夕飯の仕込みまでまだ時間がある。勿論、さっさと買い物を済ませ、余った時間を剣の修行に当てるもいいし、はたまた休息に使うのもいい……けれども。
私はハタと思い出し、八百屋とは異なる方向へと足を向けた。数分歩くとソコには居酒屋があり、更に進めば目的地である、甘い匂い漂う一件の洋菓子店が見えてくる。
ここは先日、霊夢、魔理沙、咲夜に早苗、そして私、魂魄妖夢の五人での飲み会の帰りしなに、私がふと見つけた店だ。まあ、その時はたらふく食べた後だったし、ほかの四人は既にグデングデンだったから店のことは話題にしなかったのだけど、気にはなっていた。
私だって女の子。甘い物は好きなのだ。
店の目の前までやってきた私。ちょいと店内を覗くと、沢山の丸い、オシャレな木製机があり美麗な木細工が施された椅子があり……そこに座る里人たちは皆一様に笑顔だった。
それは菓子がもたらしている表情なのだろう。期待に胸がふくらむ。入口の横には硝子張りの棚があって――恐らくは商品の見本か。中を見てみるに、大半はケーキ? と呼ぶらしい種類の洋菓子だった。
美味しそうなのは間違いないが、見たことのない菓子も多い。見本の菓子の前にある商品名が書かれた札を見てもよく分からない。
「みる、ふぃーゆ? もん、ぶらん?」
だからかそんな、思わず呟いてしまった独り言。
その独り言に、聞き覚えのある声が返ってきた。
「ミルフィーユはパイ生地を何層も重ねたケーキで、モンブランは、基本的には栗を使ったケーキですね」
声の方へと振り向くと、そこにいたのは早苗だった。
「あ、早苗」
「はい。こんちには妖夢さん。妖夢さんはどうしてこちらへ?」
「わ、私は買いもの前に、ちょっと寄り道で。早苗は?」
「わたしもそうですね。今日はお仕事お休みしていいってことなので」
お休み……
「そういえばいつもの巫女服じゃないのね。……あれが巫女服かってのは置いといて」
早苗は苦笑し、「一言多いですよ妖夢さん」と。
「まあ、さっきも言ったように今日はお休みですからね。そういう時は巫女服は着ません」
「でも私たちと呑む時はいつも同じ巫女服じゃない?」
「だってそれは皆さんがいつもと同じ服だからですよ。紅巫女服に黒魔術っぽい衣装、それにメイド服、妖夢さんは服装はそんな奇抜でもないですけど帯刀してるし……。その集団の中、わたし一人こういう洋服だったら浮きません?」
「それは……確かに」
そう頷かざるを得ない。早苗に詳しく訊いた所この洋服、上は白いレースで下はジーパン、と言うようだ。
「どうですか、可愛いですよね?」そう言って早苗はその場でくるっと一回転した。
「ええまあ、可愛いと思うわよ」
「ですよねですよね! コレ、外の世界から持ってきた物なんですよ。幻想郷じゃまだ、こういう洋服は売ってないんですよねぇ」
「そうでしょうね。私も見たことない。……といっても服屋自体あまり行かないけど」
そう答えると早苗は小首を傾げた。恐らく、そのとき初めて意識に上ったのだろう。
「あれ、そういえば妖夢さん、いつも同じ服装じゃないですか?」
私は、自分の着ている服を右から左へと眺めながら首肯する。
「いやうん。これが一番着慣れてるしね」
「他の服は?」
「あとは……昔に着ていた道着かな。剣の修行の時の」
それを聞いて、早苗は眉を顰めて唸り出した。
「うーん……そんなのダメですよ妖夢さん。女の子はもっとオシャレをするべきです! いつも着てるその服も悪くないですが、偶にはイメチェンもいいと思います!」
……イ、イメチェン? 外来語?
「……な、なんだかよく解らないけど、私はこれでいいのよ」
「えー、そんなぁ。妖夢さんだってこういう服を着てみたいって思ったりしません?」
「いや、そりゃ思わないこともないけど、」
「じゃあ良いじゃないですか。わたしのお古、まだタンスに入ってると思いますし、それならサイズも――」
……このままでは着せ替え人形にさせられる。
それは肉体的にも精神的にも疲れそうで、無論、その展開を避けたいことは言うまでもない。が、私にはもう一つ、早苗の着ているような服に袖を通したくない理由があった。というより、その後者の理由こそが問題だった。
だから――
「あ、いや早苗、私はもうそろそろ買い物に戻らないと」
それまではウットリとした顔で饒舌に(私を着せ替え人形にさせている画を)語っていた早苗だったが、
「え? 妖夢さん。この店に来たんじゃないんですか?」
現実に引き戻された早苗からの質問に答える。
「来たっていうか、気になってたからちょっと足を運んでみただけ。入るつもりは……」
……なかったこともないけれど、いま入ったら早苗と相席になるのは確定だし、そしたら洋服試着会の話が続くのは目に見えてるし。
「そう、元々入るつもりはなかったのよ」
すると、「そうですか」と、少しシュンとした早苗。しかし、
「じゃあ、せっかくなので入りましょう!」と、直ぐさまパアッと笑顔となった早苗。
……は?
