「あつーいー!」
「お嬢様。大きな声を出すと余計に暑いと思いますよ」
「大きな声を出さなくても暑いものは暑いわよ! 咲夜、家の中を涼しくして!」
「これでも冷房がついています」
すました顔で言うのは、紅の館のメイド長、十六夜咲夜。
その前で、忙しなく羽ぱたぱた動かして怒っているのが、当の館の館主こと紅のミニマスコット、レミリア・スカーレットである。
昨今の幻想郷は、とりあえず暑い。
毎日暑い。
ひたすら暑い。
夜中でも気温がなかなか下がらず、窓を開けて寝ないと寝苦しくてかなわないほどに暑い。
逆に言えば、窓さえ開ければ、夕方以降は割りと過ごしやすいのが幻想郷のいいところだ。
「もっと景気よく冷やしなさいよ!」
「そう仰られても困ります。
何せ、パチュリー様曰く、『冷却系の触媒を用意するのに、この季節はお金がかかって大変』だそうで。
館全体を景気よく冷やしてしまうと、光熱費が跳ね上がってしまって」
「それくらいのお金あるでしょ!」
「ないのです」
「へ?」
「実は先日、珍しく、幻想郷株式市場における投資に失敗してしまいまして、これ、この通り」
「真っ赤じゃない!」
どこからか取り出される貸借対照表に、巨額の赤字が計上されているその図に、さすがのレミリアも目を丸くする。
「まさか、これまでド安定株だった幻想郷銀行であのような巨額の不正取引事件が発覚するとは誰も思っていなくて。
あれよあれよという間に株価が連日のストップ安」
「あー。何かそんなのあったわね」
「頭取及び不正事件に関わった取締役及び店長の引責辞任と懲罰的賠償で事件は終わりましたが、その一件を機会に市場も混乱しておりまして。
先日、四季映姫さまとお話をさせていただく機会があったのですが、借金を苦に自殺されたと思われる方の裁判が非常に増えているとか」
「……何気に一大事だったのね」
「ですが、ご安心ください、お嬢様。
紅魔館としては、次の安定株を見つけて投資先を変更しております。黒字が上がるのは次の四半期決済後となってしまいますが、この赤字もすぐに回収可能です」
「じゃあ、冷やしてよ」
「ですが今は赤字ですので」
現ナマがないんだから我慢しろ、と咲夜は言った。
仕方なく、レミリアは、咲夜から渡されたうちわをぱたぱたする。
「こう暑くっちゃやる気が出ないわ」
「でしたら、フランドール様のように、この素晴らしい青空の下、元気に遊びまわるというのはいかがでしょうか」
「吸血鬼に『死ね』って言ってるようなもんよね、それ」
「日焼け止めクリームあれば大丈夫ですよ」
「マジで!?」
ちなみに、そのくだんの『フランドール様』は、毎日、気持ちよく晴れ渡る青空の下、お友達と一緒に元気いっぱい、遊び回っている。
レミリアと同じく『吸血鬼』であるはずの彼女であるが、まぁ、日傘一本あればどうにかなる程度の吸血鬼なのでさしたる問題ではないのだ。
「……暑いわ」
「そうですね」
「あんた、澄ました顔してるわね」
「紅魔館のメイドたるもの、暑さに負けてだらけるようでは失格です」
「……う~」
だからしゃきっとしろ、と言外に言われて、お嬢様はふてくされた。
ふてくされたまま、唐突に、ぴょこん、と羽を上下に動かす。
「いいこと考えたわ!」
「そうですか」
「興味を持ちなさいよ!」
「いえ、お嬢様のことですから、またろくでもないこと考えて、とかは思ってませんよ、全然」
「思いっきり口に出してるじゃない!」
それはいいからともかく聞け、とレミリアは言う。
咲夜は、『やれやれ』と内心で思いつつも、彼女の話に耳を傾けるのであった。
「……優勝商品は『黄金スイカ』……か」
「霊夢さん。何です、その『黄金スイカ』って」
「それは私が答えよう!」
「な、何だって――――っ!? 知っているのか、魔理沙――――っ!」
「何、早苗のあのノリ」
「また何かの漫画でしょ」
じわじわじりじり、熱気の立ち込める博麗神社の境内にて。
縁側で、やたらけばけばしい色合いのチラシを眺めていた、神社の主、博麗霊夢は、唐突に始まった何かよくわからん演劇を横目で見ながら、尋ねてきたアリス・マーガトロイドに答える。
「……アリス、その格好、涼しそうね」
「色合いを変えるだけで、普段の服装も、だいぶ印象が変わるでしょ?」
「少女趣味なワンピースだなとは思うけど」
「いいじゃない。たまには」
「そういうの、魔理沙に似合いそうな気がする」
「そうね」
ノースリーブで、背中を少し広めに開けてある空色のワンピース。恐らく、それは彼女の手縫いなのだろう。
アリスの印象よりも、だいぶ幼く見えるその服装は、なるほど、頭に『大往生』と書いてポーズとってるモノクロ魔法使いにこそよく似合うかもしれない。
「黄金スイカとは!
幻想郷の、ひと夏の思い出にと作られる、超高級スイカのことだ!
一個で蔵が一つ建つ! それくらいに高い! そして作るのがとても難しくて、作っている農家は、人里四丁目の三郎さんだけという、まさに一子相伝の奥義!」
「あ、その方、知ってます。背の高い、肩幅の広い、がっしりした体格の人ですよね?
なかなかかっこいい人だったな~、って」
「そうそう。あの見た目のおかげで、かなり人里でもモテる方なんだが、本人は心に決めた人がいるらしい」
「へぇ~。
そっちの話も詳しく」
「いや、私も詳しくは知らないんだが……」
と、話はその『三郎さん』の恋の話へ。
秋はまだまだ先ではあるが、女の子としては、そっちの話には常に敏感なものなのだ。
「……マジで出てくるのかしら、黄金スイカ」
「幽香も『もし、もらえるのなら、絶対に欲しい』って言ってたわね」
「それ使ってケーキとか作るの?」
「そうなのよ。
スイカなんて水分が多いから、スポンジとかに水を含ませちゃって食べられたもんじゃないと思ったんだけど、これがまた意外や意外。うまいこと、スイカを使ったフルーツケーキ、作るのよねぇ」
「へぇ」
どうやってるのかしら、と腕組みするアリスに、『腕のいいコックは違うもんだ』と霊夢は無意味に納得する。
「じゃあ、アリスも出るの? この『夏の水辺バトル大会』」
「いやよ。体を壊しそうだもの」
さて。
紅魔館から幻想郷各地に向かって配布されたのは、レミリア・スカーレット主宰の『夏の水辺バトル大会』のお誘いであった。
参加者には必ず、参加賞が与えられるということで、これを配布しに来た天狗曰く、『紅魔館のアイスクリームは美味しいから、結構、参加希望者いましたよ』とのことである。
ちなみに、協賛先には人里の偉いさんの名前だったり、霊夢たちが知っている施設の名前が書かれていたりと、紅魔館単体で開催するわけではないようだ。にも拘わらず、『主宰:レミリア・スカーレット』なのは、相変わらずというか。
「ふーん」
「霊夢さんは出ますよね?」
「いや、私は別に……」
「お前、黄金スイカ以外に、賞金つくんだぞ」
「いくら?」
「これくらい」
「……うーむ」
モノクロ魔法使い、霧雨魔理沙が示したのは、なかなかの金額。
博麗神社の月の収入で比較すると、向こう5年分位の金額になる。
なお、魔理沙と一緒に騒いでいた、東風谷早苗がおわす神社の場合、その金額は神社の月収にも満たないのであるが。
「……早苗は?」
「もちろん出ます!」
がっ、とガッツポーズ。
それに何の意味があるか、霊夢は問い尋ねたくなったが、とりあえずやめておいた。何か余計なこと聞かされそうだし、と。
「お祭りごとには積極的に参加するべきだと思うんです」
「あなたは物好きね。私は理解できないわ」
「アリスはほんと、鬱陶しい性格だよなー。
みんなで騒いで盛り上げる、その気概がわからんのかねぇ」
「ええ、おあいにく様。
バカ騒ぎは嫌いなの」
「霊夢さんは……」
「んー……まぁ、どうせこの時期は暇だし……」
「お前、この前、雨乞いの依頼が来たとか言ってたな」
「最近は、あれ以来、充分に雨も降ってるし」
「なるほど」
「そもそも自然の営みを、たとえ博麗の巫女とはいえ、人間がどうこうしようとするなんておこがましいのよ」
よし、と霊夢は膝を叩く。
「参加しましょ」
「やった。
じゃあ、霊夢さん、わたしとチーム組みましょうね」
「おーい、アリス~。私とペア組んで出場しようぜ~」
「やーよ。
どうせなら、この場に、幽香と一緒に店出して、露店で稼ぐほうに注力するわ」
「ちぇー。
じゃ、いいよ。お前なんてもう誘わないから。あっかんべー」
と、子供みたいなやりとりの後、魔理沙はひょいと箒にまたがって、どこかへ飛んでいってしまった。
早苗が「参加してあげればいいのに」と苦笑するのだが、アリスはにべもない。
「……ま、たまにはね」
そんなやり取りを横目で眺めつつ、羽目を外すのもいいか、と肩をすくめる巫女であったという。
――そして。
「……何で水着なんだろう」
「夏ですし」
「いやまぁ、そりゃそうだけど」
大会当日、紅魔館すぐ近くの霧の湖に集まった参加者の数はかなりのものであった。
わいわい騒ぐ彼らを目当てに出店も多数出ており、確かに、共に店を経営するアリスと風見幽香の姿もそこにある。
霊夢と早苗は、共に参加者番号の書かれた水着に身を包み、夏の日差しを受けている。
「……」
「何ですか?」
「……くそ」
呻く霊夢。
彼女の衣装はワンピースの水着。もちろん、早苗が選んだものだ。
彼女のスレンダーな体のラインが出るように、少しフィット感の高いものが選ばれている。なお、ポイントは『このハイレグの角度がいい!』(東風谷早苗談)とのことである。
一方の早苗は当然のごとく、露出度高めのツーピースビキニ。
色々でかい。圧倒的なまでに。
霊夢の視線は早苗の胸元から続く体のラインを沿っていき、自分にそれが戻ってため息をつく。
同じ女とはいえ、色々、違いは出るものである。
「霊夢さん、いいですか?」
そんな霊夢の視線とジェラシーを理解したのか、早苗が霊夢の肩を抱く。
「世の中、色んな女性がいるんです。
でかけりゃいいってもんじゃないんです! 霊夢さんの方がいいっていう人も一杯いるんです!
というか、霊夢さんには霊夢さんのよさがあるんです!
それを理解せずに、ただ、自分のスタイルを卑下することはよくありません! わかりますか!?」
回りでぱしゃぱしゃシャッター切りまくってる野郎どもが『そうだ!』『その通りだ!』『霊夢さんのうなじから肩のラインの素晴らしさにかなう女性などいない!』などと吼えている。
「……えーっと。
あのさ、早苗。言ってることはわかるし、言いたいこともわかるんだけど……。
……いやみだから、それ」
「違います!」
顔を引きつらせる霊夢の肩に、早苗の指がぎりぎり食い込む。
霊夢は悲鳴を上げて『痛い痛い痛い! 折れる! 折れるから!?』と抗議するのだが、
「世の中、水着はでかいほうが見栄えがいいとかいう人はいます! いますが、彼らは女性の何たるかをわかってない! わたしにしてみれば、それこそ初歩の初歩! いや、この世界に入門することすら出来てないっ!
慎ましやかで何が悪い!? この見事な体のラインに萌えを感じない奴はわたしに蹴られて地獄に落ちろ!
