夏を過ごす者達にとって、涼しい日というのはありがたいものだ。しかしここ最近、暑い日と涼しい日が交互に繰り返されている。四度変われば不快の位も一つ変わるという。それはおよそ日向と日陰の差であり、多少遅れても日陰で休もうとする人間の気持ちもなんとなく分かる。
今日は涼しい日の番であり、さらに人里よりは高台に位置しているここ博麗神社も風こそ吹いていないがなんとも快適である。それを好機と思ったのか、巫女である霊夢は今此処にはいない。外で歩き回って大丈夫な内に、食料の調達に行った。金はあるのだろうかと疑問に思うが、なんだかんだで問題はないのだろう。金と信頼というのは結びついているらしく、しかし金をそれほど持っていない妖怪に愛される霊夢はどうなのだろうと首を捻る。ちなみに霊夢のいない今、神社にはあたい一人しかいない、わけではない。
「それは私の分のお団子ですよー」
ここ最近で異変を起こした小人族――少名針妙丸。
「その大きさじゃあ、どう見ても一つ食べただけで胃が壊れそうだぞ。代わりに食べてやるよ」
三色団子の内一つを食べる魔法使い――霧雨魔理沙。この二人があたいのまどろみを遮っていた。さて、それにしてもあんな小さな体躯にも関わらず、厳密には少し違うが異変を起こした本人とは少々驚きだ。猫の姿になっている今のあたいと比べても小さい。まるで鼠だ。聞くところによると、天邪鬼に騙されて異変を起こしたとかなんとか。やはり鬼にはあまり関わらない方がいいのかもしれない。
「あなたを見て思い出したけど……正邪は今、どうしてるのかしら」
「結局あいつ、霊夢や紫ですらあしらって行ったからなぁ。なんでもひっくり返す程度の能力ってのは存外馬鹿にできなさそうだな」
数ヶ月ほど前だったか、小人を唆した天邪鬼は自分達が起こした異変の影響によって動き出した道具を至る所から盗んでいった。それがばれるも、道具を駆使して魔法使いはもちろん、寺の僧侶、聖人、天人、吸血鬼、そしてあろうことか巫女や大妖怪の手からさえも逃げ切ってしまった。新たな異変を企んでいるのかはあたいの知るところではないけど、それ以降天邪鬼を見たという話も聞かない。
「ある程度一緒にいたけれど、あいつをよく知る事はあまりできなかったなぁ。結局私は小槌の代償について教えられなかったせいで利用されちゃったわけだし。天邪鬼ってことは、『私なんて仲間にしたくなかった』から私を仲間にしたのかしら」
「そうややこしく考える必要はないんじゃないか? もしそんなに何でもかんでも逆になるなら、あんなやる気に溢れた状態で異変を起こすはずはないだろ? 好かれるのが嫌で嫌われると喜ぶ。それくらいじゃないのかね」
「何にしても羨ましいわ。正邪もいなくなって、元の身体に戻っちゃった私にはもう異変を起こすことはできないわね」
愚痴りながら小人は魔理沙に団子を一つ抜いてもらい、両手で抱える。団子が近づいて、小人の体躯を再認できた。改めて思うが、小人はあの団子一粒を食べることは恐らく不可能だ。自分の顔より少し小さい程度の甘味など、口が甘さにまみれる。苦手な人ならまず吐く大きさだ。あたいがそんな不安を思いながら、もちろん小人は気付かず団子を齧り始める。それにしても、あのような小さな者でも起こせる『異変』というのは、よくわからないものだ。地上と地底がはっきりと繋がるようになってからあたいの耳に届くようになった異変は、だいたい二つの傾向に分けられる。強い者が想われるが故に起きた異変、強い者が他の者を利用して起こす異変。前者は空飛ぶ船についての異変であり、後者は先程の天邪鬼と、あたいの親友を唆した神によって起こされた異変。怨霊を地上に出したのはあたいだが、それはそれだ。霊夢から聞いた話では、神霊が溢れた異変の時も邪な仙人が一枚噛んでいたようで後者に分類される。しかし魔理沙にそれらしい話をすると、『前は強い奴の一存で起こされた異変ばかり』だったらしい。いずれにせよ、異変というのは強き者が起こし、それ以外の者は巻き込まれる。なんとも迷惑な話である。
