「メリー。ずっと思ってたんだけど……私ってもしかしたら、男なのかな?」
「え?」
あまりにも唐突な言葉に私は虚を突かれた。
落ち着いてその言葉を頭の中で繰り返したが、やはり意味が分からなかった。
いつもの冗談だろうか。
「最近ね、ずっと考えてるの。私は男なんじゃないかって。ね、笑わないで聞いてくれる?」
蓮子は今までにないほど真剣な表情をしていた。しかし目の端には、どこか悲しそうな、切なそうな表情があった。
暗い過去を語る時のような、どうしても顔に出てしまう内側の感情が、今の蓮子にはあった。
真剣なのかもしれない。
先ほどは虚を突かれたが、今度はしっかり腰を据えて真面目に聞こう。
「分かった。笑わずに聞いてあげる」
蓮子は安心したようにふうと一息ついた。それから膝の上で手を組み、俯きがちで話し始めた。
「私は男性が苦手なの。それは知ってるわよね?」
「ええ」
「どうしてもダメなの。高校の時に一度彼氏がいたことがあったけど、私は彼の手を握ることすらできなかった」
蓮子は自分の手を開いたり閉じたりしている。
俯いていた顔が上がり、その目が私を捉える。
私のベッドがきしんで小さな音を立てた。
「私には今好きな人がいるのだけれど、その人は女性なの」
「……そう」
初めは無表情だった蓮子が、この時すごく申し訳なさそうな顔をしていた。悪いことをしているんだと自分を責めているように見えた。
「私はその人と行動を共にすることがあるのだけれど、ふいに、本当に突然に、その人を押し倒したくなるの」
「うん」
もう冗談だという考えは消えていた。蓮子が真剣に悩んでいるのが分かっていた。
「その人のこと、押し倒して、犯して……自分のものにしたいって思っちゃうの」
「うん……」
「ごめんね。こんな話……」
「いいのよ。続けて」
コクリと蓮子は頷いた。私は生唾をゴクリと飲み込む。
寝室は冬の深夜のように静かだ。
「私はその人と手をつなぐことがあるのだけれど、女同士なのにものすごドキドキしちゃうの」
「まるで恋人といるときのように?」
「たぶん。恋人いたことないけど」
「それで?」
「私はその人とお風呂に入ることがあるのだけれど、その人の裸を見ると、興奮してのぼせそうになるの。上がってからも、ずっとその人の身体のことを考えてしまうの」
蓮子は罪悪感に満ちた表情をしていた。こんな自分が情けないと言わんばかりに、顔をゆがめている。
「バスローブの隙間から見える肌のせいで、私は落ち着いていられなくなるの」
「うん」
「おかしいでしょ? 女なのに」
「おかしいのかな」
「うん。絶対おかしい。だからね、私は自分が男なんじゃないかって思うの」
「……蓮子の言いたいことは分かるわ」
常識から外れた自分の行動をすべて正しいものであると説明しようとした結果、自分は男性であるという結論に至ったのだろう。
自分は異常だということを否認するために。
自分を守るために、そう考えたのだろう。
私は蓮子を責められない。
「でも蓮子、あなたスカートを履いて街に出ても恥ずかしくないでしょ?」
「スカート? 別に恥ずかしくないけど」
「でも普通の男性がスカートを履いて街に出たら恥ずかしいと思うんじゃないかしら」
「そう、かな?」
「それに、トイレだって女子トイレに入ることに違和感を覚えないでしょう?」
「そう、ね」
「温泉だって、女湯に入るでしょう?」
「うん」
「じゃあ蓮子は男じゃないと思うわ」
「でも……じゃあ、私のこの感情は、どう説明したらいいの?」
それは多分、同性愛なんだろう。
少なくとも、性同一性障害よりは同性愛のほうが蓮子に近い気がする。
蓮子の顔がみるみる暗くなっていく。自己嫌悪か、あるいは自分を責めているのか。
「そんな泣きそうな顔しなくてもいいのよ」
「だって」
蓮子の頭を撫でてあげる。すると蓮子はタガが外れたようにこちらに倒れこんできた。胸で受け止めると、蓮子は声を上げて泣き始めてしまった。
