真夜中の博麗神社の境内。月明かりに冷たく光る石畳の上に、青娥はひっそりと立っていた。鑿を手に取って神社の鳥居の内側から外側へ、力いっぱい突きつける。硝子がたわむような甲高い音をたて、鳥居の真ん中の何もないように見える空間に激しい手ごたえを感じた。全体重を載せるようにしてさらに力を込めると、鑿の先端が空間に触れる点を中心に金属を熱した時にできるような鈍い虹色の波紋が広がる。ギシギシと悲鳴のような音が限界に達した瞬間、木端微塵に砕けた。空間に穴が開き、結界のかけらがキラキラと空中を舞い、幻想郷の清浄な空気とは一線を画す排気ガス臭い空気がむわりと流れ込んでくる。青娥は嬉々としてその向こう側に身を躍らせた。境界を越えるとそこは夜空。重力に従って自由落下していく。髪を滑り抜けていくのは、夏の都会の夜の生ぬるい風。億単位の人生、欲望、感情、全て呑みこんで輝く街灯りが眼下に網目のように広がり、それが網膜の血管とぴったり重なって、焼き付いていく。青娥は嬉しくて、めいいっぱい両手両足を広げて大の字になった。スカートがパラシュートのように広がり、羽衣がまっすぐ後方にたなびいた。私は自由だと、思った。私は私、あんな楽園に飼い殺されたりはしない、って。でも、眼下の街灯りがだんだんと近づいてきて、アスファルトを行き交う人の顔が見えるほどにその仔細が明らかになると、水面に浮かんだ油がかき混ぜられたように唐突に視界が歪んだ。青娥の体がバランスを崩して錐もみ状に落ちていく。視界の中で奇妙にねじれた人の顔が口々に言った。
「仙人なんていないんだよなぁ。」「いないね。」「いたら楽しいのにね。」「でもいないんだけどね。」「いないのね。」「仙人なんて」「いない。」
何を言っているの。壁抜けの邪仙霍青娥、あなたたちの目の前に、いるじゃない。そう叫ぼうと口を開いたら、胃がひくりと跳ねて吐瀉物が口から出た。汚く光って散開しながら落ちていく。それからそれにひきずられるようにして食道が、胃腸が、その他内臓、骨肉、脳髄、眼球、皮膚、髪が、順々に口から逆流して出ていって、一緒くたになって落ちていって、人混みの真ん中のアスファルトに叩きつけられて消えた。
目が覚めると朝であった。かったるい。ここ最近いつもこんな夢を見る。ぐっしょりかいた寝汗で髪の毛と肌着が皮膚に張り付いていた。
「芳香。」
寝起きで口の中が乾いた唾液で粘つくので、芳香に命じて水を持ってこさせる。いまだ上手く働かない頭で自分の部屋をぼんやりとながめまわすと、呪術の道具や札が散らかっているのと、その上に積もった埃、そこかしこにかかった蜘蛛の巣が部屋をますます薄汚く雑然とした印象にしているのが目に入った。それは、美しい巣であった。懸命に働く蜘蛛を中心として、極細の繊細な糸で織られたそれが繭か膜のようにすっぽりとその身を覆う。蜘蛛が延々と延々とその住処を織り続けるのは、かつて機織りの少女アラクネがアテナ神の怒りを買ったからと、罰としてその身を蜘蛛に変えさせられたからと、青娥は聞いたことがある。だが私たちはアラクネではない。私たちを怒るものなど存在しない。私たち自身が不可思儀とされる存在、神話において神の顔を借りて語られる超常現象そのものであるからにして。なのにどうして、まあるい繭に閉ざされた空間にしがみついて生きなければならないのかなぁ?あの蜘蛛のように。
「青娥ー。水持ってきたぞ。」
「ありがとう。」
「朝ごはんも作るか?」
「いいえ、いいわ。食欲が無いの。」
「いつもだな。心配だぞ。」
「ありがとう、大丈夫よ。」
最近体調が全然良くない。水差しから直接飲み下したぬるい水がボロボロに傷ついた食道にしみてひりひりする。現実でも夢の中でも吐いてばかりだ。あんな夢を見るぐらいだし、疲れているのかもしれない。幻想郷の住人は特に何も疲れるようなことしてないだろうですって?この場所に存在しているだけで疲れるのよ、私は。
