彼女は僕のことをフェルマーと呼んだ。
だから僕の名前はフェルマーだ。
彼女はひねくれ屋で、自分勝手で、そのうえ悪さばかりしていた。どうしようもない変わり者だったけど、どう言うわけかそんな彼女に僕は惹かれていた。
水が高いところから流れ落ちるように、自然に、少しずつ、僕は彼女のことばかり考えるようになっていた。
それが恋心なのだとしたら、それは僕の初恋だったのかも知れない、と最近になって思う。
§
僕と彼女がはじめて出会ったのは町はずれのボロ小屋の軒下で、僕はそこで雨宿りをしていた。
梅雨の始めに降りはじめた突然の夕立にうたれたせいで、僕の体はびっちゃりと滴っていて、おまけに、先ほど盛大に転んでしまったため体中ドロだらけだった。
転んだ時に負った傷口から滲み出る血糊と、ドロと、雨とが混ざりあい固まって、僕の毛並みはなんだか排水溝にたまった汚物みたいな色合いをしていた。
ようするに僕は酷く惨めな格好で、それで軒先から零れ落ちる雨粒をぼんやりと眺めながら、ただただ雨がやむのを待っていた。
そんな僕の姿を見止めた彼女は――彼女も彼女で気のどくな格好をしていた。
この雨の中を傘もささずにびちゃ濡れで、服はドロだらけ。顔には何かに殴られたような痣があった。それでいて、雨をまるで気にしない様子で雨中の散歩を悠々と楽しんでいた。
つまり、第一印象は変なヤツ。頭に生えている二本の角を見て、すぐに彼女が人外の者だと気付いた。
「こんにちは、猫畜生。今日は実にいい天気ね」
彼女はかがんで、僕に視線を合わせてそう言った。
その口調は朝の挨拶のように爽やかだったが、その言葉には濡れ鼠になった僕の姿をからかう嘲笑的な響きがふんだんに含まれていた。
何か言い返してやろうかと思った。けれど、残念なことに僕は猫であって人間では無い。だから喋れない。
仕方なく「余計なお世話だ」そんな気持ちを込めて、グルルゥと低く唸った。
彼女は僕のぞんざいな対応に満足そうに頷いて、それから「にゃあ」と言った。
にゃあ?
きっと、猫である僕に合わせて「にゃあ」と言ったのだろう。だけど、やっぱり僕は猫であって人間じゃないから、その言葉は翻訳できない。しかしながら、何かを期待するようなその視線には見覚えがあった。
キミの鳴き声を聴きかせて欲しいな。
多分、そんなニュアンスだと思う。猫をやっていると人間達からそういう目で見つめられる事がよくあるのだ。
だからと言って、素直に鳴き声をあげるような僕じゃなかった。というより、生まれつき声帯に問題を抱えている僕はうまく鳴声をあげることができなかった。よしんば、声を出そうとしても「ヒューイッ」とガラス管を空気が通り抜けるような、そんなか細い音しか出せない。
僕がその声を披露すると、彼らはいつも同じ反応をした。まず首をかしげ、それから憐れみの表情を僕に向けるのだ。
僕はそれが大嫌いだった。
そんな安っぽい同情をされるぐらいなら、舌を噛み切った方がましだと思えるぐらいに。
だから僕は無言のまま、彼女の眼をまっすぐ見つめ返すことにした。彼女も彼女で負けじと僕の眼をじっと見ていた。
この無益なにらめっこを十秒くらい続けたあと、彼女は「気に入った」そう言って僕の首根っこを掴み、そのまま胸へと抱き寄せた。
「今日からキミは私の飼い猫ね」
慌てて抜け出そうと思ったが、僕の首はがっちりとホールドされていたし、それに先ほど転んだ時に負った傷が痛んで逃げ出すどころじゃなかった。
それで仕方なく四肢の力を抜いて身体を預けると、彼女は満足そうに歩きだし、その足を帰り道へと向けた。
僕が彼女に拾われた経緯は、大体こんな感じ。