「いや、だから私は買い物が、」
「大丈夫ですよまだ日は高いです! それにこうして偶然出会ったのだから都合が良いですし」
「都合?」
「ええ、わたしもこの店に入るかは悩んでたんです。悩みながら此処まで来たんですよ。だって見て下さい店の中!」
言われて見てみるが、別段先ほどと違いはない。怪訝に思っていると、早苗が更に言葉を続けた。
「ほら、案の定と言うか、一人で来ているお客さんなんて居ませんもん! 他人の目なんか関係ないですけど、やっぱり気にはなります。そして気にしていたら折角のケーキもキチンと味わえなくなる。そんなの勿体ないですし!」
成程。言われてみればその通りかも知れない。周りは楽しそうにお喋りしながら菓子を食べているのに一人で淡々と……だなんて、なんというか肩身狭そうにしている自分の姿が容易に想像できる。
なーんて、不覚にも考えていた隙に、何時の間にか私は早苗に襟を掴まれて……
「……えっ?」
『カランコローン』
店の扉が開かれた音が、耳を打った。
「こんにちはー!」
次いで早苗の、そんな元気一杯の挨拶。
「いらっしゃいませー。何名様ですかー?」
「二名です!」
「煙草はお吸いになられますか?」
「いいえ吸いません」
「ではこちらへどうぞー」
「はーい!」
……あれよあれよという間に、入店させられている私。
未だ襟を掴まれたまま引っ張られ、早苗が店員に案内させられた席へと到着。
流石にここまできて帰る訳にはいかない。『若者の強引さって凄いなぁ』と、私は呆れ混じりの溜息を吐きながら着席した。
最初はいつ服の話に戻るか警戒していたが、早苗は既に忘れているのか、お品書きに目を通し始める。「おいしそうですねぇ」とニコニコ笑顔で。「でも……うーむ」と、時には迷っているような表情で。それから「あっ」と驚いた顔で、
「見て下さい妖夢さん。ほらこれ、一時間食べ放題コースっていうのがありますよ!」
早苗がこちらに差し出してきたお品書きを見ながら私は訊く。
「食べ放題?」
「ええ。一時間の間であればどれだけ食べてもココに書かれている料金で済むんです」
「これにしませんか?」そう提案してきた早苗に「ああ、うん、じゃあそれで」と返した。
正直こういうお店をよく知らないから早苗に任せるのが一番いいと思う。それに、食べ放題っていうのも聞く感じ悪くはなさそうだし。
店員を呼んだ早苗は予定通り『一時間食べ放題』を注文。すると店員の説明が始まり、私は聞き漏らさないようにそれに耳を傾けた。
要約するに、
『定められた棚にあるケーキなら、好きなだけ勝手に取ってきて良い』
『それは今から一時間の間ならば何回おこなってもよい』
『ただし、一時間経過後に自分の取ってきたケーキを食べられなかった場合、そのケーキ分の料金を別に支払わなければならない』
注意事項はこの三点、らしい。
その後、店員が空き皿等の食器を持ってくると直ぐに、
「じゃあ、早速取りに行きますか!」
と、ハキハキした声で言うのへ早苗は席を立った。
「ふんふーん」と鼻歌混じりのご機嫌な早苗に私は着いていく。そうして沢山のケーキが置かれている棚まで来ると、
「取り敢えずショートケーキは基本ですよね。あとはチーズケーキと……ああ、モンブランも美味しそうですねぇ。チョコレートケーキも幻想郷に来てから食べてませんし……これは苺のムースですかね? うん。これも美味しそうです」
言いながら、早苗はどんどんと自分の皿へと運ぶ。
「ちょ、早苗そんなに食べられるの? 残したら追加料金だって……」
「大丈夫ですよ妖夢さん。甘い物は別腹です!」
「そりゃあ……それはよく聞くけど、でも実際問題限界ってのはあるし」
「いや本当に大丈夫なんですよ? 食べ放題って一個あたりのケーキは小さいですし、それに甘いモノ好きな人なら意外と結構食べられるものなんです」
一個一個が小さいのは見れば判る。だけど……
「まあ見ていて下さいよ。このぐらい余裕ですから!」
『ふふん』と得意げな顔をした早苗。
……あ、こういうのを『フラグ』っていうと前に早苗が自分で言ってたなぁ。
……ま、いいか。追加料金を払うのは私じゃないし。
と、私は自分のケーキ選びを開始した。取り敢えず気になっていた『みるふぃーゆ』と『もんぶらん』後は『ろーるけーき』と、『ぷでぃんぐ』と書かれた、多分『ぷりん』を皿へと乗せる。
そして私と早苗は自分の席へと帰還し、二人で「いただきます」と手を合わせた。
私は、まずは『もんぶらん』
早苗は『しょーとけーき』
端を匙で掬い、口へと運ぶ。図った訳ではないが私と早苗は同時にケーキをぱくっ。
「……――んーっ!」
瞬間、口の中に濃厚な栗の味が広がった。甘く、しかし甘ったるくはない絶妙な甘露。鼻腔を通り抜ける『秋』の味。思わず顔が綻んでしまう――のは、目の前の早苗もだ。
「えへへ。妖夢さんだらしない顔してますよ?」
「……早苗こそ」
恥ずかしくなって照れながら答えると、早苗はまた「えへへ」と笑う。
「いやー、でも美味しいですねぇ。生クリームとか久しぶりに食べましたけど」
「こういうのって外の世界には沢山あるんでしょ?」
「そうですね。ここの店主さんも外の人だったのかな? まあ、それは別にどうでもいいですけど、」
言いつつ、早苗は自分の『もんぶらん』を一口食べる。
「やっぱり、ここのは外のより美味しい気がしますよ」
「そうなの? 久しぶりだから、とかじゃなく?」
「ええ。素材がいいんでしょうね。ああいや、向こうも良い物は凄くいいんだと思いますけど、そうなると値段がとても高いんです。ですがここのは、安価でこんなにも美味しい。幻想郷だからこそのケーキですね」
「ふーん。早苗は食べたことないの? そういう高い奴は」
「ありませんねぇ。そもそもケーキで高い物なんて、普通の所じゃ売ってもいないと思います。超高級店とかならあるでしょうが。そういう所は一般人には無縁です」
と、肩を竦めた早苗に笑ってしまった。笑った私を見て、早苗もまた笑う。
「ま、いいですけどね。だって今、こんなにも美味しいケーキを食べられてるのですから」
そういって早苗は再び『しょーとけーき』へ。一口ごとに目尻を下げながら「うむ……クリームのきめ細やかさが違いますね……」とか言いだす。本当に分かってるのかしら?
と、そんな早苗のケーキ講評を半分に聞きながら私も賞味を再開させた。
……でだ。
何度も言うけど、ここの洋菓子は本当に美味しかった。だから、すっかり忘れてしまっていたのだ。
「そうそう妖夢さん」
「ん、なに?」
「来週の日曜、空いてますか?」
「来週の……?」
私はケーキを切り分け、そして口に。
「んぐ、まだ予定は無い……かな。なんで?」
「じゃあその日、ウチに来ませんか? 妖夢さんに着てみて欲しい服もありますし」
……服? ……あ。
「あえっ、着せ替え人形の話っ?」
「着せ替え人形?」
早苗はキョトンとした。当たり前だ。着せ替え人形云々は私が頭の中で考えていたことで、言葉にはしていないのだから。
「あ、いや、服を選んでくれるって話……?」
「ええそうです。選んであげます!」
大きく胸を反った早苗。ありがた迷惑だ。あともげろ。二房。
しかし……これは困った。一度予定はないと言ってしまった手前、今から『やっぱりありました』は心象がすこぶる悪い。ので、
「えっと……その、服は、勘弁して欲しいかなー……なんて」
「はて?」と早苗は口に出す。「なんでですか?」
「なんでって、恥ずかしいのよ。そういう服、着たこと無いし」
「別に恥ずかしい事はないと思いますけど……。妖夢さんなら似合うと思いますし、それを見るのも、わたしたち内輪だけですし」
「ううん、似合わないと思う。それに早苗に見られるのは『特に』――」
そう言うと、早苗の表情に影が差した。
「特に? 特に……なんですか?」
「え、あ、いや……その、」
慌てる。続く、『嫌』という単語こそ言うのは踏み止められたが、しかしここまで言ってしまえば口にしたも同然。流石に早苗も気が付いたようだ。
「……わたしには特に見られたくないってコトですか? それは……なんでですか?」
これまでになく、暗い、静かな声音を発した早苗。
「だっ、だから恥ずかしいからって、」
「じゃあ妖夢さんは、わたしに憧れてたりしますか? 若しくは、わたしのことを恋人として見ることが出来ますか?」
「……はっ?」
いきなりの意味不明な質問に私は声を呑んでしまった。
しかし、その質問は別に、早苗に女性同性愛嗜好があったからとかそういう事ではなく只の鎌かけだったようだ。
「ですよね。じゃあやっぱりおかしいです。『憧れの人』とか『好きな人』とか、そういう人だからっていう理由から特定の人物に対して過剰に恥ずかしがる事はありますけど、妖夢さんはわたしにそういう感情は抱いてない。しかし、抱いてないというのに、わたしは『特に』嫌。つまり恥ずかしさだけが理由じゃない筈です。なにか、わたし『だから』嫌な理由が他にある筈です」
……早苗の推理は概ね正しい。正確には早苗『だから』嫌ではなくて、人間『だから』嫌なのだけども。
それにしても……言っちゃ悪いけど、早苗はもっと脳天気だと思ってた。いま思えば、『早苗は特に嫌』って言葉に対しても、『妖夢さんにとって、わたしは特別なんですね!』とか自信に満ちあふれた勘違いをしそうな性格だと考えてたし、少なくともこんな否定的で暗い推理とか、鎌掛けをする頭脳はないと思ってた。
私はそう困惑しながらも……ただ黙ってるだけでは話が進まない。取り敢えずは早苗に返答をしようとした。
「その、早苗が特にっていうのはさ、それは……」
しかし、そこで言葉が止まる。何故ならその『それは』の先を言うということは、私が言わずに秘めている内容を話し始めることと同一ではないか。と、その時に気が付いたからだ。
「……えっと、早苗。それはさ……」
だから、説明する事が出来ない。出来ずにいるから、この机周りだけは無言となった。その無言を破る勇気が出ない私は何もしなかった。一つも動かず、何も喋らなかった。
一分? いや実際は二十秒ぐらいだろう。早苗が口を開いた。
「……わたしは、嫌われてるんですか?」
「……えっ?」
「妖夢さん。わたしは、新しい服を着た友達を見て似合ってるよだとか、似合わないって言ってお互いを笑ったりだとか、そういうのが普通だと思っています。友達なら、それが普通だと思っています。違いますか?」
「え、それは、まあ、一般的にはそんな感じかと……」
「……じゃあ、わたしとそうなるのが嫌な妖夢さんは、なんなんですか? わたしは――妖夢さんの友達ではないんですか?」
「いやっ……!」
私は急いで否定しようとした。だけど目の前の光景を見て、つい呆気に取られてしまって。
早苗は……目を伏せていた。そして肩と、声を振るわせ手元の机にポツリ、一滴の水を落とした。
(泣いている……?)