そんな事を考えていると、小人の言葉に対して魔法使いは「そんなことはないと思うぞ?」と返答する。
何を否定されたのかわからず、小人は目を丸くしていた。
「お前や正邪に勝った今言うのもあれだけど、お前は人が良すぎるんだよ。もちろん性格だけじゃなくて、戦いにもな」
「え?」
「せっかくだ。私が勝負に勝つコツを教えてやる」
そう言って魔法使いは串に刺さっていた最後の団子を無断で頬張り、団子を持つ小人をつまみ、縁側で座る自分の太ももに置く。
「コツといっても何のことはない、簡単だ。それに方法は二つある。一つは『相手を自分の土俵に引きずり込む』こと、そしてもう一つは、『自分の勝てる部分を極限まで育てる』事だ」
中々的を得ていそうな解答のようだ。あたいと小人はそのまま魔法使いの言葉を聞くことにした。
「一つ目は、まぁ、正邪を見れば解りやすいだろうな。私と戦うとき、あいつは自分の能力を使って周りを反対にしたり、自分の後ろに放った弾幕を私の後ろに送ったりした。自分が全力を出せ、かつ相手を万全の状態にさせないようにするんだ。私もそういう戦略をいくつか持ってる。一番わかりやすいのは――」
言いながら、魔理沙は掴んだ箒を振って弾幕を空に撒く。
「星屑の弾幕やレーザーで相手の目を眩ましたり動きを鈍らせたりして、スキを見て――」
懐からミニ八卦炉と呼ばれる白黒の魔法使いが愛用している道具を取り出す。
「これで吹き飛ばす」
今やこの魔法使いの十八番と言ってもいい極太のレーザーが、飲み込んだ弾幕ごと空へ昇って行く。親友の砲術といい勝負だ。しかし、悪い神曰く、親友の力は使い方を誤るととんでもないことになるらしいので、是非とも対決させたくない。いや、前に対決はしたのだが、場所が場所だったのか魔法使いは魔の砲を使わなかった。
「お前と戦った時も見せたやつだ。相手は攻撃してきて、さらに止まってるわけじゃない。それを如何にして当てるか――当てやすい状況にできるかが腕の見せ所ってわけだ。これが基本だな。しかしお前は私と戦ったとき、あろうことか私達と同じ大きさで戦った。わざわざ私が普段いる土俵で戦ったんだ。人が良すぎるぜ。で、二つ目についてだが。言葉だけなら似ているかもしれないが違う。仮に自分と相手の有利な土俵が完全に同じだった場合、勝敗を決めるのは実力そのものになる。だからそんな奴でも勝てる様に、自分が一番勝てる部分で一番になれるよう磨くんだ。これの何がいいかって、他にスタートラインに並ぶ人間が少ないところにある。私が霊夢のように結界を扱えないのと同様に、あいつだって私のような魔法を使うことはできない。それにこれは、さっき言った一つ目にも応用できる。私のマスタースパークが並程度の火力じゃ、せっかく相手がスキを生んでくれてもダメージを与えるだけで終わってしまう。でもそれを極限まで鍛え上げたら……。簡単だろう」
「うーん」
自分の言った事について思案する小人に気をよくしたのか、魔法使いは言葉を続ける。
「とはいえ、正直お前のスペルも悪くなかったぜ。私達を更に大きくしたあれには肝を冷やしたさ。しかし、結局私が慣れてしまえばそれまでなのがあのスペルの難しいところだな」
「ねぇ」
魔法使いの言葉が一段落したと察知し、次の言葉が発せられる前に小人は問いかける。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「ん? だから自分の長所を――」