「青娥ー。今日も一日中寝てるのか?」
「ええ。」
とだけ短く答えてドサリと再び寝床に横になる。衝撃でけほりと乾いた咳一つ。ついでに背中に鈍痛。もう、ここ1,2カ月外に出ていない。足繁くちょっかいを出しに通っていた神霊廟にも行っていなかった。どうしているかしらね、あの方たちは。まあ、最近は、豊聡耳様への関心もかなり薄れているのだけど。だって、幻想郷に復活してから豊聡耳様は変質してしまったから。幻想郷があの方を飼い殺した、とも言えるかしら。昔のあの方は、天才だったのよ。もちろん子供の頃から異様に聡い人であったし数々の超人的な偉業もあるけれど、本当にすごいのは、そこじゃない。あの方がいくつで尸解なさったかご存じ?数え年49歳よ?例えばちょっと才能のある子供が、国を治めたいとか救いたいとか、そういった野心を抱くのは分かる。よくあることだわ。でも、五十路近くにもなって未だ大真面目にそんな野心を抱きながら死んだ人、私は他に知らない。大仰な野心を、いい年こいていつまでもいつまでも持ち続けられる。自分の才能への揺るぎない自信。ある種のお馬鹿。豊聡耳様のそういった部分にかつて私は惹かれたの。今みたいな、礼儀正しくて物腰丁寧で楽園の秩序にそれなりに大人しく従うような、そんなつまんないお利口さんな方じゃなかったのに。以前、「昔のように、為政者になりたいとは思わないのですか?」と聞いてみたことがあったの。そうしたら豊聡耳様、
「昔と今では私は立場が違いすぎます。それにね、よく聞きなさい青娥。私たちはこの地にあってこそ生き永らえているのですよ。ですから、幻想郷を支配しようとか、滅ぼそうとか、そんなこと、考えてはいけないのです。」
って言ったわ。笏を口もとに当てて、涼しやかな顔で。私だって分かっているのよ。私たちはここから逃げ出すことは出来ない。逃げ出したところであの夢みたいに存在を否定されて、きっと死ぬ。間違いなく死ぬ。だからこの楽園を、幻想となったものたちの揺りかごを、自らを捕える蜘蛛の巣を、永遠に、守り続ける。でも私はそんなの嫌。私は豊聡耳様や他のみんなみたいなつまらない人にはなりたくない。私を私たらしめるのは邪仙としての私なの。邪な興味の赴くまま、私利私欲のまま、私を束縛したり庇護したりするものには穴を空けて。そんな生活が出来なければ私、
「退屈で死んでしまうわ。」
身じろぎもせずに寝床に横になっている時って、体の質量が重力で布団に吸い込まれていくのにつれて思考と現実の境目が溶けてあやふやになって、頭の中で考えていることをつい口にだして発音してしまうことがままある。ほそりと呟かれた声は静かな部屋のなかに煙のように拡散し、壁や床に染みこんでいった。キロキロキロ、と硝子を釘で引っ掻いたような笑い声がするので目をやると、今しがた声が消えていった床の方、あちこちに乱雑に置かれた札の、床と札とのすきまから影のような小さなもやが黒く覗いているのが見えた。クラゲの傘のようにゆっくりと伸縮を繰り返しながら、ピリピリと刺すような、頬の産毛が逆立つような威圧感を伴う邪気を青娥に向けている。それらは青娥の顔の皮膚の表面を焼き、干からびさせ、目や口の水分をじわじわと奪っていた。まばたきをするたびにまぶたが眼球に引っ掛かって激痛がはしるし、さっき水を飲んだばかりのはずなのにもう唇がガサガサ、舌は乾いてにちゃりと口蓋に貼りついている。
「芳香。あのお札、捨ててきて。」
芳香に命じる。仙術の小道具としていろいろと良からぬ呪いを仕込んであるそれらのお札だが、どういうわけか上手く制しきれておらず、逆に術者に呪いを浴びせてきているようである。不快だから捨ててしまおうと、そう思ったのだが、芳香の返事が無い。
「芳香。芳香…?」
可愛い傀儡はすでに青娥の術を絶たれて、元の肉塊へと帰していたのらしい。見ると、腐った肉の塊が腕を伸ばしたまま、丸太のように床に転がっていた。