いいですか、霊夢さん! バランスとは! そして、均整の取れた美とは! 萌えの何たるかを理解してない奴らには、一生、理解できない素晴らしさなのです!」
早苗の声のでけぇこと。
そして、握力のすさまじさと言ったら。
霊夢は『わかった! わかったからやめて許してお願い!』と泣いて懇願するほどの勢いであったという。
「お前ら、何騒いでんだよ」
「なにしてるのー?」
「あら、魔理沙さん……と、フランちゃん?」
「おう! 今度の私のパートナーはフランだ! 私たちが優勝だ! な、フラン!」
「うん! フラン、ゆーしょーする!」
『優勝』の意味などわかってないだろうフランドール・スカーレットが、ちっちゃな拳を突き上げる。
ちなみに、彼女の後ろには、彼女つきのメイドが日傘を持って立っている。そして、『ようじょの水着姿だと!? カメラを! カメラをよこせぃ!』という連中を視線で牽制していた。
なお、そういう不届きものは『幻想郷紳士淑女同盟』によって、その場から蹴り出されているのは言うまでもない。
「魔理沙さん、かわいい水着ですね」
「だろ? 私のセンスも捨てたもんじゃない」
彼女のそれは、パレオつきのツーピース。
早苗のものより露出は控えめだが、その分、健康的なかわいらしさが伝わってくる。
フランドールも、似たようなワンピースの衣装。こちらもこちらでとてもかわいらしい。
「正々堂々、頑張りましょう」
「任せておけ」
ふっふっふ、と不敵に笑う魔理沙が早苗と手を握り合う。
それを眺めていたフランドールが『フランもやりたい!』と、笑顔で霊夢に手を差し出してきた。
霊夢は小さく笑って、『はいはい』とそれに応じてやる。子供好きというわけではないが、子供には甘い博麗の巫女である。
「お、始まるみたいだな。
んじゃ、霊夢、早苗! これから私とお前たちは敵同士だ! 覚悟しろよ!」
「かくごしろー!」
「かかってきなさい! ね? 霊夢さん」
「あー、まぁ、うん。適当にやりましょ」
両雄、互いに宣言をして、その場を離れていく。
会場に鳴り響くブザー。そして、『主宰者の挨拶』ということで、台の上にちまちまよじよじ登ってくるレミリア・スカーレット。
その、何かよくある光景が相変わらずの騒ぎの始まりとなるのであった。
――STAGE 1――
『それでは、参加者の皆様。第一ステージ、「我慢大会」の会場へご案内いたします』
湖のほとりに集められた参加者に対して、アナウンスするメイド。
彼女に連れられる形で、一同は、ぞろぞろとその場を移動していく。
そして――、
『こちらが会場になります』
と、示されたのは、洞窟だった。
一同の頭の上に『?』マークが浮かぶ。
夏場の我慢大会。
――とくれば、すぐに思い浮かぶのが『暑さ我慢』である。
炎天下の日差しの下、どてら着こんでストーブ浴びつつ鍋焼きうどんすする――それがすぐに思い浮かぶというのに、その会場は『洞窟』なのだという。
少し近づいてみると、中からはひんやりと冷気が漂ってくる。
やはり一同、疑問の晴れないまま、メイドが先に立って中へと進んでいき、その『会場』で足を止める。
「では、こちらで、『寒さ我慢』大会を開催させて頂きます」
一同、沈黙。
洞窟の中は、どうやら氷室として使われているらしく、くっそ寒かった。
誰かが使っている場所であるのか、壁にかかっている温度計はマイナスを示している。
その証拠に、洞窟の天井にはツララ、足下には逆さツララという徹底振り。地面はもちろん凍っている。
すでにメイド達がそこにスタンバっており、氷で出来た椅子が、参加者分だけ用意されている。
「……えーっと」
寒さに震える霊夢は隣の早苗を見る。早苗の表情は、比ゆではなく、凍り付いていた。
まさかこんな変則的な攻撃仕掛けてくるとは思っていなかったのだろう。
「なお、今回の大会はペア制です。我慢大会へのご参加は、ペアのうち、どちらかのご参加で構いません。
制限時間内でギブアップせず、耐え切ったチームが第二ステージに進めるようになっております」
そこで始まる『押し付け合い』。
カップルで参加しているものも数多く、『あなたがやりなさいよ』『お前が誘ったんだろ』の責任の擦り付け合いがあちこちで発生している。
恐らく、明日のカップル崩壊数は幻想郷の歴史に残る数となるだろう。
「……私がやる」
「霊夢さん、いいですよ! わたしが……!」
「いい。早苗は外で待ってて」
ここで、霊夢が男……ではなく、女を見せた。
愛しいあの子に無茶なんてさせられない――誰かを『愛した』責任を、その両肩に背負って勝負に向かう霊夢の背中は、実に男……ではなく、女らしかった。
「……まりさ」
「ふふふ……。フランに無茶させるわけには……いかないだろ?」
そしてここでもイケメン……ではなく、イケウーメンが一人。
『みんなと楽しく遊べる』とはしゃぐ少女に、このような過酷な試練を課すのは、何か色々ダメな気がしたのだろう。
魔理沙はにやりと笑い、霊夢を見る。
霊夢も不敵な笑みを返し、そして――、
「こちらになります」
案内された、凍結した椅子の前で固まる。
どうしよう。
やっぱ座らないとダメだよね、これ。
二人そろって、お互いの顔を見た後、『ええい、ままよ!』と椅子の上に腰を下ろす。
水着の尻から、そして太ももから伝わる強烈な冷気。
思わず飛び上がりそうになる二人を、『そうはさせん』とメイドがすかさず、その足を椅子へとくくりつけた。
「あんたらねぇ!?」
抗議する霊夢など何のその。
メイドは、さらに『こちらが追加装備です』と、氷で出来たベストらしきものを二人にかぶせる。
激痛。
もはや、『冷たい』『寒い』などという感情は生易しい。
痛いのだ。
とんでもなく。
肌を鋭い針でぐっさり、全身余すところなく突き刺されたような痛みに、さすがの霊夢と魔理沙も悲鳴を上げる。
「……まりさ、だいじょうぶかな?」
「大丈夫です、フランドール様。霧雨さまは、フランドール様のために、必ずや勝利をもぎとります」
それを不安そうな眼差しで見ていたフランドールは、おつきのメイドの、全く根拠のない励ましに『うん、そうだね!』と笑顔になる。純粋って憎い。色々と。
「霊夢さん……!」
早苗は、そして、この時、霊夢の身を案じると共に、改めて彼女への愛を各個たるものとしていた。
基本、寒さに対しては、女性の方が強い。
それは言うまでもなく、体についている脂肪のためだ。
そして、ふくよかな体型である彼女の方が、スレンダーの霊夢よりも寒さには強い。
故に、『勝つ』ためならば、霊夢よりも早苗のほうが適している。
霊夢もそれは理解しているだろう。
勝つためには、非情にならなければならないということを。
だが、霊夢は、それでも己を死地にさらすことを望んだのだ。
全ては、『早苗に無理をさせられない』という想い故に。
誠に美しい、愛の姿であった。
「どうぞ、紅魔館特製スペシャルチョコレートパフェでございます」
『殺す気かお前ら!?』
だが、メイド達は容赦ない。
霊夢と魔理沙の男気……ではなく、女気に感化された者達が、次々に戦場へと向かっていく。
そんな彼らをふるい落とさんと、メイド達は攻撃してくる。
出されたスペシャルチョコレートパフェは、もんのすごくおいしそうだった。
チョコレートと生クリームとカスタードクリームと、もう何か色んな『女性のつぼをつく』甘いものがてんこ盛りであった。
こんな環境でなければ、霊夢と魔理沙も、喜んでそれを手に取っただろう。
だが、全身を外部から冷気で冷やされているのに加えて、こんなもの食ったら体の芯から凍りつく。
しかし、食べなくてはいけない。そうでなくては勝てない。
震える両手で器を手に取る。
器も凍っていた。
スプーンを手に取る。
ご丁寧に、スプーンも氷で作られている。
そして、意を決して、二人はパフェを口にする。
『……あ、これ、死ぬかも……』
と、二人そろって、その瞬間、思ったという。
「10分経過」
我慢大会の『我慢時間』は20分であるらしい。
半分の時間が経過した時点で、すでに参加者は当初の10分の1にまで減っていた。
全身、しもやけで担ぎ出されていく参加者たち――なお、全員、永遠亭にて即時治療が確約されている――。
それらを眺めながら、メイド達の冷酷な言葉が響き渡る。
「扇風機をお持ちしました」
霊夢と魔理沙は、目を見開き、顔を引きつらせた。
もはや、声が口から出てこない。
全身が冷やされ、震えが止まらない。生き物にとって重要な内臓を守るために、末端の感覚がすでにない。
そんな彼女たちめがけて、容赦なく、強烈な冷風が浴びせられる。
風は氷を直撃し、生き物の肌に熱を奪われ、解け始めていくそれを、容赦なくなぶる。
全身に水を纏っているような霊夢たち。
そんな状態の生き物に、凍りついたこの空間で、風などぶち当てようものならどうなるか。
「……阿鼻叫喚の地獄絵図とは、まさにこのことね」
灼熱の炎天下で、並ぶ客に冷菓子だのを売っているアリスはつぶやいた。
第一会場の映像は『もにたぁ』というもので、このメイン会場へと中継されている。
その様を見て、アリスは心底、思った。
――参加しなくてよかった、と。
「終了です」
……長かった。
永遠に続くと思われた、地獄の冷気責めが、今、終わりを告げた。
すでに手足は動かない。
心臓すら、もしかしたら、動いていないのではないだろうか。
凍りついた体。
停止した意識。
そんな彼女たちの体を、暖かな肌が包み込む。
「霊夢さん……! わたしを守って……!」
「……早苗、私……頑張ったよ……。勝ったんだよ……」
「はい! お見事です!」
涙を目からあふれさせ、早苗は、儚い笑顔を浮かべる霊夢を賞賛する。
一方の魔理沙も、自分に飛びついてきたフランドールを、何とか受け止めるくらいのことは出来ていた。
立つことすら出来ない彼女たちに肩を貸して、一同は洞窟の外へと出てくる。
肌を刺す熱。光。それが、今は、とても心地よい。
――太陽さん、せみさん、私、生き残ったんだよ! 今、私、生きているんだよ!
幻想郷の青空を見上げる霊夢と魔理沙と、生き残った参加者の瞳には、この時、確かに『生』に対する喜びの涙があふれていたのだった。
「思ったより減りませんでしたね」
「……ここまでしろって言ってないんだけど」
「残念」
そして主宰者席では、主宰者のレミリアが顔を引きつらせていた。
その隣では、今回の仕掛け人というか主犯格の十六夜咲夜が、『意外ですね』と冷静な瞳で『もにたぁ』を眺めている。
彼女は、この我慢大会で、参加者の99%を蹴り落とすつもりだった。
しかし、残ったのは、ざっと見て8%ほど。蹴り落とせたのはわずか92%ということになる。
人間も妖も、やる気になれば何でもできるというのは、あながち間違ってないということを示す結果となっていた。
「まぁ、次ですね、次」
そして彼女はひたすら容赦なかった。
生き残った戦士たちを讃えることすらせず、ただ淡々と、次なる『戦場』を提供する。
それを眺めるレミリアは、『……こいつを紅魔館に招き入れたの、間違いだったかもしれない』と、いまさらながらに己の判断を後悔し始めていたという。
――STAGE 2――
「次のステージは『湖渡り』でございます」
「湖渡り?」
生き残った参加者の中で、全身凍傷で永遠亭に担ぎ込まれたものを除き、何とかかんとか命を維持することに成功した参加者たちが、次なる死地へと向かう。
メイドが案内するのは湖のほとり。後ろのほうからは、メイン会場の喧騒が聞こえてくる。
「こちらです」
「わー、たのしそう!」
フランドールが目をきらきらさせて声を上げる。
湖を使ったアトラクションが、そこには建設されていた。一体いつのまに作ったのかと思われるほど、それはそれは規模の大きな見事なものである。
段差のあるポールのような足場、水車のように回転する足場、風車のごとくぐるぐる回っている足場など。
それを見た早苗の頭に、即座に『風○た○し城』という単語が思い浮かんだが、それはさておこう。
「これを渡って、湖の対岸まで渡っていただきます。
渡っていただく際のタイムスコアで順位が決定します」
「よーし! フラン、がんばる! まりさ、みててね!」
「おう、頑張れよ!」
どういう理屈か、全身しもやけ程度ですんだ魔理沙が、今はだいぶ回復した様子でフランドールを応援する。
ちなみに、早苗と一緒の霊夢は、いまだ、手足の感覚が戻らないらしく、永遠亭のうさぎ達から治療を受けている始末である。
「……ここはわたしが」
早苗が目の中に火を燃やした。
霊夢が頑張ってくれたおかげで、今、自分は第二ステージに進めたのだ。
ここで、彼女に報いなければ女が廃るではないか。
その確固たる決意と覚悟が、彼女の全身を燃え上がらせていた。
「では、一度に4名まで同時スタートできます。
順番にどうぞ」
「フラン、いちばーん!」
メイドの言葉に、フランドールがスタートラインに並んだ。その隣に早苗、その隣と隣にモブAとBという具合である。
メイドのかざした銃(どう見ても本物)が空を向き、ぱーん、と火薬が鳴る。
一同はスタートラインから飛び出し、湖へ。
「あ、飛ぶのは禁止です」
遅れた言葉が後ろから。
早苗はまず、一番手前の赤い足場に飛び乗り、続いて、右の足場へとジャンプする。
「ちっ」
ぐらぐらと、足場が揺れる。
この足場は支柱を擁さず、ただ水面に浮いているだけのようだ。
「よっ、とっ、はっ!」
フランドールは身軽に次々に足場を渡っていく。
小柄な子供が、この時ばかりは羨ましい、と早苗は思った。
少し崩したバランスを即座に立て直し、次の足場へ。
フランドールを追いかけて、四つ目の足場を蹴り、少し高くなった五つ目の足場へ飛び乗る。
「はっ」
さらに、背が高くなる六段目の足場へ。
ジャンプして両手をつくと同時に腕の力だけで体を引き上げ、その場に倒立し、くるりと体を半回転させて足場に着地する。
「……早苗、えらい身軽だな」
「体育の成績は、ずっと『5』だった、って言ってたわ」
「……へぇ」
その様に、魔理沙と霊夢は驚き、見入る。
一方のフランドールはぴょんこぴょんこと足場を飛び移り、次のステージに差し掛かる。
「ぐるーんぐるーん……」
三段になった、横に長い棒のようなものが回転している。
足場は平坦に続き、そこを走って移動できるようになっているが、その回転する棒が移動を邪魔するという寸法だ。
「とーう!」
フランドールが走った。
一段目の、足払いをかけてくる棒を身軽にかわし、二段目と三段目は身を低くしてよける。
小柄な彼女が相手をするのは、実質的に、一段目だけ。それを見抜いたのだ。
「あはは、たのしい、たのしい!」
四足でぱたぱたかわいらしく駆けて行くフランドール。
その中継映像を見て、複数の紳士淑女がその場を『愛』という鮮血に染めて散って行った。
「遅れたわ」
フランドールが回転棒を抜けたところで、早苗がそこに辿り着く。
「一つ、二つ、三つ……。いくつも回転してないだけマシか」
長い通路はおよそ20メートルかその程度。
そこを蹂躙する回転棒に、早苗は挑みかかる。
一段目の攻撃をジャンプでかわし、二段目の攻撃を地面を転がって回避する。
立ち上がろうとした瞬間、頭を狙ってくる一撃を、ぎりぎりのところでよけて、さらに足下に迫ってくる一段目の棒を、四つんばいの姿勢で飛び跳ねてよける。
地面を転がって移動し、立ち上がる動作と共にやってくる二段目と三段目の棒の間を、前方に頭から飛び込むことでよけて、無事、通路を突破。立ち上がる。
「……すげぇ」
「……うん」
下手な武術家よりも見事な体さばき。霊夢と魔理沙も、感心と共に少し呆れてしまう。
「次は……」
上下に動く足場が、その先に三つ、続いている。
フランドールは二つ目の足場でバランスを崩したようで、落ちないようにぎゅっと、そこにしがみついて態勢を立て直そうとしていた。
――彼女の邪魔は出来ない。
彼女は蹴落とすべきライバルであるが、純粋に、この『催し』を楽しんでいる子供なのだ。
そんな子供に辛らつなことが出来るほど、早苗は人間、達していなかった。
「テンポは……ああ、三つ全部で違うのね」
一番目の足場は上下にゆっくり、二番目は激しく、三番目は、妙なリズムを刻んで上下を繰り返す。
これは厄介そうだ、と腕組みする彼女。
ちょうどその時、後ろでモブAとBが回転棒に薙ぎ払われ、『ひらめ!』、『ちぃ……ぶわぁ~!』という悲鳴と共に湖に向かって落ちていく。当然、『失格』が告げられた。