「私の長所って、小さい事しかないわ。それをどうやって伸ばせばいいというの?」
「…………」
魔法使いの口は一瞬止まり、そして苦し紛れの様に言い放つ。
「そ、それはあれだ。も、もっと小さくなるんだよ」
「それで……どうするの?」
「え? そ、そりゃもちろん……。…………。……相手の中に入っちまうんだ」
魔法使いは小人から顔を逸らし、空を見上げる。
「ほ、ほら。どんなに強い奴だろうと、中からの攻撃には防御できないはずさ。だ、だからお前は打出の小槌なり何なり使ってもっと小さくなって……相手の口に入れるくらいになって……武器の針で相手の腹を中から刺しまくるんだ」
割かし真っ当な考えだが、実際はそれ以上に小さくなることによる不利の要素が更に浮き出る可能性がある。口や鼻を閉じてしまえばそれまでだし、虫のように両手で叩き潰されれば、下手をすれば粉々になる。しかし、あたいのそんな考えは杞憂だったのか――
「そうか、それはいい考えだ!」
小人は知恵を授かったとばかりに大きく喜びの声をあげた。
「さすがは魔法使いだ。小さくなっても弱くなるだけだと考えてた私とは違うねぇ」
「お……? そ、そうだろそうだろ……はは」
偉そうに振る舞っているが、魔法使いは巫女より負け越しているはずである。しかし、だからこそ彼女は負ける怖さを巫女より知っている。故に、他人に『負けない方法』を教えることができる。一方で負けをそれほど知らない巫女は感覚で戦ってきたと言ってもいい。それで今まで勝ってきたのだから恐ろしいが。とある日に悪い神に仕えている巫女が霊夢に結界術の教えを請うた時、霊夢は擬音だけで説明していた。彼女にとってはそれが最も解りやすい方法だと思っていたのだ。どちらを得たいかと言えば当然勝利なのだが、勝利に貪欲になるために負けを知るのは損ではないはずだ。負けて得るものはないなどと言う輩は、きっと勝っても何も得られないし、負けたことはあっても本気で負けたことはないのだろう。
「なんだかんだで、正邪といて楽しかった。こんな話もしたかった。あいつがもう一度異変を起こそうというのなら、その場に立ちあいたいものだ」
小人は感慨にひたりながら空を見上げる。それを見て、魔法使いは何かを思いついたように、小人の肩を指で突いた。
「それじゃあ、私達で起こそうぜ」
「え?」
「最初に会った時、私はお前の仲間になると勘違いしてたろ。だから、今なってやるよ。天邪鬼は好き勝手私のとこにいて、好き勝手どこかへ行ってしまった。その点素直なお前なら、いい仲間になりそうだ。あいつに会いたいなら、あいつの方から来るような異変を起こせばいいのさ」
「でも、異変を起こしたら霊夢さんとかに怒られるんじゃ……」
「それなら、正邪だけが真っ先に異変だと気付くようなことをすればいいんだよ。前に冬が長く続いた事があったろ? 霊夢も私も、それが異変だと思ってなかったら、動かないものさ」
「じゃあ、正邪が来るような異変を起こすことは……」
「それを今から考えるんだ。いくらでも付き合うぜ」
「そうか。そうかそうか。では今度こそあいつを逃がさないよう腕を磨かなければな」
そう言って魔法使いと小人は、天邪鬼を引き寄せる事ができる異変を考え、話し合い始める。せっかくだからあたいも混ざろうかと思い四本足で立つが、やはり止めることにして再び畳に腰を下ろす。仲睦まじく話すのはいいことだが、ここは異変解決をする巫女が住む、博麗神社なのだ。二人が今行っている行為は完全に自殺行為である。