蓮子のまぶたから零れるしずくは私のパジャマを濡らしていく。
しばらくその体勢のまま頭を撫でてあげた。
やがて泣き止んだ蓮子は、間近で顔を上げて口を開いた。
「私はその人に甘えることがあるのだけれど、そんな時は劣情なんて一切なくて、お姉ちゃんやお母さんの前にいるような気分になるの」
「……うん」
「その人の身体に触れているのに、下心は全然なくて、友達でいるときのような気分にもなるの」
「……そう」
泣いた後にもかかわらず、蓮子は泣く前と変わらない落ち着いた声を出していた。
「でもね、それが余計に私を混乱させるの。私は男の目線でその人を見ているのか、女の視線でその人を見ているのか、分からなくなるの。自分が分からなくなるの。それがたまらなく怖くて、苦しくて、悲しくなるの」
蓮子は私の胸に顔をうずめてしまう。その肩は小刻みに震えていた。
私はどんな言葉をかければいいのだろう。
蓮子の頭を撫でながら、しばし考える。
「ねえメリー。その人は、私のことどう思っていると思う?」
上目遣いで私の顔を見上げてくる蓮子。私は目を閉じ、軽く息を吐き、蓮子を見つめる。
「そうね。その人は……」
「…………」
「蓮子がどんな形であれ、その人のことを愛しているとその人が分かってくれたら、その人もきっと愛を返してくれると思うわ」
「ほんとに?」
「うん。きっとね」
「例え女の子同士でも?」
「性別なんて、関係ないわ。愛しているかどうか、でしょ」
そう言うと、蓮子は何かを悟ったようにハッと目を見開いた。
そして私のほうに体重をかけ、ゆっくりとした動作で私をベッドに押し倒した。
蓮子はもう泣いていなかった。そこにはすっきりしたようなすがすがしい表情があった。
私を見下ろす蓮子に向かって微笑んであげた。蓮子は幸せそうな笑みを浮かべた。
蓮子の顔が近づいてきた。
私は蓮子の幸せそうな表情を目に焼き付け、静かにその目を閉じた。
「え?」
あまりにも唐突な言葉に私は虚を突かれた。
落ち着いてその言葉を頭の中で繰り返したが、やはり意味が分からなかった。
いつもの冗談だろうか。
「最近ね、ずっと考えてるの。私は男なんじゃないかって。ね、笑わないで聞いてくれる?」
蓮子は今までにないほど真剣な表情をしていた。しかし目の端には、どこか悲しそうな、切なそうな表情があった。
暗い過去を語る時のような、どうしても顔に出てしまう内側の感情が、今の蓮子にはあった。
真剣なのかもしれない。
先ほどは虚を突かれたが、今度はしっかり腰を据えて真面目に聞こう。
「分かった。笑わずに聞いてあげる」
蓮子は安心したようにふうと一息ついた。それから膝の上で手を組み、俯きがちで話し始めた。
「私は男性が苦手なの。それは知ってるわよね?」
「ええ」
「どうしてもダメなの。高校の時に一度彼氏がいたことがあったけど、私は彼の手を握ることすらできなかった」
蓮子は自分の手を開いたり閉じたりしている。
俯いていた顔が上がり、その目が私を捉える。
私のベッドがきしんで小さな音を立てた。
「私には今好きな人がいるのだけれど、その人は女性なの」
「……そう」
初めは無表情だった蓮子が、この時すごく申し訳なさそうな顔をしていた。悪いことをしているんだと自分を責めているように見えた。
「私はその人と行動を共にすることがあるのだけれど、ふいに、本当に突然に、その人を押し倒したくなるの」
「うん」
もう冗談だという考えは消えていた。蓮子が真剣に悩んでいるのが分かっていた。
「その人のこと、押し倒して、犯して……自分のものにしたいって思っちゃうの」
「うん……」
「ごめんね。こんな話……」
「いいのよ。続けて」
コクリと蓮子は頷いた。私は生唾をゴクリと飲み込む。
寝室は冬の深夜のように静かだ。
「私はその人と手をつなぐことがあるのだけれど、女同士なのにものすごドキドキしちゃうの」