※
「今日一日の予定は?」
神霊廟の朝ごはん時。味噌汁をすすりながら屠自古が聞く。
「そうだな。我は道場に行こうかのう。弟子たちにちょっと稽古をつけてやってそれから…昼寝でもしようか。どうじゃ?素晴らしい計画であろう?」
「はいはい。布都は暇そうだな。太子様はいかがなさいますか?」
「うーん、人里に行ってこようかな。新しくできたかき氷屋が美味しいらしいから気になるし、もし何か困っている人がいたらかっこよく助ければ人気集めにもなるしね。」
「太子様も暇そうですね…。」
「実際みんな暇でしょう?」
「それもそうじゃ。この地に住んでいると毎日が暇で暇でかなわん。」
「幸せなことだな。」
「ええ。」
「味噌汁のおかわりお注ぎしましょうか?太子様。」
「ええお願い、屠自古。」
味噌汁の香りと食器がカチャカチャ鳴る音に賑やかな会話が混じる。神子の耳にはそれに加えて数多の欲の声も。幻想郷中のあらゆる住人が、小さな囲いの中で時に静かに、時に享楽的に、それぞれの生活を営んで生きていく声。今まで何百年間も変わらなかったであろう、そしてこの先何百年間も変わらないのであろう、穏やかですがすがしい朝の光景である。
「そういえば最近、邪仙が姿を現しませぬな。」
何の気なしに布都が言った。
「えー。あいつが来ると色々とめんどくさい。つまみ食いとかされるし。」
「悪い奴ではなかろう?いなかったらいなかったで少し寂しいものだ。」
「まあ、そのうちまたひょっこり顔を出しに来たりするのでは?」
神子が言うのを聞いて、屠自古はちょっといたずらっぽい顔になった。
「そうですね。こんど来た時はつまみ食いされても大丈夫なようにおかずの肉団子に一つだけ激辛のものを混ぜておきます。食べたらのたうち回るほど辛いものを。」
「それ間違えて我らに食わすでないぞ?」
「大丈夫。自信は無い。」
「おい!我はまだしも太子様に食べさせたら承知せぬぞ!」
「当たるか当たらないかは日頃の行いだよ。」
「そうか!なら大丈夫じゃな!」
「でもここにいる全員、それなりに業が深いかもしれない。」
「大丈夫じゃ!邪仙の奴には断じて敵わぬ。」
布都と屠自古がワイワイ話すのを横目で見つつ、生前思い描いていた生活とは随分違ったものになったけれど今の生活も悪くない、生きててよかったと思い、欲の声に耳を傾けながら味噌汁をすする作業に戻る神子であった。
(終)
「仙人なんていないんだよなぁ。」「いないね。」「いたら楽しいのにね。」「でもいないんだけどね。」「いないのね。」「仙人なんて」「いない。」
何を言っているの。壁抜けの邪仙霍青娥、あなたたちの目の前に、いるじゃない。そう叫ぼうと口を開いたら、胃がひくりと跳ねて吐瀉物が口から出た。汚く光って散開しながら落ちていく。それからそれにひきずられるようにして食道が、胃腸が、その他内臓、骨肉、脳髄、眼球、皮膚、髪が、順々に口から逆流して出ていって、一緒くたになって落ちていって、人混みの真ん中のアスファルトに叩きつけられて消えた。
目が覚めると朝であった。かったるい。ここ最近いつもこんな夢を見る。ぐっしょりかいた寝汗で髪の毛と肌着が皮膚に張り付いていた。
「芳香。」
寝起きで口の中が乾いた唾液で粘つくので、芳香に命じて水を持ってこさせる。いまだ上手く働かない頭で自分の部屋をぼんやりとながめまわすと、呪術の道具や札が散らかっているのと、その上に積もった埃、そこかしこにかかった蜘蛛の巣が部屋をますます薄汚く雑然とした印象にしているのが目に入った。それは、美しい巣であった。懸命に働く蜘蛛を中心として、極細の繊細な糸で織られたそれが繭か膜のようにすっぽりとその身を覆う。蜘蛛が延々と延々とその住処を織り続けるのは、かつて機織りの少女アラクネがアテナ神の怒りを買ったからと、罰としてその身を蜘蛛に変えさせられたからと、青娥は聞いたことがある。だが私たちはアラクネではない。私たちを怒るものなど存在しない。私たち自身が不可思儀とされる存在、神話において神の顔を借りて語られる超常現象そのものであるからにして。なのにどうして、まあるい繭に閉ざされた空間にしがみついて生きなければならないのかなぁ?あの蜘蛛のように。