フランドールが、ふらふらしながら立ち上がる。
おつきのメイドから『頑張ってください』と声をかけられているのだろう。
うん、とうなずき、『えいやっ』と三つ目の足場に飛び乗る彼女。そのまま、勢いを殺さず、反対側に着地する。
「よし」
フランドールが抜けたことで、早苗も続く。
一つ目の足場が、今いる足場とほぼ同じ高さに来るタイミングを見計らってジャンプ。着地。
すぐさま、前方に目を向ける。
体を低くし、重心を低く保つことでバランスを維持しながら、高速で上下する足場をじっと見据える。
「――よし!」
足場が下がりきる、その一瞬前。
宙に身を躍らせる早苗。
足場はそのまま水面に向かって下がっていき、一瞬、停止する。その瞬間、早苗は足場の上に着地した。
最も、足場が安定する瞬間――それを見切っての行動だ。
『もにたぁ』を見ていた観客たちから『おおーっ!』という驚きの声が上がる。
あとは、上って行く足場の上からタイミングを見計らい、変なリズムでがたがた動く足場を飛び越し、反対側へと着地する。
「次ね」
次の足場は船になっている。
平らな足場が平坦に続き、しかし、それは厚さを持たず、水の上に、まさしく紙一重で浮いている。
フランドールは足場の上でバランスを崩し、慌てて、四つんばいのまま、ばしゃばしゃと急いで反対側へと渡ろうとしている。
早苗は彼女から離れた場所へと飛び乗ると、一気に、水の上を突っ走る。
これぞ、彼女が信仰する神、『洩矢諏訪子』直伝、『水の上を沈まずに歩く方法』である。
方法は簡単、左足を水の上に乗せ、左足が沈まないうちに右足を前に出し、今度は右足が沈まないうちに左足を前に出すだけだ。さあ、みんなもやってみよう。
「たっ!」
水面にわずかに浮かぶ足場を踏み切り台として飛び上がり、反対側の、安定した足場へと着地する。
「フランドールちゃん、ほら」
「ありがとう!」
何とかかんとか渡りきった彼女に手を貸して、よいしょ、と引っ張り上げてやる。
フランドールは嬉しそうににっこり笑い、ぴょんこぴょんことジャンプして嬉しさを表現する。
その、微笑ましい彼女たちの後ろで『げぶごぼがぼがぼ……』と砕け散ったモブAとBの後に続いて走ってきた、モブCとDが水の中に沈んでいく光景があった。
それを無視して、早苗とフランドールは走る。
「……これは?」
左右に壁が立ち並ぶ、一直線の通路。足下の足場はしっかりしている。
早苗が足を止める。フランドールは関係なく、スキップするような足取りでその通路を進んでいく。
次の瞬間、
「わっ!?」
いきなり、左の壁が開いて、でっけぇ手のようなものが突き出されてきた。
慌てて、フランドールは頭を抱えるようにして身を低くする。
奇しくも放たれたスカーレット秘奥義『カリスマガード』に、さらに大量の紳士淑女が愛ゆえに散っていく。
「フランドール様、お気をつけて」
「う、うん。びっくりした……」
がこん、がこん、とツッパリのようにでっけぇ手が壁の中から出たり入ったりを繰り返す。
フランドールが前にいってくれたことで、仕掛けを理解した早苗は、ツッパリの手の出るタイミングを見計らいながら前へと進んでいく。
ずいぶん楽な仕掛けだな――そう思った瞬間、がこんと足下の一部が開いて、そこからアッパーカットのごとくでっけぇ手が放たれる。
「ひゃっ!?」
身をそらしてそれをよける彼女。
しかし、その体から前方に激しく自己主張する柔らかな二つの膨らみが、それにカスった。
次の瞬間、『もにたぁ』を眺める、主に野郎どもが『ひゃっはぁぁぁぁぁーっ!』と歓喜の声を上げる。
彼女の胸元を覆う布が外れ、見事な山脈が幻想郷の前に露になる。
即座に霊夢は後ろを振り返り、全身全霊をかけた究極の夢想封印を会場めがけて解き放つ。
会場そのものが吹き飛び、クレーター化するほどの破壊力のそれを受けて、観客のおよそ9割がピチュっていく。
だが、ルナシューターの領域を極めた観客は『甘い! そんなものパターン化でよけられるわ!』と回避する。
ちぃっ、と霊夢は舌打ちした。
「……何か今、すごい爆音が響いたような……」
早苗は少しだけ身を丸め、胸元を左手で隠しながら後ろを振り返り、顔を引きつらせる。
ビキニの上は、むなしく、湖の上に浮かんでいる。あれを取りに行くということは敗北を示すことだ。
「仕方ない。ハンデと思って行きましょうか」
だが、ここで諦めるほど、早苗は情けない女ではなかった。
左手で胸元を隠し、執拗に、さらけ出されたそれを撮影しようとする天狗どもから髪の毛を使ってガードすることで鉄壁防御を展開しつつ、ツッパリゾーンを進んでいく。
「ちぃっ! ダメだ! 撮影出来ない!」
「隊長! もう無理です、撤退の許可を!」
「諦めるな! お前たちならできる! 頑張れ!」
「お前たちが最後の希望だ! 頼むぞ、勇者!」
「……おい、聴いたか?」
「へへっ……。そうだな……。
聞いたさ……。久々に、魂が揺さぶられたぜ……!」
「行くぞ、お前ら! この程度の障害、我らの力をもってすれば必ずや突破できる!」
『応!』
撮影班の天狗どもの魂にも火がついた。
カメラを構えて早苗に殺到する彼らの前に、鬼神のごときオーラを背負った、一人の巫女が立ちふさがる。
「一人残らず、結界の隙間に逆落とししてあげるわ」
――霊夢であった。
先の凍結地獄にて受けた傷は癒え、今や完全なる……いや、完全を越えた、究極の巫女(アルティメット・シュライン)へと進化した彼女が、幻想郷でも指折りの実力者たる天狗たちを撃破していく。
その戦闘力はすさまじく、鬼神……いや、文字通り『鬼』と化した実力であった。
「よいしょ、よいしょ……」
そんな後方の惨劇など露知らず、フランドールが、ぐるぐる回転する水車のような足場をよじよじと登っていき、『とうっ』と少し高くなった足場へと着地する。
遅れてきた早苗は、水車に設けられている足場を、どこぞの配管工のごとく軽快に飛び上がり、フランドールを追いかける。
「……足場がない?」
「あれー?」
辿り着いた先は、広がる湖だけであった。
少し先……およそ、10メートルほど先に『ゴール』の旗が見える。
だが、そこに続く足場はない。水の中に潜っているだけかと思ったが、そうでもない。
これは一体どういうことか? 首をかしげる二人に、フランドールつきのメイドが『それじゃないですか?』と指摘する。
「……」
足場の少し先、そこに、飛び込み台のように不自然に前方に飛び出した足場がある。
近寄って、つま先で押してみると、それはぐんとたわみ、反動を返してくる。
「……なるほどね」
早苗は不敵な笑みを浮かべると、足場を後ろに下がっていく。
ご丁寧に、その足場は、飛び込み台の後ろの方、およそ30メートル程度は距離が作られている。
早苗は、そこに立った。
そうして、胸元を覆う左手を外す。
さらけ出されるそれは、しかし、ちょうどよく吹いた風になびく、彼女の長髪に守られ、誰の目にも触れることはない。
『もにたぁ』を眺めるルナシューターどもが血涙し、意識をそれに割かれた瞬間、鬼と化した巫女の放つ『夢想封印――滅殺――』が着弾した。
巫女の背中に『天』の文字が浮かんだのを、その時、一人の天狗が見たというが、それが事実であるかは定かではない。夏の暑さが見せた、一瞬の幻であったのかもしれないのだから。
――話を戻そう。
早苗は、その場にクラウチングスタートのポジションを取る。
大きく息を吸い込み、かっと目を見開き、「スタート!」と叫んだ。
一歩、一歩、一歩。
踏み込むごとに加速した彼女は、踏み込み台の先端――最も反動の強くなる点で踏み切り、宙を飛ぶ。
「ぎり……ぎりぃっ!」
ゴールの前に置かれた、大きなクッションの上に、早苗は着地した。
そして、そのまま、ゴールをくぐる。
待機していたメイドが近寄ってきて、「回収しておきました」と彼女の水着を早苗へと手渡す。
そうして、告げられるタイム。
ふぅ、と早苗は息をつき、たまたま、その場に撮影に来ていた天狗に向かって『ぶいっ!』と指を二本、突き出した。
「よーし、フランもまけないぞー!」
フランドールも早苗に倣って、ぽーん、と飛び込み台から宙を飛ぶ。
彼女は、しかし、少し飛距離が足りずに早苗よりもかなり手前に落下してしまう。
すかさず、クッションが運ばれると同時、彼女つきのメイドがフランドールの体を優しく抱きとめ、クッションの上にふぅわりと着地した。
「ありがとう!」
にぱっと笑ったフランドールが、そのまま、とてとてぱたぱたとゴールをくぐる。
「やったね」
「うん!」
やったやった、とぴょんこぴょんこ飛び跳ねるフランドール。
その彼女の頭を優しくなでて、早苗は笑う。
無事、終了した第二ステージ。この仕掛けは、案外悪くなかったな、と早苗は微笑むのであった。
――STAGE 3――
「最終ステージは、『爆裂ビーチバレーデスマッチ』です」
一同が最後に連れて行かれたステージは、湖のほとりの一角に作られたバレーコートであった。
複数のバレーコートが並ぶそこには、霊夢・早苗ペア、魔理沙・フランペアを含めておよそ10組ほどの参加者が集っている。
すでにメイン会場は霊夢の夢想封印で消滅していたが、それでも倒れぬ不屈の闘志の持ち主と、あとそもそも普通に観戦してるだけの観客の声が後ろから聞こえてくる。
「……ただのビーチバレーじゃない?」
立てられたネットと、地面に描かれたコート。
はいどうぞ、と渡されたバレーボール。
どれをとっても普通である。
しかし、案内役のメイドから告げられた言葉は物騒極まりない。
ともあれ、抽選ということでくじを引かされ、勝負のための組が決められていく。霊夢たちは第一コートだった。
コートの中に彼女たちと、モブEとFが入る。
そこで、メイド達から、この『システム』の詳細が説明される。
「ルールは簡単です。
このバレーコートには、お互いのエリアに無数の爆薬が埋められています。
このボールが起爆スイッチです。
ボールを相手のコートに落とし、相手を木っ端微塵に吹き飛ばした方が勝利となります」
『おらちょっと待てぇっ!』
しれっと言ってのけるメイドに、さすがに参加者全員からツッコミが入った。
しかし、メイドはそれをスルーして、手に持った『起爆スイッチ』を無人のコートに投げ込む。
次の瞬間、コートが爆裂し、真っ赤な炎と黒い煙を天に向かって噴き上げる。
どう考えても、『直撃=即死』の威力である。
恐れをなした参加者たちは逃げ出そうとする。だが、『じゃきぃん!』とかいう音と共にコートの四隅にポールが突き立ち、そこから電撃がバリアとなって展開される。当然、空にも、この電撃の結界が張り巡らされ、まさしく『生きるか死ぬか』しなければコートから逃げられないことが示される。
「……レミリアじゃないわね、これ考えたの」
「……絶対、咲夜さんですね」
顔を引きつらせる霊夢と早苗。
後ろを振り返った二人の視界に、ふとその時、ドヤ顔で胸張って『全員、仕留める』という意識に目を輝かせる咲夜の顔が映ったような、そんな気がした。
「……生き残るために相手を殺せ、か。
全く……やってくれるぜ」
「まりさ、まりさ! 早くあそぼ、あそぼ!」
ルールなどまるでわかってない(そして、この程度の爆発ではダメージを受けこそすれ、死ぬことのない)フランドールが目を輝かせ、魔理沙を急かしている。
魔理沙は――笑った。
「――ならば、生き残ればいい!」
鳴り響くホイッスル。
そして、放り込まれるボール。
己のコートに落とすまいと、相手がそれを拾い、全力で、魔理沙たちめがけてたたきつけてくる。
「フランドール! そいつを拾え!」
「うん! どうやって?」
「手で!」
「はーい!」
そもバレーのルールなどわかっていないフランドールが、魔理沙に言われる通り、飛んでくるボールを手で掴んで止めてしまった。
ぴぴーっ、とホイッスルが鳴り響き、メイドが「いいですか? フランドール様。バレーボールというのは――」とルールの講釈を始める。
「うん、わかった!」
ルールを理解したのか、フランドールは早速、「いくよー!」と構えを取った。
大きく、ボールを上に放り投げる。
そして、吸血鬼の身体能力をもって飛び上がり、地面に突き刺さるような、強烈なスパイク――そう、サーブではない。もはやスパイクなのだ――を相手のコートに向かって叩き込んだ。
その一撃に、モブ達が反応できるはずもない。
彼らの真横を『ずぎゃおおおおおっ!』とかいう轟音上げて飛んでいったボールは、そのまま相手のコートに『ずぐしゃああああ!』という音と共に突き刺さり、大地を抉り、巻き上げ、そして次の瞬間、爆裂する火薬が相手を粉微塵に吹っ飛ばす。
「よーし、よくやった、フラン!」
「よくやったー!」
にっこり笑顔で二人はハイタッチ。
天空高く巻き上げられた土砂と共に、黒焦げになったモブ達が落ちてきて、そのまま永遠亭に担ぎ込まれていく。
「……やっぱ、最後の敵はあいつらになりそうね」
「そうですね」
堅実に、霊夢と早苗は相手と戦っている。
放たれるスパイクを、身体能力に優れた早苗がまず拾い、身軽な霊夢が見事なトスを上げ、最後に、早苗が全身を鞭のようにしならせ、強烈な一発へと変換して相手のコートへと叩き込む。
相手はそれを拾うことが出来ず、次の瞬間、炎と閃光の向こうに消えた。
「まともに戦ったら、フランドールには勝てないわ」
「はい」
「……ならば、まともに戦わないようにすればいい。
幸い、これはポイント制じゃない。
相手を殺すか、こちらが死ぬかのデスマッチよ。要は生きてればいいのよ」
『このままだと、うちの布団がなくなりそうね』『仕方ないわよ、頑張りましょ』と永遠亭のうさぎ達が、戦場に散って行った戦士たちを担いで退場していく。
それを横目で眺めながら、霊夢は不敵な笑みを浮かべた。
早苗は、その笑みの意味がわかったのだろう、小さくうなずき、同じく口許に小さな笑みを浮かべる。
――勝負は滞りなく進んでいく。
反則的な戦闘力を持つフランドールを擁する魔理沙チームが次々に敵を蹴散らしていく。
それに負けじと、自らの身体能力それだけで戦う霊夢チームが、次から次へと敵を大地ごと灰塵に帰して。
そして、今。
「霊夢に早苗、ギブアップを宣言すれば、痛い目を見ずにすむぜ?」
「すむぜー」
「そっちこそ。黒オンリーになりたくなかったら、とっとと負けを宣言しなさい」
ついに両雄、激突す。
最初のサービスは霊夢チームから。
早苗が放つそれを、魔理沙が受け止め、大きく、高く、跳ね上げる。
「とーう!」
すっかり、この殺人バレーのルールを理解したらしいフランドールが上空に飛び上がり、強烈なスパイクを放ってくる。
「甘いっ!」
早苗がそれを拾い上げた。
スパイクの威力にそのまま吹き飛ばされそうになりながら、『ずしゃしゃしゃしゃっ!』と地面を滑って、なお、ボールを落とさずに、彼女は空へと跳ね上げる。
「ちっ。吸血鬼の攻撃なんて、食らえば骨折程度じゃすまないだろうにね」
魔理沙が舌打ちする。
よく見れば、霊夢と早苗の両手には光が点っている。
――あれは、結界だ。
打撃の威力を減殺する結界を張り、フランドールの攻撃の威力を減じているのだ。
逆に言えば、たかがスポーツのくせに人を殺しかねない吸血鬼の恐ろしさを、それは示しているとも言える。
「早苗!」
霊夢がトスを上げた。
その高さは非常に高く、普通の人間では、まず届くことはない。
すかさず、霊夢はその場に腰を落とすと構えを取る。早苗は彼女めがけて走り、飛んだ。
「フラン! 準備しろ! 来るぞ!」
「うん!」
飛んだ早苗の足を、霊夢が構えた両手で受け止める。
そして、全身全霊の力を込めて、彼女は早苗を上空に向かって放り投げる。
ちょうどその時、浮き上がったボールが頂点に達し、落下を始めた。
「通常の二倍の高さのジャンプと二倍の落下速度のボール、そして――!」
大きく体をしならせた早苗が、その一撃を放つ。
「通常の三倍のバネの力を利用して放つ、これが『12倍巫女スパイク』だぁーっ!」
2×2×3=12。とても簡単な計算である。物理法則? 幻想郷では常識に囚われてはいけないのである。
大きくしなった彼女の全身は、弓の弦のごとく引き絞られ、そしてそこにためこまれたエネルギーが、目の前のボールへと注がれる。放たれたスパイクは、もはや『スパイク』ではなく、『砲弾』であった。
それも、強烈な戦車砲のそれである。
それはすでに常人の認識の外へ行く、『バレーバトル』であった。
「甘いな、早苗! パワーにはパワーで対抗する!