帰ってきた巫女が、心を読めるさとり様も唸ってしまうような勘の良さで二人の隠し事を見破り痛い目に遭わせることになるのだが、こんな当然の結末をわざわざ広げて話す必要も無いだろう。
今日は涼しい日の番であり、さらに人里よりは高台に位置しているここ博麗神社も風こそ吹いていないがなんとも快適である。それを好機と思ったのか、巫女である霊夢は今此処にはいない。外で歩き回って大丈夫な内に、食料の調達に行った。金はあるのだろうかと疑問に思うが、なんだかんだで問題はないのだろう。金と信頼というのは結びついているらしく、しかし金をそれほど持っていない妖怪に愛される霊夢はどうなのだろうと首を捻る。ちなみに霊夢のいない今、神社にはあたい一人しかいない、わけではない。
「それは私の分のお団子ですよー」
ここ最近で異変を起こした小人族――少名針妙丸。
「その大きさじゃあ、どう見ても一つ食べただけで胃が壊れそうだぞ。代わりに食べてやるよ」
三色団子の内一つを食べる魔法使い――霧雨魔理沙。この二人があたいのまどろみを遮っていた。さて、それにしてもあんな小さな体躯にも関わらず、厳密には少し違うが異変を起こした本人とは少々驚きだ。猫の姿になっている今のあたいと比べても小さい。まるで鼠だ。聞くところによると、天邪鬼に騙されて異変を起こしたとかなんとか。やはり鬼にはあまり関わらない方がいいのかもしれない。
「あなたを見て思い出したけど……正邪は今、どうしてるのかしら」
「結局あいつ、霊夢や紫ですらあしらって行ったからなぁ。なんでもひっくり返す程度の能力ってのは存外馬鹿にできなさそうだな」
数ヶ月ほど前だったか、小人を唆した天邪鬼は自分達が起こした異変の影響によって動き出した道具を至る所から盗んでいった。それがばれるも、道具を駆使して魔法使いはもちろん、寺の僧侶、聖人、天人、吸血鬼、そしてあろうことか巫女や大妖怪の手からさえも逃げ切ってしまった。新たな異変を企んでいるのかはあたいの知るところではないけど、それ以降天邪鬼を見たという話も聞かない。
「ある程度一緒にいたけれど、あいつをよく知る事はあまりできなかったなぁ。結局私は小槌の代償について教えられなかったせいで利用されちゃったわけだし。天邪鬼ってことは、『私なんて仲間にしたくなかった』から私を仲間にしたのかしら」
「そうややこしく考える必要はないんじゃないか? もしそんなに何でもかんでも逆になるなら、あんなやる気に溢れた状態で異変を起こすはずはないだろ? 好かれるのが嫌で嫌われると喜ぶ。それくらいじゃないのかね」
「何にしても羨ましいわ。正邪もいなくなって、元の身体に戻っちゃった私にはもう異変を起こすことはできないわね」
愚痴りながら小人は魔理沙に団子を一つ抜いてもらい、両手で抱える。団子が近づいて、小人の体躯を再認できた。改めて思うが、小人はあの団子一粒を食べることは恐らく不可能だ。自分の顔より少し小さい程度の甘味など、口が甘さにまみれる。苦手な人ならまず吐く大きさだ。あたいがそんな不安を思いながら、もちろん小人は気付かず団子を齧り始める。それにしても、あのような小さな者でも起こせる『異変』というのは、よくわからないものだ。地上と地底がはっきりと繋がるようになってからあたいの耳に届くようになった異変は、だいたい二つの傾向に分けられる。強い者が想われるが故に起きた異変、強い者が他の者を利用して起こす異変。前者は空飛ぶ船についての異変であり、後者は先程の天邪鬼と、あたいの親友を唆した神によって起こされた異変。怨霊を地上に出したのはあたいだが、それはそれだ。霊夢から聞いた話では、神霊が溢れた異変の時も邪な仙人が一枚噛んでいたようで後者に分類される。しかし魔理沙にそれらしい話をすると、『前は強い奴の一存で起こされた異変ばかり』だったらしい。いずれにせよ、異変というのは強き者が起こし、それ以外の者は巻き込まれる。なんとも迷惑な話である。