§
後で知ったことだけど、彼女の名前は鬼人正邪と言うらしい。
種族は天邪鬼。そして性格は――第一印象で察しがついていたけれど――かなりのひねくれ者だった。
家へ到着すると彼女は僕の汚れた身体を洗い、傷の手当てを行ってくれた。その後で僕のことをフェルマーと名付けた。
名前の由来は数論の父として知られるピエール・ド・フェルマー。かの有名な『フェルマーの最終定理』を世に残した偉人だ。
「巷ではさ、猫にシュレーディンガーって名付けるのが流行っているらしいのよね」
彼女は僕に付ける名前を思案しながらそう呟いた。
「それがね、なーんか気に食わないのよ。だってそのシュレーディンガーって人は『箱の中の猫は存在が曖昧になる』とか何とか。そんな訳のわかんない事を言っているんだよ。そんなひねくれたヤツの名前を借りるなんて馬鹿みたいだと思わない? 私ならもっと別の、そうね、まともな偉人の名を借りることにするね」
それで、まともな偉人代表として名が挙がったのがフェルマーだった。
どうしてシュレーディンガーが駄目でフェルマーは良いのか、僕にはその違いはサッパリだった。けれど、どっちにしたって彼らの名前を貰うことは丁重にお断りしたいと思った。その名前は僕に分不相応すぎるし、僕には平凡な名前の方が合っている。
だから「フェルマーでいいかな?」と彼女に訊かれた時、すぐさま首を横に振り、必死の否定アピールをした。
けれどそれが不味かったようだ。
彼女はにひひと不敵な笑みを浮かべ「それじゃ、フェルマーに決定ね」と嬉しそうに言った。
それが彼女の性格――もとい、天邪鬼と呼ばれている所以だった。(彼女は人の嫌がることを好むきらいがあるのだ)
そんな訳で僕の名はフェルマーとなった。
今にして思えば、もう少し慎重に対応すれば良かったと思う。そうすればフェルマーなんて尊大な名前を付けられずに済んだかもしれない。
でもまぁ、今となってはいい思い出なのだけれど。
§
僕が負っていた傷は思っていたよりも深かったらしく、完治までに数週間ほどかかった。
その頃になると外はすっかり梅雨が通り過ぎ、雲間から差し込む光が木々の新緑色をより鮮やかに映しだす季節となった。
ついでに、彼女の家での暮らしもにも少しずつ慣れてきた。
最初の頃はすぐに逃げ出そうと思っていたこの家も、日がな一日ダラダラと過ごすうちに何となく居心地良く思えてきた。
彼女は積極的に世話を焼くタイプでは無かったし、なにより彼女は家を空ける事が多かったから、誰に気兼ねすることなく家の中でのんびり過ごすことが出来た。
「――それでようやく騙されてる事に気付いたって訳。その時の店主の表情は傑作だったね。顔をトマトみたいに真っ赤にしてさ」
時々、彼女はその日の出来事を僕に語って聴かせた。その内容のほとんどはイタズラや悪だくみの話で、彼女はにひひと悪い笑み溢しながら嬉しそうに語った。人を騙した話から、黒歴史なポエム集を盗んで拡散させた話まで、彼女の悪行は多彩で聞いている分には痛快な面白さがあった。
けれどやっぱり火遊びには火傷が付きもので、彼女は痣や生傷をつくって帰ってくることが頻繁にあった。どうやら、そのたびに里の自警団や退魔師の厄介になっているらしい。
彼女は妖怪だから生身の人間よりも身体は丈夫なのだろうけど、それでも赤く腫れた傷口はとても痛々しく見えた。
当たり前だけど、そんな日は決まって機嫌が悪い。そうなると火の粉は僕の方にまで飛散したりする。具体的に言うと、僕の額に。
「私はこんな痛い思いをしてるのに、キミだけのうのうとしてるのは何かズルイ気がする」