砲撃には砲撃だぁーっ!」
魔理沙が両手にしたためた、緑色の弾丸が、飛んでくるボールに向かって放たれ、爆発した。
轟音と共にボールが再び宙を舞う。
魔理沙の攻撃で威力を殺されたボールは、そのまま、魔理沙たちのコートに向かって自由落下していく。
「よし、今なら――何ぃっ!?」
だが、次の瞬間、目をむくのは魔理沙だった。
霊夢が空を飛んでいる。
早苗を放り投げた後、彼女もまた、地面を蹴っていたのだ。
ボールはちょうど、彼女の目の前を通り過ぎていく。
にやりと笑う霊夢が振り上げたのは――その手に握るお祓い棒!
「でりゃぁぁぁぁぁぁっ!」
『スーパーイナズマ巫女スパイク』が放たれる。
加速するお祓い棒の先端は空気との摩擦で赤熱化し、想像を絶する破壊力をなす。そのエネルギーはロスすることなくボールへとつぎ込まれ、放たれる。
空気を切り裂き、うなる一撃は一直線に魔理沙の顔面に向かって進み、彼女は慌てて両手を構えて脇を締め、防御態勢をとる。
「フラン、任せるぞ!」
爆裂、轟音、そして爆風。
彼女の両腕に宿る防御用の魔力と干渉したボールは、爆裂と共に上空へと弾き返される。
魔理沙は勢いのまま、後ろに吹っ飛び、しかし、電撃バリアぎりぎりのところに着地する。
フランドールが空中へと舞い上がる。
「そーれっ!」
大きく振り上げた、その両腕で、彼女はボールを地面に向かって叩き落すように叩いた。
『どごぉぉぉぉぉむっ!』という列車砲のような爆音が響き渡る。
「せぇぇぇやぁぁぁぁっ!」
早苗が構えた左手に展開する結界の盾が、そのボールを90度ベクトルを変換して弾き飛ばした。
すかさず空を舞う霊夢が「スパイク・オブ・夢想封印ーっ!」と夢想封印の全破壊力を右手に乗せ、それを使ったスパイクを解き放つ。
七色に輝く弾丸は途中で無数に分裂し、魔理沙のいるコートへと降り注ぐ。
「甘いぜ、霊夢!
お前の夢想封印の弱点、それはぁっ!」
魔理沙の視線を受けて、フランドールはうなずいた。
次の瞬間、彼女の姿は四つに分かれ、それぞれが鋭く動き、全てのボールをブロックする。
「威力が分散することで、一発一発の破壊力が落ちることだぁっ!」
そして、最後の一発を、彼女――魔理沙が弾き返す『フィフスオブアカインドブロック』。
見事に弾き返されたボールは、鋭い角度で、霊夢たちのコートへ落ちていく。
未だ、宙にいる霊夢に、地面の上の早苗のフォローは出来ない。
――やったか!?
誰もがそう思った次の瞬間、早苗が吼える。
「神風よ、我に力を!」
荒れ狂う烈風が鉄壁の結界をなし、ボールそれぞれの威力を減じた。
そして、次々に、風は刃と化して『まがい物』のボールを粉砕し、残った最後のボールを、早苗は空へと弾き上げる。
これぞ奥義『神の風レシーブ』。
「早苗! 次はあんたの番よ!」
上空で、霊夢がトスを続けた。
早苗が大地を踏み切り、ボールへと照準を合わせる。
「受けよ! これぞ、八坂と洩矢の奥義! 『モーゼの一撃』ぃぃぃぃぃぃーっ!」
空気の存在を『水』と見立て、それを切り裂き、粉砕するスパイクが放たれる。
撃ち出される弾丸は強烈かつ冷酷無比。凍りつくようなその一撃は、周囲の暑い大気との温度差から水滴を発生させ、文字通り、『空気』と『水』を両断する攻撃となる。
「わっ!?」
そして、フランドールは吸血鬼。
たとえこのような水とはいえ『流れる水』には触れない。
慌ててそれをよけるフランドール。
待ち構える魔理沙は――しかし、不敵に笑い、両手を構えている。
「その一撃は見事だが、早苗!
所詮、付け焼刃のパワーは真のパワーにはかなわないっ!
いっけぇーっ! マスターレシィィィィィブっ!」
八卦炉から放たれる膨大な魔力を身に纏い、鉄壁の防御へと変じさせ、同時にその勢いを生かした強烈なレシーブが、迫るボールを弾き飛ばす。
「フラン、拾えるか!?」
「うん!」
頼もしい答えだった。
魔理沙のパートナーとして、この厳しい戦いを潜り抜けてきたフランドールは、一人の戦士へと成長していたのだ。
ぎゃりぎゃりぎゃりと、触るだけで殺人的なダメージを受けそうな回転をしているボールを、彼女は見事にトスした。
落ちてくるそれめがけて、魔理沙が向かう。
「いいぞ、フラン! よくやった!
真のパワーを受けてみろっ! ドラゴンメテオアタァァァァァァック!」
構え、飛び出す魔理沙の手元に召喚された箒が、強烈な勢いと共にボールに刺さり、そして、突き進む。
撃ち出された一発の『彗星』は、霊夢と早苗の待つコートへと飛び込んでいく。
「甘いわね、魔理沙!
受けるが故の結界の妙技、とくと見よ!」
霊夢が展開する無数の結界が一点に集中し、強力な壁となる。
奥義、『四重結界レシーブ』。
四枚の結界の盾を収束し、威力と勢いと反動を殺し、確実なレシーブを可能とする博麗奥義の一つである。
しかし、その防御力をもってしても、彗星の威力は止められない。
「くそっ!」
彼女のレシーブは、ボールを斜め上へと弾くので精一杯だった。
だが、それでいい。それで充分なのだ。
「霊夢さん、お見事!
食らいなさい、『タケミナカタストライィィィィィクッ』!」
その体に神の力を纏い、放つ、渾身のストレート(スパイク)。
それはボールの『点』を捉え、貫いた。
勢いが何十にも倍増した、強烈なスパイクが、まっすぐに魔理沙へと向かって飛んでいく。
「この程度、何とかしてやるさ!
スターダストレシーブだぁっ!」
流れる星屑が壁となり、スパイクの威力を、その身をもって殺していく。
最後の星屑と共に魔理沙がスパイクを受け止め、「フランドールっ!」とそれを天に向かって弾き飛ばす。
「それーっ!」
撃ち出されるのは、無数の星々。
色とりどりの星をまとう『スターボウアタック』。
降り注ぐそれを、霊夢の『封魔陣ブロック』が跳ね返し、魔理沙の『イリュージョンスパイク』が迎え撃つ。
反撃の、早苗の『グレイソーマタージアタック』が放たれると、フランドールが『レーヴァティンレシーブ』で弾き飛ばす。
――戦いは、永遠に続くかと思われた。
繰り出される奥義の数々で、霧の湖周辺の地形は変わり、流れ弾で森が消し飛び、クレーターが生まれ、アリスが『絶対に参加しなくてよかった』と胸をなでおろす、その戦いは、しかし、始まりがある以上、終わりがある。
互いに疲労困憊となった霊夢、早苗、そして魔理沙とフランドール。双方、もはや動くのも精一杯の状態だ。
しかし、ボールは未だ健在。それが空を舞い、ネットの上に着地する。
――どちらだ? どちらに落ちる?