幾ら何でも予想外の展開だった。私は驚いた。早苗がここまで悲しんでいるという、その確かな証拠を目の当たりにして。
こんな、こんなつもりじゃなかった。だけど現実、私は早苗を追い込んでしまった。
だから、もう隠せない。隠していたことを全て明かさなければならない。何にしても、今は早苗の涙を拭ってやることが何よりも重要だと思った。
……私は意を決して、早苗に声を掛ける。
「嫌ってなんかない。私は……早苗の友達……だったらいいなって思ってる」
「……だったら?」
「早苗はさ、私が完全な人間じゃないってことは知ってる?」
「……はい。半人半霊だとか……」
「そう、半分人間で半分幽霊。それが私」
「…………」
「私は半人半霊だから成長が遅い。見た目は早苗よりも幼いと自分でも思う。だけど実年齢は違うの。……早苗は私が何歳か、知らないよね?」
「知りませんけど……」と答えた早苗は、そこで突然バッと顔を上げた。
「もしかして年齢が違うから、だから引け目を感じてたんですかっ? いつもの飲み会の時も洋服を着ることにもっ。でもそんなの幻想郷じゃ普通じゃないですか!」
私は早苗を宥めるように、落ち着かせた声で言う。
「うん、確かに私よりもウンと年上の方は大勢いるわ。でもそういう事じゃないの。問題はそこじゃない。問題は私自身の心の弱さのせい」
「心の……?」
「ええ。妖怪や妖精、神様には――そういう人間からは懸け離れた人は――『そういう種族だから』ってことで、私の悩みは分からないと思う。だけど私と同じく人間が入ってる人は……強いのでしょうね。でも私はダメ。見た目と歳の違いを人間基準で考え、悩んでしまう。『半分は幽霊だから』っていう風には割り切れない。だって確かに私は『種族、半人半霊』ではあるけど、人型の方の私の身体的特徴は人間と何も変わらないから。変身もしない。半霊は付いてるけど、こうやって話すのも物を食べるのも、庭の手入れをするのも剣を握るのも、この人型の私」
言って、私は横をフヨフヨと漂う半霊を手に乗せた。
「……そう。この半霊は確かに私の意志通りに動く。私の人型の姿を取らせたり、動きを追従させる事も出来る。こんなの普通の人間には出来ない。……けど只それだけ。半霊側に『魂魄妖夢の意識』がない以上、言ってしまえば感覚的には道具に近い」
「……道具、ですか?」
「うん。『人型の、寿命だけは長くて他は人間と変わらない魂魄妖夢の周りを漂う、私の意志を汲んでくれる便利な道具』そんな感覚。だから正直言って私は、『半分は幽霊』なんて意識は全く持てないのよ。そう思おうとしても無意識的に、私は自分のことを『人間』って考えちゃってるみたいで……。だから私はいつも人間の輪に加わりたいと思ってるみたい。精神的にも成長が遅いらしくて、だから見た目年齢の近い貴女たちの輪についつい加わろうとしちゃうみたい。なのにその癖、ふとした瞬間に一人だけ離れた歳の事も気にしてしまう。そんな未熟者」
私は本心から、自分自身を嘲る。
「私以外はいないよね。宴会だなんだで人間と人外……それに近しい者が一緒にいることはあれど、わざわざ連絡しあって集まって、そうして人里の居酒屋に飲みに、遊びに行くのなんて。『私は本当にこの若い輪の中にいてもいいのか』ってそうも思うわ。……間抜けよね。私は自分のしたい事をしてるのに悩んでる。やりたいなら、もっと気楽に考えればいいのに。……悩むぐらいなら、やらなければいいのに」
「…………」
黙る早苗に、私は続きを口にした。それはこれまで、人間相手には隠してきた、決定的な一言だった。だから無論、人間相手に言うのは初めてのことだった。
「私は……少し前に古希(七十歳)を迎えたのよ。実際はもうそんな歳なの。……だから早苗。仮に自分がその年齢だとして……考えてみて? 十代の前半、後半の女子の中に、そんなのが居るんだよ? そんなのが、若い女の子が着るような服を着て、本当に若い子に披露するんだよ?」
「……それは、凄く恥ずかしいでしょ?」と、私は附言した。
早苗はまだ何も答えない。そんな早苗を私はただ待つ。待って、待って、ようやく早苗は口を開いた。ようやく早苗は、小声ながら私の気持ちを認めてくれた。
「……恥ず、かしいと思います」
……私は――
早苗に失望は、しない。ただ、泣きたくなるような寂しさが私の心に去来した。それまでは息が詰まって胸が苦しくかったのに、今はもうない。胸が空っぽになった感覚があった。
……そう。早苗は私の気持ちを認めてくれたのに……
(私は、甘すぎる)
『そんなことないよ』って、『歳なんて恥ずかしくないよ』って、そう言って欲しかっただなんて。
「……そう、だよね。そうやって私は、時々辛くなるの。だから私はもう、貴女たちとは――」
その途中に、早苗が声を荒げた。
「ええ恥ずかしいっ! 恥ずかしいです! ええ恥ずかしいですよ妖夢さんの立場になって考えてみれば!」
「さっ、早苗……?」
早苗は立ち上がり、机をバンと叩いていた。声も、物凄く大きい。何事かと、周りの客たちも此方の様子を窺いだしていた。
「確かにわたしが将来、若い子の服を着ている所を見られたら恥ずかしく思うでしょう。こんな『おばちゃんが』と思われてたりしたら……そう考えると居た堪らない気持ちにもなります! それに、若い子に混じって遊ぶのだってそうです! 辛く感じる時もあるでしょう! でもですね! 妖夢さんの悩みを軽視して言いますよ! 我慢して下さい! 乗り越えてください! わたしは妖夢さんと友達で居たいんです! 気の置けない友達になりたいんです! 友達は大事です! 一度友達になったのにこんな理由で縁が切れるなんて、わたしは嫌です!」
衆目が更に集まる。
「ちょ……ちょっと早苗、落ち着い……」
「落ち着きませんよ! 妖夢さんがこれからもわたしと友達で居てくれるって約束するまでは落ち着きません!」
「いや、ほら周りのお客さんたちが……」
「ええ見られてますね! 恥ずかしいですか? わたしも恥ずかしいですけど、妖夢さんが今の状況が恥ずかしいってんならそれを利用します! 約束してください! わたし達はこれからも友達だって約束してください! 約束するまで、わたしは煩いままです! 恥ずかしいままです! どうですか妖夢さん!」
「ええっ、それは何かおかしい――」
「そんな返事は望んでません! ほらっ、約束するんですか! しないんですか!」
「…………」
そこまで言い切った早苗は、『はぁはぁ』と肩で息をしていた。目は赤く涙が浮かんで……というより、既に頬には重力に従い垂れていった跡があった。唇は、時々ピクピクとへの字に動いている。
……はぁ。と溜息が出たが、それとは反対に私の心は軽かった。さっきまでは空っぽで寂しかったのに、今はとても暖かくて、嬉しく思える。
「……分かった。約束するよ」
「ホントっ……本当ですかっ?」
遂にはグズグズと鼻水を啜りだした早苗に私は頷いた。