そんな事を考えていると、小人の言葉に対して魔法使いは「そんなことはないと思うぞ?」と返答する。
何を否定されたのかわからず、小人は目を丸くしていた。
「お前や正邪に勝った今言うのもあれだけど、お前は人が良すぎるんだよ。もちろん性格だけじゃなくて、戦いにもな」
「え?」
「せっかくだ。私が勝負に勝つコツを教えてやる」
そう言って魔法使いは串に刺さっていた最後の団子を無断で頬張り、団子を持つ小人をつまみ、縁側で座る自分の太ももに置く。
「コツといっても何のことはない、簡単だ。それに方法は二つある。一つは『相手を自分の土俵に引きずり込む』こと、そしてもう一つは、『自分の勝てる部分を極限まで育てる』事だ」
中々的を得ていそうな解答のようだ。あたいと小人はそのまま魔法使いの言葉を聞くことにした。
「一つ目は、まぁ、正邪を見れば解りやすいだろうな。私と戦うとき、あいつは自分の能力を使って周りを反対にしたり、自分の後ろに放った弾幕を私の後ろに送ったりした。自分が全力を出せ、かつ相手を万全の状態にさせないようにするんだ。私もそういう戦略をいくつか持ってる。一番わかりやすいのは――」
言いながら、魔理沙は掴んだ箒を振って弾幕を空に撒く。
「星屑の弾幕やレーザーで相手の目を眩ましたり動きを鈍らせたりして、スキを見て――」
懐からミニ八卦炉と呼ばれる白黒の魔法使いが愛用している道具を取り出す。
「これで吹き飛ばす」
今やこの魔法使いの十八番と言ってもいい極太のレーザーが、飲み込んだ弾幕ごと空へ昇って行く。親友の砲術といい勝負だ。しかし、悪い神曰く、親友の力は使い方を誤るととんでもないことになるらしいので、是非とも対決させたくない。いや、前に対決はしたのだが、場所が場所だったのか魔法使いは魔の砲を使わなかった。
「お前と戦った時も見せたやつだ。相手は攻撃してきて、さらに止まってるわけじゃない。それを如何にして当てるか――当てやすい状況にできるかが腕の見せ所ってわけだ。これが基本だな。しかしお前は私と戦ったとき、あろうことか私達と同じ大きさで戦った。わざわざ私が普段いる土俵で戦ったんだ。人が良すぎるぜ。で、二つ目についてだが。言葉だけなら似ているかもしれないが違う。仮に自分と相手の有利な土俵が完全に同じだった場合、勝敗を決めるのは実力そのものになる。だからそんな奴でも勝てる様に、自分が一番勝てる部分で一番になれるよう磨くんだ。これの何がいいかって、他にスタートラインに並ぶ人間が少ないところにある。私が霊夢のように結界を扱えないのと同様に、あいつだって私のような魔法を使うことはできない。それにこれは、さっき言った一つ目にも応用できる。私のマスタースパークが並程度の火力じゃ、せっかく相手がスキを生んでくれてもダメージを与えるだけで終わってしまう。でもそれを極限まで鍛え上げたら……。簡単だろう」
「うーん」
自分の言った事について思案する小人に気をよくしたのか、魔法使いは言葉を続ける。
「とはいえ、正直お前のスペルも悪くなかったぜ。私達を更に大きくしたあれには肝を冷やしたさ。しかし、結局私が慣れてしまえばそれまでなのがあのスペルの難しいところだな」
「ねぇ」
魔法使いの言葉が一段落したと察知し、次の言葉が発せられる前に小人は問いかける。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「ん? だから自分の長所を――」
「私の長所って、小さい事しかないわ。それをどうやって伸ばせばいいというの?」