均衡は一瞬。
それが崩れた瞬間、双方は目を見開いた。
「霊夢さん!」
「フラン、こっちにこい!」
彼女たちは互いに大事な相手の体を抱えて、その場を飛びのく。
そして、爆音が、ついに勝敗を決して響き渡ったのだった――。
「ちょっと、魔理沙! その『黄金スイカパイ』は私のものよ!」
「何言ってんだ! お前、洋菓子嫌いだったんだろ! いいじゃないか!」
「美味しいものはいつだって別腹だわ!」
――ここは、とあるひまわりの咲く丘にある喫茶『かざみ』。
そこで、店主の風見幽香が作った『黄金スイカデザートフルコース』に、彼女たちは舌鼓を打っていた。
「……結局、どっちが勝とうとも、レミリアとフランドールはいい思いが出来る、と」
「お嬢様たちのわがままと、ついでに暇つぶしに始めたのだもの。当然じゃない」
ころころ笑う咲夜に、アリスがため息をついた。
勝負は、霊夢チームの勝利であった。
ボールは魔理沙達のコートに触れて、そのコートを吹き飛ばした。
だが、魔理沙とフランドールは間一髪、爆発の範囲から逃れており、無傷。
賞品の黄金スイカは霊夢の手に渡り、『せっかくだから、これを一番美味しく食べたい』と、幽香の元へと持ち込まれたのである。
勝敗の功労者として、魔理沙とフランドールはその席に同席し、ちゃっかり、レミリアが『主宰者特権』で同じように席について、『黄金スイカデザート』を、口の周りべったべたにして楽しんでいる。
「この『黄金スイカパフェ』美味しいですね~。ん~!」
「おかわり、おかわり! この『黄金スイカタルト』、フラン、もっと食べたい!」
「あ、わたしはケーキね! 『黄金スイカケーキ』追加よ!」
「だから、魔理沙! それは私の!」
「ええい、意地汚い! お前はスイカの皮でも食ってろ!」
実ににぎやかである。
店内は貸切、テーブルの上には黄金スイカを使ったデザートが山盛り。
そのにぎやかな光景を見て、咲夜が満足そうに笑っている。
なお、今回の『夏のバトル大会』にて参加者の99%を葬り去ったのは誰であるか、言うまでもないだろう。彼女はその『戦果』にいたく満足し、『私の腕もさび付いてなかったわね』と何やらよくわからない納得をしていたりする。
そんな彼女を横目で眺め、アリスは『本気で参加しなくてよかったわ』と呻き、追加オーダーを持って厨房へと入っていく。
ちなみに、霊夢と魔理沙の最終決戦で地形の変わった霧の湖であるが、そこに住まう妖精たちによって、一日も経たずに修復されている。さらに、第二ステージで建設されたアトラクションは、彼女たちのいい遊び場になっているということだ。
――それは、誰も損をしない、夏の一日。
「たまにはこんな一日もいいと思わない? アリス」
「ずぇったい思いません」
晴れやかな笑顔の咲夜に、アリスは顔を引きつらせて、全力でそれを否定したのだった。
「お嬢様。大きな声を出すと余計に暑いと思いますよ」
「大きな声を出さなくても暑いものは暑いわよ! 咲夜、家の中を涼しくして!」
「これでも冷房がついています」
すました顔で言うのは、紅の館のメイド長、十六夜咲夜。
その前で、忙しなく羽ぱたぱた動かして怒っているのが、当の館の館主こと紅のミニマスコット、レミリア・スカーレットである。
昨今の幻想郷は、とりあえず暑い。
毎日暑い。
ひたすら暑い。
夜中でも気温がなかなか下がらず、窓を開けて寝ないと寝苦しくてかなわないほどに暑い。
逆に言えば、窓さえ開ければ、夕方以降は割りと過ごしやすいのが幻想郷のいいところだ。
「もっと景気よく冷やしなさいよ!」
「そう仰られても困ります。
何せ、パチュリー様曰く、『冷却系の触媒を用意するのに、この季節はお金がかかって大変』だそうで。
館全体を景気よく冷やしてしまうと、光熱費が跳ね上がってしまって」
「それくらいのお金あるでしょ!」
「ないのです」
「へ?」
「実は先日、珍しく、幻想郷株式市場における投資に失敗してしまいまして、これ、この通り」
「真っ赤じゃない!」
どこからか取り出される貸借対照表に、巨額の赤字が計上されているその図に、さすがのレミリアも目を丸くする。
「まさか、これまでド安定株だった幻想郷銀行であのような巨額の不正取引事件が発覚するとは誰も思っていなくて。
あれよあれよという間に株価が連日のストップ安」
「あー。何かそんなのあったわね」
「頭取及び不正事件に関わった取締役及び店長の引責辞任と懲罰的賠償で事件は終わりましたが、その一件を機会に市場も混乱しておりまして。
先日、四季映姫さまとお話をさせていただく機会があったのですが、借金を苦に自殺されたと思われる方の裁判が非常に増えているとか」
「……何気に一大事だったのね」
「ですが、ご安心ください、お嬢様。
紅魔館としては、次の安定株を見つけて投資先を変更しております。黒字が上がるのは次の四半期決済後となってしまいますが、この赤字もすぐに回収可能です」
「じゃあ、冷やしてよ」
「ですが今は赤字ですので」
現ナマがないんだから我慢しろ、と咲夜は言った。
仕方なく、レミリアは、咲夜から渡されたうちわをぱたぱたする。
「こう暑くっちゃやる気が出ないわ」
「でしたら、フランドール様のように、この素晴らしい青空の下、元気に遊びまわるというのはいかがでしょうか」
「吸血鬼に『死ね』って言ってるようなもんよね、それ」
「日焼け止めクリームあれば大丈夫ですよ」
「マジで!?」
ちなみに、そのくだんの『フランドール様』は、毎日、気持ちよく晴れ渡る青空の下、お友達と一緒に元気いっぱい、遊び回っている。
レミリアと同じく『吸血鬼』であるはずの彼女であるが、まぁ、日傘一本あればどうにかなる程度の吸血鬼なのでさしたる問題ではないのだ。
「……暑いわ」
「そうですね」
「あんた、澄ました顔してるわね」
「紅魔館のメイドたるもの、暑さに負けてだらけるようでは失格です」
「……う~」
だからしゃきっとしろ、と言外に言われて、お嬢様はふてくされた。
ふてくされたまま、唐突に、ぴょこん、と羽を上下に動かす。
「いいこと考えたわ!」
「そうですか」
「興味を持ちなさいよ!」
「いえ、お嬢様のことですから、またろくでもないこと考えて、とかは思ってませんよ、全然」
「思いっきり口に出してるじゃない!」
それはいいからともかく聞け、とレミリアは言う。
咲夜は、『やれやれ』と内心で思いつつも、彼女の話に耳を傾けるのであった。
「……優勝商品は『黄金スイカ』……か」
「霊夢さん。何です、その『黄金スイカ』って」
「それは私が答えよう!」
「な、何だって――――っ!? 知っているのか、魔理沙――――っ!」
「何、早苗のあのノリ」
「また何かの漫画でしょ」
じわじわじりじり、熱気の立ち込める博麗神社の境内にて。
縁側で、やたらけばけばしい色合いのチラシを眺めていた、神社の主、博麗霊夢は、唐突に始まった何かよくわからん演劇を横目で見ながら、尋ねてきたアリス・マーガトロイドに答える。
「……アリス、その格好、涼しそうね」
「色合いを変えるだけで、普段の服装も、だいぶ印象が変わるでしょ?」
「少女趣味なワンピースだなとは思うけど」
「いいじゃない。たまには」
「そういうの、魔理沙に似合いそうな気がする」
「そうね」
ノースリーブで、背中を少し広めに開けてある空色のワンピース。恐らく、それは彼女の手縫いなのだろう。
アリスの印象よりも、だいぶ幼く見えるその服装は、なるほど、頭に『大往生』と書いてポーズとってるモノクロ魔法使いにこそよく似合うかもしれない。
「黄金スイカとは!
幻想郷の、ひと夏の思い出にと作られる、超高級スイカのことだ!
一個で蔵が一つ建つ! それくらいに高い! そして作るのがとても難しくて、作っている農家は、人里四丁目の三郎さんだけという、まさに一子相伝の奥義!」
「あ、その方、知ってます。背の高い、肩幅の広い、がっしりした体格の人ですよね?
なかなかかっこいい人だったな~、って」
「そうそう。あの見た目のおかげで、かなり人里でもモテる方なんだが、本人は心に決めた人がいるらしい」
「へぇ~。
そっちの話も詳しく」
「いや、私も詳しくは知らないんだが……」
と、話はその『三郎さん』の恋の話へ。
秋はまだまだ先ではあるが、女の子としては、そっちの話には常に敏感なものなのだ。
「……マジで出てくるのかしら、黄金スイカ」
「幽香も『もし、もらえるのなら、絶対に欲しい』って言ってたわね」
「それ使ってケーキとか作るの?」
「そうなのよ。
スイカなんて水分が多いから、スポンジとかに水を含ませちゃって食べられたもんじゃないと思ったんだけど、これがまた意外や意外。うまいこと、スイカを使ったフルーツケーキ、作るのよねぇ」
「へぇ」
どうやってるのかしら、と腕組みするアリスに、『腕のいいコックは違うもんだ』と霊夢は無意味に納得する。
「じゃあ、アリスも出るの? この『夏の水辺バトル大会』」
「いやよ。体を壊しそうだもの」
さて。
紅魔館から幻想郷各地に向かって配布されたのは、レミリア・スカーレット主宰の『夏の水辺バトル大会』のお誘いであった。
参加者には必ず、参加賞が与えられるということで、これを配布しに来た天狗曰く、『紅魔館のアイスクリームは美味しいから、結構、参加希望者いましたよ』とのことである。
ちなみに、協賛先には人里の偉いさんの名前だったり、霊夢たちが知っている施設の名前が書かれていたりと、紅魔館単体で開催するわけではないようだ。にも拘わらず、『主宰:レミリア・スカーレット』なのは、相変わらずというか。
「ふーん」
「霊夢さんは出ますよね?」
「いや、私は別に……」
「お前、黄金スイカ以外に、賞金つくんだぞ」
「いくら?」
「これくらい」
「……うーむ」
モノクロ魔法使い、霧雨魔理沙が示したのは、なかなかの金額。
博麗神社の月の収入で比較すると、向こう5年分位の金額になる。
なお、魔理沙と一緒に騒いでいた、東風谷早苗がおわす神社の場合、その金額は神社の月収にも満たないのであるが。
「……早苗は?」
「もちろん出ます!」
がっ、とガッツポーズ。
それに何の意味があるか、霊夢は問い尋ねたくなったが、とりあえずやめておいた。何か余計なこと聞かされそうだし、と。
「お祭りごとには積極的に参加するべきだと思うんです」
「あなたは物好きね。私は理解できないわ」
「アリスはほんと、鬱陶しい性格だよなー。
みんなで騒いで盛り上げる、その気概がわからんのかねぇ」
「ええ、おあいにく様。
バカ騒ぎは嫌いなの」
「霊夢さんは……」
「んー……まぁ、どうせこの時期は暇だし……」
「お前、この前、雨乞いの依頼が来たとか言ってたな」
「最近は、あれ以来、充分に雨も降ってるし」
「なるほど」
「そもそも自然の営みを、たとえ博麗の巫女とはいえ、人間がどうこうしようとするなんておこがましいのよ」
よし、と霊夢は膝を叩く。
「参加しましょ」
「やった。
じゃあ、霊夢さん、わたしとチーム組みましょうね」
「おーい、アリス~。私とペア組んで出場しようぜ~」
「やーよ。
どうせなら、この場に、幽香と一緒に店出して、露店で稼ぐほうに注力するわ」
「ちぇー。
じゃ、いいよ。お前なんてもう誘わないから。あっかんべー」
と、子供みたいなやりとりの後、魔理沙はひょいと箒にまたがって、どこかへ飛んでいってしまった。
早苗が「参加してあげればいいのに」と苦笑するのだが、アリスはにべもない。
「……ま、たまにはね」
そんなやり取りを横目で眺めつつ、羽目を外すのもいいか、と肩をすくめる巫女であったという。
――そして。
「……何で水着なんだろう」
「夏ですし」
「いやまぁ、そりゃそうだけど」
大会当日、紅魔館すぐ近くの霧の湖に集まった参加者の数はかなりのものであった。
わいわい騒ぐ彼らを目当てに出店も多数出ており、確かに、共に店を経営するアリスと風見幽香の姿もそこにある。
霊夢と早苗は、共に参加者番号の書かれた水着に身を包み、夏の日差しを受けている。
「……」
「何ですか?」
「……くそ」
呻く霊夢。
彼女の衣装はワンピースの水着。もちろん、早苗が選んだものだ。
彼女のスレンダーな体のラインが出るように、少しフィット感の高いものが選ばれている。なお、ポイントは『このハイレグの角度がいい!』(東風谷早苗談)とのことである。
一方の早苗は当然のごとく、露出度高めのツーピースビキニ。
色々でかい。圧倒的なまでに。
霊夢の視線は早苗の胸元から続く体のラインを沿っていき、自分にそれが戻ってため息をつく。
同じ女とはいえ、色々、違いは出るものである。
「霊夢さん、いいですか?」
そんな霊夢の視線とジェラシーを理解したのか、早苗が霊夢の肩を抱く。
「世の中、色んな女性がいるんです。
でかけりゃいいってもんじゃないんです! 霊夢さんの方がいいっていう人も一杯いるんです!
というか、霊夢さんには霊夢さんのよさがあるんです!
それを理解せずに、ただ、自分のスタイルを卑下することはよくありません! わかりますか!?」
回りでぱしゃぱしゃシャッター切りまくってる野郎どもが『そうだ!』『その通りだ!』『霊夢さんのうなじから肩のラインの素晴らしさにかなう女性などいない!』などと吼えている。
「……えーっと。
あのさ、早苗。言ってることはわかるし、言いたいこともわかるんだけど……。
……いやみだから、それ」
「違います!」
顔を引きつらせる霊夢の肩に、早苗の指がぎりぎり食い込む。
霊夢は悲鳴を上げて『痛い痛い痛い! 折れる! 折れるから!?』と抗議するのだが、
「世の中、水着はでかいほうが見栄えがいいとかいう人はいます! いますが、彼らは女性の何たるかをわかってない! わたしにしてみれば、それこそ初歩の初歩! いや、この世界に入門することすら出来てないっ!
慎ましやかで何が悪い!? この見事な体のラインに萌えを感じない奴はわたしに蹴られて地獄に落ちろ!