そのような言い分を理由に、彼女は僕にデコピンをお見舞いする。これがけっこう痛い。けど、我慢できない程では無かったので頑張って耐えた。
僕としてはその場から逃げ出しても良かったのだけれど、怪我をして落ち込んでいる彼女を置き去りにするのは何となく不憫に思えて、結局は彼女のそばに居ることを選んだ。
こんな時、僕は春の嵐みたいだと思った。嵐が通りすぎるのを待つのと同じように、彼女の機嫌がなおるのをじっと待てばいいのだ。
この嵐は週に一回くらいのペースで僕の頭上を通過した。それ以外の日はおおむね平和な毎日で、彼女の漫談を聞いたり、怠惰に昼寝をしたりして過ごした。
寝て、起きて、話を聞いて、そして時々デコピン。
ざっくばらんに言うと、飼い猫としての僕の生活は大体そんな感じだった。
§
「星ねー。割と好きだよ。笑える話も結構あるし」
夏も小暑に入り、夜になると紺青の星空を二つに区切る天の川が煌々と浮かび上がるようなった。
この時期になると、彼女はそんな夜空を肴に晩酌を始める。室内灯を消し、東向きの縁側に陣取り、安いお酒とおつまみを用意するのだ。
晩酌には僕もお供した。運がいいとおつまみを貰えるから秘かな楽しみだったりする。
最初は月夜酒なんて彼女らしくないと思った。彼女は天邪鬼な訳だから、風情とか侘寂(わびさび)とか、そういった価値を否定する側に居る気がするのだ。呑みながら夜空を眺めて「綺麗ね」なんて、そんな彼女をイメージできない。
疑問のままはじまった晩酌だが、酒を呑む彼女の様子をみてすぐに納得する事になった。
彼女のお酒の楽しみ方は普通の人のそれとはちょっと違っていた。
「七夕の話知ってる? ほら織姫と彦星の。あの物語って実在する星座がモデルになってるんだけど。えーと、あの星とあの星だね。ベガとアルタイル。天帝様の怒りをかって別々の星に引離された織姫と彦星は、七夕の夜、年に一度だけ会う事が許されたってわけ。んでもさ、コレ、よく考えるとおかしな話でね。二つの星、ベガとアルタイルの間には十五光年もの距離があるんだ。分かる? 十五光年だよ。どう考えても、一晩で移動できる距離じゃないよね」
馬っ鹿だよねぇ、と彼女は夜空を仰いてケタケタと笑った。
「天帝様にお願いして一夜かぎりの逢瀬が許されたところで、そんな短い時間じゃ顔を合わせることすらできない罠に気付かないでやんの」
大体いつもこんな感じ。
彼女は星空の美しさを肴にして酒を呑んだりせず、代わりに、星にまつわる話の滑稽さを肴にして酒を楽しんでいた。
ある意味では、じつに彼女らしい呑み方なのかもしれない。
彼女は星を見上げ、酒を呑んで、思い出したようにクスクスと笑った。時おり笑った理由を僕に語り、その後でやっぱり酌を片手にクスクスと笑うのだった。
「よく『星に願いをー』なんて言ったりするけどさ。それもおかしな話でね。んーと、フェルマーの原理って知ってる? まぁ知らないよね。簡単に説明すると、光は到達するまでにかかる時間が最小になる経路を通る法則があるの。要するに、光は必ずしも直進する訳では無くて、より早く目的地へ到着するためにカーブや屈折する場合があるってこと。例えば、夏場に見る『逃げ水現象』なんかもコレが原因なんだよ。んで話を戻すけど、星の光もフェルマーの原理の影響を受けるの。入射角にもよるけれど大気圏に侵入して地表に届くまでにずいぶんと曲がるんだよ。これを考慮するとさ、『星に願いをー』とか言って目に見える星に向かって願いを飛ばしても、実際にはあさっての方向に向かって願い事をしているって訳だ」
そう考えるとさ、ひどく滑稽な話だと思わない?