「ええ本当よ。私と早苗は友達。偶に私が年齢の事で沈んじゃう時もあるかも知れないけど、それでも友達」
早苗は袖を引っ張り涙を拭って、それからコチラを見ていた他の客たちに向かって一礼。その後、静かに席へと腰を下ろした。
「ありがとう……ございます」
……馬鹿だなぁ。と思う。
「それはコッチの台詞よ。早苗が恥ずかしい思いをしてくれなきゃ、私は早苗とも、他の人間とも縁を切ってた」
「……友達は、大事なんですよ」
呟くように早苗が言う。まだ少し元気がない。だから、
「にしても、早苗ちょっと卑怯じゃない? あれじゃ約束しない訳にもいかないし」
おどけるように言ってみた。それは多少、効果があったようだ。釣られてか早苗も少し笑ってくれた。
「……えへへ。周りのお客さん、みんな見てましたもんね。でも利用するって言ったじゃないですか」
「全く、したたかな……」
私はもう一度回りを見てみる。……うん。もうコチラを気にしている人はいないっぽい。
……のは良かったが。
別の懸念事項が発生した。
「……あ、あれ?」
ちょっと血の気が引いた私は早苗に言う。恐る恐るに。急な話題転換を申し訳なく感じつつも。
「……えーと、早苗。あのさ、店に入ったのって何時だっけ?」
「え、三時十五分頃でしたけど」
「ほらあの壁掛け時計……もう四時十分過ぎなんだけど」
「あー……もう一時間経つんですねぇ」
「いや、そんな悠長にしてられないでしょ? 残したら追加料金じゃないの?」
と、焦る私。しかし早苗は、
「ああ大丈夫ですよ。一時間経ったらケーキを取りに行くことは出来なくなりますけど、今あるケーキを食べる時間は待っててくれます」
「そうなの?」
「ええそうです。でも一時間経過後あんまりにも長くダラダラしてるのは非常識なので、話しながらゆっくり食べるってのはアレですが」
「そう。じゃあチャチャっと食べちゃいましょう」
と言って匙を持った私だったが……
「……早苗?」
早苗は動かない。いや動いてはいるんだけど、なにやらモジモジ……匙でケーキを少し崩してはモジモジ……
「まさか……」
「え、えーっと、だって泣いたら、その、なんだか胸がいっぱいになっちゃって……」
見た所、早苗の皿にはまだ食べかけのケーキが半分と、手を付けてすらいない新品そのままのケーキが三つ。
「だから始め取り過ぎだって……」
「だ、だって今回はイレギュラーですよぉ。お腹的にはこれ位は平気だったんです!」
「……三つで罰金、幾らくらいかな……?」
お品書きを取ろうとした私を早苗が遮った。
「やーっ、ダメです! これは残しません。残して追加料金を支払う余裕なんてウチにはないんです!」
「けどそんなこと言っても……」
その時、早苗がポツリ。
「……あの、妖夢さん、食べません?」
……は?
「いやいやいや、私ももうお腹一杯よ」
「そこをなんとか!」
「なんとかならないわよ腹具合なんて! というか、さっきも言ったけど考え無しに取った早苗が――」
「でもですね。ほら、子供が食べもの残しちゃうのは普通じゃないですか! それを年長者が食べてあげる。それも普通! という訳で……妖夢お姉ちゃんーっ、食べてーっ!」
呆れる。誰がお姉ちゃんか。
「そもそも、お姉ちゃんなんて歳じゃないってもう知ってるでしょ」
「え、違うんですか?」
早苗が不思議そうな顔をした。
「……はぁ?」
意味が解らない。不思議そうな顔をしたいのはこっちだ。
「だからさっき言ったじゃない。私は少し前に古希を迎えたって」
すると早苗は「ああ」と。それから後頭部をポリポリと掻いて……
「ええと、恥ずかしながら古希って何歳だか知らないんですよね。でもまあ二十歳のこと『ハタチ』というのは知っていましたし、話の流れから年齢のことだとは解ったんで……三十歳くらいですか?」
早苗はニコニコしながら訊いてきた。
……『還暦』なら早苗も分かったのかなぁと――でも『三十路』は分かってなさそうだしなぁと――ぼんやり思った。
早苗はきっと、先程は十五歳くらいの女子の輪に入ってる三十歳の自分を想像したのだろう。ああうん、それはそれで恥ずかしいかもね。
まあ、それはさて措いて、恐らく冗談とはいえ早苗は私を『お姉ちゃん』と呼んだ。というか今さっきの話からするに、私のことを三十歳位だと思ってたのだろう。つまり実際の年齢である『七十歳』は想像の外の外であるはずだ。
七十歳と明かしても早苗は友達でいてくれる……とは思う。いや、思うことにする。
しかし、明かせば少なからず驚きはあるだろう。その動揺に対処して……と考えると、もうそれは億劫だ。今日はもう疲れた。早苗には後日、『古希ってのはね』と教えりゃあそれでいいだろう。
無意識に肩の力が抜けた。抜けて、だらっーと項垂れた私。
そんな私に早苗は、「え、妖夢さんどうしたんですか?」と心配そうに訊いてくる。
正直、もう何も考え事をしたくない。どうでもいいやって感じ。だからだろう。自然と頭に浮かんだ行動に何の制止も掛からなくて――
私は顔を上げる。そして両手の人差し指を立てて、その先端を頬にくっつけて、馬鹿みたいな笑顔で言った。
「うん! 魂魄妖夢! 三十歳ですっ!」
私はハタと思い出し、八百屋とは異なる方向へと足を向けた。数分歩くとソコには居酒屋があり、更に進めば目的地である、甘い匂い漂う一件の洋菓子店が見えてくる。
ここは先日、霊夢、魔理沙、咲夜に早苗、そして私、魂魄妖夢の五人での飲み会の帰りしなに、私がふと見つけた店だ。まあ、その時はたらふく食べた後だったし、ほかの四人は既にグデングデンだったから店のことは話題にしなかったのだけど、気にはなっていた。
私だって女の子。甘い物は好きなのだ。
店の目の前までやってきた私。ちょいと店内を覗くと、沢山の丸い、オシャレな木製机があり美麗な木細工が施された椅子があり……そこに座る里人たちは皆一様に笑顔だった。
それは菓子がもたらしている表情なのだろう。期待に胸がふくらむ。入口の横には硝子張りの棚があって――恐らくは商品の見本か。中を見てみるに、大半はケーキ? と呼ぶらしい種類の洋菓子だった。
美味しそうなのは間違いないが、見たことのない菓子も多い。見本の菓子の前にある商品名が書かれた札を見てもよく分からない。
「みる、ふぃーゆ? もん、ぶらん?」
だからかそんな、思わず呟いてしまった独り言。
その独り言に、聞き覚えのある声が返ってきた。
「ミルフィーユはパイ生地を何層も重ねたケーキで、モンブランは、基本的には栗を使ったケーキですね」
声の方へと振り向くと、そこにいたのは早苗だった。
「あ、早苗」
「はい。こんちには妖夢さん。妖夢さんはどうしてこちらへ?」
「わ、私は買いもの前に、ちょっと寄り道で。早苗は?」
「わたしもそうですね。今日はお仕事お休みしていいってことなので」
お休み……
「そういえばいつもの巫女服じゃないのね。……あれが巫女服かってのは置いといて」
早苗は苦笑し、「一言多いですよ妖夢さん」と。