いいですか、霊夢さん! バランスとは! そして、均整の取れた美とは! 萌えの何たるかを理解してない奴らには、一生、理解できない素晴らしさなのです!」
早苗の声のでけぇこと。
そして、握力のすさまじさと言ったら。
霊夢は『わかった! わかったからやめて許してお願い!』と泣いて懇願するほどの勢いであったという。
「お前ら、何騒いでんだよ」
「なにしてるのー?」
「あら、魔理沙さん……と、フランちゃん?」
「おう! 今度の私のパートナーはフランだ! 私たちが優勝だ! な、フラン!」
「うん! フラン、ゆーしょーする!」
『優勝』の意味などわかってないだろうフランドール・スカーレットが、ちっちゃな拳を突き上げる。
ちなみに、彼女の後ろには、彼女つきのメイドが日傘を持って立っている。そして、『ようじょの水着姿だと!? カメラを! カメラをよこせぃ!』という連中を視線で牽制していた。
なお、そういう不届きものは『幻想郷紳士淑女同盟』によって、その場から蹴り出されているのは言うまでもない。
「魔理沙さん、かわいい水着ですね」
「だろ? 私のセンスも捨てたもんじゃない」
彼女のそれは、パレオつきのツーピース。
早苗のものより露出は控えめだが、その分、健康的なかわいらしさが伝わってくる。
フランドールも、似たようなワンピースの衣装。こちらもこちらでとてもかわいらしい。
「正々堂々、頑張りましょう」
「任せておけ」
ふっふっふ、と不敵に笑う魔理沙が早苗と手を握り合う。
それを眺めていたフランドールが『フランもやりたい!』と、笑顔で霊夢に手を差し出してきた。
霊夢は小さく笑って、『はいはい』とそれに応じてやる。子供好きというわけではないが、子供には甘い博麗の巫女である。
「お、始まるみたいだな。
んじゃ、霊夢、早苗! これから私とお前たちは敵同士だ! 覚悟しろよ!」
「かくごしろー!」
「かかってきなさい! ね? 霊夢さん」
「あー、まぁ、うん。適当にやりましょ」
両雄、互いに宣言をして、その場を離れていく。
会場に鳴り響くブザー。そして、『主宰者の挨拶』ということで、台の上にちまちまよじよじ登ってくるレミリア・スカーレット。
その、何かよくある光景が相変わらずの騒ぎの始まりとなるのであった。
――STAGE 1――
『それでは、参加者の皆様。第一ステージ、「我慢大会」の会場へご案内いたします』
湖のほとりに集められた参加者に対して、アナウンスするメイド。
彼女に連れられる形で、一同は、ぞろぞろとその場を移動していく。
そして――、
『こちらが会場になります』
と、示されたのは、洞窟だった。
一同の頭の上に『?』マークが浮かぶ。
夏場の我慢大会。
――とくれば、すぐに思い浮かぶのが『暑さ我慢』である。
炎天下の日差しの下、どてら着こんでストーブ浴びつつ鍋焼きうどんすする――それがすぐに思い浮かぶというのに、その会場は『洞窟』なのだという。
少し近づいてみると、中からはひんやりと冷気が漂ってくる。
やはり一同、疑問の晴れないまま、メイドが先に立って中へと進んでいき、その『会場』で足を止める。
「では、こちらで、『寒さ我慢』大会を開催させて頂きます」
一同、沈黙。
洞窟の中は、どうやら氷室として使われているらしく、くっそ寒かった。
誰かが使っている場所であるのか、壁にかかっている温度計はマイナスを示している。
その証拠に、洞窟の天井にはツララ、足下には逆さツララという徹底振り。地面はもちろん凍っている。
すでにメイド達がそこにスタンバっており、氷で出来た椅子が、参加者分だけ用意されている。
「……えーっと」
寒さに震える霊夢は隣の早苗を見る。早苗の表情は、比ゆではなく、凍り付いていた。
まさかこんな変則的な攻撃仕掛けてくるとは思っていなかったのだろう。
「なお、今回の大会はペア制です。我慢大会へのご参加は、ペアのうち、どちらかのご参加で構いません。
制限時間内でギブアップせず、耐え切ったチームが第二ステージに進めるようになっております」
そこで始まる『押し付け合い』。
カップルで参加しているものも数多く、『あなたがやりなさいよ』『お前が誘ったんだろ』の責任の擦り付け合いがあちこちで発生している。
恐らく、明日のカップル崩壊数は幻想郷の歴史に残る数となるだろう。
「……私がやる」
「霊夢さん、いいですよ! わたしが……!」
「いい。早苗は外で待ってて」
ここで、霊夢が男……ではなく、女を見せた。
愛しいあの子に無茶なんてさせられない――誰かを『愛した』責任を、その両肩に背負って勝負に向かう霊夢の背中は、実に男……ではなく、女らしかった。
「……まりさ」
「ふふふ……。フランに無茶させるわけには……いかないだろ?」
そしてここでもイケメン……ではなく、イケウーメンが一人。
『みんなと楽しく遊べる』とはしゃぐ少女に、このような過酷な試練を課すのは、何か色々ダメな気がしたのだろう。
魔理沙はにやりと笑い、霊夢を見る。
霊夢も不敵な笑みを返し、そして――、
「こちらになります」
案内された、凍結した椅子の前で固まる。
どうしよう。
やっぱ座らないとダメだよね、これ。
二人そろって、お互いの顔を見た後、『ええい、ままよ!』と椅子の上に腰を下ろす。
水着の尻から、そして太ももから伝わる強烈な冷気。
思わず飛び上がりそうになる二人を、『そうはさせん』とメイドがすかさず、その足を椅子へとくくりつけた。
「あんたらねぇ!?」
抗議する霊夢など何のその。
メイドは、さらに『こちらが追加装備です』と、氷で出来たベストらしきものを二人にかぶせる。
激痛。
もはや、『冷たい』『寒い』などという感情は生易しい。
痛いのだ。
とんでもなく。
肌を鋭い針でぐっさり、全身余すところなく突き刺されたような痛みに、さすがの霊夢と魔理沙も悲鳴を上げる。
「……まりさ、だいじょうぶかな?」
「大丈夫です、フランドール様。霧雨さまは、フランドール様のために、必ずや勝利をもぎとります」
それを不安そうな眼差しで見ていたフランドールは、おつきのメイドの、全く根拠のない励ましに『うん、そうだね!』と笑顔になる。純粋って憎い。色々と。
「霊夢さん……!」
早苗は、そして、この時、霊夢の身を案じると共に、改めて彼女への愛を各個たるものとしていた。
基本、寒さに対しては、女性の方が強い。
それは言うまでもなく、体についている脂肪のためだ。
そして、ふくよかな体型である彼女の方が、スレンダーの霊夢よりも寒さには強い。
故に、『勝つ』ためならば、霊夢よりも早苗のほうが適している。
霊夢もそれは理解しているだろう。
勝つためには、非情にならなければならないということを。
だが、霊夢は、それでも己を死地にさらすことを望んだのだ。
全ては、『早苗に無理をさせられない』という想い故に。
誠に美しい、愛の姿であった。
「どうぞ、紅魔館特製スペシャルチョコレートパフェでございます」
『殺す気かお前ら!?』
だが、メイド達は容赦ない。
霊夢と魔理沙の男気……ではなく、女気に感化された者達が、次々に戦場へと向かっていく。
そんな彼らをふるい落とさんと、メイド達は攻撃してくる。
出されたスペシャルチョコレートパフェは、もんのすごくおいしそうだった。
チョコレートと生クリームとカスタードクリームと、もう何か色んな『女性のつぼをつく』甘いものがてんこ盛りであった。
こんな環境でなければ、霊夢と魔理沙も、喜んでそれを手に取っただろう。
だが、全身を外部から冷気で冷やされているのに加えて、こんなもの食ったら体の芯から凍りつく。
しかし、食べなくてはいけない。そうでなくては勝てない。
震える両手で器を手に取る。
器も凍っていた。
スプーンを手に取る。
ご丁寧に、スプーンも氷で作られている。
そして、意を決して、二人はパフェを口にする。
『……あ、これ、死ぬかも……』
と、二人そろって、その瞬間、思ったという。
「10分経過」
我慢大会の『我慢時間』は20分であるらしい。
半分の時間が経過した時点で、すでに参加者は当初の10分の1にまで減っていた。
全身、しもやけで担ぎ出されていく参加者たち――なお、全員、永遠亭にて即時治療が確約されている――。
それらを眺めながら、メイド達の冷酷な言葉が響き渡る。
「扇風機をお持ちしました」
霊夢と魔理沙は、目を見開き、顔を引きつらせた。
もはや、声が口から出てこない。
全身が冷やされ、震えが止まらない。生き物にとって重要な内臓を守るために、末端の感覚がすでにない。
そんな彼女たちめがけて、容赦なく、強烈な冷風が浴びせられる。
風は氷を直撃し、生き物の肌に熱を奪われ、解け始めていくそれを、容赦なくなぶる。
全身に水を纏っているような霊夢たち。
そんな状態の生き物に、凍りついたこの空間で、風などぶち当てようものならどうなるか。
「……阿鼻叫喚の地獄絵図とは、まさにこのことね」
灼熱の炎天下で、並ぶ客に冷菓子だのを売っているアリスはつぶやいた。
第一会場の映像は『もにたぁ』というもので、このメイン会場へと中継されている。
その様を見て、アリスは心底、思った。
――参加しなくてよかった、と。
「終了です」
……長かった。
永遠に続くと思われた、地獄の冷気責めが、今、終わりを告げた。
すでに手足は動かない。
心臓すら、もしかしたら、動いていないのではないだろうか。
凍りついた体。
停止した意識。
そんな彼女たちの体を、暖かな肌が包み込む。
「霊夢さん……! わたしを守って……!」
「……早苗、私……頑張ったよ……。勝ったんだよ……」
「はい! お見事です!」
涙を目からあふれさせ、早苗は、儚い笑顔を浮かべる霊夢を賞賛する。
一方の魔理沙も、自分に飛びついてきたフランドールを、何とか受け止めるくらいのことは出来ていた。
立つことすら出来ない彼女たちに肩を貸して、一同は洞窟の外へと出てくる。
肌を刺す熱。光。それが、今は、とても心地よい。
――太陽さん、せみさん、私、生き残ったんだよ! 今、私、生きているんだよ!
幻想郷の青空を見上げる霊夢と魔理沙と、生き残った参加者の瞳には、この時、確かに『生』に対する喜びの涙があふれていたのだった。
「思ったより減りませんでしたね」
「……ここまでしろって言ってないんだけど」
「残念」
そして主宰者席では、主宰者のレミリアが顔を引きつらせていた。
その隣では、今回の仕掛け人というか主犯格の十六夜咲夜が、『意外ですね』と冷静な瞳で『もにたぁ』を眺めている。
彼女は、この我慢大会で、参加者の99%を蹴り落とすつもりだった。
しかし、残ったのは、ざっと見て8%ほど。蹴り落とせたのはわずか92%ということになる。
人間も妖も、やる気になれば何でもできるというのは、あながち間違ってないということを示す結果となっていた。
「まぁ、次ですね、次」
そして彼女はひたすら容赦なかった。
生き残った戦士たちを讃えることすらせず、ただ淡々と、次なる『戦場』を提供する。
それを眺めるレミリアは、『……こいつを紅魔館に招き入れたの、間違いだったかもしれない』と、いまさらながらに己の判断を後悔し始めていたという。
――STAGE 2――
「次のステージは『湖渡り』でございます」
「湖渡り?」
生き残った参加者の中で、全身凍傷で永遠亭に担ぎ込まれたものを除き、何とかかんとか命を維持することに成功した参加者たちが、次なる死地へと向かう。
メイドが案内するのは湖のほとり。後ろのほうからは、メイン会場の喧騒が聞こえてくる。
「こちらです」
「わー、たのしそう!」
フランドールが目をきらきらさせて声を上げる。
湖を使ったアトラクションが、そこには建設されていた。一体いつのまに作ったのかと思われるほど、それはそれは規模の大きな見事なものである。
段差のあるポールのような足場、水車のように回転する足場、風車のごとくぐるぐる回っている足場など。
それを見た早苗の頭に、即座に『風○た○し城』という単語が思い浮かんだが、それはさておこう。
「これを渡って、湖の対岸まで渡っていただきます。
渡っていただく際のタイムスコアで順位が決定します」
「よーし! フラン、がんばる! まりさ、みててね!」
「おう、頑張れよ!」
どういう理屈か、全身しもやけ程度ですんだ魔理沙が、今はだいぶ回復した様子でフランドールを応援する。
ちなみに、早苗と一緒の霊夢は、いまだ、手足の感覚が戻らないらしく、永遠亭のうさぎ達から治療を受けている始末である。
「……ここはわたしが」
早苗が目の中に火を燃やした。
霊夢が頑張ってくれたおかげで、今、自分は第二ステージに進めたのだ。
ここで、彼女に報いなければ女が廃るではないか。
その確固たる決意と覚悟が、彼女の全身を燃え上がらせていた。
「では、一度に4名まで同時スタートできます。
順番にどうぞ」
「フラン、いちばーん!」
メイドの言葉に、フランドールがスタートラインに並んだ。その隣に早苗、その隣と隣にモブAとBという具合である。
メイドのかざした銃(どう見ても本物)が空を向き、ぱーん、と火薬が鳴る。
一同はスタートラインから飛び出し、湖へ。
「あ、飛ぶのは禁止です」
遅れた言葉が後ろから。
早苗はまず、一番手前の赤い足場に飛び乗り、続いて、右の足場へとジャンプする。
「ちっ」
ぐらぐらと、足場が揺れる。
この足場は支柱を擁さず、ただ水面に浮いているだけのようだ。
「よっ、とっ、はっ!」
フランドールは身軽に次々に足場を渡っていく。
小柄な子供が、この時ばかりは羨ましい、と早苗は思った。
少し崩したバランスを即座に立て直し、次の足場へ。
フランドールを追いかけて、四つ目の足場を蹴り、少し高くなった五つ目の足場へ飛び乗る。
「はっ」
さらに、背が高くなる六段目の足場へ。
ジャンプして両手をつくと同時に腕の力だけで体を引き上げ、その場に倒立し、くるりと体を半回転させて足場に着地する。
「……早苗、えらい身軽だな」
「体育の成績は、ずっと『5』だった、って言ってたわ」
「……へぇ」
その様に、魔理沙と霊夢は驚き、見入る。
一方のフランドールはぴょんこぴょんこと足場を飛び移り、次のステージに差し掛かる。
「ぐるーんぐるーん……」
三段になった、横に長い棒のようなものが回転している。
足場は平坦に続き、そこを走って移動できるようになっているが、その回転する棒が移動を邪魔するという寸法だ。
「とーう!」
フランドールが走った。
一段目の、足払いをかけてくる棒を身軽にかわし、二段目と三段目は身を低くしてよける。
小柄な彼女が相手をするのは、実質的に、一段目だけ。それを見抜いたのだ。
「あはは、たのしい、たのしい!」
四足でぱたぱたかわいらしく駆けて行くフランドール。
その中継映像を見て、複数の紳士淑女がその場を『愛』という鮮血に染めて散って行った。
「遅れたわ」
フランドールが回転棒を抜けたところで、早苗がそこに辿り着く。
「一つ、二つ、三つ……。いくつも回転してないだけマシか」
長い通路はおよそ20メートルかその程度。
そこを蹂躙する回転棒に、早苗は挑みかかる。
一段目の攻撃をジャンプでかわし、二段目の攻撃を地面を転がって回避する。
立ち上がろうとした瞬間、頭を狙ってくる一撃を、ぎりぎりのところでよけて、さらに足下に迫ってくる一段目の棒を、四つんばいの姿勢で飛び跳ねてよける。
地面を転がって移動し、立ち上がる動作と共にやってくる二段目と三段目の棒の間を、前方に頭から飛び込むことでよけて、無事、通路を突破。立ち上がる。
「……すげぇ」
「……うん」
下手な武術家よりも見事な体さばき。霊夢と魔理沙も、感心と共に少し呆れてしまう。
「次は……」
上下に動く足場が、その先に三つ、続いている。
フランドールは二つ目の足場でバランスを崩したようで、落ちないようにぎゅっと、そこにしがみついて態勢を立て直そうとしていた。
――彼女の邪魔は出来ない。
彼女は蹴落とすべきライバルであるが、純粋に、この『催し』を楽しんでいる子供なのだ。
そんな子供に辛らつなことが出来るほど、早苗は人間、達していなかった。
「テンポは……ああ、三つ全部で違うのね」
一番目の足場は上下にゆっくり、二番目は激しく、三番目は、妙なリズムを刻んで上下を繰り返す。
これは厄介そうだ、と腕組みする彼女。
ちょうどその時、後ろでモブAとBが回転棒に薙ぎ払われ、『ひらめ!』、『ちぃ……ぶわぁ~!』という悲鳴と共に湖に向かって落ちていく。当然、『失格』が告げられた。