§
ある日、彼女は全身傷だらけになって帰って来た。
その日は風もないのに涼しい日和で、夏の勢いを失った日差しは広葉樹の葉で散乱してどこか慰めるような陽を静かに落としていた。夏の終わりを感じさせる日差しだった。
目いっぱいに涙をため込んだまま帰って来た彼女は、部屋に入るなりテーブルに突っ伏してしゃくり声を漏らしながら、泣いた。
傷の手当ても、汚れた服を取り替えることもしなかった。
こんなにも取り乱している彼女を見るのははじめてだった。傷だらけになって帰ってくることは以前にもあったけれど、その時はすこぶる機嫌が悪くなるだけで、なにも泣くほどではなかった。
だけど今回は違う。ひどくショックを受けている様子だった。
彼女が泣く理由は何となく察しがついた。たぶん、計画が失敗してしまったからだと思う。
彼女の計画――といっても僕は計画のことを詳しくは知らない。以前に彼女が嬉しそうに語っていたのを耳にした程度だ。
なんでも、ひょんなことから知り合いになった小人族の末裔を上手く言いくるめて、共に異変を起こす算段を立てていたらしい。
彼女はその説明するとき、『下剋上』と言うワードを頻繁に使っていた。
その『下剋上』が一体どんな意味を持っているのか、僕にはあまり理解できなかったけれど、その『下剋上』を成すことできっと大勢の人に迷惑がかかるだろうことは容易に想像できた。
たぶん、彼女はこの計画に何か強い思い入れがあったのだろうと思う。僕に分かるのはそれくらいだった。
彼女に視線を向けると衣服はボロボロで、身体のいたるところに切り傷や打ち傷があった。打ち捨てられた人形みたいだ。
悪いのは彼女だってことは僕でも分かった。でも、それを上手く飲み込むことが出来なかった。納得できないのだ。
そりゃあ、彼女が傷つく理由は異変を起こした彼女の自業自得だってことぐらい理解している。咎は彼女にあることもよく分かっている。悪因悪果とも言えるし、爾に出ずるものは爾に反る、と言えばそれまでだ。
それでも――理屈では分かっていても、傷ついた彼女の姿を見ると何も言えなくなってしまう。居た堪れない気分になる。
一体なぜ彼女が泣かなければいけないのだろうか?
そんなことばかり考えてしまう。
焦りにも似た鬱積感は、肺に詰め込まれた風船が無理やりに膨らんでいくような感覚だった。
「彼女はなにも悪くない」
誰にでもいいからそう訴えたかった。そう思ったところで、しょせん僕は猫だし、そもそも声帯に傷を負っている僕は声を張り上げることすらできない。 あらためて自分の不自由な体が恨めしいと思った。
彼女のために何かできるだろうかと考えてみたけど、僕にできることなんてたかが知れていて、結局なにも良案が浮かばないまま彼女の背中をじっと見守ることしかできなかった。
§
今日も彼女は僕の頭にポンッと軽く手を乗せ「いってくるよ」と言って家を出る。
きっと、今日もまた人里で悪事を働くつもりなのだろう。懲りないなぁ、と思う。
彼女が泣き崩れたあの日から、もう一週間が経つ。
あの日、彼女は長い時間をかけて泣き、泣きやむと今度はその場で酒盛りをはじめた。
とっておきの銘柄を開け、「あと少しだったのに」だとか「くやしいなぁ」とか愚痴りながら、酒の旨みを味わいもせずにグイグイと呑んだ。食い散らかして、時々思い出したように喚いた。
まさに模範的なやけ酒だった。模範的なやけ酒は、当然ながら近くの者にもヤツ当たりをした。つまり僕はまたデコピンをされたわけだ。
結局、彼女は一晩中呑み続け、その間に僕は十数回を超えるほどのデコピンを受けることになった。そのせいで僕は二日ほど額を赤く腫らし、束の間の石頭恐竜の気分を味わうハメになった。
当の彼女はというと、酔い潰れたまま眠りに就いて、翌朝になって目を覚ます頃にはすっかり機嫌を取り戻していた。
この一件を期に彼女は改心して清廉潔白に――なんて事はあるはずもなく、少し懲りたのか三日ぐらいは大人しかったけれど、すぐに彼女は彼女らしさを取り戻した。いつものように人里にくりだしては人々に迷惑をかけ、時おり痛手を負って家に逃げ帰って来る。