「青娥ー。水持ってきたぞ。」
「ありがとう。」
「朝ごはんも作るか?」
「いいえ、いいわ。食欲が無いの。」
「いつもだな。心配だぞ。」
「ありがとう、大丈夫よ。」
最近体調が全然良くない。水差しから直接飲み下したぬるい水がボロボロに傷ついた食道にしみてひりひりする。現実でも夢の中でも吐いてばかりだ。あんな夢を見るぐらいだし、疲れているのかもしれない。幻想郷の住人は特に何も疲れるようなことしてないだろうですって?この場所に存在しているだけで疲れるのよ、私は。
「青娥ー。今日も一日中寝てるのか?」
「ええ。」
とだけ短く答えてドサリと再び寝床に横になる。衝撃でけほりと乾いた咳一つ。ついでに背中に鈍痛。もう、ここ1,2カ月外に出ていない。足繁くちょっかいを出しに通っていた神霊廟にも行っていなかった。どうしているかしらね、あの方たちは。まあ、最近は、豊聡耳様への関心もかなり薄れているのだけど。だって、幻想郷に復活してから豊聡耳様は変質してしまったから。幻想郷があの方を飼い殺した、とも言えるかしら。昔のあの方は、天才だったのよ。もちろん子供の頃から異様に聡い人であったし数々の超人的な偉業もあるけれど、本当にすごいのは、そこじゃない。あの方がいくつで尸解なさったかご存じ?数え年49歳よ?例えばちょっと才能のある子供が、国を治めたいとか救いたいとか、そういった野心を抱くのは分かる。よくあることだわ。でも、五十路近くにもなって未だ大真面目にそんな野心を抱きながら死んだ人、私は他に知らない。大仰な野心を、いい年こいていつまでもいつまでも持ち続けられる。自分の才能への揺るぎない自信。ある種のお馬鹿。豊聡耳様のそういった部分にかつて私は惹かれたの。今みたいな、礼儀正しくて物腰丁寧で楽園の秩序にそれなりに大人しく従うような、そんなつまんないお利口さんな方じゃなかったのに。以前、「昔のように、為政者になりたいとは思わないのですか?」と聞いてみたことがあったの。そうしたら豊聡耳様、
「昔と今では私は立場が違いすぎます。それにね、よく聞きなさい青娥。私たちはこの地にあってこそ生き永らえているのですよ。ですから、幻想郷を支配しようとか、滅ぼそうとか、そんなこと、考えてはいけないのです。」
って言ったわ。笏を口もとに当てて、涼しやかな顔で。私だって分かっているのよ。私たちはここから逃げ出すことは出来ない。逃げ出したところであの夢みたいに存在を否定されて、きっと死ぬ。間違いなく死ぬ。だからこの楽園を、幻想となったものたちの揺りかごを、自らを捕える蜘蛛の巣を、永遠に、守り続ける。でも私はそんなの嫌。私は豊聡耳様や他のみんなみたいなつまらない人にはなりたくない。私を私たらしめるのは邪仙としての私なの。邪な興味の赴くまま、私利私欲のまま、私を束縛したり庇護したりするものには穴を空けて。そんな生活が出来なければ私、
「退屈で死んでしまうわ。」
身じろぎもせずに寝床に横になっている時って、体の質量が重力で布団に吸い込まれていくのにつれて思考と現実の境目が溶けてあやふやになって、頭の中で考えていることをつい口にだして発音してしまうことがままある。ほそりと呟かれた声は静かな部屋のなかに煙のように拡散し、壁や床に染みこんでいった。キロキロキロ、と硝子を釘で引っ掻いたような笑い声がするので目をやると、今しがた声が消えていった床の方、あちこちに乱雑に置かれた札の、床と札とのすきまから影のような小さなもやが黒く覗いているのが見えた。クラゲの傘のようにゆっくりと伸縮を繰り返しながら、ピリピリと刺すような、頬の産毛が逆立つような威圧感を伴う邪気を青娥に向けている。それらは青娥の顔の皮膚の表面を焼き、干からびさせ、目や口の水分をじわじわと奪っていた。まばたきをするたびにまぶたが眼球に引っ掛かって激痛がはしるし、さっき水を飲んだばかりのはずなのにもう唇がガサガサ、舌は乾いてにちゃりと口蓋に貼りついている。