フランドールが、ふらふらしながら立ち上がる。
おつきのメイドから『頑張ってください』と声をかけられているのだろう。
うん、とうなずき、『えいやっ』と三つ目の足場に飛び乗る彼女。そのまま、勢いを殺さず、反対側に着地する。
「よし」
フランドールが抜けたことで、早苗も続く。
一つ目の足場が、今いる足場とほぼ同じ高さに来るタイミングを見計らってジャンプ。着地。
すぐさま、前方に目を向ける。
体を低くし、重心を低く保つことでバランスを維持しながら、高速で上下する足場をじっと見据える。
「――よし!」
足場が下がりきる、その一瞬前。
宙に身を躍らせる早苗。
足場はそのまま水面に向かって下がっていき、一瞬、停止する。その瞬間、早苗は足場の上に着地した。
最も、足場が安定する瞬間――それを見切っての行動だ。
『もにたぁ』を見ていた観客たちから『おおーっ!』という驚きの声が上がる。
あとは、上って行く足場の上からタイミングを見計らい、変なリズムでがたがた動く足場を飛び越し、反対側へと着地する。
「次ね」
次の足場は船になっている。
平らな足場が平坦に続き、しかし、それは厚さを持たず、水の上に、まさしく紙一重で浮いている。
フランドールは足場の上でバランスを崩し、慌てて、四つんばいのまま、ばしゃばしゃと急いで反対側へと渡ろうとしている。
早苗は彼女から離れた場所へと飛び乗ると、一気に、水の上を突っ走る。
これぞ、彼女が信仰する神、『洩矢諏訪子』直伝、『水の上を沈まずに歩く方法』である。
方法は簡単、左足を水の上に乗せ、左足が沈まないうちに右足を前に出し、今度は右足が沈まないうちに左足を前に出すだけだ。さあ、みんなもやってみよう。
「たっ!」
水面にわずかに浮かぶ足場を踏み切り台として飛び上がり、反対側の、安定した足場へと着地する。
「フランドールちゃん、ほら」
「ありがとう!」
何とかかんとか渡りきった彼女に手を貸して、よいしょ、と引っ張り上げてやる。
フランドールは嬉しそうににっこり笑い、ぴょんこぴょんことジャンプして嬉しさを表現する。
その、微笑ましい彼女たちの後ろで『げぶごぼがぼがぼ……』と砕け散ったモブAとBの後に続いて走ってきた、モブCとDが水の中に沈んでいく光景があった。
それを無視して、早苗とフランドールは走る。
「……これは?」
左右に壁が立ち並ぶ、一直線の通路。足下の足場はしっかりしている。
早苗が足を止める。フランドールは関係なく、スキップするような足取りでその通路を進んでいく。
次の瞬間、
「わっ!?」
いきなり、左の壁が開いて、でっけぇ手のようなものが突き出されてきた。
慌てて、フランドールは頭を抱えるようにして身を低くする。
奇しくも放たれたスカーレット秘奥義『カリスマガード』に、さらに大量の紳士淑女が愛ゆえに散っていく。
「フランドール様、お気をつけて」
「う、うん。びっくりした……」
がこん、がこん、とツッパリのようにでっけぇ手が壁の中から出たり入ったりを繰り返す。
フランドールが前にいってくれたことで、仕掛けを理解した早苗は、ツッパリの手の出るタイミングを見計らいながら前へと進んでいく。
ずいぶん楽な仕掛けだな――そう思った瞬間、がこんと足下の一部が開いて、そこからアッパーカットのごとくでっけぇ手が放たれる。
「ひゃっ!?」
身をそらしてそれをよける彼女。
しかし、その体から前方に激しく自己主張する柔らかな二つの膨らみが、それにカスった。
次の瞬間、『もにたぁ』を眺める、主に野郎どもが『ひゃっはぁぁぁぁぁーっ!』と歓喜の声を上げる。
彼女の胸元を覆う布が外れ、見事な山脈が幻想郷の前に露になる。
即座に霊夢は後ろを振り返り、全身全霊をかけた究極の夢想封印を会場めがけて解き放つ。
会場そのものが吹き飛び、クレーター化するほどの破壊力のそれを受けて、観客のおよそ9割がピチュっていく。
だが、ルナシューターの領域を極めた観客は『甘い! そんなものパターン化でよけられるわ!』と回避する。
ちぃっ、と霊夢は舌打ちした。
「……何か今、すごい爆音が響いたような……」
早苗は少しだけ身を丸め、胸元を左手で隠しながら後ろを振り返り、顔を引きつらせる。
ビキニの上は、むなしく、湖の上に浮かんでいる。あれを取りに行くということは敗北を示すことだ。
「仕方ない。ハンデと思って行きましょうか」
だが、ここで諦めるほど、早苗は情けない女ではなかった。
左手で胸元を隠し、執拗に、さらけ出されたそれを撮影しようとする天狗どもから髪の毛を使ってガードすることで鉄壁防御を展開しつつ、ツッパリゾーンを進んでいく。
「ちぃっ! ダメだ! 撮影出来ない!」
「隊長! もう無理です、撤退の許可を!」
「諦めるな! お前たちならできる! 頑張れ!」
「お前たちが最後の希望だ! 頼むぞ、勇者!」
「……おい、聴いたか?」
「へへっ……。そうだな……。
聞いたさ……。久々に、魂が揺さぶられたぜ……!」
「行くぞ、お前ら! この程度の障害、我らの力をもってすれば必ずや突破できる!」
『応!』
撮影班の天狗どもの魂にも火がついた。
カメラを構えて早苗に殺到する彼らの前に、鬼神のごときオーラを背負った、一人の巫女が立ちふさがる。
「一人残らず、結界の隙間に逆落とししてあげるわ」
――霊夢であった。
先の凍結地獄にて受けた傷は癒え、今や完全なる……いや、完全を越えた、究極の巫女(アルティメット・シュライン)へと進化した彼女が、幻想郷でも指折りの実力者たる天狗たちを撃破していく。
その戦闘力はすさまじく、鬼神……いや、文字通り『鬼』と化した実力であった。
「よいしょ、よいしょ……」
そんな後方の惨劇など露知らず、フランドールが、ぐるぐる回転する水車のような足場をよじよじと登っていき、『とうっ』と少し高くなった足場へと着地する。
遅れてきた早苗は、水車に設けられている足場を、どこぞの配管工のごとく軽快に飛び上がり、フランドールを追いかける。
「……足場がない?」
「あれー?」
辿り着いた先は、広がる湖だけであった。
少し先……およそ、10メートルほど先に『ゴール』の旗が見える。
だが、そこに続く足場はない。水の中に潜っているだけかと思ったが、そうでもない。
これは一体どういうことか? 首をかしげる二人に、フランドールつきのメイドが『それじゃないですか?』と指摘する。
「……」
足場の少し先、そこに、飛び込み台のように不自然に前方に飛び出した足場がある。
近寄って、つま先で押してみると、それはぐんとたわみ、反動を返してくる。
「……なるほどね」
早苗は不敵な笑みを浮かべると、足場を後ろに下がっていく。
ご丁寧に、その足場は、飛び込み台の後ろの方、およそ30メートル程度は距離が作られている。
早苗は、そこに立った。
そうして、胸元を覆う左手を外す。
さらけ出されるそれは、しかし、ちょうどよく吹いた風になびく、彼女の長髪に守られ、誰の目にも触れることはない。
『もにたぁ』を眺めるルナシューターどもが血涙し、意識をそれに割かれた瞬間、鬼と化した巫女の放つ『夢想封印――滅殺――』が着弾した。
巫女の背中に『天』の文字が浮かんだのを、その時、一人の天狗が見たというが、それが事実であるかは定かではない。夏の暑さが見せた、一瞬の幻であったのかもしれないのだから。
――話を戻そう。
早苗は、その場にクラウチングスタートのポジションを取る。
大きく息を吸い込み、かっと目を見開き、「スタート!」と叫んだ。
一歩、一歩、一歩。
踏み込むごとに加速した彼女は、踏み込み台の先端――最も反動の強くなる点で踏み切り、宙を飛ぶ。
「ぎり……ぎりぃっ!」
ゴールの前に置かれた、大きなクッションの上に、早苗は着地した。
そして、そのまま、ゴールをくぐる。
待機していたメイドが近寄ってきて、「回収しておきました」と彼女の水着を早苗へと手渡す。
そうして、告げられるタイム。
ふぅ、と早苗は息をつき、たまたま、その場に撮影に来ていた天狗に向かって『ぶいっ!』と指を二本、突き出した。
「よーし、フランもまけないぞー!」
フランドールも早苗に倣って、ぽーん、と飛び込み台から宙を飛ぶ。
彼女は、しかし、少し飛距離が足りずに早苗よりもかなり手前に落下してしまう。
すかさず、クッションが運ばれると同時、彼女つきのメイドがフランドールの体を優しく抱きとめ、クッションの上にふぅわりと着地した。
「ありがとう!」
にぱっと笑ったフランドールが、そのまま、とてとてぱたぱたとゴールをくぐる。
「やったね」
「うん!」
やったやった、とぴょんこぴょんこ飛び跳ねるフランドール。
その彼女の頭を優しくなでて、早苗は笑う。
無事、終了した第二ステージ。この仕掛けは、案外悪くなかったな、と早苗は微笑むのであった。
――STAGE 3――
「最終ステージは、『爆裂ビーチバレーデスマッチ』です」
一同が最後に連れて行かれたステージは、湖のほとりの一角に作られたバレーコートであった。
複数のバレーコートが並ぶそこには、霊夢・早苗ペア、魔理沙・フランペアを含めておよそ10組ほどの参加者が集っている。
すでにメイン会場は霊夢の夢想封印で消滅していたが、それでも倒れぬ不屈の闘志の持ち主と、あとそもそも普通に観戦してるだけの観客の声が後ろから聞こえてくる。
「……ただのビーチバレーじゃない?」
立てられたネットと、地面に描かれたコート。
はいどうぞ、と渡されたバレーボール。
どれをとっても普通である。
しかし、案内役のメイドから告げられた言葉は物騒極まりない。
ともあれ、抽選ということでくじを引かされ、勝負のための組が決められていく。霊夢たちは第一コートだった。
コートの中に彼女たちと、モブEとFが入る。
そこで、メイド達から、この『システム』の詳細が説明される。
「ルールは簡単です。
このバレーコートには、お互いのエリアに無数の爆薬が埋められています。
このボールが起爆スイッチです。
ボールを相手のコートに落とし、相手を木っ端微塵に吹き飛ばした方が勝利となります」
『おらちょっと待てぇっ!』
しれっと言ってのけるメイドに、さすがに参加者全員からツッコミが入った。
しかし、メイドはそれをスルーして、手に持った『起爆スイッチ』を無人のコートに投げ込む。
次の瞬間、コートが爆裂し、真っ赤な炎と黒い煙を天に向かって噴き上げる。
どう考えても、『直撃=即死』の威力である。
恐れをなした参加者たちは逃げ出そうとする。だが、『じゃきぃん!』とかいう音と共にコートの四隅にポールが突き立ち、そこから電撃がバリアとなって展開される。当然、空にも、この電撃の結界が張り巡らされ、まさしく『生きるか死ぬか』しなければコートから逃げられないことが示される。
「……レミリアじゃないわね、これ考えたの」
「……絶対、咲夜さんですね」
顔を引きつらせる霊夢と早苗。
後ろを振り返った二人の視界に、ふとその時、ドヤ顔で胸張って『全員、仕留める』という意識に目を輝かせる咲夜の顔が映ったような、そんな気がした。
「……生き残るために相手を殺せ、か。
全く……やってくれるぜ」
「まりさ、まりさ! 早くあそぼ、あそぼ!」
ルールなどまるでわかってない(そして、この程度の爆発ではダメージを受けこそすれ、死ぬことのない)フランドールが目を輝かせ、魔理沙を急かしている。
魔理沙は――笑った。
「――ならば、生き残ればいい!」
鳴り響くホイッスル。
そして、放り込まれるボール。
己のコートに落とすまいと、相手がそれを拾い、全力で、魔理沙たちめがけてたたきつけてくる。
「フランドール! そいつを拾え!」
「うん! どうやって?」
「手で!」
「はーい!」
そもバレーのルールなどわかっていないフランドールが、魔理沙に言われる通り、飛んでくるボールを手で掴んで止めてしまった。
ぴぴーっ、とホイッスルが鳴り響き、メイドが「いいですか? フランドール様。バレーボールというのは――」とルールの講釈を始める。
「うん、わかった!」
ルールを理解したのか、フランドールは早速、「いくよー!」と構えを取った。
大きく、ボールを上に放り投げる。
そして、吸血鬼の身体能力をもって飛び上がり、地面に突き刺さるような、強烈なスパイク――そう、サーブではない。もはやスパイクなのだ――を相手のコートに向かって叩き込んだ。
その一撃に、モブ達が反応できるはずもない。
彼らの真横を『ずぎゃおおおおおっ!』とかいう轟音上げて飛んでいったボールは、そのまま相手のコートに『ずぐしゃああああ!』という音と共に突き刺さり、大地を抉り、巻き上げ、そして次の瞬間、爆裂する火薬が相手を粉微塵に吹っ飛ばす。
「よーし、よくやった、フラン!」
「よくやったー!」
にっこり笑顔で二人はハイタッチ。
天空高く巻き上げられた土砂と共に、黒焦げになったモブ達が落ちてきて、そのまま永遠亭に担ぎ込まれていく。
「……やっぱ、最後の敵はあいつらになりそうね」
「そうですね」
堅実に、霊夢と早苗は相手と戦っている。
放たれるスパイクを、身体能力に優れた早苗がまず拾い、身軽な霊夢が見事なトスを上げ、最後に、早苗が全身を鞭のようにしならせ、強烈な一発へと変換して相手のコートへと叩き込む。
相手はそれを拾うことが出来ず、次の瞬間、炎と閃光の向こうに消えた。
「まともに戦ったら、フランドールには勝てないわ」
「はい」
「……ならば、まともに戦わないようにすればいい。
幸い、これはポイント制じゃない。
相手を殺すか、こちらが死ぬかのデスマッチよ。要は生きてればいいのよ」
『このままだと、うちの布団がなくなりそうね』『仕方ないわよ、頑張りましょ』と永遠亭のうさぎ達が、戦場に散って行った戦士たちを担いで退場していく。
それを横目で眺めながら、霊夢は不敵な笑みを浮かべた。
早苗は、その笑みの意味がわかったのだろう、小さくうなずき、同じく口許に小さな笑みを浮かべる。
――勝負は滞りなく進んでいく。
反則的な戦闘力を持つフランドールを擁する魔理沙チームが次々に敵を蹴散らしていく。
それに負けじと、自らの身体能力それだけで戦う霊夢チームが、次から次へと敵を大地ごと灰塵に帰して。
そして、今。
「霊夢に早苗、ギブアップを宣言すれば、痛い目を見ずにすむぜ?」
「すむぜー」
「そっちこそ。黒オンリーになりたくなかったら、とっとと負けを宣言しなさい」
ついに両雄、激突す。
最初のサービスは霊夢チームから。
早苗が放つそれを、魔理沙が受け止め、大きく、高く、跳ね上げる。
「とーう!」
すっかり、この殺人バレーのルールを理解したらしいフランドールが上空に飛び上がり、強烈なスパイクを放ってくる。
「甘いっ!」
早苗がそれを拾い上げた。
スパイクの威力にそのまま吹き飛ばされそうになりながら、『ずしゃしゃしゃしゃっ!』と地面を滑って、なお、ボールを落とさずに、彼女は空へと跳ね上げる。
「ちっ。吸血鬼の攻撃なんて、食らえば骨折程度じゃすまないだろうにね」
魔理沙が舌打ちする。
よく見れば、霊夢と早苗の両手には光が点っている。
――あれは、結界だ。
打撃の威力を減殺する結界を張り、フランドールの攻撃の威力を減じているのだ。
逆に言えば、たかがスポーツのくせに人を殺しかねない吸血鬼の恐ろしさを、それは示しているとも言える。
「早苗!」
霊夢がトスを上げた。
その高さは非常に高く、普通の人間では、まず届くことはない。
すかさず、霊夢はその場に腰を落とすと構えを取る。早苗は彼女めがけて走り、飛んだ。
「フラン! 準備しろ! 来るぞ!」
「うん!」
飛んだ早苗の足を、霊夢が構えた両手で受け止める。
そして、全身全霊の力を込めて、彼女は早苗を上空に向かって放り投げる。
ちょうどその時、浮き上がったボールが頂点に達し、落下を始めた。
「通常の二倍の高さのジャンプと二倍の落下速度のボール、そして――!」
大きく体をしならせた早苗が、その一撃を放つ。
「通常の三倍のバネの力を利用して放つ、これが『12倍巫女スパイク』だぁーっ!」
2×2×3=12。とても簡単な計算である。物理法則? 幻想郷では常識に囚われてはいけないのである。
大きくしなった彼女の全身は、弓の弦のごとく引き絞られ、そしてそこにためこまれたエネルギーが、目の前のボールへと注がれる。放たれたスパイクは、もはや『スパイク』ではなく、『砲弾』であった。
それも、強烈な戦車砲のそれである。
それはすでに常人の認識の外へ行く、『バレーバトル』であった。
「甘いな、早苗! パワーにはパワーで対抗する!