それは相変わらずのルーチンワークだった。
たぶん、今日も彼女はどこかで悪事を働いているのだろうと思う。それはきっと明日になっても同様だろうし、恐らく、明後日も明々後日もこの先ずっと悪さを行い続ける。
彼女は誰かに迷惑をかけることが好きで好きで、そのためには多少の仕打ちを受けることも厭わない。
それが僕の知る彼女だった。
たぶん、彼女はこの幻想郷を愛しているのだと思う。
時々そんなことを考える。愛しているからこそ、彼女は彼女なり方法で世界に自分の存在を懸命にアピールしているのだ、と。
突飛な考えである自覚はあったが、少なくとも僕にはそう感じられた。
ひねくれた愛情表現。
それは、いつか彼女が語ってくれた星の光の話を僕に思い出させた。フェルマーの原理によって曲げられて真っ直ぐに届くことのない、哀れな星の光の話だ。
きっと、彼女が放つ光も星の光と同様に真っ直ぐ届いてはくれないのだ。
彼女が発する愛情のサインはフェルマーの原理に曲げられて、意地悪だとか嫌がらせだとか、そういった悪意のあるものへと変容されてしまう。
だからこそ、彼女は誰かを精いっぱい嫌って、精いっぱい嫌われようとしているのかもしれない。
そこまで考えた所で馬鹿ばかしいと思い、ため息とともに首を横に振った。
いくら何でも飛躍しすぎだ。
そうは思っても、自身の考えを否定しきれない自分がいることもまた事実だった。
たぶん、僕は認めたくないだけなのかもしれない。
分かっていた。少し前から薄々と勘付いていたのだ。ただそれに気付かない振りをしていただけで。
もしそれが本当で愛情の裏返しなのだとすると、とどのつまり、彼女から邪険に扱われていない僕は、きっと……。
その先を考えると僕は無性に悲しくなってしまう。とらえどころの無い鉛みたいな感情が胸をくすぶるのだ。
そしてなにより心苦しいのは、”僕は彼女を嫌いになれそうに無い”ということだった。
それはつまり、そういう事なのだ。
§
それは良く晴れた日で、うっかり蓋を閉め忘れたみたい高い空が印象的だった。陽の光や揺れる木々に以前の様な力強さは感じられなくなり、涼しい風が夏の余韻を洗い流していた。
季節の節目を実感させる日だった。夏はもう終わりなのだ。
結局、僕は彼女の家を去ることにした。
いろいろと悩んだけれど、きっとそれが最善の選択なのだと思う。
僕は去り際に一度だけ鳴いた。そういえば、彼女に声を聞かせるのはそれが初めてだった。
ヒューイッ、と空気が抜けるような音が響く。
彼女は一瞬止まり、それからすぐに口元を緩め「変な鳴き声」そう言ってにひひと笑った。少し鼻につくような、相手を小馬鹿にする笑い方だ。
僕はそれで満足だった。
こんな声しか出せない僕でもきっと上手くやっていける。何となくだけど、そう思わせてくれる笑みだった。
さようなら、と心の中で呟き、僕は彼女に背を向けて歩き出した。
行く先に見える空は高く澄んでいて、まるで笑っちゃうくらいに青かった。
§
これで僕のひと夏の思い出は、おしまい。
以来、彼女には会っていない。
僕は人里へ下りて、そこで生活している。暮らしぶりはまぁ悪くない。近所の猫たちとも割と上手くやれている。
たまに彼女の噂を耳にした。彼女の悪名はそこそこ有名らしく、人里近くで暮らしていると自然と耳に入ってくるのだ。
噂の中の彼女は相変わらずの悪行っぷりだった。それを聞いていると何だか誇らしいような、悲しいような複雑な気持ちになる。そんな時、僕はいつも空に向かって喉を鳴らし、気を紛らわす。
ヒューイッ?
いつか、この声がまた彼女の耳に届くことを想って。
ヒューイッ!
そして、今度会うときは彼女にしっかり嫌われるような、そんなタフな野良猫になる。そう心に決めて。
にゃんこはいいね。
いい感じにフェルマーが効いていたと思います。
すらすらよめてわくわくさせるお手本みたいです