「まあ、さっきも言ったように今日はお休みですからね。そういう時は巫女服は着ません」
「でも私たちと呑む時はいつも同じ巫女服じゃない?」
「だってそれは皆さんがいつもと同じ服だからですよ。紅巫女服に黒魔術っぽい衣装、それにメイド服、妖夢さんは服装はそんな奇抜でもないですけど帯刀してるし……。その集団の中、わたし一人こういう洋服だったら浮きません?」
「それは……確かに」
そう頷かざるを得ない。早苗に詳しく訊いた所この洋服、上は白いレースで下はジーパン、と言うようだ。
「どうですか、可愛いですよね?」そう言って早苗はその場でくるっと一回転した。
「ええまあ、可愛いと思うわよ」
「ですよねですよね! コレ、外の世界から持ってきた物なんですよ。幻想郷じゃまだ、こういう洋服は売ってないんですよねぇ」
「そうでしょうね。私も見たことない。……といっても服屋自体あまり行かないけど」
そう答えると早苗は小首を傾げた。恐らく、そのとき初めて意識に上ったのだろう。
「あれ、そういえば妖夢さん、いつも同じ服装じゃないですか?」
私は、自分の着ている服を右から左へと眺めながら首肯する。
「いやうん。これが一番着慣れてるしね」
「他の服は?」
「あとは……昔に着ていた道着かな。剣の修行の時の」
それを聞いて、早苗は眉を顰めて唸り出した。
「うーん……そんなのダメですよ妖夢さん。女の子はもっとオシャレをするべきです! いつも着てるその服も悪くないですが、偶にはイメチェンもいいと思います!」
……イ、イメチェン? 外来語?
「……な、なんだかよく解らないけど、私はこれでいいのよ」
「えー、そんなぁ。妖夢さんだってこういう服を着てみたいって思ったりしません?」
「いや、そりゃ思わないこともないけど、」
「じゃあ良いじゃないですか。わたしのお古、まだタンスに入ってると思いますし、それならサイズも――」
……このままでは着せ替え人形にさせられる。
それは肉体的にも精神的にも疲れそうで、無論、その展開を避けたいことは言うまでもない。が、私にはもう一つ、早苗の着ているような服に袖を通したくない理由があった。というより、その後者の理由こそが問題だった。
だから――
「あ、いや早苗、私はもうそろそろ買い物に戻らないと」
それまではウットリとした顔で饒舌に(私を着せ替え人形にさせている画を)語っていた早苗だったが、
「え? 妖夢さん。この店に来たんじゃないんですか?」
現実に引き戻された早苗からの質問に答える。
「来たっていうか、気になってたからちょっと足を運んでみただけ。入るつもりは……」
……なかったこともないけれど、いま入ったら早苗と相席になるのは確定だし、そしたら洋服試着会の話が続くのは目に見えてるし。
「そう、元々入るつもりはなかったのよ」
すると、「そうですか」と、少しシュンとした早苗。しかし、
「じゃあ、せっかくなので入りましょう!」と、直ぐさまパアッと笑顔となった早苗。
……は?
「いや、だから私は買い物が、」
「大丈夫ですよまだ日は高いです! それにこうして偶然出会ったのだから都合が良いですし」
「都合?」
「ええ、わたしもこの店に入るかは悩んでたんです。悩みながら此処まで来たんですよ。だって見て下さい店の中!」
言われて見てみるが、別段先ほどと違いはない。怪訝に思っていると、早苗が更に言葉を続けた。
「ほら、案の定と言うか、一人で来ているお客さんなんて居ませんもん! 他人の目なんか関係ないですけど、やっぱり気にはなります。そして気にしていたら折角のケーキもキチンと味わえなくなる。そんなの勿体ないですし!」
成程。言われてみればその通りかも知れない。周りは楽しそうにお喋りしながら菓子を食べているのに一人で淡々と……だなんて、なんというか肩身狭そうにしている自分の姿が容易に想像できる。
なーんて、不覚にも考えていた隙に、何時の間にか私は早苗に襟を掴まれて……
「……えっ?」
『カランコローン』
店の扉が開かれた音が、耳を打った。
「こんにちはー!」
次いで早苗の、そんな元気一杯の挨拶。
「いらっしゃいませー。何名様ですかー?」
「二名です!」
「煙草はお吸いになられますか?」
「いいえ吸いません」
「ではこちらへどうぞー」
「はーい!」
……あれよあれよという間に、入店させられている私。
未だ襟を掴まれたまま引っ張られ、早苗が店員に案内させられた席へと到着。
流石にここまできて帰る訳にはいかない。『若者の強引さって凄いなぁ』と、私は呆れ混じりの溜息を吐きながら着席した。
最初はいつ服の話に戻るか警戒していたが、早苗は既に忘れているのか、お品書きに目を通し始める。「おいしそうですねぇ」とニコニコ笑顔で。「でも……うーむ」と、時には迷っているような表情で。それから「あっ」と驚いた顔で、
「見て下さい妖夢さん。ほらこれ、一時間食べ放題コースっていうのがありますよ!」
早苗がこちらに差し出してきたお品書きを見ながら私は訊く。
「食べ放題?」
「ええ。一時間の間であればどれだけ食べてもココに書かれている料金で済むんです」
「これにしませんか?」そう提案してきた早苗に「ああ、うん、じゃあそれで」と返した。
正直こういうお店をよく知らないから早苗に任せるのが一番いいと思う。それに、食べ放題っていうのも聞く感じ悪くはなさそうだし。
店員を呼んだ早苗は予定通り『一時間食べ放題』を注文。すると店員の説明が始まり、私は聞き漏らさないようにそれに耳を傾けた。
要約するに、
『定められた棚にあるケーキなら、好きなだけ勝手に取ってきて良い』
『それは今から一時間の間ならば何回おこなってもよい』
『ただし、一時間経過後に自分の取ってきたケーキを食べられなかった場合、そのケーキ分の料金を別に支払わなければならない』
注意事項はこの三点、らしい。
その後、店員が空き皿等の食器を持ってくると直ぐに、
「じゃあ、早速取りに行きますか!」
と、ハキハキした声で言うのへ早苗は席を立った。
「ふんふーん」と鼻歌混じりのご機嫌な早苗に私は着いていく。そうして沢山のケーキが置かれている棚まで来ると、
「取り敢えずショートケーキは基本ですよね。あとはチーズケーキと……ああ、モンブランも美味しそうですねぇ。チョコレートケーキも幻想郷に来てから食べてませんし……これは苺のムースですかね? うん。これも美味しそうです」
言いながら、早苗はどんどんと自分の皿へと運ぶ。
「ちょ、早苗そんなに食べられるの? 残したら追加料金だって……」
「大丈夫ですよ妖夢さん。甘い物は別腹です!」
「そりゃあ……それはよく聞くけど、でも実際問題限界ってのはあるし」
「いや本当に大丈夫なんですよ? 食べ放題って一個あたりのケーキは小さいですし、それに甘いモノ好きな人なら意外と結構食べられるものなんです」
一個一個が小さいのは見れば判る。だけど……
「まあ見ていて下さいよ。このぐらい余裕ですから!」