「まるで恋人といるときのように?」
「たぶん。恋人いたことないけど」
「それで?」
「私はその人とお風呂に入ることがあるのだけれど、その人の裸を見ると、興奮してのぼせそうになるの。上がってからも、ずっとその人の身体のことを考えてしまうの」
蓮子は罪悪感に満ちた表情をしていた。こんな自分が情けないと言わんばかりに、顔をゆがめている。
「バスローブの隙間から見える肌のせいで、私は落ち着いていられなくなるの」
「うん」
「おかしいでしょ? 女なのに」
「おかしいのかな」
「うん。絶対おかしい。だからね、私は自分が男なんじゃないかって思うの」
「……蓮子の言いたいことは分かるわ」
常識から外れた自分の行動をすべて正しいものであると説明しようとした結果、自分は男性であるという結論に至ったのだろう。
自分は異常だということを否認するために。
自分を守るために、そう考えたのだろう。
私は蓮子を責められない。
「でも蓮子、あなたスカートを履いて街に出ても恥ずかしくないでしょ?」
「スカート? 別に恥ずかしくないけど」
「でも普通の男性がスカートを履いて街に出たら恥ずかしいと思うんじゃないかしら」
「そう、かな?」
「それに、トイレだって女子トイレに入ることに違和感を覚えないでしょう?」
「そう、ね」
「温泉だって、女湯に入るでしょう?」
「うん」
「じゃあ蓮子は男じゃないと思うわ」
「でも……じゃあ、私のこの感情は、どう説明したらいいの?」
それは多分、同性愛なんだろう。
少なくとも、性同一性障害よりは同性愛のほうが蓮子に近い気がする。
蓮子の顔がみるみる暗くなっていく。自己嫌悪か、あるいは自分を責めているのか。
「そんな泣きそうな顔しなくてもいいのよ」
「だって」
蓮子の頭を撫でてあげる。すると蓮子はタガが外れたようにこちらに倒れこんできた。胸で受け止めると、蓮子は声を上げて泣き始めてしまった。
蓮子のまぶたから零れるしずくは私のパジャマを濡らしていく。
しばらくその体勢のまま頭を撫でてあげた。
やがて泣き止んだ蓮子は、間近で顔を上げて口を開いた。
「私はその人に甘えることがあるのだけれど、そんな時は劣情なんて一切なくて、お姉ちゃんやお母さんの前にいるような気分になるの」
「……うん」
「その人の身体に触れているのに、下心は全然なくて、友達でいるときのような気分にもなるの」
「……そう」
泣いた後にもかかわらず、蓮子は泣く前と変わらない落ち着いた声を出していた。
「でもね、それが余計に私を混乱させるの。私は男の目線でその人を見ているのか、女の視線でその人を見ているのか、分からなくなるの。自分が分からなくなるの。それがたまらなく怖くて、苦しくて、悲しくなるの」
蓮子は私の胸に顔をうずめてしまう。その肩は小刻みに震えていた。
私はどんな言葉をかければいいのだろう。
蓮子の頭を撫でながら、しばし考える。
「ねえメリー。その人は、私のことどう思っていると思う?」
上目遣いで私の顔を見上げてくる蓮子。私は目を閉じ、軽く息を吐き、蓮子を見つめる。
「そうね。その人は……」
「…………」
「蓮子がどんな形であれ、その人のことを愛しているとその人が分かってくれたら、その人もきっと愛を返してくれると思うわ」
「ほんとに?」
「うん。きっとね」
「例え女の子同士でも?」
「性別なんて、関係ないわ。愛しているかどうか、でしょ」
そう言うと、蓮子は何かを悟ったようにハッと目を見開いた。
そして私のほうに体重をかけ、ゆっくりとした動作で私をベッドに押し倒した。
蓮子はもう泣いていなかった。そこにはすっきりしたようなすがすがしい表情があった。
私を見下ろす蓮子に向かって微笑んであげた。蓮子は幸せそうな笑みを浮かべた。
蓮子の顔が近づいてきた。
私は蓮子の幸せそうな表情を目に焼き付け、静かにその目を閉じた。
取り敢えず蓮子頑張れ。