「芳香。あのお札、捨ててきて。」
芳香に命じる。仙術の小道具としていろいろと良からぬ呪いを仕込んであるそれらのお札だが、どういうわけか上手く制しきれておらず、逆に術者に呪いを浴びせてきているようである。不快だから捨ててしまおうと、そう思ったのだが、芳香の返事が無い。
「芳香。芳香…?」
可愛い傀儡はすでに青娥の術を絶たれて、元の肉塊へと帰していたのらしい。見ると、腐った肉の塊が腕を伸ばしたまま、丸太のように床に転がっていた。
※
「今日一日の予定は?」
神霊廟の朝ごはん時。味噌汁をすすりながら屠自古が聞く。
「そうだな。我は道場に行こうかのう。弟子たちにちょっと稽古をつけてやってそれから…昼寝でもしようか。どうじゃ?素晴らしい計画であろう?」
「はいはい。布都は暇そうだな。太子様はいかがなさいますか?」
「うーん、人里に行ってこようかな。新しくできたかき氷屋が美味しいらしいから気になるし、もし何か困っている人がいたらかっこよく助ければ人気集めにもなるしね。」
「太子様も暇そうですね…。」
「実際みんな暇でしょう?」
「それもそうじゃ。この地に住んでいると毎日が暇で暇でかなわん。」
「幸せなことだな。」
「ええ。」
「味噌汁のおかわりお注ぎしましょうか?太子様。」
「ええお願い、屠自古。」
味噌汁の香りと食器がカチャカチャ鳴る音に賑やかな会話が混じる。神子の耳にはそれに加えて数多の欲の声も。幻想郷中のあらゆる住人が、小さな囲いの中で時に静かに、時に享楽的に、それぞれの生活を営んで生きていく声。今まで何百年間も変わらなかったであろう、そしてこの先何百年間も変わらないのであろう、穏やかですがすがしい朝の光景である。
「そういえば最近、邪仙が姿を現しませぬな。」
何の気なしに布都が言った。
「えー。あいつが来ると色々とめんどくさい。つまみ食いとかされるし。」
「悪い奴ではなかろう?いなかったらいなかったで少し寂しいものだ。」
「まあ、そのうちまたひょっこり顔を出しに来たりするのでは?」
神子が言うのを聞いて、屠自古はちょっといたずらっぽい顔になった。
「そうですね。こんど来た時はつまみ食いされても大丈夫なようにおかずの肉団子に一つだけ激辛のものを混ぜておきます。食べたらのたうち回るほど辛いものを。」
「それ間違えて我らに食わすでないぞ?」
「大丈夫。自信は無い。」
「おい!我はまだしも太子様に食べさせたら承知せぬぞ!」
「当たるか当たらないかは日頃の行いだよ。」
「そうか!なら大丈夫じゃな!」
「でもここにいる全員、それなりに業が深いかもしれない。」
「大丈夫じゃ!邪仙の奴には断じて敵わぬ。」
布都と屠自古がワイワイ話すのを横目で見つつ、生前思い描いていた生活とは随分違ったものになったけれど今の生活も悪くない、生きててよかったと思い、欲の声に耳を傾けながら味噌汁をすする作業に戻る神子であった。
(終)
良くも悪くも人間くささこそが青娥の魅力? かわいい
いえ、あれは青娥さんの夢なのです。幻想郷から抜け出す、という夢です。
無理に青蛾に干渉しないっていう関係はいいですね
二人は他人以上友人未満みたいなもんだと思う
欲の見える太子は欲を愛するものとして捉えているのかも知れませんね
為政者たるもの愛に溺れるべきでないというなら欲を支配し欲を愛する者こそ本当は一番欲に対して冷淡で無慈悲なのかも知れません