『ふふん』と得意げな顔をした早苗。
……あ、こういうのを『フラグ』っていうと前に早苗が自分で言ってたなぁ。
……ま、いいか。追加料金を払うのは私じゃないし。
と、私は自分のケーキ選びを開始した。取り敢えず気になっていた『みるふぃーゆ』と『もんぶらん』後は『ろーるけーき』と、『ぷでぃんぐ』と書かれた、多分『ぷりん』を皿へと乗せる。
そして私と早苗は自分の席へと帰還し、二人で「いただきます」と手を合わせた。
私は、まずは『もんぶらん』
早苗は『しょーとけーき』
端を匙で掬い、口へと運ぶ。図った訳ではないが私と早苗は同時にケーキをぱくっ。
「……――んーっ!」
瞬間、口の中に濃厚な栗の味が広がった。甘く、しかし甘ったるくはない絶妙な甘露。鼻腔を通り抜ける『秋』の味。思わず顔が綻んでしまう――のは、目の前の早苗もだ。
「えへへ。妖夢さんだらしない顔してますよ?」
「……早苗こそ」
恥ずかしくなって照れながら答えると、早苗はまた「えへへ」と笑う。
「いやー、でも美味しいですねぇ。生クリームとか久しぶりに食べましたけど」
「こういうのって外の世界には沢山あるんでしょ?」
「そうですね。ここの店主さんも外の人だったのかな? まあ、それは別にどうでもいいですけど、」
言いつつ、早苗は自分の『もんぶらん』を一口食べる。
「やっぱり、ここのは外のより美味しい気がしますよ」
「そうなの? 久しぶりだから、とかじゃなく?」
「ええ。素材がいいんでしょうね。ああいや、向こうも良い物は凄くいいんだと思いますけど、そうなると値段がとても高いんです。ですがここのは、安価でこんなにも美味しい。幻想郷だからこそのケーキですね」
「ふーん。早苗は食べたことないの? そういう高い奴は」
「ありませんねぇ。そもそもケーキで高い物なんて、普通の所じゃ売ってもいないと思います。超高級店とかならあるでしょうが。そういう所は一般人には無縁です」
と、肩を竦めた早苗に笑ってしまった。笑った私を見て、早苗もまた笑う。
「ま、いいですけどね。だって今、こんなにも美味しいケーキを食べられてるのですから」
そういって早苗は再び『しょーとけーき』へ。一口ごとに目尻を下げながら「うむ……クリームのきめ細やかさが違いますね……」とか言いだす。本当に分かってるのかしら?
と、そんな早苗のケーキ講評を半分に聞きながら私も賞味を再開させた。
……でだ。
何度も言うけど、ここの洋菓子は本当に美味しかった。だから、すっかり忘れてしまっていたのだ。
「そうそう妖夢さん」
「ん、なに?」
「来週の日曜、空いてますか?」
「来週の……?」
私はケーキを切り分け、そして口に。
「んぐ、まだ予定は無い……かな。なんで?」
「じゃあその日、ウチに来ませんか? 妖夢さんに着てみて欲しい服もありますし」
……服? ……あ。
「あえっ、着せ替え人形の話っ?」
「着せ替え人形?」
早苗はキョトンとした。当たり前だ。着せ替え人形云々は私が頭の中で考えていたことで、言葉にはしていないのだから。
「あ、いや、服を選んでくれるって話……?」
「ええそうです。選んであげます!」
大きく胸を反った早苗。ありがた迷惑だ。あともげろ。二房。
しかし……これは困った。一度予定はないと言ってしまった手前、今から『やっぱりありました』は心象がすこぶる悪い。ので、
「えっと……その、服は、勘弁して欲しいかなー……なんて」
「はて?」と早苗は口に出す。「なんでですか?」
「なんでって、恥ずかしいのよ。そういう服、着たこと無いし」
「別に恥ずかしい事はないと思いますけど……。妖夢さんなら似合うと思いますし、それを見るのも、わたしたち内輪だけですし」
「ううん、似合わないと思う。それに早苗に見られるのは『特に』――」
そう言うと、早苗の表情に影が差した。
「特に? 特に……なんですか?」
「え、あ、いや……その、」
慌てる。続く、『嫌』という単語こそ言うのは踏み止められたが、しかしここまで言ってしまえば口にしたも同然。流石に早苗も気が付いたようだ。
「……わたしには特に見られたくないってコトですか? それは……なんでですか?」
これまでになく、暗い、静かな声音を発した早苗。
「だっ、だから恥ずかしいからって、」
「じゃあ妖夢さんは、わたしに憧れてたりしますか? 若しくは、わたしのことを恋人として見ることが出来ますか?」
「……はっ?」
いきなりの意味不明な質問に私は声を呑んでしまった。
しかし、その質問は別に、早苗に女性同性愛嗜好があったからとかそういう事ではなく只の鎌かけだったようだ。
「ですよね。じゃあやっぱりおかしいです。『憧れの人』とか『好きな人』とか、そういう人だからっていう理由から特定の人物に対して過剰に恥ずかしがる事はありますけど、妖夢さんはわたしにそういう感情は抱いてない。しかし、抱いてないというのに、わたしは『特に』嫌。つまり恥ずかしさだけが理由じゃない筈です。なにか、わたし『だから』嫌な理由が他にある筈です」
……早苗の推理は概ね正しい。正確には早苗『だから』嫌ではなくて、人間『だから』嫌なのだけども。
それにしても……言っちゃ悪いけど、早苗はもっと脳天気だと思ってた。いま思えば、『早苗は特に嫌』って言葉に対しても、『妖夢さんにとって、わたしは特別なんですね!』とか自信に満ちあふれた勘違いをしそうな性格だと考えてたし、少なくともこんな否定的で暗い推理とか、鎌掛けをする頭脳はないと思ってた。
私はそう困惑しながらも……ただ黙ってるだけでは話が進まない。取り敢えずは早苗に返答をしようとした。
「その、早苗が特にっていうのはさ、それは……」
しかし、そこで言葉が止まる。何故ならその『それは』の先を言うということは、私が言わずに秘めている内容を話し始めることと同一ではないか。と、その時に気が付いたからだ。
「……えっと、早苗。それはさ……」
だから、説明する事が出来ない。出来ずにいるから、この机周りだけは無言となった。その無言を破る勇気が出ない私は何もしなかった。一つも動かず、何も喋らなかった。
一分? いや実際は二十秒ぐらいだろう。早苗が口を開いた。
「……わたしは、嫌われてるんですか?」
「……えっ?」
「妖夢さん。わたしは、新しい服を着た友達を見て似合ってるよだとか、似合わないって言ってお互いを笑ったりだとか、そういうのが普通だと思っています。友達なら、それが普通だと思っています。違いますか?」
「え、それは、まあ、一般的にはそんな感じかと……」
「……じゃあ、わたしとそうなるのが嫌な妖夢さんは、なんなんですか? わたしは――妖夢さんの友達ではないんですか?」
「いやっ……!」
私は急いで否定しようとした。だけど目の前の光景を見て、つい呆気に取られてしまって。
早苗は……目を伏せていた。そして肩と、声を振るわせ手元の机にポツリ、一滴の水を落とした。
(泣いている……?)