「…………」
魔法使いの口は一瞬止まり、そして苦し紛れの様に言い放つ。
「そ、それはあれだ。も、もっと小さくなるんだよ」
「それで……どうするの?」
「え? そ、そりゃもちろん……。…………。……相手の中に入っちまうんだ」
魔法使いは小人から顔を逸らし、空を見上げる。
「ほ、ほら。どんなに強い奴だろうと、中からの攻撃には防御できないはずさ。だ、だからお前は打出の小槌なり何なり使ってもっと小さくなって……相手の口に入れるくらいになって……武器の針で相手の腹を中から刺しまくるんだ」
割かし真っ当な考えだが、実際はそれ以上に小さくなることによる不利の要素が更に浮き出る可能性がある。口や鼻を閉じてしまえばそれまでだし、虫のように両手で叩き潰されれば、下手をすれば粉々になる。しかし、あたいのそんな考えは杞憂だったのか――
「そうか、それはいい考えだ!」
小人は知恵を授かったとばかりに大きく喜びの声をあげた。
「さすがは魔法使いだ。小さくなっても弱くなるだけだと考えてた私とは違うねぇ」
「お……? そ、そうだろそうだろ……はは」
偉そうに振る舞っているが、魔法使いは巫女より負け越しているはずである。しかし、だからこそ彼女は負ける怖さを巫女より知っている。故に、他人に『負けない方法』を教えることができる。一方で負けをそれほど知らない巫女は感覚で戦ってきたと言ってもいい。それで今まで勝ってきたのだから恐ろしいが。とある日に悪い神に仕えている巫女が霊夢に結界術の教えを請うた時、霊夢は擬音だけで説明していた。彼女にとってはそれが最も解りやすい方法だと思っていたのだ。どちらを得たいかと言えば当然勝利なのだが、勝利に貪欲になるために負けを知るのは損ではないはずだ。負けて得るものはないなどと言う輩は、きっと勝っても何も得られないし、負けたことはあっても本気で負けたことはないのだろう。
「なんだかんだで、正邪といて楽しかった。こんな話もしたかった。あいつがもう一度異変を起こそうというのなら、その場に立ちあいたいものだ」
小人は感慨にひたりながら空を見上げる。それを見て、魔法使いは何かを思いついたように、小人の肩を指で突いた。
「それじゃあ、私達で起こそうぜ」
「え?」
「最初に会った時、私はお前の仲間になると勘違いしてたろ。だから、今なってやるよ。天邪鬼は好き勝手私のとこにいて、好き勝手どこかへ行ってしまった。その点素直なお前なら、いい仲間になりそうだ。あいつに会いたいなら、あいつの方から来るような異変を起こせばいいのさ」
「でも、異変を起こしたら霊夢さんとかに怒られるんじゃ……」
「それなら、正邪だけが真っ先に異変だと気付くようなことをすればいいんだよ。前に冬が長く続いた事があったろ? 霊夢も私も、それが異変だと思ってなかったら、動かないものさ」
「じゃあ、正邪が来るような異変を起こすことは……」
「それを今から考えるんだ。いくらでも付き合うぜ」
「そうか。そうかそうか。では今度こそあいつを逃がさないよう腕を磨かなければな」
そう言って魔法使いと小人は、天邪鬼を引き寄せる事ができる異変を考え、話し合い始める。せっかくだからあたいも混ざろうかと思い四本足で立つが、やはり止めることにして再び畳に腰を下ろす。仲睦まじく話すのはいいことだが、ここは異変解決をする巫女が住む、博麗神社なのだ。二人が今行っている行為は完全に自殺行為である。
帰ってきた巫女が、心を読めるさとり様も唸ってしまうような勘の良さで二人の隠し事を見破り痛い目に遭わせることになるのだが、こんな当然の結末をわざわざ広げて話す必要も無いだろう。
二人とも可愛かったです