砲撃には砲撃だぁーっ!」
魔理沙が両手にしたためた、緑色の弾丸が、飛んでくるボールに向かって放たれ、爆発した。
轟音と共にボールが再び宙を舞う。
魔理沙の攻撃で威力を殺されたボールは、そのまま、魔理沙たちのコートに向かって自由落下していく。
「よし、今なら――何ぃっ!?」
だが、次の瞬間、目をむくのは魔理沙だった。
霊夢が空を飛んでいる。
早苗を放り投げた後、彼女もまた、地面を蹴っていたのだ。
ボールはちょうど、彼女の目の前を通り過ぎていく。
にやりと笑う霊夢が振り上げたのは――その手に握るお祓い棒!
「でりゃぁぁぁぁぁぁっ!」
『スーパーイナズマ巫女スパイク』が放たれる。
加速するお祓い棒の先端は空気との摩擦で赤熱化し、想像を絶する破壊力をなす。そのエネルギーはロスすることなくボールへとつぎ込まれ、放たれる。
空気を切り裂き、うなる一撃は一直線に魔理沙の顔面に向かって進み、彼女は慌てて両手を構えて脇を締め、防御態勢をとる。
「フラン、任せるぞ!」
爆裂、轟音、そして爆風。
彼女の両腕に宿る防御用の魔力と干渉したボールは、爆裂と共に上空へと弾き返される。
魔理沙は勢いのまま、後ろに吹っ飛び、しかし、電撃バリアぎりぎりのところに着地する。
フランドールが空中へと舞い上がる。
「そーれっ!」
大きく振り上げた、その両腕で、彼女はボールを地面に向かって叩き落すように叩いた。
『どごぉぉぉぉぉむっ!』という列車砲のような爆音が響き渡る。
「せぇぇぇやぁぁぁぁっ!」
早苗が構えた左手に展開する結界の盾が、そのボールを90度ベクトルを変換して弾き飛ばした。
すかさず空を舞う霊夢が「スパイク・オブ・夢想封印ーっ!」と夢想封印の全破壊力を右手に乗せ、それを使ったスパイクを解き放つ。
七色に輝く弾丸は途中で無数に分裂し、魔理沙のいるコートへと降り注ぐ。
「甘いぜ、霊夢!
お前の夢想封印の弱点、それはぁっ!」
魔理沙の視線を受けて、フランドールはうなずいた。
次の瞬間、彼女の姿は四つに分かれ、それぞれが鋭く動き、全てのボールをブロックする。
「威力が分散することで、一発一発の破壊力が落ちることだぁっ!」
そして、最後の一発を、彼女――魔理沙が弾き返す『フィフスオブアカインドブロック』。
見事に弾き返されたボールは、鋭い角度で、霊夢たちのコートへ落ちていく。
未だ、宙にいる霊夢に、地面の上の早苗のフォローは出来ない。
――やったか!?
誰もがそう思った次の瞬間、早苗が吼える。
「神風よ、我に力を!」
荒れ狂う烈風が鉄壁の結界をなし、ボールそれぞれの威力を減じた。
そして、次々に、風は刃と化して『まがい物』のボールを粉砕し、残った最後のボールを、早苗は空へと弾き上げる。
これぞ奥義『神の風レシーブ』。
「早苗! 次はあんたの番よ!」
上空で、霊夢がトスを続けた。
早苗が大地を踏み切り、ボールへと照準を合わせる。
「受けよ! これぞ、八坂と洩矢の奥義! 『モーゼの一撃』ぃぃぃぃぃぃーっ!」
空気の存在を『水』と見立て、それを切り裂き、粉砕するスパイクが放たれる。
撃ち出される弾丸は強烈かつ冷酷無比。凍りつくようなその一撃は、周囲の暑い大気との温度差から水滴を発生させ、文字通り、『空気』と『水』を両断する攻撃となる。
「わっ!?」
そして、フランドールは吸血鬼。
たとえこのような水とはいえ『流れる水』には触れない。
慌ててそれをよけるフランドール。
待ち構える魔理沙は――しかし、不敵に笑い、両手を構えている。
「その一撃は見事だが、早苗!
所詮、付け焼刃のパワーは真のパワーにはかなわないっ!
いっけぇーっ! マスターレシィィィィィブっ!」
八卦炉から放たれる膨大な魔力を身に纏い、鉄壁の防御へと変じさせ、同時にその勢いを生かした強烈なレシーブが、迫るボールを弾き飛ばす。
「フラン、拾えるか!?」
「うん!」
頼もしい答えだった。
魔理沙のパートナーとして、この厳しい戦いを潜り抜けてきたフランドールは、一人の戦士へと成長していたのだ。
ぎゃりぎゃりぎゃりと、触るだけで殺人的なダメージを受けそうな回転をしているボールを、彼女は見事にトスした。
落ちてくるそれめがけて、魔理沙が向かう。
「いいぞ、フラン! よくやった!
真のパワーを受けてみろっ! ドラゴンメテオアタァァァァァァック!」
構え、飛び出す魔理沙の手元に召喚された箒が、強烈な勢いと共にボールに刺さり、そして、突き進む。
撃ち出された一発の『彗星』は、霊夢と早苗の待つコートへと飛び込んでいく。
「甘いわね、魔理沙!
受けるが故の結界の妙技、とくと見よ!」
霊夢が展開する無数の結界が一点に集中し、強力な壁となる。
奥義、『四重結界レシーブ』。
四枚の結界の盾を収束し、威力と勢いと反動を殺し、確実なレシーブを可能とする博麗奥義の一つである。
しかし、その防御力をもってしても、彗星の威力は止められない。
「くそっ!」
彼女のレシーブは、ボールを斜め上へと弾くので精一杯だった。
だが、それでいい。それで充分なのだ。
「霊夢さん、お見事!
食らいなさい、『タケミナカタストライィィィィィクッ』!」
その体に神の力を纏い、放つ、渾身のストレート(スパイク)。
それはボールの『点』を捉え、貫いた。
勢いが何十にも倍増した、強烈なスパイクが、まっすぐに魔理沙へと向かって飛んでいく。
「この程度、何とかしてやるさ!
スターダストレシーブだぁっ!」
流れる星屑が壁となり、スパイクの威力を、その身をもって殺していく。
最後の星屑と共に魔理沙がスパイクを受け止め、「フランドールっ!」とそれを天に向かって弾き飛ばす。
「それーっ!」
撃ち出されるのは、無数の星々。
色とりどりの星をまとう『スターボウアタック』。
降り注ぐそれを、霊夢の『封魔陣ブロック』が跳ね返し、魔理沙の『イリュージョンスパイク』が迎え撃つ。
反撃の、早苗の『グレイソーマタージアタック』が放たれると、フランドールが『レーヴァティンレシーブ』で弾き飛ばす。
――戦いは、永遠に続くかと思われた。
繰り出される奥義の数々で、霧の湖周辺の地形は変わり、流れ弾で森が消し飛び、クレーターが生まれ、アリスが『絶対に参加しなくてよかった』と胸をなでおろす、その戦いは、しかし、始まりがある以上、終わりがある。
互いに疲労困憊となった霊夢、早苗、そして魔理沙とフランドール。双方、もはや動くのも精一杯の状態だ。
しかし、ボールは未だ健在。それが空を舞い、ネットの上に着地する。
――どちらだ? どちらに落ちる?
均衡は一瞬。
それが崩れた瞬間、双方は目を見開いた。
「霊夢さん!」
「フラン、こっちにこい!」
彼女たちは互いに大事な相手の体を抱えて、その場を飛びのく。
そして、爆音が、ついに勝敗を決して響き渡ったのだった――。
「ちょっと、魔理沙! その『黄金スイカパイ』は私のものよ!」
「何言ってんだ! お前、洋菓子嫌いだったんだろ! いいじゃないか!」
「美味しいものはいつだって別腹だわ!」
――ここは、とあるひまわりの咲く丘にある喫茶『かざみ』。
そこで、店主の風見幽香が作った『黄金スイカデザートフルコース』に、彼女たちは舌鼓を打っていた。
「……結局、どっちが勝とうとも、レミリアとフランドールはいい思いが出来る、と」
「お嬢様たちのわがままと、ついでに暇つぶしに始めたのだもの。当然じゃない」
ころころ笑う咲夜に、アリスがため息をついた。
勝負は、霊夢チームの勝利であった。
ボールは魔理沙達のコートに触れて、そのコートを吹き飛ばした。
だが、魔理沙とフランドールは間一髪、爆発の範囲から逃れており、無傷。
賞品の黄金スイカは霊夢の手に渡り、『せっかくだから、これを一番美味しく食べたい』と、幽香の元へと持ち込まれたのである。
勝敗の功労者として、魔理沙とフランドールはその席に同席し、ちゃっかり、レミリアが『主宰者特権』で同じように席について、『黄金スイカデザート』を、口の周りべったべたにして楽しんでいる。
「この『黄金スイカパフェ』美味しいですね~。ん~!」
「おかわり、おかわり! この『黄金スイカタルト』、フラン、もっと食べたい!」
「あ、わたしはケーキね! 『黄金スイカケーキ』追加よ!」
「だから、魔理沙! それは私の!」
「ええい、意地汚い! お前はスイカの皮でも食ってろ!」
実ににぎやかである。
店内は貸切、テーブルの上には黄金スイカを使ったデザートが山盛り。
そのにぎやかな光景を見て、咲夜が満足そうに笑っている。
なお、今回の『夏のバトル大会』にて参加者の99%を葬り去ったのは誰であるか、言うまでもないだろう。彼女はその『戦果』にいたく満足し、『私の腕もさび付いてなかったわね』と何やらよくわからない納得をしていたりする。
そんな彼女を横目で眺め、アリスは『本気で参加しなくてよかったわ』と呻き、追加オーダーを持って厨房へと入っていく。
ちなみに、霊夢と魔理沙の最終決戦で地形の変わった霧の湖であるが、そこに住まう妖精たちによって、一日も経たずに修復されている。さらに、第二ステージで建設されたアトラクションは、彼女たちのいい遊び場になっているということだ。
――それは、誰も損をしない、夏の一日。
「たまにはこんな一日もいいと思わない? アリス」
「ずぇったい思いません」
晴れやかな笑顔の咲夜に、アリスは顔を引きつらせて、全力でそれを否定したのだった。
勢いだけで押し切る姿勢が大変素晴らしかったです。
それにしてもモブにもルナシューターがいたとは…幻想郷恐るべし…
水上を歩く方法?一歩だけならよゆーよゆー。
ステージ1の状況、バカ殿で見た事あるぞwww(氷座布団に座らされるナイナイ)
とても面白かったです。
レイサナのコンビは最早最強としか言えない。
そしてレイサナは至高
お約束のポロリもあってなおGOD