度の能力削除
可愛い文章ですね。