幾ら何でも予想外の展開だった。私は驚いた。早苗がここまで悲しんでいるという、その確かな証拠を目の当たりにして。
こんな、こんなつもりじゃなかった。だけど現実、私は早苗を追い込んでしまった。
だから、もう隠せない。隠していたことを全て明かさなければならない。何にしても、今は早苗の涙を拭ってやることが何よりも重要だと思った。
……私は意を決して、早苗に声を掛ける。
「嫌ってなんかない。私は……早苗の友達……だったらいいなって思ってる」
「……だったら?」
「早苗はさ、私が完全な人間じゃないってことは知ってる?」
「……はい。半人半霊だとか……」
「そう、半分人間で半分幽霊。それが私」
「…………」
「私は半人半霊だから成長が遅い。見た目は早苗よりも幼いと自分でも思う。だけど実年齢は違うの。……早苗は私が何歳か、知らないよね?」
「知りませんけど……」と答えた早苗は、そこで突然バッと顔を上げた。
「もしかして年齢が違うから、だから引け目を感じてたんですかっ? いつもの飲み会の時も洋服を着ることにもっ。でもそんなの幻想郷じゃ普通じゃないですか!」
私は早苗を宥めるように、落ち着かせた声で言う。
「うん、確かに私よりもウンと年上の方は大勢いるわ。でもそういう事じゃないの。問題はそこじゃない。問題は私自身の心の弱さのせい」
「心の……?」
「ええ。妖怪や妖精、神様には――そういう人間からは懸け離れた人は――『そういう種族だから』ってことで、私の悩みは分からないと思う。だけど私と同じく人間が入ってる人は……強いのでしょうね。でも私はダメ。見た目と歳の違いを人間基準で考え、悩んでしまう。『半分は幽霊だから』っていう風には割り切れない。だって確かに私は『種族、半人半霊』ではあるけど、人型の方の私の身体的特徴は人間と何も変わらないから。変身もしない。半霊は付いてるけど、こうやって話すのも物を食べるのも、庭の手入れをするのも剣を握るのも、この人型の私」
言って、私は横をフヨフヨと漂う半霊を手に乗せた。
「……そう。この半霊は確かに私の意志通りに動く。私の人型の姿を取らせたり、動きを追従させる事も出来る。こんなの普通の人間には出来ない。……けど只それだけ。半霊側に『魂魄妖夢の意識』がない以上、言ってしまえば感覚的には道具に近い」
「……道具、ですか?」
「うん。『人型の、寿命だけは長くて他は人間と変わらない魂魄妖夢の周りを漂う、私の意志を汲んでくれる便利な道具』そんな感覚。だから正直言って私は、『半分は幽霊』なんて意識は全く持てないのよ。そう思おうとしても無意識的に、私は自分のことを『人間』って考えちゃってるみたいで……。だから私はいつも人間の輪に加わりたいと思ってるみたい。精神的にも成長が遅いらしくて、だから見た目年齢の近い貴女たちの輪についつい加わろうとしちゃうみたい。なのにその癖、ふとした瞬間に一人だけ離れた歳の事も気にしてしまう。そんな未熟者」
私は本心から、自分自身を嘲る。
「私以外はいないよね。宴会だなんだで人間と人外……それに近しい者が一緒にいることはあれど、わざわざ連絡しあって集まって、そうして人里の居酒屋に飲みに、遊びに行くのなんて。『私は本当にこの若い輪の中にいてもいいのか』ってそうも思うわ。……間抜けよね。私は自分のしたい事をしてるのに悩んでる。やりたいなら、もっと気楽に考えればいいのに。……悩むぐらいなら、やらなければいいのに」
「…………」
黙る早苗に、私は続きを口にした。それはこれまで、人間相手には隠してきた、決定的な一言だった。だから無論、人間相手に言うのは初めてのことだった。
「私は……少し前に古希(七十歳)を迎えたのよ。実際はもうそんな歳なの。……だから早苗。仮に自分がその年齢だとして……考えてみて? 十代の前半、後半の女子の中に、そんなのが居るんだよ? そんなのが、若い女の子が着るような服を着て、本当に若い子に披露するんだよ?」
「……それは、凄く恥ずかしいでしょ?」と、私は附言した。
早苗はまだ何も答えない。そんな早苗を私はただ待つ。待って、待って、ようやく早苗は口を開いた。ようやく早苗は、小声ながら私の気持ちを認めてくれた。
「……恥ず、かしいと思います」
……私は――
早苗に失望は、しない。ただ、泣きたくなるような寂しさが私の心に去来した。それまでは息が詰まって胸が苦しくかったのに、今はもうない。胸が空っぽになった感覚があった。
……そう。早苗は私の気持ちを認めてくれたのに……
(私は、甘すぎる)
『そんなことないよ』って、『歳なんて恥ずかしくないよ』って、そう言って欲しかっただなんて。
「……そう、だよね。そうやって私は、時々辛くなるの。だから私はもう、貴女たちとは――」
その途中に、早苗が声を荒げた。
「ええ恥ずかしいっ! 恥ずかしいです! ええ恥ずかしいですよ妖夢さんの立場になって考えてみれば!」
「さっ、早苗……?」
早苗は立ち上がり、机をバンと叩いていた。声も、物凄く大きい。何事かと、周りの客たちも此方の様子を窺いだしていた。
「確かにわたしが将来、若い子の服を着ている所を見られたら恥ずかしく思うでしょう。こんな『おばちゃんが』と思われてたりしたら……そう考えると居た堪らない気持ちにもなります! それに、若い子に混じって遊ぶのだってそうです! 辛く感じる時もあるでしょう! でもですね! 妖夢さんの悩みを軽視して言いますよ! 我慢して下さい! 乗り越えてください! わたしは妖夢さんと友達で居たいんです! 気の置けない友達になりたいんです! 友達は大事です! 一度友達になったのにこんな理由で縁が切れるなんて、わたしは嫌です!」
衆目が更に集まる。
「ちょ……ちょっと早苗、落ち着い……」
「落ち着きませんよ! 妖夢さんがこれからもわたしと友達で居てくれるって約束するまでは落ち着きません!」
「いや、ほら周りのお客さんたちが……」
「ええ見られてますね! 恥ずかしいですか? わたしも恥ずかしいですけど、妖夢さんが今の状況が恥ずかしいってんならそれを利用します! 約束してください! わたし達はこれからも友達だって約束してください! 約束するまで、わたしは煩いままです! 恥ずかしいままです! どうですか妖夢さん!」
「ええっ、それは何かおかしい――」
「そんな返事は望んでません! ほらっ、約束するんですか! しないんですか!」
「…………」
そこまで言い切った早苗は、『はぁはぁ』と肩で息をしていた。目は赤く涙が浮かんで……というより、既に頬には重力に従い垂れていった跡があった。唇は、時々ピクピクとへの字に動いている。
……はぁ。と溜息が出たが、それとは反対に私の心は軽かった。さっきまでは空っぽで寂しかったのに、今はとても暖かくて、嬉しく思える。
「……分かった。約束するよ」
「ホントっ……本当ですかっ?」
遂にはグズグズと鼻水を啜りだした早苗に私は頷いた。
「ええ本当よ。私と早苗は友達。偶に私が年齢の事で沈んじゃう時もあるかも知れないけど、それでも友達」
早苗は袖を引っ張り涙を拭って、それからコチラを見ていた他の客たちに向かって一礼。その後、静かに席へと腰を下ろした。
「ありがとう……ございます」
……馬鹿だなぁ。と思う。
「それはコッチの台詞よ。早苗が恥ずかしい思いをしてくれなきゃ、私は早苗とも、他の人間とも縁を切ってた」
「……友達は、大事なんですよ」
呟くように早苗が言う。まだ少し元気がない。だから、
「にしても、早苗ちょっと卑怯じゃない? あれじゃ約束しない訳にもいかないし」
おどけるように言ってみた。それは多少、効果があったようだ。釣られてか早苗も少し笑ってくれた。
「……えへへ。周りのお客さん、みんな見てましたもんね。でも利用するって言ったじゃないですか」
「全く、したたかな……」
私はもう一度回りを見てみる。……うん。もうコチラを気にしている人はいないっぽい。
……のは良かったが。
別の懸念事項が発生した。
「……あ、あれ?」
ちょっと血の気が引いた私は早苗に言う。恐る恐るに。急な話題転換を申し訳なく感じつつも。
「……えーと、早苗。あのさ、店に入ったのって何時だっけ?」
「え、三時十五分頃でしたけど」
「ほらあの壁掛け時計……もう四時十分過ぎなんだけど」
「あー……もう一時間経つんですねぇ」
「いや、そんな悠長にしてられないでしょ? 残したら追加料金じゃないの?」
と、焦る私。しかし早苗は、
「ああ大丈夫ですよ。一時間経ったらケーキを取りに行くことは出来なくなりますけど、今あるケーキを食べる時間は待っててくれます」
「そうなの?」
「ええそうです。でも一時間経過後あんまりにも長くダラダラしてるのは非常識なので、話しながらゆっくり食べるってのはアレですが」
「そう。じゃあチャチャっと食べちゃいましょう」
と言って匙を持った私だったが……
「……早苗?」
早苗は動かない。いや動いてはいるんだけど、なにやらモジモジ……匙でケーキを少し崩してはモジモジ……
「まさか……」
「え、えーっと、だって泣いたら、その、なんだか胸がいっぱいになっちゃって……」
見た所、早苗の皿にはまだ食べかけのケーキが半分と、手を付けてすらいない新品そのままのケーキが三つ。
「だから始め取り過ぎだって……」
「だ、だって今回はイレギュラーですよぉ。お腹的にはこれ位は平気だったんです!」
「……三つで罰金、幾らくらいかな……?」
お品書きを取ろうとした私を早苗が遮った。
「やーっ、ダメです! これは残しません。残して追加料金を支払う余裕なんてウチにはないんです!」
「けどそんなこと言っても……」
その時、早苗がポツリ。
「……あの、妖夢さん、食べません?」
……は?
「いやいやいや、私ももうお腹一杯よ」
「そこをなんとか!」
「なんとかならないわよ腹具合なんて! というか、さっきも言ったけど考え無しに取った早苗が――」
「でもですね。ほら、子供が食べもの残しちゃうのは普通じゃないですか! それを年長者が食べてあげる。それも普通! という訳で……妖夢お姉ちゃんーっ、食べてーっ!」
呆れる。誰がお姉ちゃんか。
「そもそも、お姉ちゃんなんて歳じゃないってもう知ってるでしょ」
「え、違うんですか?」
早苗が不思議そうな顔をした。
「……はぁ?」
意味が解らない。不思議そうな顔をしたいのはこっちだ。
「だからさっき言ったじゃない。私は少し前に古希を迎えたって」
すると早苗は「ああ」と。それから後頭部をポリポリと掻いて……
「ええと、恥ずかしながら古希って何歳だか知らないんですよね。でもまあ二十歳のこと『ハタチ』というのは知っていましたし、話の流れから年齢のことだとは解ったんで……三十歳くらいですか?」
早苗はニコニコしながら訊いてきた。
……『還暦』なら早苗も分かったのかなぁと――でも『三十路』は分かってなさそうだしなぁと――ぼんやり思った。
早苗はきっと、先程は十五歳くらいの女子の輪に入ってる三十歳の自分を想像したのだろう。ああうん、それはそれで恥ずかしいかもね。
まあ、それはさて措いて、恐らく冗談とはいえ早苗は私を『お姉ちゃん』と呼んだ。というか今さっきの話からするに、私のことを三十歳位だと思ってたのだろう。つまり実際の年齢である『七十歳』は想像の外の外であるはずだ。
七十歳と明かしても早苗は友達でいてくれる……とは思う。いや、思うことにする。
しかし、明かせば少なからず驚きはあるだろう。その動揺に対処して……と考えると、もうそれは億劫だ。今日はもう疲れた。早苗には後日、『古希ってのはね』と教えりゃあそれでいいだろう。
無意識に肩の力が抜けた。抜けて、だらっーと項垂れた私。
そんな私に早苗は、「え、妖夢さんどうしたんですか?」と心配そうに訊いてくる。
正直、もう何も考え事をしたくない。どうでもいいやって感じ。だからだろう。自然と頭に浮かんだ行動に何の制止も掛からなくて――
私は顔を上げる。そして両手の人差し指を立てて、その先端を頬にくっつけて、馬鹿みたいな笑顔で言った。
「うん! 魂魄妖夢! 三十歳ですっ!」
意外な発見をしたようでお得な気分w
ロリババァ最高やろが
すみません、笑ってしまって恐縮です。
でも、妖夢なら悩みますよね、こういった容姿と実年齢の乖離は幻想郷なら当たり前。とはいえ、当の本人にとっては大事な問題ですからね。
あとがきによる補完もありがたいです。
ここまで読んで痛感したのが、このお題を取り扱うにあたっての人選といい、その性格的理由といい、本当にストンと心地よく受け入れられたということ。
妖夢と早苗、言われてみれば良い友達になりそうだなぁ…
最新作で気になって過去作を覗いてみたのですが、こちらも素敵なお話でした。